L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Sixteen

第二幕


「美濃と近江の中程…あんまり遠いのもなんだと思ったけど、中々丁度いい場所で良かった」

罔象が呟きながら山道を分け入り三人は指定場所へ向かう。
勿論三人とも能力は高められているが、八千代は八千代自身の詞で、と言うようになっていた。

「山道も疎ら(まばら)なこんな奥地が指定場所だなんて…」

桜は漠然と不安を感じた。
指定場所はやや近江側、高い山に立つと夕焼けに傾く琵琶湖が見える。

「良い風景です」

何はともあれ八千代はその風景を楽しみつつ

「…何か不思議な感じがします、知らない土地なのに、何か懐かしい」

そう言いつつ山道にまた入り、先へを急ぐ。
すると中々強い祓いの結界を感じる箇所があった。

「あの山小屋かな…」

罔象が言うと、一同はその山小屋へ向かった。



その山小屋、うち捨てられて可成りの年月は経っているようであるが、大豆が自生していた。
少なくともかつて誰かが暮らしたのは間違いない。

山小屋へ入ろうとした時だった、その戸が向こうから開いた。
お互いにちょっとビックリするも、扉から出てきた女性は。

「やあ、久しぶり」

すると二人が頭を下げ

「鈴谷様、久しぶりに御座います」

一見して鈴谷のほうが若い、見た感じ八千代と他の二人の間ほど。
詰まり数えで十八・九? そして八千代を見据えて、

「なるほど…、貴女が話しに聞く八千代様ですね、お初にお目に掛かります」

そんな鈴谷をして自分に頭を下げるとは何事なのだ、と八千代は思いつつ、自分も頭を下げて

「お初にお目に掛かります、十条八千代に御座います」

「あ、私こんな形して居ますが男で女には興味ありませんので」

「なるほど、しかしだからどうと言う事はありませんよね、良くお似合いです、お綺麗です」

そこへ罔象が

「しかし…鈴谷様が判定をなさるんで?」

「うん、八千代様の噂を聞きつけて騒いでるのが居てね」

「三人でと聞きました」

「そこなんだよね、私も考え倦(あぐ)ねているのさ…平均が取れるのやら」

そこへ八千代が

「あの、一つ質問宜しいでしょうか」

「はい、なんでしょう」

「私の噂って…どう言う噂なのでしょう」

「十条は祓いの伝えが途絶えかけているとは聞いておりましたが、本当に何も
 聞き及びでは無いのですか?」

「それが何にも」

「とりあえずお入りください、土間ですけどね」



「…十条の祓いが狙われている?」

囲炉裏火を囲んで八千代が声を上げた。

「はい、貴女様は京に近い御筋に御座います、それで…
 昔の武士…南北朝より前くらいの…その悪霊がざわめいておりまして」

「十条の祓いは確かに少ないと聞きますが、それほど?」

「今の世は二人ほど他方にも十条の祓いは居ります、強いのですが…でももう可成り
 地域に根ざした十条です、京の系譜には少し遠い」

「…なにか本家に纏わる因縁がおありのようで」

「まぁ…百年と少し前の話になりますが」

「長くとも伺います」

「それでは」

と来た時であった。
外から声が響く。

『日は暮れた、祓いの気配も増えた、来たのか十条の祓いは』

その霊の声に鈴谷は「気の早い…」と難しい表情をして中から外へ大声で

「もう少しくらい間を開けてもいいでしょうに、こちらも何も話さぬままと言う訳にも行きませんので」

『しかしもう抑えられぬ』

「何をです、貴方も元は武士でしょうに、逃げる物でも無し」

『そうではない、外を見ろ』

その声に罔象と桜が僅かな窓から外を見て愕然とする、軍勢と言っても過言では無いおびただしい武士の霊!

