L'hallucination ~アルシナシオン~

CASE:TwentyTwo

第二幕


京で授かり物をして、そこからは宵一人で途中からは定められた道筋厳守、

宵の腰には木刀では無く本物の刀…野太刀・稜威雌が差されていた。

適当なほぼ廃屋の山小屋を発見し、そこで生まれて初めての長旅、
加えて荷物多数、更に少々体調も崩してこれ幸いと少し身の回りを無防備にならない
くらいに物やら藁やらを敷いて寝支度をしてとにかく横になり、
教わって間もない結界を敷いて眠りについた。



「お初にお目に掛かります、私は稜威雌、
 貴女様が本家から賜った刀に宿った…神のような物です」

平安絵巻の神社作りな寝所、藁の上に着ていた着物を掛けて寝ていたはずなのに
宵はちゃんと…と言っても当時の布団など限界はあるが…とにかく布団に寝ていて
稜威雌と名乗った女は今自分が制御しきれない体の辺りに手を当て
そこから安らぎが流れてくるのが判る。

「…由緒ある刀だとは思ったけれど、こりゃ凄い…」

「貴女でこの刀を握るのは四人目になりますよ」

「それは…皆十条の本家?」

「初代と二代目は…そうでしたね、三代目は傍系、貴女様もまたそうと言うことです」

「…へぇ…どう言う人達がどんな生き方をしたんだろう」

「覚えている限りでお教えは致しますよ、でも、それを聞いて貴女様は
 私を手放すかも知れませんね」

宵はフッと笑って

「それは無いな、手放すはずは無いと思っているからこそ貴女は私の体を…
 整えてくれているようだし、姿も見せたのだろうと思う、
 聞かせて、私にはまだ色々足りないんだ、これから…それを満たしていかなくちゃ
 なんとなく色々楽しみたくて飄々と生きてきたけれど…
 そうじゃない、私には何かすべき事があると思っては居たんだ」

稜威雌はその予想していた言葉に少し寂しそうに微笑んで

「それを知り貴女様がなるべき事を見つけた時…貴女様は普通には生きて死ねない
 巡り合わせの中に入り込みます…いえ、もう片足は踏み込んでおりますが…」

「あの案内役の二人も知っていて誘導したんだろうと思うわ、
 沙智は心苦しかったようだけれど、本来そんな私情も挟んじゃいけなかったんだろうな、
 私が粉掛けたばっかりに、彼女を苦しめることになってしまったのは…
 ちょっとばかり悔いてるわ」

「…そうですね、貴女様の木刀を欲したのは「せめて」という意志でしょう
 あのお二人が貴女様を見初めた時にはでも…私を持つために生まれてきたのだと
 確信したことでしょう、何しろ…」

「そーね、たまたま自分の間合いややり方に合わせて…と思って自分で削り出した
 木刀の尺が…ほぼ貴女の長さだって言うんだもの、巡り合わせを感じるわ」

「お話しいたします、貴女様の前に私を手にした三人の祓い人、その人生…」



やっとこの時代正確さを増してきた地方地図を見ながら宵は只管(ひたすら)目指す。
何もかもを置いてきて別れを告げてでも行かねばならないところ、
まだ見ぬキミメ様自らが欲したというみずからの祓いの力。

それは最終試験でもあったようで、敢えて街道筋では無く
霊や魔のひしめく古戦場や「吹溜り」を選んだ道筋になっていて、
目的の場所に近づくにつれそれどんどん強力になって行く。

歴代の話を稜威雌に聞いてから数日、目つきも構えも、変わっていた。
愛と巡り合わせに翻弄されつつ生を全うした三人の姿が、記憶としても宿っていた。
自分こそはその四代目、この刀に見合う祓いになりたい、そしてそれにはきっと
何年も積み重ねが必要な事だろう、今なりたいと言って、
直ぐにも極めたいと思って出来ることでは無い。
焦りは禁物、しかし一戦越えるごとに何かをつかみ取って行く貪欲さは必要。

