玄蒼市奇譚・第一章

第一夜

第四幕


「…受けるがいい、私の矢をその身に」

「ヤツ」の背中の陣が浮き出るタイミング、250mは後方に離れているというのに
ほの赤い光を纏った矢は弓からの光も受け取り、弓から放たれたとは思えない
矢としてはあり得ない速度で真っ直ぐに陣のど真ん中を射た!

「…やべ…力使いすぎた…私の存在がバレて報復が飛んでくるとヤバい…
 引き上げるぞ、茂子」

「宇っさん、大丈夫か? 結構ふらふらやで?」

「なに、一戦交えるくらいの余力はある…ただ早く帰って神社の庇護の中に入らないとな」

「気ぃつけてな、足下ロープやし」



瑠奈に「貴方の負けよ」と言われ、「ヤツ」は愕然とした、
ヤツの背中から胸に掛けて大きなダメージが入ったと思った矢先、そのダメージ分が
昇華して行くのだ、詰まりもう元に戻らない。
攻撃と回復を兼ねる魔方陣ごと体を昇華されたのだ!

「バカ…な…!」

彰含む周りの瑠奈のファミリー達も一瞬「え?」と思ったが瑠奈が言った。

「この町では大変に制御が難しいとはいえ、こう言う時に使わずして何が祓いの力で祓い人だ
 宇津女にそう言われて張り切って裏方に付いてくれたわ、良い仕事してくれる、
 さて…、残り4分、全速前進よ!」

瑠奈の号令に皆「なるほど、こちらにも隠し球があったと言うことか」と
気を取り直し最大火力の攻撃を容赦なくお見舞いした!

「クッソぉぉぉおおおおお! 祓い人なんて…出てくる訳無いと思っていたのに!
 出てきたとして…こんな…こんなァァアアアアア!!」

瑠奈はメギドラオンの詠唱をしつつ

「人間が小賢しい知識で組み立てた「魔法のブロック」なんてもっと原始的で
 野生の力の滾る「祓いの力」に掛かっちゃ積み木みたいなもんだわ、
 甘く見たわね、もう一度言うわ、貴方の負けよ」

そして瑠奈のメギドラオンや他の皆の攻撃が一斉に決まり、「ヤツ」は完全に塵と化し
禍々しい蒸気のような揮発をして消え去って行く。

デジタライズ状態を解き、サキュバスに「お疲れ様」と言ってから瑠奈はアイリーを呼び出し
「貴女もお疲れ様」と言いつつCOMPを操作し

「思った以上の威力だったけど、力の残りは大丈夫なの? もし何なら送って行くけれど?」

恐らく「祓いの矢」を放った宇津女…天野宇津女というA級バスターでもありながら
所属が管理局になく、フィミカ様直属の「祓い人」に通信しているのだろうと言うのは全員に判った。

『いや…何とか帰れそうだ、今回は向こうも様子見もあるんだろう、
 報復の兆しもないようだし…バイクで来たんでね、乗って帰るくらいの気力はある、大丈夫』

「そう? 矢張り大したものだわ、祓い人は…有り難う大変助かった」

『ま…あれで効いてくれなかったら存在意義もないからとちょいと張り切りすぎた
 今日はさっさと帰って寝るさ…じゃ』

「日を改めて礼に行くわ」

『そう気を使わなくても…と言いたいが何でもいいや、食いモン頼むわ』

瑠奈はやや苦笑の面持ちで

「判ったわ、お疲れ様」

通信を終え、その場に居る全員にも「お疲れ様」と声を掛けて回る瑠奈。
彰もデジタライズを解きジャンヌから再びネコマタに切り替えたところで

「こちらにも隠し球があったと言うことですか…しかし凄い威力でしたね」

「でも今HPもMPも大半を使ってしまっているはずよ、「祓いの力」…
 この街が魔界と接触して深く結びつくまではそれだけが悪魔に対抗できる力だったからね
 でも魔術的結界などのせいで制御が凄く難しいモノになってるらしいわ、
 彼女も張り切りすぎたって言ってたしね」

「天照院のフィミカ様はなんとなく知ってましたが…他にもいらっしゃるんですね」

「それだけこの街は広く人も多くなってしまったって事よ、貴方が郊外での悪魔退治で
 農家や牧畜守っているようなことを昔はフィミカ様を中心に数人の祓い人や
 仏教系、キリスト教系エクソシストなんかもいたらしいわね、明治の頃には」

