L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FIVE

第三幕


「俺か富士をどっちか数日貸せだと?」

弥生は一度家に戻り、朝食洗機にセットした物の回収、昼ご飯の容器等のセット、
洗濯物は室内で広げて干しておくと言う感じで家事を少しやった後、
特備課へ行って、二人のウチどちらかの貸し出しを申し出た。
それに対する本郷の言葉が最初のセリフである。

「申し訳ないんだけど、今度は「一夜のどの段階か」じゃあなくて
 いつどのタイミングかすら判らない受け身の状態なのよね、
 でも多分ヤツの特徴的にそう何日も間は開かないと思うのよ…
 上手くすればまだ見ぬ私に対する挑戦として今夜にでもタイミングが
 来るかも知れないし…でもそれも何時かは判らない」

つまり、いつ戦闘開始になり、いつ火消しが必要になるかが判らない、と言う事だ。
前回このタイプのを祓った時は、ソイツが前科者で固執しているテリトリーもあり
比較的波風無く祓う事が出来た。

「現場に張り付くわけには…?」

本郷の言葉に

「中学校のそばよ?
 私が通報される、話を通しておくにしてもかなりの事情のよく判ってない
 学生の目撃者がでる可能性がある、それでもいい?」

「それもやだなぁ…」

本郷は頭を掻きながら

「俺、お前の家行きたくねぇんだよな、お前の領域に入りたくないっつか」

「私がレズでそう言う意味で蜘蛛の巣みたいな所に例え餌にならない種だとしても
 何か居心地悪くてイヤだなぁ、とはウチに来た時言ってくれたわね」

「今でも意見変わってねぇよ…とはいえ…富士も腕治りかけの状態だしなぁ」

あやめはきょとんと

「いえ、私行きますよ? そんなに居心地悪いですか?」

「お前行ける? いやー俺ァダメだなぁ、「ここに居ちゃいけない」感が拭えねぇ」

本郷は意を決し

「判った…「今後もしも」の根回しはまた神田呼んでそっちと続行するわ
 お前は弥生んトコ行ってくれ」

「はい、判りました! 私でいいですよね? 十条さん、怪我治りかけですけど」

「ええ、今回は貴女に戦いに参加して欲しい訳じゃないから、大丈夫よ」

本郷がしけたツラしながら受話器を持ち上げ内線押す準備段階で

「おう、ホントに今度は富士に怪我ァさせてくれるなよ?
 じゃあー俺から警務課にも連絡しとくから、行ってくれ」

「はい、判りました!」

あやめがお辞儀をして荷物をまとめ「では、行きましょう」と弥生と退室していった。
本郷はそれを見送りつつ、

「アイツが富士に慎重なのは富士がアイツの初恋の人に似てるかららしい、とか
 それもっと危ねぇんじゃあーねーの?」

あやめ自身は割とそれを単純に「何か嬉しかった事」として本郷にちらっと
話していたのだが、本郷は逆にちょっと不安になっていた。



二人が駐車場の弥生の車に乗り込み、出発しながら

「そういえば、裕子ちゃんは今回の事には?」

弥生はしけたツラをして

「…どうも貴女と過ごして居て目覚めに飲まされたエヌタロンモカに
 妙に感動して…まぁそれはいいんだけど…さっきも言ったけれど
 今回は一夜のウチのどのタイミングか、じゃないからねぇ…」

「あー…流石にちょっと厳しいですかね」

「こないだはちょくちょく手伝って欲しいって言ったけれど、
 あの子北大受験する気で今高校三年、成績はいいけれどまだ
 どこの学部受けるのかAO入試で行けるのか決まったわけでもないし、
 流石に大型連休とか夏休み・冬休みじゃないとなぁ」

「北大ですか…やりますねぇ、でも、学部決めてないってどう言う事です?
 裕子ちゃんみたいなほわっとしつつしっかりしてる子が
 「何となく将来のポイント稼ぎの為」なんて理由で北大とは思えませんし」

