L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:SIX

第五幕


弥生の電光石火の一閃、行きと帰り!
悪魔達が特に強い極一部を除き殆どが一撃で雲散霧消する!
…と、同時に弥生も倒れた!

「無茶だよ! 弥生さん! くっそぉ!」

葵も半ばヤケで余ったそいつらの中でも傷の浅いヤツを殴り、祓うのだが、
矢張りそんな一撃も或いはオーバーキルでそして出力もオーバーして居た。

あやめも阿美もそこは先ずこの部屋を片付けなければ弥生を心配する事すら出来ない!
残った悪魔を倒しつつ、二人がかりで弥生を引きずり、次の通路へ向かう。
葵も割とふらふらである。

何か回復手段はないモノか…

通路に出て先に少し進むと、どうやら次の階層へ進むらしい、
進んで直ぐの小部屋は安全なはずだ、どのみち戻れない、先へ進み作戦を練ろう。
あやめはそう判断し、みんなを次の階層へ引き連れて行く。



「…といって…休んでいても弥生さんのチカラは回復と放出が殆ど釣り合ってる感じ
 に見えるんだよなぁ…休んでもどうしようもないなぁ…葵ちゃんはどう?」

「回復してるカンジはないなぁ〜〜〜…」

あやめが阿美にも銃弾を渡し込め直すも、それもあと僅か…
あやめはP2000の装弾数十三を一発目セットした段階で一度カートリッジを外し
もう一発込める方式で残りを阿美に托した、カートリッジ二つ分…に残り一発。
一発かぁ…それは何となくあやめが自分のポケットに忍ばせた。

「私には換えのカートリッジなんてないんで…いちいち弾を込め直す
 余裕はもうないと思います…、ですから阿美さん、落ち着いて狙って
 私達には当たらないって言うのは間違いないみたいですから、
 どうぞ、残り使ってください、カートリッジ二つです」

阿美もここまで来たら腹も据わってきたのか割と戦えるようになっていたが
ちょっと心苦しそうである、しかし彼女の言う事は間違ってない。
P7をあやめに托そうにも確かにこの銃はグリップ部分がごつい、あやめには向かない。

今までの階層と雰囲気は違うのだが…希望的観測としてボスフロアとして
そのボスフロアもボスの他に「取り巻き悪魔」が居る時もあるし
居ないでボスのみと言う場合もあるようだ、基本取り巻きは居るモノと
考えて欲しいと言う杉乃翠の但し書きがちょっと恨めしい。

「問題は…」

ほぼ動けない弥生である。
確かに大広間での一閃二回は助かったのだが…しかし矢張り賭けが過ぎた…

うーん…とあやめは考えて、二つ抱えたクーラーボックスのうち一つは
「逃亡犯の腕」として…もう片方も…どうでもいいような物ばかり…
薬莢の入ってた箱なんてもう用済みだな…と…、

そうだ

「弥生さん、私も賭けです、コレちょっと行ってみましょうか」

あやめはポケットに入っていた小瓶の蓋を開け、弥生に飲ませる。
弥生の目が見開き、気がちょっと戻る…!

