L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:ELEVEN 「修学旅行編・葵の場合」

第三幕


室蘭一泊目の夜中のことだった、葵は何となく「何か」を感じて起き上がった。
回りでは里穂達が寝ている。

『何だろう…いや、誰だろう…凄く…残念なキモチ…でも暗い波動じゃない…』

葵はもうちょっと感覚を研ぎ澄ます、微かに漂ってくるそれ。
「役目を折角持ったのに、それを磨いたのに、このまま朽ち行くしかないのか」
という思念であった。
「残念」というキモチではあるけれどとても崇高な役目を持った「何か」が
ここよりそれほど遠くない場所にある。
探りに行きたかったが、流石にそれは勝手が過ぎる…葵はとにかくその「思念」が
どこから来るのか、それを特定しようとして集中した、

『…あなたは…どなたでしょう…いえ、申し訳ありません…
 あなたが誰であれ、聞こえてしまうような愚痴を悟られてしまって…』

向こうがこちらをキャッチしたらしい、葵は若干焦ったが

『気にしないで…でも…ボクには判る、貴女は「今そこに居るべき人じゃない」』

『これも…定めという物なのでしょう…申し訳ありません…』

『何を言っているの、今どこ? 探しに行くよ!』

『なりませぬ、あなたは今…「修学旅行」という物の最中ですね
 わたくしにかまけてはいけません、あなたは、わたくしの事は忘れ
 良い思い出を沢山作ってください、その為の旅行でしょう…? では…』

それっきり、思念は途絶えた。
心を閉ざしたというか、チャンネルを切ったというか、そんな感じだ。
方向はだいぶ覚えた、ほぼ真北…距離は一キロメートル。

グループで特に寝相の悪い河島 南澄(なすみ)が自分の足に足を絡ませている。
動きたいけど…ちょっと悪いなぁ…どうしよう…と思って居る間に、
葵にもやはり今までの疲れの蓄積があったのだろう、不覚にも眠ってしまった。



次の日の朝はラジオ体操から朝食の後、少しだけ時間に余裕を持たせた。
昨夜の事は半分記憶が飛んでいた葵は意気揚々と

「中嶋神社お参りに行って知利別川沿い散歩してくる!」

と来た物だ、それも先代と同じ日程だ、御前水だけは寄れなかったけれど。
中里君と駒込君は勇んで道場に体験に行き、女子組は意外と疲れが残っていて
またミニツアーには参加するけどそれまでは休むと来た。
ツアー開始は午前11時頃、まだ三時間弱ある。

結局参拝と、散歩には葵・阿美・志茂の三人。
中嶋神社参拝の後、知利別川沿いを散歩しながら葵が

「先代さんはどこでくじら餅食べたんだろうね」

志茂がPCを開き調べながら

「昨日から色々ストリートビュー中心に見てるんだけど…移転したのか
 それとも知利別川沿いから少し離れたのか…ってカンジだね」

阿美がそこへ

「ユキ、室蘭の甘味とかで検索はしなかったの?」

「したんだけど、まだ全部チェックしきれなくって」

道路沿いでは無く川縁の散策路を歩く三人、そこへ葵が

「ちょっと歩いて向こうに休憩スペースみたいなちょっと高い所にベンチもあるよ」

志茂がそれに応え

「うん、歩きながら検索はキツイ、そこまで行ってちょっと検索絞り込むか」

と言う訳で知利別川を挟んで橋のようで人間用レストスペース(階段でしかそこへ行けない)へ
三人は行き、志茂が検索から候補絞り込みをして居る時だった。
葵が来た道を振り返り、何かを思い出そうとしているようだった。
阿美がそれに気づき、

「どうしたの?」

「うー? うん、何かを忘れてる気がして、さっきフッと見掛けた看板で
 思い出しそうになったのをまた思いだして、何を忘れたんだったかなぁって」

志茂は場所の特定と共に地図のページを開いていたので、写真と解説付きのを見せながら

「どれだった? こっちからこう来てるよ?」

「あー…これ…ここ、ストリートビューか何か無いかな?」

「あるある…ええと…仏壇仏具店だね」

その時葵が思いだした!

