玄蒼市奇譚・第一章

第一夜

第三幕


瑠奈の車中、助手席を前に寄せ後部座席に置いてある機材で「サンプル」のデータを
あらかた送ったと言うタイミングで瑠奈がドクターに連絡を取る。

「…どう?」

『…普通に我々が交渉で仲魔に出来る悪魔ではないね、種類は仲魔に出来るモノでも
 魔階に出没するような特殊で「交渉不可」な悪魔を数種類…それ程特別な「強い」悪魔は
 使われていないようだ』

「…矢張り向こうも手探り、先ずは手堅いところで耐久力を主にした実験体ってトコロね」

『そうなるね、その肉片はそこまで細かくなってしまえばそこからの再生は不可能、
 放っておいても大丈夫だと95%くらいは言い切れるよ、不安なら処分するといい』

「…上(事務所)は慌ただしい様子?」

『ああ、少なくとも「手数」は必要だろうという事でジタン君にも連絡が行っているはずだ』

「オーケイ、じゃあ後は粘りに粘るか」

『問題なのは「所持スキル」だね、そればかりはサンプルからでは判らない』

「…COMPから伝わるハトホルの様子からすると…
 どうもスピン(狭範囲全方位)系攻撃を持っているっぽいから
 そこ連発されるとウチの仲魔ではキツいかも知れない可能性があるけれど…ま、行きましょ」

『ノックバック(一定の攻撃を受けると後ずさり距離を置く仕様)はするのかい?』

「かなり低確率だけどするみたいだわ、陣形も考えなくてはね」

『なるほど…私はこのままサンプルから更に深く探れないかを調査する』

「頼んだわ」

『任せて呉れ給え』

通信を終え、車から出る瑠奈はサンプルの肉片を持っていて空に放ると強烈な電撃で
それを粉砕した、5%の復活確率をとりあえず重く見ての判断だ。
その様子を見ていた一課のトリオで二浦が代表で

「なんとかなりそうですかな、特別捜査官殿」

「少なくとも「どうにもならない」敵では無いわ、大丈夫、任せて。
 それより警察は周囲から…範囲も不明と来たモノだけれどなるべく無人の領域を広げて」

それに対しては三谷が

「判った、そこは俺たちの領分でもある、増援もあるんだな?」

「とりあえず身内だけね、向こうが「隠し球」を持っていてそれを使うようなら
 管理局を通じて更なる応援を…と言ったところだけれど」

それに対して韮淵が

「一気に大人数で叩いた方が早いんじゃないんですか?」

「…かも知れないけれど、隠し球を持っていたとしてその威力如何だとこちらの被害も
 バカにならないからね…まずは今の状態でもじわりと押せているトコロを突く方が得策だと
 思う訳よ…じゃ、あたしは戦場に戻るわ」

瑠奈は眼鏡型COMPを操り先ず現場で戦っているハトホルをCOMPに戻した

「お疲れ様、貴女は大技に対してMP抑制がやや甘いからキツかったでしょう、休んで」

『はい、申し訳御座いません、休ませて戴きます』

「よし、じゃあ、速攻戻るのとプラスして…ヴァルキリー、貴女の出番よ!」

馬にまたがる戦乙女、ヴァルキリー、しかも瑠奈のヴァルキリーは召喚者を載せる訓練を
施したまた少し特別な種であった、瑠奈は馬にまたがりつつ

「急いで」

「判っているさ、しっかりつかまれ」

ヴァルキリーの馬は勢いよく走り出した。



現場ではハトホルがいきなり居なくなった事にネコマタが

「瑠奈、作戦変更かしらね、まぁハトホルのあの燃費の悪さでは長期戦には向いては居ないけど」

「…だろうね、不味いな…希にとはいえノックバックされたのでは
 俺のラピッド(ほぼ接射連続撃ち)も装填し直しか向かってくるのを待つしか無くなるし、
 その間にもコイツの体力が回復する」