「こ…これはユンカー皇帝ロイヤル(商品名)…! …流石に高いのは来るわ…!」

現実社会でも割と刺激的に作用するならこう言うところならどうだ、と言う賭けに
あやめは勝ったようだ、弥生の気が少し回復したのを感じる。

「でも…動いて後一撃食らわせられるかって所だわ…」

「そっか…でも効いてくれたんですね…よし、じゃあ、葵ちゃんにはコレ!
 弥生さんに飲ませたのよりは一段落ちるけど…」

「ツェナF3(商品名)…CMでしか見た事無いよ…こう言うのにお世話になる時が
 十三歳で来るなんてなぁ…」

「気にしちゃ行けない、いまが踏ん張り時なんだから!」

あやめの気合い入れに葵が応え、一気飲みすると「ヘンな味」と言う顔をしつつも

「…うー…でも、うわっ! すっご! 結構みなぎってくるよコレ!」

阿美が笑いながら

「若い子だし耐性無いでしょうから、余計に効いたみたいね、でも良かったわ」

あやめもやや苦笑しながらもホッとしつつ、弥生向けに最後の一本

「葵ちゃん、現実世界じゃ多分ここまで効かないからね…後はこんなのしかないなぁ…」

「リポビタンДа(ダー)…上等よ、頂くわ…」

弥生はそれを一気飲みして

「よーし…様子見ながら二撃いけるかな…」と呟いて、一行は先へ進んだ。



弥生達が学校に入っていって約五分後、二階にいた彼女たちに三階から
降りてきた「手配犯」が出くわしたが、ソイツが教室に逃げ込んでから先…
その「二年五組にあたる部分」を中心に球体状でそこには「何もなくなって」いて
何か禍々しい…普通の人間でも判るくらい「迂闊に触れちゃ行けない何か」が
その周辺に渦巻いているのが判る。

そしてもうそろそろ20分と言ったところだ。
本郷は門の付近で心配に暮れていた。
「大丈夫だよ」「きっと大丈夫だよ」「あの人達はいい人」
とピクシー達が慰めてくれるが、それだって確証があって言ってるとは思えない。

「そう願いてぇよなぁ…」

本郷は呟いて事の成り行きを見守るしかない。
上野はもうすっかり言葉を失いつつ、野次馬根性から中に入ろうとする奴を
徹底的に取り締まり、警察に引き渡した。

何が起ってるか全く判らないなら口を出すな、そして誰も入れさせるな

その弥生の言葉だけは守らなければならないと上野は思った。



ボス部屋に付き、もうどうしようもないので突入した一行、
そこは構造上基本箱形だが、柱や室内の壁などで割と遮蔽物を
活かした戦法のとれるところだったのが救いだった、更に言えば、
どんな遠くにいても気付いて襲ってくるほどの好戦度でもないらしい。

マニュアルを持った阿美によると、取り巻きはナーガラジャという
半人半蛇の悪魔、ガネーシャ…頭部が象の魔神…分類は妖魔らしいが…それらが複数居る、
そしてそれらを従えるのはかなり大きなギリメカラ…一つ目の黒い象の頭部を持つ
コレはいかにも禍々しい…分類によると邪鬼らしいヤツ…

「日向さん! 祓いの力を込めず殴るのならガネーシャは厳禁!
 弥生! 同じように刀だけで戦うならナーガラジャはひょっとしたら
 刃を跳ね返すかも知れない! 種類に依るみたいだから慎重にね!
 そして、あやめさん…およそ「万能」らしいこの弾の効果…
 あの「ギリメカラ」に大変有効なようよ…!」

あやめがサムズアップしてそれに応えつつ、

「…とはいえ、まず取り巻きどうにかしないとなぁ…」

「祓いの力」を全く込めないでの攻撃というのはそれはそれなら調整も簡単なようだった。
蛇口からの水の滴りを絞りで調整するよりは全く絞って止めた方が簡単なのは言うまでもない。

弥生は自らの刀を収め、合気で「戦う」ようだ。
襲いかかるガネーシャの勢いそのままに投げ飛ばし、刀剣を持った手をひねり
ソイツ自身に突き刺し、トドメとする…それは合気ではない、もう完全に
殺人術であった…まぁ相手は悪魔だが。

祓いの力を込めずとも葵の体力や筋力はハイパーなのでナーガラジャへの
攻撃はなかなか高いレベルで効いているようだ…そんな時

「バスターでもない…ただの人間…も居るようだが…手前で戦う二人は
 ただの人間でもない…貴様らは何モノぞ?」

ギリメカラの単眼が四人を見下しながら問うた。

「玄蒼市の外で迂闊に魔術使いやがったヤツのせいでその舞台だった学校が
 魔階に墜ちるというとんでもない事態を…(ガネーシャにとどめを刺しながら)
 収めに来たのよ!」

弥生が代表で応える。

「玄蒼市の外…外なのか…面白い…このままお前達を倒し、
 次に来るモノを倒し…そうして行けば「外」に君臨できるやもしれん!
 外の有様をお前達の死とその魂を持って教えてくれぬか!?」

