L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FIVE

第二幕


弥生が現場へ着くと、汐留(しおる)は怯えていた。

『松浜さん、私よ、十条弥生…葵クンと一緒にいたデカ女(身長的に)』

何も見たくないって感じで小さくうずくまって震えていた彼女が恐る恐る
顔を上げ、声のした方を向くと…

そこには何とかスラックスだけは穿いたモノのブラウスを先に着る手順を間違え
ここまで急行するのを優先に「ええい、面倒だ」と前のボタンを止めずに
ほぼ胸のはだけた状態になった弥生が居た。
ジャケットも羽織っていないし帽子も被っていない…靴も履いていない。

来てくれた希望…のハズが汐留は顔が真っ赤になった。
弥生も苦笑しながら、弁明した。

『ゴメンね…結構気を抜いてた時に罠にかかったみたいで、急いだ物だから…w
 もう…うん、ゴメンね、ヘンなもの見せちゃって…(苦笑)』

汐留の目が「凄い…」と言ってるのが判る、うんまぁ
我ながら良く膨れあがったモンだと思うよ、と弥生は思いながら、
仕掛けてあった隠しカメラを回収する、それは四ヶ所に設置してあった。

弥生はそれらを回収して振り返ると、汐留と目があって、また汐留は顔を赤らめた。
フッと優しく微笑んで弥生は汐留の隣に座った。
座る時に回収した小型の隠しカメラをしまいつつ、スラックスのポケットに手を入れ
「おッ…入ってた…儲け」と彼女が言って取りだしたのはタバコとライターであった。

『貴女には臭わないとは言え…一応、吸って宜しいかしら』

それには「落ち着こうね」というメッセージが込められていると汐留は理解し、

『あ、はい…』

弥生がふーっとそれでも汐留を気に掛けるように天高くにタバコの煙を吹き出す。
そして弥生が切り出した。

『怖い記憶かも知れないけれど、思いだして、「ソイツ」は何か言ってた?』

場が落ち着いた…と思ったら核心を突いてきた、葵によると探偵をやってるらしい
弥生に「この人はやっぱりプロなんだな」と思った汐留だった。
恐怖感はあるモノの、一生懸命その時のことを思いだして…

『…あ…っ、そういえば…「バレたか」的なことを…』

タバコをくわえた弥生がニヤリとしながらウンウンと頷いている。
汐留はまた少し怯えて

『「最近美味い記憶を纏ったと思ったら…厄介なヤツを味方に付けたようだな
  だが、俺はお前みたいな美味い飯のタネを早々は逃がさないぞ」…って
 …そして、去って行きました…あっちの方角に…』

弥生の腕が淡く優しい光を纏いながら、汐留の肩を抱いた。
汐留の心に「安心」が入り込んできて、そしてまた彼女の頬が赤くなる。

『有り難う、イヤなヤツよね、そんなヤツに目を付けられたなんて可哀想に、
 …まぁ…もう少し、ここに居て…貴女ももうそろそろ動くことも出来ると
 思うのだけれど…アイツを特定して追い詰める算段が出来るまでは
 今しばらく、我慢をして頂戴…』

そう言いながら、弥生は汐留の頭を撫でていた。
汐留は顔を赤らめながら、恐る恐る弥生を見上げ、そして切り出した

『あの…貴女は日向さんとは…』

顔を赤くしながらの恐る恐る繰り出されるその質問、聞きたい事は弥生には判る。

『あの子は私のパートナーよ』

でも敢えて青少年の霊だしと思ってちょっとボカしてみた物の

『お二人が一緒に住んでいる事は聞いて居ます…で…その…』

恥ずかしそうなその指や視線が弥生の半分はだけた乳房辺りにくっきり
鬱血してるキスマーク複数を指している。

弥生はそういやそうだ…w と、苦笑しながら天を仰ぎ

『ボカしても意味なかったわね…w そう、あの子は私の愛人(ラ・マン)でもある…
 そして…そうね…貴女の事も、純粋な友情と共に
 ちょっとそれは恋に似た感情もあるかもしれないわね』

汐留が真っ赤になって俯く、弥生がさらに

『…レズビアンなんてポルノか創作物の中だけの存在と何となく
 思ってたかも知れないけれど、まぁ、居ちゃったのよ、ここに。
 そして葵クンも私の影響で…結構移り気っぽくなっちゃって…(苦笑)』