「そうだ! 地図の…この辺りから何か凄く悲しいけれど仕方が無いって言う感じの
 思念を感じたんだった! 訳を詳しく聞こうとしても、ボクが修学旅行生だって
 向こうは気付いてて、思わず漏れてしまった愚痴に付き合わせてしまって
 ごめんなさい、忘れて欲しいってカンジでチャンネル切られたんだ」

志茂がそこに

「思いっきり知利別じゃないの〜〜ん、そこ…結核療養所はあったらしいんだけど
 今で言うホスピス…終末医療に近い感じだった事もあったのかそれとも田舎過ぎたのか
 理由は判らないけど明治辺りの地図に記されて無くてさ…
 っていうか地図資料自体殆ど無くてって言うのもあったんだけど…
 戦争中米軍の艦砲射撃受けてるんだけど、その余波か何かでなくなって
 それっきり忘れられた感じみたいなんだよね」

三人の気持ちが一致した、葵が言う

「あの観音様かも知れない」

「そうね、ちょっと甘味処じゃあ無くなったわね!」

「葵ちゃんの示した辺りには民家も多少あって裏手は山…さて…どこかなぁ」

「行こう!」



そこは知利別町三丁目なのか四丁目なのかその境目くらいのトコロであった。
葵が全神経を研ぎ澄ませる。
ふらっと少し歩いては微かな反応の強弱を見極め、細い路地に入ってもう一度
全神経を研ぎ澄まさせる。

「居るんだ…この辺りに確かに居るんだ…でもボクに探される事を
 …拒んでいるというか、このまま朽ちて行くのを受け入れようとしている…」

「そんな…」

葵の言葉に阿美が悲しくなった時、志茂が

「さっきからこの辺り見てて思ったんだ、倉とまでは言わないけど
 納屋のでかいのみたいなのがある家が…そこにある、私の古物に対する嗅覚が
 その家だと言っているよ、勿論、勘でしかないけど
 がらくただらけのゴミ屋敷みたいだけど、多分そこがそうだ」

阿美が居てもたっても居られず、その家を訪問する。
出てきた家の主人は、決して裕福そうでもそれをひけらかすような感じで無くとも
気に入った古民具などを収拾している人のようで、玄関にもそれを飾っている。

「…どちら様ですか?」

ちょっと怪訝な家の主人に対して、葵が割り込んできた。

「ここに…観音像がある筈なんだ! 女の人の観音像!」

いきなりやって来た南米系ハーフの女に割り込んできた殆ど白人の女の子、
家の主人は怪訝さを深めながら

「確かにあるけど…一杯あるよ」

そこへ志茂が

「放っておいたら朽ちるような場所って事は家の中じゃない筈だ、
 多分納屋…そっちにあるはずです!」

確かに納屋はボロで雨漏りすきま風何でもありっぽそうなぼろ家だった。

「ああ…そっちは鑑定額も低くて入手も何となく手に入れたとか掘り返したとか
 そんなのばかりだから…」

志茂が名刺を渡し、言葉を選んで

「私も古い建造物や神仏の像などを写真に撮る事もやっています、
 ちょっと納屋、見せて貰いませんか」

「いいけど…ほんと飾るような価値のないものばかりだよ?」

葵がちょっと怒ったか語気を強め

「そんなお金とかの問題じゃないんだ! その観音様は朽ちさせちゃいけないんだ!」

ヘンな子だなぁ、と主人は怪訝さはそのまま、三人を納屋に案内し、簡単な鍵を開け
開くと、ネズミなどが納屋から出たりあちこち動いたりして阿美はちょっとびっくりして
志茂に抱きついた。

葵が全神経を研ぎ澄ます中、志茂が邪魔にならないようちょっと納屋から離れて
この納屋にあるはずの観音像の入手先を聞いた。

「裏手の山の中だよ…山菜採りにさ…昔何か建物があったのか
 その跡地のなれの果てみたいなのはあったんだけど、そこの瓦礫に埋もれてたのを
 何となく見つけて持って来たんだよね、その後そこも整地されてただの山になったけど」