「デジタライズしちゃえば?」

「…そうだね、先ずはエルフの力を借りるとするか…頼んだぞ、エルフ」

『任せろよ、あんたのパートナーの一人でもあるんだ、伊達じゃあないぜ』

彰はふっと笑ってCOMPを操作し、エルフの力を身に宿した、彼の心臓付近が独特の光を放つ。

「ネコマタ!」

「言われなくても判ってるわよ! 逆側でノックバック対策でしょ!
 ただ、ヤツの「暴れまくり」やら「ギロチンカット」(両方ともスピン技)のフォローは
 自分でやってね!」

「承知の上さ!」

彰達の猛攻が再開される。
特に威力を上げた彰の攻撃にほぼ治りかけていたダメージがまた深くなる事に「ヤツ」は舌打ちした。



ヴァルキリーに乗りながら瑠奈は事務所や管理局とは別に連絡を取っていた。

「…そう、恐らく貴女にしか出来ない事だと思うのだけど、確証が持てないの、
 なるべく隠密に願える?」

『…要件は判った、あんたさえ正しければ確かにそれは私の領分だ、急行しよう』

「宜しくね、では…」

もうすぐ戦場、その情景も見えてくる

「ヴァルキリー、いいわね?」

「任せろ、ただ、何処まで叩き込めるかは向こう次第だぞ」

「ええ、なるべくあたしも位置取りで補佐はするわ」



彰とネコマタコンビが奮闘しているところに馬の走る音が近づいてきた。

「ヴァルキリーに乗って戻ってくという事はそのまま突撃攻撃を加えるという事かな…
 ヤツにスピンをさせないように積極的にノックバックまで持って行くか…!」

彰は一通り瑠奈の仲魔は知っているので瞬時に作戦を少し変えて瑠奈が戦いに復帰しやすいよう
お膳立てを始めた。

「あたしはここで飛び降りてそのまま魔法を撃つわ! では宜しくね!」

瑠奈の叫びと行動にヴァルキリーは移動速度を少し緩め瑠奈を降りやすくしつつ

「よし!」

そして瑠奈はメギドラオンを詠唱、三度連続で「ヤツ」に浴びせる。
その隙にヴァルキリーは「突撃」をした。
ほぼ突撃(ラッシュ)系では基本技と言えるが、ヴァルキリーの特色はこのラッシュ系攻撃が
得意で威力が上がるという特徴を持っている。

そして更にヴァルキリーが叫ぶ

「豪腕の連環十三傷! 食らえ!」

両手に剣を持ったヴァルキリーの構えの所々でそれはエネルギーの刃として
十三の剣になり「ヤツ」に一斉に降りかかる。

これはかなりの技であるが、「騎乗用」の訓練をした悪魔は基本元の種族より少し
弱くなってしまう欠陥もあり、威力は大きいモノのまだ「ヤツ」も自前の回復力で
大体無かった事に出来る物であった。

「そして更に…!」

ヴァルキリーは何撃も何撃も攻撃を行った。
通常、「アタック」攻撃は一度に連続して叩き込める限界がある物なのだが、これには無かった。
「ロマンティック・ヘル」
名前とは裏腹に恐ろしい攻撃であった、ただし相手がノックバックしてしまえばこの限りでは無い。

その間にも、瑠奈・彰・ネコマタ・ヴァルキリーでほぼ四方を囲うような陣形になっており
ノックバックしようにも必ず誰かの攻撃は食らうようになっていた。



余談だが、バスター管理局に属するモノやその関係者、一般に使われるスキルの数々は
「敵にだけ」威力を発揮されるように調整されていた。
味方に害を及ぼす事もないし、建物などにも影響がないように「そういう風に調整されている」
のである、敵側も基本は敵陣の味方には影響は及ぼさないように「なっている」のだが
そこは「ソイツ次第」な部分もある。

今回の「ヤツ」は「自分の味方以外」思い切り周りにも影響を与えるタイプであった。
詰まり建物などは壊し放題で、既に周りは瓦礫だらけになりつつある。



そんな状態が三十分も続いただろうか、
戦う四人に特に疲労は見えないが(ヴァルキリーの大技に関しては瑠奈が細かく回復をしていた)
時折挟まれる相手のスピン攻撃に対して回復が若干追いつかない。
ネコマタも、ヴァルキリーも回復が得意と言うほどでは無いので、人間の回復は出来ても
人間より遙かにHPの鍛えられる悪魔の回復には中々及ばない、矢張り押すだけではダメか。

