第一幕、開幕


2007年七月も中旬から下旬に差し掛かった頃であった。
男連中が事務所向かいの列で以前よりは遥かに優雅な一人暮らしを始めて間もなく。

朝…ポールは前日から先の「旧友」との付き合いがあり
事務所を空けていた。

朝食も済み、ミーティングももう慣れた物、
行動開始まで15分の余裕まである。

それぞれが飲み物を飲んでいる時に電話が掛かってきた。
ポールからだった。

「あら、ポール」

ルナが受話器を取ったのだが、ポールはちょっと妙な事を考えついたようで
通話をスピーカーで鳴らすようルナにお願いした。

「?」

『ああ、オホン、これは…ルナなら知っているかな…と思うのだが
 ちょっと女性陣三人とも、私のちょっとした思いつきに付き合ってくれないかね?』

ジョーンもアイリーも「?」という顔をした。
が、ルナだけはピンと来たようだ。

「ポール…あなた…もしかして…」

社会人然として間もないのに風格すら漂わせるようになってきたルナがちょっと赤面した。

「何やらせよーっていうんだろォなァー?」

「あー…何か俺もちょいとピンと来た気がするぜ」

ケントにはまだピンと来ないが、ウインストンも気付いたようだ。
ルナは照れを見せながらも

「ちょっとポール、何ふざけてるの? 何でそんな事あたしらがやらなくちゃならないのよ?」

『いやぁ…スマンね、だが…こういう機会もあんまりないような気がして
 一度でいいんだ、何だかやってみたくなったんだよ』

「まぁ…確かに滅多にない機会なのかも知れないけれど…」

と、そこでアイリーがルナに

「ねぇねぇ、どーいうこと?」

ルナが「ポールも地味に困った人だわね…」と頭を軽く抱えつつ

「あー…7年くらい前に映画になったはずよ…大昔のアメリカのテレビドラマの
 リメイク作品がね…主演がキャメロン・ディアス、ドリュー・バリモア…そしてルーシー…」

とまで言った時に

「あー、オレ判ったわw なるほどなァーw」

ケントが真っ先に理解した、ついでアイリーも

「あーww 判った判った! あっはw いいよ、あたし乗ってもw」

ジョーン以外の全員がそれを理解した。
映画なんて滅多に見ないしテレビなんかそれ以上に見ないジョーンには何が何やらだったが

「ポールがね、『お早う』ナンタラ〜っていうから、それに合わせて答えたらいいんだよ」

アイリーが教えると

「ただし、「ポール」と言ってはならないわ、ジョーン、皇太子の愛称は?」

「チャーリー?」

「そう」

「皇太子が何か関係あるの?」

「いいえ、その名前に関係があるのよ」

『オホン、では、いいかね?』

しょうがないわね…ルナは赤面が隠せなかったがポールはちょっと芝居がかった
やや大仰な表現でこう言った
『お早う、エンジェル』

赤面しつつ、ルナは残る二人に手で軽くタイミングを指定し三人で

「お早う、チャーリー!」

くぁ…言ってしまったやってしまった…あたしとしたことが…!
ルナはもう顔から火を噴きそうな程の赤面だった、体が悶絶し掛かってる。
そこまで恥ずかしいか、と思いつつルナがちょっと可愛いと思った残りのメンツだった。

「あははw 確かに一回はこう言うのあってもいいねw」

一番元気に答えたのはアイリーだった、こう言うノリは好きだった。

「んで、誰が誰なんだろ?」

ルナは照れながらも

「あー…多分映画版じゃあないわ、大昔のテレビ版意識よ」

『おや、ルナ流石だね、私には最近の映画のほうがよく判らないからね』

「んで? あたしが参謀役サブリナ、お色気担当黒髪ケリーがジョーン、
 やや小粒でハニーブロンドのクリスがアイリー?」

『お、流石だねシーズン2か3のキャストだ、個人的ベストメンバーだよ』

「あぁもう…確かにアメリカにいた頃は再放送よく見てたわよ…
 探偵なんて職業に憧れたのもここからだわ…もう…」

思わぬルーツだった。
そんな事誰も聞いていないのに。

『はっはっは、まぁそんなに恥ずかしがらずとも…』

「恥ずかしいわよ…いい事でもあった?」

『まぁ学生時代を少し思い出したって所さ』

ウインストンが咳払いをしつつ

「んでよ、どっちがデビッド=ドイル演じるボスレーなんだよ」

ルナが判りやすくちょっと引いた、何この男、OTAKUのオマケにかなりのテレビっ子?
他のメンツも余りノリノリのように見えなくて地味に乗っているウインストンに
ちょっと視線を集めて固まった