「これ…三人分では無いでしょう!?」

思わず桜が鈴谷に問うと、鈴谷は戸を開け、その状況を確認し

「謀りやがりましたか」

その表情は冷たく厳しかった、そして武士霊の中でも一歩前へ出た者が言う

『今は戦国の世、貴族社会は益々衰え下が上を屠らんというこの時期、何がおかしい事がある』

「テメェら…礼も忘れたか」

怒ると鈴谷は口が大変に悪くなるようだ。
そして鈴谷は三人に向かい頭を下げ

「申し訳ない…一騎打ちを望んできていて迂闊にもそれを信じた大和本家の見込み違いでした」

しかし八千代は割とあっけらかんと

「越えましょう、でなければ得られないモノがある、
 それが明日の朝日でも越えなければ拝めないというのなら、越える以外にありません」

「八千代様! とりあえず試験用に持ってきた刀だ、いつもの竹光は置いてこれを!」

といって罔象が八千代にそれを渡す。
腰に差した木刀はそのままに八千代はそれを受け取り、

「有り難う御座います、では参りましょうか」

正直一体一体は問題でなくとも余りに多い、二人の様子から結構位の高いのだろう鈴谷すら
厳しい表情をしている。
今ひとつ上がらない士気に八千代は言った。

「参りましょう、これを越えて私は方々を巡りたい、三人で」

その声に少なくとも罔象と桜は反応した、そうだ、この場を打開しなければ未来はない。
桜が素早く詞を唱え、自らと罔象にそれを掛け、罔象に強い目で頷いた。
罔象も薙刀を手に強い目で頷く、煌々とした赤い光が薙刀に染み渡る。
その様子に鈴谷も

「今この状況で一段上がったね、もう力に差は無いかも知れない、だから二人とも
 これを生き延びてお互い生きていたら、もう君らは私に改まる事なんて無いよ」

そして鈴谷が表に出ると、三人も後に続く。

「ちぇ、結界も破られつつあるや、私もまだまだだな」

鈴谷がそう言うと結界を解き、一気に武士の霊達がなだれ込んでくる!
桜が範囲詞で投網を張ると、捕らえられた霊達に向かい罔象が一閃する!
鈴谷も飛び詞を何連続も放って次々と祓うが何より矢張り数も多い。

『貴様か、十条の祓い人!』

奇しくも一騎打ちにならざるを得ない状況!

「十条八千代に御座います」

『一騎打ちを望んでいた事その物は偽りでは無い、我が名は東金 本納(とうがね・ほんのう)
 武士霊団二代頭領、この者達はただ我に付いてきただけの何処とも知れぬ雑兵よ、
 しかしかえって丁度良いので遣わせて貰った!』

「東金様、一つ伺いたいのですが宜しいでしょうか」

『言ってみろ』

「私を狙う理由とは」

『お前は十条でも京の血筋、育てばあれを持つ、そして十条の祓いには大変に苦しめられた
 お主は目が見えるようであるから祓いの目は持たぬであろうが、しかしそれに迫る実力は
 持つであろう事、余りに危険すぎるのだ、良いか』

「中々スッキリとしない返答ですが、一つと言ってしまったからには下げなければならない溜飲でしょう」

祓いの眼…?
と聞いて祓いの力で世界を見る事だろうと予想は付く、しかしその詞自体を知らない、
四條院にない詞ならそれはもう秘密中の秘密なのだろう、これは手間が掛かるな…
そう思っていると東金がやたら早い太刀筋で襲いかかってくる!
なんとか最初の一振りを受け、再び間合いを取ると

「…違う」

また刀を交え間合いを取る頃には

「これも違う」

と八千代は呟いた。

『何が違うというのだ?』

「…こちらの事です、それよりも東金様、刀に「畏れ」が見えます、
 何をそんなに気後れしておいででしょう、あ、これも一つお聞き致しますね」

『畏れ? 畏れだと?』

「はい、貴方様の太刀筋、私をどこか畏れている、何かそれ程までに不味い物なのですか
 「祓いの眼」というものは」

剣技だけなら免許は皆伝の腕、それは罔象も保証したが、武士霊団と言えばかつて
世にはびこり日ノ本のあちこちで苦慮した悪霊武士の集まり!
それを釣ろうというのか!?

