L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SIX

第三幕


オフラインのノートパソコンで圧縮ファイルは解凍され、
中の報告書はやはりpdfだがページ数が桁違いに多い。
確かにある程度しっかりした情報が欲しいとは言ったがまさかホントに三桁ページとは。
ちょっとクラッと来て弥生は問答無用にそれを有線でプリンターに繋ぎ印刷した。

三部刷られ、一部は弥生、一部はあやめ、最後の一部は裕子が持ち
それぞれが読み進めた。

概要はこうだ、
魔界と人間界を繋ぐ「亜空間」で魔術的な手続きを取る事でそこに「階層」を
作る事が出来る、それを総称して「魔階(フロア)」というのだ。
フロアは人間界に近い「浅い」部分ほど悪魔本来のチカラが出せず、人間有利
階層が深くなるほど、悪魔本来の力が出しやすく悪魔有利、
とはいえ、それらは連続している訳ではなくある程度フロアにも「段階」と
そこへ行く為の「手順」がそれぞれあるらしい。

今回の百合が原桜木中・高等学校の場合、偶発的な可能性…他の魔術効果の
「残り効果」でこの事態になっている可能性が高いと言う事で
そう言う場合の「フロアの強さ予想」などが幾らか示してあった。
出現する悪魔や、一般的な武器に依って闘うとしたらのおおよその強さなどまで
事細かに記してある、それで分厚くなっていた。

「良く分かんないけど、本物の悪魔が出現してるって事だね」

葵が呟くと、弥生が

「…そこであのユリハラって女の補足だわ…
 学校って場所は矢張り「思春期の精神状態」に絡んでやっぱり魔階に引きずられ易い
 要素を持っているんですって、後は地理的、魔術的要素なんかで頻度は変わるけれど
 バスター養育施設を兼ねた玄蒼市の専用の中・高等学校はもう対処法でしか…
 魔階に落ちた場合、それを「クリア」する事でしか帰ってこられないんですって
 根本的解消は玄蒼市の中だと不可能…」

弥生は一息ついて

「ただし、葵クンの学校は恐らく今回に限っては切っ掛けがあの事件だった
 って事で一回それを収める為に作られた魔階深層部に至ってボスにあたるヤツを
 倒せばそれでもう大丈夫なはずだ…と、100とは言わないが99%は保障する…って」

阿美がそこへ

「でも、魔階なんてそんなご大層な物は感じないわよ? 閉じ込められた感もないし」

裕子がそこへ

「どうも、前哨現象として玄蒼市街でも「ありふれた」弱い…悪魔としてもか弱い
 ものたちが先ず学校中をうろつくようになるようですわね…
 わたくし達に見えない理由は「玄蒼市でないから」としか言えないと…
 正式な翻訳手続きを踏めばちゃんとその悪魔達は実体化するらしいですわ…」

あやめが

「怖い事に発音記号付きでその魔法が載ってますね…しかも使用制限が無いって事は
 言うなれば私とか、霊感ゼロを自認する阿美さんでも詠唱可能らしいです…
 学校を封鎖してから使う事推奨…ただし、具現化してもその悪魔達は大人しく、
 他愛もないイタズラくらいしかしない…とか書いてるけど…うーん」

弥生に戻って

「学校、或いはその一部の魔階(フロア)化…そこまで行ってそのフロアを
 クリアしない事には前哨現象も解消できないらしいわね…
 フロアが完成するには何か手順が必要で、それは現地で「つなぎ目になる部分」を
 みてみないと判断できない面がある、もし、どうしても未知の部分が大きくて
 進むにも進めない状態ならば、最悪玄蒼市側から一時的にバスター派遣の手続きを
 するですって…? ははぁ、あの檜上とか言うのはそれを見極める為の担当って訳か
 …癪に障るわねぇ」