「…な、なんだよ」



用件はまったく大したことのない物だった。
今から戻る、昼には着くはずだ、と。

それだけのことの前置きにあんな事をやらされたルナは暫く赤面が取れなかったが
本日は今の段階でちょっと特殊な仕事が二件入っていただけ、片方が現金輸送の警護で
こちらにはアイリーも特に要らないし、壁があればいいのだが免許持ちの
ウインストンも同行し(見た目的にも威圧効果があるし)二人で輸送警護
残る女性組三人でいつものように「遺失物調査」…とはいえちょっと特殊であったが。

現金輸送警護は幾らか指定コース上を回る際に午前中のみセキュリティ会社の
手配が間に合わなかった事に対する補助の依頼であった。

対する女性組…こちらがちょっと厄介で、思い出のアクセサリ(結構派手なイヤリングの片方)を
飼い犬が飲み込んでしまい、しかもそれを「悪いことをしてしまったが帰って怒られたり
 飲み込んだ物を摘出するのに病院に行くのも嫌だ」とばかりに
家の周りを…しかも捕まらないようにぐるぐると逃げ回っているというものを捕まえる役目だ。

それぞれの仕事は、無事、何のこともなく終了した。
(犬の飲み込んだイヤリングは当然手術などをせず波紋などを駆使し、病院に行かないまま済んだ
 当然、その分病院に行くよりは安い上乗せをさせて貰うけれどね、とルナ)



犬の用事の方が男性組より早く終わり、朝のちょっとハイになっていたポールの
チャーリーズエンジェルごっこなんかについて三人で談笑しながら
帰路についていた時であった。

この辺りは住宅街でもあり、やや歴史のある町並み、そして地域では知られた
(と言って最上辺でもない)私立学校もあって、その古い町並みの道を
制服を着た女子(ジュニア・ハイスクール(まぁ中学生))が三人連れだって
歩いていた、身長から見ても顔つきの幼さから見ても、一年生最後の終業日だったのだろう

ルナは、そういう子を見かけるのが好きというか、心の中で応援したくなるようで
いつもちょっと目で追っていた。

このままだとすれ違うな…というその時であった。
壁の向こう側に日曜大工用の工具やら梯子やら何やらが立てかけてあったのだが
その重みで壁が崩れ出す瞬間、丁度その女子学生三人組が通りがかった正にその瞬間に
崩れだそうとしてたのをジョーンとルナが察知し、ジョーンが駆け出す!
その子供達の真ん中の一人も気付いたようであった!

崩れだした壁に間一髪、ジョーンが背中を支えに大きく崩れることはなかったが、
欠片の幾らかが少女たちも襲った!

「早く…逃げて…!車にも…気をつけてね!」

漆喰が痛んだか、煉瓦積みの壁が全方向で崩れ来る…
しかも塊でなくバラバラに崩れる物は流石に波紋で全てを
支えるにもきつく、オーディナリー・ワールドを併用しても支えるのがやっとであったが
それでも少しだけほほえみかける分にはまだジョーンも余力があった。

真ん中の少女が何やらジョーンに釘付けになってる
次いでやってきたルナとアイリーが三人を誘導し、とりあえず壁が崩れても
大丈夫そうな程の距離に誘導しようとするが、真ん中の少女がなかなか動かない。
びっくりしている様子ではあるが、それは「壁が崩れた」事に対してではないというのは
ルナにも判った、とりあえずルナはスモールを呼び出し、かすり傷を負った少女たちの傷を
一瞬にして治し、ジョーンに対しても同様にしつつ、フューでジョーンのテンションを
調節し、リペアーは下ろせそうな破片をどんどん投げ捨てていった。

「ねぇねぇ、君、危ないよ!」

アイリーが避難し損ねてる真ん中にいた少女に手を掛けると

その少女から沸き立つ物は…それはスタンドであった!

「!!」

ルナもアイリーも、そして壁を支えながらのジョーンも驚愕した!

だが…それは何かスタンド効果を使ったのだろう、と言うことが判ると
…妙な事にリペアーの力が上がり、スピードも上がる、より大きな破片も除けて行けるし
ジョーンにのしかかる梯子とかもその他に止し掛かっているスコップやら鍬やら込みで
「評価B」程度の力を発揮して向こう側に倒せる!(リペアーの力通常評価C)
そしてジョーンも、オーディナリーワールドを合わせて壁の応急処置をしつつ
そのままだと倒れるしかなかった体勢を徐々に戻して行けた…!

