L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE ONE

第三幕

「よう、昨日はお疲れ」

「そっちこそ」

翌日午前十一時、道警札幌方面中央警察署屋上、なかなか昨夜雪が降ったとは思えない
いい天気で暖かい気温の中、屋上にいた本郷に弥生が訪ねてきた。

「昨日あれからどうした、俺達はお前らの痕跡一通り消した後は
 拍子抜けするほど話がスムーズでよ…新歓コンパ兼ねて飲みに行っちまった、ハハ」

「私と葵クンは餃子パーティー開く予定がアレだもの、食欲流石に無くしちゃったわ
 裕子に餃子の冷凍保存とか頼んでその間に私と葵クンが仕事で…
 終わってからお腹は空いたけど色や形で色々食欲減衰NG掛かって、
 結局一階の居酒屋で「シシャモとワカサギだけ」バリバリ食って終了だわ」

「ハッハ、そういや俺達も無意識にそんな感じのつまみか枝豆とか
 無難であの光景思い出さないようなモン食ってたかもしれねぇ
 あんたらでもやっぱきつかったか、あれは」

「そりゃ食欲の減衰くらい招くわよ…イメージとして「頭からバリバリ食って当たり前」
 ってシシャモとワカサギくらいしか疲れた頭じゃ思い浮かばなかったわ、
 そうか、枝豆もありだったわね」

「裕子ってオマエの姪だろ、その子は? 餃子包ませて冷凍させてって
 そんだけのためっちゃそんだけの為に来て帰ったのか?」

「あの子ウチでテスト勉強ついでにしていこうってそのまま居眠りしてたのよね
 正直「しまった、忘れてた」状態で、もう車出す元気もないし
 そのまま泊まって貰って…今朝学校に送った後一息ついて、今ここ」

本郷が自分のタバコを弥生に勧めて、弥生が一本口にくわえると
火も本郷が手際よく用意していて「ありがと」と弥生もタバコを吹かし始める。

「あれ、そういや「かわいい」はどうした?」

「あの子は今日は普通に授業よ」

「あ、そか…中学生だもんな…俺も馬鹿な質問するよな…w」

「私の助手としてかなり学校にも融通利かせて貰ってるからね…」

「良くそんな学校見つけられたモンだな」

「阿美があの学校の教師だったのは幸いだったわ、中学校以来の「繋がり」もあったしねぇ…」

「オマエの女好きも一応利用できるモノは利用するって打算もあるのか」

「たまたまよ…今の校長の方もウチの父と繋がりあるし、ま、そこはね」

「「父と校長の繋がり」っておい…」

「…ゴメン、私とは違う意味の全然普通に社会的なお付き合いがあるって事ね」

「ああ、びっくりした…」

「あやめちゃん、居ないの? 二日酔い?」

「出署はしてる…んだが…今になって昨夜のあれやこれやが
 フラッシュバックするんだと…30分に一回くらい洗面所に駆け込んでるわ」

「あらあら…もう吐く物もないでしょうに」

「…いや…それが…意地でも吐かねぇって…」

「ええー…? そんなところで根性見せなくても楽になっちゃえばいいのに…」

「俺もソー言ったんだけどなぁ…あれもなかなか強情っ張りだぜ」

「強くありたい、強くなりたいって根性は人一倍強そうね」

「心配なのは頑張りすぎて壊れることだけどなぁ…」

「うーん、私は四六時中というかアナタほどあの子と一緒に居る訳じゃあないから
 そう言うケアはアナタに任せるしかないわよねぇ」

「まぁ…そうだな…ちゃんとドクターストップの頃合いは見とくわ」

と言った頃にちょっと元気のないパンプスの音が聞こえて来る

「あ…ようこそ、十条さん…済みません、やっぱり私まだああ言うのは慣れません…」

あやめが声を掛けてくる

「弥生でいいんだけどな、私は貴女の事、なんて呼べばいい?
 あやめちゃんでいい?」

苦しそうな表情ながらも笑顔を作りつつ顔をかしげて

「あー…どうでしょうねぇ、富士って名字から始めたいような気がするんですけど
 でもそれも壁ですよね…要らない偏見も入った壁かなって…自分でも思います」

弥生はその言葉に下心のない優しさを湛え微笑みながら立ち上がり、
左手の指先を自分の口元に寄せ何かを呟くと指先が昼間でも薄ぼんやりと判るほど
光って、その指をあやめの喉元に当てた。

