第一幕、開幕


こういう入りも久しぶりかな、私ポール=モールがお伝えするよ。

それは八月に入って少しした頃だった。

ホリデーシーズン(所謂バカンス)に突入した事もあり、流石にかなり
仕事に間が開くようになった。
何か依頼があっても九月までに見つけてくれれば的な緩い物も多かった。

まぁ、迅速に済ませられればそう言うのも我が社の売りなので、用事は直ぐに
済ませてしまうのだが…

ロンドンの8月上旬…平均気温的には最低気温13度から最高気温24度弱くらいで
朝晩涼しい他は過ごしやすいように思うかも知れないが、天気が先ず不安定である事と
それによって実質「最高気温20度前後(17度の日もあれば25度の日もある)」という感じだ。
まぁ、慣れた物なので雨さえ降っていなければ窓全開で過ごしている。

とはいえ、去年の今頃と今ではもうすっかり社の雰囲気も何も変わった。
言わずもがな、ジョーン君の影響なのだが。

ミュリエル君も今日は今のところ来ていない、来る日は昼を過ぎて直ぐ、という感じで
来るのだが、今日は同年代の友達とでも遊んでいるのだろうかね、そう言う日も
増えてきて、何より良かったと思う向きもある。

一応平日で勤務時間中…ではあるのだが、こう言う時は直ぐに音声OFFに出来るようにしつつも
テレビなどは見ても良いようにしている。
まぁ、情報収集も兼ねている、と言っておこう。

テレビ組にアイリー・ウインストン・ケントの三人。
読書組が私とルナとジョーン君。

そんな時だった、テレビで何やらホリデイに関するニュース、或いは情報でもやっていたのだろう
(流石に余り大きな音での視聴は好ましくないのでね)
ケントが何気なく私の方に向かって

「ウチもよォー、一週間くらいどっかいかね?」

「ぁあー、いいねぇ「暑い」とまで行かなくてももうちょっと緩いカッコできるとこで
 たまにはダラダラをメインで過ごしたいかなぁ〜」

アイリーがそう言う、うむ、アイリーに言われてしまうと私も

「我が社の要がご要望とあっては…それもいいかもね、どのみち八月中は需要も落ち込むし」

「どこら辺がいいのかなぁ、スペイン・イタリア・ギリシャ…まぁ定番だとその辺だがよ」

すっかりウインストンもその気になり始めたようだ。
ルナがパソコンを開いて

「…調べてみる? よさげな所、ジョーン的にNGな場所とかは?」

「うーん…特に今更無いわね…そういえば…流石にもう二ヶ月経ってるから…
 みんなもう色々言葉は忘れた?」

その言葉に私も含め皆がちょっと考える。

「…あー、断片的に…「凄くよく使うような言葉」くらいならなぁ、朧気に…」

「つってもよぉー、ジョーン、多分今の言葉とはだいぶ変わってる地方もあると思うぜェー?」

ウインストンとケントがそう答えると

「それでも…ちょくちょく覚えてる物なのね」

ジョーン君が言うのだが…まぁ要するに他人の言語中枢を操るなんて殆ど経験の無い事
だったのだろうと推察できる、あの時は非常事態だったが…今思うと結構危険な行為
だったのかも知れないと思うと、私は少しばかり肝を冷やした。

「挨拶とか有り難うとか水とか…そんな感じのしか覚えてないなぁ〜」

とアイリーが言った時だった、ルナが何かをしゃべり出した。
…聞き覚えはあるのだが…正直ラテン語っぽいなと言うだけで私も皆も記憶が定かでない。
ジョーン君が驚いていた、そしてルナが

