L'hallucination ~アルシナシオン~

CASE:TwentyThree

第三幕


そこへ湯の気配と言う事で復活してきたそれぞれのパートナー達もやって来て

「呆れたモンだなぁ、温泉まで一丁上がりかい? 管理も大変だろう」

お倫が思わず六代に向け言うと

「大丈夫、このくらいはw」

「それにしても…改めて全員…見事に傷だらけだな」

お倫が痛ましそうに言うと歴代パートナーの全員が頷く、特に

「お前達も折角だから入って、いつまでもここに居ては心地が良すぎる、
 何かをさっぱり落として、稜威雌と現代祓いだけは残し、
 またしばらく…どうも六代には何か試みもあるようだから
 またこんな機会があると期待して今は取り敢えず長年の色々を落としてしまおう」

そう八重が言って全員が入る事を促すのだが、その体、歴代誰よりも壮絶な傷跡。

守が思わず

「どうして…こんなになるまで…?」

「私が生きて先へ進む証だからさ」

稜威雌がそんな八重の肌を撫でながら

「…こういうお方なんですよ、無茶ばかりして…、でもこういう所って
 移ってしまう物なのですよね、弓から六代の弥生様に至るまで、
 多少刻まれ方が違うくらいで、痕の深さが違うだけで」

「そうだね、弓ももう左腕以外は体中どこも何度も斬られてるし」

「先生なんて修行途中というのに利き腕を無くされて、
 傷跡としては歴代様より少しマシですけどね」

千代も色々思っていたが、初代がこれでは確かに…と言う感じだ。
二代弓ですら全身に、五代は薄れ掛けた傷が殆どかと思えば
脇腹から下腹部に掛けて溶接したような傷跡がある。

「お宵さんは一度ほぼすっかり傷は消しましたが、右目がダメになった事と
 最後の戦いでまた傷だらけですね」

「まぁね…w」

お越の突っ込みはいつでも冷静で的確だ。

「と言うわけで六代の私なんてまだマシな方という有様w」

裕子や葵は「語り」のなかで追認はしていたが今こうして
じっくり見ると、本当に歴代は皆傷だらけ、特に八重の無茶っ振りが際立つ
八重はその溶接したようにつなぎ合わせた右手を高く上げ

「でも、この手で私は勝利を掴んだんだ、嵯峨丸と大丸の二人に貢献出来た、それでいい」

「わたくしはカラビト茸祓いと武士霊団最初の一団を」

「私は二代で果たせなかった古墳の認めと武士霊団二段目、
 そしてフィミカ様ご指名での八岐大蛇退治…後は人の世に祓いという闇がある事を」

「私は変わりゆく時代、入り込む西洋の価値観でやって来た悪魔と古来の禍を
 相手取って、禍を餌に捧げ悪魔と契約を果たす事で玄蒼含めた現世に少しの猶予を」

「私はひたすら開拓と技を磨き、継ぐべき者を探し育て」

「そして私がそれらを受け取って、沢山錠前のカギは貰った、
 いつそれをどんな形で使うかは向こう次第の面も大きいけれど、
 掴み取ってみせる…人の世に勝利を」

脈々と継がれた魂、弥生は確かに今歴代最強の祓いになっているだろう。
自分たちが生きて来た事の意味や証、と言う物をあまり稜威雌以外のパートナーは
深く考える事もなかったが、それらは全て歴代と共に六代弥生にある。

