L'hallucination ~アルシナシオン~

CASE:TwentyThree

第二幕


「そういえば、わたくし丘野さんの語り部の力で初めて自分が
 どこの何者なのかが判ったのですが…それでもこの名で良いのでしょうか」

稜威雌が八重のコップに酒を注ぎながら言いつつ、八重もお返しに
稜威雌のコップに稜威雌の好きそうな酒を注ぎ

「改めて言う事でもないが、どちらか片方が欠けていてもお前は存在しない、
 外見で人を決める物ではないが外見は内面を映す鏡でもある、
 古代の刀工でもなければ、一女でもない、しかしその二人が合わせて一つになった、
 それが稜威雌、お前だ、もう死んでしまって本来今これを言うのは悪いんだが…」

六代弥生は余裕の笑みで

「こんな機会だからこそ、どうぞ言うべきです」

八重はキッチリ弥生に礼をして、そして

「稜威雌、お前を愛している」

稜威雌も切なさ満開でそれを聞き頷く。
そんな時に守が声を上げ

「そうだそれだ! あの頃はなんて言うかもどかしくてはっきり言えなかったけど
 弓、あたしは弓を愛してる!」

不意を突かれた弓は酔った上に顔を真っ赤にした。
それを見て八千代が千代に向き

「私も千代さん、貴方を愛していますよ」

「はい、先生、私も愛しています、いつまでも」

四代をすっ飛ばしておやいさんも五代弥生に

「弥生さんを、愛しています」

「ああ、おやい、あんたを愛してる」

愛の形も色々ある、色々な過ごし方をして、それぞれに別れをして、

「そう言う意味じゃあ、お宵さんの心はフィミカ様に一直線だったわけですけれど
 そうですね、あの頃のような狭い物の意味ではなく、それでも言葉としては
 私もお宵さんを愛しておりますよ」

「あっちも、あっちはお沙智さんもだ」

「わたくしも、お宵さんとお倫さんを」

宵は物凄く決まり悪そうに、でも矢張り十年ほど連れ添った仲でもある

「うん、フィミカ様には振られる事は判ってたし、ホント私は罪作りだ、
 でもやっぱりお越さんもお倫もお沙智さんもみんな愛してる」

一筋一人という意味に限定せず、そう言う意味でなら

「わたくしも矢張り叔母様を愛しているんですよね、勿論、
 まだわたくしにもこの人だって言う出会いがあるのかも知れませんが」

「うん、それでいいんだと思う、ボクは弥生さんも愛しているし、
 おねーさんも愛してるよ、この先どうなるか判らないけど、おねーさんもボクが支える!」

六代弥生は満足そうに葵や裕子を撫でつつ

「今ここには居ない亜美やマルやユキや…覚えのある限りみんな愛してるわ」

「六代は祓いがすっかり遠いところになったところから始まっているからな…
 出会いの順番があの亜美って子じゃなかったら…或いは六代の花もこうまで見事には
 咲かなかったのかも知れない、そう言う意味じゃあ、
 特定の誰か一人って言うのでなくとも、皆がそれを受け入れられるなら
 そういうのも、アリだよな」

五代弥生が流石に直で六代を育て亜美と六代の関係を見てきただけに、感慨深げに言った。

「出会いの順番ですか…なるほど確かに…」

守を抱くまではやや乱れていた二代も感慨深げに言った。

「でも弓は一回こっきりでしょ、ちょっと罪深さが違う気がするな」

守にそう言われると弓が小さくなる、

「…でもまぁ、それもまだまだ迷信深いあんな時代だったから…と言ってしまえば
 人身御供にされた娘が生きて帰ってきただけでも…そう考えちゃうと
 時の流れって言うのかな、時代って言うんだろうか、それその物が罪作りだよね」

そう、確かにそうだ。
八千代と千代が深く思い詰めて頷いた、最愛の二人の師は戦国時代に
功名を焦る雑兵達によって引退を余儀なくされ、そして自らもそれに巻き込まれる形で、
祓いによる戦いではなく人との戦いで人を守って、千代を守って死んだのだ。
そしてそんな千代を一人に出来るはずも無く、千代を呼んで、千代もそれに応えたのだ。

