L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:ELEVEN 「修学旅行編・葵の場合」

第四幕


プラネタリウムが終わった頃、マトモに見ていたのは阿美と志茂と葵だけだったw
みんなを起こし、植物園の方で背中を伸ばす。
亜熱帯に近い気温に保たれたそこには熱帯性の植物が植えてあり、土と、肥料と、
そして緑の匂いで溢れていた。

それぞれが自由に見物して見て回り、葵と共に歩く阿美と志茂、そして阿美は語った。

「六年くらい前かな…まだ日向さんと会う前…成人したてで三年に上がって
 いつだったかなぁ、似たような事があったのよ…と、言っても当時のは
 ワタシは現場は見てないんだけどね、一仕事終えたらデェトしようって
 大通公園で待ってて…で、ヤケに冷酷で不機嫌な光を滾らせた弥生が来て
 「何かあったの?」って聞いたら…「あ、ゴメン、顔に出てたか…」って」

志茂が「それで?」と聞くと

「直後に本郷さんから電話掛かってきて…弥生も「もうちょっと待って」とは
 言いにくい感じでワタシも付いて行ったの、そしたら
 中央署のロビーって言うのかな、そう言うとこで本郷さんとなんか弁護士さん?
 が、話し合いをしていてね、何か弥生がたまたま別件で通りがかった
 コレクターの家に「そこに在ってはならない物」があったとかで
 最初はワタシ達みたいに交渉したけど、すればするほど相手がつけあがって
 値段上げてきたから怒った弥生がその「霊験灼(あらた)かな物」に纏わる事を
 祓いの力越しに見せてやったんですって、で、とにかく仕事その物は終わっていたから
 一度頭冷やそうって戻った所にその人の弁護士登場」

「なるほど…暴行障害辺りで訴えるぞ…とかそんな感じかな」

志茂が言うと、葵が

「弥生さん、それで?」

「凄かったわよ、冷酷な怒り、ワタシが読み取ったその感情はこう
 『アイツ、徹底的にぶっ潰してやる』だったわ。
 そして弥生は密かに交渉中に撮ってた写メとかで「この中に盗品が少なからずある」
 と言う事を言い出したの、捜査二課さんや三課さんが眼をギラギラして
 狙ってたらしいんだけど、その「霊験灼かな物」も本来はバラバラでは意味の無い
 物だったらしくて、盗まれて流された可能性の突破口になった訳」

植物園を眺めながらなおも阿美は続ける。

「弁護士はもう降参っていうかその二課や三課が令状とって「さ、行きましょうか」
 ってところで本郷さんが弥生への件を降ろさせて終了、結局ソイツは破滅だってさ、
 外国人窃盗団とか色々闇取引使ったりもして窃盗団は兎も角、
 闇取引側からは尻尾切られてオシマイ、最初の言い値で大人しく売っていれば
 見逃してやったけど、もうこの手の奴は許さないって弥生は言ったわ」

敵に回してはいけない人、弥生はまさにそうだ。

「で、その「霊験何とか」はどうなったの?」

「弥生が警察と交渉して証拠品だけど早めに元の場所に戻ったってさ
 本郷さんもだいぶ口添えしてくれたみたいよ」

「本郷さんってあんな感じの人だけど、結構いい人だよね」

葵が言うと阿美がニッコリ笑った。

植物園の散策を終えそれぞれが出入り口に戻って来た頃には夕方近かった。
西谷さんが時間を見つつ

「最後に室蘭八幡宮でも寄るかい? 別名鯨八幡宮、室蘭らしいだろ?」

いいねって話になって車に乗り込み、室蘭中央通に出よう…と言う時だった。
葵と阿美が叫んだ。

「ちょっと待って! あの車!」

外見ミニクーパーで札幌ナンバー、しかも二人はそのナンバーにも覚えがある。
西谷さんは驚いて反射的にその車の後ろ5メートルほどに反射的に一次停車する。

「弥生さん…もう来てたんだ…」

葵が呟くと、志茂が

「まぁ、札幌から高速使えば一時間ちょっとで来られるからね…
 しかも…味の大玉に寄っているのだとしたら…もう用事は終わっているって事だね」

居てもたっても居られなくて、葵は車を飛びだした。
何か大事なことがあったんだ、西谷さんはリザーブを点灯させつつエンジンを切った。
葵は弥生の車の後部座席を見て涙を流して「良かった」と何度も呟いていた。