「自分たちがバスターの能力を得たことで祓い人はその力をまともには使えなくなっている
 って事ですか…これは良いことなのか、複雑ですね」

「フィミカ様は歓迎だって言っているけれどね、
 特に魔界なんてモノと結びついて結界まで張られた今、バスターがいないと
 確かに処理しきれないわ、この町は」

「それもそうですね、さて…自分らもお暇します」

「…あ、そうだ、あなた方を送らなくてはね」

「そうだった、宜しくお願いします…(笑)」

ジタンが歩み寄ってきて

「報告書はどうする? 書かなくても向こうは記録していると思うが」

「そうね…ああ、ダメ、お腹減ってそれどころじゃないわ、彰達送ったら
 みんなでどこかで盛大に食べましょう、話はそれからだわ」

ジタンはふっと笑って

「同感だ、ジョーン、夕飯の支度はしてしまっているのかい?」

「仕込みに入ったばかりの段階で緊急出動だもの、流石に今日は手を抜かせて貰うわ」

「じゃあ、瑠奈、君どこかリクエストはあるかい?」

「そこまでも頭回らない、みんなで決めておいて」

苦笑しつつ彰は瑠奈組のみんなと会釈で挨拶をしつつ瑠奈と共に帰路につく。

「…帰ったら自分もお代わりかな」

助手席でぽつりと彰が呟いて瑠奈は笑った。



翌朝…蘭が目覚め、二段ベッドを降りて下のリーザを起こす。
一応カーテンで仕切ることも出来るが昨夜の戦いはそんな元気をも奪い去っていた。

「あ…おはよう御座います、お姉ちゃん」

蘭はリーザに自分のことをお姉ちゃんと呼ばせるようにしていた。

「しーっ、瑠奈とジョーンがまだ寝てる、静かにね」

その様子、ブラウスと下着だけで仰向けの瑠奈に、ぱんつ以外ほーぼすっぽんぽんの
ジョーンが絡みつくように寝ている。
ジョーンはたまに疲れが先走ると上の段である自分の寝床では無く下の瑠奈スペースで寝ることは
まぁまぁある事だった…にしても。

「…毎度思います…これで二人には何の恋愛感情もないなんて不思議で…」

「シーツとか見てもホントに「何も無い」んだよね、体はジョーンの方が大きいけど
 何か…瑠奈に添い寝して貰ってる子供みたいにも見えるね…w」

「…確かにジョーンってたまに少しお転婆ですよね…」

「ま、本人が瑠奈にしか詳しく話してないみたいだし、わたしらが気にすることじゃないや
 …でもしょうが無いな、スクランブルエッグくらいなら作れるから何か適当に
 わたしが朝食作るよ」

リーザはお茶やコーヒーは淹れるのが上手いのだが、調理は苦手だった。

「では…私はお飲み物でも…」

「じゃ、起こさないように始動しますか」



子供達が顔洗い、或いはシャワーくらいまで浴びつつ朝食の準備も終え食べ始めた頃だった

「ん…朝か…ジョーン、ほら起きて…朝よ…もう…重いったら…」

「…うーん…目覚めが…しゃっきりしないわ…もう少し寝ていたいような…」

とジョーンが応えた時に、ジョーンがふっとリビングの方を見て起き上がり、
ダイニングの方に向かった。

「うわっ、ジョーン相変わらず寝起きの姿のまま歩くのはやめよーよw」

ジョーンは地味に朝が弱く判断力も鈍るのか、そのほぼ裸の姿のまま彷徨くこともしばしばだった。
その言葉が聞こえなかったかのように、ジョーンは少し感嘆気味に

「スクランブルドエッグにパセリをまぶしほうれん草まで添えて…
 後はカプレーゼ…そしてミルク多めのカフェオレ…あなた達結構やるわね」

蘭はちょっと勝ち誇ったように

「いつも黙って世話をされているだけじゃないさぁ、わたしだって技術は見て盗むよ
 ただ、ちょっとこの内容だと油多いよね」

ジョーンは驚きの表情を崩せないまま首を軽く横に振って

「そんな物誤差の範囲だわ、あなた達の年代なら問題なく燃やせる…
 そう、貴女達も成長して行くのね」

「そりゃそうさぁ、まーまだジョーンほどには…
 っていうかジョーンほどの腕前には多分成れないけどね、何か圧倒的な経験差があるから」

「いいのよ、クックトゥーとかああいう合わせ調味料使ったって、一から作るなんて
 この街では馬鹿らしいにも程があるコストが掛かるし」

蘭はにっこり笑って

「そう言ってくれるといつか独り立ちするかも知れないししないかも知れない
 選択肢に迫られた時に良い材料になるね」

そこへ瑠奈もやって来て(瑠奈はちゃんとスラックスを穿いて)