「これだけは…覚えている限りで書き出して…忘れないように努めたわ」

ルナがPCの個人フォルダを開くと、テキストファイルがいっぱいあって
適当に一つを開くと恐らく今の言語だろうものと、英語での訳が併記で示してある。

「…でも、これは観光にはもう役立たないわよね、流石に」

ルナが言うとジョーン君が苦笑気味に

「それは…だってもう600年近く昔の方言だもの…w」

あ、なるほど、ジョーン君の故郷の…その当時の言葉だけは忘れないようにしたわけだね。
なんというか、力の要れどころがルナらしい。

「ドイツ語やフランス語は元々少しやっていたし…それが少し補強されたかな?
 と言う気はするけれどね」

「ああ、そう言う意味では私も独語仏語はそんな感じだな、スペイン語も多少いけるだろうか」

ルナの言葉に私も続く。
テレビ組三人は

「んー…部分的に覚えてるこれ何語なんだろ、境界線が曖昧だよ」

「俺もだ、スペイン語とポルトガル語とフランス語がごっちゃになってる」

「っつーこたよォー、まーあんまり田舎とかにはいけねぇーなァー」

その三人に私が

「まぁ…観光地なら余り気にせず英語で行けるんじゃあないかな
 多少混んでいるかも知れないが、時期が時期だし仕方があるまいよ」

とばかり言った頃だった、ノックがして一人の男が入室してきた。
今日はまぁ普通に暖かいというのにコートを着込んだ男だった

ルナが怪訝な顔をした

「ミルデじゃあないのよ、どうしたの?」

「ああ、どうも、皆さんこんにちは、あ、こないだは見かけはしやしたが
 挨拶も出来ませんで、ジョットさん、お久しぶりでやす」

「ジョーンあなたミルデと知り合いだったの?」

今この社で彼を直接知っている者はルナと私とウインストンだけだった…のだが

「ええ、お久しぶりね…とはいえもう20年近く会っていないような」

「ジョーン君…やはり彼から時々情報を?」

私が聞いてみるとミルデが

「ああ、いえいえ、あっしの親父の方の客だったんですよ、ジョットさんは」

「そう言えばお父様はどうされたの? ここ何年も見かけないけれど」

「へぇ、それについてなんでやす、こちらに依頼をしたいんです」

「依頼ですって?」

ルナがびっくりしたようだった。

「ここ…盗聴とかされてませんよね?」

ミルデが周囲を気にしていた、この間のビディ事件を知っているのだろう

「流石に俺たちももう結構な警戒を敷いてるよ、大丈夫だ」

ウインストンが言う。

「では…あっしの親父は実は8年前に事故で死んでやしてね」

そればかり言うと、ジョーン君が少し死者を悼む表情になった。

「この中じゃ…ジョットさんくらいしか直で親父の能力は知らないでしょう…
 ああ、ウインフィールドの旦那もご存じかな?」

「うん?」

「おや、旦那もしらねぇと来たか…ようござんす、どのみちだ、話やしょう。
 あっしの親父…ニル=ソルテは…1985年に矢によってスタンド使いになりやした。
 能力といいやスか…親父のスタンドは面白い事に姿がありやせんで」

そればかり言うとジョーン君を除いた全員が「?」となる訳だが

「彼のスタンドは「塵」…とはいえ、そうね、概念上「塵」としているだけで
 空気そのものにスタンド能力を付加できる…と言った方がいいかしらね」

「ええ、その通りでやす、空気は気ままにぷかぷかやってるだけの存在でやすから、
 「姿のないスタンド」ってやつでさぁ、それだけにスタンドが発動したとも思われず
 放置され助かったようでがす」

それに対し私が

「ああ、そのスタンド使いは…長髪っぽくてスーツを着こなした若い男かね?」

これは今までの目撃情報や、我々後発スタンド組の記憶を繋ぎ合わせたモンタージュだ。

「いえ、そいつじゃあないんでさ…ちょいと皆さん…特にウインストンの旦那なら
 腰抜かすような奴ですよ」

「あー…っつーこた…もしかしてDIO?」

「ええ、そうでやす、で親父の肝心の能力なんですがね
 世界中何処でもいい「決まった誰か」が何処にいるかを大まかにでも指定すりゃ
 そいつをモニターできて、それをビデオカメラ越しに撮影する事までは出来るスタンド
 なんでやすよ…まぁ、多少不便がありやすが」

「凄いじゃん、あなたのお父さんのスタンド、あたしより凄いかも」

ミルデは人差し指で「チッチッ」とやりながら

「お嬢さん、親父のスタンドはそいつの居場所までは自分で調べないと
 ならないんですよ、さらに「物」は追えない、あくまで生物限定能力でやす」

「スタンド名は…「not the 6 O'clock news」わたしは彼とは偶然に出会ったけれど
 「能力付加されスタンド化した空気」が見えたおかげで割と早く打ち解けられたわ…
 そして彼の能力を買って…1987年からその…ディオ=ブランドーをモニターして貰ってたの」

「今ひとつ良くわからねぇ…多少の不便はどこにあるんだ?」

「なんでやしょ、大昔の8ミリフィルムのような画質で空中にモニターした物を投影する
 わけでやすが…それを記録しても…ダビングが出来ないんでやすよ、
 マスターテープ以外の記録を一切許さない…記録したビデオを流しながらそれを空間録画
 しようとしても、ダメなんです、で、見た事ありやせん?旦那は、その
 エジプトでの攻防をビデオで」