ギリメカラが手に持った武器を使い踊りのように何かを詠唱し始める、
その様子に何故かギリメカラの仲間である取り巻きどもも仰天した。
弥生の直感が「ヤバい!」と言って、速攻で詞を両手指先に込め

「みんな! 私の側へ! 今すぐ! 遮蔽物なんて意味は無い!」

ギリメカラの口から凄まじい怨嗟の言葉と念が発せられ、仲間であるはずの
ナーガラジャの残りやガネーシャの残りまでもバタバタと倒れ死んで行く!
弥生達もずっしりと重い、イヤなどす黒い何かに心と心臓を鷲掴みにされた
感覚があるが、そこは弥生の「詞」が何とか守ったようである。

仲間達の魂を食らい、ギリメカラは少し「意外だ」という感じで弥生達を見た。

「古い「チカラ」だな…古いだけに威力も絶大だが…
 だがこの魔階では上手くチカラを振るう事も出来まい?
 今の呪詛を防いだ「詞」…チカラを振り絞ってあと一回防御できるかどうかと見たぞ…?」

流石ボスとして君臨し、フロア内の魔物を束ねるだけはある。
弥生も流石に「あんなのを連発されたら不味い」と顔に出てしまっていた。

「あやめ…もうドリンク剤ないの?」

弥生の言葉にあやめがポケットや弾を入れてたクーラーボックスを探すが無い、

「あと一つなんか買ってたと思うんだけど…ひょっとして…」

阿美がP7の十三発全てをギリメカラに撃ち込んだ。
被弾するたび思った以上の威力…そして銃弾攻撃など跳ね返すのが
基本のギリメカラは少々表情を濁らせた

「…その弾…詞を込めて居るな…? 数を浴びると厄介だ…
 あとどのくらい残っている…? それによってはただの人間と侮った
 後ろの二人から倒さねばならん…!」

効くようだが十三発全弾撃ち込んだダメージにしては芳しくない!
阿美がしけた渋い顔をしながら最後の弾倉に取り替えた。

そんな時あやめが血だらけの瓶を弥生に差しだし

「これ…逃亡犯の腕の下に…残ってました」

弥生はそれを受け取って

「ショコラББ(ベーベー)か…ありがとう、血なんか気にしてられないわ」

血でぬるつく蓋をブラウスの裾で拭きながら何とか開け、一気飲みする。

「ただの人間」など呪詛は不要とばかりにギリメカラは刀を振り、銃を構える
阿美とあやめに振りかざす!



流石に合気で投げ飛ばすには巨大すぎるギリメカラのその巨体の力がこもった
刀剣を弥生は自らの体に詞を込め、自らの体でそれを受け止め、
体に深く刀剣を食い込ませ、血を吐きながら「ニヤリ」と笑った。
弥生の肩口に刺さったそれは薙ぎ払う事も、押す事も引く事も出来ない状態にされた!
皆が「弥生!」「弥生さん!」と声を掛けるが、弥生は言った。

「今…よ! 一斉…掃射! 腕と…頭を狙い…なさい!
 そして葵クン…」

弥生は苦痛に顔を歪ませながらも指先に詞を込め葵の拳にそれを載せた

「…殺ってお仕舞い!」

腕を潰す事の意味は、恐らく「呪詛」の詠唱をさせない為に、弥生自らの体で
固定しつつ、その力を奪う事に意味があるのだろう、頭は言わずもがなである、
射撃の心得のあるあやめがその役目を請け負い、阿美はギリメカラの首辺りを中心に
とにかく全弾撃ち込んだ!

そして弥生の体を張った作戦に心を燃やした葵が

「アラホラサッサー!!」

一気に爆発的な祓いの力を込めて弥生の祓いの力と共にギリメカラの頭部を打ち砕く!
葵はその一発で自分の残りほぼ全てをぶつけたのでその場に倒れる…!
頭部を滅茶苦茶にされ、ギリメカラはほぼ死にかけ…だが後一歩足りない…!