生き方を見つけたという喜びは、何にも勝っていた。

「地図通りだともうそろそろの筈だけどなぁ…」

山道を歩き続け何日、既にどのくらいの霊を祓ったり、魔を浄化したりしただろう。

と、木々の向こうに開けた土地が見えてきた、あれか…

少し嬉しくなった宵はその風景のよく見える場所まで急いだ。
そして眼前に広がる光景、「普通の」地図だと海岸線があり得ない
しかし、覚え書きのように記された「玄蒼」の地形には合う。

ここだ。
後ろから音も無く迫る魔も、喜び勇んで郷の中へ飛び込む宵に、次の瞬間には
斬られ浄化させられていた。

京側海から遠からず近からずの場所から桜並木の簡素な街道、そしてその時々に祠がある。
それらに出会う度にそこへ挨拶をして行く。

祠が何故そこにあるのかも判る、地鎮と結界の点、結構開拓も進んで広い範囲を
土地が穢れていても何とか昼間だけでも人の営みが送れるように。

そして街道の桜並木から漏れる景色にやたら立派な神社が見えてくる。
歴史の古い奈良や京都にだってあんなに大きな鳥居は無いだろう。
海岸線から恐らく緩やかな山を削って作られたのであろう、一段高い場所の
立派な、派手では無いが立派な神社。

宵が入郷した南からは畑の他に川で色々作業をしている人々が居る。
反物の洗いやら、仕事で水を使う人の割合が多い所みたいだ。

神社を境目に北側は家々と広い田畑、大通りへ桜並木は続いていて、
神社も参道の真ん中が広めの緑地になっていて種類もまばら、咲く時期もまばらな桜
既に満開の物もあれば、まだこれからという物、色も様々。

見とれながら街道を歩き、田畑と家並みを区切る川にかけられた橋を渡ろうと
宵がいい気分で周りを見ながら足を踏み入れた時である。

川の近いところで作業している人達が驚いている。
おおよそただの旅人とは思えない大量の荷物を抱えた背の高い女がいるからでは無い、
指を差して、中々声が出ないようであるが宵より後ろを指さしている。

次の瞬間一閃される対の釜のような武器!
宵は即座に振り返りつつ稜威雌は鞘に収めたままその攻撃をいなす!

『腕前は中々だ…だが…詞は使えまい?』

目撃者によると地面からしみ出すように現れた一丈(三メートル)程の魔!
宵の口辺りに何か呪文を刻んだ巻物のような半透明の何かが渦巻いているのも見える。

「隠形鬼だ! まさか今時間こんな所に現れるなんて!」

年の行った職人が驚いていて、声を上げた。
宵が見知らぬ旅人でも見た目で素人では無い事はその野太刀や大荷物を
軽々と運ぶ様子からどうこうは言わなかったが、どうもそろそろ真っ昼間という時間に
コイツが開拓した辺りに出ることは余りないらしい。

武器の形を利用した一度の振りで二度攻撃を加える戦法、
それを三連続で宵にお見舞いするも、宵も見事な身のこなしと、
鞘に収まったままの稜威雌でいなされる。

そして隠形鬼の眼前に鞘に収まったままの稜威雌が突きつけられ、宵がニヤリと笑う。
「例え詞は封じられようと実力で負ける気はしない」という意思表示、
隠形鬼は怒りに震え、雄叫びを上げて宵をそのまま押す形で激しい突きを喰らわせる!

橋を渡る直前での戦い、砂煙の上がった後には橋を渡っていて、
砂煙の上がる中、シルエットで宵が隠形鬼の後ろを取っていることが判る。
いつの間にか立ち位置が入れ替わっており、宵は腰に稜威雌を差していた。

「…倒すまで封じられるのかと思ったけど、そう長い時間口封じ出来ないみたいね」

振り向く隠形鬼、そしてまた間合いを詰め最初に放った技を使おうとした!
…次の瞬間には宵が懐近くまで入り込んでいて稜威雌が、その刃が天高く隠形鬼を
斬っており、左手を柄から離し詞を込め、隠形鬼の腹辺りに平手で打ち付ける。