ちょっと優しく語りかけていた弥生が、しかしここからちょっと真剣に
汐留の顔を覗き込みながら、慎重に語った。

『私からのお願い…あの子を拒絶しないであげて…
 レズビアンだと言う事を受け入れられないならそれはそれでいいから
 拒絶だけは、しないであげて…お願い。
 「そう言うお付き合いは出来ないけれど、また話そう」くらいでもいい
 あの子には同年代の深く心を通わせられる友達が必要なの…』

ちょっと汐留が弥生の側でない方の手元を見ると「船乗りクプクプの冒険」がある。
汐留はそれを手に取り

『あの…そういえばこれ…有り難う御座います、じっくり、じっくり読んでます
 だからまだ結末まで読んでませんけど、大切に読みます
 日向さん、また明日も来てくれますよね?』

弥生は優しく微笑みまた汐留の頭を撫でながら

『本は気にしないで…他にリクエストがあれば絶版以外なら提供するわ、
 私も結構読書好きだから、本を読むのも立派な経験だし、楽しいわよね』

汐留は赤くなってコクンと頷きながら

『はい…、』

『葵クンは私が言わずとも、ここに来るわ、あの子をヨロシクね、松浜さん』

弥生が立ち上がり、また何か地面や壁に祓いの力とおぼしき光るチカラで
汐留の回りを何かで埋めて行く、しかしそれは少しすると地面に染みこむので
全容は判らない。

『前とは違って回数制限のないトラップにしたわ…ただし、向こうが
 死ぬ気になれば…って死んでるのにおかしな表現だけれど…
 突破されるかも知れない、でも突破しても貴女の記憶をはぎ取るまでの
 力は発揮出来ず、もし貴女諸共ここから引きはがそうとすれば、
 祓いの陣が貴女を最悪の事態から守るでしょう、安心して
 もうしばらく、貴女はここで待っていて、いいわね?』

その弥生の確固たる強い表情には強い信頼を感じた汐留、
「船乗りクプクプの冒険」を両手で胸の辺りに抱きしめ

『…はい!』

と、ちょっと強い表情でいい返事をした。
弥生は優しく微笑んで、

『じゃあ…ゴメンね、こんなカッコウで、それじゃあ』

弥生が何か両手の指先に詞を込めてそれを握ると、弥生の力がグンと上がったのが
汐留には判った、そして去り際に汐留を見てにこっと笑って弥生は
葵以上の物凄い身体能力を発揮し、あっという間に遠くに行ってしまった。
何となくぼうっとそれを見送り、汐留は脅威が訪れないように祈った。



葵が朝目覚めると、素っ裸でお互い寝たはずの弥生がスラックスを穿いて
ブラウスを羽織った状態で寝ていた。

夜中に何かあったのかな…?
まだ寝惚けていた葵は深く考えず、ちょっと腰に怠さを感じながらも起きて
朝食と弁当、弥生の昼食を作り始めた。
少し時間の掛かる工程(煮込みや弱火で火を通すなど)で葵はさっと熱いシャワーを浴び
頭をしゃきっとさせる、いつもの朝だった。

弁当箱に自分のご飯を詰め(女の子らしくもある彩りだったりするのに量は多いw)
弥生の分のおかずの盛りつけをして熱を逃がしてからラップをして冷蔵庫に入れる
そして二人の朝ご飯を食卓にそれぞれ用意しつつ、弥生を起こしに行った。

「弥生さん、朝だよ、昨日夜中に何かあったの?」

弥生はとっても眠そうだけど目を覚まし、

「…ああ…、お早う葵クン…とりあえず、食べましょう」

お早うのキッスをして弥生は軽く顔を洗ってうがいをして食卓に着いた。
戴きますをして、食べ始める。

食べる時は食べるのに集中するのは弥生流食事の嗜みなのだが、
全く無言でなければならない訳でもなく、幾らか言葉は交わされる。
今朝は弥生の方から

「…気になる? 葵クン、夜中に何があったか」

「…うん、でも弥生さん慌ててないから、ボクそれを信じてる」

弥生はまだ眠くて疲れが抜けないなりに微笑んで

「…葵クンはかわいいわ…やっぱり…」

葵は顔を赤くしてにっこり微笑んだ

「食べてから教えるわ、だから先ずは食べましょう」



食事後、弥生は明け方までパソコンであーでもないこーでもないと
画像調整して見やすくした「ソイツ」の写真数枚と、そこから
「真顔はこんなんじゃないか」というスケッチをして居たようだ。
葵はそれを真剣に見ながら

