L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE ONE

第二幕

「天使のカズ君」と葵が間合いを取り合いなかなか組み合わない。
葵は「抑え込むこと」に専念しようとしていて
「天使のカズ君」は「押し倒そうとしている」のだから動きを
合わせられなくて当然なのだが…

「…コイツさぁ…なんで弥生さんノーマークなんだろ」

間合いを掴みながら葵が問いかけた

「んー…スーツ着て身長でかい四捨五入したら30になる女は女と見なしてないとか?」

「そんなにおっぱい大きいのに?
 顔立ちも凄く整ってて口紅も綺麗に引いてて凄く綺麗なストレートの黒髪してるのに?」

「そこはこの天使ちゃんが何を基準に性的衝動滾らせてるのか、だからねぇ…」

「わかんないなぁ、コイツ、年の頃は30手前くらい…普通に考えたら
 弥生さんくらいの年の女の人を狙うモノじゃないの?」

「「母親だけは聖域」として女は若ければ若いほどいいって言う派閥も結構根強いからねぇ
 …この話やめましょうよ…私が何か物凄い変態に思えてくる…」

弥生は26歳、葵はこの時点で13歳、年が半分で女子中学生の愛人が居る身分で
この分析は自分の首を絞めると弥生は無我の境地に至ろうとした。

「弥生さんは気にしちゃダメ…ボクがどうしても弥生さんに抱かれたいって
 おねだりにおねだりを重ねて中学生になってからやっとだったじゃん」

ふと葵が思い立って

「そういや珠代さんはハタチだっけ、微妙な年頃だな、うーん」

「大宮さんの場合は、多分小さい頃からずっと見初めてたんでしょ、割と近所だしね
 「力」を手に入れていよいよリミッターが盛大に外れて今日の実力行使だったんでしょうね」

「…チカラ…かぁ」

ここで睨み合いが拮抗した状態にしびれを切らした天使のカズ君が葵に襲いかかり、
葵はそれをまた「組み合って拮抗する」形へ持って行く。
弥生が銃を構えるが案の定、と言った感じでしけたツラをして

「目か口か耳か鼻か…その辺り狙いたいけどアタマは固定できないから
 どーしよーもないわねぇ…」

「…そういやコイツ反撃受けた様子が肉体からは見えないんだよなぁ…
 服見たらケーサツの銃の弾が何発か当たってるみたいなんだけど…」

葵の呟きに

「「ただの銃弾」じゃ再生能力上回る銃弾数浴びせ続けないと止められないって事でしょ」

弥生が試しに二発、発砲した。
一発は額に当たり跳ね返され、もう一発が鼻と目の間辺りにヒットし
弾が体にめり込んだようである、出血し、ダメージは確かに与えているようだが
そこで天使のカズ君は何故か「ニタァ〜」と歪んだ笑みをした。
弥生の顔は更にしけた。

「…どう? 弥生さん特製の弾だとどんな感じ?」

「ダメージとして通っては居るみたい…「痛み」のリミッターも外れてるから
 コイツ、被弾のダメージが快感みたいね」

「うへぇ…指くらい潰してみようかと思ったけど、そんなんじゃ隙作れそうにないね」

「弾が脳に達してるのか眼球付近に留まってるのか、
 はたまた弾が見えない程度にしか食い込んでないのか…リミッター外れて
 痛みが快感って言うんじゃ計りようもないわ…左目の動きはややおかしいから
 眼球の辺りかなぁ…」

弥生が更に八発の銃弾を撃ち込んだ。
八発中四発が顔に、残り四発中二発が跳弾で背中に当たったらしい。
本当は装弾数十三発に対し最初の二発を引いて残り十一発全てを撃ち込みたかったのだが
葵との力比べに茶々の入る弥生の攻撃は「快感だけど視界が悪くなったりするからイヤだ」
と言う本能が働いたのか、体勢を低めに葵と組み合い、葵を盾にするように動いたため
九発目が撃てなかった。

