L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:THIRTEEN - SideA & B -

第四幕

Side B

途中戦いにも慣れてきて、増強香の効力が30分と言う事で瑠奈から皆にもう一度
それが支給される。
そして、瑠奈がそのメガネ型のCOMPで裕子や葵を見て、また何かデジタルデータを
具現化する、それはクレープだった。

「く、クレープ?」

葵が思わず聞き返すが

「いいから、食べなさい」

元々デジタルデータ、作りたてその物のような味わい、そんなスゴイ美味しい物じゃあ
ないけれど、裕子と葵もちょっとした腹の足しにはいいかなと食べた所…

「う…なにこれ…気力がみなぎる…!」

「本当ですわ…これが玄蒼市の技術なのですね」

「ええ…でも…効きが半端ね…流石に外の人で祓いの力は特殊と言う事で
 もう一枚ずつ食べるといいわ」

といってそのクレープを一つずつ渡して食べさせた。

「警部さんも一つ食べておいて、連射には気力も使う、アナタの場合ちょっと
 オーバースペックな物だけど、これしかなくてね」

と言って本郷にもそれをくわせる

「まぁ甘ぇモンは嫌いじゃあねぇし…」

「そしてもうすぐ行けば反対側の大部屋になる、いいわね? 正念場よ」

裕子は「はい!」と葵と本郷は「おう!」と声を上げ気合いを入れる。
瑠奈はフッと微笑み先へ進む。
ちょっとした表情の選び方や仕草に弥生が透けて見える。

「全然姿も何も違うのに…」

葵の呟きに、本郷も

「ああ、似てやがるなぁ…」

「でも残念なことに彼女には性に対する欲求が皆無と言っていいですわね…
 かなりプラトニックな方ですわ」

本郷がツッコミ気味に

「お前なんだよ、似てるなら彼女もいいかもとか思ってたのかよ」

裕子はニッコリして否定はせずに瑠奈の後をついて行く。

そして大部屋だ、何も出てこない。
裕子や葵、本郷は意表を突かれたが…瑠奈は冷静に

「戦闘態勢を取りなさい、と言って迂闊に攻撃するのでは無く先ず何が出現するかを
 見極めなさいね…多分これはスイッチを起動すると現れるタイプだわ」

と言って瑠奈が部屋のスイッチを押すとどこか遠くで何かの動いた音がする。
そして、その部屋に現れたのは取り巻きもナシ、一人の馬にまたがる黒い布を纏い
鎌を持った骸骨…

「ペイルライダーか…しかも…攻撃表示が出てこないと言う事は…」

瑠奈は呟きそして一歩前へ出てペイルライダーと呼ばれたその禍々しい存在に声を掛けた。

「彼方は何故ここに居るの?」

「ココニ居タ者達ハ我ガ既ニ片付ケタ…オ前ハ何ノ為ニココヘ来タノダ」

「この玄蒼市外に出来た異物的魔階を終わらせる為よ」

「オ前ハ外ニ出タイトハ思ワヌノカ、外ニ我々ノ力ヲ誇示シタイト思ワヌカ」

それに対して瑠奈は心底詰まらない、と言う表情で

「興味ないわね、この世の魔による災厄の殆ど全てを玄蒼市で担う代わりに
 外はある程度の平和が約束される…あたしはその為に働いている。
 貴方も属性自体はニュートラルでしょうに、ヘンな野望に取り憑かれちゃった?」

「均衡デアルカラコソ…コノ世界ハ…モット魔ニ対シ均等デナケレバナラナイ!
 オ前ノヨウナ人間ニハ判ラヌダロウ、今ノ状況ハ…魔ニトッテ大航海時代ノ
 幕開ケニモ等シイチャンスナノダ…!」