それだけで阿美と志茂は判る、任務は完了したのだ。

全員が降りて、その車内を見るとそこには半分朽ちた観音像が後部座席に固定され、
そしてでかい日本刀も一緒にあった。
西谷さんが汗して

「え…これ普通の日本刀じゃないよね、大太刀とかそういうのだよね…」

志茂がちょっとビックリして

「良く知ってますね、刃渡り四尺弱、持ち手まで入れれば五尺の野太刀「イツノメ」です」

「いや、ぼくちょっと刀剣とか好きでさ…これは…凄いよ…今でも使われてるだろ?」

そこへ葵が涙を拭って

「弥生さんが切る時は祓いの力を乗せるから、ほぼ刃こぼれも研ぎすぎもなく
 七百年以上歴史のある物なんだって」

祓いは理解できなかったので西谷さんはその由来だけで驚いて

「当時の野太刀なんて殆ど残ってないって話だよ…! それが今この現代に…
 その弥生って人何者なんだい?」

里穂達もある程度理解しているだけに、どう言おうか困った。
「祓い人」と言った所で奇妙な祈祷師みたいなのが火を焚いて何やら
唱えてるようなのしか思い浮かばないだろうし…阿美がちょっと困って

「「訳アリ探偵…ちょっと神道絡み」と思ってください…w」

うん、妥当な線だ…そして葵は我慢できなくなったか味の大玉の引き戸を開けた。

「弥生さん!」

そこにはラーメンをすする大柄な巫女と葵と阿美以外は見知らぬ女性が居た。
弥生は右手をちょっと挙げて挨拶っぽくした。

「食べてる最中だからねぇ…w」

阿美が笑って、目の合った竹之丸にお辞儀をする、この二人は名乗り合ったりしたことは
無いが、見知っては居たので竹之丸もちょっと頭を下げラーメンをすすっている。
ますます判らない西谷さんだったが(矢張り火を焚いて祈祷する方に想像が寄る)
里穂達は神秘的な巫女の扮装をした弥生がラーメンをすする図に
何か夢が広がったようなイメージが崩れたような微妙な気分だった。

「とにかく、来たからには餃子四人前くらいは頼もう、お願いします」

志茂が皆を先導して四人席二つの一つを里穂グループと西谷さん、
阿美が弥生の隣、葵は竹之丸の隣に座った。
西谷さんが驚く、

「な…なんで見事なラーメンのすすりフォーム…勢いよくすすっているようで
 音は程ほど、そして汁が一滴も着物に掛かっていない…!」

その驚きに弥生はちょっと可笑しさも混じったようにニヤッとした。
みんなが食べた時はハンカチなどを前掛けにして食べていたのだ。

「あ…こっちの女性も…白衣を着ているのに矢張り一滴も…!
 かなり…外食を極めた人達だ…」

弥生が耐えきれなくなってクチの中の物をもぐもぐと食べて飲み込んでから

「こちとらこれでもオンナだからね、こう言うのは気にしないとねw」

珍しく、食事中に雑談を弥生がした、西谷さんを結構気に入ったようだった
(あ、勿論、外食食べ歩き人として)
少し早く弥生達が食べ終わり(竹之丸は流石にスープを幾らか残した)