葵がそこへ

「当然ボクらで行くよね!」

と鼻息を荒くする。
あやめが予想出現悪魔の数々をみながら

「…私も行っていいですか? 通常の弾でも普通にダメージ与えられるみたいですし
 まして祓いの力のこもった弾ならもう少し威力も増してると思います」

弥生が複雑な表情で

「…私としては余り貴女を巻き込みたくないというか…」

「確かにおうじ↑の時みたいに腕を引きちぎられたなんてのはゴメンなんですけど
 …でもそんな事言ってたら私この先やってけなくなると思うんですよね、
 私の希望で、私も強くなりたいと思いますし、同行させて頂ければ…」

「そう言われちゃうとなぁ…判った、弾はあれから百発くらいまた作ったから!」

あやめは思った。
『いつの間にそんなに弾を手に入れてそんな加工が出来るんだろう…』

「では叔母様、わたくしも…」

と裕子が言った時に弥生が強く「ダメ」と言った。

「ええ〜、何故ですの?」

「この世に絶対はない、私達に「もしも」のことがあれば、次は貴女なのよ。
 今までこの札幌で起きた事のない事件に対して
 例え私達が死なずに帰ってきたとしても、当分再起できない可能性くらいは
 考慮しなくてはならない、そう言う意味で、せめて貴女は残りなさい
 おうじ↑の時は貴女とあやめさんが来れば勝てる予感があったからそうしただけよ」

裕子は尊敬する叔母の言葉とは言え、不服そうに眉をしかめ、口を尖らせた。
コレはコレでかわいい。
弥生は優しい笑顔で裕子を撫で、尖らせた口に軽くキッスをして

「…でないと私、婆さんに顔向けできないのよ、お願い」

弥生の師匠、初代弥生の百年の心残りは「後継者を見つけ育てられなかった事」
確かに、弥生をそう言う境遇にも置きたくない。
口を尖らせてちょっと面白くなさそうではあるがキッスの効果もあり

「…判りましたわ」

そこへあやめが微笑んで、でも力強い表情で裕子の肩に手を振れ言った。

「私の代わり…詰まり「ある程度祓いの力を理解した警察勢力」ってだけなら
 代わりは幾らでも用意できるんだよ、でも、裕子ちゃんの代わりになる人なんて居ない」

裕子は切なそうな、「そんな寂しい事は言わないで欲しい」という表情であやめを見上げるが

「それにね、「出番」には「順番」があるんだよ」

尖らせた口をすぼめる程度にして上目遣いであやめに対し頷いた。

その様子を微笑ましく見送りながら阿美がその分厚い報告書を眺めて
フッとある事に気付いた。

「ねぇ、弥生? 悪魔達にはそれぞれ耐性や弱点がある…まぁそれはいいんだけど
 結構細かいわよ? 銃全般が弱点ってのも居れば銃全般が効きにくいとか…
 あとは物理攻撃全般が効くとか効かないとか…」

弥生はそこを情報量が多くて読み飛ばしていたし、裕子もあやめも
ちらっと目に付いたのでしか語ってなかった。

「はぁ?」

弥生はそう言って自分のをめくりながら、別のメモ用紙に色々書き出していった。

「近接物理:斬・突・打…射撃物理:短銃・ライフル・散弾…
 魔法に至っては火・氷・雷・衝撃・魔力・神経・精神・万能…
 その他にも言霊・自爆…なにこれメンドクサイ…」

弥生が心底ウンザリした、そこへあやめも

「しかもそのそれぞれに弱点・耐性あり・無効・反射……表記がないのは
 普通にダメージが通りますよって事でしょうね…うはぁ…」

裕子が阿美の見ている横から

「…しかもこれ…「祓いの力」って何になりますの?」

大問題だ、

あやめが何となく

「言霊でしょうかね…でも…相性言霊って凄く特殊みたいですね…」

弥生がしばらく考え、突然タバコを取りだし右手でそれを挟みつつ、
左手に詞を込めてタバコをくわえつつ、左手の指先をタバコの先に当てた。

タバコに火が付く。
「おおっ」っと回りがどよめく。
そして弥生はまたそれを右手に持ち左手に何か詞を込め、再び咥えた
タバコに向かってそれをかざすと周囲の水分が冷却によって霜になり、
タバコの火を消すほどの水分の凍結になって、また周囲がどよめく。

