L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:TwentyOne

第二幕


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弥生は考えて居た、しかし何故恐怖のまっただ中の部分だけを、
カズ君との関わりの濃いところだけが繰り返されるのだろう、自分は確かに
助けには入ったし、彼女は確かに自分の手を取った、生きたいはずだ、
確かに恐慌状態からの鎮静で記憶に混乱をきたすかも知れない、
でもそれにしても何故「そこだけ」…?

そして、小声でイヤホン越しに竹之丸のカウントが始まり、

弥生が葵に指示をして大宮珠代の病室の窓の外に待機させ、

「大宮さん、来たわ、窓を開けて」

努めて平静、下手に切羽詰まった感を出さずにあの時のように軽く声を掛け、
続いての短いカウントで葵が窓をノックする。

それらはほの青い何かの波となって大宮珠代に伝わっているのが判る。

その時、大宮珠代の右手がピクッと動いた。
流石に冷静だった看護師も驚き、これがただのお遊びでなく本気で行われている
「治療」だと考え直し、モニタリングを続けつつ、患者の容態にも気を配る。
竹之丸より上の年と言うこともあって懐疑的だったのだが、流石に
今までと違う反応が起きていることは認めざるを得ない。

そして、SEとして重い足音が木造の家をキツそうに、でもそれを意に介さないように
駆け上がる音が響き渡る。

大宮珠代の体が緊張で固まる動きをする、心拍も脳波も「いつも通り」
ただ一つ違うのは、それによって肉体が反応していること、

流石に短時間で病院の窓のスペアまでは用意できなかったのでやむを得ず
葵はあの時のようにテープを窓の鍵近くに半円で貼り、手刀でその内側を割って
鍵を外し窓を開放すると、ドアが乱暴に開けられるSEが響き渡る。

大宮珠代の緊張が激しくなり、一瞬看護師が動きそうになるが、竹之丸はそれを止めた。
竹之丸は冷静だった、今ここで多少の事があっても即死でなければ弥生が絶対何とかする、
その信頼で点滴等の針が多少ズレても、そのまま続けさせた。

そして研修医君が急遽用意された床とカーペット代わりの足場を走り込み、そのまま倒れる!
『これでいいんですよねぇぇぇええ』と思いながら

その体を葵が両手で支える、支える部分は手だと研修生君の肩が脱臼するかもしれないので
体を支える部分にシリコン製のパッドを張り付けて生身のぶつかり合いっぽさを演出する。

脳波で一瞬空っぽというかフリーズしたような箇所の直ぐ後

「おいで」

弥生が月光を背に青く光る手を差し伸べた。
吸い込まれるように大宮珠代の手や体が動き、そして弥生の手を掴んだ
その時、弱々しくではあるが彼女が目を開けた!

瞬間、弥生は彼女を起き上がらせつつ、右手にも青い光を点し、そして、
大宮珠代を抱き留めるようにしつつ、その手で彼女の頭をポンと優しく押すと…

「!!!」

その場に居た弥生以外の誰もが驚く、大宮珠代の頭を中心に体から
何か「穢れた」と言うことだけは判るモノが剥がれて行き、そしてそれが
研修生君に対して飛びかかって行く!

次の瞬間には弥生は大宮珠代をベッドに座らせ、研修生君に取り憑こうとしている
「それ」に対してまた同じように研修生君の頭を中心に祓いの掌で「それ」を更に押し出す!

「それ」は人に取り憑くことを諦め、廊下で形になって行く、それは…

「え…カズ君!? なんで!?」

葵が心底驚く、トドメを刺したのは自分、確かに胸に風穴を開けて頭を砕いた!
弥生が領域指定を廊下の幾分かにだけ縮小しつつ

「恐らく私達の着く前…電話より前…暴れる彼と目が合ったのではないか…
 と言う予想、その時に彼女の中にこびりついたのよ、祓いからしたら
 検知不可能レベルまで小さな思念がね、執念と言ってもいい、
 大宮さんを手に入れたいという執念ね」

そこで竹之丸が

「そうか…、都合良く「危機」の場面だけ、対面するまでなのは…
 自分が大宮さんの意識の中で記憶の中でその存在を確定している間だけ、
 その悪夢を何度も何度も半年繰り返して彼女の体力やら何やらから
 そこまで育っていたって事か…!」

「マルが半年で「悪夢がループしている」と言うことに気付いてくれて良かったわ
 もう少し発見が遅れていたら完全な夢魔になっていたところよ」

大宮珠代は繰り返された悪夢を正確に数えていたわけではないが、
それを意識の底では「また繰り返している」と思いながら過ごしていた。
まだその脅威が続いているのか!?