「貴女…その能力は…」

ルナは驚愕しつつ、その途端リペアーが20メートルほど先にいて、こちらを見ている怪しい男を見かけ
一気に詰め寄った、打撃も加えられそうだ、打撃を加えるなら10メートルがせいぜいと
思っていたのに、謎の少女のスタンド効果でほぼ倍に…!

「ヘイ!アンタ!」

そろそろ真夏だって言うのに帽子を目深に被りコートまで着てるいかにも怪しい男に
詰め寄るリペアー、もしこれが一般人なら只の変質者か、一般の探偵
もし、聞こえているようなら…或いは…

リペアーがその男の帽子を蹴飛ばすとそこには驚いた表情で固まる…

「ミルデ=ソルテジャアナイノヨ!」

覚えているだろうか、ジタンに良く情報を渡していた彼である。
ジタンと入れ替わりでルナはやってきたとは言え、時期的に少しだけルナはこの男を知っていた。
その頃にはジョーンはほぼ壁も押し戻し、痛んだ部分の補強も進んでいた
勿論このスピードもいつもより速かった

この家の住人がやってきて、ジョーンたちに平謝りをしている時に
ルナがミルデのそばに駆け寄る

「この子を監視してどうしようって言うの?」

「あ…いやぁ…リリーさん…暫く見ねぇ間にスタンドまで変わっちまって…」

「答えなさい、それに依っちゃ今すぐ数年先まで再起不能になって貰うわよ」

「あ、いやいやいや…ゴロワーズさんに頼まれてたんですよ、時々
 様子を見てやってくれと…」

「あの…真ん中を歩いていた子ね、彼女は何?」

「ゴロワーズさんとマグナムさんが某国から保護してきた子なんでがすよ…
 色々社会常識から何から違うところで育った子だから、と…」

「…と言うことは…あの頃辺りか…へぇ、ダビドフ、案外いい事もやってるのね」

「まぁその…こんな事…あっしが言ったってこたぁ他言無用ですよ?
 「あの子がちゃんと育ったら、自分を止められる力を持つかも知れない」と
 ダビドフさんが真っ先に保護したそうでがす…」

「なるほど…そういう事ね、そしてあたしもダビドフに感じた「何とかなりそうな感じ」も
 ちょっぴりだけ理解したわ…でも、ミルデ…あなたちょっと尾行が下手よ…
 どっかプロから講習でも受けなさいよ…」

「ああいやいや…「壁が崩れたッ!」と思ったらお三方が颯爽と現れてちょいと
 呆気にとらちまいやした…しかし、肝に銘じておきまさぁ…確かに今のは命取りだった」

「この事…ジタンやダビドフにだけ、教えるって訳ね」

「ええ、基本的には」

「 基 本 的 に は ですって? よし、じゃあこれ」

相場と思われる額よりちょっと上の金額をルナは提示した。

「貴方にとってこれが絶対的価値観のはずね、あたしからの依頼よ
 必要な人以外には絶対に漏らさないこと…」

「へぃ…分かりやしたよ…リリーさん、あの子から何か特別な事を感じやしたかい」

ルナは、壁の崩れた家の主がジョーンたちに謝り、子供達にも怪我はないかと
カッコウの起き上がりこぼしみたいに頭を下げまくっている様子を横目にしながら

「…さぁ…只あの子…咄嗟にあたしやジョーンが只子供を守るだけでなく
 崩れる壁も何とかしたいと思った事を感じ取ったわ、そうね、何か…
 上手くは言えないけれど…予感めいた何かは感じたかも」

「そうですか、何よりですよ、個人的な印象なんですがいいですかい?
 あの子ぁ、同年代の子供と馴染もう馴染もうとしてはいますが
 どうも大人ばかりの環境で育ったみたいで、なかなか上手く行かないようでね
 出来りゃぁ、あの子の友達になって年上の立場から「同年代の友達」
 ってモンを教えてやって貰えませんかね」