「ある、あるぜ、どっから出回ったんだったか…」

「それが親父のマスターテープでね、イギリス政府も欲しがってやしたが
 市中に散々出回った後に一旦政府の方に行きやした」

「…で、依頼って言うのは何?」

前提部分は終わっただろうと言うところを見計らい、ルナが切り出した。

「親父は表向き事故で死んだんですがね…どうも誰かに殺られたらしいんです
 …おっと、殺した奴を見つけてくれって依頼じゃあありやせん
 親父は最後に何かを探っていたようなんですよ…で、それをどうも
 記録として残してたらしいんでやす」

「…8年前確かに記録されたはずのビデオテープを…探せって事かしら?」

「流石ですなリリーさん、その通りでやす…当時親父が携帯していた
 ビデオカメラからすると…VHSなんでやすが」

そればかり聞くとアイリーが天を仰いだ

「無理だよ、よっぽど外見に特徴があるか何を記録したかが判らない限り…
 VHSのテープなんて世界に何億本あるんだかわかんないよ〜?」

「ええ、お嬢さんにも流石にそれだけじゃあ無理ってモンでやしょ
 そこで当時の親父が「どこで」活動していたか、そしてそれが
 「なぜ今」依頼として浮かび上がったか…本題でやす」

謎めいている、皆固唾をのんだ。

「つい最近の事でしてね…ホテルの一室に宿泊客が戻ると部屋に猿が
 進入していて、何かビデオを見ていた…と言うんでがすよ…で…
 その猿は宿泊客に驚いてビデオを抜き去り去っていった…
 宿泊客はビデオなぞ何もセットしていなかったし、レンタルも
 していなかった…で…ビデオの内容まではよく判らなかったが…
 画質がかなり痛んだまるで大昔の8ミリビデオのようだった…」

「それだけで?」

ルナが聞く

「まぁまぁ…その場所が問題なんでがすよ、親父が最後に居た場所と
 その猿がビデオを見ていたという目撃例が同じジブラルタルなんでがす」

むむ、なるほど…

「あった…多分これだ」

アイリーは早速それを特定した、「猿とVHS」で検索したのだろう。
皆「流石だ…」と思った、ああ、君はなんて素晴らしいのだろう。

「確かにジブラルタルの方向だね…詳しい場所特定は…そこまで行かないと」

「流石でやすな、ホリデイシーズンですし、どうでやすか?
 休暇がてらちょいとあっしの捜し物を見つけてやくれやせんか?」

「急いでねェーのかよォー?」

「親父ももう8年前に亡くなってますしね、今それをあっしが知ったところで
 内容に依っちゃ手が出ない代物かもしれやせん」

「うーん…リスクは存在しうるわけね…貴方のお父様を殺した奴の手がかりとか
 それを巡って攻防がないとは言い切れない」

ルナが慎重に考える。

「それは保証しかねますな…だが…8年ですぜ? 未だに始終探し回っている者が
 居るならそれなりの情報はありそうなもんでやすが」

「それもたしかにそうだわ…情報屋の貴方が言うのだから尚更ね…」

「…んで…報酬なんですがね…」

ミルデは懐から一本のVHSを取り出す。

「一番派手なの持ってきやしたよ、今となっちゃ昔の情報だが…
 結構永遠の記録と思いやすが、これでどうでがす?」

彼が社のテレビに接続されているビデオデッキにそれを入れてスタートボタンを押す

「…!これは…!カイロでの空条承太郎とDIOの最終決戦じゃあねーか!」

「編集不可のビデオで…これがどう言う事か判ったら、度肝抜かされますよね」

ミルデが言う、そう、そのリアルタイム録画しかできないはずの動画では…
DIOも空条承太郎も時々一瞬にして別の場所に移動していたりするのが確かに記録されている

これは凄い…私はこれを初めて見たが…こんなの相手に戦おうなどと言う意思すら沸かない…

「そういえば…ビデオはこれ一本ではないはずだね?私は他のビデオなら見た記憶がある」

わたしがミルデに言う。

「まぁ、これは報酬サンプルでがすよ、親父最後の仕事を見つけてくれたら…この時の
 DIO…とはいえ、彼単体の調査は彼がかなり鋭い事もあって難しく
 周辺の動きから追っていった物になりやすが…全12巻、お渡ししましょ」

「わたしこれ…時々直で見てたのよね、彼の側で、彼はそれを記録しながらだった
 正直こんなのがわたしのスカウトに来たのかと思うと鳥肌が立つわ…
 彼が気紛れで良かったと胸をなで下ろしたのを思い出すわ」

その詳細は、確かに我々はジョーン君から聞いた。

「…確かにこれは…凄い資料になるわ…この手の敵がもし現れたのだとして
 対策を立てるのにも役立つかも知れない…でも…いいの?
 政府もこれ欲しがってたんじゃあないの?」

