L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SIX

第二幕


「それがまぁ、怪談チックと言えば怪談チックなのよね」

と言う阿美の出だしから始まった。

四月中旬より下旬の辺りからそれらはぽつりぽつりと報告され始めた。
「誰かにちょっと触られる感覚」「髪や服をちょっと引っ張られる感覚」
「モノがちょっとだけ動かされたような感覚」
でも、どれほど気を付けて居ても、クラスの誰かのイタズラのようでもないし、
生徒が自主的にカメラを設置したが、確かにモノが動く様などはほんのちょっと
それっぽく写る物の、何が写っているでもない。
そして、何か声を聴いたとか、ただ触られた以上の深刻な…例えば
性的被害などはない、これは阿美の直感で被害生徒一人一人に
聞いて回った感覚からして間違いないようだ。

つまり「ホントに被害としては大したことはない」のだ。

「ボクのクラスじゃ聞かないなぁ」

と、葵が言うと、阿美も

「そういえば日向さんのクラスからは一件も報告無いわね…なんでかしら」

ただ、確かに何かが存在し、ホンのちょっととは言え確かに
何かが起っているわけだから、連休を利用して弥生に見て貰おう、と言う訳であった。

「そんな霊現象ってありうる? ポルターガイスト的な?
 日向さんは祓いの力を持っているから逃げ回ってる的な?」

霊感ゼロの阿美が知識の限りで弥生に聞くが、弥生の表情は思ったより深刻だった。
その様子に裕子が

「どうされましたの? 叔母様、もし霊の仕業であれば、この他愛のなさ、
 GW中に「飽きが来て」自然昇華しそうなほどですわよ?」

裕子の推論は正鵠を射ていて、もし祓いが必要なのだとしても駆け出しの
裕子でも問題なく祓える程度…という感触なので葵も思わず頷いた。

そこへ弥生が呟いた

「規模が問題なんじゃない…時期が問題なのよ」

そこへあやめが気付いた

「異臭騒ぎに見せかけた魂移動事件の後から…!
 つまり何らかの「あの魔術儀式の影響が残っている可能性もある」と言う事ですね?」

「大正解、抱きしめてスリスリしたくなr…ゴメン…」

いつものように軽いノリで…と口に出してみたモノの自責の念に潰され
最後まで言い切れなかった弥生であったw

ここまで来るとちょっと流石に弥生も悪い訳じゃないんだから可哀想だな、という
雰囲気にはなりつつもでもちょっとそんな弥生を見ていたいかも…という
Sっ気も皆に芽生えてしまったりした。

弥生がプライベート用のノートパソコンを慎重にオフラインにして
例の「百合原瑠奈による事件の見聞・意見書」を見だした。

あやめはその様子に自らのスマホを用意する。

弥生が葵のスケッチから「予想される魔法陣の全容・数パターン」の中の
一つに目を付け、呟いた。

「魂の移動にフロア(魔階)…を介するパターン…(玄蒼)市外でならこの方が
 成功率は高いかも知れないが、その場合、この陣は完全に玄蒼市・及び
 それに繋がった魔界のいずれかから漏れたモノと思われる…
 フロアについて詳しい事はもう一度連絡を…」

その一言にあやめは電話を掛ける、国土交通省へだ。
何だかんだこの二人、物凄くコンビネーションがいい。
葵とはまたちょっと違う別な立ち位置で弥生を完全に補佐していた。

なるほど、抱きしめてスリスリしたくなるのも判る、とあやめと弥生以外の
全員がその二人に対し思った。

「魔階(フロア)とは何かを知る必要がある、それによっては
 学校で起きてる事は、もっと非常に深刻な意味を持っているかも知れない」

弥生が全員に言う、電話中のあやめもそれは承知で頷いて電話を続けた。
…が、

「…ダメだ、私じゃ何を聞くべきかまだ良く判らないや…」

と言いつつ、あやめが弥生に自分のスマホを渡しながら

「弥生さんから「どう言う情報が欲しいのか」正確にお願いします」

もう先程の気まずさはどこへやら、あやめは自らの限界も知り、弥生に詳細は任せた。
そして弥生は電話に向かい、言った。

「その魔階とやらが学校に微妙に結びついた可能性があるのよ…
 多分学校という場所には思春期の不安定な精神なんかも絡んで
 そういうの呼び込みやすい要素はあると思うの…ええ、
 そう、前回の事件の「余波として」今回の「他愛もない」とはいえ、
 目に見えない何者かの学校でのイタズラになってるのかなって…」

