Sorenante JoJo? Part One : Ordinary World

Episode 2:Retake 第一幕 開幕


先の出来事から更に幾日かが過ぎた。
もう三月と言う頃だ。

仕事はまだまだ暇と言えるが、以前より
少し、そのペースが上がり、依頼そのものが少し増えても
やはり開き時間の方が長く感じられる。

そういった緩い日々の中で、この日はなかなかジョーンが起きてこなかった。
まだ始業時間前とはいえ、いつもなら食事の用意を始めていたジョーンが起きない、

彼女が来てからと言うもの、食事や買い出しはジョーンが担当していた為
その問題は起こった。

「調理しないと食べられないものばかりだわ…参ったわね」

今まで社では適当に買ったパンなどで適当に瓶詰めの何某とか
温め直せばいいような缶詰とか、調理はしてもスクランブルエッグとか
そんな感じだった。
紅茶やコーヒーだけがちゃんとしていた有様だった。

「ん〜〜〜〜せめて卵があればねぇ〜」

適当に野菜切って適当にハムかベーコンと炒めるとかでも
凌げそうと言えば凌げそうだが、ここ二週間ほど
「目も覚めるような美味しい食事」が当たり前になって居た今
そう言う食事に戻る気にもなれなかった。

「しょうがない、起こしましょう」

ルナとアイリーが寝室に戻る。
ちなみにこの寝室にはシングルベッドが三つ、ほぼ部屋目一杯離され
カーテンで間をしきってある状態だった。
その入り口側がジョーンであった。

…と、ドアノブに手を掛けようとすると声がする。

「オキテクダサイ」

ただの声ではない、オーディナリー・ワールドの声のようだ。
ルナとアイリーは顔を見合わせた。

「…もう少し…いい夢を見ていたの…久しぶり…だわ…」

凄く眠そうに惚けたジョーンの声

「シカシ…コレデハ皆ノ食事ガ用意デキマセン…」

凄く奥手そうな物言い、成る程、ジョーンが言うとおり
「恥ずかしがり」っぽそうだ。

先のスモーキン事件の時は後ろ姿をちょっと見ただけだったし
それ以外はほぼジョーンに重なっていて「白銀の鎧を纏った女性型」
以外に何も情報はない。
ウィンストンやケント、ポールに至ってはその重なった状態でしか
見た事がない、というレアっぷり。

見たい、見てみたい。
幸い、自分たちの足音には気付かれていない、
今までのジョーンなら有り得ない事なのだけどそれだけ
ジョーンもここに馴染んできたと言う事なのだろう。

もう一度、ルナとアイリーが目を合わせ、そして頷く。

ドアをがばっと一気に開きルナとアイリーが寝室に突入し、仕切りのカーテンを開ける。

「ジョ…」

寝ているジョーンに手を掛け、起こそうとして二人の乱入に固まったそれは
紛れもなく、はっきり、すっぱり、この上なく
ジョーンのスタンド、オーディナリー・ワールドであった。

角度的に前側が見えており、顔や頭部の形などもはっきり判る、
ジョーンの分身らしく凸凹なナイスバディである事も判る。

「おーー〜〜〜〜!、オーディナリー・ワールドだっ♪」

アイリーが歓喜の声を上げると
こちらを見て固まったオーディナリー・ワールドは
「見られた!」という表情になり
(デザイン的に目は見えないが)
顔を紅潮させ一瞬固まったかと思ったらあっという間に消えた。
溶けるように、とか本体に吸い込まれるように、ではない、瞬間だった。

「…何かショックだわ、本当に恥ずかしがってる」

ジョーンの事だから出し惜しみでもしてるのだろう、奥手なんて嘘だと
ルナは思っていただけに、どこまでも凄い達人のように思っていたジョーンの
ちょっとしょうもない面を見た気がしたのだった。

「いや〜なんか人見知りの子供みたいで可愛かったなぁ〜w」

「信じられないわ…こんな強烈な個性を持つスタンドなんて…
 何か一種の多重人格的なものなのかしら…それより問題は…
 そろそろ空腹も限界だと言う事だわ…!」

アイリーがオーディナリーワールドの居た位置に立ち
そちらの方向を向いて眠っているジョーンを軽く揺すりながら

「ジョーン、起きてよぉ〜
 あたしたち食材からじゃマトモに調理できないからさぁ〜」

アイリーの斜め後ろでルナも

「トーストにマーマイトなんて普段ならノーサンキューな組み合わせだけれど
 それでもいいから食べたい気分だわ! それすらないのよ!
 頼むから起きて頂戴!」

「ルナ、マーマイト嫌いなんだ?」

ルナは理解不能って顔をしながら

「貴女好きなの?」

「いやぁ、好きって程じゃあないけど、嫌いでもないから」

「好きか嫌いかで意見の分かれるものに貴女も妙に中立的ねぇ
 ああ…いえいえ…そんな事じゃなく、ジョーン!」

「あ、そだ、ジョーン〜〜〜、起きてよぉ〜〜」

ゆさゆさ揺さぶられるうちにジョーンがまた寝惚けて

「…お願いだから…もう少し…オーディナリー・ワールド…」

そう言って加減の緩くなった勢いでアイリーを抱き寄せ

「…え…! ちょっとジョーン!」

ルナがひるむ、辺り一面に「ズキュゥゥゥゥウウン」と響き渡るような
キスをお見舞いしてた。
でもルナは何となく、強硬に出るジョーンを引き留めようとする
オーディナリー・ワールドを「黙らせる手段」として習慣化してるのだろう、とか
半分混乱した頭で何故か分析までしていた。