「うん、貴女には独り立ちする選択はありだと思う、でもとりあえず大学までは進んでね」

「判ってるよ、丁度掘り下げたいこともあるしね」

ジョーンはやっと目が覚めたか左手を顔の横に当てて

「とにかくわたし達もちゃんと起きましょう、瑠奈」

貴女に言われたくはないな、という苦笑の面持ちだがそれを飲み込んで瑠奈が

「ええ、なかなか良い朝だわ」



子供達は学校に赴き、探偵仕事はいつものようにジョーンとジタンが主体で
先ず朝はドクターと瑠奈で管理局に赴き、今回の「ヤツ」について初期分析よりは詳しい
報告結果や、報告書(結局作成した)の補足などで時間がつぶれた。
鵬翼長官が眉間にしわを寄せ

「陰に魔界の者が関わっていることはほぼ確実…か…」

「或いはかなり独自な技術があるのかも知れないけれど…現状ではそう考えるのが妥当だわ」

瑠奈の言葉にドクターが

「明治時代から大正時代に掛けて独自に悪魔を使役させる技術や術はありました、
 ですがその頃はまだ街に出没する悪魔にしても召喚悪魔にしても当然全てが使役の対象です
 …全ては封鎖後、「魔階(フロア)」が発見されてからです、特殊悪魔と言いますか…
 交渉不可能な特殊同種別が出てきたのは…エーデルステン博士夫妻や私の成果は
 「侵入可能な魔階を複数発見したこと」であって「魔階」その物の発見は当然それより以前…
 何故、魔階が出来たのか? それとも発見されたのか?
 これは機密事項に触れています、私も知りません…そして…今回の「相手の材料」は
 その交渉不可特殊種別の悪魔の中でも特に体力や回復力の高いモノ、かつそれほど
 上級悪魔は使われていません(レポートの該当部分を提出し、差しながら)」

瑠奈が代わって

「この街の完全封鎖から先が完全な焦点になっているわ、一体どう言う経緯で
 フロアに始まる特殊冠付き交渉不可悪魔なんてのが出始めたのかしら?」

鵬翼長官は机の上に肘を突き、手を組んで鼻先で押さえる感じで俯き、眉間のしわを濃くする。
瑠奈も少しは相手を慮(おもんぱか)る表情を見せるが、もうそんな段階は過ぎたとばかりに

「何故「こんな事」になってしまったの? 貴方なら知っているはずよ」

長官は顔を少し上げ瑠奈の目を見る、物凄く真剣でこの町や「外」にまで波及するかも知れない
事態を本気で警戒しているし憂えている、そう言う目だ。

「…あの当時は私もまだ「この街独自の」特殊配備課の一人に過ぎなかった、
 当時の部長と課長クラスは市政府代表と魔界との調停に参加しそこで色々な「決めごと」を
 施した…当時私は課長でね、全国にある特殊配備係や配備課は業務は一つだが
 この町では直で悪魔関連、魔術関連、研究関連と部署が別れていてね、
 私は悪魔関連の課長だった…」

「…当然祓い人なんかも出席したんでしょう? 人間側からは…魔界からだと大使館の二人は
 確実に居たでしょうし…」

「祓い人というか魔術研究・実践家が主だったよ、今でも覚えている。
 天照フィミカはたった一言「どうとなり好きにすると良い」と言ったきり出席もしなかった。
 他、もう30年近く前の記憶なので詳しくは思い出せないが他の祓い人…仏教系や
 エクソシストも居たと思う、だが、話し合いの焦点は「拠り所がこの土地にしかない魔界を
  下手にあちこちと繋がらないようにこの土地にくさびを打ち込むこと」であって
 矢張り研究家の方が発言量が多かったね、中でも彼…」