なるほど、弥生の過去話に出てきた「不安定な時期だからこそ」という
理屈じゃないポッと湧き出す心のチカラ…か…

「…前回みたいに急がなくていいわ、期限は一日半を目処に…そう、明後日朝くらい。
 私はこれをひょっとしたら今後も札幌で起るかも知れない事象として警戒しているのよ、
 だから本一冊分になろうと周辺事項もある程度含んだきちんとした物が欲しいわ…
 できれば警察じゃなくてウチで受け取りたいんだけど、いい?
 担当の指定は一応しないけど、前回見解を求めたユリハラって女のが
 話が早いと思うから一応そっちに話通して」

弥生の予想に全員が驚愕した。
でも、確かにどこからか玄蒼市の技術が外で使えるように翻訳され
漏れ伝わるルートがあり、今後も魔法陣を使った魔術に絡んだ事件が
起るのだとしたら、その可能性は確かに追求すべきだ。

全く弥生は、仕事関係は確かに超一流だった。
幾らか弥生と国土交通省の担当者とのやりとりの後、弥生が電話を終え、
あやめにスマホを返す弥生へ葵が

「ねぇ、弥生さん、藻岩山近くのあそこ…カズ君ンちの魔法陣…あれは…」

それに関しては弥生がちょっと待って、と葵にいい、書斎に入り
一冊の本をページ送りしながら「ん、これだ…」と言いながら全員に示した。
葵が思わず

「あ、これ、これだよ、カズ君のお父さんの部屋の魔法陣」

弥生がそれに

「これは単純な降霊術…まぁ悪魔含むんだけど…一方通行で通行数もイチ、と
 決められた物なのよね、そりゃそうで無制限な出入り口なんて作ったら
 大変な事になるから、ちゃんと制限を課した物になってる。
 単純にオカルトにはまってどっからかこういう降霊術というか
 悪魔召喚を試みるヤツってのも数年に一度は現れるんで、これだけは持ってたの
 この本の出所は…かなりのビブリオマニアを認められないと入会を認められず
 会員制の「そこ」に入れない秘密の本屋」

確かにオカルトにはまりやすい年頃とか、
はまるだけならいざ知らずこじらせる人とかも居るだろうし、なる程と全員思った。
葵がそれに

「じゃあ、カズ君のお父さんもそこからとか?」

「無いと思うなぁ…あの程度の蔵書量でマニアを認められるとは思えないし…
 それに一応その会員記録辿って調べる事も可能だけど、多分無いはずよ
 「そんな迂闊な事はしない」事も会員要件の一つだしね、部数自体限られてるから
 足も付きやすいし、逆にそんな判りやすいルートは使わないと思うわ。
 私はある意味「それ専門の業者」って事でそこの審査ちょっと甘くなってる」

と弥生が言うと、阿美が驚いたように

「それって「薹人堂(とうとどう)」の事よね? あそこってそんな本まで置いてたの?」

その言葉に弥生が

「阿美もそこの会員、でも私とは読む本の幅は被りつつ少し違う、
 ビブリオマニアったってありとあらゆる本とその知識に通じて無くとも
 いいって訳、本が好きって情熱とそして確かにそれを読むのを楽しみに出来る人
 ってのを見極められたら認められるって言うシステムなの。
 とはいえ、蔵書二千以上は無いとダメかもね、数だけは揃えてても
 そこは何かしら判断基準があって、私→阿美の順で認められてる」

というかラテン系っぽくていかにも情熱的っぽい阿美がそう言うところに
認められるほどの本のマニアだって事の方が今度は若い全員に驚きだったようだ。
阿美はちょっと困ったように笑いながら

「色気のない部屋でね、だから私あんまりモテないんだわw
 本を読むのは小さな頃から好きだった、むしろ弥生にアレいいよコレいいよ
 って最初は勧める側だったのよ、そしたら弥生の方が深みにはまっちゃってw」

なるほど、ビブリオマニアっていう共通項まであったのか…
弥生がそこへ

「私は読むとなったらガッツリ回りが引くほど読み込むタイプで、
 気に入ったら周辺の物皆買いあさって波長の合う本を探し、またガッツリ読む派
 阿美は満遍なく結構読む派で、文体の合う合わないも余り気にしない方よね、
 羨ましいわ、私「あっちは読めたのにこっちが読めない」っての多いから」