餃子を六人で少しずつ分け合いつつ(葵多め)余り食の太くない阿美は一個を食べ終え

「相変わらず、鮮やかね、先代の格好までして観音様の目を覚まさせたんでしょ」

「ええ、それが一番彼女もびっくりするだろうしね」

葵の目が餃子を沢山頬張って頬を膨らませつつ、目は弥生の方を見て
尊敬の眼差しで一杯だった、弥生はそれに微笑んで応えつつ。

「…さて…戻らないと、仕事一件本郷に押しつけちゃったし」

「仕事押しつけたって大丈夫なの?」

阿美の問いに弥生は

「一時的に見えるようにして祓い弾渡したし、ビルに憑いた霊なんて
 何を今更レベルの内容だったからね、こっちの方が遥かに大事だもの、ね」

葵に目配せをすると頬一杯に餃子を頬張った葵がもしゃもしゃしながら頷いた。
その葵の瞳、弥生に絶対の信頼を置き、弥生への尊敬と愛に溢れたその光
その姿は、誰がみても可愛かった、この子には笑っていて欲しいと誰もが思った。

竹之丸が「ああ、そういえば」と名刺を阿美・志茂・西谷さん・里穂達に渡しつつ

「そんな名前でも女だから、ヨロシク…で、帰り道なんだけど運転手さんなら
 詳しいかな…道央自動車道に乗るのは何処がベストかな」

西谷はちょっと考えて

「お土産必要ですかね」

それには弥生が

「ああ、本郷とあやめには必要かも知れないなぁ」

と呟くと、強い意思で西谷さんは、紙の地図を取りだし

「ここから距離だけなら白鳥大橋を渡り道道127号から乗るのがいいんでしょうけれど
 お土産込みなら36号線を走って…途中無料ですので室蘭新道をつかいつつ
 登別市に入って幌別の手前…この信号のトコロから左折、グヮスト(ファミレス)が
 ありますから、そこを右折してちょっとした上りを越えて下りに入った直ぐに
 わかさいも本舗がありますから、そこでお土産を買って先の二股になった道を
 右に行けば道央自動車道に乗れるトコロに通じます」

弥生はニヤッとして

「貴方とはいい食い道楽仲間になれそうだわw」

「わかさいもか…興味はあった、自分用も買うかな」

竹之丸の言葉に西谷さんは力説する、

「お茶と良く合いますよ! 少し焦げた風味がある部分も乙な物です!」

そういう風に言われると、葵たちも気になった。
西谷さんはサムズアップしながら子供達にも向かって言った。

「ホテルの近くにも、わかさいも本舗はあるよ!」

矢張り女の子、甘味にはちょっと惹かれるようでテンション上がる

「そんなお洒落なお菓子じゃない…というかむしろ田舎っぽいかも知れないけど
 でもそんな素朴さがいいんだ、是非、胆振地方土産には買っていって欲しいね」

この人、なかなか面白い、弥生も名刺を渡した。

「とはいえ、結構忙しい身だから連絡は控えめにヨロシクね、さて…
 この二つ分のテーブルは私が払うわ、お勘定ヨロシク」

割り勘派の弥生を知る皆は断ろうとしつつ、阿美が止めた

「それだけ今いい気分って事、そう言う時はそれに任せていいのよ」

会計が終わったタイミングで修学旅行組も食べ終わり、同時に外へ出た。
弥生の車と、西谷さんのレンタカーが途中まで一緒に走る。
国道37号と交差する所で西谷さん達は左折する、
にこやかにお互い手を振りながら、弥生達はそのまま36号線を走って行った。
「あ、」と葵が気付いて竹之丸に電話し

