Sorenante JoJo? PartOne "Ordinary World"

Episode:Five

第一幕 開き

それはあの騒々しいウインストンとジョーンの起こした騒ぎの後の話だ。
私…ポールが…留守番をしていたのだ。

騒ぎが午前中、昼前に終息後午後のティータイム辺りまでは
ジョーンが罰の電話番をしていた。

なんというかこう、本格的に馴染んでくると…
お茶目なというか…結構子供っぽいというか。

その後、普通に仕事が入ったのだ。

それもかなり大型の仕事だ。

要人警護。

なぜそんなものが我々の会社に来たかというと、
その要人はスタンドという概念とそういう人が
そういう能力を用いた職業も営んでいる場合もある
ということを知っていて、我々に依頼してきたということだ。

BCといった腕は立つがリスクも大きいのと
腕前は未知数なれどまず安心という我々との
天秤だったらしい。

…まぁ「安心」という一点で選ばれたことは評価されたのだと
素直に喜んでおくとしよう。

…まぁそういったわけでね、ヒースロー空港から各所を回り、
日帰りでまた夜にヒースロー空港までの8時間ほどの警護の内容だ。

普段どおりの扮装で気張らずとも構わない、との事だったので
ケントもアイリーもそのままの服で出かけたが、唯一
ルナだけはスーツに着替えてたようだね、ジョーンに薄く化粧まで依頼していた。
まぁ…ああいう場での仕切り役になるのだろうから、この辺りは
当然といえば当然なのだろうが、ルナも変わったものだ。

私が残ったのは電話番と、所長自ら出向くって言うのは
やはり零細が過ぎるだろうという判断からだった。

まぁ、あの場で交渉スタンドが役に立つとも思えんのでね、
至極当然の結果だ。
…というか正直何かあったときが怖いしね。
アイリーのように「安全な経路」を探すとか
ケントのように「ひたすら守る」とか
そういうスタンドではないからね。

まぁそんなこんなでそれからもポロポロ鳴る「問い合わせ電話」に
苦笑しつつ私が対応していると、夕方だろうか?

ノックの音がして…おやおや、これは管理人さんだ。

「やぁ、モール君」

私は席を立ち、出入り口まで歩き彼と握手をしてとりあえず部屋に招く。

「どうなさいましたかな? アップマンさん」

このアパートの管理人、ハンター=アップマン氏。
年の頃は60代半ばで、一般の男性だ。
スタンド使いって言う概念もよく判っていない。

私が少し早いがハイティー(午後七時頃に紅茶を飲む習慣:実質上夕食)でもどうかと
言うと、事務所に誰も居ない状況をちょっと気にして

「…いやぁ…従業員の皆さんはどうしたのかね?
 余りヘンな時間に用意させては皆に悪いじゃろ?
 それにゆっくりするために来たのではないのでね、
 …ああ…(と言って彼はベストのポケットに手を入れた)」

「まぁ…今午後六時ですか、彼らが帰るのは日付が変わる頃と思いますから
 ジョーン君の焼いておいたクッキーくらいしかありませんし、一杯ほど。」

そこまで言うと彼も

「ああ…そうかい、君らも忙しくなってきたようだね…それじゃあ
 御呼ばれしようか。
 …用件ってのはこれでね。」

クッキーと紅茶を用意してそれを見ると

「…なんだかこのアパートも結構古いじゃあないか、ちょっと水道で
 点検があるんだが、昼間や早朝には出来ないってことでね、
 午後9時から数時間水道が一時的に止まるそうなんだよ。」

「…ほう…(アパートの痛んでると思える箇所はジョーン君が直してたわけだが…)」

正直、彼女が衣食住を確保するために能力は密かに使われていて
築数十年とも思えない良い状態にまで他の住人の居る部屋以外は
キレイに直してあったわけだ。

だがそれを説明し、修理を断るのもなんだかこの場合おかしな気がする。

相手が一般の人ではね、仕方ない。

「…まぁ数時間程度なら問題ないでしょうな、判りました。
 伝えておきましょう。」

アップマン氏と最近の羽振りのよさ…というか
やっとそれなりの会社らしくなったことを話し合って
(彼とは私がここに住み始めた当初…二十年ほど前からの知り合いでね)