折角助かったはずなのに、折角脅威から離れたと思っていたのに
珠代が絶望に包まれ頭を抱えうずくまるのだが、
そこを柔らかく抱き留めたのは葵だった。

「アイツ…弥生さんの行ったとおりだよ、しつこいと嫌われるよ!」

抱き留めた優しさはそのままに、葵は闘志を燃やしてカズ君夢魔を力強く見据える、
それは打破するつもりの心、強い心、珠代はその葵の表情を見て顔を上げた。

そして葵はその場を看護師さんに任せ、一直線にカズ君夢魔に拳を振るいに飛びかかる!
その身体能力、そう、確かに見た、小粒なほぼ外人の子なのに、
その体でカズ君に立ち向かって組み合い、一歩も動かなかったその姿、
もう一度、あの時とは少し違う時間の進み方を感じ、絶望に包まれた珠代に
また希望の光が点る。

弥生の横をかすめ、カズ君夢魔に殴りかかる葵、しかしその拳の周辺の霊塊が散り、
葵の拳を抜いた腕に纏わり付く!

「えっ!」

葵の表情が驚きに満ちる、その霊塊は更に小さな手となって葵に纏わり付き始めた!

「こんのぉ!」

左手で自分の右腕に絡みついた霊塊を殴ろうとする物の、それも直前で散られ、
そして左腕に纏わり付く!
弥生がぽつりと

「ヤレヤレ、ほんっとしつこいと嫌われるゾ?」

葵は全身から沸き上がる怒りを拳ではなく全身そのままに吹き出し、
祓いの気を纏うわけだが、カズ君夢魔は間合いを取り、また元の姿に戻る。

「これ…どーするの!?」

葵が弥生に問うと

「私の領域って物理攻撃なら多少のことではびくともしないんだけど…
 このタイプは厄介だわ…、下手に動き回らせると指定領域をすり抜けられるかも」

「でも殴ったら直前で逃げるってことは…」

「ええ、祓えば祓えるわ、さて…」

少し膠着状態に陥った時だった。

「弥生、そこすり抜ける間私を守ってくれる?」

竹之丸がそう言いながらも廊下に指定された領域に分け入ってきて、
壁ギリギリでカクンと曲がり、急ぎがちに廊下をある方向へ向かう。

すかさず飛びかかろうとするカズ君に対して弥生は速攻で領域をより強く、
そして狭めて竹之丸を領域外に置く。

カズ君夢魔はその狭まった領域にアメーバのようにへばりつき、
多少祓われることになろうとも竹之丸に取り憑こうという動きだ。

葵がまた殴りかかりつつ、弥生は指定領域の竹之丸側を二重に、三重にして行き
その間隔を狭め、しみ出そうとするそれを更に大きく祓おうとする!

そこは動物的欲求と反射で生きたカズ君が元なだけはあり、その手が通用しないとなると
また追い打ちを仕掛けようとする葵の体をかすめるように後ろ側に形を表す。

じりじりとした攻防の中、竹之丸が急いで戻ってくると、その脇には

「観音様!」

葵が声を上げる、少々息も上がり気味の竹之丸が

「そうそ、アタシは医者だ、何よりも先ず患者を守らないと。
 祓いも何もないけど、そういう相手にはこの人でしょ、そうすれば
 少なくとも弥生、病室側は守られること確定だ」