弥生は更に電気スタンドの一つから電球を抜いて右手に以下同文
左手に以下同文で左手の指先が電極部分に触れると一気に光って
球切れを起こした。

「…衝撃ってのがよく判らないけど多分風力的なチカラね…
 こんな物は何てこと無い、指定すれば使い分けられる属性だわ
 魔力だの精神だのはそもそもの意味がわからないから無理ね
 …精神は相手に混乱や幻覚を及ぼしたりすると言う意味でなら行けるか
 神経も同様…言霊はまた少し別な属性を指すと思うわ…」

みんな感心した、弥生は咄嗟にそれが何であるかを理解し応用してしまった。
その上で弥生は

「…多分、私が普段「祓いの力」として指定無しで使う場合、属性的には
 万能に近いのかなと思う、銃弾に刻んだ物はその属性だと思うわ。
 「祓い」という行為が玄蒼市内では細かく属性分けされているだけ
 というのも、祓いの力とかそう言う才能のない普通の人が身につけ
 日常に存在する悪魔と対抗するなら相手の耐性は掴んでおかないと死活問題…
 と言う事なんだと思うわ」

うおおおお…この人やっぱりただ者じゃない…あやめは大いに感動した。
阿美は冷静に色々悪魔の情報を見て回って

「…属性:万能は物理・魔法に関係なく「万能」に対して耐性があるかどうか
 だけみたいね…万能に耐性…ってかなり限られた悪魔だけ…
 万能を反射とか吸収ってホントに超のつくほど限定的な場合のみっぽい
 殆どの悪魔に対して100%〜200%のダメージが与えられるみたい」

阿美も凄い、三桁ページある悪魔情報から欲しい情報を短時間で集めた。
葵が恐る恐る

「じゃ…じゃあボク普通に殴ればいいって事かな?
 打撃とか突撃+祓いの…万能って感じ?

阿美が冷静に

「属性「万能」の付与された武器や物理攻撃に関しては何も記述がない…というか
 例えば属性弾には万能なんて無いみたい、向こうでは…万能属性の武器…日向さんの場合
 万能属性で殴る事に関しては多分「万能」という属性そのものに準じると思う」

おおっと回りがどよめき、あやめが

「じゃあ、総合しても銃と特性銃弾必須ですね、100発で足りるかな」

すると弥生は電話を取りだし、どこかに掛けて

「…ああ、もしもし、私よ、弥生。
 …ええ、銃弾追加頼むわ、200発朝イチ…九時限度で配達宜しく、
 報酬もその時渡すわ…ええ、では」

あやめがやや汗して

「ええと…蛇の道は蛇…突っ込むのはナシですね…」

弥生はそれに応えず、でもニッコリあやめに向かって微笑んだ。
裕子が今までの話を総合して

「それでは、思ったほどには深刻ではなさそうですわね、(報告書を読みながら)
 今回の「魔術の余波」による場合、最大でもバスター中級クラス程度
 と言う事のようです…予断は許さないとしても…」

その言葉に弥生は頷いて

「うん、確かに予断はダメ…どうするかなぁ、私勝負にでてみようか…」

葵がそれに

「勝負に出るって?」

「いや…武器の威力+相性というなら、手段は多い方がいいかなって…
 まぁいいわ、明日もう一度考えましょう、ねぇ阿美、学校って
 連休中もやっぱり僅かに人の出入りはあるわよね?」