「もうイタンキ浜過ぎちゃったけど、次の右手の山っぽい所の途中に
 鷲別神社があるよって伝えてあげて!」

『ほいほい、了解…「有り難う」って』

「うん、じゃあ気を付けて帰ってね!」

『ええ、アナタも良い旅を』

そしてホテルに戻ると速攻お土産を買いに行き室蘭でやりたい事は全部終えた葵達だった。
夕食も、お風呂に入っていても、休憩していても葵は上機嫌で楽しそうであった。

ちなみに、中里君と駒込君は結構しごかれたらしくグロッキーだったw



翌日朝、いつものラジオ体操の後、朝食をとり九時過ぎには出発である。
この日は割と海沿いに近かったり、例えば有珠山や昭和新山、洞爺湖と
行った場所を通るには道央自動車道を使う方がいいことからそちらを使ったり
と思えば内陸に深く入るような所は海岸線沿いだったり、そしてここで
第一のズルなのだが、渡島半島のうち、右にせり出した亀田半島という所を
ショートカットした。
建前上、室蘭本線から函館本線ルートと言う事で〜と言う感じで。
とはいえ、駒ヶ岳、大沼小沼といった亀田半島のある辺りの名物には触れられる。

流石に一日半ほどのリフレッシュ、本日は時間的にも余裕を持って
函館の五嶋軒本店という所をほぼ貸切りで昼食というちょっといいパターン。
到着も昼前には…というベストなタイミング、ガイドさんも絶好調

「有珠山では主に2000年の噴火が有名ですが、運転手の西谷さんは1977年の少年時代
 噴火の際の火山灰を夏にもかかわらず「雪だ!」と言ってしまったそうですよ〜」
「洞爺湖と言えば今ではすっかりリゾートなイメージですが、
 あの湖自体が大昔は噴火口、あれが本気出したら日本終りですー
 本気を出さないことを祈りましょうね」
「道央自動車道を降りまして、室蘭本線沿いを走っております、
 はい、かに飯で有名な長万部を「 通 過 」致します〜」

と言う感じで函館まで過ごし、函館で昼食をとった後、本日の宿泊場所
(またも分割宿泊)せたな町に辿り着くまでまた結構な時間の乗車を余儀なくされたが
流石に室蘭でのリフレッシュ、函館での大きめのレストラン貸切り昼食など
出だしが良かったが為に割とみんな元気にそれぞれの宿泊場へ向かい、過ごした。



七日目、それぞれの場所でそれぞれがラジオ体操、朝食後、出発である。
ここからは「海岸沿いに拘って居ては昼食場所が確保できない」という理由で、
日本海の海岸沿いでは無く、内浦湾に近い道央自動車道に乗り、
(来る時は下の国道37号だったこともありまたちょっと違う風景も見える)
国道230号の今金町→道央自動車道で長万部町→黒松内町から国道五号線に乗り
蘭越町→ニセコ町→そして倶知安町の辺りで見る壮大な羊蹄山。
噴火で山体崩壊を起こし、山の2/3程が吹き飛んだというその有り様、
勇壮で恐ろしく、そして美しかった。
共和町→仁木町と来て、本日の昼食場所は余市町である。

ガイドさんが「私はガイドだから飲んでもいいかな〜」なんて言うと
西谷さんもインカムで「俺も飲みたいよ…」とぼやき笑いを誘うも
「ま、修学旅行で大人が飲むだ飲まないだは抜きにしましょうね〜」
と無難にまとめ、余市町で予約の取れた数件のレストランに分かれ、昼食をとる。

余市と言えばニッカウヰスキーの他にも余市ワインなんて物もある。
大人の常識としてそこは酒の町だ。
どのバスでも運転手とガイドと或いは先生も絡んだ酒ネタでもあり上がって居た。

昼食後少し自由時間もあったのだが、集合した大人達は殆どお酒を土産にしていて
からかわれたり楽しいネタ提供に貢献していた。

そして、ここからなら普通に札幌に戻れるのだが、小樽に宿泊することになって居た。
まぁ、最後に近場だけれど観光地らしい所に宿泊、希望者に例えばガラス工房などの
体験なども兼ねて、室蘭で計画したような希望者ツアーもやろうと言うことになっていた。