観音様の声が弥生と葵に届く。

『そこにある魂は…それからこの部屋を守れば良いのですね?』

葵が霊会話と同期して

「お願い! 大宮さんを守って!」

「有り難いわ、流石マル、リスクを冒すだけはある事をやってくれる」

「そりゃー「祓いを科学にする」なんて大見得切ったからにはねぇ
 と言うわけで病室内は守られる、中のみんなはひとまず安心して、
 あ、大宮さんの看護は宜しく…それと…はい、役目は終わり、今重り外すわ」

看護師は珠代を落ち着かせ、竹之丸は研修生君にくくられた重りを外して行く。
その様子でなんとなく珠代も「何故目覚められた」かが判った気がした。
自分を悪夢から救うために、今ここに居る全員が戦っているのだと言うことを!

「…参ったな…疑問に思うのがもう少し早ければ…」

「うん? どうしたの弥生さん」

「「あの時の再現」って事で置いて来ちゃったのよね…」

「あ…稜威雌…」

「そうそう…葵クンの早さはギリギリで見切られているけれど、
 さて、私の切っ先は躱せるか…と思ったら無いんだもの…ヤレヤレよ」

「取ってこようか?」

「葵クンも私も常に祓いを体中から放出するわけには行かない…、
 この領域指定は私達にとってもカズ君にとってもリングなのよ、
 死に物狂いで葵クンを外には出さないようにするでしょうね」

部屋の奥から竹之丸が研修生君の重りを外しながら

「もう一度アタシ行こうか?」

「そうそう何度も同じ事は繰り返させてくれないと思うわ」

「うーん…粘れば誰か彼か呼べるんだろうけど…」

「そうね…裕子…光月辺りもいいな…」

「電話しようか」

「まあちょっと待って、今この時期にいきなり呼び出すのは流石に悪いわ」

「イヤでもそれでピンチって言うんじゃお仕舞いだろう」

「そーなんだけどねぇ、ああ、私の格好付けは治らないわ、ホントに」

「美学も過ぎれば同じ轍だぞ、あまり稜威雌を泣かせたら初代が祟るかも知れないよ?」

弥生はビクッとして、明らかに狼狽し

「それは…無いと思いたいんだけど…勘弁かな…絶対頭上がらないし…」

「そうか、弥生さん絶対に頭上がらない人五人居るんだもんね、
 フィミカ様入れて六人か」

「フィミカ様は別格としても歴代五人には絶対頭上がらない、無理無理」

そこへ突っ込んでくるカズ君夢魔、弥生と葵は華麗に左右に展開後、
それぞれの触れる祓いを…と思うわけだが矢張りそこは読まれてしまう。

「どうしたものか…」

弥生が呟いた時、カズ君の居る辺り四辺に石が投げ入れられ、そしてそこから結界が!
この技は…!

「観音様の声と葵クンの声が聞こえました!」

「丘野さん! どうしてここへ!?」

「もう上がっているはずの先生が戻らないし何も連絡も無いから
 何かが起こっているんだなって、来ましたよ」

「ナイス過ぎるわ、丘野、二人を引き合わせて良かった…!」

「そして…弥生さん! いいのかなとは思いましたがどうぞ!」

余り近づけないながらも弥生が投げてもいい、という手つきをしたので
弥生はカズ君に勝利の笑みで丘野の結界は領域指定力より強いことから
領域指定を更に締めて締めて最後に投網どころではない、
まるで布を被せるかのように目の物凄く細かい祓いの網をカズ君全体にぴっちりと
隙間無く締め上げられるようにして、

そして葵の拳に自らの祓いを載せる。

「殺ってお仕舞い!」

見えた勝機に葵も元気よく

「アラホラサッサー!!」

そして投げられた稜威雌が弥生の左腕にキャッチされる

あの時と同じように、葵は先ず胸を打ち抜き、そして頭を砕く!
それはもう問答無用で絡まった祓いと共にキラキラと浄化されつつ雲散霧消し、



更にそこへ弥生の稜威雌が真っ二つにした上切断面から逃げられないように
絡みついた祓いの網が断面を埋めて行き、そして更に弥生のほぼ見えない太刀捌き、
金属の…刀の翻る音だけが聞こえ、カズ君をどんどん細かく細かくして行き、
可成り小さな物になった時に、そこへ葵がトドメの拳を打ち付け弾けさせる!