詰まりそんな動きが出来るくらいなのだから、ダメージとしての蓄積は出来ていても
致命打は与えられていない、弥生は心底ウンザリして

「やっぱきちんと祓いの力を直で与えないとダメっぽいわね、
 「祓いの形を刻んで力を込めた特製弾丸」…普通は効くんだけどなぁ」

「…でも…弥生さん、コイツ…やっぱりその弾丸の傷の治りは悪いっぽいよ
 チョットずつだけど、ボクの力で押して行けるかも」

「…でもそんな事で葵クンに負担被せたくないしぃ…」

残り三発の弾をカズ君の足を狙って撃つも動き回る&葵は避けなくてはならない
ということで一発だけ、足の甲部分にヒットした。

カズ君が咆吼する、「気持ちが良くて」足下に力が込められなくなってきてる
いい気持ちなのに、押されたくない負けん気、なる程純粋かも知れない。

弥生はカラの弾倉を外し、それをジャケットの内ポケットにしまいつつ
同じポケットからもう一つ弾倉を取りだしてセットし、スライドを引きながら

「ま、後十三発で何とかカタぁ付けましょ」



「警備課なのに何故私達は別働隊で孤立しちゃってるんですか?」

「現場」へ向かう警察車両車内でまだ警察学校をでて間もないと思われる
若い女性刑事が弥生と電話していた男、そして今運転をしている「本郷」に噛みついた。

「行きゃぁ判る…いや…判ンねぇか…」

本郷は本郷で「しけたツラ」をしてこの面倒くさい「新人教育」を
どう説明したものだか途方に暮れた。
本郷洋光(ひろみつ)33歳、高卒で警官になりたたき上げで刑事にのし上がったものの
彼自身余り柔順な警察組織のシモベと言い難い面もあり、上から煙たがられていたところに
「霊能探偵商売」をしていた弥生の担当として警備課に配属されたのが
今から七年ほど前だったか…

「…ああ、俺もこんな時期あったっけなぁ…」

思わず現実逃避をしてしまった本郷だが

「とりあえずよ…「警備課火消し係」という異名から先ずは考えてみてくれ
 俺達は今これから「コレは現実なのか」ってくらい酷でぇ現場に着く
 それに対して場を納めた「女二人」の身の確保…つかアリバイ作りをしてやって
 その酷でぇ現場に「それらしい原因」を見繕って根回しするのが役目なのさ」

その説明だけで若い女性刑事はややウンザリした

「…何で私がそんないかにも大変そうなところにイキナリ…」

「…俺もカワイソーにと思うよ…俺はまだ刑事課で何年かやってから担当になったからな
 …上の考えることは判ンねぇんだが…一つひょっとして…と思うところはあるンだ」

「…何ですか?」

「これ聞いたらお前さん明日には転属願い出すだろうな…」

「だから何ですか?」

本郷はちらっとそのまだ若く青い新米刑事を見て前に向き直り

「お前さんがヤツの好みっぽいからだ」

「はい!?」

「十条弥生、表向きただの探偵だが、アイツは「祓いの力」というヤツで
 悪魔祓いや悪霊祓いを生業にしている、いわば霊能探偵なんだが…」

それを聞いた女性刑事は話の前段「好み」云々が吹き飛んで
物凄く胡散臭い話を真面目にするなんてこの人大丈夫か? って表情(かお)をしながら

「あ…えと…」

「信じらンねぇだろーな、俺も実際見るまで信じられなかったよ」

本郷の目は遠かった、少なくとも彼はウソや狂言で自分を担ごうとしているのではない
と言うことは伝わった。

「俺が最初にあの女の担当になったのはいつだったろうな…
 まだアイツが成人する前だったと思うんだが…
 ああ…いや、俺の話はいいよ、また今度な、それに、お前さんが
 転属願いを提出(だ)して通ればこんなの与太話で終わるし…」