「…アイツ…罠にかかったんだ」

「ええ…私の見立て通りのゲスな悪霊でほぼ確定…葵クンにも一応
 渡しておくけれど、葵クンは捜索よりは彼女の側に居てあげて、お願い」

「…いいの?」

「だって、それが貴女の役目よ、今回の」

「そういえば…一銭にもならないんだねこれ…ゴメンナサイ、弥生さん」

葵の申し訳なさそうな一言に、弥生は優しく微笑んだ

「何を言ってるの…、貴女のトモダチのピンチじゃない、助けてあげなくちゃ、ね」

葵ははにかみながらも微笑んで

「…うん!」



葵が登校した後(葵は朝練とか朝に体を動かす事メインとしていたのでちょっと早い出)
弥生は食洗機に食器を入れて作動させ、あんな事やこんな事の後の
シーツやそれ以外の日常の服など洗濯を開始しつつ、一般の登校時間に合わせ
色々準備をして車で急いで栄川品中学へ向かった。
そして、「公職適用時証明書」という身分証明書をぱっと見せて
あたかも警察の捜査であるかのように見せかけ(良く見ると全然違うのでw)
登校時の学生達を捕まえ、門番の先生などにも話を持ちかけ、写真とスケッチを見せ
「ソイツ」の情報を募った。

登校時間が終り、生徒ももう遅刻してくるような捕まえたら可哀想だな
という子になるので、聞き込みはそこでやめた。

全生徒捕まえたわけでもないので成果としては微妙だった。
弥生が軽くしけたツラになる。

そして近くの道の脇に今も居て、楽しそうに船乗りクプクプの冒険を読む
汐留の側に行った。

その、本の世界に入り込んだ姿、可愛い。
とはいえ、ロリコンではない(葵は特別)を自称している弥生としては
ただ微笑ましく、それを見て、汐留に声を掛けた。

『おはよう、ちょっとイイかしら?』

汐留は、はっと弥生に気付いて昨夜の事で顔を赤らめつつ

『あっ、はいっ、なんですか十条さん』

弥生はまた汐留の隣に座り、写真とスケッチを見せた

『キッツイ記憶だとは思うけれど、アナタを襲ったこの人に覚えない?』

汐留はイヤそうな顔をしたが、捜査に協力しなければ、と強い気持ちで
改めてそれらを見て考える。
自分の手でその写真やスケッチを部分的に隠したりして、そのうちはっとして

『わたしが中学生になって通学路が変わってから…そう言えば何度か途中で
 ヘンに視線を感じる事があって…ふっとその気配を探したら…
 アパートの二階に…顔ははっきりと判りません、カーテンのスキマからでした…
 でもこう言う目が見えた事があります』

弥生は頷きながら

『よしよし…、それはどこかしら』

汐留はそれに応えながらも

『でもそこ…火事でその何ヶ月か後に焼けたんです、アパートも取り壊しになって
 わたしの記憶では更地で…その人とかがどうなったのかはわたし、判りません…』

弥生はにやっとして立ち上がりつつ、

『いいのよ、有り難う松浜さん、私はこのままそっち方面を掘り下げに行くから』

『あっ…はい!』

弥生は優しく微笑んで、ちょっと距離のあるところに駐車したんだろう車に乗って
そちらへ向かったようである。
止まっていた時間…というか「進んでいる感覚の無かった時間」が進むのを感じる。
汐留は希望を感じ空を少し眺めた後、読書を再開した。



「最近ヒューガ機嫌いいじゃん、弥生さんと上手くヤってるって事かなぁ〜?」

お昼時間、葵は特定のグループには属してないが何というか
「声を掛けたトコ勝ち」的なお昼時にはそこそこ人気であった。
葵手作りの弁当はおかずの量も多いし彩りもいいし、美味しそうで
「ちょっと分けて」をやりやすいというのもある、葵もそれを見越して作っている。
今日は里穂たちのグループで、みんなで席を寄せてお昼してた時、
そこそこ大きなエビフライを頬張りながら葵は最初ちょっとその含みの意味が
今ひとつ理解できなくって