そして、一通り湯浴みという名の禊ぎを済ませ、来た時と逆に
五代、四代、三代、二代、そして最後に八重、と戻ってゆく。

「ここから先は、六代を支えてやってくれ」と微笑みながら。

全員の気配が雲霞の向こうになり存在を感じなくなった、宴は終わった。



ふと四人が目覚めると次の朝であった。
何事も無かったかのような四人以外の気配も何も無い。

稜威雌が辺りをゆっくり見回しながら

「…あれは…夢…だったのでしょうか」

確かに、四人で寝た時そのままの状態で起きたからだ。
弥生は裸のまんま縁側を開け珈琲を一杯淹れて朝の一服、タバコの箱の中身を見て

「さぁ、どうなのかな」

葵や裕子が買い出しの使い切れなかったはずの物を見る。
減っている、ほぼ使い切っている。

「夢だけど…夢じゃない…」

「稜威雌さんの世界の中なのに…更にその中で私たち四人の心が呼び寄せ夢の宴に…?」

「かもね、さーて、ひとっ風呂浴びるか」

それは確かに稜威雌内に四代と六代で作り上げた概念の温泉。

「煙草もキッチリ五本減ってた、弓は吸わなかったから」

語り部よりも直接、その記憶に触れたのだ、そう思うと残る三人も眼をキラキラさせて

「すごいや…! 弥生さんこれ判ってたの?」

「んー、やー、どうなのかなぁとは思ってた。
 和に戻ると言っても和は一つじゃない、大きな和もあればその脇に
 本流から別れた和もある…なら、ひょっとして…と思ったのよね
 彼女達は生まれ変われないのではなくて、何かこう、「見届け役」でもあるのかなと」

そこへ裕子が

「わたくしが十条本来の目覚めが出来るか…」

「ボクがちゃんと育つか…」

「そして私が「稜威雌を含めやり遂げられるのか」
 まぁ結構面倒な手間は踏むけれど、また何か大きな動きがあって越えた暁には
 またこう言う事もあるのかもね」

稜威雌がそこへ少し切なそうに

「それでも弥生様は人、私は刃に憑いた神、私を含めたやり遂げと言いますと…」

弥生は稜威雌を温泉に導き一緒に浸かりながら

「それはこれから次第なんだな」

裕子も温泉に浸かりつつ

「そうですわね、わたくしも第一歩やっと踏めるのだという所ですし」

「おねーさんはまず勉強だね」

「ただ…高確率で竹之丸さんの病院での実習になりそうです、そう言う意味では
 通常の医学コースよりは少し融通も利くのかも知れません」

「ま、裕子の場合はまず「そこまで行く事」ね」

「はい、取り敢えず今日は出来る限り自動車の教習所で単位を取らなくては」

「仮免は受かったんだっけ」

「ええ、ですので後は本試験に向けてですね」

「裕子にプレゼントするあのスバル360の改造車使って練習なさいよ、
 私が居ない時でも亜美とか誘ってさ」

「そうですねぇ」

「裕子の運転は私が見る限り危なげはないから真面目にやれば行けると思うわ」

「後は住まいですねぇ…こればかりは各種事情も絡みますし」

「きっと何とか為るって、それまでウチを根城にするか、
 亜美の所根城にしてもいいんじゃない?
 二人とも裕子の体もご無沙汰だろうし」

裕子が顔を赤らめる。

「おねーさん、柔らかいよね、結構筋肉とかもあるのに」

「ええ…緊張しないとなかなか締まってくれません」

「さーて…ひとっ風呂浴びたらこちらも現実で行動開始と」



三月も中を過ぎ、流石の北海道も根雪を崩し日の辺りの良いところで溶かし始め
道路がアイスバーンからアスファルトに戻りつつある頃。

裕子は自動車学校、葵はクラスメートの祓いのオブザーバーとして
春休み中客観的に修行を見ていて、朝霞も狛江さんも基本神社に戻し、
高校の卒業式にはそれぞれの親と共に弥生も敢えて参加し、痛い視線を浴びまくった。
弥生としては姉一の代わりに高島先生に挨拶を頼まれていた事もあった。

保護者席で見ていると卒業生代表で挨拶をするのは裕子、少し黄色い声も浴びつつ
壇上でそれぞれの保護者の間に弥生の姿が見えて小さく手を振ってる。
裕子はキラッキラで代表の祝辞を述べ始める。