「勿論全部を時代のせいにするつもりもないけどね、私は確かに
 色んな所に粉かけして応えてくれた人達と縁を結びまくったんだから」

宵がちょっとばつの悪そうに言うと

「そういやぁ、お弥撒さんがいねぇな、居たっていいのに」

お倫が呟くと稜威雌も

「陵さんも…?」

八重がそれに

「私と姐さん…詰まり四代とお弥撒さんは「そこで終わった」のさ、
 あの人は私達のような生死を分ける祓いみたいな和じゃない、
 ちゃんと逝くべき場所があってさ…、そういう定めなのさ」

そこへ宵が初代のコップに酒を注ぎつつ

「ええ、姐さんはもっと大きな…私達よりもっと大きな和のほうの人だ、
 私や初代は、そこと祓いを繋ぐための点のような物で…」

「そうだな、別れは言えた、しかし見送り見送られは出来なかったが、
 それは四代が遂げた、それでいい」

「ああ、そうだ」

六代弥生が思い出したかのように物置から楽器を色々持ってきて八重に横笛を渡し

「稜威雌が生まれたその日に吹いていた曲、やってみてください」

「うん?」

「伝承の中でまだ生きている曲なんですよ、二十何年か前ケルト…ゲールの音楽が
 日本でも流行りましてね、リーシュの王、私知ってますよ」

流石にそんな細かい世情までは見ていなかった八重は「ほう」と言って横笛で演奏を始めると
裕子に言って見せ、途中からバイオリンで加わらせ、
そして六代は三味線で敢えてそこへ飛び込んだ。

全く日本的な曲ではないのだが、でも何故かケルティックは日本人にも響く何かがある。
恐らく1/16音符や1/32音符でリズムに乗った主音の前に一つ音を置く「トリル」ではなく
二音置く日本的な「こぶし」に近い節回しをするからだろう、
あっという間にその場に居た全員を魅了した。

宵も三味線で、どちらかというと主旋律を追いつつもバラライカのように
細かくリズムを刻むように弾く、終わると少し沸いて

五代弥生も三味線を取りだし

「久し振りにやってみるか」

おやいさんが驚き

「音楽鑑賞がお好きなのだとは思っていましたが、お弾きにも?」

「言ったろぉ、若い頃はありんす国とか札幌の湯屋や芸妓達と繋がりがあったんだ」

と言って長唄のような物ではなくもう少し演奏に特化した、早めの物を弾くと
三味線の曲という物も大概お約束のようなモノがある、
宵と六代はすかさず乗って三人でほぼ同じ旋律を、時々アンサンブルのようにして
「ハッ」とか「よッ」というかけ声も決まって三人顔を見合わせかけ声で短めに終えた。

二代や三代は楽器こそは修めなかったので感心しきりで拍手をした。

「二十歳ンなる頃にはやめてたんだが覚えてるモンだな」

五代が言うと六代も

「私は中学高校の頃と大学で少しくらいだったけど、歴代の記憶からも色んな物を
 継いでしまった、でもやっぱり料理だけは覚えられない」

そこで葵が

「そうだね、一年近く経っても餃子のタネは上手く包めないねぇ」

といってそんな弥生の失敗餃子を食べる葵。
五代がそれに

「満州の方でこういうのがあったらしいね」

そこへ初代が

「満州というとどこになるんだ?」

「あ~…初代の頃だと…金とかそれこそ元とかそういう北の方の食文化ですよ」

「そうか、これはこれで美味い、必要な栄養が揃っている
 ただ、なぜだか米が食いたくなるな…w」

四代がそこへ

「米ばかりは日本人には切っても切れません、西洋人も麦を棄てられないように」

お越さんがおひつに装って置いた雑穀ご飯を初代に盛る。

「…うん、多い気はするんだ、でもやっぱり受け皿としての米は最高だな」

因みにこれは白米に雑穀を混ぜた物であった。
それもあって皆すいすいと食べ進めた。
おかずも含めたらもう何食分食べているだろう、それでも新たに出会う新しい味に
初代から五代まで魅了された。

「そう言えば初代、菜さんはどうなったんでしょうね」

六代の疑問に

「そうだなぁ…日本で手に入る調味料や薬味から向こうの漢方を取り入れて
 効能を再確認しつつ…薬膳とかあっちの方に行ったのかも知れないな。
 医食同源、でも伝承は大げさが過ぎますってよく言ってた」