「雅(みやび)いぶき、自称魔法使い、ただし本当に魔術の研究や実践はしていて
 悪魔を使役し論文も著作もあった…名前はペンネームで本名は誰も知らない」

瑠奈が口を挟んだ、その人物を知っているのだ。

「そう、君なら知っているね、君の若い頃の活躍でも「彼の残した仕事」が関わる物があったし」

「ええ、そしてこの町と魔界を支える九つの魔術的アンカー…柱と言ってもいいかな、
 そのうち三つが魔界側のみで施工、三つが魔界と人間側研究者の共同、
 …残る三つ、人間側のみで施工したその三つが雅いぶきの作だった」

「彼の実力は抜きん出ていた、玄蒼市のニコラ・テスラと呼ばれたほど天才的、
 そして独創的でもあった、固定前の当時傾いてきた魔界からこぼれ落ちるように
 街に強めの悪魔があふれ出した頃でもあってね…魔界側も調整を急ぐが人間側の
 増強も急務と言うことで「会議」のついでに彼が提唱したのが「魔階」だった」

瑠奈はその長官の言葉を重く受け止め

「悪魔側のフラストレーション、人間側のフラストレーション、両方を満たす場所が必要だと
 説いてそれを作り上げてしまった訳ね」

「そう、そしてその管理を完全中立な山羊屋に任せたんだ、そしてアンカー三つの仕事を終えた後…」

「現在に至るまで行方不明…、知ってるわ、彼の論文や著作はほぼ読んだもの。
 時に目から鱗、時に難解…未だに解けないパズルも残したまま」

「あれだけの人物が街を出た形跡もなく完全に誰からの追求も逃れて30年近く…
 そんなことは可能なのだろうか…当時も大捜索が行われたのだが、手がかりは一切なし
 判っていることは「まだこの街に居る」と言うことだけ…彼の手がけたアンカーに
 関しては何者かが隠されたそれを発見し改ざんしようとしているのを君が阻止し、
 魔界大使の檜上君と共に厳重に「治した」後封印した…そう言う流れだったね」

「ええ、あたしが檜上さんや鶴谷さんと縁が出来た切っ掛けだったわ」

「そして犯人側の実情…全容こそは掴めなかったがそれによって「魔階」の可能性を広げ
 人間側の強化が再び急務となって招聘されたエーデルステン博士夫妻によって
 アシスタントとして「同じく外から来てこの街独自の科学に貢献したい」という…
 (ドクターを見て)君に白羽の矢が立ったと言う流れだ」

ドクターは驚いた。

「元を辿るとそういう事だったのか…どうやら百合原君とは深く関わる運命にあったようだね」

「そうね」

瑠奈は少し微笑んだ。
そして真剣な表情になり

「…詰まり今回の件に彼の技術…或いは彼その物が関わっている可能性がある…と言う事ね」

長官は頷いた。

「元々何を考えているか判らない…そう言うタイプのニュートラル属性だったからね…彼は
 迂闊にそんな重要人物が行方不明だなどと公表も出来なかったので今まで伏せて置いた
 …年の頃は…当時の私より少し若かったはずだ…全うに年を重ねているとして60前くらい…」

「何しろ多岐にわたる研究と未だに本人にしか解けないパズルを公表して放置してる人だからね
 見た目の年齢では判らない可能性は確かにあるわね」

そこへドクターが

「写真かビデオ映像は無いのですか?」

長官は立ち上がり、後ろの棚で鍵付きの物から一枚の写真を取り出し、差し出した。
「いかにも魔法使いで御座い」という感じの青年、帽子も目深で口元以外ほぼ何も判らない。

