俺は、ケントに適切な指示を与え
スタンド能力の使い方を指南したジョーンにそう思った。

スタンド使いって言うのは大概は単独で存在し、
寄り集まって仲間や組織になることはあっても
大概お互いには干渉せず、能力を適材適所に
利用しあって困難を乗り越える。

そういうものであって、「成長」は個人の問題だと思っていた。

この女が自分たちの事務所に現れるようになって一週間…?
いや、一ヶ月か?
どっちだったっけ、まあいいや。

(俺たちがジョーンと初めて会った)その日はアイリーもルナもポールも
仕事で埋まってた。
俺とケントの二人でインコ探しとはいただけなかったが
仕方ない、仕事だからな。

どうやらインコは見つけたがどうにも捕まえられない。
俺の「風」もケントの「壁」も下手をしたら鳥を傷つけかねないからだ。

いたずらに細い路地を走り回り、追いかけっこだった。

まったく、仕事じゃなければ投げ出しちまいたいところだった。

路地を抜けてちょっとした空き地に出ると、そこに女が居た。
手を差し出し、その指にインコが止まってるじゃあねーか。

すぐにも保護しようと近寄ろうとしたケントを静止し、その女に
俺は鳥が逃げ出さないよう努めて静かに言った。

「…なぁ、すまないがその鳥を探してるご婦人が居てね、
 ゆっくりでいいから捕まえてこの籠に入れてくれないか?」

女はこちらを見てにこやかに言った。

「そう、あなた(インコ)もちょっぴり自由が欲しかったのかな…?」
ここからが俺を(ケントも)驚かせた。
女はそのままに立ち上がってインコの頭を撫でながら近寄ってきたんだが、
そのインコが下手に逃げ出さないようになのか、その羽を軽く押さえるように
別の手が見えた。
甲冑でもまとってるかのような、そう、それはスタンドだ。

一瞬の判断だ。
「こいつは敵なのか?」
その気に当てられたのか、インコが暴れだした。
俺たちはヤバイ、と思ったんだが、女はそのままあわてて俺の持つ籠のなかに
手ごとインコを突っ込んで急いで籠の扉を閉めた。

痛がってる。

なんだ、こいつは?
笑っていいいもんだか警戒してていいもんだか。

それでも、受け取ってから俺たちは一歩下がり、いつでもスタンドを
出せるように精神を高めた。

「…ありがとう、礼は言うが、お前は何者だ?」
「スタンド使いだよなー? チラッと見えたぜぇー?」

女は俺たちのリアクションには驚きもせず、にこやかな微笑のまま言った。

「わたしが敵になるのだとしたら、
 それはあなた達がわたしに敵意を持ってるということ」

俺たちは目を合わせた。
なるほど、頭から信用するわけじゃあないが、
「スタンド使いを見たら敵と思え」というのもかなり短絡だ。

女は籠でちょっと切った手の傷をなめて続けた。

「わたしは敵のつもりはないわ…しばらく街の端っこで暮らしてたら
 こんな会社ができてたのねぇ…敵って言うことは一社じゃないって事かな?」
「ううー…なにすんだよ、ウインストン…
 てめー鳩尾にばっちり入っちまったじゃあねーかよォー」
「悪かったな。」
「「悪かった」なんて顔してねェーぜぇ、おいよォー」
呼吸がやや侭ならないのかケントは前屈姿勢で鳩尾をずっと押さえていた。

「…ん、いや、本当にすまん、マジで入っちまったか?」

俺がケントの様子を見ようとケントの方を向いたとき、
女が既にケントのそばに居た。
奴の鳩尾に手をやり、スタンドの手と共に軽く「ぽん」と叩いたんだ。

お前、そりゃ死者に鞭打つっていうか…やっぱり敵なのかよ?