「いやいやいやいやいや! ちょっとジョーン! 起きなさい!」

急いで二人の間に入ってもう祈る思いでジョーンを揺すぶった。
キスの感触がおかしかった、ということもありそこでやっとジョーンは目を開けた。

「…ほぇ」

「"ほぇ"じゃあないわ! ちょっと貴女なんて事をッ!」

「…あ…今の…アイリーだった? ごめんなさいね」

かなり眠そうなジョーンだったが、徐々に覚醒はしてきたようだ。

「あ〜いやぁ、別にそんなには気にしてないんだけど」

「アイリーは気にしなくても、これもしあたしだったらと思うと…
 冗談じゃあないわよ!」

顔を赤くしつつも、気安く触れられるのもNGなルナが言うのだから
まぁそれなりに深刻な話でもある。

「まぁ〜ルナにはきっつい話かぁ、小さな家族を起こすような気持ち
 って感じだったけどねぇ」

小さい家族を起こすような気持ち、その言葉にまだちょっと寝惚けつつ
苦笑のような表情を浮かべたジョーン。

「ああ何だかよく判らないわ…もしそれがオーディナリー・ワールドを
 黙らせる手段だったとしたら…貴女もしかしてレズビアン?」

その言葉には流石にジョーンは首を軽く横に振りながら

「黙らせる手段としては使ってる、否定はしないわ…流石ルナね…
 でも恋愛や恋愛ごっこみたいなつもりはないわ、
 一種の自慰というわけでもない、
 …まぁずっと側に居たのがオーディナリー・ワールドだけだったから…」

ジョーンがベッドから降りる。
(ルナやアイリーの居る逆側)
トップレスで下も紐みたいなもの、背筋なども鍛えられているので
エロスの塊と言うよりはなんか美術品のようだ。
そのまま寝室を出つつ、

「どのみちわたしに恋愛は無理だわ、男性にしろ女性にしろ」

ジョーンがリビング兼第二事務室的な部屋の時計を見ながら

「ああ、こんな時間なのね、ごめんなさいお腹空いたでしょう」

そう言いながら、キッチンに入っていった。

「随分寂しい事言うんだなぁ、ジョーンなら引く手あまたっぽそうなのに
 オーディナリー・ワールドしか側に居なかったなんて」

アイリーの呟きに

「そもそも彼女は幾つなのだろう…見た目の年では有り得ない
 何か…壮絶な過去がありそうだわ」

「そういや、どう言う混血なんだろ
 体つきからしても純粋なアフリカンでもないし
 アラビアンでもないし、顔つきそのものはどう見ても西欧人だし」

「流石に突っ込みにくいわ…空気みたいに馴染んできたけれど
 馴染めば馴染むほど謎が浮き彫りになる」

アイリーが「うーん」と考えた、
ルナがジョーンの服をわし、と掴んで

「そんな事よりジョーン! 幾ら同性でも礼儀ってものがあるわ!
 服くらい来なさぁーいッ!」





「朝からコース料理かね…」

前菜が過ぎ、プリモ(第一の皿)からメインディッシュが出てきた辺りでポールがこぼした。
イギリスは朝にそれなりに食べる習慣のある民族ではあるが、それはワンプレートに
全て盛るスタイルであって、このように次から次へとやってくる本格的なイタリアンにちょっと面食らった。

「ああ…みんなお腹をだいぶ空かせてたみたいだからと思ってついつい…」

未だ寝ぼけが取り切れないジョーンが答え、

「何だかしゃっきりしないから…ちょっとお風呂に入ってくるわ」

「ええ…そうして…」

美味しいけれど朝からこれは…と思いながら料理を口に運ぶルナが即座に返した。
ジョーンが事務所から去り、隣の部屋に戻った辺りでルナが切り出した。

「…それより、日を追うごとに疑問が増すわ、彼女は一体何者なのだろうという…」

ウィンストンは黙々と食べていたが

「…俺もだ」

「え、そんな気になるかよォー」

「ケントはお気楽だねぇ〜あたしもちょっと気になるっていうのにぃ」

「まァー同じ部屋じゃぁーねーからかもしれねェー」

「それはあるかもね…日常的に接しているとちょっとした事で
 彼女には深い歴史があるんじゃあないかとついつい考えてしまうわ」

ルナがケントのフォローをし、そして自分の疑問を吐露し、それに続きウィンストンが

「…言葉や行動、その決断が妙に玄人なんだよな…今この現代で
 裏社会の人間でもないのにそんな修羅場くぐるなんてそうそう無いぜ」

従業員達の疑問に口を挟むべきか少し躊躇していたポールが

「カサブランカ事件の時にジョーン君の持っていた硬貨を処分したんだが…
 "イギリスの古銭商の一部ネットワークで彼女を知らぬ者はない"
 と言われてしまったよ」

「それってどういうことぉ?」

「彼女が初めてその古銭商に換金に現れたのが1963年か4年とのことだそうだ
 …その後数年おきにあちこちの別々な古銭商に換金に現れ
 いつ見てもその外見は二十代半ばから後半…」