「あ、そうだ…私が転属願いを出すくらいの事って何ですか?」

本郷はもう一度彼女を見てため息ひとつつき、ヤレヤレ…という目線で運転しながら

「富士…あやめ…ったっけ、オマエのフルネーム」

「…はい…」

怪訝な表情の富士

「…いや、ぜってーヤツに問われるから覚えとかんと…
 十条弥生…あの女は…」

言いたくないなぁ…という雰囲気の本郷だが意を決して

「…レズなんだよ…しかもお前さんみたいに細身なのに胸はしっかりあるよーなのは
 大好物と言っていい…お前さん…顔もちょいと薄めだが結構美人さんだしな…」

富士あやめは愕然とした。
成績自体は中の上をキープ、何か物凄い特殊な何かがあるわけではないが
そんな自分に光るモノを見出され、この特別な任務に配属になったのかと思いきや…
自分は飢えた狼の前に差し出された子ヤギだとでも言うのか!?

「色々と希望と配属の関係で変な時期に今日イキナリここ配属っちゃぁなぁ
 ホントはどこ希望してた?」

「刑事課及び警備課…そう言う意味では希望通りなんですけど…」

「夏の虫が火に飛び込んできてくれた…って訳か…ははっ
 カワイソーに…、俺は富士が転属願い出すって言うなら止めないし
 「コイツにはアイツは強烈すぎて無理だ」くらいの判子は押してやるぜ…」

「…でも…何の意味も無く一人部署を二人にするわけもないですよね…?」

お、こいつ、結構考えてるじゃあないか、という「意外だ」という表情を
本郷は見せながら、

「…上の考えてる事は判らん…ただ…そうだな…今まで俺が弥生と
 つばぜり合いしながら何とかナァナァにやってきた「平和な時代」が
 終わろうとしてるのかもしれねぇんだよな…最近チョット
 この手の事件が増えてきてよ…忙しくなりそうではあるんだ」

「え…でも少なくとも今日のこんな規模の事件ではないですよね」

現場が近づく、そろそろ引きちぎられぶん投げられた死体の一部が電線や
看板や壁引っ掛かってぶら下がり、路面に転がってるのがライトに映されてきた。
富士刑事が息をのんだ。

「…ここまで豪快なのは先ずねぇな…大体酷そうなときは以前はさっさと
 自衛隊がやってきて一斉掃射ズダダダダーってカンジで被害が広がる前にさっさと
 ケリ付けて俺も弥生も出番無しなんて事の方が多かったんだ…
 弥生の仕事はだから、もう少し地味な事件が多かったんだが…」

本郷はそろそろ死体を踏みつぶしながら進みそうになる頃合いに
ちょっと土地の開いた隙間に弥生の車が駐車してあるのが見えたので
その直ぐ近くに車を寄せながら

「俺は思うんだ、お上はお前さんをあの女の生贄にするためではなく、
 最初は振り回されてもいつか手綱を引くことも出来るようになるんじゃあないのか
 俺は確かにアイツとは対等に接しているが、お前さんが強かに育ったなら
 逆にアイツに言う事を聞かせられるようになるんじゃあないのか…ってな」

富士は困惑した、なる程、そう言う意味でなら確かに「それが自分である意味」
というのも判らなくもない…でも…

「その十条弥生って人…どんな人なのかな…」

期待ではない、明らかに不安に駆られて富士あやめが呟くと
本郷は車をでて「うわっ、けっこー臭いやがるな」と呟きながら

「…少なくとも悪人ではないよ…ホレ、あいつの車の中で眠ってる娘さん
 …多分救出した「依頼者」だ」

富士も車をでて無造作で大量な人間のバラバラ死体が放つ臭気が
風に漂ってくるのに顔をしかめながらも、その弥生の車の中で眠る女性を見た。
その娘には沢山泣いた跡と、とにかくギリギリの救出だった事を物語る
髪や衣服の乱れなどが見える物の…

「…凄く穏やかに眠ってる…」

車内を見るとヒーターも付けてある、少なくとも「依頼と依頼者」に対しては
最大の努力で仕事をする人、何となく、まだ見ぬ弥生の印象をそう思った富士刑事であった。

そんな時に銃声が一発、少し遅れて人間とは思えない雄叫びが響いた後もう一発聞こえてきた。
距離はそれほど遠くない、本郷と富士は目を合わせ頷き合い、死体の残骸をかき分け
音のした方向に向け道を進んでいった。

