第一幕 開き

夜が明けた。
一番玄関側のベッド、壁代わりのカーテン越しにジョーンが寝ているのが見える。
ああ、あたし、ルナよ。

夜中には帰ってきてたみたいね、流石にあたしもアイリーも目は覚ませなかった。

…さて、ベッドの上でのびを一つして、窓側のアイリーも見てみると彼女も寝ている。
時計を確認すると午前六時と少し…
通勤時間0という環境を考えたらかなり早く起きてしまった。

軽くシャワーを浴び、服を着て、スモーキンが残していった「夜食代わり」の
軽い食事を済ませる。
スモーキンって何気に便利ね。

オーディナリーワールドも流石にジョーンを起こす事もない。
まぁ、数日はそれでいいとあたしも思っていたから、それでいい。
そして七時前には事務所に入った。

ちなみに事務所は男部屋に通じているわけだけど、間取りの関係上
ドア一枚というわけでもないので、余り気を遣う事もない。

…と、既にポールが居た。

「おや、早いね、おはようルナ」

「おはようポール、あなたも早いわね?」

「いやはや…それがね、溜まっていた依頼の一つに私の旧友の物があってね、
 今それなりの企業でそれなりの上役なんだが…新規契約に向けて
 相手の会社との交渉役をやってくれないかと言う話で…
 昨日寝る前に電話を掛けたんだが…いやはや、失敗だったよ(苦笑
 今から出なければならないんだ」

「じゃあ、他のスケジュールは?」

「ああ、君に任せようと思ってね、ほら(といってデスクの上のメモを見せる)
 君に所長代理を任せようと思っていたんだ、受けてくれるね?」

「いいわよ、キャリア的には青二才もいいところだけど、あなたさえ良ければね」

「構わないさ、パリやベルリンでの君を見ていたら「もう大丈夫」と思えたんでね」

ポールはちょっと大きめの鏡で身だしなみを整えながら

「君も判っているのかスーツじゃあないか、心構えも十分だね」

そう、いつしかの要人警護の時のスカートの奴なんでちょっと違和感あるけど

「まぁ、後で着替えるかもしれない。
 ああ、大丈夫、これよりももう少しビジネススーツ然とした奴」

「なぜまた?」

あたしは髪の毛の右側をアップにしていたピンを解いて

「ゼファーのシンバル投げで切られた髪の毛のバランスとって散髪したいのよね
 ショートに…そうなったらスカートのよりスラックスのダークスーツの方が合いそうだから」

「…なるほど…しかし今日明日は散髪に行く余裕はないと思うよ?」

「ジョーンが戻ってる、彼女が起きたらまずやって貰うわ」

「…ん、そうか、戻ってきてたか…数日仕事は彼女には…」

「判ってるわ、浮上できないようならね、仕事に行けそうならまた話は別だけれど」

あたしはデスクに座り、メモを見て…スモーキンも細かいわね、ある程度の住所まで
聞き出して書いてるわ…女部屋から持ってきた一応社用…実質あたしのパソコンを立ち上げ
地図と用件をにらめっこし始める。
内容にも依るけれど、どこを先にどこを後にすればより効率よく一件でも多く
業務時間内に回れるかを考え始めた。

「…そう言えばポール、その案件は今日一日限定?」

軽く香水も噴いてさぁ出かけるか、というポールに声を掛ける

「…どうかな、そこは相手次第だね、無理矢理Yesと言わせる事は出来るわけだが
 それはなるべく最後の手段にしておきたいし」

「そう、じゃあ、明日もあたしが代行する物と仮定しておくわ」

「ああ、出来ればそうして呉れ給え、では行ってくるよ、帰りは午後七時辺りだろうか」

「判ったわ、行ってらっしゃい、しっかりね」

「君もね、適当に肩の力は抜くといいよ」

ちょっと気負いすぎてたかな、あたし…と思った時にはポールの階段を降りる足音が
廊下の向こうに響いている。

さて…依頼の確認にはまだ少し早いわね…
コーヒーを煎れて(地味にあたしはコーヒー派、紅茶も嫌いじゃないけどね)
メモと地図のにらめっこと、仕事のチェーンを仮組みしておく。



午前11時半、ロンドン市街。
俺たちの修羅場のほんのスタート地点だ。
ああ、俺だ、ウィンストンだ…

まだ疲れも抜けきらねーのに一日何軒回らせる気だよ、ルナは
あいつが所長になったらさぞかし鬼だろうな…全く。

ちなみに俺と、ケントと、アイリーの三人が実働隊として三人ひと組で
全てを回る(不測の事態に備えてだな)構成なんで余計に厳しいぜ…
まぁ免許のないアイリーやケントを単独で動かすわけにもいかねーし、しょうがねー訳だが…

