L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SIX

第四幕


時間を前幕最後段裕子と瑠奈のやりとりの少し前に戻そう。

弥生の運転で弥生の車、運転は弥生で葵がいつものように弥生の電話を
助手席から弥生の耳元に当てている。

弥生の運転は上手いので信用はしているが、流石にちょっと
喧々諤々やりすぎていて大丈夫かな…とあやめは思った。

もうすぐ現場…つまり学校に到着しようとしていた。

現場に到着すると、先ず弥生は問答無用で本郷の電話を切り、キャッチホンに繋いだ。

『檜上です、何か立て込んでいたようで』

「ええ…こちとら前代未聞の事態にちょっと…ね…、少しそのまま待っててくださる?」

『判りました…なるべく…五分以内程度にお願いします』

「了解」

電話は通話のまま、弥生は本郷や、事情を求める消防の上野と合流した
日本刀を左手に握りしめつつ、ベルト左腰に差しながらやってくる弥生に
上野は驚きと半分呆れて

「また貴女ですか !? コレは一体どう言う事なんです、
 探偵の貴女が警察の人に指示を与えるような事態とはなんなんですか?
 その日本刀はどう言う事なんです?」

弥生は本郷も上野にも「ちょっと待って」という手で合図をして
多少の関係者の他に多少の野次馬の群衆を見つめ、その一点に歩き出した。

「…やっぱりプロですね、見付かっちゃいました」

七分丈くらいの割とぴっちりとしたデニム生地のジーンズに
動きやすそうな軽めの服装をし、ハンチング帽をワザと目深にしてた女性が
弥生に声を掛けた。

弥生は微笑んだともニヤッとしたとも言えない笑みでハンチング帽の位置を直しつつ

「お久しぶり…何か裕子が世話になったみたいで…ごめんなさいね
 でも貴女のお陰で小悪魔度が増したっぽいわ」

「私も、裕子も、元はと言えば貴女ですよ、弥生さん。
 …でもお陰で目が覚めました、色々気付いて自分で見て調べて
 考えられるようになりました、やっと、記者として復帰出来そうですよ」

「そう、何より…それでね…」

弥生は一行を呼んだ
というかあやめだけの積もりだったのだが車に乗ってた全員来たw

「あやめさん、彼女…岩淵志茂…まぁ「ユキ」って呼んであげて、ヨロシクね
 というわけでユキ、彼女が新しい担当の富士あやめさん、色々教えてあげて」

志茂(ゆきとも)が名刺を出したので、あやめも慌てて名刺を出す。
お互いが自己紹介をする中、そんな志茂を「ほわーん」と見つめる阿美。

志茂は慎重が阿美以上弥生未満…170cm台前半ってところである。
結構背が高く、そして矢張り歩く職業だからなのか、スレンダー系で
弥生より少し細いが締まった体をしていた、そしてでるところは出ていた。
目つきは涼しげと言うか、弥生ほどきつくなく、真顔でも怒った印象を受けない。
少し長めの髪をしまってハンチング帽にまとめてあるのだろう、
そこから長めの前髪が細く二束垂れ下がって居るのがまたクールな印象だ。

阿美の好みのタイプであった、第一ポイントは楽々通過である。

その目つきに全員気づき、そして阿美もせっせと荷物から名刺を取りだして
志茂に自分を売り込んだ。

「ワタシ、ここの教師をしてます、赤羽阿美と申します!」

志茂も阿美は割と好みのタイプなのかニッコリ微笑んでそれを受け取った。
あやめはどこへともなく振り返ってぼやいた

「何で私の回りってレズだらけなの?」

そして弥生が

「さ、それは兎も角…」

電話を手に取り

「檜上さん? まずは現状を可視化しないと回りを説得できないの、
 一応封鎖は完了して居るはずなので、第一段階行くわね?」

『判りました』

「ええと…魔法魔法…」

と弥生が探している時に阿美が

「あ! 弥生ぃ〜ワタシにやらせて〜♪
 霊感ゼロのワタシにも可能って事だもの、やって見たくなるじゃない♪」

弥生は頷きながら

「…うん、いいわ…呪文を唱えて門を開けるんですって、ヨロシク」

割と淡々と弥生がOKを出したのがちょっと意外な気がしたあやめと葵だが
そこは十数年の付き合い、阿美のこういう「非日常への憧れ」みたいなモノを
常々感じてきたのだろう。

