Sorenante JoJo? Part One : Ordinary World

番外編:2「1939-2007」

第一幕 開

1939年3月4日……

無骨で大きな機械に何やら管とか配線がまるで部屋の絨毯か壁の模様であるかのような
仰々しい一室に「彼ら」は居た。

「…まったく君は無茶だ…無茶苦茶すぎるぞ…この一ヶ月の間に何回君の体を新調したと
 思っているんだ…幾らスピードワゴン財団からの援助があるとは言え…しかしもう…
 作戦は終了したのだろう? ……シュトロハイム」

手術台を立ててあらゆる工作器具に囲まれたそこにシュトロハイムと呼ばれた男が居た。

「シェンカー博士…感謝しています。
 作戦は成功しました…俺の目は…俺の右目は確かに噴火で持ち上げられた岩から
 鳥の羽状の腕を持つ熱源が飛び出したかと思ったら…他に打ち上がった石に「それ」が
 さらに押し上げられ…計算上地球を脱出する…ということは確認しました…
 「それ」は間違いなくカーズ…拡大率を上げすぎると目標を失いかねなかったので
 熱源探知と併用でしたが…確かに…作戦は終了しました…」

シュトロハイムの義肢の調整を個別にしながらシェンカーと呼ばれた彼が

「…ジョジョという青年、君にとってかなり大きな影響を与えたようだね。
 私の「治療」を受ける以前の君…まだ生身の人間だった君なら
 もっと喜んでいただろうに」

シュトロハイムは未だ半身のままであった、突貫工事による修理で間に合わせていたために
今度ばかりはと長期メンテナンスに入っていたのだった
あの戦い…カーズとの最終決戦の日から四日が経っていた。

「…不思議な奴でした…何故か、アイツは必ずやる…しかしアイツが成し遂げるためには
 誰かが支えてやらねばならないと、そしてそれはこの俺だと思えるような不思議な奴でした…
 残念でなりません…あいつを乗せた岩盤は高度2万メートルから3万メートルは飛んだでしょう
 そんな状態で落下して生き残る確率は…」

「まぁ、ほぼゼロだろうね…」

そんな時だった、シュトロハイム隊の一人がとんでもない勢いでシェンカー博士のラボに飛び込んできた。

「シュ…シュトロハイム少佐ァァアアーーーーッ!!」

「なんだなんだ…騒々しい、報告ならもう少し落ち着かんかッ」

悲しみに暮れていたシュトロハイムだったが、そこで彼は「上官」に戻った。

「でッ…でッ…電話が入っていますッ!! ヴェネツィアから!
 ……ジョセフ=ジョースターからァァアアーーーーッ!」

「…なッ……! 何だとォォォオオオオオオーーーーーーーーーーーーーッ!!」

固定されて動けないまだ半身の彼が動こうと身をよじらせ出した

「いかんッ!! いかん! シュトロハイム!!
 気持ちはわかるが君は今動ける状態じゃあないッ!!
 しかし困った…交換手づてにこのラボへ繋げて貰おうにも電話機はこの部屋じゃあない…」

「おいッ!なぁーにをやっておるゥッ!
 さっさと交換手にこちらへ繋げさせ、電話機を限界までこの部屋に寄せんかァァアアーーーーッ!」

「は…はいィィイイイーーーーッ!」

「あぁ…あぁああ…生きていたのか…ジョセフ=ジョースター…!」

「…信じられん…彼を乗せた岩が確かに高度2万メートルまで持ち上がったというなら…
 いや…理論上自由落下は数百メートルを超えた辺りでほぼ速度そのものは一定にはなるが…」

この時から数十年後、1972年ユーゴスラビア航空364便が高度1万メートルで空中分解し
乗員乗客27名が死ぬという痛ましい事故があった…しかし…一人だけ…!
何と生存者が居たのである!
落ちた時の状況や落下してからの救助、救命の的確さ、迅速さが求められたが
客室乗務員が一人、確かに生き残った出来事があった…!

兵士は目一杯電話機を引っ張ってラボの入り口までは来たが中には入れなかった。

「いいッ!そこでいい!
 おい、ジョジョ!! お前かッ!ホントーに生きておるのかッ!」

シュトロハイムは力の限り叫んだ。

『ああ…いや、おい…賑やかな奴だな…相変わらず……俺…今ちょっと目を覚ましただけ
 だからよ…またいつ気絶するか判らねぇんだ…お前が無事なら…それでよかった…ぜ…』

シュトロハイムの右耳に相当する部分はその音声を確実に拾った。

「怪我の状況はどうだッ!? 必要なら今すぐこちらのラボからそちらへ
 左うでだけは届けてやるぞッ!」

『お…マジか…助かるぜ…流石にこれから先を考えるとな…
 俺の腕はカーズに突き刺さった後…カーズを更に上へ吹き飛ばしながらどっか…いっちまったし…』

と、そこでジョセフから誰かが受話器を取り上げたらしい

『あ〜軍人さん!ジョジョは今喋られるような状態じゃあないの!
 これ以上は、もー少し回復してからにしてねッ!
 っていうかまたジョジョが起きて無茶言い出しかねないから
 電話処分しちゃいますからね!』

必死そうではあるが軽そうな女の声だった、確かスージーQとかいう使用人だ。
恐らく目が醒めてからまずは共にあの場にいた自分にだけは無事の確認をとろうと
思って無理を言って電話を掛けさせたのだろう事はシュトロハイムも理解した