とりあえず、早めにグランパル小樽にチェックインし、また夕食までの間多少の
自由時間があり、もう旅が終わる事への開放感も手伝って、また、小樽だと札幌に近く
割と勝手知ったる部分も多く、班に関係なく生徒達でグループを組み出歩く者も居た。

中里君と駒込君は運河ぐるーっと回ってくるぜと走り込みに出た。

里穂達女子は班を越え大人数で…このホテルは大きな施設と併設しているので
その辺りを甘味補給しながら回るようだ。
里穂達は葵を誘うが、ちょっと葵の反応が悪い。

「ん〜〜、いや…小樽に来たからどうしようかなって思ってることがあって…」

「何かあるの? 根室とか室蘭であったよーな?」

「ううん? うん、とにかくボクはボクでちょっと先生に確かめに行ってくる
 みんなはみんなで楽しんでね!」

といっていつもの屈託無い感じで走り去る途中で、阿美と志茂のペアに会い、
葵が阿美に何か許可を取ると、阿美はニッコリして行ってらっしゃいのポーズをとるのが
見えて、葵はホテルのロビーから外に出た。

ちょっと意外なのは、これまで葵の行動には阿美が同行するのが当たり前だったのに
阿美は阿美で志茂に「さぁ、ドコに行こうかなぁ」なんて話しかけてるのである。

里穂達は不思議に思い、阿美を呼び止め、葵がどこに行ったかを聞いた。

「ん? 聞いた事くらいは無かったかな? 小樽は日向さんが幼少を過ごした地元なの」

あ、そーなんだ、ってカンジで納得しかけるも、でも今は弥生のトコロで
親はないようだし、何だかそう聞くと、地元は地元でもあの地元愛に溢れた
運転手の西谷さんとはまた違った、複雑な、とても複雑な郷愁がありそうだ。
「あ…」という感じでそれぞれがちょっと何かを察するようにした。

「そっか、それを避けるために日向さんはアナタ達に何も言わなかったのね、
 確かに西谷さんみたいなああいう地元愛とはちがうからねぇ…でも…
 日向さんはある意味それに決着を付けに行ったのよ、
 西谷さん言ってたじゃない、楽しい思い出もそうで無い思い出も、
 その痕跡すら無くなってしまうと空しい物だって」

「そんなに小樽では酷い目に遭ってたんですか?」

「ううん? 確かに育ったのは施設だけど、分け隔て無く育てられていたそうよ
 ただし、彼女の才能に気付き、それを理解し育てられる人が居なかっただけ、
 偶然出会った弥生が日向さんの一生の出会いで、あの子は何より弥生になったけど
 その前の子供時代の記憶だって、それはそれで振り返るべき物だって思ったんだと思う」

志茂はその糸目を更に緩めて付け加えた。

「そうなるよう仕向けた仕掛け人が阿美ではあるけどね、室蘭での西谷さんが
 物凄い後押しになってくれて、助かったね」

「そうそう、最初はワタシから「訪れてみてもいいんじゃない?」って
 説得するつもりだったのに、手間が省けちゃったw」

そう来ると里穂達が

「この旅ってケッコー先生や葵の為の物だったんだねー」

「サロベツ原野だけは許して〜、ワタシのいい思い出だから〜、
 でも、某番組風にキッツイ行程進んで「一回休み」のポイントとしては
 室蘭って場所は適切だったと思うんだけどぉ」

「まーねー、結構楽しめたのは間違いないから、まぁいいかー、じゃあ先生
 ウィングベイとかこの辺りグルグル回ってきまーす」

「ええ、行ってらっしゃい」

葵には葵の決着を付けるべき過去がある、誰もそれを邪魔してはならない。
みんな納得して、夕食時間までのそれぞれを過ごした。



葵は併設する小樽築港駅の高架を渡り、国道5号線を横切り若竹町という所の道路を
普通に走って行って左折・左折・やや右折、浄秀寺というお寺のある通りを進み、
真っ直ぐ葵は走った、そこは小樽市桜、と言う場所で桜一小学校という所がある、
そこを少し感慨深げに眺め歩きながら、札幌自動車道が高架になって居る下の道路をくぐり抜け
熊碓川(くまうすがわ)という小さな川に突き当たったら川沿いを少し歩き、
ある地点で左折して真っ直ぐ歩く。