彰と瑠奈が同時にそれを思ったが、瑠奈が眼鏡型COMPに手をやると、彰はアイコンタクト的に
「お任せしました」とばかりに攻撃に集中した。

ヴァルキリーに代わって現れたのはティターニアであった。
妖精族最高峰…とはいえそれ程ハードルは高くないのだが、このティターニア、
ちょっと一癖のある個性をしていた。

「待ち焦がれましたわ、瑠奈、さぁ遠慮無く参りますわよ!」

「宜しくね、陛下! 回復の方も!」

「オールラウンドに鍛えさせて戴いたこの私の力、存分に味わうが良いですわ!」

コキュートス・ペインという氷結系スピンの最上級の物を放つ!
「ヤツ」も流石に一瞬身が凍りかかる。
そして少し動けなくなったところに、陛下と瑠奈に呼ばれたティターニアは接近し
無限の殴打を放つ、そう、ロマンティック・ヘルである。
何故か魔法系統に強いティターニアだが、瑠奈のティターニアは初期の頃から肉弾に拘っていて
通常成長までしか出来なかった頃から、リユニオンという「タイプ別育て直し」の追加、
(タイプのランクごとに引き継ぎ能力がある)更に「御霊合体」という四種の「御霊」の
どれかを合体させた上(これには最低条件がある)で基礎能力が上がり、悪魔それぞれが持つ
「特徴」にも変化が訪れ、更にリユニオンをやり直す事で通常あり得ない強さを身につける。

こういった作業を黙々淡々と、しかも目的を持って出来るかどうかが上級への鍵でもある。
大体A級の上からS級以上になると、COMP常駐組の悪魔はほぼ全てこの「リユニオン」からの
「御霊合体」更に「御霊強化」もっと更に特定アイテムを悪魔に捧げて行くと一定の回数で
特徴めいたモノが開眼する「デビルフォース」(勿論これも何千回何万回と繰り返した方が良い)
この全てを網羅してその実力が上級だと認められる。

単純に試験をクリアすればクリアできる物でもあるが、そのクラスでやって行くためには
矢張りそれなりの地道な苦労が必要なのだ。

そして瑠奈は彼女にしては珍しくその悪魔の個性を伸ばすと言うより
「その悪魔の希望を叶える」というカタチで本来近接に向かないティターニアを
近接で戦えるまでに育てたのである。

「…そしてノックバックしたところに…! 万魔の煌きですわ!」

魔力属性の高威力破壊魔法、そしてたたみかけるように

「コキュートス・ペイン!」

この陛下中々押す。
そしてヤツはまた若干凍り付いた、瑠奈の目がちょっと何かを「見た」気がした。
ヤツは流石に1/5程体力を削られたが、まだまだ燃えるような眼も表情も崩して居らず

「俺の力をこんなモノだと思うなよ…! くぉおおおおおおお!!」

ヤツが大の字のように全身に力を込めると、若干黒光りし、折角削った分がまた幾らか回復される。

「…これは骨が折れますね」

彰が言うと、瑠奈は通常の会話では無く、COMP越しのささやきで

「ネコマタに伝えて、また同じ回復技を使うようなタイミングを見計らって
 ヤツの背面を出来れば高い位置から何か陣のようなモノが浮き出ないかと…」

「…む…、判りました、ただ、またそこまで持って行くのに少々疲れますね…」

「いえ…ここからは回転が速くなるはずよ」

「え…?」

「ヤツ」がまたスピン攻撃を食らわそうとした時だった。

「ディバインシールド♪」

その場に居る全員に対物理用バリアが張られる。
そしてそのスピン攻撃は全員分跳ね返されソイツ自身に自分のダメージが降りかかった!