「…それしかないんだ、方々で魔術の披露や実験などをして居たのにも関わらず、だ」

瑠奈はそれを手早くスキャンし写真を返しながら

「…手がかりになるかどうかすらも判らない、でももう一度彼の論文や著作を
 洗い直し…必要なら捜索もしなければならないわね」

「頼めるか」

「これに関しては成果報酬でいいわ、こんな右も左も判らないような状況ではね…」

「宜しく頼む」

「ええ、やれるだけのことはやると約束する」

瑠奈達二人はお辞儀をして長官室を去った。

「私も聞いてしまったがいいのかな、こんな重要な情報」

「性格やその向き、研究内容が違うだけで貴女にも似たような「才能」があるわ
 独自研究でウチにしかない技術は幾つもあるしね…だからでしょ」

「それに確かに魔階発掘のアシスタントをしていたことも事実だしね…
 なかなかこれは思ったよりヘヴィな事件になるかも知れない」

「…そうね…せめて「本人には関わっていて欲しくは無い」ってのが希望だわ」

二人は一度事務所に戻って、ドクターは早速瑠奈のスキャンした写真のデータから
何か僅かなことでも良いから手がかりはないかを探し始めた。



昼前になり、瑠奈はドクターへ

「お昼は各自で、研究に没頭して食べ忘れることのないように、リズ、ちゃんと見て上げてね」

リズはドクターのパートナーピクシーの名である。
リズはいつも半分据わったような目をしているのだが、それを崩さず

「判ってる、ちゃんと食べさせるわ」

ドクターは苦笑しつつ

「君(瑠奈)はどうするんだい?」

「あたしはこれからまた用事があってね…」

「君もいつもいつも街を走り回って大変だねぇ」

「そう言う役割になっちゃったからね(苦笑) じゃあ行ってくるわ」

「ああ、行ってらっしゃい」



彩河岸区「山櫻神社」玄蒼地方開拓期二代目フィミカ様補助祓い人十条宵によって建立された
神社が元になっている、その後の補佐役や、一時別な系統の祓い人が住んだこともあり
名称も幾度か変更になっているが、現宮司にして巫女の二人、四條院沙織と天野宇津女の
二人によって当時の姿に近く復元された上で名称も元の名に戻された割と由緒ある神社である。
その名の如く、山桜が植林でもされたのか、それだけは変更も加えられず参道や境内で
花開き始めたところである、満開までまだ少し、瑠奈はその本格的な春に向かう自然の様を
少し楽しみながらやや高台にあるそこへ赴いていた。

「昨夜は宇津女のお陰で大勝利よ、お礼を持ってきたわ」

それは神奈川で獲れる旬の魚数種にこの街では大変貴重な「しらす」であった。

「まぁまぁ…こんなに良いんですか?」

「お昼作るの待って、なんて言ってのお土産だからね、このくらいはね」

日中担当である四條院沙織が目を輝かす
これは刺身、これは焼いて…これは…と言うように献立を考え始めて居る。

「あ、あたしの分は考えなくて良いわ、っていうかこの量でもあなた達二人ならぺろっと
 行っちゃうでしょうし、あたしも他に用事があるから…とりあえず宇津女は寝ている?」

「あー…どうでしょう、裏へ回ってください、今時期はもう障子も半開けで過ごしていますし」

「判った」

「♪」を振りまきながら折角戴いた「お礼」なのだからと調理場に魚たちを運ぶ沙織を
微笑ましく見送りながら、瑠奈は一度敷地に出て裏手に回る。

宇津女は布団で横になってはいたが起きていて猫を撫でたりしていた。

「昨日はお疲れ様」

瑠奈が声を掛けると宇津女は顔を上げ瑠奈を見て

「張り切った甲斐はあったみたいで祓い人冥利に尽きるってもんさね
 魔方陣を含んだ魔の浄化成仏、本来はそれが仕事なんだからな」

「お土産は今沙織が張り切って調理してるわ、昨夜はあれからちゃんと帰れたの?」

宇津女はちょっと苦笑いで

「夕飯もそこそこだったんで24時間営業のファミレスでがっついてから
 帰って沙織が温め直して食べられるようにしていた夕飯の続きも食って少し警戒に当たって寝た」

「タフね、今はお腹は?」

「当然減っているぜ、何持ってきてくれたんだか判らないが楽しみだぜ」

宇津女がワクワクしながら猫を撫でる、ジャパニーズボブテイルの三毛猫…つまり
昔ながらの日本猫の女の子である。
そしてその調理の匂いが漂ってくる、宇津女の鼻が動き、少しうっとりした表情で

「…お、魚か…いいね、食いたいと思ってた…あんたはどうするんだ?」

「ご相伴にあずかりたいところだけれど、祓い人の燃費の悪さはバスターの比じゃないって
 知ってるからね、それに探偵仕事の方にも復帰しなくちゃ、どこかで済ませるわ」

「…悪いね、どうしてもこの燃費の悪さだけはどうしようもない。
 それにしてもバスターの中でもあんたみたいに祓い人の価値をよく知る人が居てくれて
 ホント助かってるよ、高校三年の時にここ来た訳だけど、右も左も判らない私らに
 ちゃんと「判るように」色々教えてくれたのなんてあんたくらいだ」