「この有様と匂いで吐かねぇってのはお前さん、見込みあるのかな、
 それとも今は麻痺ってるだけかな」

「…初めての現場が整備不良起こした精肉工場だった気分です、麻痺ってるのに近いと思います」

「…撤回するわ、お前さんを育てたくなった、転属届の判子押しはしてやらねぇ」



時計を、ホンの少し戻そう。
弾倉を二つ目に切り替えスライドを引き装填完了したところからだ。

流石にここまで地味ながらもダメージを与えてくる「弥生」の存在に
カズ君もやっと敵意を向けるようになったが、そこは葵ががっしりと
抑え込んでいるのでカズ君は動けないままだった。

とはいえ弥生も、葵を盾にしようとするくらいの知能を持ち、
且つ痛みに対してリミッターの外れた元人間の化け物の動物的本能から
繰り出される動きになかなか引き金を引くタイミングも掴めない。

「参ったなぁ、葵クン並みに力があれば無理矢理にでも口こじ開けるなりして
 弾ぶち込むんだけど」

その言葉に葵が

「弥生さん、じゃあ、ちょっとだけチャンス作るよ、ただ、
 弥生さんにターゲット変えてくる場合、相手は少ししてね」

「…しょうがないか、頼むわ、葵クン」

葵はまた巴投げの要領で一瞬体勢を崩しつつ、今度は投げる体勢のまま
カズ君のアタマを大宮家の壁にめり込ませた!

「サンキュー、葵クン」

弥生はカズ君の左耳に銃口を当て、彼が回避行動に出るまで、
或いは仕留められるなら全弾のつもりで引き金を引きまくった。
彼は被弾のたびに痙攣のような動きはする物の、気持ちよさそうな声で
下になっている葵に血やら何やらが滴ってくるが、しょうがない、
でも、何度目かの射精をしようとしている下半身のブツだけは葵には
我慢のならない物だった

「うう〜〜〜〜〜〜っ、弥生さぁん、ボクもうダメ…!」

と言ってそれは押しつぶされるという意味ではなく、思いっきり前方向に
カズ君を投げ飛ばした。

「…十一発ぶち込んだけど…」

まだアタマが吹き飛んだりはしていない、弾がこぼれたりはしてきていないから
撃ち込んだ弾は確実に頭蓋骨にめり込むまではいっている。

あーあーと声をあげながら痙攣するように大宮家向かいの家の先程とはチョットずれた
部分の壁を壊して倒れ込んでいる、しかし、まだ動けるようだ。
弥生は心底ウンザリした表情で

「はぁ〜〜〜〜〜…何とか会心の一撃(クリティカル・ヒット)と行きたい物だわねぇ」

弥生がちょっと辺りを見回し、そのアタマの上に豆電球が光った。

「葵クン、ヤツの上半身メインに上から押さえてくれる?」

「ん、おっけ、弥生さんは?」

弥生は素早くカズ君の母親の乗ってきた車に飛び乗りエンジンを掛けた

「うわ…AT車か…そらそうよね…えっとDに入れるのよねっと」

車を急発進させ、北海道の道とは言え住宅街の支道ともなるとそれほど幅はない、
無理矢理3ナンバーの普通乗用車のハンドルを切り方向転換して大宮家の向かい、
カズ君の倒れ込んでいる場所の下半身を覆うように(壁と真正面でくっつくように)
車を止めた、その際Pにはギアを入れずじわじわ前に進むようにして
弥生は車外に飛び出しつつ

「葵クンいいわ!」

「え、でも」

弥生には何か作戦があるのだ、次の瞬間には葵は弥生に全ての信頼を置き、
押さえつけてたカズ君から後ろに飛びすさって離れた。
案の定、起き上がって来るカズ君、そして起き上がるのに邪魔な車の
ボンネットの上には先程からチクチクとダメージを与えてくる憎き弥生
その弥生の見下した視線の冷たさ、しゃくに障る。
叫びを上げ起き上がろう言うときに