ルナはルナで殆ど電話対応しながらメールチェックとスケジュールに
組み込める物は割り込みさせたり、後ろに追加したり、あるいは
翌日以降に回したりとそれなりにきついデスクワークをこなしてる。
更に言えば報告書、請求書、領収書といった書類作成もやってる。
あいつはあいつで修羅場に突入してるんだよな、
「座って仕事なんて楽しやがって」と思おうにも、電話対応だの
書類作成だの俺には出来そうもねぇ仕事ばかりだから
「そっちやらせろ」とも言えねぇし。

仕事そのものは今のアイリーの実力ならなんてこともない紛失物捜索とか、
それこそ犬猫探しとか、そう言うのが殆どなんでまぁ、一軒一軒は大したこともねぇや。
(それにしても、K.U.D.Oもすっかりこっち方面でばかり有名になっちまったようだ
 企業スパイだのそこまで派手なのはまぁ来ないとして浮気調査とか力仕事とか
 そういうのも殆どこねぇんだよな)

だがしかし、移動の大半は地下鉄で一駅とかバスで数駅とか
『定刻通りに来るかわからねぇ交通手段を使うくらいなら歩く』
という具合の距離ばかりだから地味に昼前にはばててくるぜ…

依頼Aから出発しBCDEときてF〜Kに行く間にLが間に挟まってそちらを先とか

「確かによぉ…間に挟むのは大体依頼先周りの間に入るからついでっちゃ
 ついでだけどよ…」

既に十数キロ歩いたんじゃねぇのか?
アイリーが流石に

「ねぇー、そこのテラスでお茶一杯くらい飲もぉーよぉー」

「さ…賛成だぜぇー…ルナは鬼だぜ…まったくよぉー」

「時間も頃合いだな、飯食っちまおう、流石にルナも飯食うなとまでは言わねぇだろ…」

移動の合間に俺たちはルナには無断で一休みだ。

「はぁー、アイスティーおいしー」

「ここ持ち込みOKかなァー、そこの屋台からフィッシュアンドチップス持ってきてぇよぉー」

「いいんじゃないかなぁ?(他のテラス席見回して)そうしてる人も居るみたい」

「ケント、俺の分も頼む、アイリーは?」

「あ、あたしはここのサンドイッチでいいよ」

「ダイエットは判るが、食わねぇともたねーぞ?」

「ダイエットのつもりはないんだけど…まだ動くのに油ものはちょっと重たそうだなぁ」

「あー、まぁそうか」

ケントが三人分のフィッシュアンドチップスを持ってきて

「おらぁー、俺が1.25人前、ウィンストンは1.5人前、アイリーも0.25人前くらい食っとけよぉー」

といってサンドイッチの皿に確かにそのくらいの分量を分ける。

「あー、このくらいなら、ありがとー
 …それにしても…後何件あるの?予定分」

アイリーがサンドイッチにフィッシュフライを挟んで結構大口で食いながら聞く。

「午前の1.5倍ってトコかな…なぁに、このペースなら午後六時には今日の分全終了するだろうぜ
 …間に追加さえされなければな」

と、俺が不吉な事を言ったのが悪かったんだろう、俺の携帯が鳴る。
勿論ルナからだ。
俺が携帯の画面見て無表情になったのをケントやアイリーも見逃さなかった

「あ〜あ…午後七時に帰れるかなぁ〜…」

「なんか見てぇー番組でもあんのかよぉー?」

「海外チャンネルでCSIやってるんだよ、あれ好きだから見たい」

なんて会話を二人がしてる中通話ボタンを押す

「俺だ」

『お疲れ様、今依頼EとFの間のカフェテラスでしょ?』

「…なんで判りやがるんだよ…」

『昼時だし、そろそろ休む事考えてるだろうなって思っただけよ』

「…勘のいい奴…んで、なんだよ? 追加か?」

『Fの前にL入れたわね? 更にその前にM入れといて、
 詳しい住所はメールで送ったわ、M→L→Fの順路よ、宜しく』

「お前、鬼だな…」

『既に通り過ぎた分は明日に回してるだけ有り難いと思いなさい』

「明日も修羅か…」

『仕事がある事は有り難いと思いなさい、今月の給料は恐らく過去最高よ』

「それだけが救いだな…ところでジョーンは?まだ浮上できてねぇか?」

『あー…事務所から離れられないから起きてるかどうかも確認できてないというか
 スタンド使えば外出て窓越しに見えるけどそんな監視みたいな真似も嫌だし…』

「…そういや、お前のスタンドの射程範囲は何メートルだ?
 お前昨日…つかベルリンの時遠目で変装した兵士を既に見破っていただろ?
 通路の中に入ってからじゃねぇ、ビルの外100メートルほどの距離の段階で、だ」