「そうね、でも、どの先生が居て部活なり何なりどのくらい生徒が居るのかは…」

「OK、判った。 報告書を見て予習はするとしてもとりあえず概要は掴んだ
 スッキリしたわ、今回はあの女と…フロア解説・悪魔部分は杉乃翠(あきら)
 この「翠」って字で「あきら」って事は女だわね、あっちも同類なのかしら
 …ま、どうでもいいか…今回は下手に隠してもバレてるんじゃって事で
 二人とも署名付きだし、あやめ、GJよ」

弥生が右手親指を立てあやめにもう一度電話での心の賞賛を言葉にして言う。
あやめは「????」と言う感じだ。

「貴女が署名発掘してくれたお陰で向こうもこっちを「侮れない」と思ったみたいでね」

「ああ…w でもあれ私のタブレットだから弥生さんがやらなかっただけですよね」

「でもわたしの知らないやり方だったわ、GJよ」

「ん、そうですか、じゃあ弥生さんの発掘の仕方も教えてください
 それで手を打ちましょう」

「いいわよ」

そんなやりとりで少し空気が緩んでから葵が

「五人居るけどどう言う割り振りで寝るの?」

あやめがそうだ! と言う顔をした、基本あやめが泊まる時は
あやめがベッドを一人で使うか、裕子が一緒かなのだが、裕子は小悪魔だし
自分以外の全員アッチの人だし…今更ながら「うひゃー」と心の中で動揺した。

「…大丈夫よ、貴女はノン気でちゃんと距離を保つべき人ってみんな判ってるから」

弥生がそう言うのだが

「ホントですかぁ?」

そこはもう信じて貰うしか…とレズビアンな四人があやめに「信じてビーム」を浴びせる。
四人分の「信じてビーム」は強烈だった、程なくあやめも

「わ…判りました…希望は敢えて無いというか…言い出したら切りのない
 疑念に巻かれますので割り振りはお任せします…」

と、そこで出てくるのがあやめの取り合いである。
信じてビームを浴びせられた直後だけにあやめは生きた心地がしなかったw

…と、そうだという感じで弥生がちょっとみんなと距離を置き
一応時間を確認してから電話をかけ出した。

「ああ、こんな時間にゴメンナサイね、とはいえどうせ起きてたでしょ。
 …流石、勘がいいわね、いえ、彼女は彼女で随伴して欲しいの、
 …そう、アナタには九時半には現場にいて貰って十時前には
 学校を無人に、そして学校を領域封鎖して置いて欲しいのよね。
 …いえ、危険とか言うより余計な混乱避けというか…まぁそうね
 学校一帯封鎖の方が混乱が少ないと言う意味じゃ大したことだけどさ」

その口ぶりから弥生の電話の相手は本郷だろう、弥生が「宜しく」と電話を切った後

「…マスコミ対策出来る限りか…テレビラジオ新聞主要週刊誌くらいは
 まぁいつもの「通達」でいいとして…」

あやめがそこに

「いつもの「通達」ってなんですか?」

弥生はニッコリと

「「舐めた真似してくれたらあーんなことやこーんなことリークして上げるからね♪」
 っていう「オ ネ ガ イ」よ♪」

怖っ、あやめは思いつつ、でもそう言えば…

「本郷さんもその筋の情報持ってるっぽいですよね…」

「"エス"は持ってた方が今後何かと楽よ…」

「エスってなんですか?」

「"Spy"の頭文字、まぁ内通者…潜伏型情報屋…ってとこね
 吉屋信子の花物語に端を発する"Sister"「お姉様」的同性愛嗜好の意味じゃあないわよ」

あやめは顔を赤くして

「話の流れに関係のない"Sister"がでる訳ないじゃないですか!
 情報屋って…どうやって知り合うんですかそんなの」

「まぁ普通に捜査上で繋がりが…とか…でも、そうね…「彼女」今
 北海道にいるのかな…」

その言葉に裕子が

「岩淵(いわぶち)さんですか? いらっしゃるはずですよ、わたくし、電話掛けてみます?」

弥生がそれにややビックリして

「何で貴女が志茂(ゆきとも)の事そんな詳しいの?」

「あら叔母様、彼女をお爺様やわたくしの実家に紹介したの、
 叔母様ではありませんの? 行けませんわよ、手をつけてつけっぱなしは」

弥生が少しぎくりとする横で裕子がその「岩淵志茂」というどう聞いても男性の名前なのだが
女性らしいその人へ電話を掛ける。
またこの人の負い目が一つ…この人ホントは弱点だらけなのでは…とあやめは思った。