「おっと、昇華に紛れてどこかに行こうなんて許さないからね、カズ君」

弥生がそう言いながら稜威雌であちこちの欠片を斬っているようだ。
最後、ふらふら〜と無害な霊の振りをした欠片が何気に部屋に張り込んだそれも
リーチを活かした突きでそれも浄化させる、

弥生は稜威雌を収めて両手で病棟全体に行き渡る祓いを染み渡らせ、

「行き場所なんて無いわよ、もう貴方には完全に消えて貰う」

そして、時々チラチラと何かが浄化していって、それももう無くなった。

「祓い完了、と…いやぁ、丘野が来てくれて助かったわ
 悪かったわね、突然のことに最善を尽くしてくれたわ」

「いえ…、でも丁度いい時のようで良かったです、先生、無事ですか?」

竹之丸が出てきて

「無事よ、弥生、観音様戻してきてあげて」

「おっけ、みんなお疲れ様」



後片付けなどでゴタゴタする中でも看護師は冷静に、
でも先ほどのどこか冷めた冷静さとは違う、この病棟に配属になった「意味」を理解し
自分の出来ることをテキパキとこなしていた。

珠代はスープ類で軽く胃を慣らし、体を清潔にし、看護師はこの際だからと
ベッドメイクから何からできるリセットは全部した。

珠代の体力増強は弥生が祓いで担当した。

「あの…有り難う御座います」

誰に言うとでも無いようで、それは弥生に向けられて珠代が言った。

「ここに居る皆に、と言うことで受け取るわ」

「はい、それも、皆さん有り難う御座います、でも、あんな…今思うと
 あんな何も言えなかったような電話一本で来てくれたから…」

そこへ弥生は病室に膝を付き、帽子は脱いでいたので結構綺麗に頭を下げ

「でも、ご両親は間に合わなかった、申し訳ない」

珠代は矢張りそこに何も思うところがない、と言うわけではなかったが

「それでも…探偵さんにいきなり助けてとだけしか言えなくて、
 それでも来てくれて、助けてくれて…そして今
 いつまで繰り返すのかと思っていた記憶の繰り返しも断ってくれました
 そこで貴女が…ただの探偵じゃなかった縁というか…
 だって私の最初の依頼ってそれとは全然関係の無いところだったし…」

「それについてはそうね、何かの巡り合わせだったと言う感じかな
 貴女は直接の被害者だし、そして何もかもを見た…
 これからの提案は二つ…記憶を操作することも私は出来る…
 「肝心なところ」をすっかり消して、何か大きな事故でこうなった
 という新たな記憶で再出発するか…」

珠代はそこで

「それはやめてください、何があっても私の身に起こったことです、それを消すなんて…」

「いいのね?」

「はい…」

そこで弥生は「きな臭い舞台背景」以外の顛末を話した。
この世には霊や魔があること、それを現実と結びつけるための術がある事
そして自分と葵クンはそれを祓うのが本来の仕事である事、
そしてこの病院は、そうした「不明案件」の患者などを扱う病院である事。

「いきなり全てを信じろとは言わない、でも確かに現代科学では
 「原因不明」としか言いようのない事例もあって、あなたは「その被害者」なの」

珠代は確かに全てをいっぺんには受け入れられないという難しい表情をしたところで

「はい、そのくらいにしてください、もう大宮さんの体力は限界です」

脈などを取りながら看護師は矢張り冷静に「ハイ、それまで」を入れた。

「とりあえず、何を胸にしてもいい、生き延びたなら生き延びて欲しい
 …ああ、貴女にかかる費用とか当面の生活費とかは、あの地域で宙に浮いた
 色々な資産で国庫に返還される分から割り当てられているわ、気にしないで
 とにかく養生に励んで」

そこへ葵もやって来て

「何があっても、例えそれが運だったとしても、それも大宮さん自身の力だよ!」

弥生が葵の頭を撫で、「さて」と後片付けを終え、看護師は珠代を寝かしつけ
静かになった病室で知らない間に過ぎ去ってしまった時間を少しずつ感じ始めた。
割ったはずの鍵近くの窓はいつの間にか直っていた。