「…(モクモク)…うん、弥生さんとはいつもイイ感じだよ」

里穂は「あ、通じたら赤くなって可愛いのにいつも通りって事は通じてないな」と思い

「…ま、いいかw でも、ホント最近気分良さそうだけど、いい事あったの?」

葵はその里穂の生暖かい話題転換で最初の言葉の真意を理解し、やっと顔中
真っ赤にして「今通じた♪」と里穂達を沸かせた。
葵の脳裏に自分の指や舌で乱れる弥生を思い出し、ちょっとしばらく赤面が取れなかった。
「そ…そんなにアレやコレやお楽しみだったのか…」とちょっとそっちの話題を
掘り下げたくなった里穂達だが、葵は「うんまぁ弥生さんはまぁ、その…」で
ごにょごにょと誤魔化してしまい、その代わり

「最近知り合った栄川品中の子とちょっとお話とかするようになって」

そういわれると、弥生の仕事を手伝ったりご飯作ったりする葵に遠慮してたのもあり
余り葵とどっか遊びに行くとかそういう事無かったな、と里穂達は思い

「栄川品って創成川のトコだよね、登下校の時?」

「うん、たまたまちょっと切っ掛けがあって話したんだ、内気で
 本が好きで大人しいカンジの子だよ」

「へぇ、ヒューガと逆じゃんw」

葵は体を動かすのが大好きなのは言うまでもないが、
読書に関しては何となく授業前とかに教科書を読む事はあっても
(なので授業には結構ついて行けていて、成績は悪くはない)
読書感想文とか課題として「本を読め」というのは苦手であった。

「そうなんだよねw でもなんか、逆だからちょっと気になったって言うか」

「おやおや〜浮気ですかぁ〜?」

里穂のからかいに葵は顔を赤くして

「そ、そう言うんじゃないよ…そう言えばそう言うタイプの子とあんまり
 話した事無いから…」

話した事無いから〜〜↑? と掘り下げようと思ったが、流石に葵が可哀想なので
里穂達は葵を解放し、ランチは終了し、あとはお昼終了までそれぞれの時間を過ごす。



「…うーん…ゴメンナサイね、日向さん、ワタシにはコイツは判らないなぁ」

昼休みの進路相談室、葵はこの学校で唯一何でも話せる赤羽先生…阿美に
例の写真とスケッチを見せていた、阿美は教師という肩書きもあり、
青少年に関わるような性犯罪者とかの情報には割と詳しく、
そう言った人達を許さなかったのである。

自身がロリコン気味である事は置いておいて。

「先生が知らないって事は犯罪歴のないヤツって事なのかなぁ」

阿美は優しく葵に微笑みかけて

「アナタはその松浜さんって子と仲良くなる事だけに集中していていいのよ
 そう言う調査は、弥生が絶対突き止めてくれるから
 ただ、フッと見掛ける事もあるかも知れない「手配書」の積もりで
 アナタに渡しただけだと思うわ、あんまり気にしないで」

葵はちょっとはにかみながら阿美を見上げ微笑み、阿美はその
葵の表情にまたハートを矢で射貫かれ幸せを溢れさせた。
ちょっと葵は汗しつつ

「先生ってホントに「見えたり感じたり」しないの?」

阿美はあっけらかんと

「ワタシそっちの才能まるっきり無いみたいなの! あっは♪
 でも、弥生が言うなら、日向さんがそう言うなら、それはそうなのよ
 めくられ千切れ残った日めくりカレンダーみたいに
 死んでからの「イイ積み重ね」を奪われ成仏出来ないって酷い話だわ!
 ワタシは専門外だし、どうしようもないから、弥生とアナタを信じる、
 その子を助けてあげて、同じ年頃の子達を担当してる教師として、お願い」

やっぱり、ちょっと調子は狂うけれど、この人は凄くいい人だ
弥生さんは、イイトモダチを持ったんだな、ボクもあの子とそんな風に
心を通わせられるんだろうか、彼女はいずれ昇華成仏するわけだけど
それはそれでしょうがない事だ、葵は思い、
そろそろ高くなり始めているお昼の暖かい日差しの中、阿美に微笑みかけ