「…結構順調なようなのに、パロマは戻ってこんかね?」

それを言われると心苦しい、パロマは私の妻だった。
余りの私のうだつの上がらなさと、彼女生来の自立心の強さから
とりあえず離婚し、彼女は…そう遠くもないが出ていってしまったのだ。

「…まぁ…こればっかりは…」

確かに羽振りは悪くない、今回の任務など最たるものだろう。
ジョーン君のことだから多少の他の者の失態があったとして
彼女の「大人の対応」でまずいことにはなるまい。
少なくとも、能力的にあの五人がいれば「即死」以外の
どんな事態も回復できるわけだし、攻撃力も防御力も
サーチ能力もある、完璧と言っていい。

要人警護の経験はジョーン君があると言っていたし。

ただ、そうはいっても妻も…パロマも普通の女だ。
BCから目を付けられたとあっては…これも避けられない運命だったのだろうが…

「…こればっかりは…運命と時に任せるしかありませんな…」

苦笑の面持ちで私が言う、アップマン氏も苦笑で応える。
彼には妻があるが、若い頃にはそれなりに危機も味わったと言うことだからね。
…ただまぁ、スタンド使いと一般の人間って言うのは…
これほど「運命の歯車」の相性の悪いものだっていうのは
判るものにしか判るまいよ。

私も知っている、空条承太郎は既婚者だが殆ど家に帰れない状態であるということを。

流石にスタンド使いで彼を知らん輩はそうおらんだろうが、彼が結婚していて
娘も居る身である事は知らないものも多い。
一般の女性である妻と子を持ち…その上で「伝説の最強スタンド使い」という看板は…
相当に重いものなのだということだ。

伝説はおろか強くもないスタンド使いでさえ上手く行かん。

このあたり、運命共同体で妻も夫もスタンド使いって言うのが理想なのだろうね。

その後二時間ほど、新しく入ったジョーン君などの事、それによって皆が変わった事を話し
彼は我々の前途を応援し去っていった。

パロマの話題が出たことでちょっぴり会いに行きたくもなったが、
事務所を空にしてしまうわけにも行かん。

大人しくソファーの上で寝ていたリベラ君は体を起こして
ジョーン君が居ないこと、つまりご飯を作るものが居ないことを知ると
私におねだりと来た。

…そうはいってもね…と、そういえば緊急の場合の猫用缶詰が女部屋にあると
ジョーン君は言ってたか…
…そういえば午後九時から水道も止まるのだっけかね

うーむ、まぁこのさいだ。
この確認でわざわざ電話をすることもないだろうし、いいだろう。

わたしはリベラ君を連れまず男部屋の浴槽、次に女部屋の浴槽に水を張っておく。
後で文句を言われるかも知れんが、ちょうどリベラ君の食事のこともあるのだ。

女部屋のキッチンの棚にそれはあり、私は事務所に戻りつつ
リベラ君に食事を与える。
「これ食べるの?」って言う顔だ。

「やれやれだね、君は少しジョーン君の手料理が普通だと思ってしまっていないかな?」

呆れたというか、仕様がない猫だね、という面持ちで頭を撫でてやると
「まぁ、それならそれで」って言う感じで食べ始めた。
おっと、リベラ君の飲み水も確保しておかなくては。

