L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:FIVE

第四幕


弥生はあやめを抱え、葵は単独で飛んでいた。
「跳んだ」のではなく「飛んでいる」のだ。
あやめの頭が混乱しかけるが、あ、これがさっきの二人の肩胛骨辺りに掛けられた
詞の効果なのか…と思い立ち

「これは…飛ぶ為の詞なんですね !?」

風切りの音ばかりはどうにもならず、少しボリュームの大きな声であやめが弥生に問う。
これがなかなか早いのだ。

「そう、理解が早くて助かるわ、貴女に使わなかったのは…
 これを使って飛ぶにも素質と訓練が必要なのよ。 今アイツは上空百メートル…
 流石に身体能力の向上だけではキツイから、多少祓いの力使うけど、
 まあ、織り込み済みよ…ホーラ、見えてきた♪」

弥生はかなり余裕を見せ喋っているが、葵は超真剣に追いつきつつあるソイツに

「待てェーーーーーーーッ !!!」

追いつかれつつある「ソイツ」は驚愕の眼差しで振り返り、
抱えられた汐留は弥生の「詞」に守られ淡く光りつつ、やってきた葵に向かって

『日向さぁぁああああーーーーーーん !!!』

あやめにも「行使された弥生の詞の光」と、霊の声だけは聞こえた。

「あ、そこですね、光と声が…大通公園を横切って…何処へ行くつもりなんでしょう」

弥生が少し驚いて

「貴女祓いの力とか小さい頃は欠片を持って居たのかもね、おうじ↑は
 聞こえるように喋ってたから貴女にも聞こえて当然だったけれど
 松浜さんの声は完全に霊の声よ…私の力の行使で多少聞こえる感じかしらね
 …とすると、私の気と貴女の気は相性がいいって事になるわ、嬉しい♪」

あやめは少し赤らみつつ、咳払いをして

「そんな事より、ここからどうするんですか!」

弥生は真剣な顔に戻りつつ「ソイツ」を見て

「…まぁ、目指すところがあるんだろうけど…「ソコ」に行かれると
 私も流石に面倒な事になると言う予感はするのよね…というわけで…」

あやめを抱える手を右だけ離して(あやめは一瞬生きた心地がしなかった)
右手に詞を込めて、そして汐留に言った。

「松浜さん! ちょっと衝撃に耐えて…ねッっと!」

彼女の右手の指が「ソイツ」を指したと思ったら思いっきり一気に右に払った!
すると、ソイツが物凄い勢いで西の方角に彼女諸共すっ飛び、旭山の辺りに吹き飛んだ。
弥生「フン、そうか…」と何かを悟りつつ、「ソイツ」を速攻追った。

旭山記念公園…藻岩山や円山と言ったいかにも観光風情の強い場所と違って
余り標高の高くないそこからの札幌の夜景はしかし、結構な絶景だった。
「微妙な高さだからこそ」その風景が見える、というポイントなのだ。

一応デートスポットのような場所ではあるのだが、流石に北海道の四月末だと
まだ結構寒いので真夜中過ぎの今、流石に誰もいない。

『く…くそ…ッ! あの女…バケモンだ…!』

他者に力を行使できる霊と言うのは基本的にモノにも力を行使できる。
ソイツは幾らか公園を壊し地面にめり込んでイキナリ吹っ飛ばされた
衝撃から覚めるように頭を振った、ソイツはまだ汐留を抱えており、
幾ら弥生の詞の守りがあるとは言え、かなりの衝撃に汐留もクラクラしていた。

ソコへやってくる弥生たち。

あやめを地面に降ろし、弥生は速攻詞を両手に込め、自分たちの周りを囲むような
動きをすると、直方体状の「領域」っぽい壁が辺りを包む
多分、「ソコからは出られない」と言う事なのだろう、あやめには
詞のなんたるかは判らないが、弥生が今回何に集中したいのかはよく判る。
「ああ、ソコの修理の手配が先ず一つだな…」とか結構冷静だった、そして