「貴方も随分肩入れしてんのね」

「まぁー同情しやすい悪い癖がありやして…」

「(肩をすくめながら)とにかく、あたしとの契約は守ってね
 そして、その「友達」とやら、判ったわ、確かにこのまま別れるのは惜しいと思ってた」

「お願いしやすよ…では」

ルナは納得行くような行かないような何かを感じつつみんなの元へ戻った。
ある程度謝罪から何から終わったようで解散しようかと言う時だったようだ

「とりあえず、三人とも、びっくりしたでしょう」

ルナは三人に探偵免許を見せながら

「大丈夫、怪しい者ではないわ、みんなとりあえず家の前まで送るわね」

少女たちは少女たちらしく少女らしい言葉遣いや感情で
ジョーンの力持ち加減とかを凄い凄いと言っているし、
K.U.D.Oの事も「捜し物ならここ」的に知っているようで
副所長というルナにもスーツ姿が決まっていてカッコイイと憧れっぽい眼差しを送る。
件の子一人だけ、どうにも堅い言い慣れない英語で喋っているのが判る
他の少女たちは、そんな彼女をからかわないように、でも
こう言う時はこう言うんだよ的にしつつ、しかしそれに対しての礼も
「あ、申し訳ない」「感謝する」といった堅い物であった。
少女たちは気にしてない様子で、一人送り、二人送り

…まぁ狙ったのだが件の少女を最後に送るようにした。
選んだルート的にも違和感はないはずである。

「貴女のスタンド…名は何というの?」

「スタ…ンド…というもなのか、ああいう現象は…」

12歳やそこらとは思えない堅さだ、なるほど、ミルデの同情も何となく判る。

「あ、そうだわ、あたしはルナ、ルナ=リリー」

「あたしはアイリー=アイランド、宜しくね」

「わたしは、ジョーン、ジョーン=ジョット」

三人がそれぞれ名乗ると

「私はミュリエル=モア…養子だが…」

うん、東洋の血が混ざっているのは判る、いい感じに
「オリエンタル」と言えそうな。

「…待って、モアってあのモア刑事の?」

「養父(ちち)を知っているのか?」

「知ってるも何も…仕事関係で合同捜査っぽくなる時もあるしね」

「この国の探偵にはそう言う権限があるのか?」

「あるわ、そのための免許制よ、とはいえ、警察と同等の捜査権はないけれどね」

「ほう…なるほど…」

「お父さん、家の中では仕事のこととか話はしないの?」

アイリーも質問に加わった

「養父は…仕事の話はしないな、養母(はは)もだ、養母は軍の事務方だ」

「へぇ−、でも結構立派なことだねそれって」

「そうなのか?」

「そりゃそうよ、捜査上の秘密、軍事上の機密…まぁ大した事がないのだとしても
 そういうのを家に持ち込んでしまっては「もし」口から口へ変な噂でも
 流れたら大変でしょう?」

ルナが言うと、ミュリエルも「なるほど」と納得している
こりゃぁ、普段の会話も結構困ってるんだろうな、とルナは思い

「とりあえず、貴女はあたし達のスタンドを助けてくれたわ、お礼がしたい。
 家に帰っても夕方までは一人でしょう?
 遊びに来なさい、もし許可が必要ならあたしが取ってもいいわよ?
 モア刑事とは何度か顔合わせしてるしね」

「本当か?あ…でも…私が直接養父に問う」

堅い言葉ながらも、でもちょっとやっぱり家に帰って一人だとか
友達も出来にくい事を気にしてはいるようだ、ミルデが「大人の立場から友達というものを」
と言っていたこともよく判った、まぁあんな同情的に見ててよく情報屋など勤まる物だ
とも思わないでもないが…

ミュリエルがちょっと興奮したようにモア刑事に電話を掛け、事の成り行きと
これからの予定を父に了解求める。
モア刑事が少々考えているようなので、ルナがミュリエルから電話を借りて

「いえ、本当に助けて貰ったのよ、お礼がしたいのミュリエルに、いいでしょう?
 ちゃんと時間が来たら帰すわ」

そしてまたミュリエルに電話を返す

「どうだろうか」と堅い言葉で、でもちょっと子供らしい不安げな問いかけを
モア刑事にしたのだろう、彼の許可が出るとちょっとのその硬い表情の少女が
判りやすく嬉しそうな笑顔を見せた、K.U.D.Oの三人は見つめ合い微笑んだ。

恐らく、彼女にとってもこう言う気安い接し方をしてきた「(スタンド)仲間」
というのも初めてだったのだろうから。



事務所に帰ると、ポールが戻っていた。

「やぁやぁ、今朝は済まなかったね、
 出来れば事務所内のその時の様子をビデオに撮っておきたかった」

「やめてよ…」

ルナは再び赤面した。

「…と、そちらのお嬢さんは?」

「私は…ミュリエル=モア、こちらの方々は養父の知り合いと聞いた」

と、そればかり聞くとポールが立ち上がり

「モア刑事のご息女ですかな、それはそれは、つい三週間ほど前も依頼で大捕物に参加しましたよ」

ポールは古い事件などをスクラップしている…というのを以前紹介したが
K.U.D.Oとしての輝かしい成果もそれとは別にスクラップしていて、それを
ミュリエルに見せた。
逮捕瞬間の…少し遠目ではあるがウインストンとジョーンが犯人を取り押さえている写真だ。
ジョーンの顔は写っていないが、その肌の色からプロポーションからジョーンであることは明白で
ミュリエルは写真のジョーンと実物のジョーンを見比べた。
それに気付くとジョーンが微笑みかけた。
こういう「義務感に関係ない」微笑みには義母以外接したことがないので彼女はちょっと照れた。