「重力に逆らえるって言うのでも無い限り起き上がる動作に膝の動きが必須」

カズ君は腰から下を覆う車のボンネットに手を掛け、それを押し戻しつつ
膝を立てられるようにしようとする。
その時だ。
弥生の残り二発の弾の一発目がカズ君の股の間を撃ち抜いた。
知的障害者でリミッターの外れたタイプでしかも性的衝動に駆られやすい個性
という彼にとってのアイデンティティを破壊した、
そこには骨も筋肉もない、易々とそれは撃ち抜かれた

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

彼は究極の快楽で雄叫びを上げ、車をちゃぶ台返しのようにひっくり返す!

弥生は百も承知と華麗に宙を舞い、

「この瞬間を待っていた、アンタが大口開けるこの瞬間を」

弥生の最後の一発は真上に向かって雄叫びを上げるカズ君の真上から下へ撃ち込まれた。

「骨も筋肉も邪魔しない、口から直で心臓を撃ち抜けば、流石に大ダメージよね」

その最後の二発を使った作戦とその流れ、身のこなし、タイミング、
その全てが葵にはこの上ない芸術を鑑賞した気分になった。
そして自分はその舞台の相手役なのだ、葵は心から弥生に憧れているし
尊敬しているし、信頼しているし、そして愛しているのだった。

銃をホルダーに仕舞いながら着地した弥生は両手の指先を口元に持って行き
「詞(ことば)」を呟いた。
葵には何を言っているのかは判らないのだが、伝統的な「祓いの力を高める呪文」らしい
十条家と、四條院家、そして天野家…まぁその全部がそうって訳ではないし
殆どが同名なだけで一般の家庭なのだが、その中の幾つかの十条・四條院・天野に
この「祓いの力」を操る技術を数千年継いできた家系が潜んでいて、
弥生もその力を受け継いだ一人なのだ、そして弥生はここ数十年規模なら
傑物と言われる強さを持った「祓い人」らしいのだ。

「葵クン」

「ん、ハイ!」

「このままじゃいつか復活する恐れがある、つかコイツまだ死んでないし
 アナタの両の拳に私の力を載せる、一発がアタマを、一発は心臓を」

そう言って弥生の指先が軽くファイティングポーズをする葵の
拳に触れた、弥生の指先から葵の手へ光る「祓いの力」を移って行き
葵の拳が眩しい光…まるで光る水を纏ったかのように光る、
葵の気合いが高まり、体格はややしっかりしてるがまだ細身と言えた
彼女の筋肉が少し膨張したくましくなる(まぁそれでも筋肉ダルマと言うほどではないが)

カズ君は、まだ立ち上がろうとしていた、確かに心臓への直のダメージは
かなりの深手なのだが、弥生の祓いの力を込めた弾丸だけではまだ若干
回復力の方が上回るようであった、弥生はその様子に優しく呟く。

「しつこいのは例え気持ちが純粋でも嫌われるって覚えないと、
 女の子にもてないゾ、天使ちゃん」

起きて立ち上がった瞬間に先ず葵の左手がカズ君の胸を撃ち抜く。
二人の力の乗ったその一撃は心臓付近をホネも何もかも吹き飛ばして
背中までぶち抜く大穴になり、
そして、その一撃で動けなくなったカズ君のアゴから斜め上に葵の右手のアッパーが炸裂した、
それは勿論、カズ君のアタマを全部粉々に吹き飛ばす威力であった。

「また来世〜♪」

弥生がにこやかに手を振ってカズ君の祓いを終えた。

「…流石にもう大丈夫だよね?」

葵が念のため聞いてくる

「例えここからの復活をしたとしてもその間に怖いおじさん達が沢山やってきて
 「無かったこと」にしちゃうでしょ、んでその怖いおじさん達のでっち上げを
 本郷があっちこっちに「そういう事で頼む」と説得しに行く…と」