「判った!ジョジョを宜しく頼むぞッ!」

少しして部下が

「…切れました」

シュトロハイムは感涙にむせたかのように部下からも博士からも背を向けるように
していたが、残った左手で左目を拭ったかと思うと

「hhhはあああああかせェェエエエエエーーーーーーーッ!!
 今すぐ!今すぐヴェネツィアへ…!奴の元へ行ってやってくれェェエエエエエーーーーーーーッ!」

しかしそれには博士が呆れたようにため息をつきながら言った。

「そうは行くかい、シュトロハイム、今の君は何か停電でもあったらいっぺんで
 生命維持が効かなくなってしまう状態なんだ……数日待ちなさい、君を
 数日放置できるようにしてからなら君の大切な戦友の元に行こうじゃあないか」

この頃ドイツは少し先になるが14日、15日に東欧で大きな動きを見せることになる。
もう、世界大戦は目前であった。

「どうあれ、今のジョセフ=ジョースターの言から見ても、カーズは地球外放逐
 されたことで確実なようだ…君はもう暫くしたら…軍に戻らねばならないよ」

「判っております…ミハエル=G=シェンカー大佐…それが軍人の本分であります」

シュトロハイムも少し落ち着こうと努めて自分本来の働きを肝に銘じているようであった。

そして、時はそれより数週間後。
未だシュトロハイムは徹底したメンテナンスを受けていた。
それというのも、彼の付加装備について少し悶着があったのである。

「作戦は成功したのだろう?だったら、君の装備を対吸血鬼用から
 対人用へ換装しなくてはならないのは君だって判るだろう」

「…判っております、博士…しかし…嫌な予感がするのです。
 我がシュトロハイム隊とスピードワゴン財団特別科学戦闘隊…そして訪れた朝日は
 確かに「その場にいた」吸血鬼を殲滅しました……たが……嫌な予感がするのです!」

「その場を逃れた奴がいたかもしれないと?」

「可能性ですが…」

「…ふむ…それについては偵察なり出して足取りを追ってみないと何とも言えないね
 少なくとも私が勝手に判断していい事じゃあない」

「申し訳ありません……ところで、ジョジョの奴はどうでした…?」

「ん……ああ……東欧の方でごたごたしていたから詳しいことを言いそびれていたな…
 左手は確かに君の言うとおりの位置から綺麗に切断されていたよ。
 私の研究する生体融合型義肢は使う人間を選ぶが…彼には適合できたようだな
 今頃はリハビリも始めているんじゃあないかな、
 波紋で溶けたという脚は何とか自力回復できそうだった、破壊したのが波紋なら
 治すのもまた波紋、一見パラドックスのような真理だね」

「そうですか…良かった…」

「一度くらいはやはり会見したいかね」

「そりゃあ出来る事なら…だがしかし…」

「どうしたのかね」

「先刻俺が抱いた「嫌な予感」…もし…もしそれが当たっているなら…
 もう奴を巻き込みたくはありません、だからもし…吸血鬼の残党
 及びその配下のゾンビが存在しているとあらば…俺はそちらの排除へ
 直ちに回りたいのです」

「…確かに、紫外線照射装置は「柱の一族」には効果が厳しいが吸血鬼以下
 ゾンビ程度なら破壊力も十分だ、それほどまでに、惚れ込んだか、イギリス人の彼に」

「…奴は…アメリカへ渡るでしょう、元々そうした矢先に今回のことへ
 奴は「巻き込まれたに過ぎない」訳ですから…」

「スピードワゴン財団とも流石に連絡しにくくなっているんだが…
 三月三日時点で確かに一度関係者はアメリカへ全員渡っているみたいだね
 リサリサという女性はSPW財団の医療班が担当のようで私は容態を知らないが…
 ジョセフ君もきっと後を追って渡るのだろう、なるほど
 巻き込みたくない、か、君らしくもない」

「俺は今回の一連の事件にどーしてジョースター家が絡むのかを
 メキシコでスピードワゴン本人から聞き出しました。
 そして、そのためにどれほどの悲劇が繰り返されたのかも…
 更に奇しくも俺自身がその奇妙な螺旋の中に一度は入り込んでしまった。
 「だから」……折角生き残った「奴」だけは…奴だけはもう、巻き込んではならないッ」

シュトロハイムの強い意志だった、それはつまり少なくとも
ジョセフ=ジョースターには何も告げずに今後の活動を行うという意味だからだ。

「…君は…軍人としては何かを忘れてしまったかも知れないが…」

シェンカー博士が作業を再開しだした

「人としては、ずいぶんと成長した物だね」



結局、その後ジョセフとは連絡が取れなくなってしまった、いや、取れなくしたのである。
世界情勢の意味もあるが、見つかってしまったからである、吸血鬼の残党が…!
もし何気なく平静を装ってジョセフと対面したり会話したりしたとしても
ほんのちょっとした言葉や表情の端から彼はシュトロハイムが「順調だ」などと
「嘘を言っている」事に気付くかも知れない、まだ、完全には決着が付いていないことを
知ってしまうかも知れない。