葵が、小学校からは小学二年の終りまで通った道である。
「覚えて居るものだな」と葵は思った。
帰り道に見た「生きていない人達」はもう居ない、或いは別な場所にまた居たりするが
もう不安感も何もない、見ただけで「あの霊は大丈夫だ」と思えるくらいには葵も成長した。

今葵が居る辺りは昔明治三年頃から熊碓村として始まり、明治三十五年に周辺と合併し
朝里村に(朝里川温泉なんて言う物もありますな、その西隣です)そして
1940年小樽市と合併し、桜という地名は当時の幹線道路に植えられた八重桜から
1943年、桜町となり、現在は「桜」一〜五丁目という区分になって居る。

五町目はなだらかではあるが小高くなっていて、緑の多い場所であり、
そしてその緑の中道を少し進んだ所にそれはあった。
「桜希望ヶ丘児童養護施設」
その看板もちょっと風化の影響で古くなった他には建物はちょっと改修でもしたのか
少し自分の居た頃と変わっている部分がある。
西谷さんの通っていた中学校のように「跡地だけが残る何もない場所」という
強烈なノスタルジーには到底及ばないが、葵も五年ちょっとの年月を感じて施設を見た。

「あら! 葵ちゃんじゃないの! どうしたの?」

ミニワゴン車が数メートル先で駐車しながら、窓を開けて声を掛けてくる女性。
来た道からすぐ側まで車が迫ってたのに気付かなかったなんて…
ノスタルジーってこう言う事なのかなぁ、と思いつつ

「瀬谷先生…、お久しぶりです…あの…中学の修学旅行で小樽寄ったから…」

「いやー、もう五年? 立派な体に成っちゃって!」

ここに居た頃の葵は正に何もかも標準内と言う子だった。
日本人の血が四分の一のロシア系クォーターというだけで。
瀬谷 三ツ子(せや・みつこ)先生、葵の身に何が起きているか弥生の登場で判り、
葵のために弥生のトコロに引取って育てて貰った方がいいと推した人である。
年齢は…あれから五年、もう四十は過ぎているはずだ。

「先生、元気ですか?」

「ええ、もう、買い出しも何も変わらず、でも私よりよっぽど筋肉付いちゃったね!」

瀬谷先生はケラケラ笑った、そして

「十条さんからは時々連絡貰ってるんだけど、見てこれ」

ガラケー使いの彼女は葵の側に来て写真の数々を見せる。
ちゃんとフォルダー分けされ、葵が引取られた年から毎年、何度かメールで
弥生から葵の生育などについて報告が入るらしい。
でも、多くは例えばジャッキー・モリモリで美味しそうにハンバーグを頬張る様子
であるとか、幸せそうに食べていたり、体つきの変化があればその報告にちょっと
全身写るような感じで撮られていたり、割と最近の報告だと調理中の葵が写っている。

「弥生さんいつの間にこんな…シャッター音消してまで撮ってたんだ…」

「自分には料理が出来ないから貴女の作る料理が凄く美味しくて幸せだって
 初めて十条さん自身の感想が入ってたわ」

「うん、外食って馬鹿にならないから…で、ホントに弥生さん料理全然ダメで
 でもボク、美味しいって食べてくれるの嬉しいから全然平気っていうか…
 もっと腕を上げたいくらい」

「貴女がこんなにキラキラと光って生まれ変わるなんて、推して良かったわ
 やっぱり法律だとか身辺調査的な色々あるから、すっ飛ばした甲斐があった!」

「他の先生は…」

「今でも居る人は居るけれど、今日は非番だったり、後は結構入れ替わっちゃったね
 法律とか求められる技能とかも色々細かく変わってきたりするし、
 今入ってきてる人は、優秀だよ」