「それは、弥生さんと必ず!」

強い表情で阿美に誓い、午後の授業に着くのであった



「一年半ほど前の火事ですか…少々お待ちください」

弥生はあの後その現場だったとおぼしき場所に行くが、既に別な建物が
建っていたし、「ここには居ない」と言う事を確認する為だけに訪れ
直ぐソイツの住居のある担当の消防署を訪ねた。
そこには例の上野という熱い男が居て、彼女の対応をした。

「ゴメンナサイね、イキナリ」

弥生の言葉に上野は資料を探しながらも

「それは構わないのですが…探偵さんが一体それで何故今それを…
 あった、コレですよ、思いだした…これはなかなか複雑な事故だったなぁ」

上野がその資料を提示しながら語り出した。

「火元は何てこと無い、老朽化したガスチューブからのガス漏れへの引火…
 そこからの爆発炎上…その時間そこに居た住人は二名…二人とも死亡…
 二人とも大学生なんですが、一人は留年を繰り返していたヤツで…」

上野が微妙な表情でその留年大学生の焼け跡現場写真、及び
遺品…と呼んでいいのか…燃え残った物などの陳列写真を弥生に見せる

「下着ドロ…か」

「ええ、根こそぎとか一つしかないような、とかそう言うのは狙わず
 幾つもある中から一つとか、かなり周到に盗んでいたようです
 なので被害届も量の割には殆ど無くて…泣き寝入りと言うより
 「まさか盗まれていたなんて」という反応でしたね、
 そして彼はその下着と…」

上野は淡々と話しそうになって

「ああ、いや、申し訳ありません、不必要な情報でした」

弥生がそれに淡々と応え

「隠し撮りの写真とかと一緒にその下着使って抜いてたとかそんな所かしらね」

流石に探偵なんて稼業をやっていればこんな性のドロドロなんて
「なんてことない」か、と上野は苦笑しつつ溜息を一つつき

「全部の押収は出来ませんでした、何しろ2/3ほど焼けましたからね、
 写真の他にも動画や…どうも空き巣でアルバムから写真を抜き取ったり、
 個人的なその人の記録ビデオなんかも盗撮していたようです」

「事故で亡くなった事には悼むとして、そんな事やってるから留年するのよ、ねぇ」

上野は軽く笑い

「そうですね…w
 一応被害届が出ていた物と押収された証拠品もありますので、
 被疑者死亡のまま送検…不起訴、そう言う結末ですよ」

「そう…ありがとう、もう一つ…これは消防の領域じゃないかな…」

「なにか?」

「ソイツに何か横の繋がりは?」

「…ああ、ネットで売りさばくなり業者を使うなり組織的だったかって
 事でしょうかね…いえ、むしろ誰とも関わりを持ちたがらないような…
 匿名掲示板に名無しとして書き込むくらいの人物だったようです…
 掘り下げたい気もしましたが、それは私の領分ではありませんし
 警察も余り深くは追及しないで捜査を終了しました。
 どのみち彼は死亡しているんですからね、死因も疑いようのない「巻き添え」ですし」

聞きたい事とは少し違っていたが、彼が孤立した状態から悪霊化した事だけは判った、
弥生はあごに手をやり人差し指で下唇を軽くさすりながら頷き

「どうも有り難う、大変参考になったわ…ところで…」

「はい?」

「こちらの食堂にはレンジあるかしら」

「ええ…まぁ…」

「お昼食べていっていい?」

「え…?」

弥生は密かに消防署に入る時に持って居たクーラーボックスから
朝葵が作って冷蔵していたおかずと、別に詰めてきたご飯を見せて微笑んだ。

「…美味しそうですね」

「葵クンの手作りなのよ、美味しいの」

「あぁ…まぁイイでしょう、休憩室で食事くらいは…」

「有り難う、アナタは?」

「昼も交代ですからね、私はまだです」

「そう、では食べて大人しく帰るわ」

二人はお辞儀をし合って、そして弥生は休憩室(兼食堂)へ去っていった。
上野の部下の東が

「…なんだって一年以上前の、しかも疑いようのない事故の被害者を
 今になって調べているンですかね」

上野はさっぱりとしたカンジで

「さぁなぁ! 俺にもさっっっぱりだよ! でも
 あの人には何かあの人なりの抱えた仕事があるんだろうさ!
 そこは多分俺達とは関係のない、別の領域なんだ」

確かにその通りだ、上野の「分相応」の測り方にまたちょっと
ベテランの領域を見て、東は少しだけ上野を尊敬した。



まだ午後の授業時間、と言う辺り、汐留の元へ再び弥生が訪れた。

『どうでした?』

『うん、ヤツの生前とどんな状況で悪霊化したかは大体判った…あとは…』

弥生は柏手を打ちその指先に向かい何か詞を込め、その手が淡く光に包まれる
その弥生の口から指に灯る光を、汐留はいつも「キレイな光だな」と思って見ていた。
そして弥生が半円を描くように両手を広げ、逆を向いて今度は開いた両手を
また柏手状に戻して閉じた。