「成る程、均衡であるが故、世界中が玄蒼市的バランスでなければならないと…
 そう…では、貴方を排除しなければならないわね」

「愚カ者メ…身ノ程ヲ知ルガイイ…!」

戦闘開始である。
瑠奈やアイリーはもう一度全員に月の加護と妖精の加護を使い、叫ぶ

「コイツには万能以外ほぼダメージは通らないと思って!
 まー要するにいつものアナタ達の詞でいい!
 警部さんのも万能弾なんでしょ!
 相手のスキルや出方に気を付けじわりじわりと攻める他は無いわ!」

早速アイリーがあの強烈な電撃をお見舞いするも、確かに多少割り引かれている。

裕子は自らと葵と本郷に守りの詞と身体強化とを施しつつ、飛び詞で
ダメージを与えるも、COMP越しに見るそのダメージ、僅かだ。
少し多めに祓いの力を割き、空っぽになる事を厭わず大きく力を使うしかない!

こんな時、瑠奈とアイリーは絶妙のコンビネーションで
お互いがお互いの隙を埋め合っている、正にベストパートナー。

「余りいいダメージが通るとは思えないけれど…サキュバス…頼んだわよ!」

と言うと、メガネ型COMPから少しだけその手とアイリーが手を取り合って
強力な電撃を相手に食らわす…が、これも矢張り割り引かれる、
そして、アイリーがすかさず電撃をお見舞いしている隙に瑠奈はCOMPから
幾つか先程のクレープを出してきて、手の空いたアイリーに渡し
葵や裕子に多め、本郷にも渡し、瑠奈はその間に紫の波動の中でも一番初歩なのだろう
(ただしその為チャージ時間も短い)それを撃つ。

「全力で戦え」そう言うメッセージだと受け取った祓い人二人と本郷は
多少のセーブを解き、大技と速い動きで相手を翻弄した。

「オノレ…チョコマカトシブトイ奴ラメ…!」

「来るわ! 怨の呪文!」

瑠奈がそう言うと本当にその技を唱え出す、今度は本郷もちゃんと裕子の守りの
中に入りやり過ごす、

「生き返られるとは言えそう何度も何度も死んで堪るかよ!」

本郷の中々正確な射撃が相手を撃ち抜く、それは香の効果もあり、
確かに全弾撃つとそれなりのダメージの蓄積!

葵もクレープを咥えながら割と本気の殴りを食らわしていて、
裕子も同じようにクレープを口にしながらセーブの低い強めの祓いを当てていた。

「コレナラバ…ドウダ!」

ペイルライダーは何かしらの強化呪文を施した上、今度は冷却攻撃に出る、
かなりの広範囲!

裕子の守りの詞が染み渡っているとは言え、死にはしないまでもかなりの
氷結によるダメージ、しかも動く葵にとっては結構な痛手!
そこへまたアイリーが回復呪文を唱える。
ダメージの全てが癒える訳ではないが、我慢できる程度に軽減された!

瑠奈はペイルライダーへの攻撃を加えながら

「巷のSS級の仲魔になると結構こう言う細かいとこなおざりなのよね
 威力のブーストとか押す事ばかり考えてる…まぁ強力な回復アイテムや
 他のバスターに期待してるのかも知れないけどさ…そして確かに強いんだけど
 あたしはこう言う、多くの場合に対応出来る仲魔が好き、
 ちゃんと考えて動ける仲魔が好き、出来れば彼女ら彼らに対して
 備わった能力の強化版…人間が好きにいじくるのでは無く
 天然に近い状態での育成が大好き…だから…あたしは天辺にはなれない…だけれど…」