「十条さん、私にも「見えたり、ちゃんと聞こえたり」という一時的な処置
 出来ませんか?」

弥生は霊会話と普通の言葉を一緒にして

「…うん? ああ、少し待ってね富士さん…先ず…、そこの「アナタ」!
 「獲物」を何が何でも離さないって心意気はまぁ見上げたモンだけど
 どうやらアンタ「かくまって力を与えてくれてた誰か」に捨てられたみたいね、
 松浜さんの魂を食らうのに私の詞の守りが邪魔だから外して貰おうとか考えて
 「ソコ」に移動しようとしてたみたいだけど、「追跡者である私」が居て
 そんな事「その人」が許すはず無いじゃないの、脳みそある?
 私ちょっとこっちに反らすだけのつもりだったのに思った以上に吹き飛んだのは
 アナタが「その人」に捨てられ同時に行きたい方角から弾かれたのよ?」

と、一気に「ソイツ」に捲し立ててからあやめにしけた笑い顔を向けて

「…というわけで、私別に旭山記念公園壊すつもりも無かったのよ…許してね?」

「はぁ…まぁそうなんだなって思っておきますけど、結果は結果ですよ?」

「厳しい…」

弥生のしけたツラ。

「ソイツ」は汐留を「人質」として離す気はないらしく、強く抱え込んだまま

『クソ…! 俺が捨てられただと !? 色々協力してやったのに…!』

葵が叫ぶ、この葵の言葉も、霊会話と普通の言葉のミックス…葵の場合は
心の高ぶりから「そうなってしまう」訳だが。

「お前をかくまってたヤツがどんな奴かは知らないけど!
 所詮そんな繋がりだったって事だ!
 松浜さんを離せ! 今のボクは…加減なんてしないぞ…ッ!」

あやめが思わす小声で弥生に

「えっ、ちょっと待ってください…それじゃあ旭山記念公園が…」

弥生はしけたツラで

「まぁ、貴女としても看過できないし、私としても流石に派手かなって思う…」

弥生は「ソイツ」に向き直り

「…と、いうわけで…ねぇ、ちょっとアナタ! 名前何て言うの?
 調べたはずなのにアンタの悪趣味の方に目が行って名前覚えるの忘れたわ、
 答えないならテキトーに「よしお」と名付けるわよ!」

「何故よしお…」とあやめは思って汗した。

『やめろ! 俺の名くらい調べたんなら覚えとけよ!
 「大井大森(おおい・ひろもり)」だ!」

「…面倒だからよしおでいいわ、よし、じゃあよしお、ちょっと戦場変えましょうか」

『よしおじゃねェェエエエーーーーーーッ !!』

と言いつつ、設定した「領域ごと」動かす気らしい弥生。

「富士さん、私にしがみついて」

と言うや否や足下が不安定になり(何かグニョグニョして平衡が保てない)
あやめは弥生に抱きつくと、弥生と葵は再び飛び、葵は汐留を解放すべく
闘いを開始しつつ、弥生の誘導したい方向を読んでそちらに「よしお」を
追い込んでも行った。

今のところ「よしお」の声は聞こえてないあやめは

「彼…? 名乗らなかったんですか?」

「大井 大森(ひろもり)だそうよ、「よしお」でいいわ」

可哀想かも、とあやめは思いつつ、どうやら弥生は先ず戦場を
大通公園の西終端「札幌市資料館」の屋根部分を少し入れた範囲の上空に来て
更に詞を込めてもう少し領域自体を広げた。

「…大通公園を起点に両のビルのホンの端っこが入るくらいの範囲…」

と呟き、調整している。

「こんなトコ来たら…目立ちますよ!」

あやめの言葉に弥生が

「大丈夫…今私達は資料館の屋根を起点に幅120m…両サイドのビルの縁
 ギリギリの所までしか見えないようになってる…とはいえ、このままでは
 窓に張り付かれると「見える」かも知れないから…ここから戦場を…」