…そして同じ記事には、会見の際の養父の勤める警察署で、会見している刑事の
少し後ろに養父と、少し近い位置にルナが立っている写真も見える。

「「スタンド使い同士は引かれ合う」父も母もそれを言っていたが…本当なんだな」

アイリーが優しく、全員分の紅茶を持ってきて

「今、貴女の身にも起ったね」

ミュリエルに席へ座ることを促す。

「そう言えば、ウインストンたちはどうなったのかしらね? 丁度昼時だし
 みんなでここでお昼にしたいところだけれど」

ルナが言うと、ポールが

「そう言えば…もう引き継ぎは終わっている頃だね…どれ」

ポールが電話を掛けると、廊下で着信音が…なんだかちょっと賑やかな
音楽のものが聞こえる、と、ドアが開き、ウインストンとケントが戻ってきたようだ

ウインストンの携帯電話の送信元は当然ここであり、どうした物かと一瞬考えたようだが
敢えて彼は電話に出た

「どうしたんだ?」

ポールも乗って受話器に向かって

「ああ、丁度仕事も終わった頃だろうと思ってね、ちょっとしたゲストも居るし
 みんなで食事でもとね」

「ゲスト?…ああ、この子か」

「そういう事なんだ、では」

「ああ」

ミュリエルは今のやりとりに素で

「…なぜその会話をこの距離で電話越しにする必要があるのだ…?」

ウインストンは咳払いをしながら

「教えてやろう、『面白いから』だ」

「…面白いのか?」

「それ言われるとちょっと傷つくな」

「あ、いや、済まない」

「いーんだよ、ルナ曰く「男子ってどうしてこんな下らないことに夢中になれるのかしら」
 って奴さ、女子には面白くなくて上等!」

声は流石に似てないが、口調は確かに殆どルナだった。
そんなウインストンのノリ、だがミュリエルは結構気に入ったようだった、少し彼女が微笑んだ。

ルナが苦笑の面持ちでジョーンに目配せをすると、昼食の準備が始まった。



「あー、刑事さんの子かぁ、いっつも娘のために時間が作れないっていってるぜェ−w」

食卓を囲んで「そもそも彼女は何者か」が三度話題に上がったところでケントが言うと
ミュリエルはかなり意外そうに言った。

「父がそんな事を?家では全くそう言う素振りを見せないが…」

それを聞くとK.U.D.Oの面々は苦笑というか、

「あらあら…w やっぱり子供の前では立派な父親でありたいのね、彼も」

ルナが代表して言うと

「そういうものなのか? 学友の父母を見てももう少しこう…なんというか」

言いたいことは判る。

「モア刑事はホラ…家系が軍人か警察…と言う事だしね、
 …こう、親という物は威厳が…という人なんでしょうね
 だって彼、今出向の身だけれど、SCD(専門刑事部)なんでしょ、結構なエリートよ
 まぁ、スタンド使い捜査官なんて貴重だしね」

「そうなのか…母も軍の事務方…と言ったが国防省警察で軍所有地で勤務している
 スタンド使い…でもあるのだが…能力でそういう職場にありつけるわけでもないのだな?」

それについては、この子の生い立ちも関係してくるだろうし、滅多なことは言えなかったが

「多くは普通の人達よ、訓練で技能をつけて毎日を一生懸命な普通の人々」

ジョーンがそれに答えた。

「正直…「スタンド」と言う現象がどれほど希有な物なのかもよく判らなくて…
 私を「保護」した二人とか…こんな風に良く会うかと思えば…
 学校には私のスタンドが見える者もないようだし…」

「生まれつき」なら正に誰もが一度は抱える疑問なのだろうし、それはこの中では
ジョーンと、ウインストンがそれに当たる。
そして二人とも今のミュリエルの吐露に心底シンパシーを感じた。