あやめはビックリするも、どうにもリバース体質になってた胸から喉にかけて
不思議なほど落ち着いてくる。
更に右手であやめの頭を撫でながら(こちらは光ってない、ただの右手)

「気を張らないで、考えすぎないで、心の壁や見解の相違なんてあって当然なのよ
 それを一つ一つ乗り越えるのもまた人付き合いじゃないの、
 じゃあ…希望に添って富士さんから始めさせて貰うわ」

その様子を見た本郷が

「ちぇっ…いいよな…俺が吐きまくってどーしよーもねーって時は
 こいつ「ちょっとしっかりしなさいよ」の一言だったんだぜ
 そーいう意味じゃ俺も女に生まれたかったね、治療してくるんだからよ」

「アンタの性格じゃ付き合い変わらないって」

本郷は大いに笑った「違ぇねぇ」と。



あやめはタバコを吸わないので、ベンチを風上から
富士・弥生・本郷 と言う順番で座ってまったりしていた、
繰り返すが、昨晩雪が降ったと思えないほどこの日は暖かだった

「事件の顛末…オマエの予想でいいよ…聞かせてくんねぇ?」

「…ホントに予想よ…私のかなり勝手な偏見も入ってると思う」

「「情報」なんてそんなモンだろ…頼むよ」

「じゃあ…」

先ず弥生は一ヶ月前の大宮家ご息女ストーキング事件についてを
話の前段と前置きして始めた。

「…そっか…あの保護された「依頼人」そんな境遇の子だったのか…」

本郷がやりきれない表情(かお)をして続けた

「そりゃあの天使のカズ君及びそのおっ母さんにいい思いは抱けないよな…」

「たださぁ…あれはあれで「純粋な子供の姿」「子を愛する母の姿」だとは思うのよ
 問題なのは引くべき線を越えることを当然と思うこと、自分が弱者で哀れな存在である
 と言うことを無敵の武器として振るったこと…、やっぱり結局…
 社会生活を営むのに難のあるのは…ねぇ…」

そこにあやめが

「ウチの親戚にも居るんですよね…まだ幼児なんですけど、疑いが濃いみたいで…
 同情するし、大変だと思います…でも…冷静に思っちゃいますよ
 もし、社会生活が送れないほどの重度で、親が死んだ後その子はどうなるのだろうって
 正直、同情はしても私は背負いたくありません…今の話を聞いて熟々思いました
 親戚の子は軽度であることを祈ります…」

「まぁ、それでもただ近所の「あからさまには言えない厄介者」程度だったなら
 まだ良かったのよ…家に経済力があり、母が子を溺愛していたこと…
 そして…ここからが問題よ、父親がどこからか悪魔召喚の術を学んで
 それを実行したこと…」

あやめがそれに

「なぜ…そんな事を?」

「多分だけど、父親としては子に個性と言えるほどのものを感じなくて
 社会生活を送るなんて無理、自分たちも壮年、子が一生を施設で安寧に暮らせる
 と言う程までは経済力も持つかどうか判らない…
 だから、そこに人格を植え付けようとしたんだと思う、だから悪魔って言うか
 降霊するモノは何でも良かった、その降ろした霊にカズ君の体を乗っ取らせて
 「人格を持った一個の人間」に仕立て上げようとしたんだと思うわ」

「…それもまた親心なのかも知れねぇな…」

タバコを吹かしながら本郷が呟いた。

「何でもいいから独り立ちが出来る状態になって欲しかったって事だろ?」

そこへ弥生が

「ただし、召還されたのはその辺の霊とかではなく本物の悪魔だった。
 悪魔の種類までは判らないわ、今となってはね…
 そしてカズ父は大きなミスを犯した
 その悪魔は「呼び出しの対価を要求した」のね、
 父はではその身を捧げるので、子に取り憑き支配し、一個の人間として
 体が老いるまで「与野浦和(うらかず)」として生きて欲しいと願い
 悪魔はそれを承諾して、先ず召還主である父を食らった。
 葵クンが「父親の存在は感じるのに居ない」って言ったのは
 死体が血以外丸々存在しないような状態だったからなのね」