弥生は少し「どうした物かなぁ」という顔をしつつ

「北大の建物は兎も角敷地まで考えて…そこから近くに…」

「…あ、十条さんの家が近いですね! …え、まさか住むつもりなんですかね
 そこから通えば近いし親の了解も得やすいかも…みたいな?」

流石に「毎日」となるとあそこは弥生と葵の愛の巣でもあるわけで…
あやめも弥生と同じく「どうした物かなぁ」という顔になった。

「…まぁ、そこが判らないのだけども…一度ちゃんと話し合わないとなぁ
 とは思ってる段階」

「そ…そうですよね…」

そんな時あやめは、ふと裕子と弥生について疑問に思ってた事をつい聞いてしまった。

「そういえば叔母と姪という近縁関係ではありますが同性ですし、
 あの…もしかして…」

それに対して弥生は明らかに「ぎくっ」とした、ああ…、そうか

「もうあの頃は限界だった…」

弥生が懺悔を始めた。
あやめが聞いて居ようと聞いて居まいと続けた。

「私が大学三年でそれまでのアパートで基本葵クンと生活しつつ
 今の住居契約してそっちで生活や稼業が開始できるように用意してた頃なの」

「葵クンはかわいいけどまだ当時小学生、流石に小学生は幾ら何でも…
 阿美は阿美で同じく大学三年になれば卒業に絡んで教育実習や何やらの関係で
 色々忙しかったらしくて連絡も付かず…プロの世話になるのは癪に障るし
 ナンパは上手く行かなかったし…」

「そんなある日高等部昇進承認試験に向けて裕子から勉強の指導をお願いされて…」

「私の旧住居の方は三人だと流石にちょっと手狭なんで、その日は悪いけど
 葵クンには元の住居の方にいて貰って、今住居の方で裕子の勉強を見る事に…」

「…でもホラ、あの子眠り虫じゃない、こんな事で大丈夫なのかなとか思いつつ
 寝顔見てたらムラムラと…でも、そこでは耐えたのよ! 本当よ!」

弥生の必死の弁明に顔を赤らめつつ、あやめはとりあえず同意の旨を伝えた。

「…多分これ、家系というかな…全員って訳じゃないと思うんだけど
 …ひょっとしたら祓いにも関係あるのかな…
 フッと目を覚まして寝惚け眼のあの子は完全に小悪魔だった…」

あやめは弥生を慰めるように

「ふらふらっと行っちゃったんですね…」

「私も欲求不満が限界だったとはいえ…流石に姪はちょっとどうなのよと思いつつ
 あの子もレズの気はあったみたいでむしろ手ほどきとして嬉しいとか言うから…」

あやめはまた慰めるように

「…その後何度か、と」

結構負い目だらけのヒトだなぁと、ややあやめは呆れつつ、フッと笑って

「まあ、裕子ちゃんからしたら「三人なら三人ですればいいと思いますのよ?」
 くらいの気持ちかも知れませんけど、流石にそれはって感じで
 姪を愛人には出来ないってキッチリ言わないとダメですよ…w」

「…そうよねぇ…肌を合わせたお陰で見えてきた特性ってのもあったという意味では
 確かに色んな意味で手ほどきなんだけど…」

ああ、なるほど、そういう事もあるかなぁ、とあやめは思い

「少なくとも十条さんと馬が合うって事は判ったわけですね、うん、
 まぁその…何ともうしましょうか…w」

余りフォローの言葉も出てこない、自分はホントに大丈夫なのかなと思いつつ

「私には何だかもう物凄く縁遠い世界のような感じがするんですけど、
 十条さん達がそれで何とか上手くやって行けるのなら、それでいいんじゃあ
 ないでしょうかねぇ…」

困り笑いというか、とりあえずフォローになってるのかなってないのか
突き放すつもりはないけれど、でもやっぱりちょっと遠いなぁと思ったあやめだった。
弥生はしけたツラで、