「そしてさらにぃ〜、パルス・オブ・アサルト♪」

全員の攻撃力が跳ね上がる、瑠奈はそちらを見なかったがその聞き慣れた声と調子に

「早かったわね、蘭」

「ジタンが法令速度何だそれ美味いのか的にすっ飛ばしてくれたからね〜」

アサルトの効果時間は短いので以上の会話をしながらも瑠奈は最大出力のメギドラや
メギドラオンを食らわせていた。
彰もここぞとラピッドで攻めまくり、呟いた。

「…元が人間らしいと言う事で対人攻撃(クリミナル・バレット)が僅かに効きがいいですね」

増援が来た、しかも結構実力者らしい、流石の「ヤツ」も少し焦りが見えたがまだまだ戦う気の
その腕がまた変質し武器になろうとして時だった、
その右腕と左腕の腱がそれぞれ狙撃される!

かなり離れた位置から放たれたその弾丸、一人はジタン、一人はリーザの放ったモノだった。
どちらも一級と言って差し支えないレベル、そしてヤツは少し攻撃力が鈍った。

瑠奈がにやりと

「…矢張りか…陛下、下がって戴ける?」

「あら、まだ暴れ足りないですのに作戦が御座いますのね、仕方がないですわ」

瑠奈のCOMPが操作され、そして現れたのは

「ほーほほほ! 遂にアタシの出番ね! 瑠奈、ナイスよ!」

「作戦内容は分かるわね?」

「貴女の仲魔No3よ? 貴女のためなら一肌でも二肌でも脱ぐってモンだわ!」

それはサキュバスだった。

「…俺にも読めました…コイツは確かに弱点らしい弱点はない、だが異常状態にやや掛かりやすい、
 手数は減りますがヴァイパー・スコープ(三連弾で相手に銃撃に対する耐性を低くする技)で
 なるべく連続して打ち続けますね!」

瑠奈はもう後二手で完全に勝機を得る、という確証を得てにやりとしつつ

「やはり貴方も伊達では無いわね、流石だわ」

増援に加えて自分のやや不得意とする攻撃で攻めてくる気だと気づいた「ヤツ」は怒りに震え、

「舐めるなよ! まだ俺が100%の力を見せていると思うな!」

そんな時に物凄い勢いの火の塊が二つ「ヤツ」にお見舞いされる!

「デロリアンにピュリプレゲトン、さぁ、これで表舞台の役者は揃ったわね」

それは魔崩拳という近接に魔法を加味したラッシュ技、デロリアンは人間が
ピュリプレゲトンは特定悪魔か、その悪魔から「贄玉」というモノへ技を移し他の悪魔へ伝授させる。
その使い手は…
彰が驚いた、ネコマタも驚いた、それは玄蒼市内で未確認の悪魔だからだ

女神・アリアンロッド。
白銀の鎧に身を包みマントをはためかせ、剣を携えた勇ましいその姿、
図鑑か何かでしか見た事のない悪魔がそこに居た。

「ここからは短期決戦と思って香だとか使える物は全部使ってたから少し遅れたわ」

ジョーンが言う、ジョーンのパートナーはアリアンロッド?
思えばジョーンという人物は少し謎の多い人物であった。
数十年前から十年ほど前まで公的活動で時々名前の出てくる人物、イギリスから派遣された
「異能者」である、と言う事以外何も判らない、年も取らない、でも、突然引退したかと思ったら
若き瑠奈と行動を共にするようになっていて、その頃にはその若き瑠奈と同等か少し
弱いくらいにまで衰えていた、これはトップシークレトとまでは言わないが
ごく一部の人間がわざわざ調べないと判らない事である。
彰やネコマタが「ジョーンはただ者ではない」と言う事は瑠奈から少し聞いていた程度だった。
まさか、パートナーまで特殊だったとは…!

驚く間もなく、遠くのジタンとリーザそれぞれのパートナー未熟なハトホルとピクシー
(アリスという固有名詞を付けられている)が接近していて二人とも「ファントムソード・バーン」
という火炎系十三連ラピッドをお見舞いし始める!