厳しい情勢を縫って向こうから連絡があったのだとしても、シュトロハイムは
部下にこう答えさせ、直接は話さないようにした。
「部隊復帰をして進軍中である」
と。



1939年夏
ますます予断を許さない状況のドイツに一人の男がイタリアから招聘された。
全てが解決したことになった後、波紋を継ぐかどうかを迷っていたメッシーナである。

「よう、軍人、相変わらず不死身だな」

「貴様こそ、左うでは順調なようだな、まったく、波紋使いの精神力も大した物だ」

メッシーナもワムウの豪快な一撃により左うでを欠損していたが、失った部分の
補強を加えた上で一応は手そのものは生身の皮膚を持った状態で復活したのであった。

「…で、俺をここへ呼んだ理由は何だ?
 まだ波紋から何かを知りたいのか?」

そこは小さめではあるが作戦室のようだった、シュトロハイム隊代表の他数名
責任者格の軍人も居るようだった。

「…それもある、対柱の一族用体術としての用途はひとまず幕を下ろしたのだとしても
 まだまだ医学的にも注目すべき点はあるからな……」

「そっちの用途はチベット派にでも聞いてくれないか…リサリサがチベット派の
 正統後継者でもあったが、もう彼女も波紋は捨てるようだぞ
 彼女にとって波紋など忌むべき異能に過ぎない面があるからな」

「うむ、それは理解しておる…「だから」メッシーナ、貴様を呼んだのだ」

「…どういうことだ?」

部屋の照明が落とされ、壁のスクリーンに写真が投影された。
それは、欧州の片隅の闇に生き残る吸血鬼の姿であった、
その吸血鬼が一般市民を闇の中で襲い、生命を吸い尽くす様が
いかにも隠し撮りと言った趣で映し出されていた。

「こ…これは…ッ!!」

「スロバキアでの一幕だ…時はホンの数日前…これがどう言う事か、判るな?」

「…なんて事だ…俺は無様にも最後の戦いの場には居られなかったが
 全ては済んだ物となっていたぞ!」

「まぁ、ジョースター家にしてみれば因縁の本分は断ち切られた…
 そう見ていいんじゃあないかな…もう既にアメリカへ完全に移住したようであるし…
 だが、この欧州にはまだ…奴らがごく僅かではあるが残っているッ!!
 スピードワゴンには既に連絡を取ってあるが同時にジョースター家には
 何も告げるなとも釘を刺しておいた、予算は当面半分を財団の方からも
 持ってこられる」

「今更波紋などに用があるのか?紫外線ナントカいうものもあるのだろう」

「相手は柱の男には力は及ばぬが、人を超越した魔物だと言うことを忘れたかァッ!
 我らは軍人、必要な装備と屈強な精神を持ち立ち向かう気概は十分にあるッ
 だぁぁああがしかしィイッ!!
 奴らの運動能力や特殊能力に拮抗するためにはァアアアーーッ!
 波紋の力が必須であるゥウーッ!と、この俺は言っておるのだァァアアーーーーッ!」

「…わ…判った判った…相変わらず人に物を頼む態度を知らない奴だな…」

こうして、メッシーナは正式にローマ派の波紋を継ぐ事となる。
継いだことそのものはリサリサには電報で告げたが、
会話でボロを出さぬよう、スージーQが電話機を処分した事を幸いに
「ついつい再設置を忘れた」事にして、電報や手紙だけのやりとりを
続けることとなった。

そう、ここから先の欧州でのちょっとした騒動は、
全て正史から外れた歴史の一端なのだった。



最初の残党は4月には見つけていて、それはシュトロハイム以下部下たちが掃討した。
見つかった吸血鬼は三名…それらを倒すのに隊も少なからず損傷を受けた。
そこで夏に見つかった個体についてはメッシーナを招聘することとした
シュトロハイムは、以降2、3ヶ月おきに残党を見つけては確実に葬ってきた。

メッシーナの波紋技は少し特殊な物だった。
覚えているだろうか、シーザーへの最終試練の際、メッシーナが腕の毛をむしられたことで
戦意喪失し、シーザーを合格とした出来事を。

「貴様の波紋の技、一見笑っちまいそうな物なのに…しかし吸血鬼やゾンビには
 絶大な効果を発揮するな…おかげで部下や装備の消耗も抑えられる、助かるぞ」

「フン、何とでも言うがいい、俺の『武装鎧(アームド・アーマー)』は
 実用じゃあトップクラスなんだぜ、ワムウの奴には遅れをとってしまったがな!」

メッシーナの技、それは全身の毛という毛に微量の波紋を帯びさせておくと言う物だった
その技がセットされた後、ひとたび何者かが触れよう物なら全身の毛に蓄積された
波紋が触れた物めがけて流れてゆくというものだった
加えて一点集中の波紋を流し込むことが出来たなら、それは確かに柱の一族にも
対抗できる物であったことは、彼の名誉のために付け加えておこう。
シャボンという技を持つシーザーは基本的に「はじく波紋」を使っていたため
(対ワムウ戦の「グライディン」には「くっつく波紋」が使用される)
アームド・アーマーの波紋が逆流し、彼の腕の毛を剃り上げてしまった
と言うわけである、毛は彼にとって有用な武器であり、それ以上の戦いは
来るべき柱の一族との戦いに不利になる可能性を考慮し、そこまでの弾く波紋を
操れたシーザーに合格を出したのだ!