「俺は小せぇ頃に…今も付き合いあるが「仲間」に出会えたことがでかかったな
 稀だろーがなんだろーが構うモンかと思えたからな」

とばかり言った時にルナが渋い顔をしたのを見逃さなかった、そうだ、ヤバい
ウインストンは恐る恐るジョーンを見た。
ジョーンは何を気にする風でもなく食事を続けながらミュリエルに

「大丈夫よ、時が来れば「何故自分が・どうして自分が」という疑問に答えが出せるわ
 貴女なら大丈夫」

みんなが流石だ、その通りだ、と言ったように頷く中、ルナだけがそんなジョーンを
ちょっと感慨深く見つめた。
何故かと言えば、彼女はまだその答えを見つけていないからだ。
600年近く彷徨って、彼女はやっと「仲間」に巡り会えたばかりのところなのだから。

ルナが少し空気を変えようかなと

「さっきも聞いたけれど、貴女のスタンドにまだ名前はないのね」

「ん…ああ、名前が…必要なのか?」

「無くても、貴女の心の力は貴女に力を与えるわ、でも、そうね、あったほうが
 愛着も何も沸くものよ、言ってみれば自分の分身なのだから」

ジョーンが答える、何というか、ルナにとってはとにかく重く響く言葉だった。

「分身か…」

思い立ったようにポールが自らのスタンドを出し

「私のスタンド、「マインド・ゲームス」ほぼ何も出来ないが
 唯一強制的に「Yes」と言わせる能力があるよ、まぁあとは
 会話で「最悪でも損はしない選択肢」が浮かんでくる能力もある」

「会話で損をしない能力とは…凄いじゃあないか」

ミュリエルが驚いた、恐らく今自分に最も欠落した力だからだ。

「ただし、それを選ぶかは、自分の経験がものをいうんだよ」

「経験か…」

「そーだぜぇー、オレはケントだ、スタンドは「フォー・エンクローズド・ウォールズ」
 目に見える壁を四枚10メートルの範囲で操るんだ、最初の頃はただの壁だったがよォー
 ジョーンとかに色々教えて貰って今じゃあ、トランポリンにもなるし結構頼りにされてるんだぜ?」

「彼の午前の仕事だって現金輸送車の警護だしね、かなりの守りの壁よ
 あたしのスタンドは「ア・フュー・スモール・リペアーズ」
 「ちょっとした修復」の名の通り気分を高揚させ、軽傷を治すスタンド
 …まぁ最近殴ることを覚えたけれどね」

「ルナは最近成長したんだよね、色々あって。
 あたしのスタンドは「ベイビー・イッツ・ユー」探すスタンドなんだけど…
 そうだなぁ…(スタンドを展開し)今ミュリエルのお父さんは署内だね
 殆ど動いてないからデスクでお昼してるのかな?」

「そんな事が判るのか」

「アイリーは我が社の要だぜ?
 この能力があるから「捜し物ならK.U.D.O」なんて評判になるくらいだからな
 とはいえ、無闇に使わないこともまた修行でもあるんだ、そうだろ?
 知らなくてもいいよーなモンだって幾らでも調べられるわけだからな
 …さて、満を持して俺の登場!
 俺のスタンドは「風街ろまん」風使いだ!」

「Ka…Kazemachi…何だって?」

「日本語なんですって、彼、日本が好きみたいで…さっきも着信音でなにか
 音楽鳴らせてたけれど、あれも日本の音楽なんですって」

ジョーンが補足する

「今日の気分はコンバトラーVだったんでそれだけどよ」

携帯を操作して鳴らしてみてる

『ブイ! ブイ! ブイ! ビクトリー!』

「いいだろ、燃えるぜ」

ルナがあきれ顔で

「27にもなって、男子はやっぱり男子なのかって気がしない?」

ミュリエルに言うと、ミュリエルもやっぱりそういう年頃の男子に囲まれてるからか
苦笑の面持ちで、でも、そういうの、嫌いじゃあないって感じでウインストンに微笑みかけた。

「…で」

ミュリエルがジョーンに向かい

「貴女のスタンドは?」

ジョーンがオーディナリーワールドを出現させる、いつもより、ちょっと
全身が判りやすく離れて出現した。
初対面の人間に対してこれほどはっきり見えるように出現させるとは、
ジョーンのミュリエルに対するシンパシーが結構深い事を意味した。