隠形鬼は凄い勢いで吹き飛ばされつつ二つに別れそして浄化されていった。

稜威雌には昼間でも判る青い光が乗っていて、それが消えると共に宵が鞘に収めつつ

「御免なさいね、取り敢えず逃げてって言いたかったんだけど、なにしろさ…」

職人さんがビックリしすぎて呆けつつも

「い…いや…、そう毎度毎度じゃあ無いが、ない事でも無いからよ…
 それよりアンタ…祓いのひとかい?」

「ええ、天野ホヲリという祓い人の後釜として」

「あン人は良く戦いなすった、そうか、あン人の後か、しかし…見事なもんだ
 そんなでかい刀をあんな近い間合いで…その若さでえらく強い」

「まだまだ、先達の背中すら見えない、私はまだその一歩を踏んだかな、くらい」

「アンタの…名は」

「乙亥水生木(きのといすいしょうもく)、姓は十条、名は宵、お宵とでも呼んで♪」

鋭い一閃で怪我もなく魔を倒したかと思えば軽いノリ、

「と…とにかく…天照院に…フィミカ様に…会い行きなさるといい」

「わざわざ来るまでもない、真っ昼間から隠形鬼と来ていざ祓わずばと思って来てみたら、
 お主が宵じゃな?」

年の頃は十三・四、巫女の衣装に身を包むも妙に威厳のある風格と声の調子
宵は固まった。
その目は見開かれ、フィミカ様を見たはずなのに、その視線はフィミカ様より
少し高いところを見つめていた。

「ほう、此奴、大したモンじゃな、初見で気付きおったか」

宵はハッとして最敬礼のお辞儀をしつつ

「いえいえ、どうも、あの、後釜です、どうか宜しく」

「そう畏まるな、苦手なんじゃ、そういうの」

宵は顔を上げ

「話には聞いてましたが、本当に担がれたくないようで」

「もう、そういうのはいい」

「判りました…では…」

宵は背負っていた大荷物を確認し、攻撃も何も受けていないことを確認して

「お土産ありますから! 天照院には向かいましょう!」

「土産ぇ?」

フィミカ様の片眉が上がる。

「まぁまぁ、色々お楽しみですよ♪」

確かに担がれたくはない、しかしここまで軽いノリになるとは、
流石のフィミカ様も少々呆れた。



先ず既にホヲリは亡くなっている、と言うことでそこにお参りした後、

「こちらの子が神の子ですか?」

「うむ、遠くえじぷとという所からの舶来品に宿って居った、はとほるという神じゃ」

「へぇ、かわいいなぁ」

宵が頭をナデナデすると、はとほるは照れつつ、嬉しそうに

「あにゃー」

神と紹介しているのに畏れも無くその頭を撫でたり、益々フィミカ様も
その戦い振りは見たとは言え少々不安げになる。
拝殿に腰を落ち着け、宵は荷物を紐解きながら

「この時期にぴったりだと思いまして…先ずこれ、道明寺桜、
 詞で痛まないようにはしてますから、どうぞ召し上がってください」

何か十条本家や四條院本家から書状でもあるかと身構えていたフィミカ様が虚を突かれた。
出るわ出るわ、京は柴漬け・すぐき漬け・八つ橋・味噌松風・葛菓子・求肥・薯蕷饅頭
懐中汁粉、奈良は奈良漬け、それ以外にも江戸の物やら何やらかにやら…ほぼ食べ物。
他に緑茶や烏龍茶、まだ日本では正式に輸入販売されていなかった紅茶などなど。

流石のフィミカ様も威厳も何も無く唖然とした。

「凄く質素な方だと聞きました、でもお陰様で大きな魔との衝突も無く
 今こうやって少しずつ色々な物が出てきて豊かになってきています、
 「これも」貴女様の仕事の成果、副産物だと思って食べてみてくださいよ
 柴漬けとか奈良漬けとかは古くからありますから召し上がったこともあるでしょうけど」

そういう風に言われると…
フィミカ様が最初に差し出された道明寺桜を手に取り

「ほうこれは…桜の葉の塩漬けか」

「ええ、甘味と塩味、そして桜の風味、これぞ春ですよ、春!」

一口頬張って「むむっ!」と声を上げるフィミカ様。

「美味い!」

「でしょう、ここ何十年かで砂糖も結構入ってくるようになりましたし、
 何しろ私は商家の生まれ、日持ちの余りしないと言われた菓子なんかは
 いつか食べたいと思っていたんですよねぇ、感動しました」