そう思ってもう一度身構えたそのときだ、
ケントは普通に背筋を伸ばして

「おっ、楽になったよ。 サンキュー、俺はケント、
 あんたの名前を聞かせてくれよォー」

怪我を治すスタンドなのか?
いや、これは怪我とはいえないし「そういう能力が発揮された」
という風にも見えなかった。
ルナがそういうスタンド使いだからなんとなくわかる。

とりあえず、今このがら空きだったケントの鳩尾を破壊するでもなく、
痛みをとってやった訳だ、
「そのつもり」ならケントの命はなかったろう。
俺も名乗ったところで、女は目を細めそして名乗った。

「わたしはジョーン。 ジョーン=ジョット。」
さっき切ってた手の傷はもう消えていた。

なし崩しってわけじゃあないが(いや、済し崩されたか)
とりあえずこいつに俺たちの状況を知ってもらう必要がある。
味方になることまでは望んじゃあ居ないが、敵に回られるのも困るからな。

とりあえず、仕事を終えた後に事務所まで来てもらった。

事務所っつってもよお、そこらへんのアパートを二室借りてるだけなんだが。

ドアを開けた俺たちの目の前にはポールもアイリーもルナも居た。
好都合だ。

「おや、誰かね? そのご婦人は?」

ポール=モール、年長者ってだけでとりあえず所長なんだが…
まぁいい。
次に口を開いたのはアイリーだったが…

アイリー、やめてくれ、俺はそんな軽い男じゃあないぜ。
って言うかオメー、ジョーンが依頼者だとかそういう考えは浮かばねえのか?

ルナは控えめに言ってもジョーンにかなり警戒しているようだ。

「誰って言うか、ちょっと仕事に協力してもらってな。
 …スタンド使いでもある」

俺のこの言葉にルナはともかく、残る二人も警戒心を抱いたようだ。

「だ…大丈夫だよォ、俺、みぞおちこいつ(ウインストン)に殴られて
 マジ痛かったのを治してもらったからよォ」

「…とはいえ、簡単に治癒系スタンドってわけでもなさそうだ、
 いや、ジョーンの能力はとりあえずいいんだ、俺たちの状況を
 知ってもらおうと思ってな、とりあえず敵ではなさそうだからな。」

「ふむ…」

ポールはあごに手をやり、一考するような風を見せた。
見せただけだ、判るんだよ。

「ジョーン君というのかね? こちらは「K.U.D.O探偵事務所」という
 見ての通り小さな探偵事務所でね。
 ここに働きたいって言うのはちょっときついかもしれないね」

ホラ、やっぱり判ってねぇ。

「ぇえ? 就職希望なの? そんな事言ってた?」

「言ってねえ、アイリー。」

「おや、そうなのかね。 私達の状況というと…」

「「BC/LM探偵事務所」とのことでしょ。」

そこで初めてルナが口を開いた。
とはいえ、警戒は説いた風ではない。
俺は補足するように言った。

「そことここは別に表立って争ってるわけじゃあない。
 探偵といっても扱ってる範囲が全然違うからな。
 問題は奴らもスタンド使いの集まりで、俺たちと違って
 能力を悪用している奴が多いって事だ。」

「そうそう、たまにかち合うと見下されててさぁー、ムカツクのよね」

「…まぁ…かち合うって言っても…本当に街ですれ違う程度だけれどね」

アイリーがそう言い、ルナは付け足すが、含みがある。
ケントが続けた。

「すれ違い様に一発ぶちかまされるとか当たり前でよォー、困るよな、
 何つったっけ、えーと、」

「選民思想か?」

「そうそう、それってやつはよォ、俺たちはさぁ、
 派手に能力振りかざしたいわけじゃあねぇーんだ
 ちょっとした特技、ってかんじでよォー。」

「まぁ、あたしたちの能力って、確かにそんな強くもないんだけど。」

そんなことはないぜ、アイリー、お前の探知能力は素晴らしい。
「…まぁ、そんな感じでね、ジョーン君。ロンドンへは初めてかね?」

それまで俺たちのやり取りをただじっと見ていたジョーンは言った。

「…いいえ、何度も来ているし、ここ数年住んでたけれど、
 かなり街のはずれの方に居たし、
 テレビも何もないから、知らなかったの。」

「何だよ、テレビもねェーのかよォ?」

「ええ、ないのw 先日契約が切れて住む場所もないし」

なるほど、だからあんなところでうろうろしてたのか
それで俺達と出会ったということはやっぱりあの法則が働いたのか?