俺の言葉にドラマの話で盛り上がってたアイリーとケントが「えっ」とこちらを見た。

『まだあたしも正確につかんでないわ、ただ一つ言えるのは能力実効範囲と
 移動実効範囲が違う事、移動するだけ、見るだけなら三桁メートルいけるわね』

「つまり、なんだ…スタンド効果を使おうと思ったら10メートルとかそんな感じで
 偵察とかだけなら100メートルとか暫定でそういう風に考えとけばいいか?」

『それがさ…範囲が一人一人違うのよね…まだはっきりとした数字は言えないわ
 ただ、最長範囲の『フュー』で何もしないなら数百メートル』

「フューって…そういや、力の強い奴は『リペアー』とか呼ばれてたな?
 要するに「フュー」と「スモール」と「リペアー」で
 「ア・フュー・スモール・リペアーズ」って訳か?」

『そうなる、我ながら安直だと思う、しかも治癒が役目なのが「スモール」で
 打撃が「リペアー」とか意味通ってないし…まぁいいじゃない、じゃあ宜しく頼むわね』

俺の返事を待たず電話切りやがった。
その間に電話の奥でメールの着信音とか事務所の電話の着信もバンバン聞こえてきてたから
あいつも忙しいんだろうな。

「そういや、ルナのスタンド三人になっちゃったんだねぇ、珍しい事なのかな?」

「俺の壁四枚だぜぇー?複数を操るくらいはあるんじゃね?」

「…ああ、複数スタンドってのはたまにいるよ、それ自体はそれほど特殊じゃあねぇな
 ただ…スタンドが『進化』する瞬間に立ち会ったってのはかなり希少な体験かもしれねぇ
 少なくとも俺、そんな事例聞いた事ねぇよ」

後でそのことをジタンに熱く語ったらジタンは日本で一例そういう事があった、空条承太郎
絡みの事件なのにやはりお前は一見地味な事件は知らないんだな、と言われて大恥かくわけだが…

「射程範囲最大で数百メートルってマジかよぉー」

「ああ、いや、スタンド能力を使うなら10メートルとかそんな感じで
 斥候というか見てくるだけとかなら…という話らしい
 素潜りで魚を捕るなら数メートル潜るのが限界だが、潜るだけなら100メートル
 素潜りで行ける、みたいな感覚じゃねぇかな?」

「判るよぉーな分からんよぉーな微妙な例えだなぁー」

「あたし何となく判ったよ?ともかく、昨日のゼファーの頭への一撃の時は
 あたしの「弓」が上乗せだったけど、力の強い子で評価どのくらいなんだろ?」

「そうだな…素ならC、お前の弓の上乗せでBになるが、その場合ルナ本体も
 少しダメージを負う、ってところじゃねぇかな
 ただし、他の奴らはE評価だろうぜ」

「フューが「気力アップ」スモールが「治療」リペアが「ぶん殴る」って感じ?」

「ルナのスタンドにしちゃ名前と効果が一致してねぇのなぁー」

「『ぶん殴る』そこが大事なんだよな、怒りをスタンドパワーに転じるのに
 それまでのFSリペアーでは対応できないから、彼女は自らが成長するしかない、と
 覚悟を決めたんだろうぜ、
 『力を持たない者に正義を掲げる資格はない』と思い至ったんだろうかな」

「どうかなぁ、でも、良かったんだと思う、少なくともドライに見れば
 戦える人が一人増えたんだからね」

「しかもあれメッチャ早かったよなぁー? おれ目じゃ追えなかったぜぇ?」

「俺も目では追えなかったがスタンドを感じる感覚で何とか…
 ひょっとしたら純粋なスタンド戦なら俺も勝てるかどうかやばい感じだな」

以前なら、俺はそういうのが悔しくて堪らなかったんだが、そこに至る過程を
共に体験したからな…流石に嫉妬もわかねぇ、ルナは確実に精神が成長した。

「まぁーよぉースタンド戦は幾らスタンドが強くても本体が泣き所ってのも
 あるわけだからなぁー」

「そこだよな、奥が深いんだ…スタンド戦ってのはよ…」

「さて…そろそろあたし達行かないとやばくないかな?」

「…やべぇ、13時回った…行くぞ!」



お昼も食べられないわ…これどうにかしないと…ああ、ルナよ。
適当に肩の力を抜く…か…どうすれば「効率よく」サボれるのかしら…
そういう能力はいつか運営する側になるのなら必要だわ…