そこへ宵も

「じゃあ、徳川時代には効能も合わせて漢方を再編成したというけど
 そん中に居たのかも知れませんね、その菜さんの子孫は」

「そうでなければ日本独自の調味料や付け合わせの発展に尽くして居たか…
 どっちみちよりよく食べるために、より健康のために、そういう血筋なんだと思うよ
 今でも思い出すよ、何があっても生き残ったからには食って先に進まないとならないんだ」

そこで弓がちょっと恥ずかしそうに、でもしっかりと

「だから私は…食べる事が好きです」

八千代、宵とそれに続き

「私も好きですよ」

「私もさ、お越さんには色々な物作らせちゃったなぁ」

お越さんがそこへ

「まぁ、大変でしたけれどね、でも出来上がってみれば美味しそうに食べてくれるんです。
 甲斐もあるって物じゃないですか」

お沙智さんやそして葵が思いっきり頷く。

「ボクの場合は食費が馬鹿にならないからって理由だったけれど、
 弥生さん、いつも美味しそうに食べてくれるんだ、それだけでも嬉しい」

六代弥生が葵を撫でながら抱きかかえ

「裕子も私に好みとか聞くウチになのよね、まぁ既に玄人はだしだけれど」

「ライ麦のぎっしりとしたパンが食べたいと言われた時には価値観が広がりました、
 日本でパンと言えばどこまでもふっくら柔らかくという感じでしたから…」

「物足りなくてねぇ、カンパーニュとかああいうのも買うとそれなりするし
 四代の影響とは別に…昔から腹に貯める事主眼というか、でもあの独特の風味もいい」

「はい、叔母様の趣向からあれもこれもと、歯止めが利かなくなりましたw
 いつしか叔母様の趣味趣向とは関係なく突っ走ってしまいまして」

「おねーさんのはご馳走、ボクのは普段のって感じで弥生さんは言ってたけれど」

「そうよ、一から作るのだって拘ればそれなりに掛かるからね」

そこまで聞いていた初代が熟々

「今は食うには金さえあれば困らないいい時代だよ、どうしようもない時代も長かったから」

四代やお沙智さん、お倫が頷く

「お宵さんとお越さんが逝かれた後、本当に大変でしたよ、
 先ずは周りに元気を出して貰わなくては、とそれも判った上で後を継いだわけですけれど」

お越さんがそこへ

「私の「いつものやり方」を見透かされていたのは痛かったですねぇ、
 お宵さんの計画もフイにするところでした、内容を知っていたわけではないのですが」

そこへ五代が頭を掻きながら

「あたしの立つ瀬がないな、怒りに身を任せてしまった」

「私も人の事は言えませんね」

八千代も苦笑する。

「それも時代の波だったんだろう、全てはもうなってしまった事だ」

一通り巡って杯に清酒の八重が言った。

「もし…もしだけど、ボクやおねーさんが先に…なんて事になったら弥生さんどうなるかな」

「うん? すっげぇ冷静に相手嬲り殺してやるわ、泣くのはその後」

五代弥生が満足そうに頷き

「ホントだよ…順番間違えなければ集めた物が盗まれまくるなんて事もなかったのに」

「ああ、五代の物は既に神社の半地下部分に結構…直せる物は使う気で居るけどいいよね」

「使っておくれ、ローバー号とかもさ、後懐中時計もあったはずだ…
 と、六代はプレゼントの腕時計か」

「実はもう裕子に渡してある」

裕子は胸元から取りだし、それを見せる
五代は満足そうに微笑み、そして葵を撫でながら

「しかし…葵だけはなんだろうな…まだ未成熟って言うのもあって本当の色が判らない」

そこへおやいさんも

「圧倒的な力です、拳で戦うけれど天野でもなく…」

そこへ宵が

「間違いなくどの代で出会ってても夢中にはなっただろうね、
 こんな育て甲斐のある子もなかなかない」

「そうだな…私もそうなったら…少し死に方を変えたかも知れない」

初代をしてそう言った。
葵はくすぐったくなりつつも

「ボクもやっぱり何か「役目」があるのかな」

「ある」

きっぱりと八重が言う、

「ただ、矢張り今まで出会った事のない…色も判らないと在っては…
 その結末がなんであるかまではわたくし共には尚更判らない事ですね」

弓も言うと三代から五代までも頷く

「魔王…禍大君の事も在るし、六代は色々抱え込んで大変だな、
 だが、やって貰う、そうでなければこの七百年以上の間に積みあげた物も
 もう果たしきれるかどうかという先の話になる」