「あのおじさんも大変だね」

「ね、でも、彼はそれを受け入れて仕事してるからね、立派よね」

弥生はニコニコして葵を撫でた。
葵は赤いほっぺたを更に赤くしつつ

「…後は帰るだけ?」

「…怖いおじさん達が来る前に出来る事はやっちゃいたいな…」

まず、弥生は大宮家の門が吹き飛ばされたときに一緒に千切れ飛んで
玄関前まで広範囲で広がった若い男だった死体中でも、割とマトモに残ってた
頭部で目玉の飛び出してない方の剥いた目を閉じさせてやり

「ストーカー一号君、諦めの悪い子だったけれど、最期に男を見せたわね、
 敵うハズなんか無い無条件の暴力に立ちふさがり、例えほんの僅かでも
 大宮さんが生き延びる時間を稼いだのよ、
 …アナタのその心意気に敬意を払うわ」

弥生は祈りの形を示した後

「葵クン、大宮家のどこか判りやすい場所にウチの署名の入った封筒あるはず、
 探してくれる?」

「ん、おっけ」

ストーカー対策でいつ訴えに出るか相手の出方次第な部分がある以上、
それはいつでも用意できる場所にあるはずだと弥生は思い、葵と探した

「…これかな?」

葵が事務所の印刷の入ったA4サイズ封筒を見つけると弥生に渡し
弥生は携帯の光で中身を確認して頷いた。

そして、ストーカー一号君だった死体の前に持って来て

「アナタの名誉だけは、守ってあげる」

ライターでそれに火を付け燃やす、その様子を見ている葵が呟いた。

「この人ももう少し落ち着いてアプローチできなかったモノかねぇ」

「しょうがないわね、人間は工業品じゃあないから
 何を持って不良品とするか、何を持って異常と見なすか
 何に価値を見出すか、どんな生き方が正解なのか
 どうしても噛み合わなかったりするわよね」

「んで…これから」

「「天使ちゃん」がなんでああなったのか、調べられるだけ調べましょう」

「おっけ、その家どこ?」

「ここから一条南、西に二丁行った山の手の…ほら、あのチョット大きめの家」

「…なんだって母親は生き延びられたんだろう、真っ先に殺されそうなのに
 やっぱり、母親だから?」

「現場を見るまでは何とも…ね」

少し高い位置のその家の門に来たときに何となくその理由は判った。

「二階の自室から直で外に飛び出したわけだ…なるほどね」

葵が匂いながら

「…お父さんの存在はあったはずなのにお父さんの存在がないな」

「流石鼻が利くわねぇ、調べましょう…」

真駒内方面から自衛隊がなだれ込んでくるのが見える

「もうあと何分もここには居られないわ、早く」



門から庭までの間に二人分ほどの死体がある、服などの破片から使用人かそんな感じだろう、
玄関から先は非常灯を設定しているのか停電中にも関わらずほんのり明るい。
素早く二手に探しても一階には特に異常はないようだ、生き残った者も。
二階に上がるとその異様さが臭ってきた、外から見た天使のカズ君の部屋ではない
別の部屋が破壊されており、血にまみれていた。