電話は仕方がないとして…メールの方は少し置いておくかな、
至急とか緊急とか言う用件は殆どないし…
忙しい日を今日を入れて二日としておいたけど、三日四日に延長して
少し分散狙おうかしらね…それにしても…これどうしよう
まさか税務署から依頼があるとは…

かつてのスモーキンとの出会いがあったあのネックレス盗難&依頼人本人による
模造宝石を使った詐欺事件…結局あれ然るべき所に申告したのよね、
あたしらは手を下す興味がなくとも社会的には間違いなく悪な訳だから…
その彼…カナビス・カサブランカに調査を行うかどでそれを最初に見破ったうちに声がかかったのよね。

アイリーが判るのは主に場所、真贋を見分けるには偽物と本物の差がある程度判ってないとならない。
カサブランカ事件の時はジョーンが本物と偽物で光の屈折に違いがある事をアイリーに教えたりしたので
それを元にアイリーも詳しい検索が出来たわけなのよ、今になって言うけれど。

…ジョーンに浮上して貰うしかないんだけどな…

ああ、それよりお腹がすいたわ、頭が働かない!

…どっちもジョーンが居ないとどうにもならないわ!

数日放っておけと言ったのあたしだけど、反故にするッ!

あたしは電話をあたしの携帯へ転送するよう設定し、隣の女部屋に行く。
…ジョーンはまだ寝ていた。
まぁ、体の1/3くらい四散したような状態からの復活だったんだから
落ち込んでる以外にも無理もないのだけども…

「ジョーン、起きて頂戴、あなたの出番なのよ!」

一歩引いた場所でジョーンに声を掛ける。
勿論返事はない。

…仕方がない
ジョーンの肩を揺さぶる

「起きて、酷なのは判ってるけど、あたしも今困ってるのよ」

ジョーンが微かに動く

「…うーん…寝かせて…お願いだから…オーディナリーワールド…」

ああ…やっぱり寝惚けてる…寝惚けたジョーンを起こす覚悟までは厳しいわね…
しかし背に腹は替えられない。

「いいから起きてジョーン!もう昼過ぎよ!」

ジョーンの手があたしの首の後ろに巻かれる。
…ああもう、寝惚けたジョーンだけは全く手に負えないわ、やれやれって奴よ。
ジョーンはあたしを引き寄せる、意図もわかる。

ジョーンがキスをしてくるわけだけど「感触がおかしい」と気付いたんだろう
ばっちり目が開く。

彼女がキスをした相手、それはあたしじゃあない。
ジョーンとあたしの間に挟まってあたしの代わりにキスをしてる、三人のスタンドのうちの一人
ゼファーの体を中から燃やした「フュー」だ。

ジョーンは一気に目を覚まし、後ずさった。
そして混乱してる。

それもそうか、ジョーンは初めて見るわけだからね。

「おはよう、ジョーン」

「……お……おはよう…ルナ…」

フューとあたしを交互に見て状況をつかもうとしている、フューはジョーンが好きみたいで
ジョーンのキスに体くねくねさせて照れてる。

「そ…それは…一体…」

「紹介するわ、ア・フュー・スモール・リペアー改め、ア・フュー・スモール・リペアーズよ」

残る二人が現れる。

『フュー、キスデ喜ンデル、アタシナラゴメンダワ』
『アタシハマァ事故デナラ許セルカナ』

「能力的にはこの子…キスも事故でなら許せるとか言ってるリペアーが直接攻撃係で
 今までのあたしにはほぼ不可能だった機能を持っている以外は…
 あなたのキスで喜んでるこの子…フューが「気分の高揚」、キスなんて御免だと言った
 スモールが「軽傷の治癒」という訳よ、残念ながら成長できたけど、スタンドの特殊能力には
 殆ど強化はないわね」

「ルナ…あなた…」

「ついでに言うわ、ゼファーはあたしがぶっ殺した」

あたしは自主的にジョーンに近づき、至近距離に顔を近づける

「感謝しているわ、あなたに」

ジョーンはあたしが進んで殺人を犯したと言う事にちょっとだけ複雑な表情を見せた

「あたしのスタンドは元々後ろ向きの「なかった事にしたかった」逃げのスタンド
 その後も特殊能力だけあれば居場所はあるとそれで安穏としてた、他人も怖かったし
 でも「他人が怖い」なんて認めたくなかったからひたすら突っ張っていたわ
 …そんな時にあなたが現れたのよ、ジョーン
 あたしなんかよりよっぽど傷ついても、本当は他人が苦手でも、前を向いて
 歩くあなた、そんなあなたに自分が恥ずかしくなったわ」