そこへ葵が半分朽ちた古民具をがらがらと掻き分け、そこに辿り着いた。

「…居た…! やっと見つけたよ…どんなに心のチャンネル閉じたって判るよ!」

葵が一メートルほどのそれを見つけた、もうごちゃごちゃに積み上がって
倒れて積み重なってた中から、その観音様を見つけた。
もう腐ってる部分もある、ネズミか何かにかじられたのだろう跡も痛々しい。
掘り起こした時に欠けたのだろう部分も見受けられる。

主人はそれを見て

「ああ、それだよ…鑑定額も値段の付かない物って言うから、じゃあそのうち
 薪にでもしようかって」

葵が怒り

「薪だなんてとんでもない! この人は死んで観音像に憑いてまで
 苦しんで死んだ人の魂を救うために働いてた立派な人なんだ!
 ボクがそんな事許さない! お金が要るって言うなら払うよ! ボクが引取る!」

古民具集めが趣味でありつつ信心はゼロに近いのか、葵の言葉を「ハァ?」という感じに
聞きつつも、それなら…と心のソロバンをはじき出したのを志茂は見逃さなかった。
その軽蔑の眼差しの中、主人は言った。

「それがそんなに大したモンだって言うなら、300…いや500万ってトコロでどうかな」

阿美が「ハァ !?」と怒りの声を上げ

「ただで入手してあまつさえ古民具として値段の付かないような物に対して
 その子の言う内容だけでそれは傲慢が過ぎませんか !?」

「古民具集めだって管理だってただじゃあない、ただで見つけたったって
 掘り起こしたりした手間は掛かってる、その為の資金としてなら譲るよ
 救われない魂だの何のの前に、今の俺の窮状を救って欲しいね!」

志茂が小さく

「…この男…最低だ…」

と呟いた。
古民具集めはただの趣味と言うよりハンティング、あわ良く高額取引できそうな物を
引き抜くチャンスを待っていた…恐らくそう言う所なのだろう…
男は太り気味の腹を掻きながら

「500万、それ以下はまからないね」

500万なんて直ぐには用意できない、ジャーナリストや写真家として再出発して
間もない志茂は写真集やその他細かい仕事などで結構収入はある物の安定した職業では無い、
祓いの手伝いでお小遣い(弥生は密かに正規の報酬を葵用口座に入金してる)
程度の葵は論外、阿美も教師として働き出してまだ四年、堅実なお金の運用はして居る物の
500万はポンとは出せない。

文句なら幾らでも言える、法的に争って500万なんて法外すぎる事を主張し戦う事も
出来るかも知れないが、同じ札幌なら兎も角、ここは室蘭。
いっそ、犯罪になっても盗み出してでも連れ去りたい、そう言う衝動に駆られつつ
葵は目に涙を溜め家の敷地外に出た、阿美がそれを追った。

志茂は冷静に「一人の少女がそう主張しているだけの事にいきなり無価値に近い物を
 500万はやり過ぎです」と言う物の、相手も言い出したら止めない主義のようだ。
志茂は溜息をつきつつ、家の前の通りで泣いている葵となだめる阿美を見た。

葵は一通り泣いてから怒りを込めて電話を掛けた。

『葵クン? 予定じゃあ室蘭の筈よね…? …どうしたの…?』

相手は弥生のようだ、そしてまだ涙声のままの葵が現状を話した。

「先代とおやいさんが素晴らしい人とまで言った観音様を見つけたんだ…!
 でも、それは今古民具を集めてる人のゴミ屋敷みたいな家の納屋で無造作に転がされてる…
 おじさんチの納屋の中で朽ちようとしている…そしてそれを観音様は
 残念に思いつつ受け入れようとしているんだ…ボクそんなの耐えられないよ…
 弥生さん…ボク、悔しいよ…! 引取るなら500万だとか言うんだよ!」