「わたしのスタンドは「オーディナリー・ワールド」
 能力は物理現象の操作…どれほど有り得ない低確率でも…そう…例えば」

と言って、ジョーンはフォークを眼前に差し出すと、オーディナリー・ワールドの
指がそのくびれの辺りに触れたと思うと、その部分が赤熱し先の部分がテーブルに落ちる
そして、落ちたそのフォークを見つめるミュリエルに対し、微笑みかけて
柄だけになったフォークを、先の部分にくっつけるように置いて
再びオーディナリーワールドで触れ、少し経つとジョーンがフォークを持ち上げる

「ただし、わたしがフォークを折ったと言う事実は覆せないの、だから
 ちょっと分かるようにしたわ」

復元したフォークの柄の部分が僅かに欠けていて、テーブルの上に
ホンの小さな金属片があった。

「完全には直せないと言う事か…でも…これぞ超能力だな…」

流石のジョーンも知っていた名前を出して

「ユリ=ゲラーになるつもりはないけれどね」

ミュリエルも「超能力」というものを知るためにか彼を知っているらしく
食卓が全員の笑いに包まれる。



その日の午後はこの経緯もあって少し予定を変えて動いた。
二班で各班軽めの仕事量で夕方には帰るコースから、ジョーンにミュリエルのことを頼み
(ポールは居るわけだが、何かとデスクワークをこなしているわけだ。
 請求書などは一件終わるたびにルナから大凡を聞いて今のうちにやっておく)
他の四人で仕事を回る事になった。

それは先の「つい最近までジョーンが住んでいた地区」での仕事も含まれていたため
と言う至極当然な理由も含まれていた。

女部屋事務室の方でくつろいでいると

「いいのか?仕事は…」

「いいのよ、こう言う時はね、リベラも嬉しいみたいだしいいじゃない?」

猫じゃらしでリベラと遊んでいる。
リベラはミュリエルには普通に懐いていて、ミュリエルは余り猫と触れ合うことが無く
おっかなびっくりではあるが、6ヶ月ほどの子猫の一挙一動にちょっと「かわいい」
とも思っているのがその表情からも判る。

ジョーンはミュリエルの鞄に興味を持って

「ちょっと…教科書拝見していい?」

「…あ、構わない」

「興味あるのよ…今の子ってどんな内容の教育を受けているんだろうって」

「教員免許でも持っているのか?」

「いいえ、でもそうね、昔私塾を開いていたことはあるわ」

件のパブでたまにくつろいでいると会うジタンがよく
「祖母も存命だし、一回会いに行ってやってくれないかな
 別に本人だなんて言う必要はないよ」
と言っていた。
教え子はもう80歳を越えているとは、流石にミュリエルにも言えなかったが。

…と、普通の中学校一年らしい教科書の他にも参考書があって

「…6thフォームカレッジ(日本で言えば高校に当たるのだろうか)用のだわ」

それについては、ちょっとつまらなさそうにミュリエルが言う。

「…そのくらいしか出来る事もなくて」

友達が出来れば、そんな事もないのだろうが…という含みもある
家に帰っても、タイミングが悪ければ親も帰ってきていない事も指している。

「…そう、でも、悪い事じゃあないわ。
 でもそうね、今からこんなに進んだ事をやらなくても…
 そうだわ」

ジョーンが立ち上がり、余り大きくない本棚から一冊のあまり厚くない本を
持ち出してきた。

「…特殊相対性理論?」

ミュリエルが名前は知っているが、と言う顔で問うてきた。

「そう、入門書だけど、ちょっとした計算を試すことも出来るわ。
 高校の勉強まで先にやっているなら十分解けるはずよ
 楽しいわよ、科学の世界も」

「アインシュタインの相対性理論だろう?そんな簡単なものなのか?」

「特殊相対論は当時の科学の世界で何人かが到達目前だったのよ、
 この中にも出てくるけれど、「ローレンツ収縮」のローレンツとか…
 アインシュタインの偉大だったところは数式だけじゃあないわ
 「真空を満たすエーテルなどというものはない」「光がこの宇宙の絶対速度である」
 と言う二点を軸に相対論を組み立てたところだわ」

ミュリエルがまじまじと序文から最初の数ページを読んでいる。

「…借りていいのか?」

「いいわ、ルナには後で断って置くから、気に入ったら関連する書籍とか
 前期量子論とか…文章力を磨くのに18世紀辺りからの科学の歴史を
 追ったような本を読むのもいいわね、聞いたことがある…フレミングの法則の
 フレミングとかも出てくるわ、物事は、それが起った場所と時代とその時の背景を
 一緒に勉強してみると途端に理解が深まるものよ」