「ゴメンナサイね…物凄く乱れた女とその周辺で…」

「でも、仕事人としては一流だと思いますよ、本当に。
 私はそして仕事方面での繋がりメインと言う事で、お手柔らかにお願いします…」

「さすがにもうフラフラッと来る事はほぼないと思いたいのよねぇ…
 あの時だって耐えたし…」

あやめが顔を赤くした、自分がちょっと挑発的に振る舞ってしまったときの事だろう。

「…それ持ち出されたら…私も「お互い頑張りましょう」としか
 言えなくなりますね…お互い頑張りましょう」

弥生もそれに

「お互い、頑張りましょうね」

と声を掛け合い、何となく深さが全然違う気がするんだけど同等に
されような誤魔化しをあやめはちょっと感じつつ、弥生宅へ向かった。



『そんなこと、危険だよ!』

栄川品中学校脇の道路へやって来た葵に対し、汐留は自分が囮になる旨と
どうも自分には祓いの才能がホンの少しあって、それが逆に「アイツ」の
食欲をそそっていて自分に固執している事、だから自分が囮になれば
必ずそいつは現れるし、弥生の残した罠は汐留を守ると言っているのだし、
昨夜のソイツが「罠」に掛かった時など僅か数分で弥生が駆けつけた事を告げ
「必ず来て助けてくれると信じているからこそ、自分が囮になる」と汐留も譲らなかった。

『だって…確かに弥生さんは凄い人だし、ボクだってそれなりに戦える
 でも、「絶対」なんてないんだ、「もし」を考えなくちゃ…』

葵の訴え、汐留はそれでも頑なに「もう決めたの」という表情(かお)をしている。
時に、葵の「霊会話」は才能の産物で正式な修行には余り馴染まなく
自己流である事を先程書いたが、そんなわけで、通常であれば
「心の中で」喋るような感覚の所を、葵の霊会話はたまに普通に声としても
漏れていた、そんな時だ。

「ねぇ…その制服、百合が原のトコのだよね…」

通りからやや小道のこちらへ三年生と思われる女生徒達が葵に声を掛けてきた。
葵は「あ、夢中になりすぎて普通の声と混じっちゃったかな…」と思いつつ
それに頷くと、栄川品中三年のその子達の代表が

「…そこ、今でもシオル居るの…?」

葵はちょっと驚いた、でもこう言うの一般の人に確認するのって
慎重にやらないとダメだって弥生さん言ってたし…と思ったら、
相手がその様子を読んだのか

「ああ、あたしは見えないんだ、残念だけど、見える体質だって
 気取ってる子にもホントは見えてないなんて事は知ってる、
 でも、キミ見たいな目立つ子があの子の側に居たなんて
 そんな話聞いた事無いし、最近になってよく見掛けるなって思ったら…
 たまに聞こえて来るキミの言葉からしたら
 「そこに居る」のがシオルだとしか思えなくって…」

葵は半分観念して

「…そう…、ここに居るのは松浜さん」

今三年と言う事は元クラスメート、或いは友達だったのだろうか、その子が

「ねぇ、あれ一年前だよ、確かに痛ましい事故だったけれど、
 シオルまだ逝けてないの?」

多感な時期だ、可哀想だとすすり泣く子も居る。
…ちょっとどうしたものかな…どこまで話したらいいんだろう…と葵は苦慮し

「それには理由があるんだ…悪い霊が松浜さんを成仏できないように
 邪魔してるんだよ…ボクと、ボクの信頼するヒトが、ソイツを何とかして
 必ず松浜さんを助ける」

真実を話した、むしろ「電波ちゃん」と思われた方がマシかも知れない
と言う判断も結構冷静に働いていた。

「キミの信頼するヒトって…あの…すらっと背が高くて黒いスーツ着てカッコイイ…
 なんか変質者探してたみたいだけど…ソイツが霊になってシオルを邪魔してるの?」

それだけで弥生だと判る

「そう、ソイツ…そしてスーツの人、ボクの尊敬するヒト」

少女達は頷きあって

「シオルを何とか助けてやって、お願い」

みんなが頭を下げた。
彼女たちには見えてない汐留は何とも悲しそうな涙を流してうずくまっている。

葵は強い調子で

「絶対…絶対なんて世の中にはないけど、でもこれだけは絶対…
 松浜さんはボクらが助ける…誓う!」

その子達は宜しくと、そして汐留の死亡現場に向かい(ほぼ今居る場所だが)
手を合わせて去っていった。

汐留は泣きじゃくりながらも葵に訴えた

『わたし…クラスでも地味で目立たない方で…それでもみんな優しくしてくれたし
 わたしも頑張った…ぱっとしないわたしだけど…でもそんなわたしの事で
 みんなをいつまでも悲しませたくない…!!
 日向さん! お願い、わたしをだから囮に使ってでも、早くアイツを倒して!』