場の空気は凍ったが、それぞれに感想は違った。
ウィンストンは

「やっぱりな…そのくらいの人生経験はありそーだと思っていたんだ」

ルナは

「彼女のスタンド能力や…あの謎の呼吸法の効果からしても
 若さを保つ事はできそうだわ」

ポールが

「彼女は少なく見積もっても70歳…そういう事になるね」

そしてケントが

「70歳! ってオメー…あの生唾ゴクンなあれって…ババアかよォー!」

アイリーがそれを受けて

「んーでもあんな70歳ならちょっといいなぁ〜
 何か凄い厳しい修行らしいけど呼吸法はやって見たいかなぁ」

ウィンストンが「呼吸法」というのにいつもモヤモヤしていたようで

「何か引っ掛かるんだよな…なんか…俺それ知ってる気がするんだ
 もうちょっと正確な情報とか名称とかが判れば思い出せそーなんだが…」

「あの時そんな事聞けるほど余裕無かったからなぁ〜、ねぇルナぁ」

「一つ言えるわ、効果を高め他人にその影響を分ける為に
 呼吸を強める所ばかり気にしがちだけれど、あれ多分
 「常に」その特別な呼吸法とやらをやっているわよ。
 そう、それこそアイリーが気にしていたように寝ている時でも」

「うへぁ〜…やっぱり厳しそうだなぁ」

その流れを聞いていたのか居なかったのか、ポールがだめ押し的に

「もし…もしだよ、彼女の年齢が彼女の持っていたコインの年代に
 シンクロしていたとしたら…古銭商は彼女の持ってきた最古のコインは
 15世紀のものだと言っていたんだ…」

ルナはちょっと深刻にそれを捉え

「それって中世の終盤頃だわ、社会や思想の変革、奴隷貿易、ペスト
 魔女裁判、市民革命、近代化…ヘヴィすぎる…精神が保てると思えないわ…」

ルナはここまで言って

「…でも…」

あるいは…と口を開こうとした時

「矢張り彼女に真実を聞いてみない事には、何ともだね」

結論の遠い、遠回りな推測はしない、
ここでもポールの「はい、それまで」は発揮された。

そんな時、コンディショナーのいい香りを振りまきながらジョーンが
自分の朝食と、猫の朝食を持ってやって来た。
子猫は離乳食をすっ飛ばしてささみや魚類のほぐしたものなどを食べ始めていた。
勿論それらは猫用に調理されている。
子猫は甘えた声でジョーンの足にまとわりついていて、可愛い。

「ああ…やっと目が覚めたわ…随分沢山作ってしまったわねお腹大丈夫?」

子猫にご飯をあげつつ、ジョーンのプレートにはちょっとしたパンと
エスプレッソのコーヒーだけであった。

「貴女は少ないのね」

ルナが思わず言った

「いつもわたしはそれほど多く無いじゃない?
 もしメインの後皿のチーズとか食べ残すようであれば勿体ないから戴くつもりでこうしてきたの
 あ、メインまでは責任持って食べてね、残す事は許されないわ」

そう、結構ジョーンは食べる事に厳しかった。
アレルギーなどは気を付けるが(幸いな事に深刻なアレルギーを持っている者は
 社には居なかった)食わず嫌いは許さないし、残す事も基本的に許さなかった。
アレルギーまで行かずとも食べた経験がありつつ「どうしても苦手」
と言うものだけは免除をされたが。

ポールやアイリーがおずおずと差し出すメインディッシュ後の
「おつまみ」的な皿をジョーンに提出すると、ジョーンは
それをメインにして食事を始めたわけだ。

そんな時、ケントが

「なぁ−、ジョーンオメー70歳?」

何という言葉のツァーリ・ボンバー(史上最強の核爆弾)
思わずウィンストンがケントの頭をスッパァアーーーンといい音を立てて叩いた。
ジョーンはちょっとだけ固まったようだが、口の中の物を丁寧に噛んで飲み込んでから
優しい笑顔でケントに

「そう見える?」

「見えねェ−」

ああ、もうこの際だ…とポールがこぼしつつ

「古銭を処分させて貰った時の事なんだが、その店主は君が1963年か4年に訪れて以来
 ずっと外見が変わらないと言っていたんだよ、彼の属するネットワーク内で
 君を知らない者は居ないだろうと、指紋で判別されてね」