「ああ、これが多分お父さんの血だよ、カズ君の血の半分の匂いがする」

「うん、流石だわ科学捜査班要らずの目と鼻」

それはお父さんの書斎のようだったが、非常電灯の下でも判るその異様な室内。

「…どこでこんなモノ学んできたのよ、カズのお父さんったら」

それは、魔法陣であった、カズ君のあの様子からすると、少なくともこれは
きちんと魔法陣としての機能をして悪魔召喚を果たしてしまったらしい。

そんな時にけたたましい装備をした一団がやってくる音が聞こえてきて

「ああ、ここまでか」

弥生がしけたツラをした。

「川口曹長、ご苦労様であります」

弥生がしけたツラのまま先頭を切ってやってきた男に敬礼で声を掛けた

「…判っていると思うが」

「…判ってるわよ、これ以上首は突っ込まない
 でも一体自衛隊がこんなモノ一生懸命捜査研究して何しようっての?
 まさかクーデターなんて言わないわよね」

「…私の知ったところではない…が…いや…とにかくお引き取り願います」

弥生はしけたツラだが「はァん、コイツも知りたいとは思ってるって訳だ」
と、溜飲を下げて葵を引き連れ与野家を後にした。
壊滅状態の地区一帯は手早く封鎖されなんとしても一日で「無かったこと」に
するための突貫作業が始まったようだ。
とはいえ、家やインフラやらが広範囲で破壊されているのだ、
土木建築関係を半日で無かったことには出来まい。

「「何者かのイタズラが原因でガス管が数カ所で爆発、その後老朽化したインフラなどが
 それに連鎖して自壊、或いは爆発し付近で大被害をもたらしました」
 そんなところかな」

偉い勢いで人間だった肉片やら何やらを片付け血を下水に流したりして
処理に当たっている自衛隊員を尻目に弥生が呟いた。

「でも今回の、そんなんじゃカバーしきれないと思うなぁ」

「そぉねぇ…圓山動物園を巻き込んで罪を被せるパターンも考えられるかなぁ」

「何者かがガス爆発&猛獣逃がしちゃったコンボとかぁ」

「まぁ…どんな申し開きしたって境界ギリギリで生き残って事件目撃した
 住民の口塞いだりケアしたり、チョット今回は大ごとだわね、
 何でもっと早い段階で…最初の通報の段階で自衛隊が
 大挙して鎮圧に来なかったのか…まぁカズ君のあの様子じゃあ
 百人投入したとして半分は死んでたろうけどね」

「「だから」としか思えないね、お金掛けて訓練した隊員さん
 失うわけに行かないってカンジ?」

「…としたら更に疑問が一つ、カズ君のパワーや想定被害を最初から
 出せていたことになる、なぜ、そんな事を知っていたのか?
 与野家のお父さんは別に普通の会社の上役さんで自衛隊に特に繋がりはない
 …個人的な知り合いって言うなら話は別だけれど…」

「…分かんないことだらけだね」

「どのみちこれ以上突くなって言われてるし、どうしようもないわね
 でも魔法陣についてだけは調べなくてはならないわ
 ただのオカルトの領分としてそれっぽいモノとそれっぽいコトをしただけじゃない
 アレは明確にどの文字のどの配置にどんな意味があってと言うことを知っていた
 「本物の」魔法陣、そんな物を「今この普通の日本」で知り得ることは
 ほぼ不可能なはずだわ…」

「「ほぼ」って?」

「…1986年、それが先ず漏れてそれを元に「悪魔召喚プログラム」というモノが
 作られてしまったわ、それはまぁ多くの場合意味のないただのプログラムだったけど
 霊的に深く意味のある場所で機能してしまう場合のある恐ろしいモノだった。
 何とか無制限に広がることを抑えて官民一体で出来る限りの消去にも勤めた
 それが1987年…その年、その魔法陣や悪魔召喚の情報が漏れたんじゃないか
 っていう「元兇の場所」を人間・魔界両方の見解で魔術的に隔離することにした
 情報やモノの出入りを制限することで、それ以上余計なモノが流出しないように
 その街を街ごと「日本から隔離した」って言う流れがあって」

「あ、それ…弥生さんが大学生の頃行くかも知れなかった街のこと?」

「そう、玄蒼市…昔から「無意識に無視すべき土地」として穢れを専門に捨ててきた
 穢れた街…今でも祓いが追いつかずにたまに魔が漏れることがある…とは
 噂では聞いて居るのだけどね…場所が神奈川と静岡の間くらいだから…
 十条よりは四條院とか天野…或いは仏教系で蓬莱殿とかの管轄なのよね」