取り敢えず関わった全員での軽い打ち上げ。
とはいえ総数七名なのでそう大した食事処でもないのだが。

「愚問だけど引き継ぎ大丈夫よね?」

竹之丸の言葉に看護師は少しお酒も入って勢いよく

「当たり前ですよ! プライベートが云々抜きに当分自殺防止に努めます!」

「アナタをスカウトして良かったわ」

「オカルトチックな物を見たことがあるか、それを現実でもあり得ると
 受け止められるかなんて質問に正直「ハァ?」って思いましたけど、
 病院あるあるみたいなのは見てましたし、場所が場所だからとは
 思ってましたからねぇ、でもまさか目の前でそれが起きるとは思いませんでしたけど!」

そこで研修生君が

「あ、それで自分ですか…、病院あるあるくらいの物か、そういう部署でいいのかな
 とか思っていた程度でしたけど…」

少し酔った勢いの増した看護師が饒舌に

「ねぇ! まっさかだわ! あははは!」

でもそれを陽気に笑い飛ばせる、少なくともこの看護師はいい働きをしてくれるだろう
それが感じられて弥生や竹之丸は満足そうに微笑んだ。

「丘野さんもすっかり通いだねぇ」

葵が食べるのに夢中になりつつ話しかけると丘野は顔を赤くして

「いや…、今日はちゃんと行くと言ってあった日で、
 というのも論文書こうと思ってね、そういう物も選考になる場合もあるからって」

「でもそれでどうして?」

「え、だって先生のところの蔵書があれば大概の資料は揃うから」

「ああ、そっかぁ」

「そして、その添削もして貰う予定だったの」

「てんさくって?」

「この場合は…論文の形式に沿っているか、誤字脱字、文法上の不自然、
 そういうのをチェックして貰うの」

「あー、なるほど、で、マルさんが来ないから」

「多少は遅れることもあるけど、そう言う時でも先生は連絡は呉れるから」

「そうかぁ」

そこへ軽く飲んでいるだけの竹之丸が

「実は半ばわざとなんだ、途中で気付いてた、でもいざ本番前…となると
 本気で忘れていたけどね」

「あ〜やっぱり半分誘導でしたか、そういう狙いもあるのかなって
 要するに病院の方に行かないとならない何かがあるのかなって」

「すごいねぇ、すっかり以心伝心」

弥生は食べているので喋らなかったが、丘野に向かって強い表情で
サムズアップをして見せた、丘野はそれもちょっと顔を赤らめて喜んだ。
祓いとしては弱い自分なりの貢献が、でも勝利への一歩に成れた、
師匠の師匠、雲の上の存在の弥生に褒められたという事は矢張り嬉しい。

そんな時に看護師が

「この刀でっかくない?」

先ほど稜威雌を置いてきたばかりに即応出来なかった事もあり、
店内まで稜威雌を持ち込んでいた弥生、流石にちょっと咳き込みそうになりながら

「真剣だから、気をつけて、触れるのは構わないけれど…」

そこで弥生は思いっきり情けない表情で

「壊さないでね」

「まっさか抜こうとまでは思ってないわ…w うわ重っ!
 良くこんなのヒュンヒュン振り回してたね!」

「こう見えて鍛えてるから」

何かちょっと調子狂うテンションだ、弥生の表情はそう言っていた。
稜威雌はもう弥生の命と同等に近く大切なモノ、それ以上に歴代の…
特に初代の思いを踏みにじるようなことがあってはならないとハラハラしている。
その様子に、事情を知る葵、竹之丸、丘野は可笑しさがこみ上げた。