『…………判った……私に任せなさい、私が絶対そんな事は許さない』

また弥生が絶対を付けた…弥生は怒っている、かなり冷酷に怒っている。
そして涙声の葵の「ただで拾ってきた物って言ってたのに…」と言う声に向かって。

『貴女は、旅行に戻りなさい、場所だけは教えて…いや…判るかな。
 貴女の今居る位置は覚えた…今からそっちに行く、貴女は貴女の予定を過ごしなさい
 私を信じるというなら、そうしなさい、例え頭の中に悲しみや悔しさが拭えなくとも、
 私を信じて精一杯楽しむ事に集中なさい、いいわね?』

「…うん」

『そこに阿美か志茂居る?』

葵は阿美にスマホを渡すと、弥生が亜美もなだめ説得し、とにかく日常に戻るよう
指示したようで、通話を終えて阿美は葵にスマホを返しつつ、

「弥生なら何とかするわ、大丈夫…もうそろそろツアーもあるわ、戻りましょう日向さん」

阿美は志茂も呼んで、「なんだ、買わないのか」という主人に向かい言った。

「お昼過ぎまでここに居てくださいね、ワタシ達よりあの観音様に近い人が
 交渉に来るっていってますから」

「おお、来なさいよ、でも500万は負からないよ」

そして、三人は弥生を信じ、ホテルへ戻っていった。



『ハァ !? 弾渡すから俺にやれってのか !?』

「そうよ、私今緊急の用事が出来たの、今すぐそちらに向かって私は
 救い出さなければならない物がある、いや救うなんておこがましい事じゃない
 その人を正道に導き直さなくてはならない宿命にある、
 本郷、署には寄ってやるし弾は置いてくし四半日くらい見えるように
 してやるから、今回の仕事貴方にやるわ、ビルに着いた霊くらい
 今更びびるようなアンタじゃあないでしょ」

『マジかよ…』

「あやめを根室急行トンボ返りとかさせといて自分だけ楽しようなんて
 そうは問屋が卸さないわよ、とにかく準備したらそっち行くわ」

電話を終えて慌ただしく準備を始めた弥生に、下着姿で寝ていた竹之丸が近寄り

「…なに、緊急の用事って…夜勤明けで眠ってる愛人放っていくつもり?
 車の中で寝かせて、アタシも行くわ」

「じゃあ、マル、ちょっと色々手伝って…まず…」



弥生を信じているしどうにかするのだろうけれど、受けたモヤモヤはなかなか晴れない。
三人がホテルに戻ると、ちょうど西谷さんがレンタカーひっさげてやって来た所で、里穂が

「あー葵〜、今電話しよーと思ってたトコだったんだよ? 何かあった?」

そこへ阿美が困り笑いで

「うん、ちょっといや〜な感じのオジサンに会っちゃって、モヤモヤしちゃったの
 何かおいしいものでも食べて忘れちゃいたいわぁ」

それを言うと西谷さんが待ってましたと

「じゃあ、オススメのラーメン屋連れていくよ! さぁ、みんな乗って!」



東室蘭駅西口そば、味の大玉ラーメン

「本店は中央町なんだけど、ここのラーメンは美味しいよ!」

里穂達三人組がその存在を知っていたらしく、

「あ、カレーラーメン発祥のお店だっけ!」

と盛り上がっている、西谷さんは

「昔は小学生ぐらいの身だと辛くて完食できなかったけど、今はどうなんだろうなぁ
 僕は醤油でいこう、やっぱりスタンダードがいいや」

里穂達と葵は折角なのでカレーラーメンを、阿美は実は余り辛い物が得意では無いので
醤油を、志茂も醤油を選んだ、西谷さんはそこにライスも付ける。

「30何年くらい前だと、作り置きの冷蔵ヒヤヒヤだけど、俵握りが二個付いてきたんだ
 だからやっぱりここのラーメン食べる時はライスがないと僕は食べた気がしなくてねw」