瑠奈のちょっと長い詠唱が始まる、アイリーがすかさず電撃攻撃で相手を
少しだけ牽制すると瑠奈がその爆発的万能魔法を投げつつ

「仲魔を「仲間」と思う心だけなら誰にも負けないつもりよ!」

その魔法が炸裂した瞬間に、葵の拳も裕子の飛び詞も本郷の一斉掃射も
集中してペイルライダーに食らわされた、そしてペイルライダーは果てた。

「愚カ者メ…」

「フン、何とでも言うがいいわ、人間と魔界側が話し合って下した決定に
 背くことはその両方に仇成す行為だと知りなさい」

ペイルライダーが朽ち行く所を見届けることなく、瑠奈は中央の道を歩く。
成る程、半公的悪魔探偵…その精神は確かに人間界と魔界両方に根ざした均衡の精神。

もう今までの流れからすると作業的にすら思える戦闘二度ほど繰り返し、
中央に着くと、そこに階段が在る。

「さ…まだ香の残りは十分ちょっとあるわね…ボスその2くらいまでは
 このまま突っ走るわよ」

本郷が弾を込めながら

「おう、どんどん行こうや、換えのカートリッジも二つ込め直しておいた…
 弥生から預かった弾は…あとワンカートリッジ分くらいだが…その時は
 お嬢ちゃんとかわいいと百合原ったっけか、アンタに頼むわ」

「OK、行きましょう」



階段を降りるとそこは長い通路であり、途中十字路になる物の、
その片方にまた魔界案内人みたいなのが居る。

「あれなんなの?」

葵が声を掛けると。

「人相手だろうと悪魔相手だろうと儲けられればそれでいい、
 そして魔階でも人間界…おっと、玄蒼市内のね…何処でも行く悪魔の商人集団
 別に害はないわ、彼らはあたし達に特に好意もなければ敵意もない
 なじみ客なら馴染み客なりの待遇はあるけれどね」

「へぇ…魔界もそれぞれなんだな」

「そう…あたしはそしてそんな…ある意味カオスな玄蒼市が好きなのよ
 仲魔や仲間と供に居られることが幸せなの」

その少し晴れやかな表情、彼女の紛う方なき本音なのだろう。
彼女の生きる道は修羅の道だが、仲間さえ居れば、仲魔さえ居れば
それだって喜びは見いだせる、まるで…祓いの人々のような価値観。

そして、大部屋その一、と言うのも奥に扉が見えるからだ。
今までの集大成とも言える特殊悪魔以外の全てがそこに居る。

「アイリー、釣ってきて」

「あいさー!」

アイリーが電撃の呪文を込め敵のまっただ中に飛び込んで行くと、
効率は二の次でとにかくその電撃を放った。
時にはその電撃を反射する奴も居るのだが、アイリーは電撃を
完全吸収するらしく、反射を意にも介さず、瑠奈の元へ戻ってくる。
大量のアイリーに釣られた敵と共に。

「アンタらなら…この程度でいいわね…」

中級万能範囲魔法を「ここぞ」というところでお見舞いし、
あれだけ一杯居た敵が釣られなかった端の方の奴らや、範囲外に残った奴だけになった。

「さぁ、後はみんなで行くわよ!」

瑠奈の号令で瑠奈は主に電撃を反射する奴を潰し、次のアイリーの一手を打ちやすくする、
そしてアイリーはアイリーで今度は「投げキッス」で相手の一体一体を
確実に仕留めて行く、耐性表示すら出ているのに、それを押して倒す威力…

裕子や葵はここでは力を今までのようにセーブし、確実に敵を仕留めて行き、
もし漏れてもそこは本郷が仕留めたり、逆に本郷が「二発だと少ないが三発だと多い」
みたいなのをワザと二発で止め、裕子か葵が何を言われずともそれにとどめを刺す、
こちらもかなりコンビネーションがいい。

あっという間に最初のボス部屋その一は終わった。

「さ、次よ」

間髪入れず瑠奈は次の扉を開く。

そこにはヤケにでかい妖獣軍団…
でかいガルム、でかいバイコーン、でかい牛鬼、でかい雷獣、
でかいヌエ、でかいモスマン、でかいカトブレパス、でかいフェンリル
そしてでかいトウコツ、獣族の小種族妖獣が全て出そろっていた。