「まー山手主任も随分立派だけどアナタも立派よねぇ! ねぇ!」

研修医君に同意を求めて飲み物に手を付けていた彼は噴きそうになった。
そ、そんなことを言われても…と言う感じで。
弥生はそこへ冷静に

「でも、私もマルももう予約済みだから、残念ね」

それを言われると笑っていた三人もちょいと赤らむ。

「あ〜〜〜、そういえば主任も何かその子とアヤシいですよね〜〜〜ビアンです?」

向いていた矛先が自分に向かうと竹之丸も少々困った、
と言う時に弥生は物凄く静かに冷静に、でもきっぱりと

「そう、マルを「こっち」に引き込んだのは私」

そう言ってまた食べ始めた、この調子狂う酒の入った人に対して
もうそのペースを掴ません、とばかりに言った。

場が凍る、竹之丸はカミングアウトとか言う以前に色恋そのものが不得手で
丘野はウブだし、言うに言えないことではあったのだ。

「うわー、いや、学生時代の友達にも居るんだけど、ここまできっぱりしてなかったわ
 大変じゃなかった?」

でもそこで看護師から出てきた言葉はなるほど看護師らしい気遣いだった。
弥生はにっこりとして

「まぁ、それなりにはね、でもどうしようもなかったから」

「うんうん、まぁ色々大変だろうけど、主任も頑張って!」

竹之丸の背中をパンパン叩く、ちょっと気まずそうに竹之丸も飲みながら頷いた。
丘野はもう本当に真っ赤になっていて、食べる動作の途中で固まっていた。

だがこの場で一番困ったのは研修生君だろう。



明日もあると言うことで二時間ほどで解散となるのはいいのだがもう竹之丸が
照れ隠しで飲んだせいもあり饒舌になりつつ結構な泥酔状態に。

「まーあの場で飲むなとは私も言えなかったわねぇ」

弥生が車で送ることとなり、とはいえ、祓いで酔いの回転は早回しにして
もうほぼ醒め掛かった状態になっていた。

「悪いわねぇ、アタシもまだちょっと人付き合いは苦手なんだわー」

「いや、私も結構苦手…だから止められなくてね」

結構探偵業で芝居出来ていると思えると思えば矢張り本音の垣間見える場での
トークという物は弥生はどうも苦手であった。
学生時代はそういう面を亜美に任せて居たと言うこともあって秋葉を代表する
学生時代からの友達や同学年含む先輩後輩からは物静かな人と思われがちである。

「いやー、まぁいつかはと思ってたけど、突然のカミングアウトになってしまった
 明日結構何言ったらいいのか困っちゃうなぁ」

そこへ葵が

「いいじゃん、ありのままを話せば」

「そーなんだけどさー、人並みに人付き合いがあったならそれも言えたんだけど
 そういう人生じゃなかったからねー」

弥生も結構シケたツラで

「急に開き直れる物でも無いわよね、まぁ…私の場合それが亜美だったから
 いいや、と思えた節はあったけれど」

「しかも27になって巡ったことだしなぁ」

「そういう言い方だとやはりさっきの丘野の反応からして暖かい思いはしたか」

弥生に図星を突かれ丘野がまた真っ赤になって俯く、葵がニコッとして

「いいじゃん、良かったじゃん」

「そう、一生触れあわないのも愛、恐る恐る触れあうも愛、
 おおっぴらなのも愛、色んな方法が在るし、いいのよ、それはそれで…
 まぁ丘野の性格からして色々思い出して居るんだろうと思うけど」

ちょっとヤケ気味になった竹之丸が

「アタシもさぁ、弥生との付き合いのお陰と無駄に医学やそれ系の知識あるからさぁ
 結構実験しちゃったのよねぇ、どう言うルートでどう攻めればもっと喘ぐかなぁとか」

「うわ、凄そう…」

弥生直伝+医学知識、最強の響きだと葵は思った。

「まぁでもそう言ったより強まった繋がりのお陰で今回は勝てたのよ、
 阿吽の呼吸以心伝心まで行ってなかったら、どこかで結構なリスク背負って
 戦場をずらしながら車まで移動とかやって無くちゃならなかったしね」