ジョーンは何も言えず、ただただあたしの次の言葉を待つ

「そんなあなたがとことん辱められている姿を見て…あたしは心を入れ替えなければと
 つくづく思ったのよ、そのためには、自分の否定と共に肯定…そして…
 怒りや憎しみを「形に表す事」…滲ませたり、言うだけではダメ
 頂点に達した怒りを無駄に発散せず粛々と行動する心が必要だったわ
 1807年のイギリスでその境地に達せそうな気がしてきたわ
 1940年のスイスであなたが抱える孤独も嫌って程判った
 そしてあのパリの夜…全ての準備が出来たのよ
 ゼファーを目に前にしたらその時に一気にぶつける殺意のね」

ジョーンがちょっと泣きそうな顔をしている

「感謝してるわ、ジョーン、今のK.U.D.Oにはあなたが必要…
 そしてあたしにも必要よ、あたしの仕事を手伝って、
 あたし今日、ポールから所長代理を任ぜられたのよ?凄いでしょ?
 でもあたしには絶対的に経験が足りないわ、だからジョーン
 あたしの右腕になりなさい、あなたの能力や人柄、経験と心意気は
 あたしに必要なの」

何も言えず目をむいているジョーン、やれやれ、これも言わなくちゃダメかな

「いい?ジョーン、聞きなさい、よく聞きなさい
 あたしこれ一生に一度しか言う気はないからね」

あたしがゆっくり、ジョーンに「魔法」をかける。
スタンド能力って意味じゃないわ、その一言が魔法になるとあたしは知っていた。
あたしのその一言にジョーンの顔に血色が戻るのを感じる、もう、大丈夫だ。

…なんて言ったか? 教えてあげないわ。



午後四時
まだまだ仕事は終らねーが、追加も殆どなく、ペース上げてしゃかりきに回ったら
18時半くらいには帰れそーかなー、って所までは来たぜ…ウィンストンだ。
アフタヌーンティーも軽く済ませ、もう文句言う口きくくらいならさっさと回ろうと
意見も一致してた、多分それもルナの狙いなんだろうと思うと腹も立たないでもないが
乗ってやらなきゃ俺たちが帰れねー!
ちなみに俺たち三人それぞれに自転車を調達したんだ、給料が過去最高ってのが
マジなら(いや、この忙しさだ、マジだろ、マジでないと流石に怒るぜ俺は)
と思って買ったんだ。

「いやー、自転車もそれはそれで太もも痛いなぁ〜」

アイリーがこぼすんだが

「だが機動力は飛躍的に上がったぜ…もし…社としてもかなり稼げるなら
 ここで社用車の一台くらいルナに言ってみるのもいいかもしれんな」

「ルナに言うのかよぉーフツーポールじゃね?」

「あ…そうか…しかしなんだかそう遠くない未来に絶対ルナがボスになるぜ…」

「なるねぇ〜…w でも悪い気はしないなぁ、今日の忙しさは特別なんだし」

笑う余裕も出てきた、さぁ、もう一踏ん張りだぜ!
…って所で俺に電話だ、ルナだ、また追加か?だが一件くらいもうどうとでもなるぜ

俺が自転車の速度を緩めて止まり、携帯に出ると二人も止まった。
しかし電話の声はルナじゃなかった。

「おい…ジョーンか?大丈夫なのか?」

その声に二人が駆け寄ってきて口々にジョーンの無事を確かめようとする。

『大丈夫よ、ありがとう、それでねルナから用件なのだけれど』

「仕事の追加か?だがそれならなんでルナの携帯でお前が俺に?」

『違うわ、夕飯、何が食べたい?何でも好きな物を好きなだけリクエストしていいって』

「マジかよ?何でもいいのか?お前が作るのか?」

『ええ、仕事のついでに買い出しをね』

「仕事?仕事まで復帰してるのか?」

『わたしの能力じゃないとやれそうにないからって、税務署からの依頼』

「税務署から?また仰々しいところからきたもんだな」

『いつぞやネックレスの偽宝石事件があったじゃない? あのあと税務署にたれ込みもした』

「あー、カサブランカとか言う金持ちか…ってこた所得隠し…隠し財産の疑いありって
 ことで暴いた俺たちの所に協力依頼って訳だ…なるほどな、落とすわけにはいかねぇ
 重要な仕事だ」