光月の父、見光は弥生へ

「…あれから、蓬莱殿の方へ連絡を取りましてな、私も少し、磨く事にしましたよ」

弥生は裕子への視線は逸らす事無く

「良い事です、折角お持ちの力、伸ばして頂いた方が光月のためにもなる」

「まさにそれで…警察官志望とは、こちらも反対する理由もなくて…それも貴女が?」

弥生はそこで苦笑し首を横に振りつつ

「まさか…w でも、正直助かりますよ、警察内なら私より公で動けますしね」

そこへ裕子の父霜月が

「そう言う意味では天王さんが羨ましいですよ、僕ら夫婦はそんな支えは出来ない
 弥生に投げっぱなしで」

「そこは血が関係してくるからどうしようもない事だし、二ー兄はまぁ金銭的、或いは
 社会保障的な面で保障して上げてよ、裕子も頑固だから全部自分でって言ってるけど
 特に社会保障なんて個人じゃどうしようもない事だしね」

「そこは、ああ、一兄にも、そこから通じて後神の方にも…迷惑をおかけするかも」

霜月が隣の紋付き袴な関内住吉、蓬の父に頭を軽く下げると

「裏方的な部分はお任せください、(苦笑気味に)うちの娘ももういっぱしの
 祓い人気分ですよ、親としてもそこまで行かれては反対のしようも無いですから
 むしろ生き生きとしていて…こんな進路もあるのかと思ったくらいで…」

ぶっちゃけヤクザとは言え矢張りそこは社会も裏表があってこそ、見光も
毛嫌いは改めつつ光月と蓬の友情は止めなかったがそこへ更に祓いまでもが絡んできた。

「因果なものです、矢張りどこかで表も裏も交わる物で」

「そうですな…」

見光と住吉も何かこう、しみじみと思い至っている。

「こちらの道に引き込んだ事は私をお恨みください、構いません、
 ですが目覚めたからには出来る限りの事はやって貰う、その為に力も付けさせて貰います」

弥生がどっちとも無く言うが、住吉にはもう少し砕けた態度で居るのでそれは
見光に向けられた物である。

「弥生よ…娘は…どうかなぁ」

住吉が聞いてきた、何を聞きたいのかも良く判る。

「蓬ちゃんは力としては中の上とか行けてその辺りかな…ただ、蓬ちゃんには
 守りたいものがある、これが大きいのよね」

「守りたい物?」

「そこまで言わないとなら無いかなw 貴方を含めた後神会の全てよ、
 後彼女、結構市ヶ谷さん慕ってるからそういう面も少しあるかな」

思わず咳き込みそうになる住吉、無理もない、年代で言えば自分に近い男だからだ
弥生はそこで少し視線を住吉の方に向けて

「勿論そう言う反応される、そして立場上市ヶ谷さんはただ只管困るなんて事も
 十分承知してるわ、蓬ちゃんももう大学生になるのよ?
 なんて言うかな「憧れの男性のタイプ」と聞けば絶対名前挙げるわよ、
 仕事が出来て、それほど家系圧迫しない趣味があって、寡黙だけど為すべき事をして
 余計な事は言わないしやらない、オヤジさんもあくまで男としてそういう所に
 信用置いてるんじゃあないの?」

「…うん、確かに、信用のおける男だ…そうか…男を見る目は確かなようだな」

「ただそこは18歳、これから磨かれる物も見つける物もあるわよ」

「そうだな…」

そこにはヤクザも何も無い、一人の親が居るだけだ。
見光も苦笑する、そういう意味で招聘された四條院傍系の橿原家だが
その中でも一番気の合うのは祥子だと言っているし、しばらく結婚だなんだは言えないなと。

「光月は祥子と多分かなりいい線まで行ける、上級にも手を掛けて…
 ただ、二人はあくまで「コンビネーションとして」組む気で居るようだから、
 そこは様子を見てやってください」