フィミカ様ははとほるにも幾つかある道明寺を渡し二人で表情を輝かせ食べている。
宵は満足そうにそれを見ていた。

「ううむ、お主も食え、土産と言ってこんなにあっては食べきれぬ」

「いえいえ、祓いで日持ちもさせられますから」

フィミカ様は顔をしかめ、

「そのようなことに祓いを使うのもいかがな物かと思うぞ?
 ただ、これらの土産、確かに今までほぼ口にしたことなどは無い、
 時の進みもこう言うところにも感じられる物じゃなぁ」

「良い物でしょう」

「うむ、良い物じゃ、じゃからお主も食え、隠形鬼からその身も荷物も守りつつ
 一刀で戦うなど結構な祓いも使ったであろう?
 わらわにやせ我慢はするなと言うなら、お主もそうじゃ」

宵は一本取られたと頭を軽く叩き

「では、ご相伴に預かりましょう、あ、フィミカ様、こちらの物もオススメでしてね」



宵は玄蒼の地でも最初に開拓された天照院付近の南側の真從(まじゅう)と呼ばれる郷、
北側の玄磨(げんま)郷その辺りは少し落ち着いたと言うことで、
近年開発の始まった更に北側を担当として頼まれた。

まだ開発間もないとあり、確かに出るわ出るわ昔の戦の跡やら陰謀策謀
無念の死の気配、矢張り主に夜にその勢力が強くなることから
宵はその名が示すように夜に祓いの主な活動をして、若さもあるのだろう、
僅かな睡眠で済ませては天照院地下に乾燥保存されている立派な材木を
使ってもいいと言うことで何十メートルもあるような材木を引っ張って
(流石に慌てて人足は付けられたが)日中だけの施工で宵の住む神社も建てられて行く。

「お宵さん、ヤレヤレ、貴女もフィミカ様に負けず劣らず中々酔狂ですな」

現場に根が付いたまま抜いてきた桜の木を肩に担いで宵が山のほうから降りてくる。

「フィミカ様の酔狂はあの地面の下から出た神代の昔より更に昔の遺物でしょう
 私は単に桜で社の周りを覆いたくって、贅沢なもんで
 なるべく種の混じらないようにあれも植えたいこれも植えたいと成っただけですよ」

「それを酔狂というのですよ、しかもちゃんと種の混じりにくい順に植えている
 園芸の知識がお有りのようですな」

「まぁ、その辺も親方から独り立ち許されるほどには…、そんなことより、
 申し訳ないけれど、社や住居はそこそこに奥の方も広めに開拓したいんだ」

「それは、フィミカ様の影響ですかな」

「ええ、私も自分で食うぐらいの作付けはしたいもんで」

「幸いこの辺りはこの数年で手が付けられたばかり、土地は空いております」

「私も手伝う、料金はちゃんと払うし」

「いえいえ…貴女はただ移り住みに来たわけでは無い、祓い人として
 いらっしゃったのですから、そこは気にしないで結構です、
 第一、これから祓いでお世話になるのですから」

「それでお相子だって言うなら、しょうがない、大八さんも結構酔狂だ」

玄蒼の地を開拓する切っ掛けになった初の来訪者にして元は大工、今は
それぞれの職人や街の切り盛りを管理する…町長のような立場、

「若い頃にここへ移住志願者とホヲリさん連れて押しかけた、
 お節介焼きの大八車と呼ばれた男、そこぁ譲れませんな」

「酔狂で頑固と来たモンだ、なかなかの風流だと思うよ」

「お互い様でしょう、ここは…今後増える人と、海側をどうするか…
 少々考えておりましてな、何か祓いとしてどこそこに手を付けるべきでは無いとか
 そういう物はありますかな?」