弥生が両手で範囲を調整しながら真っ直ぐテレビ塔まで飛ぶ、
葵はまたそれに「よしお」を誘導しつつ汐留を奪い返せるように動く。

「今私達思いっきり…やや上空とは言え大通公園の上ですけど…」

あやめのこぼしに近い一言に弥生が

「その為の私の「領域指定」、今私達は屋外カメラとかに写ってたとしても
 なんかもやっとした早いのがぶつかり合ったりしながら…ああ、
 葵クンと「よしお」ね…の「何となく」しか写ってないはず…
 普通に再生したって鳥が喧嘩でもしながら通り過ぎていったようにしか
 認識出来ないはずよ…まぁ、不安だったらリストはあると思うから、
 確かめて見るといいわ」

「はい、今後の事もありますし、十条さんの腕前を疑うわけではないんですけど」

弥生は優しく

「判ってるわ、見て体験しないとどうしようもない事ってあるわよね…さて…」

テレビ塔が近くなった辺りで弥生が詞を込めテレビ塔の一点にそれを放出しつつ、
アンテナ基部…つまり赤く塗られた鉄塔部分最上段着地し、
ソコから更に詞を込め、

「三階展望台屋上辺りから丸井今井の屋上大通り側の縁・NHK以下同文、
 北電以下同文・大通りバスセンター以下同文辺りまでをフレキシブル且つ
 絶対的なリングとして上空百五十メートルまでを領域指定…」

あやめがそれに

「テレビ塔にはライブカメラがあります! 領域に含んでますよ
 思いっきり全世界配信です! 先の美術館は割と距離があったから
 何だったんだろうくらいで収まりましたけど…!」

弥生はにこっとして

「そこ見落とす私だと思う? 概要に依れば地上90.38mに設置されているそれは
 接近する段階で「接近前の状態が何となく続くように」ループさせてある。
 それ以外の監視カメラなんかは、富士さん、後でヨロシクね」

「なる程…ライブカメラはOK…後は基本テレビ塔展望台辺りの
 外の様子が写り込む監視カメラだけって事ですね、
 「或いは丸井今井やNHKや北電…心配ならそこら辺りまで…」

「そう! 良くできました…さて…今回私このリングを堅牢に保つのに
 殆どチカラ向けなくちゃならないのよね…富士さん、
 よしおを見たり聞いたり出来るようにはするけど、これは
 カレー山ほど作ってくれたお礼ね♪」

弥生の両手指先に詞が込められ、あやめの両の目の脇と耳の近くに当てられる。
そして、そこで初めてあやめは全容がよく判った!



薄ぼんやりと見えていた「領域」は「見聞きできるようになった事」で
逆に見えなくなったが、感覚としてどんな「領域」になっているかは掴める。

テレビ塔を起点に東西150m、南北は120mほど、高さは地上30mから150m辺りまで。
「飛ぶ」詞の「飛ぶ」は正に鳥のように飛ぶわけで全く着地が要らないわけではない。
その為のテレビ塔や、ビルの縁(ホントに屋上の端っこのみ)を領域に含む。
葵や弥生に翼は見えないが(あやめは意外だった、両の肩胛骨にそれを行使する訳で)
でも何となく翼のような感覚で使っているそれ、イメージみたいな物は感じる。
多分葵は真っ白い美しい羽、そして弥生は黒く艶やかな羽だろう。

そして…テレビ塔より20mほど西にずれた空に浮かぶ「よしお」である。
弥生が撮った「写真」は結構不鮮明だったから目以外よく判らないのかと思っていたが
それは目以外が人間から変形して半ば人間と言うより「悪魔」になっていた。
その悪魔のような悪霊「よしお」の左手に汐留は抱えられていた。
かわいい子だな、とあやめは思ったが何しろ人質、葵も迂闊に本気の殴り合いが出来ず
(弥生の守りは絶対の物ではないので、強化された悪霊であるよしおのチカラで
 汐留の霊に被害が及ぶ可能性がある)
先程からすれ違いざまに少々やりとりがあるが、葵はよしおの左手を狙い、
よしおはその左手をかばうわけでどうにも先に進めない。