「そうかぁ…」

「それにしても、あんまりここでの思い出って貴女にとっては…こう言っちゃなんだけど
 良くない物だったりするんじゃ…?」

「ボク室蘭に行った時…運転手さんがそこ出身で…故郷の変わりように
 何か物凄く切なそうに見えたんだ、通ってた中学が跡地だけの空き地になって居るとか…
 思い出は、いい物であれ悪い物であれ…綺麗さっぱり無くなると
 やっぱりなんか空しいって、それ聞いたら、ボクもここで過ごした八年は
 確かに幸せで一杯とは言えなかったけれど、瀬谷先生とか、何とかボクに
 元気になって貰おうって頑張ってくれてた思い出とかも、ちょっとやるせないけど
 いい思い出なのかなって思って」

瀬谷先生は葵の肩を叩いて

「祓いの力なんて流石にどうしようもないからねぇ、貴女には窮屈な…というか
 自分の存在がどこか認められないって言う淋しさがあっただろうね、
 あれから…十条さん毎年ちょっとした寄付と共に「片鱗のある子は居ないか」
 って聞きに来るようになって、居るとなるとここまで来て見ていくように
 なってたんだよ、でも、葵ちゃんは知らなかったでしょ?」

知らなかった、葵は素直に驚いて頷いた。

「でも多くの場合は幼児期を過ぎたら消えてしまう物ばかりだって、
 多少育てる事は出来ても、本格的な祓い人としてはどうかな…ってカンジで
 それでもやる気のある子にはその子の宗教的資質を見極めて道内の…
 ちょっとだけそう言う力を持てるトコロへ転院させたりね、その費用も持ってくれて」

「そんな事してたんだ…弥生さん」

「「貴女という奇跡を見逃すことのないように」だってさ、貴女の事はもう褒める褒める。
 「かわいい」と「この子の体には神が宿っている」と「素晴らしい」は
 ほぼ毎度必ず出てくるの、実際は、結構凄惨な事件にも関わってるみたいだけど…
 うん、こうして元気な姿が見られれば先生はそれでもいいかなってやっぱり思う!」

ちょっとはにかみ気味だった葵はそこでやっと自然に笑顔になれた。
そして、買い出しの荷物を運び入れる手伝いの他、力仕事や幼児の面倒や
(卒院した時に撮った写真が今でも飾っており、目立つ葵は「写真の人だ」と言われる)
少し中身は変わった物の、新しく働いている人も瀬谷先生から聞いて居るのと
写真の効果でやはり「かわいい」連呼され、その赤い頬を更に赤らめさせたりもした。

「ここで夕食は…?」

「それは流石に学校行事優先かなって、友達も待ってるし」

「ん、それはそれでいい事だ、すくすく育ってね…と言うかもうかなり育ってるけれどw」

割と筋肉の目立つ、それでいて大きな胸も目立つ葵、ちょっと照れつつも

「でも若いうちから筋肉ばかり付けると背が伸びなくなるって言われて
 最近控えているんだ、やっぱりもう15cmくらいは身長欲しいし」

「なるなる、貴女なら、きっとなる!」

ポロポロ帰り始めた葵を知っている他の子も帰ってきたり、一時の再会を
噛みしめてから、葵はホテルへ戻る事にした。
みんなの見送りと共に。

自分はこう言う所に引取られて、幸せだったんだ、と思えるようになった。
葵はそれだけで満足だった。



ホテルに戻り、夕食の後、この旅最後のお風呂は大浴場、葵はその気のあるなしに関わらず
繰り広げられるセクハラ(というか筋肉触ったり胸触られたり)も逆にさわり返したり
楽しくふざけ合って、夜を迎え就寝し、朝が来ればラジオ体操、朝食と共にひと休憩したら
チェックアウト、午後三時くらいまで色んな見学や工房の職業体験など
やっと修学旅行らしい事をやって、夕方になって札幌に着いた。