ルナが聞く、尤もだ、しかも一次政府に渡っていたらしい

「…先日返還されやした、どう足掻いてもダビングは出来ず、親父は
 絶対にこれは譲渡はせんと息巻いておりやしたしね、あっしに返還って訳でさ
 まぁ研究はそれなりにしたって事でがしょ」

「だがよ…それをまた何で俺たちへの報酬に?」

ウインストンが聞く、これも尤もだ。

「親父はですね…これに所有権があるのだとしたらジョットさんだと言ってましてね
 当時ガキだったあっしですが良く覚えておりやすよ、何しろ依頼人はジョットさんですから
 ただし、情報そのものは当時売ったわけですから…このマスターテープとなると
 そりゃあまた価値は別でがす、親父も実費は頂かないとと言っておりやした」

ジョーン君が苦笑する

「なるほどね…それでこの取引というわけね…」

「ええ、どうでやす?」

ミルデは絶対の自信を持っているようだった。

「うちに置いておくよりこちらにあった方が何かと今後も役立つと思いやすが」

「あー、皆まで言わないで…あたしはこの仕事賛成」

ルナが組んでいた腕の右手を挙げた。

「確かに…こりゃすげぇ…12巻だったのかよ…俺幾らか見てねぇのあるぜ…俺も賛成だな」

ウインストンに続き私も僭越ながら手を上げた。

「当時のスタンド使いの数名は存命のはずだ…対策は必要だと思う」

アイリーとケントが見つめ合う。

「あーいやぁ、オレ達はよぉー、凄すぎて何だかそっちの価値は
 テープ探すだけでいーのかよォと思うんだが…」

「…でも…あたし捜査の取っ掛かり始めちゃったんだよね、回収したいな」

アイリーが手を上げると、ケントも手を上げた。

「ジョットさんは?どうしやす?個人的に貴女が賛成しないなら
 あっしはこの話はなかった事にしやすよ」

「反対ではないわ、でも…何かしらね…何だかちょっぴり…
 奇妙な予感がして…諸手を挙げて賛成とも言えないのよね…」

「奇妙な予感? ジブラルタルに何か思い出が?」

ルナが聞く。

「いえ、殆ど無いわ、160年くらい前に近くに行った事があるけれど…
 その内容は殆ど忘れてしまったし…それじゃあないのよね…
 まぁでも「悪い予感」ではないの、だから反対じゃあないわ」

ジョーンが控えめながらも、手を上げた。

「じゃ、そういう事で…このテープは一旦あっしが持って帰りやす。
 納期は特にありやせん、じっくりお願いしやすよ」

彼は帽子をとって頭を下げ、そして社を去っていった。

「ジブラルタルか…まぁ暑過ぎない程度で英語も通じやすく
 …というかイギリス領なのだから当たり前なのだが…
 ゆっくりするにはいい場所かも知れないね」

私が切り出す

「ジブラルタルかぁ〜行った事ないから行っては見たかったなあー」

アイリーが呟く。

「ジブラルタルならロンドンから直で行けるわね、確かにイギリス人にとっては
 お手軽な場所かも知れないわ」

ルナが言うと

「んじゃぁーよォー、飛行機やホテルの手配とかそんな直ぐには
 出来ねェーよなぁー?」

「チェックしてみないと何ともだわね、でもホテルのグレードもある程度
 気にしないで…となればまぁ遅くとも二、三日中には…ホリデイで観光に行くなら
 それなりの用意もしないとね」

「プール!プールのあるトコがいいなぁー!」

アイリーの要望にルナは苦笑しつつ

「はいはい、色々調べておくから…買い出しもあるし
 今日は流石にないけれど、仕事も絡んでるんだし明日出発は
 あり得ると思って、だから、用意は早めにね」

私がそこで

「では…何か新規の依頼があったとして私が皆に連絡をするから…
 君たちは今から自由行動に移ってくれ給え」



「ジブラルタルにホリデイ休暇一週間だって?」

例のパブのいつもの席でジタンが俺に半分呆れたような目線をおくってきた。
俺だ、ウインストンな。

「ああ、ポールはある程度準備があるのか知らんがあいつ以外の全員
 それぞれでそれなりの買い出しだよ、ホレ」

俺が買い物袋を見せる、まぁ海パンとかもうチト温かいところ向けの服とかな。

「お前達も何だかすっかり余裕だな…」

「気は抜いてねぇ積もりだぜ、女三人は固まって行動だし、俺もさっきまで
 ケントと一緒だったし」

「ついでに言えば…いまBCの方は…人不足が深刻だぜ、K.U.D.Oにちょっかい
 かけ過ぎたんだよな…ダビドフも俺も交代要員っぽい仕事ばっかりだ」

「ビディとか言う奴…あれは本当に単独犯なのか?」

「俺は知らん…が…BCではそれなりにリスクの高い仕事もあるから
 離職率も高いんだよな…やれやれだ、一般人応募も増やさざるを得ない状況なんだぜ」

ジタンはエールを煽って

「多分…ビディはそれこそ「スタンドプレイ」だと思うよ、
 まだ傾きやしないが、結構切羽詰まって来やがった…しかし羨ましいな
 ジブラルタルか…祖母の大戦時の疎開先もそこじゃあなかったかな」