上野が訝かしげに

「…何が起るんです?」

本郷がそれに

「…これでまぁ封鎖の理由は判ってくれると思いたいんですがね」

阿美が覚えた魔法を唱えて(知らない外国語のようで、多分その発音は上手かった)
一度封鎖してあった門を開く。
学校のある領域に、何か光のようなモノが走り、行き渡るのが視認できた。

上野も火消しであるはずの本郷もビックリした。

そこには「小さな何者か」が大量ではないがそこそこ居てあっちこっち飛んでいるのだ
いわゆるティンカーベルのような妖精…と言えばいいのだろうか、そういう
少女のような、でも背中に羽を持ち余り高くないが飛べるらしい数十センチの生き物…

そしてなんか緑色の宇宙人のデフォルメ人形のようなふわふわしたモノ、

同じく緑色だけれど、木の側に居てふわふわ漂ってる簡略化した土偶のような
平べったくて渦巻きが目になってるようなモノ、

「長靴を履いた猫」正にそんな感じ二足歩行で服を着、サーベルで武装した猫が
闊歩している。

「うわ…っ」

阿美がふらっとして、葵に支えられた

「どうしたの先生!?」

「凄い…何か一気に精神的な疲れが…」

マニュアル(報告書の必要部分のみ)を見ながら弥生が

「玄蒼市の「外」で魔法を使う宿命みたいなモノらしいわね、一般人なら二発、
 かなり慣れたバスターとか…多分私とかでも四発とかしか唱えられないみたいよ…
 一般の世界では非効率極まりないわね…」

そして、その小さな「悪魔達」の内のティンカーベルのような妖精の内の一人が
門の側までやって来て阿美に微笑みかけた。

「やっとアタシ達が見えるようになったね! おめでとう!
 声も聞こえるよね? (阿美、頷く)うん、良かった良かった!
 あたし達ずーっとアピールしてたんだけど見えないみたいで
 怖がらせるばかりで…それはそれで面白いんだけどつまんなくなって
 なんとかお話しできないかなーって思ってたの!
 アナタいつも生徒さん達の話聞いてて親身になってていい人だなって!」

なる程イタズラ好きではあるが神経はまともなようだ、
一人の妖精が阿美に懐くと、回りの妖精達が阿美に寄ってきた。
割とファンシーな光景、狂気も殺気も感じない、純粋に共有記憶として
「阿美はいい人」が刷り込まれているようである。

弥生はマニュアルを見ながら

「えーそれが妖精・ピクシー、緑のデフォルメ宇宙人がポルターガイスト…
 なにこれ普通に祓えるじゃん…緑の木の周りにいるぐるぐるしたのが
 「木霊」…なるほどね…、猫のは「ケットシー」ケルト神話辺り?
 信仰も何もぐちゃ混ぜだわ…、玄蒼市ってこういうトコな訳だ。
 ピクシーについてはあの女が絶対傷つけるなと書いてる…なんでかしら」

その弥生の呟きに、電話の向こうの檜上さんが可笑しさを堪えきれず笑いを漏らす

『ああ…失礼…w ピクシーは百合原君の大事なパートナーでもあるんです
 勿論全員ではなく選んだ一人がですが…ただ、彼女はピクシーを
 パートナーとすると言う事はピクシーに対してとことん友好的でなくては
 ならない、と一種こちらでも有名人でして…w』

「…まぁ、友好的なら倒す必要もないし、いいか…」

『そうしてあげてください…w』

ピクシー達に囲まれた阿美はちょっと顔を赤らめ嬉しそうだった。
すっかり懐かれてしまい、ピクシー達は阿美を解放する気配がなかった。

弥生は振り返り、上野達消防員、本郷達警察官、そして志茂達マスコミを含む野次馬
全員に向かって右手をかざし状況を示しながら

「コレがどう言う事か説明できる人なら物申して構わないけど、
 説明できない人は黙っててくれるわね?
 今からコレを収めに行くけれど、その間に何があろうと他言無用!
 とにかく誰も侵入してこない事だけを徹底して!
 コレによると…(マニュアルを軽く振りながら)この悪魔達は
 敵意を向けなければ基本大人しいけれど、危害を加えたら殺されるわよ!
 見た目に騙されないでね!」