こう書くと語弊があるかも知れないが、メッシーナは密かに充実していた。
柱の一族との一件では同輩であるロギンスを失っているし、自身も
シーザーを呼び止めに行く役目のため(もみ合うことも予想されるため)
アームド・アーマーもセットする間がなかった。
相手は吸血鬼と「格下」ではあったが、普通に考えれば十分な脅威である。
人類のテクノロジーや波紋といった技術が少なくとも吸血鬼相手であれば
広範囲に無条件の恐怖をまき散らすこともなく、狭い範囲で片をつけられる。
ロギンスの仇はジョセフが討ったわけだが、それらが残した吸血鬼を
討つこともまた、彼の弔いであった。



1940年1月…それはいつものようにまた「残党が見つかった」という
メッシーナへの連絡から始まったのだが…

「こんな時に雪とは…スマンが今回俺は参加できそうにない…!」

イタリアはあまり雪の降る地方ではないのだが、その時ばかりは
結構な降雪量があり、鉄道が混乱することは明らかであった。
伝令係のドイツ兵から移動式の電話を受けながら、メッシーナは
悔しさを滲ませ伝えた…

「しかし…奴らだけで大丈夫なのか…もう…欧州中に散って
 残党を捜す役目を持った奴以外…実行部隊はシュトロハイム以下
 二人しか兵がないはずだ…これ以上部下を減らしては…続行不可能になるぞ…」

しかし、伝令係が電話を受けるとメッシーナにこう伝えた。

「あ…あの…メッシーナさん…「今回は代りを見つけたのでいい」…そうです」

メッシーナは驚愕した

「代り!? 代りだって!? おかしいぞ、一体何処に代りなんて居るというのだ!?」

いや、補足せねばなるまい。
本来ローマ派の波紋道場にももっと多くの門下生は居たのだ。
だが、1930年代に入り「もうそろそろ柱の一族が目覚める頃である」事が予感された時点で
リサリサはこのメッシーナやロギンスとも話し合い、一定水準にみたぬ門下生を
破門にしたのであった。
いたずらに犠牲者を増やさないための苦渋の決断であった。
結果四人しか残らなかったが(リサリサを筆頭に、メッシーナ・ロギンス、そして
 シーザーの父、マリオ)マリオの死後、その意志を継いだシーザーがやってきて
メッシーナを凌ぐほどの実力を身につけ、ワムウを後一歩まで追い詰めたことは
我々もよく知っていることだ。

確かに実力不足、今後数年で柱の男に対抗できるところに至らぬであろう者は
破門させたし、それらの行く末までは知らない。
ひょっとして、その中にチベット派の方に身を寄せた者があったかもしれないが
一時ローマ派に身を寄せていたとはいえ正統後継者であるストレイツォも
メッシーナに言っていたのだが、チベット派は元々医療として、正しい健康な体を作るための
ものであり、体術に特化した者は殆ど居ないこと(ダイアーはウィル=A=ツェペリとの
 組み手なり同輩と言うこともあって、体術的なところにも重きを置いた
 希有なチベット派だった)
つまり吸血鬼対応として応用的にはその力を発揮できるかも知れないが
そちらに特化した者などストレイツォの散った今、居ないはずだとメッシーナは思った。
破門した者が今、自己流で鍛え上げて参戦…というのも考えにくいほど、当時破門した
者達はゾンビ相手でもどうか…というほどだったからだ。

「おい…一体どう言う事なのか詳しく聞いてくれないか!?」

メッシーナも修行の年数では20年近いベテランであり、リサリサには及ばないが
長く波紋事情に通じている身として、純粋に気になったのであった。



「少佐…メッシーナが彼女のことを詳しく教えてくれと言ってきてるんですが…」

駅を兼ねたロッジで伝令を兼ねた実行部隊の一人である兵士がちょっと困ったように
シュトロハイムに告げてきた。

シュトロハイムは「ジョアンヌ=ジョット」と名乗った混血らしいその謎の女性に
目配せをしたが、ジョアンヌは首を静かに横に振った。

「…適当に茶を濁しておけ…、とはいえジョアンヌ、茶の濁し方を一つ間違うと
 意味も無い誤解を招く恐れもある、何かないかね?」

ジョアンヌと名乗ったその女性は紅茶を静かに一口飲んだ後少し考え

「2000年前のローマ派が壊滅状態になった時…散った波紋戦士のうちの数人が
 細々とギリシャやトルコで少人数相手に継承してきた内の一人…とでも言っておいて。
 ギリシャ派もトルコ派も、第一次世界大戦頃には完全に断絶してるわ…丁度いいでしょう」

これは正史にはないものである。
古くから歴史を紡いできたチベット派は別格として、2000年前にも
その波紋を通じて「闇の一族対抗手段」として武道に昇華させたローマ派が存在したが
柱の一族により壊滅状態になった…それは歴史の示すとおりである。
その際、辛くも生き残った者は大半がローマ派の再建に集ったが、一部他の場所でも
波紋を伝え広げておく名目でギリシャやトルコに行ったのである。

しかし、その後のギリシャやトルコの歴史を鑑みても、それらが順調に
行くはずもなかったのだった。
ローマ派とチベット派の橋渡し的な面も最初の頃はあったのだが、人間同士の
争いの中、その役目は早々に途絶してしまい、結局現代まで細々と繋いでは来た物の
近代兵器の発達などでとうとう断絶に至ってしまったのだ。