「オメーも来たらどうよ? 俺たちの監視とか言ってよ」

俺がちょいとふざけ気味に言うと

「はは…でも…そうだな、言うだけ言ってみるかな…有給だって殆ど使ってないし
 この時期に閑散期ってのはこっちも一緒だし…第一俺の今の夜勤なんて
 一般社員だって出来る事だしなぁ」

「大丈夫かよ、おまえ、食うモン食ってるのかよ?
 酒で済ませる習慣付いてないか?」

心配しちまうぜ、勿論ストレートじゃあ言えねーが

「(苦笑しながら)まぁ…今のところはなんとかな…ただ…
 このまんま昼夜逆転してたんじゃそうなり兼ねん、こないだは仕事だったが…
 実家にもちょいと戻るかな」

「婆さんはまだ元気なのか?」

「ああ、これと言って問題はないよ、有り難い事に、母も姉達も絶好調さ」

「そういや、こっちのねーさんは?どっか嫁いだんだよな」

「そっちも、順調みたいだよ」

「ゴロワーズ家最後の男子なんだからよ、もうちょい体にも気をつけろよ」

「…最後ってなんだよ…w 一応他にもゴロワーズは居るんだぜ
 まぁもう独立して殆ど関わりはない母の義兄弟だけどな」

「まぁ…俺達に積極的に絡むかどーかはともかくよ、オメーも休んだ方がいいぜ」

「そうだな、申請だけはしてみるさ」



相も変わらずプレジデントの部屋は薄暗い…

「ホリデイ…?そういえば…先の調査も結局有給は一日だけだったね」

俺は…そう、もうどストレートに言っちまった、二週間とは言わない、休みをくれと

「今の私の業務は…正直普通の一般社員でも出来る事ですから」

「そうだね…なぁ、ゴロワーズ君…聞いてくれるかね
 私の…「ぼやき」というか…」

ぼやきだって?意外というか

「確かに直接仕事は競合しないとは言え…私は人員確保のついでに
 K.U.D.Oの調査や排除を…できる物ならやって見て呉れ給え的には最初は煽ったよ…
 だが…失敗してゆくたびに志願する者が増えてきて困る…
 先日のビディ=ブライト君は完全な暴走だったし…その前のゼファー…私は彼一人に
 命令をしたのであって…育成中のジョーカー君まで連れて行けとは一言も言っていないんだよ
 そのゼファー君だって「自分の能力ならば」と私に志願してきたのだし」

俺は素直に驚いて

「そうだったんですか? ジョーカーの素性はお知りになっては…?」

「詳しくは知らんよ…そう言うのは他のスカウトや調査部にも任せてある事だからね…
 元々それなりにリスクの高い仕事を請け負う事で大きくなった我が社だ…
 ここ3ヶ月ほどは本当に痛手だね…K.U.D.Oの連中にちょっかいをかけるのは
 もう最小限にしたい…しかし情報は必要だ…ビディ君のデータによると…
 どうも結構内情も変わっているようだし…君は確認したかね?」

「人間的に成長したなというのは判りますが、私は確認をしてないんですよね…」

これは俺がゼファー戦ではジョーンと二人でジョアンヌの保護に回っていた事で
本当にまだ一度もルナのスタンドの成長も確かめていない。
「見せてくれよ」なんて流石にちょっと言いづらかったしな。

「では、丁度いい…仕事と言うほどでなくてもいい、彼らに同行できるならして…
 何かしら調査を頼むよ、今年途中から…何かBC社としての理由を尤もらしく付けて
 君をK.U.D.Oへ出向とか…そういうソフト路線にしていた方が良かったのかもな…」

叩くのに骨が折れそうだと認識するのに払ったBCとしての犠牲は…確かに小さくはなかった。
リボルバーやロッキー・ラクーン、そしてアルベド0.39…我が社としては貴重な戦力だった