「祓いとしての注文か…山のほうはしばらく待って欲しいってくらいかな
 平地の範囲でしばらく留めておいて欲しい」

「判りました」

「海側は…ねぇ、漁港で終わらすのは勿体ない、普通に各地との貿易も拡大しつつ…
 貴方ほどの人なら幕府動かせないかな?」

「無茶を仰らずに願いますよ! 一郷の長に何が出来ましょう!」

「でも貴方は中々人脈が広そうだ、私も一筆添えるから何とか人動かして
 幕府へここを開港してくれるよう願えないかな」

「海外と貿易を図ると!?」

「貿易まで行かなくていいのね、まぁ言葉巧みに停泊所って感じでもいいし
 ついでに物の出入りも少しあっていいかなくらいで」

「この地から出す物…特に名物も無いですぞ?」

「そんなことは無いでしょ、私が住むのに開拓する分、これから開拓して行く分、
 結構な木材が取れる、船大工で修理を請け負うとか、向こうからの注文で
 家具や楽器なんかを請け負うのも悪くない、鉄も取れるようだし、
 布も作っているって事は養蚕もしていて染めも出来るって事よね?
 あと燃える石なんかも出るって付近の聞き込みがある」

「ああ…薪代わりに使うことはあるようだ」

「それ、今イングランドの方で需要あるっぽいのよね~
 本格的に掘るとなると燃える空気やら色々厄介なんだけど」

「何のために?」

「薪より高火力で、結構持つし、それ用の鋼炉とかあるみたいよ?
 そうなれば鉄ももっと大量に作れる。
 売ると見せかけてこっそりその炉のことも聞き出したりしてさ、
 ここの産業にするのもありかな~とか」

「なんて人だ、商家の出というのは本当のようですな、
 なぜそれを江戸に居る時に提案しなかったんです?」

「今はホラ、開拓した分もキッチリ上前はねられる税制になったりするから
 知ってるかしらね、美濃の国のほうで新規開拓に絡んだ一揆が何年も続いたの」

「風の噂には聞いておりますよ、それでこちらもお上だけには知られては居ますが
 今はまだ人が気軽に入ってこられるような土地では無いと役所を置く事には
 待って貰っている状態…フィミカ様にも一筆戴きましたし…
 その隙を突こうと?」

「まぁどうなろうとちゃぁんと、利益の出るところ考えておくから♪」



宵が玄蒼の地へ移り住んで一年半程が経った。

商人の伝手がある宵がやって来たことで割りに穢れの少ない海側は発展の兆し。
隠れた宿場町、しかもここでだけはお上の目も逃れられるとあっては禁輸物の
一時置き場などで利用されたりもして、一応自治の範囲で風紀に余り乱れの
無いようにはしていたし、多少のダーティさは容認していた。

ただし、勧めたからには宵はちょくちょく港宿場には顔を出し、
行き過ぎと判断された者には相応の手痛い目にも遭って貰っていた。
特に人身売買には宵はうるさかった。

自分が今まで溜め込んだ金を使ってでもそう言った被害者は保護して
(勿論結構な金額値切るのだが)玄蒼地区で生きて稼げるように
これまた三味線や謡、他楽器の稽古に踊り、ついでに教育も施し
独り立ち出来るようにもした。

いっぺんに何十人もと言うわけで無く、今これから一人二人という分には
宵もそれで何とか回せていたし、自身も材木の剪定伐採などで流通を持った。

幸か不幸か明和八年には沖縄南西部で地震による津波の被害、
明和九年には江戸で大火が発生し、木材は飛ぶように売れたし
商人伝手から実家は取り敢えず大丈夫か何とかなる程度と聞いたので
余り今自分の住んでいない土地には義憤を抱かず黙々と玄蒼内での
開拓と経済の拡張を遂げていった。

「明和九年は迷惑年、お上も改元するって話ですね、もうしたのかな」

押し迫る年末、雨や日照りに関しては現在一応関東地区に分類されるワケで
こちらも影響は受けるのだが、救いなのはフィミカ様がいることである。

「改元はまぁすればいいと思うのじゃ、この土地に関してはわらわが
 天気に関しては読もう、今年は研究しておった米の一つが役に立ってくれたお陰で
 幾らか米農家に種籾も植えさせたしまぁ郷全体で食う分くらいはなんとか出来よう」