そんな時、あやめがカートリッジを抜き、ポケットに忍ばせた最後の一発を込め、
スライドを引き静かな心でよーく狙って撃つ!

ギリメカラの咆吼と共に、その体が雲散霧消して行く…!
勝った! しかし弥生がちょっと焦って

「そう…だ…! 消えるんだった! …このまんまじゃ出血が…!」

あやめが脱げる分の服を脱ぎ、弥生の傷口に当てながら

「痛くっても四の五の言わないでくださいね! 弥生さんの作戦で
 ご自分がやった結果なんですから! 阿美さん! 多少痛がっても
 弥生さんの肩口の傷、押さえてください! 強すぎてもダメ、弱すぎてもダメです!」

あやめは葵の回収に向かい背負いながら

「うっわ…葵ちゃん重いよ…筋肉凄いモンなぁ…」

ボス部屋の中央辺りに差し込む光、そこが「出口」なのだと何となく判る。
なかなかボロボロな四人がその光の中に入り、そして出て行くと、
「魔階」は崩壊していった。

「おめでとう御座います、またの機会をお待ちしております、それでは…」

「魔階」を含む「悪魔の居る風景」が普通の、いつもの学校の風景に戻りつつある中
「案内人」の声が遠くなりつつ四人に届いた。

「誰が…来るか…」

弥生の吐き捨てた言葉に気絶している葵以外の二人が強く頷いた。

「それにしても…不味かったわ…ああでもしないとヤツの呪詛封じが出来なかった…
 とはいえ…このままじゃ私…病院まで持つかしら…ねぇ…」

「弥生…! しっかりしてよ…! 何とか…何とかしてあげるからね!」

取り乱す直前の阿美、ここで弥生が意識を失ったら、阿美は恐らく役に立たなくなる。
あやめが、とりあえず葵は放置しても大丈夫か、外の消防の人に救急車を…
と思いつつ、何とか二年五組の教室を四人で出つつあやめがこぼした

「裕子ちゃん…来てくれたらなぁ…」

と言って教室のドアを開けた時だった。
見慣れた爆乳お嬢様がそこに居た…!

「何とか間に合いましたわ…(どこかと通話しているらしい)
 あやめさんの言う通りですわ、出番には順番がある、
 叔母様、わたくしを同行させないまでも、連れては来るべきでしたわね」

弥生は苦笑した。
裕子は祓いの詞でとりあえず「重篤にならない程度」の「無かった事」にしつつ

「わたくしも修行や飛翔などをしてまして、これ以上は今チカラが使えませんの、
 残る怪我は大人しく病院で手当を受けつつご自分で治癒なさってくださいません?
 そして、叔母様、「あの方」から叔母様にお詫びです」

裕子から携帯を渡され耳に当てると、その声で何となく相手は理解できた。

『…祓いの力は特殊で玄蒼市内や魔階ではコントロールが難しいって
 言うのを忘れてたわ…ゴメン、あたしの落ち度だ』

弥生は傷の影響で玉のように汗をかきつつ、ニヤリとして

「貸し一つね…」

『判った、次があったら覚えておく』

「よし、許してあげる…」

『それにしても、そのまま祓いの力で押し通すなんて、貴女桁違いだわ…
 祓いを刻んだ弾丸があったって数に限りがあるでしょうに…』

「北海道地域を一任されているのは…伊達じゃあないのよ…覚えて置いて」

『判った、今回は悪かった、ホントに頭から抜け落ちてた、こっちの
 祓いの力を持った人はバスター修行でチカラのコントロール玄蒼式を
 身につけているモノだから…素のままでは出力が難しい事を忘れてたわ…』