「いいんですか?馴れ合っても」

「…君は…そう言う節度は守ってくれると…私は信じているんだがね」

「畏れ入ります、勿論分はわきまえます…では今晩の夜勤が終わってから…明日から
 一週間ほど…休暇をとると言う事でいいですね?」

俺の休暇申請書を読みながら

「…欧州は色々と…特にイタリアの方のギャングの動きが欧州中に影響を
 与える可能性だけは考えねばならん、気をつけて呉れ給え」

そう…BCだってK.U.D.Oばかり見ているわけでも相手しているわけでもない。
出張で欧州のギャングの抗争に巻き込まれて死んだ奴も居るんだよな。
裏稼業に近い…スパイのような仕事を請け負う事もある我が社だ、
特にイタリアのパッショーネはもう「触れてはいけないレベル」になってる。
俺がヴェネツィアに行けたのは波紋修練所に直で他にスパイ目的がなかったから
何もなかっただけだと言って過言じゃあない。

俺は一礼をして受け持ちに戻る、ダビドフの奴が丁度帰るところだ。

「なんだよ?休暇申請してきたんだって?」

「ああ、あいつらが行くって聞いてさ…正直急に羨ましくなっちまった」

「はっはァ、まぁお前さんも最近疲れ気味だしな、リフレッシュ休暇って奴だ」

「お前も申請してみたらどうだ?今日もデスクワークだったんだろ?」

ダビドフはちょっと詰まらなさそうにしながら

「そーなんだよなァー…ヤバいところのヤバい度と何てことねー所の何てことねー度の差が
 大きすぎて…どうも手が出るやらでないやらってのしか無いそうだぜ」

「まぁ…一緒に行こうぜとは言わないが…お前もリフレッシュしとけよ
 こんなに何もしなくていいのかって空気は…時に必要だよ」

「そんなもんかねぇ…」

「お勧めだけはしとくよ、お疲れ様」

「ああ」



K.U.D.O探偵社は一週間の休暇をとった、勿論出来る限りのアナウンスはした。
今回は期間を決めてあるので社の留守番も無し、リベラ君も連れてきている、何も問題はない。
まぁコンテナ積みになってしまったので(イギリスの航空社ではそう言う扱いである)
ちょっと彼女もストレスがたまってしまったようであるが。
そしてロンドンから飛行機…一同は昼過ぎにはジブラルタルに降り立ったのであった。

ああ、再び私ポール=モールがお伝えするよ。

「いいのかな…私まで付いてきて…」

「いいんだよォー、オヤジさん達も日程途中で合流するって言ってるんだし
 こう言うところでゆっくりくつろぐ事も覚えようぜェ−」

ミュリエルが戸惑いがちなところをすかさずケントがフォローに入る。

「国によってはこういうまとまった休暇っていうのが有り得ないところもあるからね…
 イギリスにはこの時期1〜2週間の長期休暇でリフレッシュする習慣があるのよ
 国によっては3週間とか一ヶ月のバカンス期間があるところもあるからね」

ルナがミュリエルに語りかける。

「そういうものなのか」

「そーいうものだよ、いやーでも流石にあったかいねぇー!」

「仕事の話は無粋かも知れないけれど…アイリー、VHSの方は?」

ジョーン君が「優先順位をどうすべきか」考えて居るようだ。
アイリーはニッと笑って

「"猿とVHS"で検索を続けてるよ、どうもずっと持ち歩いてる見たいだね、そして…」

アイリーがルナを見ると

「…再び同じホテルで騒ぎを起こす可能性は考慮していいかなと思って
 当時の事件とその部屋は調べて押さえておいたわ、一応全員同じフロアで
 あたしらが四人部屋、あ、ミュリエルもとりあえずね。
 (男性陣に)貴方たちは個室用意してある」

ジョーン君が少し驚いて

「よくもまぁ…この時期にピンポイント指定出来たわね」

「ホテル側が幾らか警備厳重にしたらしいけれど、やっぱり
 一般人にしてみればショックでかいでしょ?
 猿は人慣れしている…と言う事は逆に言えば人に対して
 ちょっかいかけやすい性質のようだからね」

ルナはホテルへの道を案内しながら

「だから、通常より少し安く借りられたくらいだわ」

「んで、とりあえず今すぐにどうこうって事もなさそうだから
 向こうの出方を見るのもありかなってルナと作戦練っといた」

「ジョーンが丁度モア家を招待してた時だったから、説明が今になるけれど
 ミュリエルも含め、だから滞在中はちょっと不用心な過ごし方になるわよ
 とりあえずVHS押さえるまでは本格的に気は抜けないけれど、覚悟してね」

ルナとアイリーで作戦は練っておいたようだ、彼女たちは一緒に行動する事も
多いので、常にモニターしておけば危険も少ないだろう…という事のようだ。

「頼もしいが…大丈夫かよ? ゴリラとかみたいにでけぇ猿じゃあねーとはいえ
 相手は獣だって事は忘れんなよ?」

ウインストンが慎重に言う。

「うーん、どうもそのお猿さんあんまり行動範囲が広くないみたいで…
 臆病というか、夜は狙わないみたいなんだよね、昼のホテル…広い部屋を
 狙って…チェックイン後はそれなりに解放されるだろうし…
 猿も逃走経路を確保しながら行動してるみたいなんだ、ルナによるとね」