「へぇ…」

生返事っぽく、ちょっと夢中になって読み始めたようである。
・光速に近い速度で移動するものは観測者には縮んで見える
・光速に近くなればなるほど、質量が増加する
・双子のパラドクス
などなど…そういった見出しは確かにこの「勉強以外にやることがない」
と言う少女の興味を引いたようである。

「ちなみに双子のパラドクスの解は厳密には特殊相対論ではなく
 一般相対論を用いるのだけど…そちらは流石に専門に勉強しないときついと思うわ」

「一般の方が難しいのか?」

「だって、「特殊なケース」の相対論と「それ以外のケース」だから
 特殊相対論は等速直線運動…摩擦とか、重力…この場合加速や減速を考慮しなくていい場合のもの」

「へぇ…確かに面白そうだ…本当にいいのか?」

ジョーンはにっこりと頷いた。

リベラがツマンナイとばかりにミュリエルの読書の邪魔をし出した。
「あ、コラ」とかいいながら、彼女はまた猫じゃらしを持ってリベラと遊びだした。



流石に夕方前には彼女も帰しておかねばなるまい。
ジョーンがミュリエルを送る。

「スタンドに名前…どうしたらいいのだろう」

彼女が呟いた。
ジョーンは

「…そうね、巡り合わせがあるのなら誰かに名付けて貰うと言うのもあるのだけど…」

「…では、貴女がつけてはくれないか」

「…そうできたらいいのだけど…わたしも自分のスタンドに名前をつけるために
 凄く長い年月が掛かってしまったわ…あんまり、そういうセンスがないのかもしれない」

「…なんか…先ほどから貴女の話を聞いていると、貴女がもの凄く長い時間を
 生きてきたように感じるのだが…気のせいなのだろうか」

ジョーンはふと笑って

「見た目通りの歳ではない、とだけは言っておくわ
 わたしもまだ理解しきれていないスタンド効果の他に…ちょっと「波紋」という
 技術も絡んでいて…」

「波紋?」

「呼吸から生み出す生命エネルギーの波なの、でも一言で言うのは難しいわね
 体の最適化を行うものでもあるので、若さが保たれる方向にも作用するのね」

「何か例はないのだろうか」

「そうねぇ…」

ジョーンは道すがら川の支流にぶち当たったことによって目を輝かせ
他に人目もないことを確かめると

「こう言う事も出来るわ」

そう言って柵を華麗に跳び越え川に飛び込んでいった

「あ、おい!危ないぞ!」

着水したジョーンはつま先で水面に立っている。
透明度は低いがどう見てもそれなりの深さのありそうな川なのに
そしてそのつま先から広がる波紋は不自然な広がりを見せていた。

ジョーンは水面を歩きながら

「スタンドは感じないでしょう? これが仙道よ」

「センドー?」

「そう、仙道波紋」

「凄いんだな…貴女は」

「違うわ、スタンドには確かに資質が必要だし
 波紋にもある程度資質は要るけれど、波紋は古人が編み出した
 技術だわ、人間って素晴らしいと思わない?」

ジョーンがミュリエルの元に戻りながら、でも、柵の上を歩きながら。

「バランス感覚、精神安定、ある程度の怪我も自然治癒力を高める
 そんな技術が何千年も受け継がれているのよ、今でもチベットや
 ベネツィアで、ちょっと宗教的でもあるけれど、恐怖を克服し
 前を切り開くための、技術なの」

まぁ、説明するために柵を歩いてるのだろうとは思いつつ

「にしても…貴女も結構お転婆な人なんだな」

ジョーンはにっこり笑って

「母にも良く怒られたわ」

あの時、攻撃とは言え自分の過去に戻され、生きた父や母に別れを告げられたこと
やっとジョーンは母や故郷のことを重荷に感じずに話せるようになった。
ミュリエルには判らない事情であるが。

「昔会った軍人さんにこんな言葉を貰ったの
 『不幸に屈する事なかれ、否、むしろ大胆に、積極果敢に、不幸に挑み掛かるべし』
 運命を切り開くなんて生易しいものではないわ、選択と行動は常に自分なのよ」

その通りだ。
ミュリエルは思い、膝を抱えがちだった自分を奮い立たせた。

「また…遊びに伺ってもいいだろうか、休日にでも」

ジョーンは微笑んで

「ええ、是非いらして、お父様やお母様もご一緒でいいのよ、タイミングが合えばいつでもね」

無条件なOKを出さないところにミュリエルはジョーンの誠実さを感じた
凄く久しぶりと言うよりは…初めてミュリエルは「開放感」というものを味わった。

門の前で笑顔を交わし合い、その日はそれで終わった。


第一幕 閉

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