「それで今日のこの展開、やっぱりスタンド使い同士は引かれあう、
 そういうことかしら」

ジョーンがそれを言った。
皆がちょっとそれにドキッとした。
俺たちだってほんの些細なきっかけがなければこんな風に
まとまることはなかったろう。

「…住む場所がないって、お金ないのー?」

アイリーの屈託もない質問だが、ジョーンはまじめに答えた。

「いいえ、あるのだけど、契約更新を忘れてて…留守にしている間に…ね…w」

「もう他人に住まわれてた、とかそんな感じか?」

ややあきれた俺がそういうと少し恥ずかしそうにジョーンは頷いた。
お金はある、その一言と、今はフリーであるという身の上に目を光らせた奴が居る。
ポールだ。

「それは大変だ、ホテルに泊まるのも楽ではないだろうし、どうかね?
 家賃さえいただければ、ここに住んでも構わないのだが…」

それきやがった、このオヤジは恥をプライドに塗り替えるのだけは上手い。
しかし実際それでルナもケントもここにやってきたのだ。
だが余りの稼ぎの細さに、ここの立ち退きも問題に上がってたところだ。

「わたしとしてはありがたいけれど…」

ジョーンはそう言って俺たちに目をやった。

「お前が敵だと思うのは俺たちがそう思うから、…か?」

その言葉に思う節があったのだろう、ルナはややぶっきらぼうにだが
「…好きにするといいんだわ、でもどうなるわけ?
 事務所は男部屋だからもう一室になるんだろうけど。」

「そうよ、そもそも一人用の部屋を工夫して使ってるのよォー?」

「ワンルームってわけじゃあないんだからよ、日本のワンルームなんて
 こんなもんじゃあないんだぜ?」

「なによォ、行ったこともないくせに、っていうかここはイギリスなの」

「…まぁそれはともかくだ、どうかね? とりあえず三か月分など…」

俺たちはポールにあきれ返ったが、ジョーンがどう出るかを待った。

「これしか持ち合わせがないのだけれど…」

ジョーンが簡素な袋から取り出してポールの居る机にそれを幾つか置いた。

「…金貨と銀貨…かね?」

「ええ」

「ユーロでもねぇしペンスでもねぇな」

ケントが物珍しそうに覗き込む。

「…こっちはフローリン金貨、デュカット金貨…
 ターレル銀貨…こっちはフランやマルクだけど…全部古いわ…」

ルナはちょっと前まで大学生だった。
歴史を専攻していたので、こういうことには詳しい。

「どういうことだ? 結構真新しいぞ?」

俺は思ったこと口にした。
ジョーンはその様子に言った。

「偽造じゃあないわ、まぁ、拾ったものとかはあるけれど、本物よ」

ルナが事務所を飛び出し、自室に戻って図鑑を持って現れた。

「……本物だわ、多分。」

「押入れでもクローゼットでも構わない、野宿も嫌いじゃあないけれど
 そういう旅をしてきたばかりだし、雨風がしのげればね」

「野宿って…一体何しにどこへ行ってたの?」

アイリーの極素朴な疑問だったが、言われてみれば大きな疑問だ。
だが、この女も見た目と違ってかなり霧の深い身の上のようだ。

「…いろいろあるのよ、まぁ用事があったのだけど、その時には
 持ち合わせがなくて歩いてゆくしかなった、っていうのが真実なのだけど。」

「…持っててもこんな古い貨幣じゃあ…古銭商に持って行っていいの?
 そこそこの値段になるけれど…」

ルナはジョーン自身への疑念より普通にこんなものを持っている
ジョーンに対し、ちょっぴり興味を抱いたようだった。

「構わない、取りに行かなくちゃならないけれど、まだあるし」

「…まだあるって…」

「銀行は利用しないと決めてるの。 わたしだけが知ってる場所に保管してる。」

ジョーンのそれはどこか確信に満ちていた。
感情的に信用していないと言う意味ではなく、実感がこもっていたのだ。
ジョーン自身への興味はそれとして、ポールは決めてかかったようだ。