「目撃情報からすると、ポーチのような物をかけた猿らしいわ、今から泊まるホテルの
 辺りを昼間うろうろしてるらしいのね」

「目的は多分…VHSの中身を確認したいんじゃあないかなと」

私がそこで

「ふーむ、何のためだろうね」

ホテルに着き、チェックインをしながら言う。

「聞き込みも必要かもしんねぇーなァー、だって多分よォー
 ソルテのオヤジさんの探ってた事に関係ありそうだしよォー」

そのやりとりをちょっと驚いたように聞いていたジョーンだったが、
ルナを筆頭に若い者達が独自にキャリアを積んでゆこうと前向きな姿に満足げでもあった。
全員同じフロアだが、とりあえず一番奥の四人部屋までに我々男性陣が荷物をとりあえず置いて
四人部屋にお邪魔してブリーフィングを行うわけだ。

早速ルナは窓を全開にした、不用心を演出するために「あえて」そうした。
ホテルの側にも猿に関する事件を解決できるかもしれない旨を探偵免許と共に示し
もし何かがあったたら修理費も出す事もきちんと提示した。

「向こうもいきなりで警戒はするでしょう、とりあえず動きが出るまで
 普通にくつろいでいいと思うのよ」

「狙い通りに動いてくれるといーんだが…」

「うむ…しかしビデオに固執している事、住民の家は狙わず
 警戒の薄い観光客をターゲットにしている…と言う事は間違いないようなのだね?」

「ええ、まぁ電話で確認した程度だから詳しくはケントが言うように
 聞き込みも或いは必要かも知れないけれどね、ただそれは向こうの動きが
 無い場合からでも遅くないと思うのよ、少なくとも特定は出来てるわけだからね」

ジョーン君がリベラ君に落ち着くように言いながら籠を開け、リベラ君を出している。

「じゃあ、敢えて油断していていいわね、久しぶりに泳ぎたいわ」

彼女が開放的に微笑む。
ああ、時々見るお転婆な顔をしている。

「個人的には無理矢理にでも捕まえてしまいたいところだけどな、
 まぁ、それこそ野生の獣を舐めた考えかも知らん、この部屋を罠に使う
 と言う作戦なら逃げ道も限定させられるし、ケントの壁も使えるだろう
 とりあえず、じゃあ油断していいんだな?」

「そうして、あたしも何年かに一度くらいはプールサイドでまったりしたいわ」

「やっぱちょっと暑いしねー、あたしもプールプール!」

仕事気分なのかバカンス気分なのか半々という複雑な状況だが…我々は
またそれぞれの部屋に戻り、プールで合流する事にした。



そのホテルは一泊200ポンド(約四万円)のような高級なホテル…ではないが
まぁそれなりにプールもあるし、割とくつろげる空間だ。

イギリス本土にいると先ず拝みにくい強い日差しに黙っていても暑い気温
とはいえ、これでも30度は行っていないのだから、人によっては笑われるかも知れないが…

アロハのような気軽な服と海水パンツとつばの広い通気の良さそうな帽子と…
男性陣は示し合わせたわけでもないのに似たような扮装になってしまった。
まぁウインストン君は彼の肉体を誇示するかのように競技用のようなわりと
ぴったりしたもので、わたしはあえてハーフのカーゴパンツのようなものなんだが。

女性陣は流石と言おうか…まぁルナはビキニとは言っても控えめなものだし
アイリーも彼女らしく明るい色のビキニ、ミュリエル君は少し恥ずかしそうだが
周りが全員そうなのだから、まだまだ少女らしいながらも少し大人の階段を
登っているような姿だ、東洋の血が入っている事からも控えめな。
まぁあえて最後にしたが…流石にジョーン君は鍛えた褐色の肌に敢えて
黒いビキニ姿が何ともこう…美術品のようだね。
なんというか、目だつ。

「波紋で歩いてから水面に入る、なんてやっちゃダメよ」

ルナが声をかけると、バレたか、と言う感じでプールに入ってゆく。
競技用ではないので勿論思いっきり泳ぐといった向きにはないが、ゆったりと
まるで水中が活動場所であるかのような、美しい泳ぎをしている。

ウインストン君は普段体を鍛えるのにプールは余り使わないので
正直泳ぎは得意とは言えないらしく、普通に水の中でくつろぐような感じ、
アイリーはボードに肘を突きながらゆったり浮いていて、ミュリエルにもそれを促し
そうしている。