確かに…より深い関係になったことで、そうして見えてきたことで行動出来た
そう思うと、丘野も少し落ち着いた。

「いや〜〜〜〜カズ君ほんっとしつこかったねぇ」

幸いなことに話題が移った。

「まぁ本能により近いところで生きていた訳だからしょうがないんだけど
 さすがにああなるとね」

「あ、あの…そのカズ君って」

丘野がおずおずと聞く、そう言えば丘野との繋がりが出来る前も前、知る由もない。
弥生は身も蓋もなくそれに応え、その時の状況を話す。
つい最近までその惨状が逝けない魂の形で残っていたので掃除したことも

「ん、いつそれ?」

葵の疑問に

「葵クンが皆で夏休みの宿題やってた日」

「ああ…あのあたりかぁ、結局祓っちゃったの?」

「半年後の風景にしてはちょっと賑やかすぎたのよねぇ」

「うーん、その辺も何かこう…突いちゃ行けない色々あるんだろうか」

「可能性は色々とある、ただ、今の段階で結論は出せないかなぁ、
 何を使ってどんな手段で札幌を襲うつもりなのか、それともサイレントに
 乗っ取るつもりなのか、それも判っていないからね」

竹之丸がそこへ

「サイレントにやるつもりなら弥生を警戒することも無いと思うんだけどな」

「そーでもないよね、幾ら革新系左翼が市長や知事になろうとも、
 矢張りそこは日本国北海道石狩地方札幌市、という公共の場で
 そういう場にはそれなりの加護もあるもんなのよ、
 サイレントにやるとしても例えば…北海道神宮を襲うとか
 各地に置かれた神社仏閣を破壊して回るとか、そういう活動はしなくちゃならない」

「そうなると弥生は必ず出てくる、と、なるほどね」

「そうなるともう一つは…どこかに穴を開けて一斉にやって来るか…」

「それ、規模によってはかなり不味いぞ?」

「かなりね、でも、相手は祓いだけではなくなる、だから向こうも迂闊には動けない
 さて、そんな駆け引きの何処で何を仕掛けてくるやら…」

「そう言う意味じゃ、あのなり損ない夢魔も計画のウチだったのかもね」

「そう思うと…可成り癪に障るわね、今回は大した苦も無くいけたけれど」

そこへ丘野が

「病院という場ですら…安全とは言い切れない訳ですね」

「他よりはいいんだけど中から出られるとね、今回まさにそれだし」

「私も…出来る限りの努力をして祓いの腕を上げないとなぁ…」

そんな丘野を竹之丸が抱き寄せつつ

「先ずは試験に受かんなさいよ、弥生や葵クンには悪いけどさ、そこは
 任せちゃっていいと思うわけよ、問答無用に攻めてくるのでも無い限り」

弥生もそれに応えて

「当分「大きな動き」はないわ、今回の件にしても小粒すぎる、
 閉鎖地区の無念も粗方祓ってしまったし、今特に穴になりそうな所無いのよね」

葵が続いて

「ボクもまだ二年だし、高等部に上がるにしても受験まではしないし、
 ボクは割といつでも大丈夫、だから丘野さんやおねーさん達にはまず
 大学とか進んで感じ掴んで欲しいかなぁ」

「そういう訳よ、早急に手を打たなければって時は流石に呼び出すけどさ
 まぁ、祓いの世界を知る前の貴女で基本居てよ」

「無理ですよ…そこまで気楽になるのは」

丘野の言葉に竹之丸がその頭に頭を寄せつつ

「でもあれだ…命を捨てる覚悟なんてのは最後にしてよ、悲しいから」

ただの人間としての、待つ側としての言葉だ、ちょっと重かった。

「…はい…」

竹之丸を愛しく思い、丘野もその身を更に寄せる。
誰よりも丘野は知っている、祓いとそうでない世界との切ないやりとりは。
増して家系でもなく、背負った宿命も今のところは無い。

「それでいいのよ、ほれ、そろそろ着くわ、マルも丘野も今日は有り難う、
 くどいようだけど、丘野が来てくれたお陰で大した騒ぎにならずに済んだわ」

二人を竹之丸の家まで送り、弥生は弥生で葵と共に帰る。
珠代の今後は気になるが、取り敢えず今日はこれで良かったのだと弥生は納得した。


第二幕  閉


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