「指紋か…余り気にした事無かったわね…迂闊だったわ
 割と間を開けて訪れていたつもりだったのに、覚えられているものなのね…
 ちなみにそれは1963年よ、わたしの記憶だと」

ちょっとジョーンが「失敗したな」という表情をしたのをルナは見逃さなかった。

「ストレートに聞くよ、君は一体何歳なんだね?」

「500歳以上……と、言ったらどうする?」

「笑えない冗談だわ」

黙々と食事をしながらもルナは切り捨てた。

「…ま、女に年を聞くなんて失礼な事してると思うよ、済まなかった」

ウィンストンが「はい、そこまで」をやって見た。
アイリーはウィンストンのこのちょっとした気遣いが好きみたいで
黙々と食べているウィンストンにちょっと微笑みを向けた。

「いいのよ…、まぁ、疑問にも思う部分もあるのかなと思う。
 でも何歳だからと言って気にする事はないわ、見た目で判断して貰って構わない…
 というかむしろ歓迎よ」

ジョーンは食べながら服からIDを取り出し、机の上に提示した。
1981年1月6日、国籍イギリス
確かにそれは、今26歳であるはずのジョーンのものであったが

「役所の記録は全てそれにしてあるわ、不慮の事態で突かれる事があるかも…
 と言う配慮からだけれど、だから役所の記録からわたしの過去を探るのは不可能だわ
 …でも、まさか古銭に付いた指紋と記憶から辿れるとは…
 民間の細かい所までは流石に全部というわけにいかなかったわね」

「まぁいいさ、俺的にはあんたが経験豊富なスタンド使いって事の方が重要だ
 ただ、一つ聞きてぇ、呼吸法の事だ」

「ええ、なぁに?」

「その修行場ってどこにあるんだ? イギリスにはねぇよな?」

「これは本当に遙かな太古からチベット地方で編み出され
 欧州…今はもうベネツィアだけかな、に支部というか別流派があるわ、
 スピードワゴン財団について書かれた本のジョセフ=ジョースターに関連して
 少し触れられて居るわね、あと、彼の伝記でも」

ルナがそれで

「読んだ事あるわそれ、でも「若い頃厳しい修行をした」くらいにしか書かれていなかったわ」

「スピードワゴン財団って聞いた事あるけど、ルナ、そんなとこまで調べてたんだ」

アイリーがそう言った。

「スピードワゴンとその財団は19世紀末から二十世紀初頭の思い切り近代史よ、
 それに創設者R=E=O=スピードワゴンが戦時中アメリカ在住のイギリス人という立場でドイツと
 技術提携していた事があるという…公にはなって居ないけれどちょっとした闇歴史もあるんだから」

「へぇ〜〜」

アイリーは素直に驚いた、ジョーンがそれに加えて

「財団とナチスとの連携は本当の事ね、ただこれも
 当時の国際情勢とはまた別な問題があっての事だけれど」

ルナはその中味については知らないので

「なに、ジョーン詳しいじゃない」

ちょっと、嫉妬めいたものも感じてジョーンは少し苦笑した

「直接関わったわけではないわ、ただ後にちょっと知る切っ掛けがあったの」

「どんな?」

「その提携に関わったと言えば関わった人と知り合ったから」

まぁ、ここまでの流れ、判っている範囲で年齢的にも特に不自然はない

「ああ、何か貴女に近現代のことについて色々聞きたくなってきたわ」

「先ずは、食べきってね」

ジョーンは、厳しかった。





ジョーンの寝坊で始業時間は少し遅れたが、特に仕事があるわけでもなく
皆でくつろいでいた時であった。

ポールがちょっと席を外した瞬間に電話が鳴り、そしてその電話をジョーンが取ったのだ。

皆がちょっとびっくりした。

「はい、K.U.D.O探偵社です、はい、ご依頼ですか?」

皆が注目する。

「…ええ、本日午前十一時…少々お待ちください」

何を待てと言うのだ、我々は暇なのだ。
するとジョーンは何かファイルを適当にデスクから取り出し、わざと少し大きめの音でそれをめくり

「お待たせ致しました、その時間にもう一件依頼に見える方があるようです
 お急ぎの案件であるなら、早い方がこちらと致しましても優先をしやすいのですが」

ウィンストンの表情はこう言っていた
『おいおいおい…いいのかよ、そんな小芝居』

「はい、当社は確かに何でも探偵ですが、あらゆる事態に対応出来るほどのノウハウはあります
 …ええ、規模としてはそうです、ただ、あちらでは確実さ以上にリスクも御座いませんか?
 我が社であれば、ご依頼者に不利益やリスクは一切掛けさせません」