そうこうしているうちに、なるほど、水道は止まってしまった。
止まってしまってから気づいた。

「む、いかん…リベラ君の飲み水は確保したのに我々の分を忘れていたよ…はは」

まぁ最悪ジョーン君なら浴槽にためた水から飲料に適した浄化もできるだろうし。

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11時頃、皆が帰ってきた。

「やぁ、お疲れ様だったね、依頼主からの電話の方も先ほど受け取ったよ。」

私が出迎える。

「服装がフリーだ何ておかしーなとは思ってたがよ…」

ウインストン君が疲れたようにソファーに座る。

「…何かあったのかね?」

「なんのこたーねぇ、市内観光のお供みてーなもんだったぜぇー」

「もーちょっとなんかこう、政府のお偉いさんのトコとか
 そーいうところなのかなーって思ってたからさぁー。」

ケントもアイリーもお疲れのようだ。
ルナもげっそりしてて喋る気力すらないようだ。
こりゃあ、相当歩きまわされたらしいね。

「…用は警護人でありつつお使い要員だったのよね…w
 まぁ…わたし達らしいと言えばらしいのかも…」

ジョーン君のつぶやき。
なるほど、要人警護とは聞いていたがロンドンで
何をするかまでは聞いてなかった。

「まぁ、それでもだね、相手方は満足しておられたようだよ。」

私が言うと、ルナが言った。

「…あれで満足してくれなかったらもうどうしようもないわ…」

すっかり観光案内人代わりにもされてたようで、
観光地周りの場所と順番、食事どころ、お土産選定
話を聞けば聞くほど彼らのぐったり加減が身に染みる。

「ジョーンが食事どころに相手が「どこの料理でも構わない」っていうからって
 日本食料理屋につれてったのはちょっと意外だったけれどね。」

「そりゃぁまた、ウインストン君ならいざ知らず。」

「いや、場所は俺も知ってるぜ、でもちゃんと日本人がやってる本式の
 日本料理店なんて高級料理じゃあねーかよ。」

確かに。

「日本に行った事はないっていうジョーンだけど、日本食は興味あったらしくて
 行った事があったらしいのよ、確かに高いからそう何度も
 通ったわけじゃあないけれどって言ったけどね。
 食事係らしいっていうか、なるほどイタリアも日本も魚は良く食べるし。」