うんなる程、二人の姿勢が結構判るかもしれない…は、いいとしてあやめが

「それで、国土交通省からの返事って二日くらいかかるって事でいいんですかね」

「もう夕方だし、流石に今夜はないと思うわ、またあの女が担当するのか
 別な人が担当するのかもわからないけれど、あの女が担当するなら
 結構早いかもしれないわね」

あやめはちょっと渋い顔をした、これからの状況如何では
直ぐ弥生と行動できた方がいいのだろうけど、間が開くようなら
警察の方にだって仕事はある、増してGW中に銃刀法違反の容疑で逃げ回る犯人が居る
というのでは、借り出される可能性もかなりある。
流石にそんな状況では葵や裕子といったあやめに懐いている子達も無茶は言えなかった。
弥生はフッと笑って

「余程の事がなければ緊急で動かなければならないなんて事はないし、
 そう言う状況になったらなったで、逆に「報告書」を何が何でも
 読まなくてはならないわ、だから私が明後日朝までと言う指定をしたなら
 期限最大で来たとしても行動開始は明後日昼過ぎよ、焦る事はないわ」

あやめは「うん、」と頷いて

「判りました、明日は私通常任務に戻りますね、警備課として普通に
 観光客整理とかしなくちゃならないかもなんで」

「判ってるわ、いつも私達に便宜を図ってくれて有り難う、本郷にも
 それだけは伝えて置いてあげて、私も、葵クンも、裕子も、
 多分凄く法の杓子定規から外れた事言ったりやったりしてると思うのに」

改めて、そう言われてしまうとあやめも悪い気はしない、ほんのり頬を赤くして

「ええまぁ、その、自覚して頂けてるならいいです」

そこで裕子が

「さて、では皆様夕食にしましょう、お昼の余りもまだ結構ありますし
 再調理するにしてもそれだけでは色々偏りますので追加で作るとなりますと
 結構量も多くなってしまいます、五人分で作りますけど宜しいですわね?」

そういえばもう日はほぼ落ちている、あやめは殆どお昼を食べられなかったので
思わずお腹が鳴って回りの空気が一気に柔らかくなる。

「じゃあ、その…ご相伴にあずかります」

あやめは赤面した。



その日あやめは署に一旦戻りたい事、豊平川近くの自分の住まいの方も
ちょっとちゃんとしないとと言う事で、その日はもし必要なら阿美を送りつつ
とりあえず泊まりはしない、と言う旨、阿美は折角なので泊まる事にしたので
食事後あやめは署に戻り、そして次の日である。

依然逃亡犯はある程度の範囲には絞られるらしいが捕まらず
そのニュースを見て、

「まだるっしいなぁ、ボク捕まえてこようかな」

とか葵が呟いていた。
裕子がそれに

「まぁ一応社会にはちゃんとそれ専門の方々がいらっしゃる訳で…
 先日の事件はたまたま居合わせましたから首を突っ込みましたけれど
 これはちゃんと警察の方にお任せしましょうよ」

と声を掛ける横で、リビングでも排気ファンに近い場所で一服している大人二人。

「弥生がテレビなんてね、大学に入ったら見なくなってたのに」

「まぁ…テレビが及ぼす情操教育的な面は否めないと思うんだ、
 葵クンも居るんだしさ…」

とばかり言った頃、葵がイタズラっぽく振り向いて

「そうは言うけど、弥生さん、
 「磐合光明の世界ねこWalking」のためだけにBS契約してるよ?」

弥生は赤面し、阿美から顔をそらしたが、阿美はニッコリして

「そう言えば弥生は強烈な猫派だったもんねぇ、
 今はなんかその猫ちゃんみたいな子と一緒に暮らしてるけれど」

それに裕子がすかさず

「葵クンって前世絶対に猫ですわよね♪ しかもその魂を
 結構強く受け継いでるっぽいですわ♪ わかいい♪」

と言って抱きつきスリスリを始めた。
葵がビックリして瞳孔が開いたり収縮したりするのが判る、正に猫。
でも別に祓い人だからと言って前世は判らない、
裕子の「葵の前世は猫」というのは単なる話題である。

「葵は可愛い」これは性の嗜好がどうであれ大体の人に共通した見解だった。
葵もビックリはするけれど裕子は裕子でやっぱり弥生の血縁と言う事もあり
ちょっと惹かれては居たし、弥生以外でエッチするなら先ずこの人かなとは思ってた。
葵が赤面しつつ