戻ってきたポールも、ルナもハラハラしながら見守っている。

「はい、ではそのようにお願い致します、お待ちしておりますわ
 勿論秘密は厳守致しますし、迅速に対応させていただきます」

ジョーンは相手が電話を切るのを待ってから受話器を置いた。

アイリーやケントはその大風呂敷振りにワクワクしながら見ていたが
免許持ちの三人はどっと疲れが出たように力が抜けた。

「今すぐ片付けて、直ぐ来ると言っていたわ」

「一体なんでまたあんな小芝居を始めたのよ!」

片付けを始めながらもルナが噛みついた。

「開口一番「どちらに依頼をしようかと思ったのですが」
 なんて言われた日には、どうしたってこちらに依頼を持って来たいじゃあない?」

「どちら…BC/LMとの天秤という事だったのか…」

「社名は言わなかったけれど、そうだと思うわ、そちらに仕事取られたかった?」

「いやいや、と言う事はこれはかなり重要な案件だ、もし
 解決に導ければ、社の格も少し上がるというものだろう」

ポールは目を輝かせた。 ウィンストンはちょっと憮然として

「っていうか、余り俺達を持ち上げるなよ…手に負えないレベルのヤマだったらどーする気だよ」

「やり遂げてみればいいわ、命を賭けてね」

さらっと言った。

「ここのみんなはバランスもいいし、かなりこう言った稼業に「向いてる」と思うの、
 もう少しハイレベルな依頼を受けて解決してみるのもありかなって」

さり気にプレッシャーを感じるがルナが

「…確かに、もう少し上を見た方がいいと思う
 零細に慣れきっては腐ってしまうものもあるかもしれない」

「当然、未知の恐怖があると思う、でもそう言うものだわ、成長というものは
 手探りで荒野に道しるべを見つけて行くものよ」

「な…なんか難しいぜェー」

「努力と向上心と希望は捨てる馬鹿に未来はねぇって事だよ、腹をくくらざるを得ないな」

なんかウィンストンがカッコイイ事言ってる、とアイリーが思った。





9時43分…依頼者がやってきた。

事務所にはいまポールとジョーンとルナが居る、
ウィンストンとケントとアイリーは事務所隣の住居スペースから
その様子を見ていた、理由は以下の通りである
・ウィンストンは威圧的な風貌と態度をしている
・ケントは論外である
・アイリーは素っ頓狂なリアクションを無意識に入れる事がある
実際、それで客を逃した事もあった。
ジョーンの風貌も決してフォーマルとは言えないし、ルナも同様ではあるが、
ジョーンは電話応対をしているし依頼者とのやりとりもこなれている、何より、美しい。
ルナは事務仕事が出来、すべき質問や確認事項をするのも完璧、「出来る女」枠と言う事である。

依頼者はジョーンに乗せられたとは言え、会議を欠席してまでやって来た。

「私はこちらで技術開発を担当しております、カプリと申します」

名刺を渡してきて、ポールが丁重にそれを受け取り、こちらのも渡す。
カプリ氏の名刺には「Golden Bat Co.」とあり

「大手ですな、開発と言う事は…半導体設計ですか」

「それでその…依頼なのですが…」

彼は玉のような汗を滲ませていた、時期はまだ3月になったばかり。
それは暑いからではない事は明白であった。

「先日…ブルトン通りでしたか…セントジョージ通りでしたか…
 家族と歩いておりました…」

「その日私は明日締め切りの仕事が予定より早く上がった為
 データをメモリーカードに写し、元データを修復不可能レベルにまでして
 持って歩いていたのです、社内にもスパイが潜んでいるという噂もありましたし
 何より社運も掛かっていまして、私がチームリーダーと言う事もあり
 全責任を負っていましたので…」

「しかし、それまで家にも帰れず徹夜も続いていた事もあり
 まず家族と過ごしたくて…半休にして午後に家族と歩いていたのです」

「その時…娘が風船を買いました。
 幾つかのヘリウムを注入した風船が束ねられたものです」

「その時、私は何を考えたのでしょう、
 何気にやり遂げられた仕事への誇りでしょうか、
 娘がはしゃぐそれにケース付きとは言え…くくりつけてしまったのです…!」

そこまで来て思わずルナが「はぁ!?」と声をあげた。

「何故その場で連絡してこなかったの!? ヘリウム入りの風船に結わえたそれが、
 どこかに飛んでいったのを探すのが仕事内容って事よね!?」

ポールはルナを止めるべきだったのかも知れないが、
そう、早く連絡さえしてくれていれば難易度はもっと低い仕事だったろう
流石のポールも、あきれ果ててしまったのだ。

「気付いたのが今朝だったんですよぉぉぉおおおおお!
 娘に聞いたらそのどちらかの通りで昨日風船が一つ飛んでいったと…!」

なんて事だ…

「無くしたなんて社には言えません…!
 そして社にももうデータは残っていません!
 もう、何としても探し出すしか私には未来がありませんんんんんん!」

あきれ果てたが

「…なるほど、しかし我が社に依頼なさった事は正解でした
 比較広告じみた事は言いたくはありませんが、BC/LM社では、どう足下を見られていたか…
 難易度は非常に高いですが…確かに承りました」