「雷獣・ヌエ・カトブレパス、そしてトウコツ…この辺が厄介ね…」

と瑠奈は呟きつつ、先制攻撃とばかりに巨大な万能の炸裂魔法を主に
トウコツ中心にお見舞いする。

トウコツは一撃死し、側に居た雷獣までは倒せたが、他が範囲外!
本郷が冷静に

「えーと、ガルム辺りから潰すか、でかいからと言って基本レベルが低い悪魔だから
 まだ俺でも潰しやすいだろ」

と言ってカートリッジ内の半分近くをお見舞いすると、成る程かなり効いている
そこへ葵が中程度の力の絞りで一打食らわせると、ガルムは散った。

「次はどいつだ?」

と言うと、瑠奈が

「フェンリルにお願い!」

「OK、アイツ確か強いよな、残り弾全部ぶち込んでも…」

本郷は冷静に全弾撃ち、カートリッジを交換し、更に数発撃った頃、今度は
裕子の飛び詞で粉砕する。

アイリーは何とかみんなの被害が及ばない場所にモスマンとバイコーンを誘い出し
幾らか攻撃を食らうも速攻で立て直し、電撃技をお見舞いする、
バイコーンとモスマンが電撃弱点、イチコロだった。

残るは牛鬼・ヌエ・カトブレパス…
牛鬼が本郷へ突っ込んできた、牛鬼の弱点は「銃攻撃」それで潰そうと思ったのだろう。

そこへスッと間に入り込み、身体能力向上も手伝いその大きな牛鬼をその勢いのまま
裕子がひっくり返して投げ飛ばした。

「サンキューお嬢ちゃん」

カートリッジ内の数発を牛鬼の腹にお見舞いしつつ、葵のジャンプからの
祓いの籠もった拳で牛鬼も祓われる。

瑠奈はその頃、炎の魔法連続攻撃をヌエに食らわせていた。
単体初級魔法から、単体中級魔法、そして単体上級魔法というように。
ヌエも反撃を食らわせようと「放電」というスキルを食らわそうとするが、
瑠奈はそれを無効化した!

「1/2の賭に勝ったわ…さい先いいわね」

どう言うことだろうと思ったが、彼女の何か装備に施された「効果」で
半々の確立で食らうか無効化するかという効果なのだろう、
そして仕上げに範囲魔法火焔最上級の魔法でとどめを刺した。

「残るはカトブレパス…、弱点は銃攻撃及び衝撃!」

瑠奈が言うと、本郷はそのカートリッジに残る数発をお見舞いし、
衝撃の詞は投げても範囲も狭いことから、裕子も触れる形で最大のダメージを与え
葵は面倒だといつもの祓いの力(およそ万能)で殴りつつ、
瑠奈が仕上げに万能魔法単体を食らわせ、その部屋も終了した…

丁度そこで全員の香も切れる。

「よし…次で最後だと思うわ…覚悟して…相手の動きは今までの比じゃない
 あたしも下手したら一度は死ぬかもね、でも大丈夫、うちの子は大丈夫だから」

裕子がそこへ

「何故です? それを聞きませんとこちらも…」

「まず…相手は三つ首のケルベロス、しかも特別あつらえのね…いかにもボスって感じの
 大きさじゃあないの、でもやたらと早い…そしてケルベロスと言うからには
 炎攻撃がメイン…たまにあたしが撃ってたような万能属性最上級のも
 撃ってくるけれど…弱点は氷結…万能は普通にダメージが通るわ」

間を置いて「さてここからが本題」と瑠奈は言いつつ

「まぁそこでうちの子の固有の能力というかな…特定のアイテムを捧げて行くと
 個数に応じて能力が付与されていったりするのだけど…
 うちの子がそれで手に入れたスキル…それは90%炎吸収、
 例えのこり10%で食らってもうちの子は火焔属性にも耐性がある、
 万能範囲攻撃さえ躱せれば、うちの子が負ける要素はない」

「なるほど…」

「あと、それだけじゃあ何だから香を渡すけどもう二つずつ別のアイテムも渡すわ」

魔力を上げる香と射撃を上げる香の他に各人二つずつ、
何かまた別な香炉のような物を渡された。

「これなに?」

葵の質問に

「死んだ時にこの反魂香を使って生き返るとペナルティ無しで復活できる。
 二回分ね。
 慢心はしないで、出来るだけ紫の波動を感じたら躱すことだけを考えて」

本郷がそれを見つめぽつりと

「何年か前初めて玄蒼市について問い合わせた時、
 「ハードそうな街で俺には合わねぇなぁ」とは思ったが…
 死ぬ事もまた経験の一つって言うんじゃあしょうがねーな…死からの生還すら
 システムに組み込まれてるなんて、スゴイ世界だよ」