『畏れか…そうかもしれぬ、お前をこのまま見過ごす訳には行かない
 お前の体に流れる…祓いの血には!』

「私の中に流れる祓いの血…それは十条とかそういう話しでは無いですね…」

また刀を交えつつ、少しずつ東金の刀が八千代を押す、
二人はまだまだ居る武士の霊に手一杯だし、そしてそれはコンビの状態では無い鈴谷も同じ事、
折角生まれてきた十条の祓いを今ここで潰す訳には行かないが、
下手をすると自分たちまで危うい状況!

「違う、これでもない…違う…」

それでも八千代は冷静に何かを探っているようである。

とてもじゃないが余裕があるとは思えないが、それでも八千代の頭の中では
何かを打開するのにそれが必要だと思っているのかその何かを探すのを諦めていなかった。
諦めていない、その様子にまた力が湧く他の三人、霊どもを早く始末しなければ!

激しい鍔迫り合い(つばぜりあい)の末、八千代の目に力が宿った。
東金はそれにまた条件反射的に間合いを置く

すると、八千代が目をつぶった!

「八千代!」

思わず罔象と桜が叫ぶ、「様」は付いていなかった。
祓いがどうのの前に肌を合わせたそう言う意味ではもっと生々しい仲間が敢えて作った隙に
思わず「何をしているんだ」という勢いで声が出てしまっていた、
しかしそこに鈴谷が

「もしや…」

目をつぶり、少し立ち位置を変え立ち尽くす八千代、

『獲った!』

東金がそう言ってから物凄い早さで八千代の背後へ回りその刀を…!

八千代の刀が頭領に刺さりそうになり東金はあとずさった。
そしてその面が割れる、息の荒い東金が

『お前…「まさか」…!』

振り返り東金を見据えるその目には光がなかった。

「やっと見つけました…しかしこれが本式か判りません、
 なるほど確かに全方位に全てが見回せる…しかしこれ…要る情報と要らない情報の取捨選択が大変です」

「祓いの眼を自力会得した!? そんな桁外れな!」

鈴谷がビックリした。

「いえ…色々考えまして知っている限りの詞から探して…既存の詞からでも作れるようです
 ただ…これは慣れないとキツいモノの見方ですね、広まらない理由も分かります」

と言って八千代は少し小屋に気を遣り

「例えば今小屋の後ろには犬と猫が居ます、痩せているのにどちらも母であるようです
 今この場で…それでも逃げないと言う事は彼女達も必死なのでしょうね」

『ええい! 犬猫と同列にするとはなんたる愚弄!』

また後ろから飛びかかってきた東金の刀を受けつつ、真正面に向き

「あ、申し訳ありません、軽んじている訳では無くこれは単にそういう事も見えるという話しです」

『俺を…俺を…俺を怒らせるなよぉぉおおおおおおおおお!!! 力が湧き出でる!! 煌々と泉のように!』

悪霊がその気を滾らせた

「はっ…! それです! 今のそれ! 大きな情報です!
 なるほど…ではそういう概念を更に…」

滾らせた気を纏い東金はいよいよもう他の三人には捕らえきれない早さで八千代の周りを翻弄し
深く切り込もうと一気に距離を詰め、八千代が反応するが…!

「あっ!」

八千代の右腕が二の腕から太刀ごと斬られ、更に宙で何度か斬られた!

「八千代!」

いよいよ二人の心が少しくじけそうになる、そんな時だった。

『直ぐ拾ってくっつけられては意味も無いからな…ははは、如何する?』

八千代は祓いによる血止めだけを施しその目に光も戻し、

「うん、矢張り祓いの目はキツいですね、全盲の方でしたらこれは物凄い助けですが、それに私…」

といって八千代はいつもの訓練用竹光を左手に取った。

「こちらの重り入りの方がやっぱりしっくり来ます、罔象様はいつかこれに
 代わる太刀をわたくしに持たせるお積もりだったのでしょう、であれば
 今この場で私が振るうべきはこっちです、試験用の太刀は短う御座いました」

