L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:THIRTEEN - SideA & B -

第三幕

Side A



あやめから弥生に電話が掛かる頃、弥生の顔も厳しくなる。
地鳴りがして、大物が来る予感がビシビシ伝わってくる。

『今、魔階(フロア)が開きました!』

「OK、矢張り連動しているようだわ、あやめはそっちの漏れてくるかも知れない
 悪魔を誘導するか、言う事聞かなければ射殺なさい」

『そうですね…学校ほど広くないですもんね…判りました、ではご武運を祈ります!』

「私は勝つ」

電話が終り、懐の奥深くに携帯を仕舞った頃、辺り一帯の山地がひっくり返る勢いで
めくり上がり、そして主に日本の神話などに登場する系統の悪魔達もワラワラ
湧いてくる中、最後にそいつは現れた、規格外のでかさの八岐大蛇。

弥生はイツノメを抜き、先ず出雲衆に

「とりあえずミズチ集中して倒して! 蒲田さんも千駄ヶ谷さんもお願い!」

そこに居る悪魔は

妖鬼、コッパテング・モムノフ・オニ・カラステング・ヨモツイクサ
竜王、ノズチ・ミズチ・八岐大蛇(ボス)
鬼女、ダツエバ・ヨモツシコメ
地霊、スダマ
凶鳥、オンモラキ
妖獣、ギュウキ
魔獣、イヌガミ
外道、モウリョウ

それぞれがそれぞれと戦おうという時の弥生の言葉に、とりあえず
何か範囲攻撃がしたいのだな、と言う意図を汲んだ皆が弥生に近い位置に居る
それらを撃破して行くし、弥生も幾らか選んでイツノメに詞を込め斬って居るようだ。

そのうち、弥生が「ここだ」と思ったらしく、新たな詞を込め(天掛けし雷)と聞こえた。
魔物達のど真ん中に飛びかかり、ぐるっと一周すると、イツノメ自身が雷を
持ちつつ、それが辺りにも飛び散る。

ちなみにこの戦いの前にはそれぞれ「詞による防御・強化」は済んでいたため、
味方にはほぼ被害はない。

例えばダツエバ・ヨモツシコメ・イヌガミ、そして八岐大蛇は電撃が弱点である。
それ以外にもコッパテングやモムノフ、オニ、カラステング、ノズチ、スダマ、
オンモラキ、ギュウキ、モウリョウと言った者達はその一振りでもって
特に弱点では無いのだが威力の大きさに一気に祓われた。

いや、八岐大蛇に至ってはダメージは通ったようだがまだまだまだまだ足りないが…

今ので軍勢の1/3は減った。

「スダマの自爆特攻は特に特備の二人! 気を付けて!」

そして弥生は詞を込め直し、襲いかかる大蛇の炎をかいくぐり物凄いスピードで
頭を二つ、斜めに袈裟斬りをし、それらを踏み台にするように足で浄化成仏をしていった。

そして、弥生は大蛇だけを誘うように攻撃を繰り出しながら全体から下がって行く。

皆、八岐大蛇を一人でなど無謀だと思いつつ、取り巻きもかなり多い、
弥生が幾らか斬ったとは言え、まだそれぞれが十から二十体ほど居る
被害を広げないためにも、出雲衆はそれらを囲うように押さえるしかなかった。
特備二人には八咫烏がその本来の姿でヨモツイクサ、ミズチと言ったモノを相手に
戦っていた、それはどうも気流のチカラ…「衝撃」という属性のようだ。

『特備なる二人は牛鬼を打つべし!』

何となく、特備の二人に八咫烏・朝霞の声が聞こえる。
出雲衆もそれに続いて

「そうしてくれ!」

と言うので、二人は主に牛鬼を射撃で倒して行く。

出雲衆は流石それなりに手慣れているだけ在って、色々な属性を使い分け、
飛び詞もあり、動きも素早く着実に相手の弱点を突いた攻撃で取り巻きを減らしていった。
ペース的には、最初の弥生の一閃のお陰でペースはこっちのモノになりつつある…
油断は禁物だが…、さて、弥生は…