そんなことを言ってると当のジョーン君がキッチンに行ってたようだが

「…あら…水が…出ないわ?」

ああ、すっかり忘れていた。
私は水道工事の旨を皆に伝えた。

「ええー!? 帰ったらまずシャワー浴びようと思ってたのにぃ〜」

アイリーのぼやきが入ると、ルナも頭を抱えて「やれやれって奴だわ」といつもの口癖。

「ああ、とりあえず浴槽に水は張っておいたんだがね。」

「…」

ルナが黙ると

「…ジョーン、こんな事に貴女を使うのは気が重いんだけど…いいかしら?」

「いいわ、でも流石に浴槽に張った水は幾ら清浄化しても飲み水には
 使う気しないわよね?」

バスルームからジョーン君の声が聞こえると

「えぇー? やだぁー」

真っ先にアイリーが不快感をあらわにした。
うむ、まぁ…乙女心まではわたしも読みきれなかった、すまないね。

「あーでもよぉー、とりあえずシャワーってか湯は浴びられるなぁ。」

「まぁ、それだけでも救いなんだが…」

ウインストンがお腹を押さえる。

「なんだね? 君らまさか何も食べてない?」

「ホンの軽くは食ったがよぉー、日本料理屋にしたってあの場は自腹だったからなぁー」

「…ほんの前菜くらいしか口に出来なかったのよね…w
 相手方はフルコースで満足しておられたようだけれど…w」

ケントのつぶやきにジョーン君が戻ってきて、女部屋のほうも同様に水の温度を上げに行く。

「奢ろうかとも言われたんだがな。」

ウインストンのつぶやきに

「こっちもプライドってものがあるじゃない、お金はあるけど食べるに夢中になって警護に
 差しさわりがあってはならないって「正論」ぶち上げて我慢したのよね。」

ルナが言った。
うむ…正しいのだが、辛かったのだね…w

「とりあえず…料理にしても喫茶にしても水がなくてはね…仕方ないわ、買ってくる。
 この先のビジネス街を抜けたところに24時間営業のお店があったわよね?」

「…ああ、ジョーン行って来てくれるの?」

ルナが言うのだが、何しろジョーン君以外グロッキー状態だ。
ジョーン君は至って普通にというか、優しく

「買出しは…わたしの役目でもあるわ。」

行ってきます、と一言言ってジョーン君は出て行った。

「いやー…ホントジョーンが居てくれて助かってばかりだねぇー、あたしたち。」

「…反論できない…でもこんなぐったり疲れたのもなかなかないことだわ…」

「…せめて何か本当にトラブルがあってそれを乗り切って疲れたかったぜ…」

「「達成感」…だっけかよぉー…ねぇーよなぁー…」

まぁ出かけたときのあの皆の(特にルナの)気合の入れようを思うと
お使いに終始した今日一日は肩透かしの連続だったんだろう。
だが、確実に我々の仕事のレベルは上がって行ってるよ、うん。

…ジョーンが買い出しに行ってから20分ほどしてからだろうか。
ケントが急に思い出したように言った。

「あ、そーだ! ムース買って来てもらおーと思ってたんだったぜぇー
 言い忘れちまったぁー! もう明日の分ねぇーぜぇー」

ムース、まぁ彼のモヒカンを決めるための整髪剤だね。

「ジョーンは…携帯持ってないんだったな…やっぱりこう…
 文明の利器は苦手なのかね。」

ウインストンのつぶやき、それを聞くと皆ちょっぴり笑ったというか、和んだ。

「エスカレーターに乗れなかったり、不思議なところで不器用ね、彼女。」

ルナも和みながらつぶやく。

「でもケント、流石にジョーンに二度もお使いやるわけには行かないわ、
 貴方の失念なら、貴方がちゃんと自分で買ってきなさいな」

和みながらも、刺す所は刺した。

「ちぇー、まぁジョーンと行き違いになるがまぁーいーかぁ
 オメーら他になんかねぇ?」

忘れ物は結構連鎖する、我々に聞いてきたが、とりあえず皆
あったとして明日まで我慢できる、と言っていた。
「じゃぁー、行って来るぜぇー」
と、いつものノリでケントも事務所を出た。

…これが事件の始まりになってしまった。

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…水のほかには何かなかったかしらね。

ジョーンよ。

アパート街を抜けて人気のない
うら寂しいビジネス街を抜けると
お店があって、とはいえ、コンビニエンスストアだから
時間的利便性以外あまり割りの良い買い物が
出来るわけではないのだけれど
買えるものは今のうちに買って置いた方がいいかな。

店内であれこれ…まぁ5分ほど悩んだ挙句
結局水しか買わずに帰路につくわたし。

今夜の分だけとはいえ一応10リットルほど買い込んだ。
1リットルのペットボトルにして10本。
まぁ、重いけれど、なんとかね。

買い物用のバッグを二つ、1リットル×5本を
それぞれに入れて両肩に担いでまた寂しいビジネス街を
中ほど行った所だろうか。

進路上に誰か居る。

何かぶつぶつ言っている。
…どこかで見たことがあるような気もするのだけど
酔った人かもしれないし、余り関わるのもどうかなと
そのまま通り過ぎるよう速度を緩めも早めもせず
「彼」を通り過ぎたその時だった。

「…まったくよぉー…お前らに要人警護の依頼たぁー
 計算違いもはなはだしいんだぜ?
 こっちで用意した「夜までの用事」全部キャンセルだよ…
 …まぁ、お前が買出し係なのは知ってたからよ…
 ただいつ戻ってくるかわかんねぇ状況で
 待ってるのは…ちょっと辛かったなァ…」

…敵!?
わたしが歩を止め、振り返ると「彼」までの距離は
3メートルほどだろうか?
スタンドが居る、何か能力を使おうとしている。
…そうだ、この男…見たことがある…!

先のデパートで…!

まずい…!
わたしの腰の辺りに異常を感じる、このままでは…!
反射的に左の肩に担いでいた水入りの買い物袋を
腰の辺りまで持って行き、いつでもそれを手放せるようにした。

バァンッ!!

回避行動が一瞬間に合わなかった。
わたしの腰の辺りの体の一部と共にペットボトルの水が
気化で破裂、そして

ボンッッ!!