「あの…「よしお」の姿って…」

あやめが驚いた、弥生がそれに

「自然にこうなる事もまぁ、ないでもないけれどね…
 多分彼は「人間の霊が悪魔化した」という意味ではデビルマンなのよ
 そして多分「人の霊…魂をデビルマンにする研究…実験」の結果なのかな?」

「そんな事を…一体誰が…」

「それが多分南の方にいる「誰か」なのよね。
 ただ、さっきよしおを旭山記念公園側に動かした時、同時に
 「誰か」の方も私の動きに合わせ彼を思いっきり弾いた…
 「迂闊に触れて深みにはまってはこっちもヤバい」感覚を味わったわ
 悔しいけれどね、「南の方角にそれはある」…それだけね」

「あの方角の南というと…」

とあやめが呟くと弥生は強い調子で

「やめなさい、「南の方角の誰か」だけで止めておきなさい
 触れたら不味い物を悔しいキモチ飲み込んで置いておく事も時には必要よ」

そう言う弥生の表情(かお)も真顔だが少々悔しさが滲んでいた。
相手の正体も規模も判らないが、どうやら結構な実験を施せるようであるし
「正体も規模も判らない」事がなにより、ヤバかった。
あやめも、その滲み出る弥生の悔しさにそれ以上の追及が出来なかった。



葵とよしおの攻防も進展がなかった、時々汐留と葵がお互いを呼び合うくらいで
よしおはパワー+スピードタイプの葵より、チラチラと弥生を気にしていた。

ここから先は全員霊会話を兼ねていると言う事で、普通の「」で会話とする。
弥生はよしおに

「安心なさい、私は領域の固定と保全、もしテレビ塔を壊したとしての
 その修復で手一杯、私が貴方に祓いの力を直で行使する事はないわ」

「…くそ…ッ! 本当だろうな !?」

「誓うわ、この口から詞を込め、アナタに行使する事はない」

感情のこもらないややふざけた半目で「宣誓のポーズ」をして弥生は言った。

「…でもアナタ、勘違いしてない? この領域から出られるとでも思ってるの?
 まさか葵クンに勝てるとでも? そして人質に迂闊に手を出したら…判ってるの?
 私はルール破りには厳しいわよ?」

するとよしおは

「手を出したら何だよ! そのガキの攻撃は確かにまともに食らったらヤバいが
 拳をかわすくらいなら…そしてこの人質は…もしもの時には
 無理矢理にでも引き千切れるだけ魂ちぎって食らってやる!」

汐留の表情が恐怖に満ちる、葵との事を忘れたくない!

「コイツの魂…美味いんだぜ…! 我慢できなくなってきた…食らうかなァ〜」

恐らく挑発も含まれるのだろうが、そう言って左腕の汐留を引き寄せ、
その頭に右手を掛けた時

よしおの左手肘から肩に掛けて何かが貫通し、一気に左腕は祓われた。

「きゃ…っ」

霊である事を一瞬忘れ落ちかける汐留を葵が保護して汐留に微笑みかけた。
そして葵は弥生に向かってにこっとした。

鉄塔最上部に立った弥生の右手に握られたそれ、弾発射の煙が漂う
H&K P7M13である。

「馬鹿ね、言ったでしょ? 迂闊に手を出すなと」

よしおは激高した

「てめぇッ…! ウソ付きやがったな! 何が自分は手を出さないだ!」

「私は詞を直接行使しないと言ったのよ、あらかじめ効果をセットしてあって
 使用に私の祓いの力を必要としない銃はまた別だわ」

「ずりぃぞ! それでも貴様正義の味方かよ!」

弥生は心底理解不能って感じで

「いつ私は自分が正義の味方だと言ったのよ?
 私は只の慈善事業家でもなければマザーテレサ張りの聖人君子でもない
 祓いの力を持っているからと言って、迷える霊全てを救ったり導く義務はないわ、
 松浜さんは「先ず第一に葵クンの大事な友達だから」そして
 アンタみたいな変態に昇華成仏への積み重ねの記憶を食われ成仏できない
 事情を知ってしまったからこその肩入れだわ。
 私の怒りを「ここから出さない」って時点で受け取れないようなボンクラだから
 盗撮や下着ドロにかまけて留年するのよ、よしお、親は泣いてるわよ」