起伏のある斜面を縫ってこちらから離れつつ大蛇は火焔と氷結という二つの相反する
属性攻撃を使い、弥生を翻弄していた。
最初に頭二つ祓ったモノの、まだ残り六つ、一つ一つ着実に潰して行くしかない。

まだまだ弥生の動きには余裕があった。
相手がどんな攻撃を仕掛けてきてそれがどんな威力なのかを見極めているようでもあった。

そして、一瞬の隙を掴むと詞を込め直し頭を着実に一つ、また一つ、切り離して
浄化成仏させていった。
怒りに奮えた大蛇は地が割れんばかりの咆吼を上げ、その力が増したようだった…!

流石の弥生の表情にも陰りが見える、「また一から能力の計り直しだ…やれやれ」
彼女はそう呟き、相手の動きに対して少しでも先んじられるように少し間が出来た
瞬間だった、頭が直接襲いかかってくると反射的に逸らした体位置に丁度奴の尾が
襲いかかってくる!

弥生の体が大きくはじき飛ばされ、そこを狙ったかのように氷結範囲攻撃が襲いかかる!

弥生は飛ばされつつ、追加の詞でそれを防御するも、かなり強力な冷気…!
弥生は兎も角自分の体より、イツノメの結晶構造が変わらないように何より
気を付けて自らに少し氷結によるダメージを負った、体のあちこちが
瞬時の氷結と動きによりひび割れ、血が一気に流れる。

「十条さん!」

遠くでそれを見ていた御園が思わず叫ぶが、朝霞が叫ぶ

『気を散らしては為らぬ! 汝は汝の仕えし事に勤しむ也!』

弥生が地に倒れた所を追加攻撃と言わんばかりに頭の攻撃が来た時に、
弥生はここぞと敢えて大蛇側に向かって斜めに切りかかり、その雷属性に覆われた
刃でまた一つの頭を両断した!

「追撃食らわそうとするなんざ、百も承知さ…とはいえ、結構やるねぇ…
 流石神話の化け物だよ…!」

見ていると判るのだが、大蛇は火焔攻撃より氷結攻撃を選びやすかった。
火焔攻撃は彼にとっては何のダメージにもならないはずなのに、
余り進んで使おうとしなかった。

何故だ…?

弥生は考えつつも、余り飛び回る戦法は良くないと、木々を縫って地を走る戦法を選んだ。
それはそれで大蛇の氷結攻撃がより広範囲の威力になり、弥生も結構焦る。

「何だアイツ…戦いながらレベルアップしていってるような…
 厄介だな…どんどんワザが増えて強力になって行く…」

そんな時、大蛇が辺り一面に強烈な冷気を発した!
ヤバい…! 弥生はイツノメを守る事にほぼ注力し、体がほぼ凍りかけて
動きが鈍ってしまった時、「そこだ」と感づいた大蛇が凍った森林ごと
突っ込んできて体当たりを食らわせた!

「くうッ… !!」

流石の弥生も体の自由がほぼ利かず、倒れた木の下敷きになる。
先程の尾の攻撃と合わせ、流石に骨が幾らか逝かれる感覚、
そして肺にでも刺さったか血を吐く弥生。
イツノメから声がする

『わたくしの身は…ある程度わたくしでも守れます…!
 確かにわたくしの刀としての寿命は縮むかもしれません…でも…
 持ち手である貴女を私は失いたくない…!』

大蛇が迫ってくる、弥生は血を忌々しげに吐いてニヤリとして

「こう言う戦いは…私の真骨頂なんだよ…」

弥生は一瞬イツノメを手放し両手に詞を込めて握りしめ、直ぐにイツノメを手に取り
木を切り刻みながら脱出し、引くのかと思えば突っ込んでいって
相手の「まさか」「馬鹿な」を誘い、また一本の首を切り落とす。
息は荒いし、あちこち怪我はしているし、とてもじゃないが元気とは思えない状況なのに
弥生の目は爛々と輝いていた。