「…ま、祓いの力を持たない人なんだからそこはしょうがない…
 気付いてくれて裕子を寄越してくれただけでも有り難いわ…それじゃあね」

『ええ、借りとして覚えて置くわ』

通話を終えて、弥生がニヤリしつつ、何とか自力で立ち上がって阿美に

「止血は自分でするわ、後は何とか下まで戻りましょう」

あやめが正門側の窓を開け、階下の上野に

「すみませーん、一人怪我人、一人気絶状態です! 救急車手配お願いしまーす!」

おおっ、と警察消防野次馬の人達がどよめく、悪魔も居なくなったし
イキナリ空から飛んできて上野が止めるのを意にも介さず学校に入っていった
爆乳お嬢様も一緒である、その裕子の外見は確かに十条の血を引いていたし、
麦わらではない割とちゃんとした作りのカンカン帽を被った様子は弥生への
リスペクトを思わせる、裕子の登場と、その行動は勿論本郷なども仲介し
「あえて好きにさせた」訳だが、本郷は

「やれやれ…ここからどうしようかなァ…」

とこぼした。



弥生と葵は裕子付き添いで救急搬送された。

「これ…「逃亡犯」です、指紋とあるいはもしこのトカレフ自体に
 手配が掛かっていたなら、証拠になると思います」

あやめがクーラーボックスを開けて「なれの果て」を本郷に見せる

「ええと、コイツの本体は?」

「魔獣オルトロスに美味しく食べられてしまったようです、断末魔は聞きましたから…」

「そうか…どうするよおい…一応シナリオの骨子は出来た物の、
 肝心の犯人が「これ」じゃなあ…」

本郷が「参ったなァ」という表情で頭を掻く。
上野がやってきて

「ああ、赤羽先生と申しましたか」

阿美は

「はい?」

「…私今回の事態はどう受け取っていいのか判りません、理解の範疇外です…
 でも確かにそれらは居て、その根本解決に貴女達が向かった事は事実です
 そして収まりました…消防からの提案です、少しの間彼が潜伏していたと思われる
 三階理科室を封鎖させてください、どのみち警察の方々が捜査にも入るでしょうし
 我々も加わって「そこで小規模ながら爆発事故が起った」という流れにすれば…
 あの…逃亡犯の有様も何とか説明が付くと思います」

本郷が

「そいつぁありがてぇな…阿美(弥生の愛人と言う事で当然知ってる)、
 学校の方へ協力を要請してくれ、折角消防が協力してくれるってんだ」

「あ…はい、では校長に連絡を…」

そこへ何気に岩淵志茂…ジャーナリストがやって来て、本郷に

「じゃあ刑事さん、「そういうこと」で見解宜しいですね」

本郷は彼女を一瞥し

「信用していいんだろうな、俺はまだお前の仕事ぶりをしらねぇ」

志茂はニッと笑って

「十条と繋がりを持ってる私ですよ、滅多な事出来ませんって」



本郷はその一言で納得した、そしてあやめに

「お疲れさんだったな、もういいよ、お前は良くやった、今日は上がりで
 明日は休んで呉れ、今回は余りに現実離れしすぎてたお陰で
 逆に連携取りやすかったわ、神田の人脈も早々に役に立ちそうだし
 「真相を見ちゃった人は兎も角」何とかなりそうだぜ
 直ぐそこの東八丁目篠路通り少し南に行けば「ガストン(ファミレス名)」あるから
 (財布から五千円出しつつあやめに渡し)なんか食ってから見舞いにでも行けよ」

「(お金は受け取りを断りながら)大丈夫ですよ、そのくらいはお金持ってます
 昇進したお陰とその割には使う暇がないお陰でw
 有り難く、休み頂戴しますよ、では…」

「休み明けにでも一応、報告は呉れや…まぁ理解の外だろうが」

「あ、はい、そうですね」

そこへ阿美が戻り、本郷に

「今から校長先生もこちらに伺いますって」

「おう、お前ももういいだろ、富士みたいに鍛えてる訳でもなければ
 弥生や「かわいい」みたいな特別でもないんだから、富士と一緒に
 飯でも食いに行けや」

「そうさせて貰える? すっごい疲れちゃった」

そこへ志茂も現れ、

「シナリオA+αって事で主要社には連絡しましたよ、じゃあ、彼女たちに
 インタビューイイですかね?
 私も報道の立場として祓いとか今回の事は知っておきたい…
 報道する為ではなく、報道出来ない理由を深く知る為に」