「…あ、夜分遅くに申し訳ありません…はい、裕子です。
 折角のGW期間中に少々悪いのですが…ええと、叔母様?」

裕子が弥生へ電話を渡す、弥生はそれをやや緊張の面持ちで受け取り
一言二言話すと、直ぐに表情がほぐれた。

「…それで…ええ、九時半過ぎくらいには貴女も百合が原桜木中・高等学校正門
 辺りにいて欲しいと言うか…会わせたい人も居るのよね、ええ、
 新人でね、チカラになって上げて欲しいのよ…うん?」

あやめは自分の事だろうな、と思ったのと、そこまで言って向こうに何か
からかわれたらしく弥生がちらっとこっちを見てちょっとバツの悪そうに

「…いや、そう言うのじゃないから…珍しくても何でも…じゃあ、明日お願いね」

と言って電話を切り、裕子のスマホを返しながら裕子に

「貴女いつの間に…」

「あの方、ウチとの繋がりから全国回って色々見聞して回って
 時々帰ってきては居たのですが、叔母様にはもう少し一人前になってから
 お会いしたかったようですのよ? それでわたくしがたまに…」

たまに…? 誰もがその内容が少し気になったが裕子はニコニコキラリンで
いつも通りだった、うーん、この子の事が判ってくると一番怖いのはこの子かも…
とあやめは思った。
阿美がそんな時に

「ああ! 二年前弥生の稼業に目を付けて深く探ろうとしてた
 記者のタマゴってその人の事なのね?
 可哀想に頭の中の花畑全部弥生に刈り取られて随分凹ませたって
 去年頃日向さんに聞いたわよ?」

と来ると葵も

「ああ、あの人か…弥生さんったらあの人の信じてるモノ資料をとことん使って
 いわゆる「論破」っていうの? してたんだよ、もうコテンパンってカンジ」

弥生がそれにちょっと厳しい表情(かお)で

「あんな半端なジャーナリズムで突かれてもただうざったくて…
 もうちょっとちゃんとした思考の元、世の中を杓子定規で眺めないで
 出直してきて欲しかっただけよ、次の日日中慰めて上げたんだから」

葵がそれに

「その「慰め」ってエッチしたって事なんだよね、ボク学校から帰ってきた時
 あの人凄く気まずそうで、といって満更でもなさそうで
 ボク正直羨ましかったモン、当時小六、まだ抱いて貰ってなかったからね」

「うーん、乱れてるなぁ…w」

あやめが思わず口を挟んだ

「でも満更でもなさそうだって所じゃあやっぱりその人にも「その気」はあった
 って事なんでしょうけど…うーんw」

あやめの思考の迷宮を彷徨うのを余所に弥生が

「正確には論破したんじゃないわ、彼女の信じてた事の一つ一つを
 「よく考えてご覧なさい、おかしいとは思わない?」って
 説明してっただけよ、そのうち彼女が自分でその矛盾のトビラ開いて
 今までの自分の思考に恥じて涙したってのが正解、
 判ってくれればそれいいんで、その後、父に紹介して父の繋がりから
 裕子の親…私の兄はまぁちょっと中道より右寄りだけどそっち系強いんでこれから
 左右関係なくジャーナリストとしてやって行く為の武者修行で全国回っていて…」