弥生がきびすを返し門の奥に進む、通りすがりに阿美へ

「…そんなに懐かれてるんじゃ、中までしばらく一緒しましょうか」

「そ…そうね…ウフフ…この子達可愛いし♪」

可愛いと言われるとピクシー達も喜ぶ。
通りすがりのケットシーに弥生は

「猫派だけど何となく惹かれないわ…なんでかしら…」

正門から玄関口に入る直前、クーラーボックスを二つ抱えたあやめが振り返って本郷に

「では、行って参りまーす!」

「お…おう、しっかりな…って何をどうしっかりすりゃいいんだ…」

流石の前代未聞の事態に流石の本郷も混乱した。



中に入ると、ピクシー達が阿美を中等部側のどこかに連れて行きたがる

「どうしたの?」

「あたし達がどこから来たか教えてあげる!」

ピクシー達のこの言葉は、渡りに船であった。
多分そこが「魔階との接合点」のハズだからだ。
あやめが

「つまり…この子達としてもこの状況を打破したいって事になるんですかね?」

その言葉にピクシーの一人が

「だって「外」ってつまんない! 魔法が殆ど効かないんですもの!」

それに対して弥生が

「…なるほどね、向こうにとっても招かれざる事態だったことは間違いない、
 コレは何かの陰謀とかではなく偶発的事象で間違いなさそう」

一行が二階へ上がると奥に進む、ピクシーの内の一人が

「あの端っこ手前の二年五組って所がそうなんだ!」

その一言に葵が驚愕した

「ボクのクラスじゃん! そんな気配一切感じなかったよ!?」

弥生の手が葵の肩に置かれて

「こう言う言い方はちょっと誤解を招くけれど、ある意味貴女が
 「門を開く鍵」の役目を果たしたのよ、発動した魔術の痕跡を纏いつつ
 日々を祓いの力を持って過ごし、汐留ちゃんとの事とかさ
 でも、貴女があの時行動しなければ死人が出たかも知れないし、
 私も魔術にそれほど造詣深い訳じゃないし、何よりその雰囲気が
 どんな物かもわからない、どうしようもなかったのよ
 「クラス自体が門の役割」だったから二年五組自体には何もなかった…と」

葵がそれでもちょっと渋い顔をして落ち込み、阿美が葵へ

「考えて、祓いの力としてそれをある程度コントロール出来る
 「日向さんだったから」こう言う緩やかな現象で済んだのかもって
 大勢の人で沢山の魔術の気配を纏っていたら、もっと酷い事になってたのかも」

「うん…」

ピクシー達の慰めの大合唱が始まる。
微笑ましい光景に弥生達大人三人は微笑んで葵の肩をポンと叩いたり
頭を撫でたりして慰めに加わる、そんな時だ。

三階から男の叫び声が聞こえた。

「…な…何だコレぁ!!」

銃声も聞こえて来る。

「あっ…仲間が…」

ピクシー達が仲間が一人傷ついた感覚を共有した。
辛そう、可哀想、でもここじゃあ治せない…という悲しみを共有する。
そして、学舎奧の階段から降りてきた男にあやめが

「あ、あれ逃亡犯ですよ! なるほど、ここに潜伏してたのか!
 毎日誰かしら居るなら警戒も甘めだろうし、水もトイレもある、科学室なら火も使える
 郊外に近いですし…食料そのものさえ押さえておけば快適な逃げ場ですよ」

男は、こちらに気付かれた事に下へ降りようとしたらしいが、
下からピクシーの仲間達が彼に復讐をしようと押し寄せたのだろう、彼は
どうしようもなくなって美術室…の中にも悪魔が居る…!
彼はしょうがなく一見ピクシー達が居ない二年五組へ入り込み、そのドアを塞いだ。

弥生はつかつかとそこを通り過ぎ奥の階段を上ろうとする

「何処へ行くの? 弥生さん!」

葵の言葉に弥生が

「そこに居て、ヤツがそこから出られないように監視してて
 飛び降りて外に出る事も今は考えられないでしょう、仲間で意識を共有する
 ピクシー達は二年五組の下にも集結してるだろうしね」

二分ほどして、彼女は左手でピクシーを抱え降りてくる、祓いの力で治療をしながら。
「楽になって行く・治って行く」感覚を共有したピクシー達は今度は弥生を中心に皆を囲み
感謝と喜びを捧げた。