『そういう事よ、さぁ、リクエストは何?』

俺の携帯に耳を寄せてた二人と俺が一斉に声を上げる

「肉!!」

電話の奥からジョーンのクスクス笑いが聞こえてくる

「俺はステーキがいい、4,500gが最低ラインだな、それでも二枚行けるかも知れねぇ」

「オレもステーキだなぁー、今日ばっかりは400gとかでけーの食いてぇー」

「あたしはまぁ普通でいいけど、もうとにかくお肉は必須!」

『…わかったわ、他には何か?』

「後俺にはパンじゃなくて米頼む、それ以外はジョーンに任せるよ、
 俺はそれでいい、二人は?」

「お任せするぜぇー」

「ジョーンにお任せしておけばバランスとれるから〜」

『わかったわ、じゃあ残り何件あるか判らないけれど、しっかりね』

「おめーも無理はすんなよ?」

『ありがとう、じゃあ』

通話を切る、ジョーンの復活と復帰、そして今夜のメインは肉だ!
(ジョーンに献立の全てを任せると肉が少なめになる)
俺たちは顔を見合わせ大きく頷くと自転車を飛ばした。



18時半
終わった…今日の分は終わったぜ…
自転車で機動力上がったったって帰り着く頃にゃふらふらだよ…

「うーぃ…もどったぜ」

俺が事務所のドアを開けると、応接スペースが少し片付けられていて
でかいテーブルが置いてあり、そこに冷めても問題のない副菜が並んでいた
その配膳をルナがやってるんだが…
出かける時は以前の要人警護の時の紺色っぽいスーツにスカートだったんだが
今そこにいるルナは「いかにもデキる女」って感じのダークスーツにスラックス
片方切られた髪はきちんとショートカットとして整えられている。
眼鏡も分厚いべっ甲の黒縁だったのがもう少しスリムでレンズも薄型の
眼鏡に変わっていた(後から聞いたがこれは前から用意だけはしていたらしい)

「あら、お帰り、もう少し遅くなるかと思ってたのに、よくやったわね」

なんだろ、前のスーツの時は「まだ板についてない」感じがばりばりだったし
そうでないときはだっせぇオーバーオールだったモンだから余計にこう…

「か…カッコイイ…」

アイリーが思わず呟いた、ちょっと魂吸い取られた感じさえ見受けられるぞ!
おいおいおいおいおい!
スーツ姿の女ってのも大体体の丸さでエロさばっかり強調される向きもあるわけだが
ほっそいルナの体型にそのスーツやスラックスはすっきりと「細いが程よいバランス」を
与えている、アイリーが心奪われたような言動さえしなければ俺も
「ちょいとイカす格好だな」と思っただろう!だが!

「何言ってるの、ただのルナよ、ショートヘアに合わせて着替えただけ」

ルナは至って普通にしている

「ジョーンはどーしたんだよぉ−?」

「あなたたちはともかく、ポールのリクエストが細かくてね、もうレストランの
 シェフ状態よ、あたしだって配膳手伝ってるんだから」

「ポール何リクエストしたの?フライドチキンとか?」

奴のケンタッキー好きを揶揄する気はないんだろうが、ちょいと笑っちまった

「ロシア料理ですって、あたしにはちょっと聞き慣れない名前の料理ばかりだから
 メニューは覚えてないけれどね」

「ああ、なるほど、ロシア料理か…みんなは知らねぇだろうが昔このビルの
 一階部分にロシア料理店があったんだよ、俺も時々奢って貰ってた」

「なるほどね…何かロシアに思い入れが…と思ったけどそういう事か
 東欧も放浪してたジョーンだし、その辺りの料理もお手の物らしくて
 張り切ってるわ…と…」

ルナの携帯に電話が入ったようだ

「ポールね?あと二十分ほど?判ったわ」

短く用件だけを済ませて

「とにかくみんな座りなさい、多分あなたたちの足音でジョーンも
 急遽肉を焼き始めていると思うから、あ、ケント
 ICレコーダー、頂戴」

「うぃー、今日は多いぜぇー」

「判ってるわ」

これはどういうことかというと、報告書の作成にするのにケントの実況を
基にしてるからなんだ、余計な感想は言うが、状況だけをくみ取れば
一番フラットに物事を伝えられるのが地味にケントなんだよな。
俺だと物事に対して私的な感情が入りやすく、アイリーだと脱線続きになるから
ルナ自身が調査員として出向く時以外はこう言う感じなんだ。

それでも判りにくい時は改めてケント含め俺やアイリーにも聞き取りするけどな。

「そっか、ルナこれからがある意味本番なんだね」

「そうよ、何時になるかしらね、報告書もテンプレートが幾つかあるから
 1から作るよりはいいけど…問題は税務署関連だわ…」

「何か問題でもあったのかよ?」

「あたしらに問題があったんじゃなくて、隠し財産の中に王室由来の物があってさ…
 報告書をそっち向けにも出さなくちゃならなくなって…これがまた手書きを
 所望してるのよね」