弥生が今度はにこやかに見光に言う、全てを見透かされる。

「貴女は本当に何者なのか…」

弥生はまた壇上の裕子を見つめ

「…少し和から外れたところで和を巡らせる役割の、ただ者ですよ」

そこまで己を磨き己の為すべき事やその力を知りながらそれでもただ者だというのか、
姿はスーツ姿だけれど当たり前のように腰に差している野太刀、
透き通るような、それでいて少し物憂げな、半透明の印象なのに鋭い眼光に確かに燃える
「役割」に対する責任感や誇り、知れば知るほど、偉い人の目に娘が適った物だと思った。

裕子の祝辞が終わり、行事も進み、そして卒業式自体は終わり、
最後のホームルーム辺りのときに天気も良かったので保護者達は学校前に居た。
丘野の父親も仕事の合間に合流しつつ、坊さんはともかく大手の土建建築その他業と
先端技術関連企業の社長がそこに居る訳なので話には聞いていた物の丘野の父は大変恐縮した。
しかし、その誰もが丘野を褒める褒める、蓬や、裕子や光月がそれはそれは
スゴイスゴイ言う物だから親としても「話には聞いてますよ」的な感じで。

そこへ弥生が合流し、丘野の父に頭を下げ

「ただ、養子縁組という道以外に彼女の未来を結果的に閉ざすような事になって
 しまいましたし、それをなるように見守ったのは私です」

丘野の父、浅間(せんげん)はそこは多分丘野本人から告白されたのだろう

「「先生」という同性を好きになってしまった事…それは、はい…でも…
 私もバツイチですので…こう言うのはご縁だと言ってしまえばそうなんですよね。
 大変良くして貰っている事は良く聞くんです、あの子には小さい頃から
 母親代わりみたいな事を弟や妹にさせていましたから…、
 何かこう…それも幸せの一つの形なら…と思います」

弥生は深く頭を垂れて

「私はその「先生」の方をよく知る立場なんですけどね、相性はバッチリだと思います」

「ウチ自身、何かを継ぐの継がないのなんて家系でもないですし、色々
 この先を考える切っ掛けにもなってくれました、家族の形もそれぞれでしょう」

何故か浅間も弥生に頭を垂れた。
継ぐの継がないのの面ではとりあえず今のところ危機のない他の家の保護者だが
特に見光が「娘さんの人生の半分が欲しい」と言われた事を思い出した。
丘野の場合それは戦いの面ではなく記録から記憶を伝える「語り部」と言う事で
命を張るのどうのとは少し違う立ち位置のようではあるが、それでも数々の現場に居合わせ
彼女なりの貢献をしていたこと、それも聞いていた。
自分の身の程を知り、自分の特性を自分で見つけ、磨いたその能力、
蓬も、裕子も、光月も丘野を尊敬しているという。
そしてそれをいち早く次にどうすべきを見つけアドバイスした弥生は矢張りその中心。

チャイムと共にホームルームも終わりのようで学校の各所から保護者…
とりわけそれが弥生に向けての黄色い声が上がる、弥生は
やっぱりこの軽いノリはあまり得意じゃないな、という苦笑と共に、でも
もう事件でも無い限り来ることも先ず無い、手を上げその声に応えると更に上がる歓声。

「何か惹きつけるモノがあるんだろうな、弥生にはさぁ」

霜月が半ば呆れるように言うと、住吉も

「まぁ確かに背が高くてすらっとしていてスーツに身を包んで…見目は麗しいが
 鋭い目つきに何もかもを見透かすその冷静さ、俺も蓬を持っていかれはしないかと
 冷や汗かいたモンだよ…w」

弥生はそのまま保護者の元に居たのではもみくちゃになる、と思い何メートルか玄関に歩き

「大丈夫よ、芯のしっかりした子だわ、貴方の方が良く判ってるでしょう」

住吉は益々苦笑し

「俺に反論を許さないと来た物だ、確かに、その上男を見る目はあるようだから
 もう俺も蓬については半ば安心しているよ」

そして群がり始めようという女学生に割って入るように窓から直接裕子含めた四人が
降りてきた、キチンと外履きに履き替えて。
弥生がもみくちゃになるだろう事を半ば覚悟しているとは言え、見て見ぬ振りは出来ない、
自らも犠牲になるかのように少し弥生との距離を取らせた。