「…で、それが何であんな事になっちまったんだよ」

「さぁ…天使ちゃんに心と呼べるモノはあったのか、個性はあったのか
 とにかく、取り憑いた悪魔はその精神を逆に蝕まれ、
 その力だけがカズ君の体を強化させた
 詰まり、悪魔の方が「乗っ取られた」ってわけね」

「…デビルマンですね」

あやめの言葉に弥生が嬉しそうに

「おっ、富士さん、そっちの話行ける?
 原作コミックの全五巻は名作よね!」

あやめはビックリして言葉に詰まった、本郷があやめに

「コイツ…生まれる前の時代のだろって話も良く知ってるぜ
 「当たり前田のクラッカー」とか言い出した日には50代のベテラン刑事は喜んだが
 こいつ年齢詐称してる五十代なんじゃあないのかってくらい
 自然に藤田まことの節回しで完璧に言いやがったらしいからな」

あやめは流石にそこまでは…知識として何となく知ってるけれど…と思いつつ

「デビルマンの原作は…あれは読みました、人間の極限と限界を描いた名作だと思います」

弥生は嬉しそうに

「まぁ余り濃い話は置いておいても、ちょっと嬉しいわ、壁の一つの向こうを見た気分
 それはさておき、そう、デビルマン。
 ただし、創作物のデビルマンと違ったのは勝った人格が知的障害者で性的欲求が強く
 リミッターの外れたパワータイプであったこと…
 その力を己の欲望や障害物・気に入らないモノを排除し、自分の欲求を満たす
 と言うことだけに特化しちゃったこと、かしらね」

「…最悪だな…あー…タバコもう一本行きてぇがなんか飲み物欲しいなぁ…」

その一言に弥生が上着の内ポケットから180mlの小さめの缶コーヒーを三つ取りだして
全員に配った。

「…人肌じゃねぇか」

「奢りに対して言う言葉がそれ?」

「あ、でも、人肌くらいが丁度いいかも…暖かいのもちょっとだし、
 冷たいのは流石に体冷えますよ」

あやめが頂きますと弥生に言って缶を開け一口飲んだ。
ふーと一息ついて

「心と本能と常識と希望と…みんなそれぞれずれてるんですよね…」

あやめがしみじみ言うと、本郷がそれに合わせ

「そのグニャグニャした「人それぞれ」ってアメーバみてーなのが重なったところが「常識」
 って言うんだぜ、やんなっちまうよなw」

弥生もその例えに乗った。

「そこにきっちり枠を作って囲ったのが「法律」
 多くの場合、その常識と法律の範囲で内だけれど、個人個人の小さなコトで
 実はそれぞれ法律にも常識にも外れてる
 迂闊に出会い交わると悲劇よ」

そして弥生は続けた

「そして、その範囲にも枠にも余りはまらないのにどう言う訳か
 やって行ける場合があるのよね、
 「社会的弱者であることを強調し」「差別や人権を高らかに謳うこと」
 端から見たら「やり過ぎだ」と思えても、本人達にしてみれば
 自らの存在意義に関わる大問題なのよ、衝突だって起る
 そして、訴求力含め力の強い方が勝つ…」

「今回のはそこに悪魔召喚が絡んで最強にメンドクサイパターンになったクチだな」

再びタバコに火を付け吸い始めた本郷、少し間が開いてあやめが

「…あの封鎖区間で五体満足に生き残ったの…大宮珠代さん一人だそうです
 生き残っても時間の問題な人も居て…ヘタしたらたった一人の生存者になるかも…
 彼女…まだ目が覚めないんですよね…目が覚めたら…彼女どうなるんでしょう」

「それは…富士さんが気にする事じゃあないわ、そんな事はアナタの職務上逆に
 考えてはダメよ、私は助けを求められながらご両親を救えなかった責めくらいは
 受けるつもりはあるしその責任はあるけれどね」