そう言われてしまうと…葵も決断するしかなかった。

『判った…弥生さんにはボクも短期決戦を確実に決めるって伝えておくね』

『うん…ありがとう…』

葵は片膝で跪き、汐留におでこを合わせながら

『泣かないで…』

と言って、その額に優しくキスをした。
ちょっとびっくりした事もあり泣き止み軽く頬を赤く染めた汐留。

『じゃあ、ボク今日は帰るね、何かあったら、絶対スグ駆けつけるから!』

『うん…!』

自分には自分の意思や希望が、汐留には汐留のそれが、確かにあるのだ。
汐留に無茶をさせたくないと言うだけで汐留の気持ちを無視するのは
かえって汐留を傷つける…葵は思い立ち、それを受け止め、笑顔で

『またね!』

『またね!』

二人は声を掛け合って、葵は帰った。



「ほゎ…」

葵が家に帰るとカレーの匂い、弥生はそのカレーすら作れないはずなのに。
弥生がにこっとしながら葵に近寄り、撫でながら

「お帰りなさい、葵クン、貴女がどのくらい彼女と話し合うかが判らなかったし
 これから先、私達はいつ、どんなタイミングでヤツからの挑戦を受けるか
 判らないから、三日分くらい三食これでもいいように大量に
 富士さんに作って貰ってるわ」

台所を見ると、なる程、あやめが四苦八苦しながら調理をしていた。
あやめもあんまり得意ではないらしい。
葵は強い表情で、弥生に向かい

「ボク、松浜さんを尊重するよ! その代わり弥生さん!
 ボクら何が何でも彼女を助けるよ!」

弥生は優しい微笑みで葵の頬を撫で

「判っているわ、こればっかりは絶対よ」

「うん! こればっかりは絶対だ!」

あやめは一人で消費する分くらいの調理はまぁ不慣れでも出来たが、
三人分、しかも大食の少女と結構食う女の分も込みだ、
「私どこの大門軍団の炊き出しなんだろう…」と思いつつ、
弥生と葵のやりとりを見て

弥生はプロ、迂闊に「絶対」を唱えない、想定される多くの可能性を考え
実現させたい可能性に向け誘導させ、自分の方向へ寄せその瞬間が来た時だけ
弥生は「絶対」という確信を得るのだろう。
話に聞く限り仲良くなってどうしても守りたい友達に対して自制が利くやら
利かないやらの葵に対して「普段は絶対とは言わないけれど」という含みで
葵に自制を促す行為でもあるのだ、うん、私生活面では凄く
しょーもない面もぽろぽろ見える人なのに、やっぱり祓いとか仕事が絡むと
この人は格好いいなぁ…流石プロだなぁ、とあやめは尊敬して
尊敬するのはいいのだが、鍋をかき回す手が止まっていた。

「ああ、富士さん! ボクが代わるよ! テーブルで待ってて!
 弥生さん、ご飯は?」

「一応後15分ほどで炊きあがる予定、大丈夫かしら」

葵は味見や、竹串で具への火の通りを確認して

「うん、イイと思うよ!」

そしてあやめは、葵のハツラツとした姿は確かに可愛い、
私も「もし」レズビアンなら辛抱タマランって感じになるのかもなぁ、と思った。



食事を終えた後、一応軽くミーティングで
とりあえず眠っていても弥生だけは必ず罠を設置した者として異常には気付くから
普段通り生活していてもいい、と言う事で、単純にゲストとしてあやめは過ごしたが
「お風呂はシャワーのみ、一人十分目安」というちょっと厳しめの制限を
弥生は課した、まぁ、当然と言えば当然で、汗を流す程度でも仕方ないなとは思えた。

あやめはもしもの事態に下着の着替えをローテーション組める程度には
常に持っていたし、準備は万端、私服とスーツでもローテーションできるように
夜中でも洗濯機は回しても騒音は基準以下だと弥生は言うし、
鼻息荒く「さぁこい…といっても私が闘う訳じゃないけれど…」と
軽くシャワーも浴びてほかほかしてカフェオレ飲料飲みながら備えた…が、