へぇ、とボタン叩く真似をしつつ、みんなの前にそれぞれが運ばれてくる、
弥生の言う通り全員分待っていると伸びる可能性があるので、来た順から食べて行く。
葵が一口で目を見開き

「おいしい! どう言う味の構成なんだろう…確かにこれはカレーラーメンだ!
 カップ麺くらいでしかあり得ないと思っていたのに!」

西谷さんは微笑んで

「そうだろう、ちゃんとラーメンとしてのバランスを保ちつつカレーラーメンなんだよ」

阿美も醤油ラーメンを食べながら

「凄く濃い感じなのに見た目ほどくどくないって言うか、美味しいわ」

志茂がそこに

「うん、でもライスが欲しくなる感じも判る味付けだなぁ、すいません、ライス中追加で!」

女子達は辛いけど美味しいを連呼しキャッキャと食べている中、速攻で一杯食べ終わった葵が

「スイマセーン、僕も醤油とライス中追加で!

余程美味しかったのだろう、一滴も残さず食べきった器。
そして志茂に運ばれてきたライス中は半分に分けられ阿美用にして分けていた。

葵も物凄く期待に満ちたぷっくりと赤い頬を期待で膨らませ、醤油ラーメンを
食べ始める、何口か食べて胡椒を少し効かせ美味しそうに食べていた。

葵のその姿、ちょっと前のいやな記憶も少し薄れ、阿美や志茂は優しい笑顔で葵を見つめた。



味の大玉から国道37号に戻り、陸橋を渡りながら西谷さんが

「今左にイオンあるけどさぁ、三十何年か前にあそこには総合デパートいうか
 そんな感じで「桐屋」ってのが出来てね、東室蘭界隈だと中島の丸井今井か
 長崎屋か中央町まで出るかってカンジだったから、すごく盛り上がったんだよ
 一階のテナントもなかなかいい味出しててね…いい店だったなぁ」

今日は36号では無く、そのひとつ前の大きな道路で左折した。
東室蘭を抜け暫く小山と何もないと言うか野球場のような場所を通って、

「あの左の体育館には昔ドリフターズとか西城秀樹なんかも来たんだよ」

「輪西も昔の面影はなくなったけど、ボルタってボルトを使った小物とかで
 今はまた町おこしやってるね」

と来た時、優と南澄が

「あ、それ知ってる、ちょっと可愛いんだよね、行きたい!」

となったので、西谷さんはそこへ寄る事にした。
…といって工房その物では販売はやってないし、事前に連絡も無いと体験も…と
ごく当たり前の事、阿美は教職免許と共に札幌からの修学旅行で、
緊急だけれど工房見学と、出来れば近くの販売店を教えて欲しい旨を
やわらか〜〜〜〜〜〜〜くお願いし、工房見学は何とか許された。
やっぱり女子中学生の「カワイイ」「スゴイ」の連呼は職人さんも嬉しいw

そして、輪西内でボルタを販売している所に赴き、実際に見ると
結構面白い、可愛いという物もあれば、結構格好いいものもある。

「あ、ボクこれ買おう」

葵が選んだのはベースにうっとりのボルタ。
みんなそれぞれ一品買って、ちょっとほくほくしつつ、また車は発進した。
輪西駅から山と工業地帯で分かれたそのライン通りに引かれた道路をぐるーっと回りつつ
山側には民家がまばらで、平地側は何処までも工業地帯。
そこを抜けまた民家なんかがそこそこ多く連なる辺りに来ると「御崎(みさき)」という駅だ。
そこをすこ〜し進むと

「はい、ここらが御前水町…で…ここを左折…ほら、鳥居が見えるね、そこが御傘山神社だよ」

そこへ志茂が補足で

「先代さんがここを訪れた時はまだここに神社はなかった、その何年か後に
 室蘭製鉄所の創建などの祈願もあって神社を建立したのが明治41年で、
 明治天皇に因んだここを御前水と名付けたみたいだね」