そしてその事は既に殆ど知られていない事でもあった…。

「よくよく調べれば、多少の記録も出るはずだわ、名簿が出てきたら
 「偽名だった」とでもしていてくれれば…」

「お前…そんな現代の師匠級の者でも知らぬ事実をどこで…」

ジョアンヌはシュトロハイムの口元に、唇には触れないように人差し指を縦に宛がうようにし

「…聞かないで欲しいの、わたしは只の行きずり…たまたま居ただけよ」

シュトロハイムはジョアンヌになにか言いしれぬ「闇」のような物を感じ、少しだけ
背筋が凍るような思いもした…が、彼女は間違いなく人間であるし、割れた氷の
下の湖に落ちた子供を咄嗟に助けに行く、勇気と優しさを持った女性であることは
明白であった、今ここで、彼女の闇を探って何になろう、大切なのは残党狩りの為の
助っ人としての彼女の存在なのだとシュトロハイムは、彼女の言葉に頷いた。



「現場」に向かう途中、シュトロハイムはこの作戦に至る経緯を全てジョアンヌに話した。
柱の一族に関する話にはあまり触れずに…何故か、彼はそれを彼女に話すことを
「愚問だ」と感じて居たからだ。
ジョースター家と石仮面に関する因縁と奇妙な宿命に主眼を置いて話した。
その数奇な運命を、悲劇を、そしてそれに関わることになってしまった事を
何より彼は自らの恥も全てさらけ出した。
柱の男の基礎能力を甘く見積もったがために実験中逃げ出されあわや隊全滅に
なりかかり、自らは生体融合型義躰で甦ることとなったが、それで柱の一族本隊に
拮抗できると思い上がり、ジョセフが居なければあわや赤石を奪われるところだったこと
ジョセフの絶体絶命のピンチに駆けつけて加勢できたは良かったが、弱ったカーズに
とどめを刺さんと放った紫外線照射装置のせいでカーズを完全生物にしてしまったこと。
ジョセフ=ジョースターを最後まで補佐はし、カーズを地球外に放逐したが
果たしてあれがベストだったのかと言うこと。

そして、柱の一族との因縁が切れた今、ジョースター家には一切の関わりを持たせず
この任務を遂行させることこそが、ジョースター家にだけ運命の枷をはめてしまわないように
するための重要な行動である、と言うことを。

「…それにしても…ちょっぴり時代遅れとは言え…こんなアールデコ崩れの扮装をした
 混血の…しかも女…もっと言えば経歴も謎の女に…よく声を掛けた物だわ」

シュトロハイムはそれについては彼女が「愚答」を吐いたと思った。

「俺が今必要としているのは波紋の戦士だ…そしてその任務の重要性を
 理解して遂行しようとする者だ、そう言う意味で俺は間違った選択はしてない
 …そう信じておるのだが」

「柱の一族の三人はローマのいずこに…という話だけは聞いては居たけれど
 実際に見たことはない…吸血鬼も同様だわ…そう言う意味では素人なのに
 …だからこれは判って欲しいの」

自嘲気味に話し始めたかと思うとジョアンヌは柔らかくも目は真剣に
シュトロハイムを見つめて言った。

「…もし、わたしに何かがあっても…貴方に何の責任もないと言うことを
 それはわたしの因果だと言うことを…」

シュトロハイムも何と答えたものだかと一瞬考えたが

「良いか、運命という物は、孤独では作用しないものだ。
 お前の行動の責任は俺の責任でもある、まぁ…余りプレッシャーを感じるのもなんだ
 気楽とまで言わずとも…余り気に病まぬ方向で行こう、どうも俺とお前は
 「同じタイプ」のようだからな…」

「…同じ…?」

「…一人だとどうしても無茶をするタイプ…誰かのためと補佐に回らないと
 上手くゆかないタイプ…と言うことだ」

ジョアンヌは大変に驚いた。
彼女の能力的にどうしても無茶をしなければ対策の立てようがない、
そして誰かの補助に回ることが出来たなら、多分それが一番自分の能力を
活かすことが出来るだろうと自分でも思っていたからである。
…しかし彼女は孤独な人生を歩んでいたことも痛感した。
だから今、こうして「シュトロハイムの補佐がメイン」の仕事に参加したことも
含み、自らのちょっとした喜びも見透かされたように感じた。

今の今までジョアンヌはずっと、生活のアリバイのために誰かと関わりを
表面的に持つことはあったが、それが続く事はなかった。
何しろ彼女はこの時既に520年…いや、もう少しで530歳になろうとしているのだ…
自分の身の上や心情など話すほど深い関係を持った相手など居なかった。
これからもそんな人物は現れないと思っていた。

この時、ジョアンヌはシュトロハイムとなら、友人になれそうな気がした。
だが、彼は今こそ吸血鬼退治に回っているが軍人である、そして今もう
第二次世界大戦と言われている大混乱の中に欧州がかき乱されている。
恐らく、彼もその巨大な渦に飛び込むことになるのだろう。