本郷が

「手回しいいなァ流石フリー、フットワークが軽いぜ、
 まぁ十条と繋がりがあるならお前さんも自分の立場はわかってるだろうし、
 でもその二人への質問も大概にしてやれよ、疲れてんだろーから」

ハンチング帽を被っている志茂は敬礼をして

「判っております、本郷警部殿」

そして、あやめと阿美に合流して去っていった。
現場は早速、組み上げたシナリオを実践すべく動き始めた。

「ああ、おい! 見物人のお前らで写メとか撮った奴! 全員消せ!
 そうだそれ忘れるところだったぜ! おい、捜査員!
 ここに居る全員の携帯やデジカメチェックだ!」

麻痺していた「火消し感覚」が戻って来て、映像記録だけは
徹底して消させに走った本郷であった。



数日後、改めて休日に全員の生活圏内の間というか
あやめとしてもちょっと遠いながらも碁盤の目の有り難さで
行きやすいところにある、北三十条東付近のケース2で出てきた
「ジャッキー・モリモリ」にて全員が集合した。

阿美が志茂を引き連れてちょっといい雰囲気で現れた事に「あれー?」
と言う感じではあるが、そこは大人同士、お察しである。
以下、少し時間を巻き戻してそれまでの経緯を追おう。



あれから自力で祓いの力が戻るたびに少しずつ傷を直した弥生はもう
ほぼ全快だが、その間、普通の探偵仕事は同業他社に紹介し、祓いだけを何とかやっていた。
葵は極度の疲労だけだったので入院は一日だったが、なにしろ弥生が価値観の全てって
子なので、弥生に面会時間ギリギリまで着きっきりで、裕子もほぼその状態。
阿美は一人だったり「ぐ…偶然そこで会って」と言いつつ志茂とお見舞いに来たり。

あやめは休みを頂戴したモノの、学生時代からの友人は居ないでもないが
GWに絡んだ突然の休みなんかに合わせられるモノじゃない、みんな大人なんだから…
暇を持て余し、結局弥生のお見舞い+お昼時や夕方に葵や裕子、
若い子達を連れて食事に行ったりと言った事で一日が潰れてしまった。
そして次の日からである、
動画が一部ネットに流出していてアカウント消去に動画の追跡数件…
幸いそれほど閲覧数の多いアカウント・動画ではなかったのであとは
再アップ防止のための手続きなどだが、肝心のアップ主数人がまた
正直にアカウント作成などしているはずもなく、手こずらせていた。

「富士警部補、ついでに本郷警部、イイですか?」

そんな事件後数日、特備係の開きっぱなしのトビラを敢えて叩く者
それは岩淵志茂…つい先日あやめにとっては彗星のように現れた人物である。

「ユキさんでしたっけ、どうされました?」

本郷はしけたツラで

「俺はついでかよ?」

志茂は写真とソイツの住所なりを調べた報告書を提示した。

「あの場で事件収束前から直後に掛けて、何らかの撮影行為をして
 途中で居なくなった人物で…警察の手が回ってない人物一覧です」

二人は喜んだ、救いの女神だ!

「一人頭五千円…格安で提供しますよ?」

矢張り情報屋…ただじゃあ情報は寄越さないか…二人は渋い顔をしたが、あやめが

「わかった、その情報、買いますよ」

そこで志茂が「おっと」とあやめを制するようにして

「その場で現金のやりとりはお互い不味いでしょ、これ、請求書ですから」

何とも用意のいい…しかしあやめは受け取って

「有り難う、すんごい助かったよ」

「また、使ってください、では…」

飄々と志茂は去っていった。

「お前の"エス"か、いい腕してやがるな、俺もあのくらい有能なの欲しいぜ」

あやめはそこで何だか

「あ、エスって言っても大正年間に流行った少女小説に於ける"Sister"じゃなくて…!」

といって理解不能って顔の本郷に

「何言ってんだお前、エスったら内通者、文屋だから広い意味での情報屋だろ?」

本郷ならそれを知ってるかと思って否定に走って滑ったあやめは赤面した。



場面は再び、ジャッキー・モリモリでの昼食会である。
葵は1500g、弥生は750g、裕子ですら600gという相変わらずの大食い。
あやめは前回の反省で一般的な量、阿美も志茂も一般的な量。
一息ついて、弥生・阿美・志茂の三人で喫煙所での一服タイムも終えた後