六代弥生は自信を滲ませ

「任せてくださいよ、筋道は幾つもあるけれど、いずれキチンと収まるようにします」

「頼んだぞ」

「ええ、あ、折角の機会です、屋根裏、念のため八つに仕切ってあるんですが
 どうです? 今この間だけは」

それが指し示す意味、千代が真っ先に思い当たって顔を赤くした。
六代が天井の階段をおろし

「ま、そんなキッチリした部屋にはなってませんが、そんな事は皆様それぞれに、ね」

八重が杯を空け、そんな気遣いの六代弥生に軽く礼をしつつ立ち上がる時には
稜威雌をお姫様抱っこで抱えて

「言われてしまうと抑えられない物だな、どれだけ振りだろう」

そう言われるとそれぞれのパートナー達もそれぞれの時間を思い一気に燃え上がる。
五代までのそれぞれが「じゃあいっ時悪いけれど」としけ込む中、
昼間にひとしきり燃え上がっていた弥生や裕子葵は割と平静で

「二人も精神的な疲労もあるでしょ、休んできなさい」

「弥生さんは?」

「料理は出来ない代わりに、片付けられる物は片付けておくわw
 それに、音も何も遮断するでしょうけど、漏れ伝わる物はあると思う、
 なんて言うかな「溶け合って混ざり合ったいい雰囲気」って奴
 私は初代から五代まで一人称体験してるけど、貴女達は特に思い入れの強い人とか
 そういう所から更に丘野を通して…一種のヴァーチャルリアリティだからね
 直にそれを感じて休むといいわ、きっと物凄く安らげるはず」

「…そうなるとあやめさんって千代さんから結構色々感じ取ってるはずだよね」

「そうねぇ」

「それでもキチンと仕事してるんだから凄い精神力だねぇ」

「思えばそうですわね…叔母様に対して特別硬くなるわけでもなく絆されるでもなく」

「私も調整しているしね、そしてそんな強さがあやめのあやめたる由縁よ、
 その根性というか精神力が気に入っているというか、敬意を払いたいくらい」

「ん、なるほど…、じゃあ確かにいきなりなんか凄い宴会になっちゃって
 確かにちょっと緊張したかも」

「そうですわねぇ…(移った八千代の癖を炸裂させながら)では休みましょうか」

「うん、じゃあ弥生さん、お願いね」

「任せて」



新たに飲む分やつまみ関係を再整理しつつ、縁側で弥生が一服していると

「いやー…時間の感覚なんてもうなかったけど…いい時間過ごせたよ」

宵がやってきていて隣に座った

「早くない?」

「お倫やお沙智さんも張り切っちゃっててさ、お沙智さん抱いたのも久し振りだし
 ちょっと私も張り切り過ぎちゃったかなぁ」

「あ、これ…」

六代弥生が懐から出したのは煙管。

「あー、懐かしいなぁ、弥生が受け継いだんならそれならそれでいいよ、
 それより弥生のすってる紙タバコに興味在ってさぁ」

弥生がそれを聞いて指定銘柄の細いメンソールタバコから数本をせり出させると
宵の他に背後からもう一本取る指。

「私の頃にはこんな嗜好品なかった、興味はあったんだよ」

八重だった、弥生は一気に大量に吸い込もうとしないようにとアドバイスしつつ

「早かったですね」

「昼間稜威雌を疲れさせたのは誰だ?」

抱え込むように頬を寄せる八重に弥生は汗たっぷりに

「はい、私です」

八重も少し最初は咳き込みつつ直ぐコツを掴んでタバコを楽しみつつ

「まぁ時間は問題じゃないよ、こんな瞬間、もう無いと思って果てたんだし」

「そうそう、まさかまぁ場所やら何やら限定とはいえこうして…
 八重さんに会えるなんて思いも寄らなかった、遠い背中ですよ」

「そんな事はないだろう、お前の方が余程なんでも出来るよ」

「私の時代には今ほどではないにしても手本が沢山ありましたからねぇ…」

宵の言葉にしみじみと六代弥生も

「天野でも四條院でもない十条式、と言う物を探るのは大変だったと思いますよ」

「まぁ…それはね…、ただ、ある意味で両方を師としたが為に本義が曇ってしまった」

そこへ三代も合流し、矢張りタバコを所望し

「しょうがないですよ、二代も私も四代も、五代も、そうせざるを得ませんでした」

五代も合流し、矢張りタバコを所望しつつ

「ただ、じゃあ十条の稜威雌使いが直で育てると…今度は六代が自分の技量を
 掴みにくいって事態にもなってねぇ、いやぁ、我を忘れて死ぬまで暴走したのは
 やっぱりマズったなぁ」