「よし、それの意味や価値を私に教えてくれたまえ、ルナ。
 そういうものの交渉には私が向いているだろう。」

「…え、売っちゃうの? フローリン金貨なんてちょっと欲しいのに…」

ルナが何も考えず幸せに学生をやってた頃を思い出したんだろう、思わずもらした。

「今持ってる中に…(袋を探して)フローリンはないけれど、今度もって来るわ。」

ジョーンがルナに微笑みかけた。
ルナはちょっと笑みがこぼれそうになったのを振り払い、努めて冷静を
取り戻すかのようにぶっきらぼうに戻ったように言った。

「別にいいのに…w でも、判った。」

「よし、ジョーン君、君の部屋は隣だ。
 アイリーやルナと同室になるから仲良くやってくれたまえよ。」
ポールは手を差し出した。
こいつはまったく紳士だ。
薄っぺらいが確かに礼儀とプライドは持っている。
ジョーンもそれに自然に応じた。
見た目は俺と同じくらいの(26歳)年齢なのに、この対応振り。
ちょっとこいつに簡単に関わるのもどうかと気持ちがよぎった。
しかしただの直感というかなんとなく思っただけだ。

「でもちょっと待てよ?」

ケントが言った。

「あのよォー? ジョーンはそれでここで働くわけかよォー?」

そんなわけあるかよ、オメーまでポールに毒されたか?
俺が思うや否や

「免許持ってないもの、アルバイトでちょっとお手伝いくらいになるわね。」

フツーに答えてんじゃねぇよ、ジョーン、働くつもりかよ?
雨風しのぐ寝床が欲しいだけじゃなかったのかよ?

「ああ、あたしもケントもバイトだもん、気にすることないよ。」

アイリー、お前もかっ
くそ…こいつら危機意識ってモンが薄すぎるぞ…しかし…

「だとしたら、お前の能力を知らないとな…適材適所はスタンド使いの基本だ。」

そう、俺たちは知る権利がある。
敵じゃない、仲間になるというなら、これは基本だ。

「あたしと同じじゃないの?」

ルナが言った。

「違う、少なくとも俺はそう感じた。」

即座に答えた。

「うーん…一言で説明しきれないのよね…物理量としてのエントロピーって判る?」

ジョーンが言うと俺たちは固まった。
ルナやポールだけ大学出だけあってその意味を頭の中から持ち出そうと
してるようだが…

「…その時が来たら説明するわ。」

微笑みながらジョーンは部屋を出ようとした。

「…あ、ジョーン。 荷物は? 取りに行くんでしょ?」

元々そんな知識がないアイリーが真っ先に考える振りをやめた、懸命だ。

「ないの、着の身着のまま、荷物一つない。 それがわたしの人生。」

日本って国でも最近は家財道具やら揃ってるアパートもあるわけだが
こっちじゃそれが当たり前だ。
家具も皿もフォークもあるもんだ。
…あ、日本ってことは…
俺はふっと思ってジョーンの出てゆく出入り口の扉を見たが、もうアイリーと
出て行ったあとだった。

「どうかしたの?」

ルナが聞いてきた。

「…あ、いや、昔の硬貨があるんなら日本のはないのかと。」

「君は本当に日本好きだね。」

「行ったこともないくせにね。」

俺のちょっとした言葉がその場を変えたらしい。
二人ともエントロピーの意味するところを考えるのをやめたようだ。


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