「そ…それ以上スリスリされるとちょっとボク困っちゃうかも」

「うん? 何が困っちゃうのかなぁ〜」

裕子も小悪魔であった、流石にみんなの前で公開エッチする気まではないし
流石の阿美や弥生もそこまで豪快ではない。
うまーく葵のキモチをキープしつつ、ちゃんと距離は戻し始めていた。

阿美は思った

『流石弥生の姪だわ…あの子も美味しそう…』

その目線に弥生は気付いて

「…あの子ほぼ受け専よ、攻められるのに応えて少し返す事もあるくらいの…
 阿美よりもう少し受け身」

「そこは貴女、叔母として姪は守るべきなんじゃないの?」

「だって肝心の私が中一から貴女とイチャイチャしてたのに今更
 そんな倫理観発動させてもねぇ…流石に抱くの抱かないのとなると
 躊躇が働くけれど…」

「でも抱いたんでしょ?」

「うっ…だってあの頃はもう色々限界だったし…」

「まぁねぇ、あんな風に小悪魔ちゃんされちゃって私も一年ご無沙汰とかだったら
 耐えられないだろうなぁ」

などというやりとりをしているその日の夕方、事務所の方に連絡が入る。
「来たか」と弥生は思いつつ、事務所まで赴き、その番号を確認すると

「…本郷から? まぁいいわ」

受話器を持ち上げ弥生の「どうしたの?」という一声に

『おう、順調に富士を懐柔していってるようだな』

ムカッ…と来たが我慢我慢

「別にそんなつもりはないわよ…彼女の言い訳を一応信じてあげてよ」

『まぁ、そー言う事にしといてやるわ、でだ、やっぱこう、役所って言うか
 省庁ってのはお堅いの際上級だなァ…
 一応担当の警察からお前へ、って建前が欲しいんだと、それで先ず俺が
 「これから国土交通省からそっちへ連絡が行くからな」と言うお知らせだ、
 十七時っつーからあと十分くらいか?』

弥生はしけたツラをして

「面倒くさいわねぇ、相変わらず」

『何でそんなとこに用事出来ちまうんだよ、お前もよ』

「私のせいじゃあないでしょ? …それにしても…」

『面倒になりそうか』

「今回に限れば別に半日くらいの仕事だと思うんだけど…
 もうそろそろ火消しにも限度が来るかもしれないわ」

『そうか…まぁ、今回は「かわいい」の学校だろ?
 あの辺で協力仰げそうな所には根回しはしておく…そー言う話
 新橋警視正から聞いたろ?』

「ええ…じつに面倒ね、話が大きくなるって」

『ホントだぜ…そういや…まぁ四方山話(よもやまばなし)ってところだが
 お前結構あの警視正殿とは深い信頼関係あるよな?』

「まぁね、伊達に担当初日から喧々諤々やってないわね」

『いや、お前でも男にそういうふっかーい信頼とか寄せるモンなのかなって』

「アナタは富士さんに信頼寄せてないの?
 私はアナタにもそれなりに信頼寄せてるつもりだけどね?
 っていうかこの際だからぶっちゃけるわね、というか他言無用よ?
 彼、ホモだからね?」

ブッっと多分お茶か何かを噴き出して「あーあーもー」と言いながら
アトシマツをしているのだろう本郷が目に浮かぶ、最近ちょっと
私をいじり過ぎなのよ、ちょっとはお返しを味わいなさいと弥生は思った。

『それ…マジかよ…』

「本人に聞く勇気があるなら聞いてみなさい
 私も他言無用だって言われてたけど、今みたいに二人の仲を
 疑って探るような事があったらそう言う時はぶっちゃけていいって言われたしね
 一応ディティールは避けるけど、初恋話も私は聞いたわ
 取っ組み合いしても一服盛られても負けるつもりはなかったけど、私はレズ、彼はホモ、
 そんな訳で彼とは結構深く話し合える仲になってるのよ」

『マジかよ…』

本郷のテンションがた落ちだった。
確かにかなりのエリートで四十を数えるのに独身なんだから信憑性はある…

「大丈夫よ、アナタはタイプじゃないようだから」

『そ、そっか…良かった…で…あ、スマねぇ、ヘンな事に時間食っちまった
 いや、富士要るか?』

その意味はヘンな意味ではない、明日「仕事で」必要になるか? と言う意味だ。

「…報告書が届いてみないと何ともだけれど…多分、居てくれると助かる」

『判った、アイツ今日は大通公園で一日中人の流れの管理だぜ
 俺と違って見た目結構麗しいしな、ハハ、まぁ例の逃亡犯が反転して
 人混みに紛れようとする事への対策もあったが戻ったらお前のトコに行かせるわ、
 「よしお」の方は俺が引き継いでちらっと写っちゃった動画とか見たけど、
 高度もあるし問題ねぇ、ま、今夜は盛(サカ)っても我慢してくれや』