二度目の爆発は再結合…!
「くぅ…ッッ…!」
わたしの下腹部の辺りが表面だけとはいえ破裂した
それだけならまだ筋肉の緊張で多少は持ちこたえられたのだけど
ペットボトルの方の破裂のダメージで破片やらなにやらが
更にわたしの腰から胸の下辺りまでの…
腹筋を広範囲に傷めてしまった…!

腹筋に力が入れられないのと…
…いけない…下手に動いては内臓が…

オーディナリーワールドを出しつつも
わたしはその場に倒れるしかなかった。
お腹に力を込められないっていうのは…かなり…まずいわ…

「…ネタはばれたって一撃さえ与えりゃぁなぁ。
 お前の胴体泣き別れまで持ってきたかったが
 …そこんところはァよぉ…まぁ…流石だねぇ…」

男性の大腿を吹き飛ばせるのだ、
わたしの腰からウエストの辺りなら
たしかにまともに喰らってたら泣き別れてたかもしれない…

「だが…、ペットボトル…ってのが仇だったな。
 破片がた〜〜〜っくさん突き刺さったようだねぇ〜〜」

痛みで荒い息を吐くわたしに「彼」は余裕で語る。
でもわたしにも判ったことがある

「…貴方の能力…写真でピントを合わせるように
 距離で決めているようね…
 僅かに体をずらせばそれだけで能力の焦点が
 合わなくなるようだわ…」

すこし喋るなりして時間を少しでも…動ける程度に
回復させなくては…
わたしの言葉に「彼」はちょっぴり不機嫌になったようだった。

「ちぇ…バレたかよ…まぁいいんだ、どの道最初の一撃は
 「足止め」なんだからよぉ…」

「…という事は…理屈はわからないけれど…
 貴方の能力は…一気に心臓や脳を狙えるわけではない…
 ということ…ね…」

次が来る…!

「…くっそ、お前に向かって話すもんじゃあねーな
 もういい、とりあえず死ね。」

相手のスタンドがまた能力を発揮しようとする、
わたしの心臓か脳辺りにちょっぴり異変を感じたその後が
運命の別れどころだわ…
…今よ!

オーディナリーワールドがわたしの体を持ち上げる。
心臓に僅かに感じた水分気化の異変、
この一撃でいい
確かめるためにももう一撃…

気化の破裂と、再結合の爆発。

「あう…ッ!!」

オーディナリーワールドはわたしをお姫様抱っこの形で持ち上げた。
当然そうなると脛から下の脚の位置が低くなる。
右足首に異常が集中し、再結合の爆発で右足首がとんだ。
激痛が走る、走るなんてもんじゃあないわ…
一瞬何も考えられなくなるほどよ…

「や…やはり…ね…高さ一メートル程度…そこが貴方の能力の…限界…」

力のそれなりにあるスタンドは瞬発力や集中力でその腕力を発揮する
いわゆる「スタンドパワー」という奴ね…
いつまでもわたしを抱っこはしてられないオーディナリーワールド
というかわたしの精神力ではこのまま逃げることも出来ない。

オーディナリーワールドはわたしを下ろし、とにかく
下腹部のダメージはともかく腹筋の回復を急ぐ。

「くっそ、ちょこちょこと逃げ回りやがって…!」

彼が近寄ろうとする…お返しに…今よ…!

バンッ!

かなり小規模にだけど、わたしも爆発を起こしてみた。

「…おかえし…よ…再結合から洩れた水素を…貴方の
 顔面近くに集めて…火花を散らす…」

苦痛と憎悪にゆがんだ彼の顔、浅いけれど
目に多少のダメージが行ったか左目付近を負傷したようだ
…これで距離感を掴むのが難しくなる…はず…

「このアマァァアアアアア!!」

彼は叫ぶがちょっぴり振り返り叫ぶ

「おい! ディーン! てめえ何やってんだァアア!?」

「…ふふ…「仲間」がいて長距離攻撃手らしいわね…
 間抜けにも…程があるわ…」

とはいうものの、まずいわね、どんな能力か判らない上に
長距離攻撃となると…
「矢の使い手」ではないだろう…
あれはあくまで「目覚めたばかりの能力者」に対する
処刑の意味だろうから…