その時、二年五組で何かが起ったらしい、窓の風景がモヤモヤとしたモノになる。
しかも大体二年後組近辺までの視界しかない、空間的に閉じ込められた感覚である。

『もう一人そこに居た人物が…フロアを………!』

檜上さんとの電話も不通になった。
ちなみにこの瞬間こそが、裕子が弥生と葵の存在を確認出来なくなった瞬間であった。
弥生が顔をしかめて

「あの男何か余計な事しでかした? 葵クン、トビラ突破」

葵はしかし乱暴はせず、トビラの外し方を知っていて、スライド式のドアを
持ち上げてドアごと外して横に避けると、つっかえをしてた掃除用具などが
コロンと床に落ちた。

「見事だわ、葵クン」

弥生の言葉に葵はニッコリした。

二年五組の風景はしかし、二年五組ではなくなっていた。
そこは何かしら「別の部屋」になっていて、普段の教室なら真ん中窓側に
何か石碑のようなモノがあり、その側に人型ではあるけれど人ではない
ナニモノかが腰は低く手もみで弥生達を迎える。

「あの男は?」

弥生が問うと、ピクシー達が

「逃げたよ!」「魔階へ逃げたよ!」「でも馬鹿だよね!」「だね!」

と、それぞれに声を上げる、まぁ、予備の弾なんてあるのか判らない
拳銃一丁、一人じゃあ無茶だろうなぁ、と思う一行。

「…あ!」

弥生が重大な事に気付き、石碑の側に居る「何者か」に話しかけた。

「ねぇ、もしかして、今ここに居る四人でフロアをクリアしないと
 全員は帰れない? 例えば一人ここに残って三人でクリアした場合は?」

その「何者か」は男とも女とも年を取っているとも若いとも付かない声で

「なかなか良い指摘で御座います、前者で御座いますよ、それが魔階のルールです
 自信がおありでしたら一人一人別々に挑戦しても構いませんが…
 お客様、初めての方々のようです、パーティーを組まれて進むのが良いかと…」

弥生は思い詰めた顔をして、肩から釣ったホルダーからP7を抜き、換えの弾倉を
上着内ポケットから二つ取りだし、阿美に渡した

「もうどうしようもない、貴女も一蓮托生だわ。 ゴメン」

しかしそこへあやめが

「まぁまぁ、後ろから援護に徹して頂ければ…」

ナゾの「何者か」が続ける。

「お客様、少々特殊な方々のようですが…この世界では基本的に
 仲間には仲間の攻撃が当たらないようになっております。
 「そういう風になっている」のです、力一杯、存分に暴れてくださいまし…」

葵が訝かしげに

「お前は一体誰だ?」

「…私は…まぁ魔階の案内人にして何処へも行く商人集団の一人…
 フロアに挑戦されるのでしたら、代表でお一人5000円払って頂ければ
 フロアに侵入できるこの…「プレート」をお渡ししましょう」

弥生は渋い顔をしたが

「今逃げてったヤツと同じフロアって事は出来ない?」

「宜しいですが…一人用でお作りしたフロアに追加となりますと
 少々値が張りますが、如何なさいましょう?」

「構わないわ、一千万とか言わない限りはね」

「はっはっは…面白いお方です、追加お一人ずつ五千円、詰まり
 二万円でお通ししますよ…本当は「円」は通貨ではないのですが
 まぁレートはほぼ同じなので大目に見ておきます」

「独特の通貨があるようね…ごめんなさいね、二万円で」

弥生がそれを払うと、「ではこちらへ…」と「ソイツ」が場所を指定する。
そこへピクシー達が先程のお礼として四人の周りを大きく回り何か
魔法効果のような物をかけてくれた事が判る。
「がんばって」「生きて帰ってね」「仲間を助けてくれて有り難う」「いい人」
という言葉の数々に一同の口の端が緩むが、いよいよフロアである。

四人の視界が歪んだと思うと、次の瞬間にはどこか別の場所に飛ばされていた。



最初は小部屋のような所から始まるようである。
石のような、木のような、金属のようなプラスチックのような、
何だかよく判らない材質の小部屋にはドアが一つだけ…
そこを出て進むしかない…そんな時である、あやめがふと気付いた。