ジョアンヌは希望を抱いたと同時に絶望も感じた。

「…そうね、そうだわ…」

彼女は微笑んだような、無表情を崩していないような何とも言えない表情だった。
シュトロハイムはその表情から彼女が感情をもうほぼ無意識のレベルで
押し殺す癖が付いているのだと言うことを理解し、彼女の闇が深いことも
思い知ったが…だが、不謹慎にもシュトロハイムはその決して人に不快感を与えない
僅かに微笑みを「湛えたような」その表情を…どこかで見たような…
そう、それはアルカイック・スマイルと言う奴ではないのかと思った。
それは「生命」を称える微笑みだった。
シュトロハイムは彼女を「まるで神話だ」と思った。



その「イレギュラーな」吸血鬼退治は、一応無事に終了した。
しかし吸血鬼の一人、BBスラッガーというそいつの気化冷凍法により
ジョアンヌの左足首を体から泣き別れさせたのだ。

幾ら波紋使いといえど、これは度し難いダメージのはずなのだったが…

彼女はそれを「困難な処置」の振りこそはしているが、着実に凍った足首を溶かした上で
繋ぎ合わせている、部下どもは「やはり波紋は凄い」などと感心しているが
違う、これは波紋の効果ではないと言うことをシュトロハイムは見抜いていた。

BBスラッガーの体中に塗布された白色塗料が紫外線をも反射させる
「対紫外線照射装置」鎧だった物を、ジョアンヌの体から発散された
何らかのエネルギーがその塗料の組成を変えて紫外線が通るように
したことも、右目から分析できていた。

それは、軍も研究している(とはいえ、それは自分及びシェンカー博士の領分ではない)
「矢」と呼ばれる物が及ぼす「効果」なのではないか、と言うことを
シュトロハイムは推理したが、何しろ自分はそれに精通しているわけでもないので
あくまで予感に過ぎなかった。

幾ら「泣き別れた脚」を復活させたとはいえギリギリ繋がった程度のジョアンヌを
宿屋まで連れて行って、部下に一人分の宿代を払わせてチェックインをしていたところだ…

話は少しずれるが、39年4月に最初の「残党」を発見してから少し残党発見のペースが落ちてきた
事と、世界情勢が絡み、予算は減らされている一方だった。
スピードワゴン財団とも段々と連携が取れなくなってきたのだ。

つまりこの「一人分のチェックイン」もジョアンヌだけを泊まらせる「報酬」であり
彼らは不眠不休で戻らねばならないのだ。

その最中のことだ、部下たちと離れた所にジョアンヌを呼び、シュトロハイムは言った。

「…先ずつかぬ事をお前に聞く、お前は確かに一人だったのだな」

シュトロハイムの真意を掴みかね、ジョアンヌが少し怪訝な表情を見せた。

「…いや、先ほどの作戦中…はっきりとは見えなかったが何者かがこちらを見ていた気がしたのだ
 日中で吸血鬼ではあるまいと思っていたし、特に何をするでもなかったので
 特に構わなかったのだが…友軍の視察だったのかも知れん」

「わたしは一人よ、でもわたしには何も感じなかったわ、誰かがつけてきていた…?」

「…それも定かではないのだ、俺が言うのも変な感じだが…「そんな感じがした」だけなのだ」

「…わたしも一つだけ違和感を憶えたけれど…でも思い過ごしだったかもなのよね…」

「まぁ、敵意のような物ではなかった、気にするまでもなかろう、それよりジョアンヌ
 ……ドイツには近寄るな」

「…えっ?」

「今軍はかつてオカルトと言われた物も含めて科学的な研究を始めておる…
 お前の泣き別れた足をくっつけた…吸血鬼の鎧を剥いだ謎の能力も
 それにまつわるような研究をしていることだろう…「矢」とか言う物の事だ…」

「…知っているの?「矢」の存在を…!」

ジョアンヌは少しそれを「忌むべき物」と考えているようで彼女の正義に火が付きかけているのを
シュトロハイムは感じた。

「…いや、俺は直接担当ではないし、その研究に触れるような接点もない、
 これは只の俺の勘だったのだが…やはりお前は「憑神」とかいうものを持っておるのだな」

ジョアンヌは少し観念したような表情になった、純粋な波紋使いではないと言うことが
バレたことが、ちょっと彼女の絶望感の正体にも繋がっていることをシュトロハイムは直感した。

「俺の先ほどの言葉に嘘はない、本心だ、お前は人類の良心であり、神の遣いだと今でも思う
 だが…だからこそ…ドイツには近寄るな…今のお前にはあまりに危険な国になりつつある…」

ジョアンヌはほんの少しだけ寂しそうな雰囲気を見せた、折角、仲間と呼べそうな
人と出会えたのに、もう二度と会えないのだろう、という予感を感じたのだろう。

「そう悲観した物ではないぞ、ジョアンヌ=ジョット、俺はお前の名は忘れないぞ」

そればかり聞くと、ジョアンヌは決心したように言った。

「戸籍も確かにジョアンヌにしてあるわ…でも…わたしの本当のファーストネームは
 ジョセッタ…ジョセッタ=ジョットよ、ありがとう、ルドル=フォン=シュトロハイム少佐
 貴方の事も忘れないわ」

シュトロハイムは少しだけ満足そうに微笑んで

「古代ローマの詩人ヴェルギリウス「イーニード」からの言葉をお前に贈ろう。
 『不幸に屈する事なかれ、否、むしろ大胆に、積極果敢に、不幸に挑み掛かるべし』
 では、さらばだ」