イツノメはその目に初代の面影を見た、彼女も、そういう無茶なようで着実に戦いを
自分のペースに持って行く人だった…
イツノメは初代八重を愛していた、そして、歴代もそれなりに心を通わせた、
今、六代目の弥生にはその全てを内包しつつ初代の面影が重なる。
愛している…この人を…愛している。

イツノメから治癒の力が流れ込んでくる。
それはイツノメがそう言う言葉や能力を使っているからでは無い、
弥生に対するキモチが形となって現れているのだ。

「さー二首になってもうちょっとでただのでかい蛇だねぇ、大蛇さん」



取り巻き退治は多少の負傷者が出たモノの、最後の一体を出雲の頭領が倒した。
皆肩で大きく息をしてちょっとの間息継ぎをする。
なんと言っても弥生が幾らか倒したと言っても百以上は居た悪魔を倒したのである。

無傷の者は居らず、御園も幾らか怪我をして満足に銃を撃てない中、
それでも耐えて攻撃していたし、それは千駄ヶ谷も同じであった。
一番怪我の激しかったのは出雲衆の数人であったが、それも矢張り払いの衆、
怪我人への治癒の詞やら動ける程度には回復し、皆で弥生の加勢に…と言った時に
朝霞が全員に割と高度な治癒魔法を使い、そして空高く飛んで弥生の方へ向かって行った。

出雲の頭領が呟く

「あれは…導きだ…行くぞ!」



首の一つがまた広範囲氷結攻撃を行ってきた!
弥生は多少のダメージは覚悟で瞬時に大蛇に迫り、イツノメを突き立てて
新たに詞を載せてVの字に切り裂く!
そして泣き別れたソイツの首を盾に残り一本の攻撃を躱しつつ、
距離を置くために足蹴で浄化成仏を行いまた睨み合いとなった。

そこへ、朝霞が飛んできて、自分のところへは来ず、在る方向を目指して飛んでいった

もう既に戦闘開始した場所から二キロ近く離れていたが、弥生は
相手を誘いつつ朝霞の向かう方向へ誘導した。

左手に見えるは八雲山、出雲大社も近い。

「まー申し訳ないけど、ちょっと焦らせちゃうかもね、御免なさいね出雲さん」

そこは奥谷と呼ばれる、先程来る時に通った山道もほど近い場所である。

八岐大蛇は…いやもう既にただの大蛇は弥生を物凄いスピードで追いかけ、
そして朝霞がコンクリートで人工の壁と思われる場所に留まった。

弥生がそれを見届け、イツノメに話しかける。

『貴女を少しだけ、乱暴に扱う事を許して』

『何を申しましょう、わたくしはある意味ただの武器…勝機を掴むためなら
 何だってありではありませんか』

『そうも行かないのだけど…この一回だけは…!』

走っていた弥生がため池に辿り着き、片足がそれに嵌まる。
大蛇の口の端がニヤリと笑った感じがしてここぞと範囲氷結攻撃を繰り出した。
その氷結の勢いを使い、弥生は丁寧に言葉をイツノメに込めてソイツの首元へそれを
投げ刺した!

弥生の左足は完全に溜め池と共に凍り、もはや大腿部までは凍っただろうその左足、
それ以外の部分もひび割れた皮膚からまた血が大量に流れる。

『我ヲ相手ニ良ク戦ッタ…シカシモウ次ハ無イゾ…クク…ハハハ』

その勝ち誇った大蛇に向かい、弥生がニヤリと笑い返した。
大蛇が驚く、

『コノ状況デ…気ガ狂ッタカ、貴様!』

「…アンタが火と氷両刀遣いなのに火を余り使わなかった理由がやっとわかったよ、
 氷の攻撃は確かに素早い相手を止めるのには有効だろうけど…
 そこに炎をぶつけるとアンタにとって不味いことが起る…それを避けるために
 アンタは途中から凍り一辺倒になった訳だわね…」