「あの時代におやいさんをあんな形で失っちゃそれもしょうがないと言うか」

六代弥生が同情を示す、初代は少し物憂げに

「私も一女を失った瞬間ヤバかったからな…刀が仕上げの段階でなかったら
 私もあそこで婆さん悲しませる事になってただろうさ」

煙をくゆらせながら八重が遠い目をした。
二代も合流しつつ、弓はタバコは吸わないようでおつまみに手を出しながら

「わたくしがもし道半ばで守を失っていたら…怖すぎて想像も付きません」

「私もそれが怖くて「呼んで」しまいましたからねぇ…仮令自慢の家族でも
 そのなかに千代さん一人を置いては行けませんでした…」

「八千代の場合は世情が大きすぎるからな…昔から多少の争いにはつきものではあったが」

乱取りやらその後の何やらかにやら…

「そういや六代、京都庶家…つまり…貴方の実家の方は調べた?」

宵の言葉にまず五代が

「稜威雌使いになれなかったお雪…雪子さんについては少し聞いたけど
 どうも纏まった形では人生を残していないようで」

そこに六代も

「雪子さんって言うのか…それだけで大きなヒントだわ、江戸初期で
 頼さんが絡んでるって言うのは知ってるけど頼さんも結構長生きで誰が誰やら状態で」

八千代がいつもの癖で溜息をつきながら

「頼が強い、精神的に逞しい女性になった事は判っておりました、
 何を切っ掛けに二つに分かれる事になったのかは…判りませんが」

「まさに天下分け目の戦い、関ヶ原も近いですからね、八千代さんの生家は、
 その世情で徳川に流れがある事は判りつつ、京と江戸で連携を取るため…
 と、私は睨んでるんですけど」

宵が言うと六代も

「そうかも知れない、ただ徳川時代が思ったより早く安定して永きに渡ったから…」

「そう、私の頃には物流とか、祓いに関しては支える事だけになっちゃってたんだろうね
 何しろ私だって先祖が江戸に居を構え商売を始めてから百何十年も後だからねぇ」

「そう言えば…三代八千代さんから四代宵さんまでは一番間も開いてますね」

弓がおつまみを食べる手は止める気配もなく言うと

「何だかんだ二百年近く…稜威雌使いとしては途絶えて居た訳か、
 それは間に生まれた雪子もさぞかし重圧だっただろう、心中穏やかではなかっただろうな」

悪い事をした、と言う表情の八重に八千代が

「頼が老年時々墓に参ってはひたすら安寧を願っていました、それも関係あるのでしょうね」

「ただ…特定出来ない程度にひたすら記録上は特に特別な記載はないんですよ、
 今五代から雪子さんと聞いてああ、その人を掘り下げればいいのかと言う具合で」

「あたしが聞いた話によると、結構早死にだったようだよ、詞使いに重きがあったというような」

「うん、やっぱり裕子の源流…十条源流系統なんだろうとは思うけど…
 人生三十年活動期間は長くて十数年ってトコロかな、そう言う意味じゃあ
 殆どの稜威雌使いに当てはまるけれど」

六代の呟き、例外は三代八千代と五代弥生、特に五代は四十が見える頃まで生きた、
とはいえ、その例外も活動期間二十年と少し、短い事に代わりは無い。
そこへ八重が

「正しく能力が開眼すれば、それこそ寿命という所まで行けるはずだ、
 「何も大きな事がなければ」という但し書きは付くが…裕子にはそこの扉を開いて貰おう」

「ええ、そうですね、出来る限りの事はするつもりです」

六代がしっかりと答えた。

「出来ればお前も…やり切った後でも生き残って欲しい」

「…そうですね」

それに関しては流石の弥生も慎重に、あまり大きい事は言えなかった。
そして二代から五代までも掛けられる言葉もなかった。

「まぁ、あたしと同じ轍は踏まないよう言ってあるし、その通りに六代はちゃんとやってる
 もしがあっても、決して今この現代でももう途切れる事もない流れになっただろう」