何となくだけど、結構遠くの情報が見聞出来る、汐留は驚いて

『これ…祓いの力で周囲を探っているんですか…?』

その言葉に弥生が驚愕した。

『貴女…! 祓いの才能があったのね…! 心底勿体無いわ…
 そう、これは今ここ、詰まり貴女を中心に直径三キロ、高さ五百メートル以下
 地下は五十メートル以上に奴が居ないかをちょっとね…
 ヤツの波長とかは少し掴んだから、ちょっとしたレーダー索敵』

『…わたしそんな才能あったんですか…?』

『貴女にも何となく周囲の情報が入ってくるって言う事がその証明よ、
 才能の無いか、あるいは全く磨けていないヒトにはそれは判らない事なの
 …そうか…それでアイツ貴女に執着してるんだわ…』

『どう言う事なんですか…?』

『天敵の才能を持つ魂だからこそ、刺激的で美味しいって事よ…
 ムカツク話だけれどね…』

その言葉に汐留は悲しそうに俯いた。
そして弥生は芳しくなさそうにちょっと眉をしかめ

『…いないわね…他にも餌にしてる霊はあるのだろうし
 元々この手の霊は決まった縄張りもなく「餌場」が判らない事には
 どこを中心として活動してるかが見えてこない…といって…
 流石の私も北海道中の「一時的に逝けない魂」なんて把握しきれないし…』

弥生がどうした物か…と思ったその時、意を決した汐留が弥生へ

『わたしを…! 囮に使ってください!』

弥生が厳しい顔をした。

『危険だわ、確かに私の張った罠はヤツから貴女を守る物だけれど
 ヤツが悪霊化してから現在までのヤツ自身の状況が判らない今、
 貴女を囮に使うなんて無茶な話よ、』

『危険かも知れないけれど、でも、私の回りの陣は守ってもくれるんですよね、
 そしてもしそれに引っ掛かったら、十条さんは直ぐわたしの元へ
 駆けつけてくれますよね !? 昨夜みたいに…!
 もし必要なら、わたしに発信器というか…霊専用にそう言うのがあるかは
 判りませんけど…それを使ってください!
 わたしがもし「アイツ」にとって「美味しい魂」だというなら、
 それしか確実な方法はありませんよ!』

弥生が苦渋の表情をした。
確かに、彼の行動範囲が判らない状態でこの直径三キロ探索を
スキマがないように札幌中だけでも繰り返すとなると大変な手間と時間な上
相手はその間に動くかも知れない、トテモじゃないけれど、三キロじゃ狭すぎる
弥生は五キロや十キロといった広範囲バージョンも研究しているが、
今度は入ってくる情報が煩雑になりやすく整理しきれなくなる弱点がある。
まだまだこの広い札幌で最適化にはほど遠い。
弥生は大いに考え込み、

『…発信器は要らない、貴女のその「気」は覚えたから…なるほど
 祓いの才能を持ってたからと言うのもあってか「そう言う目」で見ると
 判りやすい特徴のある子、とも言えるわ…』

弥生はそこまで言ってからまた大いに悩み

『…私の一存じゃ、決められないな…葵クンとも話し合わないと…
 でも私これからちょっと行くところもあるのよね…』

汐留は強く、

『それなら…わたしから日向さん説得します!
 折角のわたしです…、わたしを…使ってください!』

弥生はややしけたツラでそれを受け止め

『…確かに早期解決にはそれが一番かもだわ…被疑者死亡で送検なんて
 いうんじゃ、警察だってもう深くは捜査できないだろうし現場はもうないし…
 …貴女の心意気はよく判った…葵クンに言ってみて、では私は今日は失礼するわね』

『はい、行ってらっしゃい』

弥生は苦笑気味に、でも汐留を「いい子だな」と思いながら振り返り

『行ってきます』


第二幕  閉


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