そして弥生は一気に冷たい目になり

「アンタの喉に今突き刺さってる刀はダメージとしちゃ大したことないだろうさ…
 だがね…私はそこに詞を載せていた、今アンタの体にしみ通っているそれは
 凍みに弱くし、更に私がこれから食らう凍みの威力をアンタにも背負って貰う為の…
 呪いに近い詞さ…さぁ…氷結攻撃をすればアンタは自滅する…
 後がないよ、なるべく強力な炎で私を一気に焼く賭けに出るかい?」

『今オ前ハ池ノ氷結ニ足ヲ取ラレ、ソノ足モ凍ッテイル状態…ソシテ
 ゴ自慢ノ刀ハ我ノ首元…考エルマデモナイ!』

大蛇の一撃は火で来る!
確信した弥生は全速で詞を二種込め、自分の左足が割れる痛みなど
意に介さぬと言うように雄叫びを上げ、炎の軽減と身体能力強化短時間短期決着向けを
唱えていて、炎の中八岐大蛇に迫り、首元のイツノメを引き抜きそして新たに詞を込める!

凍っていた周辺、そして溜め池は一気に蒸発し、そこら一帯が水蒸気にまみれる。

「木々を裂け! 空を斬れ! 霞の中を駆け抜けよ!」

弥生が大蛇の頭に乗り、そう叫ぶとそこへ物凄い落雷が落ちた。
勿論蒸気によっても分散され、広範囲に大蛇にダメージが及ぶ、
勿論弥生にも幾分ダメージが来るが一番上に居たことと、濡れていたことでそれは
大蛇の方へ大半の雷が走った。

愕然としつつ、絶えかける大蛇、そして弥生は

「魔界へ帰って暫くおねんねしてな…」

大蛇の頭から尾までを雷の詞を載せたイツノメで両断した!
そして左右に分かれつつある大蛇の死に行く体に、イツノメを地面に刺し、
両手に詞を込めてその泣き別れた一つ一つを浄化成仏させた。

そして、弥生はその場で大の字…おっと左足は大腿から砕けているのだから
字としては半端だが倒れた。

『八重様もいつもそうでした…無茶ばかりして…』

「はは…ゴメンね…でも…あの当時と今とでは色々違う事もある…」

朝霞が沼で半分煮立った弥生の足とちぎれた袴を持って来た。

『汝の在るべき場所に置けば良いのか』

「頼むわ、アリガト…」

弥生は詞を込め、先ず煮立った足を元の生の状態に近くし、
そして袴ごとそれをくっつけて痛みを堪えながら詞を染み渡らせる。
左足がぴくっと動いた、くっついたのだ。

『我(わ)、汝(な)の痛みを治す後押しを為す』

先刻も出雲衆などに使った中・高度な治癒魔法を弥生に施した。

凍ったひび割れからの血の滲みなどはほぼ治り、幾らか骨がやられたり、
足を継いだりした部分だけが痛みをして残る状態で弥生は起き上がり
イツノメを抱えながら

「ホラ…私は大丈夫…そういう風になって居るから」

泣きそうなイツノメの慈愛の心がまた弥生を充たす。

「それにしたって…朝霞…まぁ期待はしてたんだけどそもそも何でまた私の元に
 来ようと思った訳?」

『「魔界」と呼ばれしクニには物事を一つに決めるに多大な時と手間を掛け
 誰も彼もが腹に何かを抱えその中でも汝の住む街はかなり危うい…
 我、あるじより命を受け分霊として汝に寄りけり』