将棋の盤を挟んで一手一手打ちながら二人の会話。

「素晴らしい能力です、どうやって読む物なんです?」

「んー、いや、余りオススメするような物でも無い、目も潰れるでな」

「お天道様をそのまま見るって事ですか!?」

「わらわはそれが役目であったでな、まぁ祓いの目を習得しておったので
 大勢に影響はなかったが、余計な物まで見えて行かん」

「大変そうだ、でも暦では無いんですね」

「暦は月のほうでやって貰った、この大地に一番影響が強いのはあの月じゃから」

「西洋のほうじゃそういう研究もたくさんしているようです、でも
 正直今のこの国の天文方くらいじゃ弱くて行けない、政治的にも」

「権力という物は集中するとひっくり返される恐れがある、
 分散すれば綱引きで思うように動かなくも成る、こういうのを何と申したかのぅ」

「帯に短し襷に長し…が近いですかね、人の世に非の無い統治手段など
 ありはしないでしょうから」

「そうなんじゃよな、わらわだってまだ祓いが中心で居られた時だったからこそ
 やってこられたようなものじゃし、人が増え、物や文化という物が
 増えたり発展したりすれば、いずれは難しくなっておったろう」

「でも、止められた物でも無いですからね…おっとその手は…」

「ほっほっほ、ここに打たれては困るかや~?」

宵はしばらく盤と駒ににらめっこを挑んで

「あ~、ダメだどう足掻いても、参りました」

「娯楽らしい娯楽と言えばこのくらいじゃがこれだけは一日の長がある、ほほほw」

見計らったようにはほとるが茶と菓子を持ってきた。

「お、流石に現物は持ってこられないからと作り方だけは取り寄せたゴマ団子
 早速作ってくれたのか、有り難う」

中華菓子の揚げた物である、茶は勿論烏龍茶。
宵に微笑みかけられはとほるも「あにゃー」と喜び席を共にする。

胡麻団子を楽しみつつもフィミカ様が呆れ返って

「ここも益々賑やかになったが、お主もなんというかまぁ貪欲じゃなぁ」

「知れる物は知りたい、進んで居る、視点の切り替えになるような物は
 どんどん受け入れたいですよ、守るべき物は守るべく働きますけどね」

「ん、そう言う意味では、今この時もわらわの頃と似ているのやも知れん」

「その当時は北魏でしたか」

「南の呉ともやりとりはあった、あの頃も色んな事が変わりつつあったのぅ、
 流石に迂闊に言葉や文字は取り込むなとしばらく徹底させたのじゃが、
 結局大和言葉に字を充てる万葉仮名からのかな文字…まぁしょうがないかと
 今は受け入れて居るがなぁ」

「言葉は大事ですね、詞にも通じる、言語が変わってしまったら一大事です」

「長い年月の変容は仕方がないが、矢張り文字ありきになると言葉も簡素になる
 少しずつではあるが、祓いも益々特異な物になって行くのぅ」

「新しい物の考えとそれを表す言葉や字なんかはだからこそ受け入れつつ、
 こっちの言葉にしてやる必要があります、いつか、それが実を結ぶでしょう」

「そう願いたいものじゃな、祓いのほうはどうじゃ」

「範囲的には…まだまだ山のほうは迂闊に触れませんね…、ただ、
 時々霊の見えるのが居たら詞を教えていますよ」

「ほうほう、そうか、血筋に頼らず麓で探すという手もあるのぅ」

「まぁ、滅多には居ないんですがね、こないだ…何処だったかな、
 借金の形でも何でも無く売られて運ばれる途中だった人がそういう人で、
 今ウチで色々稽古しながら祓いの修行もやって貰ってますよ」

「おお、四條院や天野が外からとなるとわらわも少々困るが
 この郷の中で祓いが広がる分には大歓迎じゃよ」

「ええ、ちょっとやそっとじゃこの勢い、止められないようにはします」

「頼んだぞよ、なんぞ予感がしただけじゃったが、お主を呼んでよかった」

宵はにこやかに

「私も、ここでやっと思い切り遣り甲斐のある事に出会えましたよ」



明和が年末に改元したため、明くる安永二年の元日、天照院で宵が主体となり
前年末に作り貯めた餅を参拝者に振る舞った。
不作気味だったこともあり、そういう支えの一環でもある。

流石にやって来て三年目、と言うこともあり宵の顔と活躍は知られるようにもなってきて
割と軽いノリでもある宵はフィミカ様のようなもう様が付いて当たり前の人や、
前任のホヲリも割と畏敬を込められた人とは違い、砕けて「お宵さん」と
呼ばれることも多かった。
流石に頭一つ分大きな宵にちゃん付けはされなくなった。