少し気障に感じる「閉じたチョキで手のひら側を相手に向けこめかみ辺りに当ててから離す動作」を
してから、彼はチェックイン作業の終わった部下二人をせっつき外に出て行こうとした

「ええ〜〜自分たちもお別れくらい言わせてくださいよォ〜〜」
「そうですよォ〜いや〜できればもっとちゃあんとスカートの奥も眺めてみたかったなー」

今なら確実にセクハラ扱いの発言をしながらジュアンヌとの別れをしている部下に
シュトロハイムは「おのれら…」という雰囲気を纏わせる

「つか少佐ぁ〜〜自分たちもたまには宿で泊まりt」

とまで言った時にシュトロハイムの回し蹴りが二人をぶっ飛ばした
(威力は抑えてあるのが判る)

「タコス!」と叫びながら二人は吹き飛び、シュトロハイムがその二人を引きずって
去って行ってしまった。

これがシュトロハイムの奇妙な邂逅だった。
ジョアンヌにとっても、この出会いは何気なく大きかった。



1940年夏、イタリアに吸血鬼の残党が確認され、それはメッシーナとシュトロハイムで
難なく仕留めたその後の事だった。

メッシーナに呼ばれてエア=サプレーナ島の邸宅地下の資料室へと向かう途中から
会話は始まる…

「吸血鬼の残党も流石にそろそろほぼ潰した状態のようだな、
 俺が参加できなかった一月から今回まで半年以上空いちまってるしな」

「うむ…もうそろそろこちらの作戦も終了か…ただ…本当に全てを終わらせるなら
 何十年あっても足りぬだろう」

「財団の支援はいつまでだ?」

「一年何も発見がなければその時点で終了だ」

「一年か…あと一回くらいは出番がありそうだな…さて」

メッシーナが案内したそこは古い古い記録や名簿と言った物がひしめく場所だった

「酷い埃だな…オホン! ウォーーッッホン!」

シュトロハイムは喉や鼻といった呼吸器官は生身なので余りの埃の多さに少々辟易した

「ああ…そうか、俺は弾く波紋があるからそうでもないが…どれ…」

一点集中の「くっつく波紋」で埃を集め始め、ある程度固まったところで
それを適当な紙袋に突っ込んで封をした。
もの凄い大きさの埃ボールにまた少しシュトロハイムはうんざりもしたが

「…それで…俺をここに呼んだ理由は何だ?」

「19世紀末辺りからの門下生をチェックしていたんだ…
 お前がその女から聞いたというトルコ派ってのも資料があったんで
 …とはいえ、慎重に扱ってくれよ…何しろそれは1900年前のものだからな…」

あの女の「嘘の経歴」がそんなに気になっていたのか、とシュトロハイムは呆れもしたが

「ふむ…確かに…ギリシアやトルコ方面にも少数閥があって交流があったようだが…」

「…殆どそこで情報は途切れているよ、そしてギリシアやトルコの方へ政府を介在させて
 調べたが、確かに波紋武道はそこに存在「していた」そうだ…名簿までは手に入らなかったが」

「そんなに気になるのか、あの女はちゃんと役目を果たしたぞ」

「気になるさ…なんだろうなぁ…人間の限界を超えた存在の予感がしたんだよ
 俺の知る限りの人脈だと「それは有り得ない」という…直感のようなもんさ」

意外と、こう言う特殊な技能での経歴という物は厄介な物なのだなとシュトロハイムは思った。

「リサリサは身分隠しでローマ派を隠れ蓑にしたが…その逆か…」

「びっくりだぜ…彼女がジョジョの母親だったとはな!ハッハッハ」

シュトロハイムはスピードワゴンへの自白剤での強要尋問で知っていたことではあったが
特に誰かに(ジョジョを含め)話すべき内容でもないので相手の知識に合わせて話を進めていたが
どうやらもうリサリサ…エリザベス=ジョースターに関しては喋っていいようだなと思った

「そういやぁ、ジョジョとはあれから一度も会ってないのか?
 飛行艇の浮きの中にお前が潜んでカーズの脱出を阻んだ瞬間の嬉しさを
 アイツ良く語ってたモンだぜ、面倒な奴だけどいい奴だってな」

シュトロハイムは少し苦笑の表情を浮かべながら

「馴れ合っては行かんのだ、俺と奴は敵になろうとしているんだからな」

「フン、あとは、このどす黒い石仮面の裏の波紋にぶつけてはならない、だろ」

メッシーナも理解していた、未だにエリザベスやジョセフとは手紙でのやりとりだったし
その内容もひたすらどうでもいいようなことばかり「あえて」書いていたからだ。

「そんな事より…それを言いにわざわざ俺をここに?」

「さぁ…こうしてみると、あの一ヶ月の為にこの年月が費やされたのだと思うとな」

数メートルの高さまでびっしりと種類や本が棚に詰め込まれているのを
メッシーナは感慨を持って見つめた。

「そして…一月にお前と同行した女が…この中には居ない…という謎がどうしても
 引っかかってな…」

「…ふむ…」

シュトロハイムが棚を見回す。
収容人数の関係なのか、果たして製本技術の限界なのか、はたまた歴代師匠の
「美学」なのか、名簿や資料はほぼ同じ厚さのファイル(のような形式)か本だったが