「フ…素戔嗚尊のヒーロー譚だしねぇ、八岐大蛇は…ホントは自分で
 倒したかったろうけど…っと…奴のシッポのあった辺りに何か剣の霊が…」

『おお…それこそは天羽々斬剣の魂…』

「草薙剣には負けちまったモノの素戔嗚尊の愛武器だね…出雲衆の誰かに
 須佐神社にでも奉納させよう…そうすりゃ…彼の手に戻るだろう」

そこへ、出雲衆は山から、特備二人は車で弥生の元までやって来た。

あれだけ美しかった衣装はボロボロ、あちこちに皮膚の裂けた跡、
何より左足に垣間見える未だ幾らか肉片の足りず出血した足。
弥生は出雲頭に天羽々斬剣の魂を差して

「これ…須佐神社に奉納してやって」

「御身を犠牲に形勢不利を装ってでもやり遂げるとは十条式と聞き及んでは
 居りましたが…想像以上の無茶苦茶さ…しかし敬服します…何でお人だ」

出雲の祓い衆頭がそれを受け取りつつ驚嘆している。
御園は思った、そうやっぱりダメージを負う覚悟の差が違うだけで
裕子も矢張り十条の祓い、そして弥生こそは十条の祓いを体現した
美しくも恐ろしく、知略に富みつつ無茶を厭わない天性の…そして
冷静さは失わない天才ギャンブラー…
格が違う、大きすぎるこの人は…御園は思いつつ、

「兎も角…病院に向かいましょう…このままでは多少の手術も必要かも知れません」

「はは…悪いわね…やっぱ八岐大蛇となると強かったわ…
 朝霞とかイツノメとかみんなが居なくて一人でやれって言われてたら
 間違いなく私はお陀仏だった、みんなが呉れた勝利よ…そう言っておく」

と言って、弥生は気絶した。

◆ Side B

「…これはかなり厄介な構造だわ…」

魔階に突入し裕子や葵がもう一度祓いの力の制御呪文を唱えてる横で
瑠奈が少し忌々しげに呟いた。
本郷がそんな瑠奈に

「どうした?」

「…階層その物はそんなに深くない…でも…そっちも見られるはずよ、
 …画面のここタッチして、全体像が見えるはず」

本郷がそうしてみると…広い…やたらと広い…

「最短突っ走るとかそう言うのはダメなのか?」

「ダメなのよ、多分両端にある部屋に特殊なスイッチがあって、それを押してから
 中央の階段が機能するパターンだわ…
 手慣れたバスターなら2:2で分かれて中央で集合とかそういう事も出来るけれど
 これではね…」

「めんどくせぇなぁ、確かに…」

「出現する悪魔は大半は動物に類するモノだと思う…これひょっとしたら
 ボスも多段ボス形式かもしれないわね…」

そこへ葵が

「多段ボスって?」

「三段階くらいにボスを倒しつつ進む形式よ…ああ、祓いの制御はできたようね、
 そこでもう一つ注意点があるわ、祓いの力の加減…出力のね…そればっかりは
 個人差が物を言うから…恐らくはかなりセーブして使わないとあっという間に
 祓いの力空っ穴になるわ、気を付けて」

「そこはボク一回経験してるから何となく…でもそうか、今回ドリンク類
 用意するの忘れちゃったね」

そこへ本郷が

「一応富士から言われて幾つか買ってはきてあるぞ」

瑠奈がそれをどれどれ? と見て。

「…びっくり、こう言うのも効くのね…まぁ、それに関してはこちらにも
 一応手段はあるから、とりあえず進みましょう…さぁ、アイリー、貴女の出番よ!」

瑠奈がメガネ型の端末を操作すると、そこからデジタルデータが具現化して
ピクシーが現れた。

「やほー♪ みんなヨロシクねっ」

全員が呆気にとられる。
彼らの経験上、ピクシーは最弱の部類の筈だからだ。

「うちの子をそんじょそこらのピクシーと同じとは思わない事ね」

そうして、瑠奈が何か月の力と思われるスキルを、アイリーと呼ばれたピクシーは
これは葵も体験したが、何か踊りのような動作で体現するスキルを何度か重ねた。

「これは魔法攻撃力を高め、魔法攻撃を緩和するあたしとアイリーの合わせ技
 残念だけど射撃には意味は為さないけれど、祓いの二人には効くはずよ、
 あと…これも使って…上手い具合の射撃の香もあったわ…」

渡されたそれぞれの香を焚くとそれは一呼吸のウチに消えてしまうが
自らの魔力や射撃力と言ったものにパワーの増幅を感じる。

「魔力の香は祓いの力にも影響するはず、射撃の香は言わずもがなね、効き目は三十分、
 さぁ、右か左か…時と場合によっては方向が意味を持つ場合もあるけれど
 多分こんな臨時魔階にはそんな物ないでしょう、好きな方角へ行くわよ」