ポールが覚悟を決めた所でルナが

「必要経費は後に請求する形にして…期限は…恐らく明日朝まで…」

「はいぃぃいいい、もう期限までなら何時でも構いません、どんな場面でも構いません!
 見つけたらご一報くださいぃぃいいい!」

そこまで来て彼は最悪の事を考えていた。

「…はっ…拾われたとしてもデータにはプロテクトが施してあるし
 読み込んでCADにするには専用ソフトの手続きがあるからそれはいいとして…
 もし…もし…物理的に壊れていたら…!」

そこへジョーンが紅茶のお代わりを注ぎつつ、

「お任せください、大丈夫です」

カプリ氏にとってこの自信がどこから来るのかは判らないだろうが
ジョーンがキッパリとそれを言った事で少し落ち着きを取り戻し、紅茶を一口飲んだ。

「とにかく…社運を賭けたプロジェクトなのです、
 失敗すれば損害は六桁ポンド(億円単位)は確実なのです…見つけていただければ、
 そしてデータを無事に私の元へ届けていただければ…相応の報酬はさせていただきます
 勿論必要経費は別で構いません」

「判りました、吉報をお待ちください」

ポールが立ち上がり、握手を交わす。





「ポール、ノートPC買わせて」

カプリ氏が去った後、ルナが進言した。

「む、何故かね」

安い買い物とは言えない、ポールは身構えた。

「メモリーカードを見つけた所でそれがロンドン市内で
 一晩以内に戻ってこられる場所とは限らないでしょう」

う、その通りだ…遠隔でデータだけを受け渡す事態もあり得るのだ。

「むむむ…余り高くないものを頼むよ…
 この依頼が遂行できなければ今月の家賃は滞納だ…」

「それを打破する為の投資でしょう、出し渋ってどうするの」

このやりとりの後ろでアイリーが

「…市内にはないね、ちょっとベイビー・イッツ・ユーを
 最大展開したいから、どっか公園にでもいこう」

「市内にないならこれはもう全員出動だな、ポール、
 電話をあんたの携帯に転送するよう設定して、全員で出掛けるしかないぜ」

「丁度いいわ、道すがらPCも買いましょう、設定は大丈夫、あたしできるから」

全員がやる気モードになった所で

「猫ちゃんどうしましょう」

ジョーンが呟いた。
そういや、一晩いや、場所によってはそれ以上事務所を空けるかも知れないのだ
幾ら多少のフォローがあったとして放置は出来ない。

「…連れて行くしかないわね」

ルナが言った。

こうして、K.U.D.O探偵社始まって以来の大捕物が始まろうとしていた。





現場近くの公園でPCの買い物も済ませ、ルナがその設定や契約等の
手続きをしている脇で、ちょっと一般人には見えにくいように
アイリーを全員で囲み(可哀想な子に見える可能性があるので)
アイリーが大きく手を広げスタンドを全力展開する。
円周12メートルほどの大きな光の輪である。
中の模様はほぼなく、フリーの光の糸が一本彷徨っているような状態である。
アイリーはカプリ氏の供述から「風船とそれにくくられたメモリーカード」で検索を開始する

「こういう時って、中の模様はほぼ作れないから
 やはり、大まかに、少しずつ近づいて範囲を狭め詳しく…というプロセスなの?」

アイリーの能力に興味津々だったジョーンが聞いてきた。

「あー、うん、東無し…大まかになら数百キロ…くらいかな
 「この方角にあるよ」程度…南無し…」

「素晴らしいわ」

そう言えばジョーンは結構アイリーのスタンドを褒めていた。
改めて「あたし結構褒められてるな」と思うとちょっとアイリーは照れた。

「まぁ…そんかし戦えないけどね…えへへ…西無し…と」

「いいんだよ、それは俺達の役目さ」

「そうだぜぇー」

ウィンストンやケントがそんなアイリーにフォローを入れる。
そして

「…あった…北…」

ルナも含め全員がアイリーに集中する、しかしアイリーはちょっと続きを言いにくそうだった。

「どこにあるのかね」

遠征費の兼ね合いがある、ポールの質問には力がこもっていた。

「えっとね…うん、そぅね、海じゃなくて良かったかなって」

「どこなんだよぉー」

「おおよその方向だよ、あくまで「現時点」の…あのね、エジンバラ」

「また豪快に飛んだものね」

ジョーンが一言言うと、設定を終えたのだろう、ルナが会話に参加して
アイリーにパソコンの画面を見せつつ、

「アイリー、カプリ氏の使ってたメモリーカードはこれと同一製品よ、先程確認したわ、参考にして
 いくわよ、とにかく何が何でも見つけなければならないわ、僅かばかりの貯金削ってでもね」

そこへジョーンが助け船を出した

「丁度エジンバラにも資産をおいてあるわ、古銭を現地まで取りに行くまではお願いするわね
 そこからの活動費はわたしが何とかする、現状エジンバラ方面と言っても東が直ぐ海だし
 北から海に出られてはもう手の施しようが無くなるわ」