そこに裕子が

「たまに帰ってきてたのです、わたくしがまぁ年も近い方だというので
 「友人枠」…と言いましょうか、うふふw
 まぁ、そろそろ北海道に根を下ろしてフリーで始めるつもりらしいので
 叔母様とも会うのを楽しみにしていらっしゃいますよ
 ちなみに、あの方も叔母様の愛人は狙っておりませんから、ご安心ください
 あくまで「手ほどきをなさった方」という特別枠です」

弥生の心臓バックバク。

「ダメですよ、そんなあっちこっちフラフラっとしちゃあ
 たまたまその人も裕子ちゃんも「判ってくれてる」からいいものの」

あやめの突っ込みに弥生が小さくなって

「…ハイ」

阿美が少し可笑しそうに

「弥生の回りって「判ってる人」多いからねぇ、
 あやめさんみたいに突っ込んでくれる人が居ると、弥生も少しは大人しくなるかも?」

弥生はしけたツラで

「貴女に言われたくはないなぁ」

と言うと、阿美は阿美で何も言い返せなくなるのだ。
ホントに私大丈夫かな、とあやめが心配しつつ、いよいよ眠りにつく時が来た。



朝、結果から言えば何もなかった。
七時起床、全員でラジオ体操第一を真剣にやって軽く汗を流し体をほぐした後
持ち回りで朝食の用意にシャワーに…と結構慌ただしく過ごし、
九時少し前には追加の弾丸も届く、弥生は金庫にそこそこの現金を常に
用意しているようであり、それを使って渡していた。
そして、その金庫の中からもう一つのモノを出す。

弥生はそれを抜き、朝日に照らし状態を確認する。
そう、それは初代の使ってた日本刀である。

「所持する事と持ち歩く事は違うのは判っているわ」

と弥生があやめに微笑みかける。
あやめは苦笑の面持ちで

「何を今更ですよ、魔法だ悪魔だ言ってる時に」

そして九時過ぎ、あやめはクーラーボックスを二つほど用意し、弾丸を詰め、
一応検問など面倒なことがあったときのためのカモフラージュで少し
色んな物を詰めたり、追加でコンビニでちょくちょく栄養ドリンク系を
買いあさって、いよいよ出発した。

ちょっと不服そうではあったが、裕子は四人を見送り
(阿美は学校関係者だし一応居た方がいいだろうと言う判断)
頼まれていた「報告書」三部の内二部の処分を始めた。
シュレッダーに掛けて行きつつ…

「面倒ですわ…「(電球ピコーン)」折角ですから修行に使いましょう!」

昨夜弥生が祓いの力で色んな属性を再現した様子を自分でやって見ようと
アレコレ始めてみていた。



一方、車内ではちょっと早めに到着していた本郷からヘルプが掛かっていた。
例の逃亡犯の逃げた範囲に学校も含まれているので無人にする事そのものは
難しくないのだが、その後の対処やら何やら…そして封鎖するのにはちょっと手が足りず
消防にも応援要請をしたが、何というか「全てを逃亡犯に押しつける」のには
無理があって俺はもう泣きそーだよ、と言うぼやきであった。

とりあえず登校してきていた生徒達やら先生達やらを退避させつつ、
まず「安全な広い場所の確保」を警察関係で行いつつ、なんとか
消防の人などを使って学校だけをくくる作業をして貰う。

「情けない声出さないの…! 男の子でしょう?」

『魔階(フロア)だ悪魔だなんて説明できるかよ、何故捜査員を学校に入れず
 封鎖だけで待機なんだとか聞かれたって「とりあえず様子見で…」としか
 いえねーよ、早く来てくれよ、お前らが来ればおよそ信じざるを得ない
 情景にはなってくれるんだろ?』

「その予定だけどさ…こっちも何しろ初めての事だもの…あと十分くらいだから
 もう少し頑張って持ちこたえてよ…!」

逃亡犯が捕まっていなくて逃亡した範囲に学校が含まれる事は幸いでもあったが
「学校のみの封鎖」には理由が薄かった、まぁ一応そこを最後に残して
周辺の操作でしらみつぶしに特定範囲を絞る…という意味では意味のない行動でも
なかったのだが…