「弥生さん…何か全身から何かが結構勢いよく揮発して行ってる感じが…
 あ、良く見たら葵ちゃんも…うっすらと…」

え? と、阿美も

「ホントだ…っていうかワタシには二人ともうっすらってカンジだけど…」

弥生の表情が「不味い!」と言っている、あやめが

「あの…もしや祓いの力が漏れ出して行ってるんです…?」

弥生は葵に向かって真剣に叫んだ

「葵クン! 「さぁやるぞ」って気を抑えて!」

「え…っ」

「助かったわ、ほんのりくらいの見え方だったら気付いたら私達のチカラは
 枯渇してたかも知れない…! あやめGJ !!」

何だかよく判らないけど弥生の親指立てサムズアップにサムズアップに応えつつ

「…あっ…こないだ言ってた私との気の相性がいいとか…それですか?」

あやめの推測に

「正にそれよ…! お陰で助かった…私も葵クンも漏れ具合は一緒、
 私の気の満ち足り方が貴女と同調しやすいお陰で貴女の目に大きく写ってくれたわ…
 コレも正に「祓いの力を持たない人の目だからこそ見える物」の一つで
 フロア・バージョンの見え方なんだわ…!」

「ええ〜〜いいなぁ、あやめさん、ワタシも弥生とそう言う繋がり持ちたかったわ」

阿美の一言に対し弥生は

「何言ってるの、私貴女を事件に巻き込んでしまったのコレが初めてよ
 こういう繋がりって単純な相性の他にも「慣れ」とか「馴染み」もあるの」

阿美はその弥生の言葉にしばらく考えて顔を赤らめ

「そ…そう言えばそうだっけ…あは♪」

あやめはニッコリして

「貴女を巻き込んではいけないって14年ずっとそうしてきてたんですね」

そう言われてしまうと阿美は嬉し恥ずかしイヤーン♪となってクネクネするのだった。

少しの間そうしてちょっと落ち着いた頃再出発の運びになり、通路に出て少し進むと
廊下の床に薬莢が落ちていた。
あやめがその薬莢を拾い

「…TT30/33…いわゆるトカレフの弾で間違いなさそうです
 彼はここで四発、撃っていますが、悪魔に被弾した様子があるのに
 悪魔の死体がないので一発で四体仕留めたのか、四発で一体なのかが判りません」

弥生も周りを見回して

「…割と腕はいい奴のようね、外した弾丸はなさそう…」

阿美がそれに続き預かったマニュアルをめくりながら

「うーん…確かに倒された悪魔は一定時間で雲散霧消するって書いてあるわね…
 何と戦ったのかも判らないのは痛いわねぇ…」

あやめがそこに

「彼の残り球数はさっき聞いた一発とここの四発がその通り消費数だとするなら
 換えの弾がない限り三発です…初回の戦いで四発使ってるとなると…」

と言った頃通路を割と進んだ距離から断末魔の叫びが聞こえ、弥生がすかさず阿美の耳を塞ぐ。
自分の心音を聞かせるようにその大きな胸の付け根辺りに彼女を抱き込んでもう片耳は手で塞いだ。

結構長く「彼」も抵抗したのか、二発の発砲音と共にかなり断末魔が続いたのだ。

弥生のこの阿美への行動、イケメン過ぎる。
なるほどこりゃ惚れるわ、ってカンジだ、まぁ一般人だからっていうのも大きいだろうけど
あやめがちょっとそんな事を思いつつ、銃を構えて少し先へ進む。
弥生と葵はちょっと阿美を落ち着かせるのに手一杯のようだったから。

そして、通路の奧から傷ついた一頭の猫科の巨獣のような全長が四メートルはありそうな
ケモノがやってくる。
弾痕がイチ…二…数えてからあやめは躊躇無く一発撃った。

そのケモノ…何だったのかは知らないが、「祓いの力の弾丸」の高威力もあり倒された。
少し遠くから弥生の声で

「どう?」

あやめは床の惨状にちょっと渋い顔をして

「ええと…ちょっと待ってください」

しょうがないなぁ…と、アリバイの為の荷物を幾らか減らしクーラーボックスを一つ
氷だけの状態にして空け、そこへ「食い残し」と思われる
「トカレフを握った右手の残骸」を拾って保存した。
うーん、とあやめは減らした荷物のうち何となくドリンク類だけポケットに戻しつつ、

「あのー、この辺りだけ目隠ししていきましょうか」

「OK」

弥生は優しく阿美の目を覆い、葵が阿美の手を取って先導した。
少々、食い散らかしと血の跡が生々しかったのだった。
あやめはその間も周囲への警戒を怠らなかった、或いは「再湧き」といって
同じ箇所に留まり続けるとまた悪魔が湧く事があるらしいので背後も警戒しなければならない。