『だが、もうお前は片手、腕を接ぐのも結構な手間が掛かるぞ、それで如何する』

「どうもこうも…使えますよ、こんな事で凌駕したと思うのは貴方にとって命取りですよ、東金様
 私は今この短い戦いの中ですが沢山の情報を得ました。
 そうぞ、いらしてください、もう畏れる物も無いのでしょう?」

八千代はその竹光を右腰に差し直し、東金の次を待つ。

『幾ら言葉を載せても竹光は竹光…! 終わりだ! 行くぞ!』

全力の早さでどこから来るのか判らない動きで動き回り、そしてここと思う位置で振りかぶり
物凄い早さで迫りつつ八千代に刀を!



『馬鹿な…』

確かにその一撃で竹光は折れた、しかしその右に指された鞘から一閃されるその時に、
斬ったはずの右手が光を持ってきちんと両手の力で下から上へ東金を切り裂き、
そしてその祓いの左手でぽんぽんと泣き別れた霊を叩くとそれは浄化し、消え失せて行く。
その間も無いはずの右腕で竹光は「手に持たれていた」

「色々見えてきました、色々応用も出来ました、有り難う御座います」

消えゆく東金を見送る事無く、折れた刀を左手に、その刃を右手…? と言っていいのだろうか
「祓いの腕」とでも言うべきそれが握り残りの武士の霊達も相手にし出した!

「祓いの手…、即興でそんな物を編み出すなんて!」

鈴谷が感服しつつ、こうなったら残りは僅かだ、二人も心を燃やしとにかく危機を退けた!