全員が車を降り、参拝をする。
葵他、阿美や志茂には観音様の救出祈願以外に願う事はなかった。
先代も飲んだと思われる天澤泉は現在は飲む事が出来ない、葵はちょっと残念に思った。
そして母恋駅にも寄って里穂達は記念アイテムを買ったりしつつ、
今度はそれを南下する道に入る。
ややも進んで行くと、道道919号線とぶつかり、西谷さんはそこを左折した。
そしてチキウ岬の展望スペース前の駐車場に入ると見慣れたバスがある。

他の希望者の臨時ツアーの一行と鉢合わせたのだ。
展望台からの壮大な海の眺めを楽しんでいると、西谷さんが

「ここよりもうちょっと西側の断崖には海からしか見えない「金屏風・銀屏風」
 っていう他とちょっと違う岩肌の崖も見えるよ、そっちのツアーも居るのかな」

他の運転手さんが

「居るみたいだよ、こっちはこれから水族館、西谷さんは?」

「僕は…これからトッカリショに寄ってから、科学館にでもと思ってる」

「渋いなぁw 流石地元というか」

葵たち生徒は「味の大玉」について盛り上がっていた。
そしてその水平線の眺めを楽しんだそれぞれがバス組は919号を左折、
葵たちのレンタカーは右折で分かれてそれぞれのツアーに戻った。

トッカリショ展望台からの眺めは海と言うより、その崖だらけの眺めの
結構急な坂を下りてあるトッカリショ浜、そして遠くに見える
鯨っぽい遠くの大きな半島とそれより近いけど小さい鯨っぽい半島と奇岩の眺めだ。

「あの遠くの山っぽい半島が昨日行った鷲別神社のあるとこ、
 手前のがあれこそ鯨半島とも地元で呼ばれるイタンキ漁港側の小さい半島だよ、
 詰まりそこからこっちへ広がってくる砂浜がイタンキ浜さ」

地味だけど、西谷さんの地元愛が重なったそれは確かにいい風景だった。
志茂も仕事抜きなのか何枚か写真を撮っている(あ、勿論ツアーとしての写真も)

そして、トッカリショの浜へ降りてみて、登ると結構な運動量、
若い里穂達はまだしも、阿美は結構堪えたようだw

「やっぱり若いっていいわ…」

強がって降りてみるかいと言ってみた西谷さんも地味に息が弾んでいて皆の笑いを誘った。

トッカリショを離れる時は919号では無く、市道を抜け何度か左折を繰り返し恐らく母恋の
町へ向かっているのだろうと言うルートの最中、葵が

「あ、待って! 神社が見えた! 行く!」

「葵ってホント仕事関係か信心深いって言うか熱心だね〜」

と言う里穂の言葉、西谷さんは一度母恋中央通に出たあと、直ぐ右折をしてそこへ向かう。
鳥居の側に賽銭箱のあるスタイルで、皆まず鳥居前でお辞儀をした後賽銭箱に賽銭を入れ
参拝する、ここは天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)と豊受大神(とようけのおおかみ)を
祀っているようだ。
志茂が呟くように、

「鷲別神社の保食神と同じようにこちらも片方は食物の神なんだな、当時が偲ばれるよね」

そういってみんながそれぞれ参拝するようで、阿美・志茂・そして葵はやはり
観音様の無事救出を祈願した。
願いはそれぞれなれど何だかんだ里穂達も参拝する辺り、カワイイ。

そして母恋駅前まで戻り、左折し、中央町に向かう上り坂に入る。
日鋼記念病院、そして昔はこっちに室蘭警察署があった気がする、と西谷さんが言い
下り坂に入り、NHKはむかしからここ、今タツミヤとか言うここは昔長崎屋だった、
と来て大きな十字路を抜け二つ目の左折道を曲がり室蘭市役所を抜け、それはそこにあった。
室蘭市青少年科学館。

「子供心にチープだなぁと思いつつも、何とか楽しい物を作ろうって言う…こう…
 大人の手探り感が好きでね…後ここプラネタリウムと植物園もあってそっちもオススメだよ」