あやめはそうやって警護しつつ弥生に

「敵が普通に見えて銃が普通に効くっていいですね、結構訓練通りやれそうです」

弥生が優しく微笑んで

「頼もしいわ…やっぱり付いてきて貰って良かった」

「ところで今の何だったんだろ…阿美さん、ちょっとマニュアル見ますね…
 ええと…魔獣辺り怪しい…お、いたいたオルトロス…
 神話上の生き物が普通に「その他大勢」扱いなんですねぇ」

目をふさがれ葵の先導で歩く阿美が

「オルトロスの評価レベルは30…中級クラスのフロアって所みたいね」

葵が感心して

「先生流石だなぁ…」

「まぁ、そういう記憶モノでやってる商売だからね、先生ってw」

弥生がそろそろ目隠ししてた手を外しながら

「まぁまぁそう謙遜せずに…振り返らないで、先に進みましょう
 ただここから先、私達は悪魔と戦わなくてはならない、
 阿美、貴女にも「悪魔を殺して貰わないと困る」場面が来るわ、ヨロシクね」

「う…うん」

「とりあえずスライド引いて…、上の…そう、ここ」

ガチャッと一発目が装填される。

「コレで十三発撃てるわ、さっき「案内人」が言ってた事が本当なら
 貴女が撃った弾がもし前で戦う私や葵クンに当たっても
 「当たってない事になる」らしいから、遠慮なく撃ってみて、
 アレは「そんな詰まらないウソをつく」ヤツじゃないと言う事だけは私には判る
 撃つ時は持ち手のここをぐっと握って、ガチって言うまでね、そして引き金を引く…」

「わ…判った…頑張る」

弥生が阿美にキスをして、微笑んで先へ進む。
うん、このキスは勇気のキスだ、あやめもそこは理解して余計な事は思わず先へ進む。





「葵クン! もっと弱く…! 茶羽根のちっこいのをデコピンするくらいの感じ!」

「難しいよ…! 拳で祓いのデコピンくらいとか…!」

三層目辺り…もうそろそろ結構進んだだろう、出てくる敵はおおよそレベル三十台から
特定の強いヤツってカンジで五十台のが出てくると言ったところだ。
弥生の読み通り、祓いの力はおおよそ「万能」として作用し、
武器相性に関係なくダメージが通ってくれたのでいちいちマニュアル確認しなくても
あやめや阿美は十分役目を果たせ、戦闘終了後、通路で弾込をし直せば
そのくらいの隙は稼げるので弾にまだ余裕がある今、あやめや阿美は大丈夫、

ただ、祓いの力の「蛇口を絞りに絞ってホースの出口を絞った勢いで少量を強く飛ばす」
くらいの蛇口・ホース・力の入れ具合、この三つを調整し直さないとならない、
弥生も葵に指示を出しながらも、結構苦戦していた。

「…くぅ…! ダメだ、絞りに絞ったチャージ式なんて集中力使いすぎる…!」

若い頃卒業試験でやった「チャージ式」も油断すると一気にチカラを
噴出しそうになる…マニュアルによると、おおよそ四層から五層あるらしいので
もう後一層か二層頑張ればボス部屋のハズだ…と言いつつ、そこまで
あやめや阿美にやらせてしまうとそれは弾数が怪しく、と言って自分たちが
加わるとチカラ具合が上手くない…
阿美やあやめが「私達が頑張る」と行ってくれても、弾数に限りがある、
…弾込をし直すあやめの顔も芳しくなくなってきた。
何しろ玄蒼市のバスター達のようにやり慣れた訳じゃないので
「あとどのくらい」という目処すら立たないのではしょうがない。

「それでも何とかお互い頑張りましょう」とあやめが声を掛け合い、
扉を開けるとそこは大広間、一同に嫌な予感が立ちこめると案の定、
そこは悪魔が大量に湧く場所のようであった。

あやめは少しずつ釣って倒して行く方法などをシミュレートしたが、
中距離でもこちらを察知し、襲いかかろうとする悪魔が数体居る!
ダメだ…!

そこへ弥生が刀を構え直し、

「しょうがない、私はここで役立たずになるだろうけど…」

と言って詞(ことば)を一つ唱え、自らの中に染み渡らせるようにその手を握る。
そして弥生は勝負を仕掛けた!


第四幕  閉


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