はっと我に返り、彰もヴァイパースコープによる相手の銃攻撃への弱体化を与える技を連続させた!
そして遠くから一発一発確実に「魔弾」の中でも射程距離の長く、相手の攻撃力を
下げる事もある「腕部狙撃」を撃ち込んでくる。

余程広範囲な反撃でも無い限り、ジタンとリーザは確実に巻き込まれる事のない位置からの
正確な射撃を行っていた。

「そしてお待たせ? アタシの必殺技、アナタに耐えられるかしら?」

サキュバスの大技「ファイナル・ヌード」
読んで字のごとし、しかもその使い手は男を手玉にとってナンボのサキュバス
更に言えば御霊合体を施したサキュバスは「トンネル・ドライブ」という特徴を得て
精神相性攻撃の装填数が上がるところに、更に「悪魔装備」で装填数を増している。

相手が多少の抵抗力を持ち、その魅惑のボディから繰り出される異常状態に陥る確率を
一度かいくぐったとしても、それが三度繰り返されるのである、
「ヤツ」は興奮状態と魅惑状態に陥り、攻撃力自体は上がるモノの、防御力や必殺抑止力が下げられ
しかも「魅惑」状態になると攻撃を食らうまで何も出来なくなる。

「うふふ、生殖器は悪魔化する事で表に出てきていないけれど、判るわ、アナタが今
 物凄く激しい動悸で興奮状態なのに動けないで攻撃を食らうがままになっているのが…!
 瑠奈のために何度でも繰り返してやるわ、ファイナル・ヌード…!」

彰はちょっとばつの悪そうに顔を赤らめ

「味方には効かないって仕様でホントに良かったよ」

ネコマタは彰の後ろに回り込み肩越しに半目でツッコミ顔になり

「あ〜ら、アタシだって夢魔の一種なんですけどねぇ…ま、サキュバスには敵わないか」

もう完全に、ペースが瑠奈側に移ったと思ったその時だった。

「くそぉぉおおお!! 俺を舐めるなよ! 俺を見くびるな!
 俺の奥義技、お見舞いしてやるぜ!」

「ヤツ」がまた黒いオーラのようなモノを放ち始める、瑠奈はネコマタへ目配せすると
ネコマタはヤツの動きをかいくぐりなるべく背面近くに回った。
そこには…矢張り背中一杯から腕部脚部に至るまでの魔方陣が展開しつつあるようだったが
その途中にも効果は発動を始めるらしい、

ヤツからかなり広い範囲のあらゆる場所から一度には数え切れないほどの
低レベルな幽鬼族が火山の噴火のようにわき出てくる!
当然ネコマタの前後左右にもそれは現れ、観察どころでは無いが、何とか瑠奈が
見える位置を確保しつつ大きく頷いて見せた!

「やはりそうか…しかしこの数…! 予想外にも甚だしい!」

離れて攻撃をして居たジタンやリーザの近くにまでそれは及んでいたので
彼女達も戦法を変えざるを得なかったが、「魔弾の射手」というのは基本敵が少ないか
分担できる場合でのみその強さが最も効果的に表される単発系の技しか無い!

正直ジタンは焦りがちだが、何とかギリギリ取得している基本的なラピッドで
ちまちま攻めるしかないか! と、舌打ちをしている頃、リーザは銃に込められた
特殊技を顔色一つ換えず装填、準備していた。
リーザの銃は外見が「レッドレイン」という中折れ式デリンジャーのようなカタチだが、
その正体はレネゲイダーというかなり高機能な万能銃、そしてそれには
「コープス・メイカー」という技があらかじめセットされておりそれを使用する。
攻撃数に余裕のある戦法では無いが、それでも何もやらないよりはマシとばかりに
リーザはそれを半ば機械的に行っていた。

そして、現れた幽鬼族のヤツより前側の奴らは瑠奈達を、
後ろ側に現れたヤツは「ヤツ」に取り込まれて行くようだ、
そう、攻撃と回復を兼ねるための召喚技こそが「隠し球」だったのだ!