「彼」は冷静さを失ったかわたしに直接殴りかかろうとしてきた
その時だ、

わたしの前に壁が現れた。
最初に真正面、幅1.5メートル、高さ2メートルほど。
そして同じサイズの壁がわたしを中心に
三面鏡のように立ちふさがった。

「おい! ジョーン!」

ああ、やはり

「ケント君…助かったわ…」

血と皮膚、一部筋肉、そして右足首が無造作に
飛び散っているこの状況、彼は改めてそれを見て
すこし慄いたようだった。

「…お、おいよぉ…大丈夫かよぉー?」

「彼」はその壁を殴り壊そうとするけれど、
そこはケント君の「守備専用」の壁、壊せない。
後は足音を聞いて回り込もうとした方向で
オーディナリーワールドが待ち構えればいい。

向こうもそれを警戒してか、回り込むような
真似はせずに、こう着状態になった。

「だ…大丈夫…とは言いがたいけれど…
 命はあるわ…動ける程度にまで回復できれば…
 …後はこっちのものなのだけど…」

とはいえ、皮膚も筋肉も…右足首も
「戦闘時」で回復させるには無理がある…

ケント君はわたしの右足首が三面鏡のように並ぶ
壁のすこし外れた場所に転がっているのを見て

「持ってこなくちゃぁーよぉー、回復もヘッタクレも
 ねぇーよなぁー」

そうなのだけど…

「下手に…動かない方がいいわ…
 もう一人…長距離攻撃手がいるはずなのよ…
 スタンド使いなのかただの狙撃主なのかもわからない…!」

「一瞬ならよぉー、何とかなるって!」

ケント君は「壁の守備範囲」から一気に出てわたしの右足首を
拾ったときだった。

かなり抑えられた銃声
ケント君の肩の辺りに弾がかする。
すこし肩の皮膚が削れた程度

「うおッ!」

ケント君が一瞬ひるみつつもわたしの右足首を落とさないように
しっかり握った。

…ライフル?
短銃で狙う距離にしては上からの角度がついている…
弾は…確かに…ライフル用のもののようだった。
…にしては…
かすったにしてもダメージが小さすぎる…何かまずい…!

「ケント君! 急いで戻って!」

わたしの言葉にケント君が走り出そうとしたその時だ
わたしには見えた、ミニチュアのように浮かぶ五発の弾丸。

ケント君が最初に被弾したと思われる位置を中心にして
1〜2メートルほどでそれは浮かび、一発づつケント君に襲い掛かった。

バスッ!バスバスバスバスッッ!

皮膚に弾が食い込む音がし、ケント君の体の各所に当たった。

「うっがぁッッ! な…なんだよぉ…これはよぉーッッ!」

ダメージは負いつつも、ケント君は「壁の守備範囲」にまで戻った。

数十メートル後方に今の攻撃の「元」になったと思われる
ライフルの弾が転がっている。
…普通の30(30/100inch=7.62mm)口径ライフルの弾のようだわ…

一発の弾丸の威力を多少弱める代わりに広範囲で追加五回の
攻撃が出来る…スタンド…?
戻ってきたケント君の肩や脚、腹部にも被弾の痕がある。

「しっかり、ケント君…ありがとう、だけど無茶はダメよ…」

彼の傷口を見ると弾が食い込んだ痕はあるけれど
…例えば1/6になった弾丸が食い込んでるとかそういうのではない。
やはりスタンド攻撃なんだわ…
ダメージまで1/6…とまでは行ってない…威力は半減ほどだけど
結構深いわ…