「クッソ、てめぇえええええ !! 親カンケーねーし!
 俺は「よしお」じゃねぇぇええええええーーーーーーーーーーーーーッッッ !!!」

よしおの体に何か陣が浮かぶ、祓いの陣ではない、魔法陣…!
よしおは激高して体を更に変形させて行く、右腕は二本に、左腕は一本は祓われたが、
そこへもう一本生えてきて計三本の腕、足も体もデザイン化された筋肉が
そのまま装甲化したイメージって感じで大きさも二割増しくらい…
大体三メートルくらいに大きくなった。

葵は丸井今井屋上で一度勢いを付け、一気にテレビ塔アンテナ基部塔部分最上段まで
飛んできて、汐留をあやめの隣に座らせようとして、

「あ、私の隣じゃダメだよ、葵ちゃん、こう言う時は十条さんの隣、
 十条さんは強くて頼りになるけど、それでも相手にちょっとでも
 有利になりそうなクッション…詰まり私ね、を置いちゃ行けない」

あやめも結構ドライだった、弥生は頷いて

「葵クン、私の右隣へ彼女を」

「あ…うん」

葵の手から弥生の手へ、そして座る間に「守りの陣」は解けた。
汐留も動こうと思えば自由に動ける状態にはなった。

葵が強化して変形して行く「よしお」を見ながら深呼吸をして

「よーし…」

と静かに気合いを高めて、弥生がそれに

「もうアナタを縛る条件は何もない、葵クン、やってお仕舞い!」

「アラホラサッサー !!」

『それじゃ、やられ側の悪役だよ…』とあやめは少し汗しつつ、
汐留が葵に声を掛けた

「あの…日向さん…あの…あ…葵ちゃんって呼んでいい?」

可憐な少女の思い切った一歩、何て可愛らしい清らかな勇気だろう。
あやめも弥生も二人の動向を見守る、葵がそれに

「じゃあ、ボクも汐留ちゃんでイイね!」

「うん! 葵ちゃん、頑張って!」

「ボクは大丈夫、汐留ちゃんの為に出力最大で頑張るよ!」

辺りに響き渡る「よしお」の咆吼、もうそれは完全な「化け物・悪魔」だった。

「オレにわき上がる悪魔のチカラ…! お前らに存分に味合わせ
 お前らを食らって逆にオレがこの札幌に君臨してやる…!」

超速いスピードで四人に急接近し一気に全員殺そうとするよしお
その無茶苦茶なスピードにあやめや汐留は一瞬恐怖に心を支配されるが
物凄い激突音がして自分たちの手前二メートルほどでよしおは
見えない障壁に阻まれていた。

弥生の祓いの力を纏った手がよしおにかざされていて、弥生は鼻で笑った。

「この程度で私達に勝つつもり? 笑わせないで
 一般人含む私達を襲ったルール違反で力の行使の罰よ」

全く進めないその壁に、そしていつの間にか葵が居ない! よしおは焦った、どこに!

「!!!!!!!」

気付いた時には改めて左肩から体が1/3程一気に吹き飛ばされていた。
斜め下からの葵の攻撃だとよしおが理解した時には、もうその状態だった。

よしおは愕然とした、さっきと全然違う!
弥生が冷たく冷静に

「葵クンは「もしも」を考え、アナタに怒り松浜さんを救いたい心を
 抑えつつ、私が闘いやすいフィールドを作り確保する事に
 本腰入れて完成するまでアナタの誘導と抑制の役目を果たしてくれた…
 本当にいい子だわ…そしてもう、人質もない、何も彼女を阻む物はない、
 私も「やってお仕舞い!」って言ったしね」