「たよりになるなァー、ジョーンはよォー」

「ただし、報酬が入ったら必要経費は貰うわ
 全員で食事を取るなり、個人的な消費をするならその分もね」

「えーまじかよォー」

「使っていなかった資産とは言え、わたしの労働の対価よ、当然だわ」

それに応えてルナが

「当然ね、今後こんな事が無いように、あたしらは
 個人だけでなく会社もレベルアップさせなくてはならないわ、行きましょう」





ロンドンから列車でエジンバラへ…
アイリーは最後尾車両のデッキまで出て検索を続けており、
ジョーンがそれに付き添い、まだまだ寒い空気を暖めていた。

ルナはその様子を座席から見て思った
『物理的なオールマイティーさと引き替えに
 彼女は物質の構成をなるべく細かく知らないと「早く」調整出来ない…
 スタンド使いであれば当然の「そうだからそうなのだ」
 と言う便利さが彼女の場合、物質よりもっと前の段階にあることになる…
 
 例えば空気…78%の窒素分子、20%の酸素分子、1%のアルゴン
 その他…排気ガスや希ガス…知らなくてもある程度は気温を上げたり
 音の反射を内向きにしたり出来たのでしょうけれど
 知ればエネルギーも手間も最小限に出来る
 
 だからアクセサリーの時も「キュービックジルコニア」という鉱物名ではなく構成する元素、
 ジルコニウムだとか、硝子なら珪素とか、そう言う言い方になるんだわ…
 
 どんな人生を歩んで来たのだろう…
 二十世紀初頭と言えば現代科学が爆発的に発展した時期だ
 オーディナリー・ワールドの「力」がどんなものか沢山勉強したのだろう、
 そして彼女の性格からそれを何か社会に役立てられないか奔走したのだろう
 
 どう考えても、彼女がスタンド使いとして幸せだったとは思えない…
 年を取らないというのが彼女の意思だというなら
 それも含めての修行と言えるのかも知れないけれど
 
 …もし…彼女がその意思にかかわらず生かされ続けているのだとしたら…
 …もし…スタンド能力の弊害とも言うべき結果で生かされ続けているのだとしたら…
 
 ただ、彼女はあたしらにこう言った
 「成長というものは、手探りで荒野に道しるべを見つけて行くもの」
 死ねないオマケに何が何でも前を向かなければならない制約があるのだとしたら
 
 …悲しすぎる…あたしなら耐えられない
 あの飄々とした「でんと構えた謎の女っぷり」が元々の彼女の資質であると、
 そう願いたい、そう振る舞わざるを得ない、なんて事ではあって欲しくない…』

ルナがふとウィンストンを見ると、ウィンストンもジョーンを見ていた。
考える道筋は違うだろうけれど、恐らく結論は似た事を考えて居るはずだとルナは思った。

「…アイリーは苦戦しているようだね」

ポールの呟きにルナもウィンストンも物思いから現実に戻る。

「そりゃぁまあ、漠然とエジンバラってだけだからな
 下手したらもっと移動してるのかも知らんし」

ウィンストンの呟きの最中ジョーンが戻ってきた。

「とりあえず大丈夫みたい、この三時間ほど微妙にしか動いていないようよ」

ジョーンの報告にルナが

「どこか樹か建造物かに引っ掛かってくれてるなら有り難いわね」

「いつ大きく動くか判らないからってアイリーも頑張っているけれど…
 後一時間程よね、わたしは少し寝かせていただくわ…」

ジョーンはルナの隣に座り(ルナは少しびっくりしたようだ)
そして、ものの数秒もしないうちに寝てしまったようだ。

「…物理現象…この場合は空気分子の運動を三時間調整し続けて疲れたのだろうね」

ポールが言う。
確かに、彼女の能力からしたら「軽い方」なのかも知れないが、
三時間なんて普通のスタンド能力なら遠隔操作型でない限り有り得ない持久力だ。
ルナは先程の物思いがもう一度頭をよぎったが

「ここまで来たのなら、余程いきなりの大移動でもない限り動き出しても何とかするとして…」

ルナが隣のジョーンに気を使いながらゆっくり立ち上がって、デッキに出る。

「アイリー、貴女も少し休みなさい、ここまで来れば、後はあたし達で何とかするわ」

その言葉に、矢張りアイリーも少し無茶をしていたのだろう

「そ…そぉ? いやぁ〜ジョーンも言ってくれたけど彼女優しいから
 …でもルナも合わせて二票ならあたしも休もっかなぁ〜」

ベイビー・イッツ・ユーが消え、アイリーがふらついてルナにもたれかかる。
ウィンストンがすっ飛ぶ勢いで焦ってやって来てアイリーを車内に誘導しながら

「お…おいッ、何そんなにクタクタんなるまで頑張ってるんだよ!」

「いやぁだって大事な仕事だし、ジョーンにおんぶに抱っこみたいなのも
 あれだしさぁ…ジョーン応援してくれるし、頑張らなくっちゃぁなぁ〜
 なんて思って…でも、ちょっとジョーンに勝ったかなぁ、あはは」