「…そう言えば明日から世間的にはゴールデンウィークなんですよね」

あやめが思わずこぼした。
弥生の膝で仮眠をとっている葵を弥生は優しく撫でながら

「警察はそれでもまだローテーション組めると言えば組めるじゃない」

弥生は依頼があれば、異常があればどんな場合でも、なのだ、正に今も。
あやめはちょっとバツが悪く

「そうでした、スミマセン」

「まぁでも、気持ちは判るわよ、探偵業や祓いも暇な時は暇だけにね」

「最大どのくらい仕事に「す」が出来ました?」

弥生はややしばらく考えて

「学生だった頃はまばらとか集中してるとか割とどうでも良かったけれど
 大学卒業して、霊能探偵業で基本やってく事にして直ぐ、くらいかしらねぇ
 「あれ、祓いだけじゃやってけない?」って感じで
 ちょっとずつ請け負う幅広げて何とか軌道に乗ったの去年くらいから」

「事務所入り口の張り紙のカオスさはそういう事情からでしたか…w」

「結構工夫したのよ、ええ」

ふっとあやめは思い立って

「そういえば、今回私の役目って…いえ、勿論火消しなんですけど
 私一人じゃキャリア的にも、怪我もまだ全治とは言えませんし
 本郷さんほど迅速に手広くは出来ませんけどいいんですかね?」

弥生がそれに関して考えがあるらしく、ちょっと真剣に

「…計画がある、上手く誘導できれば言う事無し…」

こう言う時の鋭い目線の弥生は文句なく格好良かった。
多分ノン気の同性から見ても「カッコイイ」言う評価は多いだろうくらいには。

「…計画のシナリオ分岐も細かく考えてありそうですね、十条さんは」

「ただ、そう言うのは「オッカムのカミソリ」って事もあるしね
 あんまり細かくなりそうならそこは瞬時の判断の世界になる」

「「推論はシンプルに確率の高いものを中心に」と言う感じでしたっけ
 確かにそれもそうですね、さじ加減、難しいなぁ」

「そこで確率を絞るのに必要なのが相手の立場になる事、
 相手の立場を二種類想定しておく事、かなぁ。
 単独の場合と、単独とは言えない協力者が居る場合…
 後者の場合は、かなりきつくなるけど、今回はもしそう言うのが居ても
 邪魔はさせない算段で居る…」

「どうするんです?」

「裕子が美術館で貴女にやっていたような事に私は今回集中する積もりなの
 まぁ、どう言う事になるかは、事が運んでからね」

「あ、はい…でもあれ攻撃を受けない障壁って感じでしたけど…」

「それとはちょっと違う、でも私が集中して専念するには値すると思うわ」

何だかよく判らないけど、頼もしい。
この人いつもこんな感じだと私もつい憧れるかもしれないのに、
微妙に勿体無いというか残念な人だなぁ、とあやめは思った

少しなんて事無い日常の話題を小一時間ほど話した夜中近く、弥生が

「…コーヒーをエスプレッソで…と思ったけれど…これじゃあなぁ…」

膝に葵が居て弥生に全てを委ねますって感じで寝ている、かわいい。
あやめが立ち上がり

「ええと、エスプレッソマシンの使い方教えてください、私入れますよ」

「ウチ仕様で量が普通のコーヒーカップだから濃いーのガッツリだけどいいわね?」

あやめはにかっと笑って

「コーヒー党なんです、どんと来い!」

教えて貰いつつも結構四苦八苦して二人分の豆を挽きエスプレッソを淹れる。

「そう言えば葵ちゃんは…?」

「この子は寝ているし…まぁ起きていてもまだカフェインはちょっと早いかなって
 ブラックじゃない缶コーヒーくらいしか飲ませてないのよね、
 家では牛乳か、ミロー(商品名)ね」