「お姉ちゃん! こんなの範囲魔法撃ちまくったって処理しきれないよ!」

とりあえず蘭がディバインシールドとバリアーを施しながら叫ぶ。
瑠奈も苦渋の表情をしたその時だった。

「HeyHeyHeeeeeeeeeey! ワタシの出番が来ましター!」

瑠奈や蘭、銃組、ジョーンと言った近接組に隠れて目立た無かった少女、
在日米軍の親を持ち、わざわざこの街の事を知ってから志願して正式にこの町に
やって来たというそのアメリカ人の少女はかなりの日本かぶれ、しかも旧軍オタク
自らを「雪風 時雨」と名乗り、そしてこれも目立たない事の要因の一つなのだが
彼女は何にも特化せず、近接も射撃も魔法も大体均等に育てた。
だからどうしても決定打に欠けるし、瑠奈も色々と手を掛けたのであるが
矢張り他の特化に近い仲間達の火力には及ばない、しかし。

「こんな時のためのこの装備、そしてこの技デース!」

時雨が位置取りを少しした後技に入る、物凄いエネルギーの塊が彼女に集約されて行く。

「そうか…、時雨にはそれを渡してあった!」

瑠奈の目が再び勝機の芽を見た。
それは背中装備「煌天の翼」に秘められた奥義

「辺り全て無き事へ誘う光、無尽無辺光ーーーーーッ!!」

この装備に込められた技の最大の特徴、それは魔弾の射手並の全球広範囲に
基本メギドラ程度とはいえ万能のダメージを「範囲内全ての敵に」食らわす事である。
増して基本火力が低い分瑠奈が装備面で色々工面、或いは本人も「追撃」というスキルも
取得していたが為に場合によっては基本ダメージにリミットブレイクに追撃という
ダメージの三段重ねもあり得る、内輪では時雨だけが持つ装備と技だった!

詰まり瑠奈側の攻撃に回された敵+ヤツを少し巻き込んでヤツが取り込もうとしている
幽鬼族の幾らかも含んでそれらを瞬時に召した。
勿論ヤツには「ちょっと効いた」程度ではあるが…

「ゴメン忘れてた、でも貴女も立派な戦力だわ、有り難う時雨!」

「HeHeHe〜もっと褒めてくだサイ〜♪」

とはいえ、倒しきれなかった「回復分幽鬼族」はヤツに取り込まれ、
「また」ほぼ一からやり直しと言う状態になりつつある、ジョーンや彰、蘭や瑠奈も
反撃に転ずるが、流石にちょっと「こんな技連発されたら半端なく疲れるな…」という感じだ。
だが、瑠奈は攻撃を加えつつ、眼鏡型COMPを通じ小声で連絡を開始した。



「…ああ、途中から幽鬼族の津波で完全な全容は掴めなかったが、だが確かにこちらからも確認した
 大丈夫行ける、くれぐれも私の存在には気付かれないように余り押さないように頼む」

『では、もう一度今の技を「使わざるを得ない」状態にまで持って行くわね…』

「頼む、その一度のチャンスは絶対に掴む」

『頼りにしてるわ、いいえ貴女しかいない、宜しく頼むわ』

「任せな、夜担当が私で良かったな」

それは現場の通りのヤツからすれば真後ろ250メートルほど離れた既に半分廃墟のビルの上であった。
ピクシーが通りの向こうとこちら側をロープを持って数度行き来し、ピクシーにあるまじき
強い力でぎゅっとそれを固く締め上げ、結んだ。

「宇っさん出来たで、とはいえ板も何も置いとらんさから、足下には気ぃつけてーな」

「ああ、五六往復もして貰えば足場としては十分だ、茂子、頼りになるな、流石リーダーだ」

「リーダー言うても「たまたま」なっただけのリーダーやけどな」

この訛りの入ったピクシー、小種族はピクシーだが亜種でリーダーピクシーという。
成長タイプも通常のピクシーとは少し違い、なので力仕事もそこそこ出来る。
勿論このリーダーピクシーもリユニオン→御霊→御霊リユニオン→御霊強化→スキル強化
デビルフォースなどを経ていてかなり強い。