ニヤリと笑い、弥生は続けた。

「この世の「強さで生きる世界」はね…
 身の程を知りわきまえて過ごせる心を持った奴じゃないと
 生き残れないのよ、そう言った意味じゃ、アナタは生きてる時から
 破綻してたって訳…」

弥生の言葉に反発するように咆吼を上げる「よしお」の今度は右半身が
葵の拳により祓われ、泣き別れつつある下半身も葵の蹴りで祓われた。
残るは胸部から頭だけ。

「ボクを怒らせると、弥生さんを怒らせるとこうなるよ
 しっかり刻んで精々「次」は気を付けてね」

よしおを睨み付けるように葵が言い、よしおがそれに対して何かを言おうとした時
よしおの胸部から頭部が葵の強烈な右アッパーで砕け散り、強制昇華される。

弥生はにこやかに

「また来世〜♪」

「格」が違う…こんなに「よしお」だって物凄いチカラを体現した悪魔だったのに
彼に何もさせず祓いきってしまった…!
あやめは少し弥生達に恐怖しつつ弥生の言う「正義の味方」と弥生の執行する「正義」は
少し違うけれど、それは彼女たちの良心に基づいている、そう言う意味では彼女たちは
物凄く純粋な…「人の法という手垢」にまみれない純粋な正義を執行する人達なのだ。

こんな人達の手綱を私が引くなど可能なのだろうか…とあやめは思いつつ、
彼女たちの「わきまえた身の程」に甘えることなく、自分は強くならなければ…
とも決意をした。

そんな時、弥生があやめに

「…さ、富士さん、反対側、移動しましょうか」

「え?」

弥生は祓いを終え戻ってくる葵とそれを見上げて期待の眼差しで待ってる汐留の方へ
一瞬視線をくれる、あ、なるほど、あやめも理解し、立ち上がる。
弥生は優しく

「後は若い者に任せて…ね」

若いっても自分は24だし弥生も26だから十分若いんだけど…まあ
13歳の二人には敵わないかぁ…w と、苦笑してアンテナを挟んで
東側に弥生とあやめ、西側に葵と汐留という配置になった。

葵が切り出す。

「終わった…もうキミを阻む物は何もないよ、安心して、汐留ちゃん」

「うん…有り難う、わたしの為に…ありがとう…(振り向いて)十条さんも…
 あとあの…その…」

あやめは自分の事だと気づき振り返って

「あ、私十条さんの知り合いの通りすがりの公務員だから!
 あんまり役に立ってないから気にしないで! あははw」

汐留は微笑んで

「わたし判るんです、貴女が居たから「これで済んだ」って」

それに対し、弥生と葵はにやっとして宙を見たに留まった。
つまり、もし本郷が担当だったらもっと遠慮なく派手にやらかしてた
(ただし範囲は最小限で済ませても居た)と言う事だ。

「え、そ…そうなんですか?」

弥生は笑ってあやめを見て

「さぁね」

と言った後、汐留を見て優しく

「さぁさぁ、おばさんに片足突っ込んだおねーさん二人は置いて、
 ちゃんと葵クンと話しないと…」

「…はい、」

汐留の体が独自に光り出した。
昇華成仏に入ろうとしているのだ。
霊になってから振り返る思い出も出来た、お互いを名前で呼び合う友達も出来た
もう何も、思い残す事など無かった、ただ今はもう少し、葵と話していたい。

「ごめんね…葵ちゃん…折角仲良く成れたのに…
 私もう逝かなくちゃならなくなってきた…」

葵はちょっと複雑そうにはにかみつつも

「…キミは本来ボクと出会うことなく昇華成仏できたはずの魂なんだ…
 事件があってボクと出会ってしまって…とはいえ、これは自然な事だよ…」

と、判った事を言いつつも、やっぱりちょっと切なそうな葵。

微笑んだ汐留は自分の生い立ちから楽しかった事をメインに話し出した。
物心付く前の不思議な記憶、本が好きで積極的とは言えないけど、
本に甘えて本を免罪符に心を閉じてはいけないと先生に言われた事、
夏休み、冬休みの家族旅行、学校行事での…例え「その他大勢」でもその思い出…