あやめはにっこりして二人分のエスプレッソを淹れお互いの席に置き

「葵ちゃん可愛いですよねぇ、こんな妹居たらシスコン姉間違いなしだったろうなぁ」

まぁ、そう言う元気で一生懸命な葵を「引き出した」のは弥生かと、あやめは

「よくぞこんなに真っ直ぐ育ってくれたモノですよね」

「ホント…私に似てちょっと移り気にはなったけれど…w」

弥生はやや苦笑しつつ、エスプレッソに結構遠慮なく砂糖を入れた

「あっ、ガッツリ甘くするんですね」

「本来エスプレッソなんてそんなモノよ」

「聞いた事あります、でも私スプーンすり切りで二つくらいが限界だなぁ」

「飲み方なんてそれぞれよ、楽しみたいように楽しんで、それでいい事よ」

「うん、そうですね」

弥生がガッツリ濃く調整してあるエスプレッソを一口飲んで

「うはっ、凄っ、目も覚めますね…前言撤回…もう一・二杯くらい砂糖…」

弥生が笑った、笑った表情(かお)も魅力的なんだ、うん。



コーヒーを飲みながら談笑しつつ、夜中を越え、さてここからまた
気を改めるぞと言う儀式、なのだろうか、弥生が化粧を直し始める。
…とはいえ、粉はほぼはたく必要もなく、若干アイシャドウと
口紅を引き直す程度…

あやめがそれに

「化粧は嗜みとしても…十条さん肌お綺麗ですよねぇ、羨ましいですよ」

「…(口紅をティッシュをはみながら調整しつつ)最初はまぁ社会人として…
 だったけれど、今の私にとってはもう戦闘の為の儀式だわ
 …肌はまぁ…結構不健康に生きてきた割には、まぁマシよね、
 でもこれから私も色々曲がり角なのよ…(苦笑)」

弥生は26歳…成り立てとは言え…まぁ確かに、加齢は誰にでも訪れる平等な現象だし、
この人もいつかはお婆ちゃんになるんだろうかなぁ…
でも、スッとしてシュッとしたカッコイイお婆ちゃんになりそうだけど…

なんてあやめが物思いに浸っていると、机に弥生が「アラーム」として
セットしていた小さな「陣」が光る、弥生の目が「来た!」と言っている!

天晴れなのはあやめで、ここで一番今「早急に出番がない」のは自分だと
判っていた為、光った瞬間、弥生の膝から葵を離し、起こしに掛かった。
弥生は「役目」を探し果たそうとするあやめにニッと微笑みを向けて
両手の指先に「詞(ことば)」を込めてそのまま自らの背へ当てていた

「葵ちゃん! 友達がピンチだよ! 起きなくちゃ!」

言葉の意味は判り、必死に覚醒しようとしているけれど微妙に寝ぼけが
きついのか眠気が覚めない葵。
あやめは0.5秒考えて自分の飲んでいたコーヒーカップを葵の口へ持って行き

「よし、葵ちゃん、これ飲んでみようか」

弥生が「え?」という顔をした、そうか、こんな感じで裕子に
エヌタロンモカをお見舞いしたんだな…

「ん…っ、うう…苦(にぎゃ)ぁい…」

カフェインと言うより衝撃で起きたようである。
弥生は、富士さんって地味にSっ気強いわね…、と呆気に一瞬とられつつ

また先程と同じような「詞」を両手指先に込め、

「葵クン、背中」

言葉短かに言うと、衝撃の濃いエスプレッソの後味に顔をしかめつつも
葵が弥生に背中を向け、弥生の両の指先がそれぞれ葵の両の肩胛骨に触れる。
そして弥生はまた詞を込め、柏手から半円に腕を開き

「…思ったより早いわ…こっちに来る? …違う…微妙にずれてる…
 真南…ごく僅かに東寄り…ふむふむ…?
 とはいえ、どっかで止めなくてはならないわね」

弥生はベランダへ通じる窓を開け、そこへ出る
ちなみに待ち時間は事務所で、事務所は土足可なので靴も何も履いたままである。
あやめは

「十条さん、そんなところからどうしたんですか?
 方角逆ですよね?」

弥生はそれに厳密には応えず

「富士さん私の所に来て、私の前にね。 葵クン、行くわよ」

何とか目を覚ました葵は顔を振るい、

「うん!」

とベランダに出る

正直あやめはよく判らず、言われた通りにベランダの弥生の前に行くと、
弥生の手があやめのウェストの辺りに。

「ひゃっ…///」

と思わず声に出たあやめだが、弥生は至って真面目な戦闘体勢であやめを抱え、
ベランダの縁に立つ、葵もそうした。

そしてそこから飛んだ!

「え"ッッ !!!!」

あやめが思わず叫び固まった


第三幕  閉


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