「手書きってどーするの?ポールも流石にそんなきっちりした書類作れないと思うよ」

「公文書偽造経験ありのジョーンに頼むしかねぇな」

「そうなっちゃうわねぇ…封蝋とかも…ってK.U.D.Oに紋章なんて特にないから
 デザインしなくちゃなんないわ…」

「封蝋まで…古式ゆかしいなぁ、おい…」

「モチーフはあれじゃね?」

ケントが指さすと一足先に夕飯にありついた後なんだろう、ソファの上で
毛繕いやってるうちのお猫様が鎮座してるって訳だ。

「そうなるかしらね、鍵尻尾の黒猫か」

「とうとうただのお猫様からスタンド使い猫になって看板猫にもなったか、
 あいつも出世するなぁ」

「まぁ彼女も元々依頼から引き取る事になった経緯もあるし、適役だわ
 幾つか候補だけは考えて置かなくちゃ、判になる真鍮の加工とか含め
 殆どをジョーンに依存する事になるわ…さて、そろそろ肉も焼き上がった頃かしらね」

アイリーが食卓を眺め

「あれ?四人分しかないよ?」

「あたしはこれからが仕事の本番なのよ、ジョーンも片付けだけじゃなくて
 書類制作の他に封蝋も作って貰わないとならなくなったし、向こうでささっと
 済ませるだけにする、悪いけど、今日明日は少なくともそんな感じになるわね」

「そっかぁ、ちょっと残念だけど仕方ないのかなぁ」

「明日はどんな感じだ?」

俺がカートを押して事務所を出ようとするルナを捕まえて聞く。

「今日と殆ど変わらないと思って、明後日からは若干余裕も出来ると思うわ」

「あー、これからの事もあるからよぉ、社用車があってもいいんじゃねーかと思ったんだ
 今日の所は自転車で済ませたし明日もそうするけどよ」

ルナはそれを聞くと理解不能って顔しやがった

「何故それをあたしに言うの?ポールに言いなさいよ」

「オメーは絶対そのうち所長になる、ポールが会長辺りになって」

「あらあら、うん、それも悪くないわね、でもまだあたしに本格的な決定権はわいわよ、
 とりあえずその旨はポールに言っておいて、確かにあった方が色々便利よね、運転免許は?」

「俺はある、ペーパーだが…」

「あたしも一応取得はしてるのよね、勿論ペーパーだけれど…
 じゃ、とりあえずポールにお願いね、もうそろそろ…帰るはずだから」

ルナが出て女部屋に入ったタイミングでポールの階段を上がる足音が聞こえてくる。
リベラが玄関までお出迎えだ。

「やぁやぁ、みんなお疲れ様、リベラ君も」

テンション高くはならないが、帰宅したポールにはとりあえず撫でて貰うのが
リベラの習慣らしい。

「ポールはお友達からの依頼ってルナ言ってたけど、どうだった?」

アイリーが早く食べたい、という感じに食卓で待ちながら聞く。

「今日は決着がつかなかったよ、また明日も私はそちらに専念する事になった」

ポールが上座についた時に、ルナがやってきた

色々会話もしてーかなと思ったが、俺とアイリーとケントはもうダメだ
肉しか目に入らねぇ!

そのテンションにルナが苦笑しつつ配膳して回る、ポールの分もひと皿持ってきた。

「やぁルナ、今日…途中で役所に届け出てね、今後もこう言った事があるたびに
 代理では依頼者も困るだろうから、とりあえず副所長で事業登録し直してきたよ」

「ポール、いくら何でも一日でそれは試験期間が短くない?」

ルナが呆れたように言うんだが

「まぁ、自分を追い込んでくれ給えよ、少なくとも私が過ごした最初の5年分くらいは
 この数日で体験できると思うからね…それにしても、久しぶりだな『シー』なんて」

いわゆる具だくさん系野菜スープだ、発酵させたキャベツを使用する事から
そこら辺りが独特、勿論この発酵キャベツはオーディナリーワールドで
生の状態から「短時間で作られた物」なんだろうな、ルナが何をリクエストしたかは
わからねぇが、興味を引いたみたいで