「フィミカ様との付き合いが9年くらいだからね、あの人の方が頭堅くて大変だったわ(苦笑)」

「しょうが無いさ…単純計算で900年近く生きてる方だからな…」

「さぞ辛い人生だと思う、だから通せるワガママは何でも通す、「そういう人」なのよね」

「初めて会った時思ったより生き生きとしててちょっと拍子抜けだったんだが
 あんたの存在に触れるウチに判ったよ、あの方はあんたを敬愛している
 あんたもあんたであの方を敬愛している、まぁ、バスターとしても祓い人としても
 結構人使い荒く揉まれたけどな、お陰さんでA級だ、大学も出られた、
 あんたはまるで十条だよ、祓いの能力は無いが」

「貴族政治に移り変わる頃に金銭的に困窮してきた祓い人を支えるため祓いの役目を半分捨ててでも
 宮仕えなり社会の中枢に入り込んで金銭・物資的援助を千年以上続けて今でもですってね
 凄い家系もあった物だわ」

「「この世に命ある限り無念はなくならない」フィミカ様の言だと言われているが
 祓い人は皆この言葉を胸に刻んでるよ、
 そんな社会形態の変貌で祓いだけでは食って行けなくなった代わりに祓いの伝統も何も
 今の十条では殆ど伝わってないんだよな…近くに四條院や私ら天野がいれば話は別だが
 才能の芽を育てる術を失っている、だが、祓い十条は恐ろしく強く儚いらしい、
 この「山櫻神社」も十条宵が来た当時はほぼ手つかずの土地だったらしいぜ
 海側が河岸に使えそうだってことで今の玄蒼市の領域基礎を作った祓い人らしい」

「へぇ…ここの来る予定だったっていうのも強いのかしら」

「一人の代わりが将来見越しての若いの二人だぜ? 押して測るべしだよ
 あ、報告書、あるだろ? 私にも呉れ、今後の参考にもしたいし沙織にも教えないと」

瑠奈はCOMPを操作しながら

「そうね、あなた方は別な意味で持っていた方がいいわね」

宇津女が懐から取り出したものは煙管(キセル)だったがそれはCOMP

「おし、受け取った」

そんな時、ふすまの向こうから沙織の声がする、まだ食事その物ではないようだが。

「ん」

宇津女は立ち上がり、そちらに行くと、魚のあらやら何やらを加熱して冷ました物であった。
そう、猫用である。
宇津女は縁側まで行って丁度良い石の上に幾つかに分けてそれを置いて回ると
縁の下から三毛猫の子供なのだろう子猫が飛び出してきてがっつき、三毛猫も
一心不乱に魚のアラにありついた。