無傷の者は無い中、八千代が言った

「霊には霊の波動があります、その波を自分の波に合わせてください、
 そうすれば、すぐにも怪我は良くなるはずです」

鈴谷が思いきり感服して

「流石です…、しかし八千代様も右腕を探してください」

「あれっ」

八千代のその素っ頓狂な声に全員が驚いた。

「ああ、既に猫と犬の腹の中ですね、どうも子供が居るらしいその二つの動物に自らの身を捧ぐ
 それもまぁ良いでしょう、ただ一つ」

「ただ一つって…八千代、腕だぞ?」

「平気です平気です、罔象様、どうか私にその薙刀を投げて寄越してください」

罔象がそれを投げる、無いはずの右腕にまた光が発せられ、右腕となってそれを掴んだ。

「祓いの眼は正直私には過ぎたモノです、でも…この祓いの腕…いいかもしれません
 それにしても判ったような判らないようなは肝心の一体「十条の何がそれほど」ですよ」

そこへ桜がやってきて甲斐甲斐しく八千代が痛くないように詞を掛けていた。

「ああ、桜様の詞は大変馴染みます」

「でもそれにしても片手なんて…、例え祓いの手が使えるといっても決してこれから楽ではありませんよ?」

「悪霊霊団二代頭領を斬りました、あれくらいなら行けましょう、それでいいです」

そこへ鈴谷が

「そのお力確かに認めました、良ければこれから都へ行きたいと思うのですが」

「今からですか?」

「何を今更ですよ、明日の朝には着けるでしょう、全員で急げば」

とにかくここではまた何か起こるかも知れない、とりあえず京に向かう事にはしたが
この場を去る際に、八千代は振り返り

「その腕は特別ですよ、人の味は覚えないでくださいね、生き延びたければ」

と、自分の右腕を食った犬と猫に声を掛けた。
本当に何も思っていないようだ、そして八千代は優しいのだなと改めて思った一行だった。



十条本家に四人は招かれた。
都の祓いの多くは集まってきていて固唾をのんだがその前に本家当主が

「八千代、右腕は如何した?」

「見えないだけです、必要とあればいつでもあります」

そして奥から刀を一振り持ってきた。

「四條院鈴谷どの、八千代は相応しいと思うだろうか」

鈴谷は言った

「八千代様以外にないかと」

「そうか、左手一本で受け取れるか?」

すると八千代は涼しげに

「どうぞ普通に両手で」

といって渡される刀に八千代は祓いの手を使い両手で受け取る。
祓いでないものにとってはそこに半透明の光る手はあるように薄く見える

「この刀…物凄い刀ですね…歴史もある…心も沢山ある…凄い…このような刀を
 わたくしが受け取る…それが試験だったのですね」

そこへ当主が

「二百年前に当家の八重が、百年前に当家の弓が、それぞれその刀を使って受け継いできた」

そこへ八千代はまた目をつぶり

「百年前…なるほど…弓様は全盲であったようですね…それで祓いの目が必要だった…」

八千代は左手で刀を抜き、右の半透明な祓いの手で触れ、

「名は稜威雌…神も宿っているとは…美しい…そしてなんという名刀…」

そんな事も判るのか…、祓いの手…!
鈴谷は畏まりながら

「野太刀稜威雌、先代弓様には四條院本家も天野もこの京都も大変に助けになりました。
 今ここに貴女様がそれを本家から…いえ祓いの伝統から拝領出来ました事は
 大変に喜ばしく思います、そして先日の武士霊団こそは弓様を畏れ
 弓様ばかりを付け狙い、何度も挑んでは散り、そして葬ったはずの物であったそうです」

「あんな戦いを沢山繰り広げていたのですか、頭が下がります」

「それで…その刀を拝領しましたらこれが本当の初仕事になります
 そしてこれは…桜、罔象、勿論三人寄る仕事、三人でなければならない仕事
 こちらに詳しい要件は書いているので、よく読んでおいてくださいね」

三人が受け取る、そこへ十条当主が全員に言った。

「十条もいま裕福とは言えない、
 だが君らがこちらへ向かう道々に獲ってきた獲物…精一杯それで持て成そう」



余談になるが、時は戦国とあって征夷大将軍という地位こそあり、正確にはまだ室町の時代であるが
その権威は落ちるばかり、群雄割拠で国取りの合戦などがあった時代にあって
祓いの立場も困窮した時期であった。

奈良の四條院本家こそは流石に祓いの総本山で長く奈良にある事もあり盤石であったが、
基本的に地方地方はそれぞれの領主・大名に先ずは認められなければならないという七面倒臭さ、
天野と言った古くから民間で祓いを請け負ってきた一族などは気にとめない方向でと思ったが
矢張りいざというときに権威は必要だと思い知った時でもある。
十条は役人としての地位は守りつつ朝廷側なわけで、今はまさに堪え忍ぶ時期であった。
商人としての十条が全国に堅くネットワークを張り巡らす事で何とか全体の金銭的な面は守られた。

時代は確実に変わろうとしていた。



試験とは言え予定外の出来事に皆が皆新境地を開かねば超えられなかった苦戦、
鈴谷はまた酒が入ると気が大きくなるのか八千代を始めとした三人を褒めた褒めた。
豪快なようで平均を保つ意志の強い罔象が十条に謝りを入れつつ
鈴谷をなだめ、少し風に当たりましょうなどと縁側に連れて行ったりと周囲の笑いを誘う中、
片腕になったばかりの八千代は「常には祓いの手を使う気は無い」らしく、
片腕での生活に慣れようとしていたが、何せ利き腕を失った訳で箸も上手く使えず
桜が甲斐甲斐しくそのフォローをしていた。

「弓は四肢を断たれても死したばかりの同じ年頃の手足を紡いだと聞く、
 出来るはずだがそれをしないのは?」

十条の誰かが左手の箸で苦戦しつつも目当てのものを食べてご満悦な表情を浮かべ

「…恐らくは弓様もそれは余りに非常時と言う場合で御座いましたでしょう
 相手の人にも悪いですし、私の腕は飢えた母猫、母犬の血肉となってその子へ継がれる事でしょう
 それはそれで良い事です、それに今の世は国取りの世、各地でこう言った方々にも巡り会う事でしょう
 そういう霊にも巡り会う事でしょう、その時に私が不自由なく生きている姿を見れば
 また何かを伝えられるかと思いまして…」