…うむ、私、ケント、そしてルナという運動苦手組だけがプールサイドで
ドリンクなどを味わっているという予想通りの展開だ(苦笑

興が乗ってきたジョーン君は当然ルナを誘うが当然ルナは断る、
私とケントと言えば次に声をかけられまいかとひやひやしているわけだ(苦笑)

「私がちゃんとフォローするわ、大丈夫、浮かんでいるだけでも気持ちの良いものよ」

「ホント、こんなの学生の時以来かも」

アイリーも余り泳げないなりにボードを使って楽しんでいる、
ミュリエル君は泳げるようにもなりたいと思っているのか、泳ぎ方を
ジョーン君やウインストン君に求めている。

ただ、ルナも日差しがきついのは矢張り少し辛くなってきたようで

「まぁ…浸かる程度なら…いいか…」

読んでいた本を置いてプールに入ってゆくわけだが、そこへジョーン君が
ルナの足と背中をすっと誘導して水面に浮かぶようにした

「ちょっ…ちょっとジョーン!ちょっと…手を離さないでよ
 あたし全く泳げないんだから!」

ルナがガッチガチに固まっている姿を見て私もケントもなるべく
ジョーン君とは目を合わせぬようにしようとするわけだ。

アイリーはボードを操りゆったり泳ぎつつ、軽くスタンドを使って猿の検索もしている。
うむ、流石だ…ただ、これといった動きはないようですぐモニターをやめ
再びボードと共に泳ぎ出す。

「力を抜いて、ルナ…貴女の体表に少しだけフォローをするわ」

ルナの足先と頭の方に手を当て、波紋を軽く使ったのだろう、
緊張で固まり気味なルナの周りにちょっと不自然な波紋が広がる。

「う…沈みはしないようだけど…ちょっと…あたしここからどうしたらいいのよ」

「リラックスしてきたら普通に浮けるようになっているはずよ」

「ああ…あなたが基本的にお転婆だと言う事をうっかり忘れてたわ…」

「沈んだって余程パニックを起こさなければ溺れるような深さではないわ」

「そのパニック起こしそうなのだけど…」

「俺やジョーンなんて普通にしてたらあんま浮かねーんだぜ
 フォロー付きでも有り難いと思えよ、ああ、ジョーンは部分的には浮くか」

珍しくこの手の冗談をウインストン君が言うと言う事は矢張りちょっとは
意識してしまっている時なのだと言う事は私もケントも判る。

「よく考えたら不思議だよねぇ、それだけ体引き締まってたら胸も引き締まりそうなのに」

アイリーも流石に遠慮のない凸凹したジョーン君の体には思ってしまっては居たようだ。
ジョーン君はちょっと大げさに考えるようにして

「シーシャがあのボディだったから、引き締めても余ったんでしょうね」

うむ、そうだね、確かに彼女は凄かった…というかそれをジョークとして言えるほどに
彼女の傷は癒えたのだなと思うと少し話題の内容はともかく、嬉しくもある。

「あー…あ…ジョーンあなた…手…離してるでしょ…」

「でも、ルナ少し沈んだけれど、浮いてるわよ」

確かに、下半身はほぼ沈んでいるが何とか浮いている。

「足をゆっくり動かせば進むはずよ」

ジョーン君によって真ん中近い場所に浮かされていたルナは恐る恐るサイドに泳ぎ着くべく
足を動かす、なるほど、何とか泳げている。
ゆっくり数十センチ、一メートルと泳ぐ内に「悪くないかも」と思い始めているのが
その表情からも判るのだが…いかん、次は私達の内のどちらかだろう…

…と、その時だった。

「…あ、猿が動いた…!やっぱりあの部屋に行くよ!」

アイリーの強めの一言、私とケントは助かった…と胸をなで下ろしつつ、体を起こす、
ジョーン君は手のひらを水面に付いたかと思ったらそこを波紋で支点にしてするっと水から
飛び出し、華麗に宙返りをしつつホテルに向かいながら光学迷彩を施しているのが判る、
外壁から部屋に戻るのだろう、ジョーン君ならば早いはずだ。

「ちょ…ちょっとジョーン!」

じりじりとしか泳げないルナはいきなりの放置にかなり焦った、アイリーと
ミュリエルがフォローして、サイドに向かう、その時には私もケントもウインストン君も
ホテルに向かって走り出すが、

「待ッテ!ホラ鍵!」

ルナのリペアーがウインストン君に鍵を手渡す、フューも既にジョーン君を追っていったようだ。
自室までは直線なら百メートルもないのでフューならば余裕で追いかけられる。

女性陣も少し遅れて追いかけてきた。


第一幕 閉

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