「…(ムカッ)…ああ、はいはい、わかってるわー、じゃあそろそろ向こうから
 連絡来るでしょうからここまでね」

本郷の答えを待たずに電話を切って一分後、国土交通省からの電話を着信した。

『あ、どうも、手間を掛けさせまして申し訳ありません。
 先は名乗りもしませんで、わたくし担当の山吹と申します』

お役所窓口の男性、と言う感じの何という腰の低さと柔らかさ。

「私の方こそ用件のみで失礼だったわ、十条弥生よ…四年ほど前そう言えば
 一旦担当にならなかった?」

『覚えて居られましたか、はい、まぁ当時はわたくしもまだ係長成り立て
 くらいでしたが、お陰様で現在課長ですよ』

何か調子狂う人だわ…前もそうだったかしらと弥生は思いつつ

「それはおめでとう…それで…」

『ああ、それでですね…データは今から転送しますので、こちらの
 作成するグループに一時的に加わって頂ければと思います、パスワードは…』

「変更してなければ覚えてるわ、ちょっとやって見るわね…よし…」

事務所のPCが国土交通省の専用PCのグループに組み込まれ、データが流れてくる。

『いやぁ、記憶力がいいですなぁ、わたくしなど…』

とまた少し話が続くがそのうち

『それでですね…、その圧縮データのパスワードに関してなんですが、
 これが…ええと、今待たせてありますので、ちょっと回線を繋ぎたいと思います』

む? もしやあの女か?

「ええ、繋いで」

接続音がして、少し音声が悪くなったが渋めの男性の声で

『1926年12月25日、高柳健次郎氏がブラウン管による映像受信の実験を行い…』

「あの女」じゃないのか、何だこりゃ…と思いつつ弥生は話を遮り気味に

「カタカナの「イ」でしょ」

満足ってカンジの声で

『正解です、僕は玄蒼市と魔界を主に監視する役目でフロア異常も担当しております
 檜上(ひのがみ)と申します、今後お見知りおきを』

ああ、そうなんだ、弥生も改めて名乗った後

「データは既に外付けのメモリの中、今外したわ。
 パスワードはアレでいいの?」

『はい、僕が連絡しましたのは、貴女が行動開始する時の状況仲介などで
 連絡をする為に携帯電話の番号を頂きたくて…どうもお役所の更に上となりますと
 この辺り頑なで行けません』

確かに、面倒だな、と弥生は思い

「番号なんて幾らでも調べられる、プライベートなんてあってなきが如し
 だけれどね…じゃあ、今から教えるわ…」

と、番号を弥生が告げ、檜上と名乗った男はそれを復唱し確かめる。

『ただしコレを使って連絡する時間も機会もかなり限られます、
 出来れば行動開始の時間を指定して頂けないでしょうか』

「こっちから気軽に掛ける…事は出来ないみたいだものね…なんて面倒な」

『申し訳ありません、しかしここまでしても漏れる物は漏れるのですから
 …こう言う事を言ってはいけないのかも知れませんが、世の中は面白い』

弥生はフッと笑いつつ

「網の目はどれほど細かくしても構成分子や原子以下には出来ない
 厳重である事は逃がし方の研究の火付けだわね」

『仰有る通りですね…(彼は軽く上品に笑った)
 報告書は貴女のお目当ての百合原君が一部担当しています、
 一部と言いますのは、彼女の会社には魔階(フロア)拡張発掘の初期に
 携わっていた人が勤めている物ですから、主にその方が担当されていると思います』

「へぇ…向こうはかなり専門的な仕事をしてるみたいね」

『まぁ、半分何でも探偵ではあるのですが、何しろある程度の強さがあって
 街に生業を見出すバスター…悪魔退治の専門スキル集団なのですが…
 そう言う人も余り居りませんので、百合原君は結構貴重な人材なのですよ』

「貴女は彼女の?」

『友人です、というか私の上司にあたる者がまた彼女を気に入っておりまして
 …という建前で結構彼女はいいように使われている感じですね
 彼女の探求心や彼女なりの正義感をうまーくくすぐられていますよ』