二代弓がぽつりと

「今この昔より担当区間のきつい現代で、四條院本家や十条本家とも
 繋がりを持っていらっしゃいますしね、穴が空く事はもう無いでしょう」

「ただ…一億人余の人口を支えるには、少々厳しくもありますねぇ、
 それ故の担当区間の縛り…ただ、縁がかみ合えばあの魔界都市での戦いのように
 何が来ても越えられる、という力も感じました、あとはそれが保たれる事を祈ります」

八千代も不確定要素の不安を埋めるかのように続いた。
そこへ宵が

「その為の初代から五代の生涯だと思ってる、六代には重圧だろうけど」

六代弥生はニヤリとして

「いやぁ、まぁ「どう言う形であれ」やり遂げますよ、全てを」

流石思慮深い初代もその真意を測りかね

「うん…? うん、後のやり方は六代に任せるよ、事情も私らの頃とは全然違う
 敵の規模も数もその思惑も…何もかもが…少なくとも私の範疇は超えている」

「禍大君がいつどんな形で動くかだなぁ、あの頃蝦夷地はまだ部分的だったから
 都以外に今のこの辺りとかも禍の領域に成って居るかも知れない」

宵の推理に六代弥生が

「そうなったらそうなったでむしろ都合がいいかもしれませんよ、私は
 北海道全域が担当、魔界が開く瞬間もまだ勘レベルだけれど、
 禍大君やその眷属に関しては初代から先、幾つも得るものはあります」

「心強いな、そうあって欲しい…さて…もうそろそろお開きにした方がイイのかな」

「そうですねぇ、このままここに居続けましたら私達が縛られかねません」

八千代が心から言うと、弓も

「稜威雌の中は、いつでも居心地がいい…確かにこのままでは逆に悪影響になります」

宵がそこへ六代と目を合わせ、思ってる事は同じと

「ひとっ風呂浴びてからにしませんか」

「なんだって?」

五代弥生と八重が思わず口を揃えると六代弥生が

「ここは元はと言えば初代の概念で作られたところ、その後もそれぞれの代で
 少しずつ変わってきた空間ですよ、何私が「温泉の一つも」と思えば♪」

雲霧のような物が一部晴れると、そこには結構な広さの浴場が。
八重は苦笑して

「流石の私でもここまではしなかったのに…w」

そこへ宵が

「そりゃ、体があった頃はちゃんと実在する温泉がいいでしょう、でも
 概念で作り上げられた温泉だって清めにはなりましょう、その為の魂ですよ」

苦笑の止まらない八重

「なんて事だw 宵と六代弥生はそんなところまで似てるのか」

「温泉と言えばフィミカ様もお好きでしたからねぇ」

「キミメ様か、本当にあった事も直接指示を賜った事もないんだ、でも
 かつてはとは言えこの大和…日本を統べていた方だ、宵、それに偽りはなかったか」

宵は強く頷き、

「玄蒼の町はあのお方が全てを捧げる勢いと覚悟で開いたからこそ」

六代弥生も続いて

「今や人口八十万の都市で、祓い以外のバスターなんて技能もありますしね
 その中にあっても、フィミカ様の存在は今でも半ば象徴的にそこに在り続けています」

「目の見えぬわたくしに目をくださった恩人」

「二代で遂げられなかった古墳の中身が飼い猫であった事、そして当時の
 祓いがそれを大事にしてしまった事」

「戦国の世を過ぎて「忌み地」の意味を失い禍の土地に落ちかけていた玄蒼を
 現世に留めるために終の棲家とされ今まである事」

弓、八千代、宵と来て五代が

「腕にそこそこ自身はあったが終ぞ呼ばれる事もなかった、四代の意向が汲まれて」

「そして、予言から呼ぼうとした私が外で葵クンを見つけ育てる事に集中するために
 玄蒼行きを断った事も「それも何か定めの流れ」と汲んで頂いた事」

六代弥生が言いつつ服を脱いでいって率先して温泉に浸かりに行く。
一番風呂とかそういう事には拘りが誰もなかったのでそれぞれのタイミングで
岩に囲まれたそれに今日のこのときを刻みつけるようにしみじみと浸かった。


第二幕  閉


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