「む」

シュトロハイムがその中の一冊に手を伸ばした。

「どうかしたのか?」

「…ああ、いや…他に比べて明らかにこれだけが厚いと思ったのでな…」

それは15世紀後半に編纂された物のようだった。
そこだけ厚かったのには理由があった、どうもその時の門下生の一人に
謎が多く、そのために他の門下生の間に「疑惑」が巻き起こっていたこと
疑惑の渦中の門下生は明らかに善良なので、何とかしてやれないかと
当時の師匠の苦悩がしたためられていた。

「お前、古代ラテン語の他にも中世ラテン語も判るのか?」

猪突猛進脳筋馬鹿のようにシュトロハイムを思っていたメッシーナがからかい気味に言うと

「俺のミドルネームは伊達ではないのだぞ…古くはそれなりの身分であったからな…
 後…中世のラテン語は一度古代回帰しておる…新たな単語などはまた別だがね…」

特に気にする様子もなく、その15世紀の本を読み込むシュトロハイム。
密かに教養高いシュトロハイムにメッシーナは意外に思いつつ

「…で、何か面白いことが見つかったのか?」

そのうちシュトロハイムは一カ所のページに釘付けになった。

「どうしたんだよ? なにが書いてあるんだ?」

メッシーナがのぞき込むと、果たしてそこには恐らく当時の芸術家…あるいはその
卵がスケッチしたのであろうペン画があった、そこに描かれているのは一人の女性の肖像のようだった。

「「疑惑の女」…おいおい、何だこりゃ」

メッシーナも基本教養としてのラテン語は理解していたのでその絵の隣のページの内容に
不信感をあらわにした。

「ふむ…どうも…1420年代中頃に入門して以来20代半ばに差し掛かってから成長の一切が
 止まったようになったことに「悪魔なのでは」という噂が立ったようだな」

「悪魔って…(鼻で笑うように)リサリサだってあれで50だったんだ、
 波紋ってのはそういうモンだろうに」

メッシーナは実例がすぐ側にいたことで笑い飛ばしたが

「1412年生まれらしいから…日付から1480年に編纂されたとして…68歳…」

流石にメッシーナもそれには「おかしい」と思った。
恐らくリサリサも流石にその年になれば40代前後くらいの外見にはなるだろう。

「それにこの顔…」

シュトロハイムは何よりそこに驚いていた
人種も違う、細かい輪郭や髪の毛の質、色など確かに違うのだが…
顔のパーツが「ジョアンヌそのもの」だったからだ。

「その女の名前は何て言うんだ?」

「疑惑の女」だの「彼女」だのとしか書かれていないのでメッシーナがせっついた

「ふむ…いや…名簿部分で全員分の名前は載ってはいるが……こ…これ…は…!」

見つけてしまったのだ「ジョセッタ=ジョット」の名を。
シュトロハイムがかつてジョアンヌに感じた闇は今目の前に広がった。
彼女が自らの本名を名乗るのにどれだけ勇気を奮ったかも理解した。
ローマ派の波紋と交流があるということはその気になれば
自分が彼女のことを調べることも承知した上で彼女は名乗ったのだった。
一気に吹き出すシュトロハイムの冷や汗に只ならないことを理解したのだと
メッシーナも理解したが…

「…おい、どうしたシュトロハイム…おい…「まさか」…
 お前に同行した女の名がそこにあったとか言うのか?」

抑えきれない衝撃を何とか抑え込もうとシュトロハイムはやや間をとりながらも

「…いや…そんなはずは…ないだろう…? あろうはずがない」

「じゃあ…ギリシャかトルコ辺りで技を学んだ…その女の血族…そういう…ことだな」

「ああ…そうだろう、そうだろう…」

真相を知ったシュトロハイムはその衝撃の全てを受け入れる覚悟をした。
メッシーナももう聞くまいと思った、好奇心を奮ってはならない場面が確かにあることを
彼もよく知っていたからだ。

シュトロハイムは、何を思ったか古い紙のひしめく中に白紙を探し、
そして万年筆を手に取り、「疑惑の女」の肖像を見つめたかと思うと
右手の義手が高速に稼働し、その肖像を「コピー」し始めた。
メッシーナには、それがシュトロハイムにとってそれなりに大事な記憶なのだと
言うことが判ったし、もう何も言うまい、聞くまいとも思った。
描き終わると、その紙を丁寧に折りたたみ、シュトロハイムが制服内側の
ポケットに入れた。
そして気を取り直すかのように、何事もなかったかのようにシュトロハイムは名簿を戻しつつ

「…それにしてもなるほど…これが2000年の重みか…生き残った波紋の戦士も
 師匠クラスが全滅していたことで伝承も朧気になったのだろうな…」

「赤石か…なんの因果か…ジョセフが記念品として今でも持ってるぜ」

改めて今自分たちが抱えている物は「あくまで正史から外れた歴史」なのだと
二人は別な感慨も抱いた。

そして1941年に最後の掃討作戦が行われた後、1942年、この作戦も終了した。

シュトロハイムの対吸血鬼対応装備は全て対人兵器に変えられ、
前線に投入されることとなった。
そして1943年、スターリングラードのあまりに過酷な戦場にて、
彼は友軍のために散った。

メッシーナは戦後直ぐ波紋の道場を再開した。
その後彼はそれなりの長生きをすることにもなる。


第一幕 閉

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