高島先生の「やれやれ」という優しい呆れ顔が見える、その表情はどこか
五代の恩師スミス先生も思わせる。
弥生はその姿を見ると、周りに

「はい、今から十秒くらいの光景は見なかったことにしてね」

と言って地を蹴り三階の高島先生の居る窓際まで一気に跳び上がった。



反射的に裕子は「撮影禁止」の詞を使っては居た物の、矢張りその「いきなりさ」に驚き
「とても叔母様らしい」と思い見つめた。

「高島先生、裕子はいなくなりますが、もし、もし真剣に裕子から聞いたような
 「祓いの断片」のような悩みをこれからの在校生から聞くことがあったら…」

「判っていますよ、貴女に連絡をします、或いは十条さんに」

「お願いします」

と言って背面宙返りのように宙で一回転しつつ稜威雌を抜き、元いた場所に降りてきた時
その右手には弥生の髪の毛先が長さ五センチくらいの束になって収まっていた。
裕子がビックリしつつ、弥生はいつものクールさで

「もみくちゃにされたって何も出ないわよ、ボタンもこれはスーツなんだから上げられない
 だけど、それほど何かを受け取りたいなら、持って行きなさい、私の髪の毛だけれどね」

殺到する子達に最後のサービスだと言わんばかりにそれを渡しまくった。

「…何て抜刀術だ…そしてなんて切れ味だ…!」

見光が宙で見ていた出来事を唯一全部追えた人物で、その技量の高さに圧倒された。
霜月が理解出来ない領域として苦笑しながら

「私にはさっぱりなんですよ…血縁なのにね、弥生もだから若い頃は
 自分の持つ力に戸惑ってぐれてたんですよ」

「…なるほど…どこで何かあったかは知らないが、良い師に巡り会ったのか」

弥生はすかさず聞いていて

「ええ、最高の師よ、何せこの刀の先代所持者なんだから」

そのまま弥生は卒業生たる四人はゆっくり親と懇談するように促し自らは生け贄になった。
光月が改めて

「お父さん、あの動き追えたんだ、流石だなあ…でもああいう人に見初められたの」

「こっちもただ稼業ではなく真正面から教えと向き合いたかったから、
 宗派に囚われず武道も色々習ったことがある意味徒となったかなぁ、
 蓬莱殿系の人と今度懇談会をね」

「あ、それ出席させてよ」

「うん? ん、まぁ仏教がどうのと言うよりは他流試合のような物だろうからな
 ただ、弓はある意味不利だぞ?」

「うん、それは私も判ってる、だから護身程度にでも近接も覚えておきたくて」

「なんだかなぁ…まぁ警察になるというのだから逮捕術として柔道か剣道は習うだろうし
 私も面倒見るよ」

「ホント? なんだかすっかり角が取れちゃった」

そこで見光が敢えてもみくちゃになってる弥生を見ながら

「あんなに鋭いものを見せられてはなぁ、現代人か、本当に…」

「七百三十年の歴史を受け継いできた人、今この現代に「死と隣り合わせ」の世界に生きる人
 それでいてそれに押しつぶされることもなく冷静に先を見据える人、尊敬する人」

光月の言葉に嘘はない、裕子はともかく蓬や丘野もその言葉に頷く。
裕子が代表して言う

「わたくしが尊敬して止まない叔母様ですわ!」



裕子はその後運転の練習もあって拠点を弥生の家と亜美の家と半々で過ごし
葵も短い春休みを謳歌しつつ、ちょっとしたデートをしたり、そんな時に仕事の要件が入るのも
いつものこと、時には催しに色々な警戒態勢を敷かねばならず、いかにも警備では
かえって目立つのであやめと組んで一般人に扮装しつつ(とはいえメチャクチャ目立つ)
またそう言う時に限って矢張り何事かが起きて弥生とあやめでスマートに解決しつつ