とりあえず彼の足と腹部のダメージはどうにかしなければ…
彼まで動けなくなっては…

「ちっくしょー、充電しなくちゃって置いてきちまった。
 電池残り少なくてもケータイ持って来るんだったぜぇ…
 油断しすぎたよなァー」

彼も血だらけの荒い息を吐きながら、でも彼らしい軽口で
わたしをすこし和ませた。

しかし、「水分使いの彼」も黙っては居なかった。

「この「壁」はァよぉ…実体化スタンドだよなぁ…
 ってこたぁーよぉ、あるはずなんだよなぁ…」

「彼」はスタンドを殴るほうではなくまた特殊能力で使い始めたようだ。

…まずいわ…一難去ってまた…ってところかしらね…

小さく壁の向こうでホンの小さな破裂音が聞こえる。
そしてケント君の皮膚の浅いところだけど
そこも小さく破裂した。

「うぉッ!」

「…この世のどんな場所にも「水」は存在するわ…
 岩石や鉱脈の中にも…ペットボトルの水が
 向こう側に転がってるならそれも利用される…
 ケント君が例えば
 「ステンレスの壁」と思いそれをコントロールできるなら
 話は別だけれど…」

「す、すまねぇー、そーいうの苦手…」

「いいのよ…だけど問題は…」

「彼」がライフルの弾を操った「もう一人の人物」に
合図を送ったのだろう、壁に兆弾する音が一発、
そして続いて五回の着弾。

少しづつではあるけれど、壁が削れて…
つまりケント君のダメージも深くなってゆく。

…ここで彼の精神力が弱まれば一気に壁は破られる。

まずい…まずいわ…
時間は多少稼げたから、ケント君の脚と腹部は
とりあえず問題なく動くくらいにまで回復させ
わたしの場合はダメージが広範囲だから
まだ半分ほどの回復しかない、
右足首もまだ泣き別れたまま…

「…とりあえずケント君…応援を呼んできて…
 この場はわたしが…何とかするわ…」

理想は10分…現実には5分持てばいいほうかしらね…でも
このままではじわじわ押されるばかりだわ…

「バカ言ってンじゃあねぇーよぉー、俺はもう少し
 粘れるからよぉー、とりあえず二人で何とかしようやー」

「…その…「何とか」がだんだん小さくなって行ってるのよ…」

「ああチッキショー…! この状況を変えられる何か…」

本当は色々ある。
オーディナリーワールドの能力で相手の立つ路面を緩めるとか
「彼」の近くの標識でも頭上の看板でも腐食させ
「彼」に向かって落とす、とか。

…ただ、一撃で相手を黙らせるような「罠」でない限り
激昂して能力を増大させかえってピンチに陥る可能性がある。
だから小細工にしてもそうとうに「正確な」攻撃が
求められるのだけど、「壁」はわたし達を守ってくれる代わりに
相手の正確な位置もつかめない。

状況を本当に一気に変えるなら…「壁の解除」が必要になるのだろう。

ただ、それには確実な「勝機」も必要…

難しい状況に、相手の能力で少しづつケント君へのダメージが
深まってゆく、無理やりにでもケント君を離脱させるタイミングを
考えなくては…

「ヘイヘイヘーイ!」

そんな時背後から声がして

「ホワットエヴァー・ゲッチュー・スルー・ザ・ナイトッ!」

走りこんできたその人物は特殊なスーツのようなものを身にまとい
壁に向かって突進し、そして壁を透過し、パンチを
手前側に居る「水分分解の彼」に浴びせたよう。

「あぁー!? テメー!」

透過しつつ、膝の接地面だけ透過させず壁に半分埋もれたように
なった「彼」は振り返り、顔を見せた。

「よォー、元気だったかい? って野暮だな、この挨拶はョ」

「テメー、何でこんなトコに!?」

「見たかったライブあってよー、帰りにここいら通んなくちゃ
 ならなくってなぁー、そしたら見たことあるのが
 なんかやばそうじゃねーの。
 俺はよぉ…しらねー奴のトラブルに関わるのはゴメンだが…
 知ってる奴のごたごたに絡むのは…大好きでねぇー」

スティングレイ君だわ…見えた…勝機…!

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