「ちょっと美味しそうだわ、あたしもその辺リクエストしておけば良かったかも」

「ロシア料理はいいよ、一階にちょっとお高いが美味い店があったのを思い出すね」

そのポールに俺もちょいと昔の味を思い出して

「俺も明日はこの辺りリクエストするかな、ブリヌィ(ロシア風クレープ)なんて
 ジョーンは出来るんかね?」

「ああ…それもリクエストに入ってるみたいよ、ポールは抜け目ないわね」

「予算を気にせず本格的なものが食べられるなんて幸せだね、これも
 試練を乗り越えた結果だと思ってるよ、喜ばしい、そして気を引き締めないとね」

上機嫌のポールだが、だがしかし油断はしないよう独り言のように言う。
更に料理の追加をしてくるルナ、すっかり給仕だな…

「そういや、ウィンストンが社用車が必要なんじゃないかって」

「ん…?そうか…今までレンタカーで済ませてきたからね…
 まぁ、その辺りは今日明日、明後日辺りを越えてどの程度収入がキープされるかで
 判断してみよう、流石に車は大きな買い物だよ」

「じゃ、とーぶん自転車か、ま、いいか」

「おや、廊下の自転車、君たちのかい?」

「遅れるかも知れない交通機関使うよりは確実だぜ」

「それもそうだね、そうか、部屋の拡張というか一人一部屋でこのフロア
 借り切る事くらいは考えていたんだが、自動車か」

「このフロアを借り切る?」

ルナと俺が声を揃えた。

「8部屋あるから、事務所専門、従業員それぞれに1部屋、後は何かしら
 事業拡大も考えて残り一部屋…と考えていたんだが、君たちはどうしたい?」

「あたしは…」

ルナが切り出した

「あたし的には今のがいいかな…まぁ三人では狭いけど…アイリー的にどうなのか」

「…うん? うん、そうだね、あたしも今のままでいいよ、特に隠したい
 プライベートなんてないしさ」

「俺は一部屋あてがわれるならそれがいいな…タバコくらい自分の部屋でゆっくり吸いてぇし」

「オレも音楽もう少しボリューム上げて聞きてぇー」

「うむ…では今日明日の話ではないんだがそれぞれ考えて置いて呉れ給え、
 3階4階に多少住人はあるが、2階はなぜだかこの事務所だけの状態だからね
 大家氏も長年住んでる私どもには多少便宜を図ると言っているし」

「事業拡大か…スタンド使いとしての帰属意識みたいな物は薄いけれど
 スティングレイが居たら戦力でしょうねぇ」

「ハウスキープのオマケに宝石鑑定できるスモーキンも居ると便利かもねぇ」

「…まぁ、その辺りもまだもう少し先の話だと思って呉れ給え
 現状ではまだ今のこのメンバーで少し余裕を持てるか持てないかくらいだから
 ここまで忙しくはなくともそれなりに仕事がキープできるようなら…
 少しずつ考えていっていいんじゃないかなと思うんだ」

俺が

「そういや税務署とパイプできたんだろ?ルナ。
 んで今日の仕事で王室関係とも繋がりが出来るようにすりゃもうちょっとは
 羽振りも良くなるかもな」

「王室だって?」

さすがのポールも驚いた

「ジョーンに所得隠しの現場で仕事して貰ったら、そちら関係の物が出てきたので
 報告書をそちらにも提出、ってそれだけだけどね、確かに、王室からの依頼なんて
 請け負えるようになったら、かなりの収入にはなりそうね
 ネームバリューとしては使えそうもないけれど」

「なんで?」

アイリーがルナの言葉にきょとんとした

「王室が「困ってます」なんて国民に垂れ流すわけにも行かないでしょ
 恐らく依頼があったとしても、かなりシークレットな内容になると思うわ」

「十分今でもいじられてる王室だとは思うがなぁ」

俺が言うと

「あたしが許さないわ、そんなこと。
 王室はそれなりの権威って物をキープして、こちらも敬意は払わないとね」

「へぇ、お前神は信じないのに権威の象徴は信じるのな」

「リアルに生きてリアルで世界に影響力のある王室じゃないのさ、イギリス王室は
 あなたたち生粋のイギリス人がもっと女王陛下に敬意払わなくてどうするのよ」

ルナはアメリカ系の移民、勿論今はイギリス人だが、多分それで
イギリス人になるからにはイギリスに忠誠をと思ったんだろうな、天晴れな奴だ。

「それにあなただってもし日本に帰化したら、例え日本側にそうしろと言われなくても
 エンペラーに忠誠誓うんじゃないの?」

「あー、かもしれねぇ、権威の象徴ってのはその国に直接居ると威力が薄まるモンなのかねぇ」

「王制ががある国ならどこでもあたしはそうする積もりよ」

何かちょいと脱線気味になったが、そんな感じで食事は進んだ、
ケントは終始がっついてた。

第一幕 閉

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