その目立つ変装から「目立ちたがりの一般人が無許可でイベントをやった」的な流れにして
二人して本郷に注意を受ける「振り」で凌いだりと、目立つことを逆手に取った
事態の矮小化など目の前に起こる超常現象に対する一般人への目の逸らし方も
だいぶ上手く行くようになってきた。

敵もあれからは目立つ動きを無くしていて、全く全てが順風満帆に感じる。
例えデートを仕事で中断させられようと葵もついて行くワケで文句など無いし
葵も幸せで一杯だった。



そして葵は葵で自らの友情も育む。

弥生は光月に警備棒に見えるようでちょっとしたコツで和弓になるギミックの物を
プレゼンとしていた、無論そのままでは使えないので祓いを乗せるわけだが、
祥子にもやや短めの警棒風仕込み刀をプレゼントしていて、密かに見込みのある葵の友達
優にも少し大ぶりな太刀を渡していた、三つとも勿論弥生のお手製、三人は舞い上がった。

しかし、そんな空気に引っかかりを覚えていた人物がいた、弥生と本郷である。
とは言え、本郷は深く考えることは苦手だし、自らも新たな境遇へと突き進む中
何となく時間の流れに身を任せざるを得なくなっていた。
秋葉とはまぁ順調と言えて、お互い言いたいことがあれば言い合えばいい、
と二人をよく知る弥生が二人にそう言っていた事もあり、一歩一歩確実に歩み寄っていた。

そんなまだ雪も降るようでありつつ、もう根雪になる事も無く
数日でまた普通の路面が戻ってくるようになった頃である。

弥生は何気なく「心の引っかかり」をPCで検索していた。
大宮珠代があれからカウンセリングに来るでもなく、竹之丸の病棟も退院後は
義務的な検診以外はして居ないと言うことで、四月から復学、と言う知らせを受けていた。

「引っかかり」とはその珠代である。
何故引っかかったかは判らない、勘のような物…
一月の終わりに聞いていた「雪像作り」のボランティアと言っていた物であった。

どうしてそんなに気になるのかが判らなかったが、彼女がどこでどんな内容の
ボランティアに携わったかが気になったのだ。

「うーん…あんまりやりたくないけど埒もあかない」

珠代の本名から雪像・ボランティアなど語句を付加したり削ったりして調べに入った。
この日は裕子も居らず、葵も友達と遊んでいて弥生以外誰も居ない状態だった。

そして、漠然とした予感が当たったことを確信する。

検索の中に自衛隊特科の体験を兼ねた雪像作りのページが出て来たのだ。
真駒内の陸自は毎年雪像造りに携わっているし何もおかしい事は無いはずなのだが

本郷をして「ただモンじゃねぇ」と言わせしめた「特科」という物に反応した。
その検索要約の中に参加者として大宮珠代の名も連ねていた。

「それだけはダメだと言いたかったけど…流石に確証のないこと…」

そのページへ移ってみて一通り読んで得に大したことはない物の
参加者代表としてのインタビューとして大宮珠代の写真とリンクがある。
迂闊なことに弥生は「イヤな予感」の程度を読み違えてしまった。

リンクを踏んだとたん、異常に気付いた。

「…しまった! 私としたことが…、やってくれるじゃあないの…!」

弥生のクリックした右手からどんどん半透明のデータ化してゆく。
急いで詞を使い、その進行を遅らせる物の止めることも跳ね返すことも出来ない、
待ち伏せ型の罠…流石玄蒼市にも絡んでいるだけあってデジタルデータを絡めた
魔術を仕込んでくるとは…!

なんと気の長い、空振りに終わるかもしれない作戦に見事に嵌まってしまった!