と言ってそこへ停車し、科学館の見物をする事にした。
入り口入って直ぐの声というか音に反応するカンちゃんというブリキのおもちゃの
でかいのみたいなのは今でも居るのだろうか…(個人的ノスタルジー)

確かに西谷さんの言う通り、物凄く何かが凄いと言う訳では無いけれど
精一杯室蘭をアピールし、科学をアピールするそれに微笑ましさすら感じ
プラネタリウムがそろそろだと言うので、それも見る事にした。

吸い込まれるような星空を演出したそれに本物のそれを重ね、葵は見入った。



知利別町三丁目・四丁目の境界界隈にそれは来た。
ミニクーパーみたいなレトロな車から降りたそれは巫女だった。
そして大振りの日本刀を持っていた、説明の必要は無いだろうが敢えて巫女で通す。
巫女は腰に刀を差し、両手に詞を込め両手を広げ、展開する。

「どんなに会話のチャンネル閉じたって無駄さ、私は貴女の気を知っている」

そして巫女は一件の家に迷う事無く訪問し、主が出てくると流石に主もびびった。

「納屋に通しなさい、全てはそれからだわ」

これが交渉だって? 家主は思いながらも余りの迫力と場違い感にちょっと引け腰になり
納屋に通し、その戸を開けた。
巫女は問答無用でそこから幾分朽ちた観音像を迷う事無く見つけ手に取り、
納屋の入り口近くまで持って来た(まだ納屋の中ではある)

「おいでなさい、コレクターさん。
 この人が今までどれほどの事を積み重ねてきたか見せてあげるわ」

巫女は近づいた主人が一メートル圏内に入った事を確認すると、
両手に詞を込めた、仄青い光がその指に灯るのを主人はびっくりして逃げようとするが

「逃げるな! 見せてやるって言ってるでしょう、体験しろなどとは言ってないわ!」

巫女の怒号に足が止まり、巫女に半ば強制的に近くに寄せられ、
(詞の光の灯っていない薬指、小指、親指だけで引き寄せられた)
そして、観音様の額に右手を、主人の額に左手を当てる。

ほぼ終末医療の場の最後の慰めの存在として、苦しみ痩せ衰え、
苦悶の表情を浮かべる霊達が観音像にすがり、そのたびに観音像は
その魂を諭し、その苦しみから解放して行き昇華成仏を促す、
月日と共に何百人、何千人とそれらを繰り返した。
時には観音様の存在を嗅ぎ付け、外からやって来た無念の死の成仏さえあった。

その、すがりつく苦悶と救われたい一心の痩せこけたり、事故などで酷い姿に
なった霊の姿がありありと伝わる、主人は腰を抜かしへたり込み、そして巫女は言った。

「この観音様は宗教の壁を越えてまで仏教も神道もキリスト教もアイヌ神話も
 皆平等にもう苦しみのない立場にあり、死を受け入れ、新たに輪廻の和の中に
 戻る事を諭し続けた立派なお人なんだよ、それをアンタは…500万だ?
 いや、その価値その物がどうこうは言わない、廃棄されたとは言え
 余所の…恐らく市の敷地からただで持って来た物にそれを吹っ掛けるたぁいい度胸だよ」

そして巫女はその腰の天神差しされた野太刀の反りを上向けそれを引き抜き
(それが真剣である事くらいはこのコレクターの主人にも判った)
詞を込め…主人を…では無く、その峰で優しく観音様の頭に切っ先を触れさせた。

観音像からわき上がる尼僧の薄ぼんやりした姿、先程の詞の効果もあり、
主人にもそれが見えた、本当にそこに何かが潜んでいたのだ。

「心を閉じたって無駄さ、目を開けなさい」

巫女が観音像に言うと、観音像は観念して目を開く、そして驚いた。

『あ…貴女様は…まさかそんな…弥生様ではありませんか!』

そう、それは三度先代の扮装をした弥生だ。

「そうだ、私は十条弥生だよ、ただし貴女が見た弥生じゃあない、
 その弥生の意志を継ぎ正式にこの野太刀を受け継いだ、名前もズバリ同名の
 十条弥生さ、そして、この野太刀に宿る神から全て話は聞いた、
 貴女の姿もその意志もその心がけも全部知っている、
 貴女の活動場所が朽ち落ちた事は残念だが、それでもたまには貴女の気配を
 嗅ぎ付けやって来る霊があったから貴女は心の繋がりを開きついつい
 その愚痴をウチの葵クンに聞かれてしまった…そういう事でしょう」