ウィンストンとルナがルナのいた席に誘導しつつ

「勝った負けたって、そう言う問題じゃあないでしょ?」

「まぁ〜ジャンルは違うんだけどさぁ、
 だけど、越えなくちゃいけないんだと思うんだよね、ジョーンを」

その一言は全員をドキッとさせた。
確かに、今すぐとは言わずともその心意気は必要なのだ、
アイリーは若くて性格も軽いし…悪く言えばバカっぽいのだけれど
ルナは思った、『この子の方があたしなんかよりよっぽど先を見ている』と。
しかし

「でも…それはスタンド効果の持続力を競うという意味じゃあないわ、無茶をしないで」

「あっは、そーだよねぇ〜、またバカやっちゃったよ〜」

アイリーが着席する、ウィンストンがそれに

「しかし、アイリー、お前今結構輝いてたぜ」

ルナがちょっとそれに『クサい台詞だわ』という表情をした。
だが、言い方がどうであれ、同意できたのでルナもポールも頷いた。

アイリーはにこっと笑ってジョーンにもたれて矢張り直ぐ寝てしまった。

「…微笑ましい光景だね」

ポールの一言にルナは朝方の事を思いだし

「…起こす時にジョーンがまた寝惚けてアイリーにキスしなければいいのだけど」

ウィンストンに衝撃が走る。

「何ィィィイイイイイイーーーーーーーーーーッ!」

ルナとポールが「しーっ」とウィンストンに自制を促す。
ルナは知っていた、ウィンストンがアイリーに少し気がある事と
アイリーもそんなウィンストンの事をその気持ちを受けるかどうかはともかく
純粋に嬉しいと思っている事を。

「寝惚けた時の事故よ…何であたしがジョーンのフォローしなくちゃあならないの
 …どうあれ、彼女の人生で相当長い間「オーディナリー・ワールドと二人きり」
 だったようなの、ひょっとしたら…彼女が仲間と呼べそうな物をもったのは
 これが初めてなのかも知れないわ」

何だか納得したようなしてないような態度のウィンストンに

「だから…「家族にするような挨拶の延長のようなもの」って感じで
 アイリーも気にしてないって言ってたから…とりあえず落ち着きなさいよ」

ポールがこのやりとりに可笑しそうにした。
なるほど、ジョーンも立派に仲間になったのだという気がしたのだろう。
そんなポールの態度に『貴方もフォローの一つくらい入れなさいよね』と言う表情をルナはした。

「…とりあえずジョーンが油断ならねぇってのは判ったぜ」

「ま、寝惚けた勢いとは言え、同性相手にキスをしたのだからね」

可笑しそうなポールがウィンストンの気持ちを汲んだように言うとウィンストンが

「よし、今度からルナ、オメーが起こせ」

「何いってんのよ!? あたしを人身御供にするって訳?
 だったら起こす時だけ許可あげるから遠慮なく貴方が起こしに来なさいよ」

「あーいや、俺はいいわ」

「何よ、推定70歳だから?」

「そうじゃあねぇよ…なんて言うかなぁ…緊急時にワザとやってんのかっていう言葉選びとか
 「ここまで酷い事になるとは思わなかった」とか言いながら
 窮屈なスキマをあのゴム毬みてーなのぐにぐにさせて移動してたりするのを間近で見てたら…
 あいつ自身が手練れとかそういうのより「手に負えねー姉貴」みたいな存在っつか、
 アイツのキス食らっても嬉しかねーよ」

ウィンストンが猫救出作戦の時の心の修羅場はポールもルナも聞いていたし
何しろ確かに見た目の色っぽさの割りにはあまり「その気にならない」感じから

「私もそれは判る気がするね、身持ちが堅いはずなのに大胆で奔放な姪というか」

ただ、ここでウィンストンが少し真剣に

「…でも、わかんねー奴なんだけどな、こんなに近くにいるのに
 手の届かない遠くに居るよーな」

ルナがそれに応え

「距離感については同意するわ、そう、なるほどね
 貴方たちにとっては手に負えない異性の肉親ってイメージなのね」

「おめーだってもし兄貴が居たとして寝惚けてキスされたらどーするよ」

「肘打ち呉れてやるわ」

ルナは即答し、続けた。

「その後如何では訴えてもいい」

「容赦ねーな…そこまでじゃあないが俺にとってはそんなアクシデント
 嬉しくはねーから、オメーに任せるわ」

「話がループしてるわ…あたしはアイリーが起こすというなら止めないわよ」

「何だよ、ルームメイトじゃねーか、助けてやれよ」

「命の関わる危機だって言うならまだしも寝惚けてキス食らうかどうか
 程度でそこまでする義理はないわ」

「まぁまぁ…二人とも、もう少しでエジンバラだ、荷物やチケットの確認は
 大丈夫かね? 君たちも少しリラックスをしておいた方がいい」

ポールの「はい、それまで」で熱くなりかけた二人も何とかクールダウンした。

郊外の田舎の光景から、少しずつ開けた街に近づいてきているのだという風に
徐々に風景が変わってきた。

ケントとケージの中の猫はこの間、ずっと眠っていた。

さて、次幕から一人称実況形式で進めてみようか…


第一幕 閉幕

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