弥生は術の及んでいない銃とホルダーを急いで外して机に置き、
そして有線で繋がるネット越しに「こんな時のために仕組まれた」刺客が
向かっていることも半分デジタルデータになったことから伝わる…!
回線を切ったとて無駄というかPCという入れ物がある限り引きこもるという手は使えない。

人間のデータ量とそのデジタルデータとしての圧縮を考慮しても
少なくとも反撃の出来る体のデータを引きずっていてはどこかで追いつかれる可能性がある
増して迂闊に遅い回線や混雑回線に迷い込もう物ならどこかで体のデータを寸断される
僅かな時間弥生は悩み、詞によってデジタルデータ化を抑えつつ別の詞を飾ってある稜威雌に、

「稜威雌! 来て! 正し私には触れないで!」

一時的に実体を持った稜威雌が事務所に飛び込んでくると、弥生は既に
半分以上がデジタルデータ化していてもう右半身幾らかは引き込まれつつあった!

「弥生様!」

「それ以上近寄らないで! 貴女も引きずられる!」

「何を言いましょう! 持ち手をその道半ばで失う事などもう…!」

「いいえ、ここまで盛大にドジ踏むとは思ってなかったけど、一時退場に
 追い込まれる事態だけは考えて居たわ! だから冷静になって、私の指示を聞いて!」

稜威雌は涙を堪えつつ、踏みとどまり

「はい!」

「よし、まず机の中に遺言書として去年制作して置いた物があるから、
 私の今抱えている物の権利などに関する物は全部ここに書いてある、
 と言って私は死ぬわけじゃない、でもデータ化される事自体は止められない、
 あと、裕子や葵クンにも黙ってたけど二人名義の通帳もあって、地味に
 アルバイト代というか収入として計上している、税金も何も払ってる
 先ずはこれで凌ぐよう言って!
 そして…ここからが本番だわ」

「なんでしょう!?」

「体のデータを引きずったままデジタルデータの世界に引きずられては
 「重すぎて」身動きも取りにくい、体のデータはここへ置いて行く!
 稜威雌、まず指示するとおりに閲覧履歴を消して…!」

訳の分からないPCの操作ながら必死に弥生の言うとおりにして
「弥生が何を探っていたか」を消した。

「そして、核心に触れる、或いは自ら近づくような真似をしてはダメだと
 改めて伝えておいて、どこに類似した罠があるとも限らない…!」

「わ…判りました…そして弥生様は…!」

もうそろそろ左半身の一部と頭だけになりつつあった弥生、

「私が消えたら、PC後ろのチカチカ時折光る「LANケーブル」があるから
 引っこ抜いておいて、そして裕子なら判ると思う、私の体のデータを
 残してあるドライブを引っこ抜いてどこかで保存して置いて欲しいのよ」

「それは…」

弥生はそこで緊急事態ながら冷静な、強い笑みで

「いつか折を見て「戻ってくるため」よ…!
 当分逃げ回りつつ折角デジタルデータとして動けるようになるんだもの、
 世界中の知に触れてくるわ、向こうも追ってくるでしょうけど、
 私の魂だけのデータ量に比べたらダメージを与えようとする分鈍重になる、
 或いはそのデータ量の違いを縫って逃げることは容易くなる」

弥生は一呼吸置いて

「いい、稜威雌、しばらく会えない。
 でも私は必ずこの魔術…一種の呪いを解いて戻ってくる!」

涙に暮れながらも稜威雌は

「…はい…! お待ちしております!」

「…ま、時々は回線に乗って裕子なり葵クンなりあやめなり亜美なり…
 メールくらいは隙を突けると思うわ、じゃ、ちょっと出掛けてくる」

弥生のデータ化が終わり、PC本体に吸い込まれるようになったかと思うと
一本のケーブル越しに光が室外へ、そして果てない世界のどこかへ行ったのが見えた。

稜威雌は泣きながらもケーブルを抜き、自分の体がどのくらいの時間
実体化していられるか判らなかったのでメモを書き、
弥生の体温の残る銃とそのホルダーを重りにして裕子か葵の帰りを待った。

六代弥生、一生の不覚であった。


第三幕  閉


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