と言いつつ瑠奈は颯爽と左へ歩いて行った。
訳の判らなさを感じつつ、全員がついて行く。

少し広くなった場所に悪魔が湧き現れる、出現方法は葵が以前体験した物と同じだ。
妖獣バイコーン、聖獣ユニコーン・ハクタク・キリン
という構成だった。

「…ふむ、馬尽くしなれどスレイプニルまでは居ないか…
 一応冠(通常の契約は出来ない)付きだけど多分通常強化版と言った所でしょう、アイリー」

「あいさー!」

アイリーと呼ばれるピクシーが何か詠唱を物凄いスピードで唱えると
桁違いの雷を纏い、そしてそれをその一団にある程度近づき放った。

COMP(ハンドヘルドコンピューター)を通して見るそれには
バイコーンとユニコーンに関しては電撃弱点、かなりのオーバーキル。
ハクタクとキリンは電撃に耐性がある物の、それを押しての一掃。

強い(確信)

瑠奈は振り返り、皆に

「うちの子はあたしが手塩に掛けて育てた特別な子なのよ、判った?」

頷くしかなかった。

「とはいえ、人間と契約した悪魔ってスキル枠が限られているの、
 うちの子は防御や回避、回復と行った所にもそれを回しているから
 攻撃らしい攻撃は今の電撃攻撃と、もう一つ精神相性攻撃である「投げキッス」
 しかない状態、だから、電撃が思うように使えない編成で敵が現れたら
 その時はアナタ達の出番よ、ヨロシクね」

「お…おう…」

本郷は答えた物の、今の攻撃に瑠奈は全く参戦していない。
そんなピクシーを育てるくらいなのだから、それなりの実力者なのだろう
ホントに俺出番来るの? と思いつつ、先を進む。

幾らか牛縛りゾーン、ケモノ縛りゾーンと言った所を越え、恐らくスイッチのあるであろう
広い部屋に到達すると、そこには大量の鳥族の悪魔達が湧く。
裕子は頭の中で記憶の限り

「ここは妖鳥・凶鳥で固められています、概ね衝撃属性か銃攻撃が有効です!」

「大正解、よく勉強してるわね、でも特殊冠付きグルルが居るのは戴けないわ…
 撃ち漏らしの処理をお願いね、あたしとアイリーは主にグルルだけを相手にする」

そして瑠奈が抜刀し、辺りに衝撃の走るような紫の波動を滾らせる、
禍々しくは無いが、とても無慈悲な力を裕子や葵は感じた。
その間にアイリーは「投げキッス」というスキルで瑠奈の回りの掃除をしつつ、
グルルをアイリーに引きつけた。

「さぁ、どのくらい効くか、試させて貰うわよ!」

瑠奈がその刀をグルルという中ボスって感じで他より大きくいかにも強そうなソイツに向かい
その紫の波動を発射する。
着弾点であるグルル諸共周囲の鳥類悪魔がそれに包まれ、近くに居た取り巻き共は
一瞬のうちに消え去った。
COMPから見る限りそんな物凄い攻撃でもグルルには1/5程のダメージにしかなって居ない。
そしてまだまだ取り巻きは居る!

本郷は拳銃で、裕子や葵は「衝撃」を意識し、難しいコントロールをしていた。
しかし、裕子は普段から威力の調整と言った修行も自らのカリキュラムに入れていたし
葵には天性の才能がある、裕子は基本「触れる祓い」だが、京都で出会った咲耶のように
「飛び詞」も意識して使い始めていた、余り距離は稼げないが、悪くない。

確かにまだまだ力をコントロールしきることは難しい、でも、ドリンク剤の他にも
瑠奈にも「手はある」と言われていたことで少し強気に二人ともそれぞれの
力を実験して実践を詰んでいた。