「あれからチカラの加減がおかしくてさ…あーまだ修行の余地あったか
 ってカンジなのよね、もっと薄く鋭く弱い力で大きな効力を発揮できるような…」

流石弥生だった、あのピンチの状況を修行に活かせると踏んだらしい。

「ボクも必要な瞬間「だけ」チカラ込めるようなやり方ちょっと掴んできた」

葵も葵なりの成果があったようだ、

「私は叔母様がやっていらした祓いの力の属性別効果を探求しまして
 コレがなかなか面白くてやりががありますのよ?」

裕子もいつものほんわかキラリン、弥生があやめに

「今回は火消し大変じゃないの? 公式見解はいいとして「漏れ」の部分とか」

「あー、ユキさんのお陰で助かりましたよ…収束したと言っていいと思います
 ここに食べに来られるんですからお察しですよ」

「それ「も」私の仕事ですから…w」

あの事件からこっち受けた「祓い」の方はそれこそ現場の監視カメラのみとか
そう言う小さな祓いだった事もあり、弥生立ち会いのもとで裕子が、と言う
流れでやったり、火消しも「該当部分だけ」という感じで何てこと無い日常が
戻って来た感じがある。

阿美が

「とはいえ、GWの後半は拳銃所持の逃亡犯のおかげで北区の…百合が原の辺り
 ちょっと緊張しちゃったから生徒達にはちょっとフラストレーションあったみたい」

葵がそれに

「そういえば、田端さんとか中里君とかさぁ、すっかりおねーさんの大ファンだよ
 合気道やろうかなだってさ、特に女子グループは」

裕子がにこやかにしつつ、弥生が

「いい事なんじゃないかな、姿勢とか所作とか良くなる部分もあるしね、
 武道として使うってものって意識からちょっと外せばイイと思うわ」

「叔母様の合気は合気じゃなくて殺人ワザだって言われたりもしますね、
 それが叔母様が五段以上になれない理由の一つだとも」

そういえば、魔階で彼女は相手の勢いそのままに投げた上、極めた間接からの
トドメとかを顔色一つ変えずにやっていた。
弥生は合気道を古来の武術…殺人ワザに連動させた独自のモノにしているようだ。

「ま、私の武術探求は「なるべく疲れないで相手黙らす」だからねー」

かるーく周囲が凍り付き、食事会も終了、あやめが代表して払うように見せかけ
志茂に六人分の情報料、三万円のお代である、志茂は

「毎度あり、またヨロシク、今度は指定も受けますから」

「まだ私もぺーぺーだから、色々教えて貰う事もあると思う、ヨロシクね
 …あ、といってもその…」

あやめが赤くなって何かを否定しようとする、志茂は笑って

「判ってますよw」

そして来た時と同じように、当然のように阿美の車に乗り込んで行く志茂に弥生が

「ええと、貴女達」

阿美がニッコリ

「お試し同棲中♪」

そしてさっと去って行く。

「どこもかしこもちょっとずつ事態は動いて行くわねぇ」

「先生、最近普通に機嫌いいと思ったらそういう事だったのか」

「ああ、コレでわたくし、身を委ねる人が一人減った感じですわ、
 あの二人の間にはいってしまいましょうかしら」

大胆なお嬢様に周囲は「おいおい」という雰囲気になりつつあやめが

「裕子ちゃんは多分…私の勘だけど、グイグイ裕子ちゃんの心を引っ張るような
 タイプじゃないとダメだと思うなぁ、物凄い積極的でしかも裕子ちゃんも
 一目惚れしちゃうような感じの人」

「そう言う方に会いたいですわ…いつになるやら」

「こればっかりはね、巡り合わせだから…」

弥生が裕子を撫でて、裕子はあやめが送りつつ、弥生と葵はいつもの通り、
皆がそれぞれの場所に戻って、また日常に仕切り直そうとしていた。


第五幕  閉


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