「固い餅だなぁ、強く突きすぎじゃあないかい、お宵さん」

「御免ねぇ、私あんまりこう言うの慣れなくってさぁ、まぁ、雑煮で煮込んだり
 油で揚げておかきにしたり、そこら辺は工夫してよ」

宵は何でも出来る人という認識なのだがなぜだか料理だけは下手だった。
江戸の商家に生まれ、稼げるようになってからは江戸で盛んな屋台、或いは
百膳などで済ませていて、料理関係だけは「餅は餅屋」を貫いていたのだが、
こっちに来ては色々自分でやらないとならない、とはいえ、それも上手くない。

「まぁ、賜りモンにそんなこと言っちゃ失礼なんだが、歯ァやられるかと思ってさw」

「いやぁ、力加減だけは何とか覚えるよ、水も少ないって言われたんだけど
 そればっかりは判らないなぁ」

「時に山桜のほうではやるのかい?」

山桜とは、宵の住む神社、桜を植え替えしまくったその様子から名付けられた神社の名。

「やるよ、そこから港のほうにもお見舞いするつもりw」

「渡す時にちゃんと湯を通すかしろって言いなよw」

「はぁい」

余り賑やかなのは好きでは無いフィミカ様だが、不作の年などにこのように
正月ばかりは振る舞うのも悪くないと、そしてその役目を宵や、宵が見つけた
祓いの卵が巫女服姿で行っていて、普段着流しの宵もこの時ばかりはそれらしい。

郷の皆はこの機会にとちょっとした祭のようにもなっている。
出店も出来ていて固い宵の餅を早速汁粉や雑煮などにして格安で売っている。

なんとも享楽的にも写るが、人々とはこうした物、ほぼ誰もが羽目を外せる瞬間を
待ち望んでいる物だ、これはこれでいいか、フィミカ様が微笑むと
誰も居ないはずの拝殿の奥から二人の禰宜の姿をした男が二人。

それを察知すると、フィミカ様は明らかに不機嫌になり

「何しに来おった! また面倒を押しつける気か」

手前側の初老の男性はそう言われようとも綺麗にお辞儀をして

「そうは仰いましても、もうこれは「この地域の災厄」となっております、
 どうかご理解の程を…」

奥の逞しい男性もちょっと申し訳なさそうに

「ホヲリさんは申し訳ないことをしたと思っています、でもそうでもしないと
 我々だけでは抑えきれない場合もありますんで~…」

住人は見たことのある二人だからなのか「ああ、またあの二人か」くらいであるが
宵にとっては初めて会う人物である、その二人に近づき礼をして

「何があったんです?」

お前は誰か自分は誰だなどは言わずに単刀直入に要件に入った宵、
その目はただの好奇心では無く、燃えるような闘志があった、
腰元の稜威雌が目に入ると二人も納得するのだが、手前の初老の男性がフィミカ様に

「こちらは…」

「ホヲリの後釜じゃ、しかしまだ若い」

それに宵がにこやかに

「何を言っているんです、「それが」私の役目では無いですか、行って参りますね
 ああ、街の皆、何ならウチの神社の方でも屋台出して餅煮込んでおいてくれないかな?
 そしてお越(えつ)さん、貴女を危険な場所に寄越すわけには行かない、まだ早すぎる、
 山桜のほうで同じように近隣の人に餅を配っておくれ」

まだ二十歳前の宵に対して二十歳くらいのお越はまだこれがどれほどの物か
計り知れないからというのもあるだろう、

「判りました、お気を付けて」

くらいのモノである。

「良いのか、安請け合いをして」

フィミカ様が言えば宵も

「何が来ようと越えて見せますよ、そうでなければ意味が無い」

「いよいよ不味いとなったらわらわを呼べ、余り郷から離れるわけには行かぬが少しなら…」

「はい、そこは遠慮無く♪」

「では宜しくお願いいたします、私は…便宜上檜上とお呼びください」

「俺は鶴谷で宜しくです!」

「私は、乙亥水生木、姓は十条、名は宵、お宵とでも読んでいただければ♪」

そういう段取りはキッチリしてるんだな、と人々もフィミカ様も少し汗する。
そうして宵は二人の禰宜に連れられ、拝殿に入っていった。


第二幕  閉


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