「ちょっと、さっきからキャッチホンも入ってるのよ、しっかりしてくれる?」

『キャッチホン? 誰からだよ』

「向こうの担当者じゃないかな檜上とかいう…ちょっと予定時間より早いけれど」

『ちょっと早いんだろ? イイだろ? 知恵貸せよ…』

やれやれ…弥生はしけたツラを全開にした。



台所の換気扇を最強で回した上で裕子は処分用「報告書の二部」を中華鍋に少しずつくべて
祓いの力で「衝撃(真空刃)」「火焔」勢いよく燃えすぎた場合の消火用「氷結」
威力様子見で電撃など色々試していて、なかなか興に乗っていた。

「なかなか威力や祓いの力の入れ具合の調整も掴んできましたわ…
 クタクタにならない程度にもうちょっとやりたいところですわね…」

と、音符を振りまきながらの楽しい修行中…事務所の電話が鳴っているようだった。

「あらあら…はいはいはい…」

火の始末を急いでやって、メモ帳を手に取り、事務所に向かう。
事件の依頼の場合、要件を控えておき、後で弥生に取り次ぐ為である。
事務所の電話にでて「はい、十条探偵事務所ですが…」と言い掛けたホンの最初で

『ああ、良かった通じた…携帯ナンボ掛けても繋がらないんですもの…!』

「どちら様ですの? 弥生は今外出中ですが」

電話の向こうの女の人はダメか、遅かった! と嘆いた

『あたしとした事が…とんでもないミスを犯してしまったの…!
 今朝になって気付いたわ、檜上さんも向こうに電話掛け続けてるのか
 大使館にも通じないし…貴女なんとか今からそれを伝えに行けないかしら!?』

「はぁ…ええとですね、先ずそれは昨日の「報告書」にまつわる事と
 受け取って宜しいですわね?」

銃弾の発注や、刀剣の手入れの人とは違うと言う事だけは判ったので、現状
心当たりはそれしかなかった裕子が聞いてみた。

『そう…ああ、取り乱してしまって礼を失してしまったわね、
 あたしは百合原瑠奈、なんかライバル認定されたっぽい玄蒼市の同業者よ』

「はい、百合原様、お名前はかねがね叔母様より伺っております、
 わたくし十条弥生の姪で一応祓いの力も持つ裕子と申します、宜しくお願い致します。
 …それでミスとはどういう事でしょうか」

『「祓いの力」というモノがこちらでは特殊な位置づけで…
 要するにもしそのまま魔階に突入したら彼女たちがヤバい可能性が…!』

事態は深刻だ、と裕子は受け取りつつ

「具体的にどんな事が予想されるか、お教えください」

そして、瑠奈の話を聞く裕子の顔が厳しくなっていった。

なるほど、このままではあやめはいいとして弥生と葵が不味いかもしれない。
強力な祓いの主であるがゆえに、かえってそれが不味いかも知れない…!

「百合原様、私これから移動しますので、私の携帯の番号をお教えします、
 掛け直して頂けますか?」

裕子は外出の準備を通話状態のまま整えてベランダに飛び出した。
掛け直されてきた電話に出た裕子は

「わたくし「飛翔の詞」は初めて使います、失敗したらここは十二階
 即死でしょうね」

『え、ちょっと待って、なんでそんな賭けを今する必要があるのよ!?』

「そうでもなければ、間に合いません!
 今叔母様達の存在が消えました、死んだのではなく、フッと消えたのです
 恐らくフロアというモノが形成され、叔母様達が突入したのでしょう!」

『遅かったか…! くそ…あたしとした事が…!』

「悔やむには早すぎますわ、物事には順序順番があります!」

そして裕子はベランダから飛んだ!


第三幕  閉


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