取り巻きが片付いた頃、グルルはまだ残っていた。
瑠奈のあの強烈な一撃は連続して使える物ではないらしく、アイリーの電撃も
耐性があるのかダメージが芳しくない(威力は凄いけれど特殊グルルの体力的には…)
そしてキッスは精神相性…無効にされるらしい、とはいえ、気になるのか
時々アイリーにターゲットを変えては直接攻撃や魔法攻撃を仕掛けるも
上手くカウンターされたり躱したりしている、
その間に瑠奈の時間稼ぎスキルと共に三段階在るらしいあの紫の属性のスキルを
使っていって居る、かなり押してるのは間違いない、ただ、
詠唱の最中に向こうが周囲を巻き込むようなスキルを唱えたとなると
瑠奈もアイリーも回避行動に移って思うように先に進めない

「グルル…確か射撃は弱点の筈、本郷さん、思い切り撃ってください!」

「おう!」

本郷が全弾撃ち尽くす感覚で撃ってみると、成る程ダメージの蓄積はされているし
それなりに減らせては居るようだが

「堅ぇなぁ、あいつ…」

「後は…破魔属性ですわね…破魔を詞で表すのは今のところ難しいので
 「聖」で代用です、葵クン、加勢に入りますよ!」

「おっけー!」

そんな時、グルルが禍々しい怨の念を発し始めた。
瑠奈の顔が曇る。
そしてそれは葵は知っていた!

「おねーさん! 守りの詞で僕らを守って!」

裕子もあの怨は不味いと思ったか、中距離に居る四人を覆う…が…!
本郷はその隙に弾込をして居たらしい、領域に入るのが遅れた!

グルルの怨の言葉が呪文となって荒れ狂う!
本郷はそれをモロに食らい…そしてどこからどう見ても力尽きた、死んだのだ。

「本郷さん!」

裕子と葵が声を揃え叫ぶと、瑠奈は冷静に

「アイリー、頼んだわね」

「あいあい!」

そして再びチャージできるようになったかあの大きな紫の波動を唱えつつ、

「貴女方も、戦いに集中なさい! 彼は大丈夫!」

葵はひるむも、裕子はその言葉を信じ聖の飛び詞でグルルを撃つ…!
しかしそれは躱され、裕子にその躱された衝撃が襲いかかり少し行動不能になる!
…しかし瑠奈はニヤリとした。

「食らって魔界へ帰りなさい」

巨大な紫の炸裂がグルルにヒットし、彼は消え去った。

死んだ本郷だが、COMPのお陰なのか、まだ意識というか魂は体に存在し
そこへアイリーがやってきて言う

「仲間からの蘇生を受け付ける」って項目がある筈だよ、そこにカーソルを合わせて」

本郷の魂がCOMPのそれをセットすると、本郷の体は光に包まれ、
何のダメージの痕跡も無く生き返った。

「本郷さん!」

駆け寄ってきたのは葵だった。

「本当に…何の不調もなく生き返っちまったよ…すげぇなおい」

アイリーが胸を張って

「これ持ってて使えるのなんてそうそういないんだよ!」

「ああ、くそ…臨死体験味わうなんてしかし中々イヤなモンだなぁ、おい」

瑠奈がその部屋の中央にあるスイッチを稼働させながら

「バスターはそういう事を繰り返して強くなってくのよ、アイリーのスキルは
 その最上位の物…ホントなら金払って「反魂香…ハンタマ」って呼んでるけど
 そう言う有料アイテムとかで経験値の低減防いだり、レベルアップし立てを狙って
 失う経験など無い状態でゾンビ復活…ああ、レベルアップした直後なら
 レベルまでは下がらないから普通にペナルティありでの蘇生しながら…
 そう言う世界なのよ、バスターの世界はね」

何て恐ろしい、玄蒼市の戦う人々というのはそういう生死の境で生きているのか…
なるほど、百合原瑠奈の険の深さも判る。

さて…、とスイッチを起動するとそれらしい光を放つそこを後にして
「田」の字を左右に引き延ばしたようなそれをショートカットでは無く、
上辺の通路に向かう瑠奈、何か彼女なりの考えがあるのだろうが、
このペースで大丈夫なのだろうか…


第三幕  閉


Case:Thirteen 登場人物その3

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