みんなが解散して行く中、阿美が声を掛ける。

「どうだった?」

「うん、凄く幸せだった!」

葵の笑顔、阿美はハートを打ち抜かれつつ、

「良かった、アリバイ作りまで用意してそれらしくプレゼンしつつ企画煮詰めて良かったわ」

「有り難う、先生、本当に有り難う!」

葵が阿美に抱きついた。
昇天しそうな幸せにつつまれた後ろに倒れかかるが、志茂に支えられる。

「キミにとって人生が良い物であるように、みんなそう願っているよ」

志茂の言葉に、葵は満面の笑みで応え、志茂にもハートに矢が刺さるw
里穂達がそんな様子を端で眺めて「なんだかなw」と思いつつ

「葵、あたし新琴似、優は篠路で南澄は拓北で逆方向だけど、電車で帰ろうよ」

と、声を掛けてきた、これも今まで無かった事だ、葵は微笑んで

「うん、いいよ!」

と言って実は学園都市線・百合が原駅より太平駅の方が近いそこへ四人で
帰って行った、ハートを打ち抜かれた二人がそれを微笑ましく見送り、

「阿美はまだ仕事あるっけ」

「ユキもね、旅行の最後にクラスの子達から使って欲しいデータ受け取ったり
 してたでしょ、もう、また暫く大仕事ね」

「ま、そう言う職業だからねぇ…じゃあ、私は先に帰ってるよ…というか
 そこが仕事場だからこれから修羅に入るよって事なんだけど」

阿美は微笑んで

「なるべく早く帰るわ、教師も明日は休みだから、ご飯とかそう言うのはワタシやる
 手伝える事あったら言ってね」

二人はキスをして、阿美は校舎に、志茂はタクシーで一足先に二人の部屋へ戻った。
終わったけど、終わってない、大人達にとっては行事とはそう言う物である。



新琴似までの電車の中、里穂が語りかけてきた。

「ねぇ、最近さ…葵と一緒に居る事も増えたじゃん? 今回特に班一緒だし、
 室蘭じゃ大体そうだったし」

「うん、そうだねぇ」

里穂がちょっとそこで気になる事を言った。

「何かさ…ヘンな感じがするって言うか…あ、あたしと南澄と優ね、
 最近ホラ、合気道も始めたし…葵と一緒に居るからなのかな…
 朧気だけど「何か普通に見えない何かが居る」って感覚になる事があって…
 で、大体そう言う時三人とも同じ方向向くんだよね」

葵が眉を少しひそめ、

「ホント? でも確かに祓いの気の側に居たり、武道とかで心身鍛えると
 才能とかじゃなくてそういう事に開眼する事もあるって、弥生さんは言ってたから…」

「んじゃ、やっぱそういう事なのかなぁ」

「判らない、詳しい事は弥生さんに直接聞いて相談してくれた方がいいかも、
 今日直ぐ寝ちゃう?」

「ううん? 三人とも夜中近くまでは起きてると思うよ」

「夜中は失礼だから…じゃあ、なるべく早い内に弥生さんに話聞いて
 どうするか相談してみるよ、明日暇ならウチにおいでよ」

「いいの?」

「弥生さんが開いてたら、だけどね」

「ん、それとなく南澄と優にも伝えておくね」

電車が新琴似に着く、「それじゃあね」といって里穂と分かれた。
葵にもちょっと気になる所だけど、今のところ害と言うほどの物はないっぽい。
とりあえず、買い出しして夕飯作らないと、と葵は献立を考え始めた。
それもそれで、楽しい物思いであった。
自分に関わった人の多くが、幸せであるよう、なんとなく旅を振り返って思った。


「修学旅行編・葵の場合」 第四幕  閉


Case:Eleven 登場人物その2

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