「十条さんは立派に役目を果たしたと思いますよ…正しい事をしたと思います」

「さぁ…でもね」

弥生は自らの細いタバコを口にくわえ火を付け、ベンチから立って
二メートルほど先の柵にもたれながら

「私別に正義の味方って訳でもないからねぇ」

フッと本郷が鼻で笑ってあやめに対し

「アイツが正しい、アイツがそうするべきと思った事を遂行するって意味だよ
 それが法の杓子定規で正しいとは限らないことだって平気でやるって意味さ
 だってそーだろ、今俺が「おまわりさーん、ここに女子中学生と関係持った
  いい年こいた女が居るんですけどー」っつったらコイツ捕まるぜw」

その例えに弥生は最高にしけたツラをして

「やめてよ、そこ突くの…私も罪悪感には駆られてるんだから」

本郷が弥生に対して「対等か少し上」で居られることの理由だ。

「時も残酷だよな、あの「かわいい」がお前のストライクな年齢ゾーンなら良かったのにな」

「正直葵クンが今ハタチくらいだったら私土下座してでも付き合って貰うレベルでタイプだわ」

「十条さんは白人さん趣味なんですか」

弥生はちょっと意外な事言われたって感じで「えっ」と言って

「あの赤くて柔らかいほっぺた、猫みたいにクルクル大きさの変わる瞳孔
 甘えん坊の猫見たいな動作、それで居て、ちょっと私より強いこと言ったりもする
 それが私の好みなのよ、私にとって都合がいいだけじゃない、でも大筋で
 私の好みの線に全て乗ってる、白人系であることは余り意識したことはないわねぇ」

「あ、猫好きですか?」

弥生は満面の笑みで

「猫好き♪ ああ、でも葵クンは「猫みたい」だけど猫とは思ってないわよ」

あやめは弥生の壁を一つ越えた気がした、スマホの待ち受け画面を見せて

「実家で飼ってる猫です」

「おっ♪ かわいいじゃん、名前は?」

「親がなんでそんな名前付けたんだか判らないんですけど、ワラビです」

「ワラビちゃんかぁ、いいねぇ、なんの変哲もないこのカンジ…たまらない」

「雑種で…もう14歳のおばあちゃんなんですけどねぇ」

「ん、あと10年は生きてて欲しいわねぇ」

「そうですね、今は元気ですけど年齢的にはもういつその時が来てもおかしくないんですよね」

その様子を本郷が見てて

「そういやお前道ばたで猫見かけたら必ず声かけてたよなぁ、そうかぁ
 俺が別に嫌いじゃないけど好きでもないってカンジだから話広げなかったけど
 そんなに好きだったとはお前と会って七年目にして初めて知った事実だぜ」

弥生はあやめから他の写真を見せて貰いつつ

「いいじゃん、アンタとはビジネスライク、私はそれはそれで
 アンタとは上手くやって行けてるって思ってたよ、
 下げたくもない頭下げて回る仕事なんて私には出来ない、
 私なりにアンタを、尊敬してるんだけどね、ウチの葵クンも」

ちょっと流石に照れくさかったのか本郷はまたフンっと鼻で笑ったが
満更でもなさ気に缶コーヒーをあおった。
丁度飲みきったらしい、わざとらしく「あ"〜〜〜」と一息ついて天を仰いだ。

「さ〜〜〜〜〜〜って、一応昨夜の残務整理はあるんだよな…やっちまわねぇと」

大げさに場面を切り替えようと伸びをしながら本郷が立ち上がると
そこへ弥生の携帯の呼び出し音(ジャズっぽかった)が響く、
ちなみに弥生はガラケー使いだった、弥生が呼び出し者の名前を見て電話にでた。

「葵クン、授業中じゃないの? どうしたの」

葵が何か説明するたびに「うん」とか「ええ…」とかリアクションをする
弥生の表情に少し緊張が見て取れた。

「判った、貴女の学校の中等部三階角の理科準備室ね、直ぐ行くわ。
 葵クン、その気体の正体や効果がよく判らないなら無茶はしないでね」

といって通話を切ってベンチを立った
その瞬間、本郷があやめへ

「残務整理は俺一人で十分だ、お前、コイツについてってくれ、
 警察手帳が必要な場面が出てくるかも知れねぇ、
 そう言うフォローも俺達の役目だ」

あやめはがばっと立ち上がって

「あ、はいっ、富士あやめ巡査長、十条探偵の補佐に入ります!」

そんなに気合い入れなくてもいいのに、本郷と弥生は心を和ませた。


第三幕 閉


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