尼僧は頷いた

『それでも…この辺りはもうそのような凄惨な場所はありません…医療も進みました。
 病院には病院でそれなりに霊安施設も各宗教の方もいらっしゃるでしょう
 もう…わたくしの出番もそうはありますまい、このまま朽ちるのも定めという物かと…』

「貴女を見つけた葵クンは根室で末期癌に冒され死んでいった人を一人祓ったそうよ
 医療が進歩して寿命は延びた、それは間違いないわ、でもいつか死ぬ定めこそ
 変えようのない事、そしてこの現代にも「手の施しようのない病状・病気・事件・事故」
 と言う物は後を断たないわ、無念が途切れる事などこの世に命がある限り無くならない!
 貴女はここに居るべきではない、私がもっと貴女に相応しい場所に連れて行くわ」

『しかし今わたくしの身は…』

弥生は主人に向き直り

「おう、まだ500万の何の言うかい?」

主人にも主人の意地がある、「ただでやる」なんてなかなか口に出せないようだった。

「そうかい、それじゃあ私はこの胆振全域にここに迷い苦しみに悶える魂を救うために
 命を失って尚その為に働く観音様が居る事を方々でばらまこう、
 そうすりゃ、数日後にはこの辺りは救われたい魂で溢れるだろうさ
 欲に目が眩んで心を曇らせた奴にゃそのくらい平気だろうさ、…近所の目はともかくね」

この家、地味にがらくたを拾ってきては放置しているので近所の風当たりも強い。
行政処分なんかもあり得る通達も実は受けていたようで、生きた人間関係や
行政にまででてこられてはたまった物ではなかったのだろう。

「判ったよ…持って行ってくれ…怨念だのが集まられるのは勘弁だ…」

弥生は表情を崩さず、

「そうかい、じゃあ、これは私が譲り受けるよ、ああ、一応役所や警察にも
 私の仕事上の担当警察から一言入れさせてある、正規の手順で手に入れた物で無い以上
 アンタはこれの価値の云々を説くような立場にないことも知っておきな、
 法律上の権利云々じゃないよ「私がそうさせる」と言った以上「そうなる」からね」

男はすっかり観念し、弥生は観音像を担ぎそのゴミ屋敷を後にした。

車に戻り、後部座席に観音像とイツノメを置いて、シートベルトを締め
出発すると隣にずっと眠っていた竹之丸が目を覚ましていて

「…ふぅん、それが無念の死を祓い続けた観音像か、可哀想にボロボロだ」

「私ができる限りの補修や手直しをさせる、宿った精を飛ばすことなく
 それを出来る職人を一人知っているわ、彼に任せてリフレッシュしたら…
 貴女の「特別病棟」の方に置かせて貰うわね」

「いいでしょ、何か知らんけど今のところ後ろ暗そうな奴らとか
 ホスピス代わりにされているからね…霊安室に丁度いい」

「更に現状を市も視察に来ると言ってるから、ま、500万とか欲張ったツケを
 ぜーんぶ払って貰うとして…すっ飛ばしてきたからお腹空いたわね」

「アンタはホント、怒らせたら怖い魅力的なオンナだよ…堪らないわ。
 …室蘭で食うったらアレじゃないの、弥生」

二人は顔を見合わせ同時に

「「味の大玉」」

弥生がそれに

「よし、どうせ行くなら本店…と行きたいけど情報によると中央町三-六の
 支店もかなり良かったって以前聞いたわ、そっち行きましょう」

弥生は軽快に車を発進させた。


「修学旅行編・葵の場合」 第三幕  閉


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