そして…死んでから少し飛ばして、葵に会って、自分の事を必死に理解して
なんとかしようとしてくれる優しさが嬉しかった事、弥生の頼もしさ…
でもちょっと目のやりどころに困る事(弥生はその時苦笑した)
そして今の戦い、それは実は「ちゃんとフィールドを作り上げる為」
だったとは言え苦戦していた葵に「わたしの事なんて構わないで」と言おうとしたけど
それでは逆に葵を傷つける、と自分の心に飲み込んで耐えていた事…

そして今…
自分は幸せである、と言う事…

葵はそれに対してかなり掻い摘んだ人生しか話せなかったが、
祓いの力などがあり、その使い方を知らぬが為に上手く生きられなかった人生に
弥生が現れ自分を導いてくれた事がどんなに自分にとって救いだったか、
その為に弥生は弥生に課せられていた仕事を一つ断るまでして
自分を育てる事にしてくれた、それに報いたい、でも報いるだけでもダメで、
ちゃんと自分は自分としてしっかり生きなければならないと言う事、
施設の人の付けてくれた「向日葵(ひまわり)」をもじった「日向 葵」という名に
恥じないように、明るく楽しく前向きに生きる事を旨としている事、
そして汐留に出会い、下を向いた汐留に空を見せてあげたかった事。

そこは地上100メートルを超える、本来なら整備の人しか来られないような場所
そこからの大通公園の眺めは真夜中とはいえ、キレイだった。
空も、星が綺麗だった。
流石に街のど真ん中だから天の川までは見えないけれど…

そんな二人のお互いの人生から街の風景や空の星に話が広がり
葵と汐留の二人がその風景に吸い込まれていると、弥生が口ずさみ始めた

「♪思ったよりも 夜露は冷たく 二人の声も 震えていました」

結構歌の上手い弥生のそれにあやめが

「あ、陽水ですね、母が好きで…」

弥生はフフッと優しく笑って

「貴女は本当に、地味に色々知っているわね…w」

「「帰れない二人」か…」

あやめが呟いて振り返り、その二人を見た。
汐留は少しずつ昇華成仏をしており、帰れないけれど、帰らなくてはならない二人。

スッキリ解決だけど、切ないなぁ…とあやめは思った。

いつの間にか弥生はジャケットの内ポケットからウォークマンを取りだしていて
同じように取りだした電源の要らない、出力の小さなスピーカーを繋げて
操作をして「帰れない二人」をそれとなく流し始めていた。

「あのジャケットの内ポケットには何でも入ってるなぁ」
とあやめは思いつつ、場の雰囲気が突っ込みを許さない。

汐留はもうそろそろ本格的に昇華成仏しそうだった。

座りながら、見つめ合う二人。

「もし…私が生きて…葵ちゃんに出会って…そして葵ちゃんから直接
 自分がレズビアンだって言われても、わたしそっかって多分受け止めてた
 わたし…死んでるからどうでもいいとかじゃないんだ…
 葵ちゃん…貴女には弥生さんが居るけれど…
 最後にわたしと…キス……いい……?」

葵は頬を赤らめた、そう、言われてみれば少し汐留に対してそう言うキモチもある。
葵ははにかみながら

「ボク…結構移り気だから…こんなボクで良ければ…いいよ」

そして、昇華成仏状態になるとほぼ触れられなくなる、触れられないキス
でも、汐留の「思いの一部」は確かに葵に受け継がれた。
そういう「力の移動」をあやめは感じた。

そしてそれは口からではない、心から響く声で

「小説の登場人物クプクプになってしまったタロー君は、例え元の世界に
 帰れなくても、それでも前向きに次へ進むんだよ…わたしも、逝かなくちゃ」

そして、

「…ありがとう」

と一言あやめたちの心に響いて、そして汐留は昇華成仏した。

葵は最後までそれを微笑んで見送って

「祓い完了…」

と呟いた。


第四幕  閉


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