「その中でだけ、魔術や魔法が生きた技術な訳だ」

「そう、そのはずなんだけどね、こっちの世界用に「翻訳した」ものが
 どうやら今私の目に入ったわけで、これだけは祓いの家系として放っておけないな…」

「…ヤバそうだったらでもそこは手を引こうよ」

葵は心底弥生が心配だというように上目遣いで弥生を見上げた。
ああ…なんて可愛いんだろう…この死体とその処理の人間でごった返した状況と
心底ウンザリとして疲れた体調でなければその辺で押し倒したい気分なのに…
弥生はちょっとムラっと来つつ葵のアタマを撫で

「引き際を心得ることはベテランへの最後の通過点だわね」

と微笑みかけた、そしてそんな時に道の向こうから本郷の声がする

「おう! どこ行ってたんだ」

隣にスラックスのスーツ姿の若い女性刑事も居る、アレが新入りか
弥生の口の端が凄いいらやしく上がった
ああ、弥生さんの病気が疼いちゃったよ、この女刑事さん無事で済むかなと葵は思った。

「詳しいことは明日だが、先ずは出来る限り情報を呉れ」

弥生の好奇の目や口元を「どうどうどう」と遮るように本郷が口火を切った。
弥生はしばら〜〜く富士刑事を眺めた後、

「あの…(といって高台にある与野家を指さす)でかい家には川口曹長殿が居るわ
 今回自衛隊は何故か被害の規模を正確に想定していて私と葵クンに
 「対象の処分」を押しつけたのよ、この辺に広がってる…26発のカラ薬莢と
 何発かの弾丸…それだけどうにかして、あとは曹長殿にシナリオ聞いてよ」

「…やっぱり向こうには思惑があったか…判った…」

「じゃあ、紹介宜しくね、私は十条弥生、しがない霊能探偵よ
 こちらは私のパートナーの葵クン、かわいいでしょ?」

大変にこやかに、でも良く見たらかなり返り血を浴びたスプラッタな状態で
弥生は上着内ポケットから名刺を取りだし、富士刑事に渡した。
「しがない霊能探偵ってなによ?」と富士刑事は思いつつ名刺を受け取り

「あ…今日警備課火消し係に配属になったばかりで名刺は作っていません、
 富士あやめです、今後とも宜しくお願いします」

相手が無類の女好きレズビアンとはいえ、礼儀は礼儀、あやめは
弥生に握手を求め、右手を差し出した。

「あ〜…今日は無礼をしておくわ…だってこれ見て」

弥生の右手はカズ君に接射で十一発ぶち込んだ返り血やら何やらにまみれていた。

「明日また、詳しいこと話しましょう」

帽子を被ったままなので弥生はものっっっすごくにこやかにあやめに対し敬礼をした。

「じゃ、今日は帰るわ」

と、素に戻った声とトーンで本郷に声を掛ける、が、弥生は思いだして

「ああ、依頼者…」

「既に救急車で運ばれていったよ、多分必要だろうから拘束衣や
 精神安定剤含め精神科の手配もしてある」

「さっすが、やるじゃん本郷」

「何年オマエと喧々諤々やってると思ってンだ、お前に気が利かない男はモテない
 とか言われたくねェからな」

笑うところではないのだろうが、あやめには何となくこれが可笑しく感じた。
チョット笑いをかみ殺していると、その様子に弥生と本郷が気付き

「あら本郷、いい娘部下に持ったじゃない」

「ああ、なかなか俺は期待してるんだぜ」

何となくばつが悪く感じたあやめは咳払いをして流れを変えようとした。

「じゃ本郷、明日…昼前くらいに署に顔出すわ」

「おう…自衛隊がアリバイ作ってくれるんだったら今夜は徹夜までは
 しなくて済みそうだし、それでいいわ」

弥生と葵が会話しつつ去って行くのを尻目に

「なんだよ、思ったより全然堂々と接せられたじゃねぇか」

「…私…ちょっと異常なのかも知れませんね
 こんなに悲惨な状況であんなに返り血を浴びた人を目の前にしてたのに
 「油断はならなさそうだけど、面白そうな人だな」って思っちゃったんです」

あやめは気合いを入れて

「じゃあ、火消し開始しますか!」


第二幕 閉


戻る   第一幕へ   第三幕