「少し背景は違うけれど、少し似たような立場なのかも
 残念だわ、勝手にライバル認定してて、話せるかと思ったのに」

『申し訳ありませんねぇ…何しろ役目も違いますから…
 とはいえ彼女も「どうして名前がバレた」と貴女を「侮れない」と
 評しておりましたよ?』

あやめ、GJ!! 弥生が心の中で賞賛した。

「今ので溜飲を下げてあげるわ、じゃあ…明日十時に行動開始すると言っておくわ」

『承知致しました、では…』

檜上氏は結構マイペースに電話を切った。
通話自体は終わってないので弥生は少し待つと、担当の山吹が慌てたように
電話にでて、どうやら無事に話が済んだと言う事でいよいよ通話を終えた。

「…何か疲れる電話だったわ…」



あやめが来ると言う事で、調理を進めつつ、シャワーを浴びたりして
全員があやめを待って午後七時、とうとうやってきたあやめは最上級に渋い顔で

「来た早々スミマセン…シャワー浴びさせてください…」

何か知らないけど、ロクにかいた汗を流せないままここに直行したらしい。
「もうお腹減った」などと誰もが言えなくなってあやめにシャワーを提供した。

「あ、裕子ちゃん、別に洗濯はいいんだからね?」

「何を仰有います、やらせてください、好きなんです」

なんてやりとりを浴室のドアを隔てて二人で交わしつつ、裕子は頑固なので
結局洗濯から着替えのしわ伸ばしから何からやってしまうのだ。
一見従順で大人しそうで居て、実はかなり押しが強い。



ほかほかしたあやめも食卓について戴きますをし、食事は恙無く(つつがなく)済んだ。
食べ終わった後、食後の飲み物をごくごくと飲んだ後あやめが深ーく溜息をついて

「聴いてくださいよ…最初は普通に交通整理とか誘導とかやってたのに、
 なんか思ったより陽気が良かったせいかイベントで急病人がでちゃいましてね
 …しかも着ぐるみの中の人が」

もう言わずとも判る、葵が代表し

「…入らされたんだね…」

全員が深く同情した。

「何で私ですか…もう、動き回るキャラだから私まで倒れそうでしたよ…!
 しかもそれで何故か交代時間まで過ごさせられて、やっと解放されたら
 本郷さんからシャワー浴びる時間も貰えずここに行けですよ
 本郷さん私が着ぐるみの中で過ごさせられたって知っててコレですもの、
 酷いと思いません?」

阿美がそれに

「ああ、それは多分…本郷さんの方は知らないけれど、貴女の動きの切れとか
 身のこなしとかが光ってたのねぇ、しかも真面目にキャラ演じてたみたいだし
 「もうこのままやらせておけ」って空気になったんでしょうねぇ」

「もう〜〜〜〜〜…自分の生真面目さが時々嫌になります」

そこへ弥生が

「でも、与えられちゃった役目はきちんと果たしてしまう…
 そんな貴女が私は好きだわ、尊敬してる」

そういう風に、しかもそれを凄く優しい顔で弥生に言われてしまうとあやめも
少々顔を赤らめて

「それ言われちゃうと…次機会があっても頑張っちゃいそうです…
 ああ、それで弥生さん」

あやめは荷物の中から取りだしテーブルに置いた物、弥生が「ほう」と片眉を上げ

「P2000ね」

弥生の銃より新式で女性が握る事も考慮した、同じメーカーのものである。
日本の警察の銃というと「ニューナンブ」と言うイメージだが、ニューナンブM60の他にも
今はスミス&ウェッソンであるとか、ヘッケラー&コッホなどこう言ったものも
幾らか入ってきているし、最近は色々使われているのだ。

ちなみにかつてはルパン三世でお馴染みの銭形警部の銃、コルトガバメントも使えた。

「弥生さん、良くあんなごつい銃使えますよね、そんなに手の大きさ違わな…」

と弥生に手を合わせると手のひらの大きさは余り変わらないが指の長さが違う
弥生が苦笑しながら

「ま、まぁこれは何て言うか何となくP7だったってだけだから…」

「うー…まぁいいです、ちなみに火消し向けハッタリ用だからって
 弾丸は全部置いてきました、どのみちこちらの専用弾詰める事に
 なりそうですし、装弾数も弾の規格も弥生さんのP7と同じです」

「素晴らしい、何て用意の良さ」

「さてそれで…報告書について…これからですよね?」

「そう、段階は踏まないとね」

弥生は微笑んだ。


第二幕  閉


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