エエイ面倒だと大きな肉を鷲掴みにしつつ

「…とは言え、私の場合は祓いで両手と変わらず過ごす事も出来ます、
 ある意味自己満足と言えるでしょう、偽善のようなモノかも知れない。
 しかしまた、あの東金様のようにそれで油断をなさる悪霊あればある意味有利とも言えるでしょうし
 これが利となるか不利となるかはまだ判りません、これをまた新たな試練として
 私は進みたいと思います」

そしてその肉を頬張る事のなんと美味しそうな事だろう。
つたね聞いた弓の健啖をまた見る思いの一同であった。

弓の全盲を祓いで補うまでは無いが、何か荷を背負って生きたくなったのであろう、
誰もそれを責められも止められもしなかった。



次の日はまた鈴谷は本家へ戻る、三人は初仕事で別方向に分かれそれぞれ旅立つ、と言う朝。
十条のひと達にも玄関先まで見送られ、門をくぐって「では」と二手に分かれる時、
八千代が鈴谷を呼び止めた。

「なんでしょう?」

少々酒が残ったか頭を押さえる鈴谷、八千代はそれに

「昨日の試験…祓いの目で全てを感じました時…申し訳ないのですが
 貴方様の体の中まで見えてしまいました、その時判ったのですが…
 貴方様は確かに男性でもあるのですが、女性でもあるようです」

「…は?」

「桜様より聞いた事のあるかつての四條院の恋物語のような…
 好いた人を思うが余りに祓いの力で性を変えてしまった…と言うのでは無く、
 貴方様は生来の両性具有者のようです、少々発達が悪いようですが確かに貴方様の体には
 子宮が御座いました」

「…ええ…? ぇぇぇええええええ!?」

本来驚いてもいいだろう罔象や桜よりも本人が一番驚いていた。

「それでですね…申し訳ありません、慣れない左手での認めなのですが」

そこには確かに下手なれど利き手では無い逆手と思えば綺麗な字と共に絵と細かい解説があり、

「西洋の医療や漢方でも実践的なモノをやっていらっしゃる方に意見は戴かないとですが
 記した方法で上手く行けばあなた様は女として生きる事も出来ると思うのです」

その書面と八千代をとても動揺した感じで順番に見る鈴谷。

「わたし…女に?」

「はい、ひょっとしたら何かしら医学的な術式も必要になるかもしれません。
 大豆や、柘榴(ざくろ)にもそれを助ける成分があります、馬の卵巣の成分を使う
 わたくしのやり方は少々危険かも知れませんのでどうか専門家の指示を仰いでください」

馬を指定したのはそれが割と定期的に手に入りやすい事からである。
そこもまた時代によるものと言えるのかも知れない。

鈴谷がわなわなと手を震わせ

「私じゃあ…あの人の子を産めるかも知れないんだ…」

思い人がいるらしい、罔象や桜はそれを知っているらしく、見つめ合い微笑んで

「それはいい、鈴谷様の血を継いでください」

鈴谷はすっかり酔いも抜けただただ頭を垂れて

「八千代様…貴女様は一生の恩人です!」

「礼は…とと様にお願い致します、とと様の蔵書や知識のお陰、もう一人居るとしたら
 祓いの眼を持った先代の弓様になりましょうか、彼女にお願いします。
 祓いの眼でその時必要なモノとその時はいらないモノの取捨選択は大変難しかった。
 弓様も全盲からの一転全てを受け入れなければならない事態に戸惑った事でしょう」

「祓いの眼については…弓様に祓いの眼を授けたフィミカ様にお目にかかれば…
 しかしあの方は、あの方こそは一所に止まらずふらりとあちこちに放浪しておられる方
 縁があれば会うでしょう」

八千代はまた新たな事を知ったぱっと明るい表情で

「モノの理(ことわり)だけで無い何かの種をまた一つ知りました、ではお元気で」

お互いに深々と礼を何度もして二手に分かれ京を去る。


第二幕  閉


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