宇っさんと呼ばれた袖をたくし上げた着物に袴にブーツ、そして洋物の帽子をかぶった
和洋折衷の女性、弓を携えていた。
バスターではあり得ない。
バスターの公式武器に弓はないのだ。
しかし瑠奈とCOMP越しに交信できると言う事は「バスターでもある」と言う事を意味する。
彼女は何者なのか、そして彼女は対して危なげなくやや隙間のある六往復くらいされた
ロープの上を歩いて通りの中央に立ち止まり、「ヤツ」を見据えた。

「…斜めからでも射られるが…矢張り真正面がいい…気配を消しつつ、
 後は弓と矢に「力」を込めて「その時」を待つ…」

彼女はロープの上という決して安定しているとは言えない足場の上、弓を構え矢を添えて
「その時」を待つのだ、その弓と矢はほの赤い光を放っていた。



「ハハハハハ!! 今のはただの回復じゃねぇ! 抵抗力も上げさせて貰ったぜ!
 淫魔の女にはちょっと手こずったが前ほどにはいいようにはさせねぇ!
 そして…今まで良いように食らってきた攻撃に対する怨を込めて放出するッ!」

魔方陣を出すタイプの構えではない、ヤツは大きく身を丸くなるようにかがめて
渾身の力を奮い出すと紫の波動を身に纏った。
瑠奈の直感がヤバい! と言っている。

「各自ハンタマ用意! パートナー達も気をつけて! これは多分「妬みの暴圧」に
 近い攻撃になるはずだわ!」

瑠奈がそれを言い切るかどうかの内にそれは発動した。
妬みの暴圧、先ほど時雨が使っていたスピン系万能技である、
ただし「ヤツ」の場合は通常の技ではないため多少範囲が違っていた。
万能スピンに物理ダメージも魔法ダメージもへったくれもない。
ガード不可、ダッジ(躱し)不可、範囲内に居たら食らうしかないのである。

「…やはり…この手の隠し球も…あった…か…」

瑠奈をはじめとしたバスター側人間は全滅、各自の仲魔でも幾らか散ったのも居る。

「ハハハハハ! どうだ! 俺をここまで追い詰めた事は褒めてやるよ!
 どうした? 生き返る手段はあるだろ? 生き返れよ! そしてまた同じ事を
 繰り返すがいい! お前達が泥仕合だというなら俺もそうさ! そういう風になっているからな!」

各自反魂香などで生き返るも瑠奈はインベントリ(COMP内収納スペース)確保のため
それを持っていなかった為、ワンテンポ遅れて

「クッソ…あのデカブツもやっぱそれなりのヤツみたいよね…魔法攻撃力や射撃攻撃力が
 極端に低いのか一定以上の御霊リユニオンなどをしたパートナー悪魔の命を
 奪うほどの威力が無かったのが幸いしたわね…瑠奈、しっかりなさいな!」

サキュバスがリインカーネイションを使って瑠奈を完全復活させると共に自らの回復を…
と言う時にここぞと「ヤツ」の物理スピン攻撃が構えに入る!

「ディバインシールド! 怒ったぞー!」

蘭が先に詠唱完了し、全員がまた二度物理攻撃を跳ね返せるように。
その間に蘭とそのパートナーのピクシー「アラハン」は
できる限りのカジャ系増強魔法と自然回復力底上げ呪文、そしてアサルトを連続して使い、
範囲内の味方全ての手間を省く。

範囲外に居た筈がヤツの技の影響を食らったジタンやリーザも生き返り、カジャ系をかけ直す。
散ってしまった例えば時雨のパートナーピクシー「梨(なし)御霊合体を機に改名「わかば」」
それらを生き返すのにも一手間が掛かり、なかなかの総崩れっぷり、余裕の表情の「ヤツ」だが