「…沙織にも慣れているんだが何故か人間味の薄い私の方にやたらと懐いてるんだよな
 不思議なもんだよ、動物ってのはさ」

天野は大体「何かを犠牲にして」その力を得ていると瑠奈も聞いた、宇津女の場合は
性欲や一部感情が極端に希薄なのだ、それは数年の付き合いで知っている。

「でもそんな貴女とあの生命力や感情に溢れる沙織だからこそベストパートナーな訳だわ」

「…ベストなのかなぁ、私にはそれも分からない、だが大切な存在ではあるな」

食事する猫の様子を少し優しい微笑みで見ている宇津女に今度こそ「ご飯できましたよー」
と言う声が掛かる。

「じゃ、あたしはここでお暇するわ」

「ここでか? 土産くらいあるかも知れねぇ、入ってけよ」

ややも問答の後結局瑠奈も居間に行くと、まぁまぁ刺身に煮物に焼き魚に海産物の嵐
食べられる系統の野草なども加えて青物もある。

「おいおい、飯はしらす丼かよ、お宝みたいな飯だな、有り難く戴くぜ、瑠奈、そして沙織」

因みに海域も領域縛りに入っているので「しらす」なんてこの街では高級品なのだ。

「ええ、しっかり食べて、沙織の方も、時間帯的に貴女にお呼びが掛かる可能性もあるからね」

「はい♪ 有り難く戴きます」

「ただコイツの燃費のバランス難しいんだよな、太りやすい体質してるからよ」

沙織は顔を真っ赤にしてそれでも「体質ですもの…」と口を尖らせつつ瑠奈に包みを持たせ、

「申し訳ありません、かやくご飯おにぎりくらいしか作れませんでしたが持って行ってください」

瑠奈は微笑みながらもそれを受け取り

「気を使わなくて良いのに、では、あたしはお邪魔するわ」

「おう、また何かあったら声かけてくれ」

「わたし共も独自に合成魔に対する対策を練っておきますから」

「心強いわ、じゃあね」

瑠奈は神社を後にした。



「…と言う訳でね…、貴女たちにも報告書を持って独自に対策を練っていてほしいのよ」

海側に面して真從区・特区・玄磨区・彩河岸区とある内の玄磨区、更にそのメインストリート
この街で一番栄えている通りのちょっと外れの方にある喫茶店「しのわぁず」
ここのオーナー以下四人もバスターである。

沙織のお土産のおにぎりを焼いて貰いつつカプレーゼ+サラダを追加、食後に珈琲という献立で
お昼をしつつ瑠奈が焼きおにぎり(二個醤油・二個味噌・一個お茶漬け)を食べている。

オーナーはまだ若い…(二十歳ほど)女性で、この喫茶店で勤める三人が(明治以降の移住まで含めると)
外から来た者達である。
オーナーでもある白い変形チャイナ(清)服を着た葉月椎菜(はづき・しいな)が報告書を読みながらぼやく

「あたし達も呼んでくれれば良かったのに〜」

「とりあえず身内だけで様子見したかったのとここからだと多少時間も掛かるからね
 まぁ、玄闍諡゚辺で事が起こったらそれこそ頼むわよ」

背中向きに珈琲を淹れているダークスーツ…左留めなだけでほぼ男性もののような
スーツにエプロンという眼鏡の女性…蓬莱殿美雨(ほうらいでん・みう)が振り返りつつ

「百合原さんのことです、犠牲が出ても先ずは身内だけで済ませるつもりもあったのでしょう」

「良いフォローを、助かるわ美雨」

「…合成魔かぁ…これつまり組み合わせに制限がなかったら次があったとして
 次は確実に違うタイプで来るだろねぇ、厄介だねぇ」

「…矢張り貴女は鋭いわ、B級止まりでありつつ実力はA級上位とも言われるだけはある」

椎菜は照れつつも

「いやぁ…それ程でも…あってくれるといいなぁ〜」

「貴女たちも充分強いわ、だから「何処でどんな事件が起こるか」によっては
 営業時間内だろうと声を掛けるかも知れない、宜しくね」

瑠奈の食事がもうそろそろと言うタイミングで淹れた珈琲を差し出しつつ美雨は静かに語った。

「判っていますよ、私達は兼業ですがれっきとしたデビルバスターですから」

そんな美雨の腰元にはごついホルダーにハンドガンにしてはごつい銃が収まっており、
COMPも腕に装着するタイプながらやや特殊なごついものを使っている。
椎菜も瑠奈と同じ刀を所持していて横側では無いが後ろに差した状態。
グローブのようなCOMPも装着している。
臨戦態勢はいつでも整えているのだ。
珈琲の香りを一通り楽しんでからそれを食後の一服にしつつ

「頼もしいわ、日向(ひなた)や夕月(ゆつき)にも場合によっては出動して貰うから、
 彼女達にも言って置いて、最近かなり強化したそうじゃない?」

それには美雨が

「ええ、色々縁があったと言いますか、地味にD級なんですけど火力はBの上からAの下くらいは
 保証しますよ、ただ、実戦には乏しいので彼女達を呼ぶのは本当に手数が欲しい時に願いますね」

「判った、ごちそうさま、悪かったわね、食材持ち込みで調理なんかさせちゃって、お勘定」

「いえいえ〜、また来てください〜」

しのわぁずでの昼食を終え、外に出た瑠奈は車のドアを開けつつ

「さぁ、次はどんな手で来るのかは判らないけれど、こちらもそれなりの根回しは
 させて貰いますからね…「誰か」さん…」

そしてそれぞれがそれぞれの日常に一応は戻るのだった。


第一夜・第四幕  閉幕

キャラ紹介その4・沙織と宇津女、そして椎菜と美雨


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