「…ふ…、この程度で誇らしげにされても困るわね」

「強がるなよ、ディバインシールド張られちまって迂闊に手は出せねぇがそんなモン
 威力の弱いスピン攻撃を敢えてやって最小のダメージで打ち消す事だって出来るんだぜ」

そこへヤレヤレと装備その他確認しつつ彰が言った。

「アナタは所詮消される運命ですよ、A級二人B級複数で押されているんですよ?
 百合原さんの身内以外増援がないことにも疑問を抱けないようではアナタも所詮そこまでです」

「なんだと?」

彰はそのヤツの言葉には厳密には返さず、

「さて…では本気で短期間決戦とさせて戴きますか」

そこへ瑠奈が

「ええ、頼むわ、あたしも最大火力で行く」

「ネコマタ、俺の力になってくれ」

「おーけぃ、ジャンヌ辺りに交代かな?」

「ああ、頼むよ」

「いいわ、アタシの主な出番は終わったし、アナタを縁の下から支える」

「頼もしいね」

そこへ瑠奈もCOMPへ

「アイリー、貴女の力を貸して、6分以内で片を付ける」

『あいさー!』

ヤツが今までの二時間ほどの戦いでお互いほぼ拮抗でほぼ無傷という状態である筈なのに
六分で片を付けるという瑠奈の言葉に怒りの炎を燃やした。

「やれるモンならァァァアアアア! やってみろぉぉぉおおおお!! お前らごときが粋がるなよォ!!」

瑠奈の身にアイリーの力が宿る、スパークと言っていい激しい電撃が走った。
元々瑠奈は四属性の中では雷に重点を置いた破壊魔法使いで、エクストラ装備もそれに倣ったモノ。
(ただし性能はちょっといじってある)
物凄い早い詠唱で矢継ぎ早にマハジオダインを四度お見舞いした、そしてそれは全て
1〜3万ダメージで更にテクニカルアタックや追撃も含んでいた、トータルでは10万を軽く越える!

ピクシーは「雷の申し子」的な扱いではあるが、
それは防御面であって威力高揚などは「普通は」ない、しかしそこは瑠奈が育てたアイリー。
そしてその力を宿した瑠奈である、なるほど「実力だけならS級」と言われるだけはあるのだった。

彰もジャンヌを呼び出し、ネコマタの力を宿す。

「我が主(Mon Seignuer-モン・セイヌール-)、手心は加えずとも良いと受け取るぞ」

「ああ、思いっきり君の剣技をお見舞いしてやってくれ」

彰が言い切らないうちに

「震天之太刀…、からの真空刃、そしてブラッドサッカーだ!」

彰もヤレヤレ、しょうが無い子だな、と思いつつ、ネコマタの力を宿し
その手に何年も使い込まれ馴染みきったScatter-SGが連続して火を噴く!

ジョーン&アリアンロッドも属性に偏らず攻撃を食らわし、
蘭は相手の様子やアサルトの効果時間を見ながら補助支援呪文の追加の合間に
メギドラなどで攻撃を加える、

「よくもワタシのわかばを、許しまセン!」

時雨も再び無尽無辺光を使う。
ここで魔弾二人は相手の攻撃威力を落とす攻撃では無く、相手を行動不能にする確率のある
各種魔弾に切り替えていた、サキュバス一人のファイナルヌードだけでは全てが持ちこたえられる
可能性も出てきた、少しでも行動不能にする確率を増やそうと威力や射程は多少犠牲にして
先ほどより距離を詰めての異常状態誘発魔弾をそれぞれがお見舞いした!

「ヤツ」は思った反撃も上手く出来ず、苦渋と怨の表情でダメージに耐えるしかなかったが
瑠奈のマハジオダイン四発からのメギドラオンとメギドラ三発ずつがとりあえず
食らわされた後には体の半分以上がまた欠けてしまった。

「六分で片を付ける」その言葉に偽りがないような猛攻勢に「ヤツ」はまた
ダメージを受け続けることを覚悟で「例の攻撃+回復」の隠し球を使うようだった…!

瑠奈がにやりとした。

「貴方の負けよ」

ヤツが愕然とした!


第一夜・第三幕  閉

キャラ紹介その3・時雨と「ヤツ」


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