それを言うと、瑠奈が真剣に

「だからこそ、漏らしてはいけない、札幌を魔界化などさせてはいけないのよ、
 じゃあ、出来る準備は全部して、終り次第突入よ」

瑠奈の使命感、それは体制側に立って居るようで、先程の台詞からしても
「玄蒼市は玄蒼市、だからこそいいのだ」という地元愛のような物すら感じる。
どう考えてもハードモードな人生だと思うのに、瑠奈はそれを守ろうとしていた。

そして玄蒼市だけがそうあるが為に他の日本が基本的に祓いと霊や魔の戦いは
あったとしても「火消し」が出来る程度に収まっていることを守ろうとしていた。

それは正義とは少し違う、しかし彼女なりの均衡の精神であった。
そういう部分も、弥生に重なる、実に似たもの同士というか…
性には興味なさそうだけれど…そこが一番大きな違いだけれども…

さておき、全員が準備を進め、「あ、これもあった」とみんなに増強香に似た
ものを一つずつ配った、

「堅牢の香と言って…まぁ裕子の守りの詞に近い…敵の攻撃をその内容に関わらず半減する
 効果を持っているわ、結構それで助かる場面もあると思う」

瑠奈の言葉に有り難いと全員が使い、そして瑠奈が「行くわよ」と扉を開ける。

そこは…傷害物になりそうな物も何もない、そして広さはそこそこある部屋であった。
そしてその奥の中央近くに、ソイツは居た。

葵や裕子が見たライオンのような外見のケルベロスでは無い、
確かに神話上三つ首と言われているけれど、何か…こう、言い表す言葉も見付からない
生物的ではあるけれど「何っぽい」と形容不可能な三つ首のソイツ、
そして確かに言われた通り動きが物凄く速かった!

「!」

人間四人が散る中、アイリーがその突撃攻撃を吸収して受け止めていて、
しかも紫に光る波動もゼロ距離でひょいと躱し、また突撃攻撃をしようとすると、
それがふわりふわりと躱され無効化している、そしてそれほど広い範囲では無いが全体に
対する炎の輪を波のように繰り出す攻撃、時間差で相手に着弾するらしい攻撃
アイリーはその全てを吸収していた。
そして何度か繰り返される突撃攻撃にアイリーはカウンターで相手にダメージを与えた
その隙である、

瑠奈とアイリーが同時に万能破壊魔法最上級と、アイリーの強烈な電撃が
食らわされ、成る程、確かに効いている、ペイルライダーやグルルに対するより
もう少しよく効いている!

裕子も葵もいつでもクレープを食べられるようにしながら全力で葵は万能で、
裕子は氷結でそのケルベロスに飛びかかる!
…が、そこに炎の円範囲攻撃が繰り出され、二人は跳ね返されてしまった。

「くっそぉ! 動きだけじゃない、詠唱とかも早いぞコイツ!」

葵が大したダメージは受けていない様子だがむくれた感じに言った。

「そう、後勘の鋭い動きをすることもあるわ、気を抜かないで!」

瑠奈の言葉に頷きながら、葵も氷結の言葉を頭に浮かべ、
上からではなく思いきり低い姿勢から突っ込んで行き、裕子は別角度から
「飛び詞」に切り替えて攻撃を加える!

本郷が

「アイリーったっけ、アンタに壁になって欲しい、俺には幾ら何かの守りがあっても
 あんな炎食らってまともに動けるとは思えねぇ」

アイリーはニッコリ

「うん、いいよ♪」

動きの速いケルベロスに冷静に狙いを付け、全15発の装填の内の七発を打ち込んだ!
当然三つ首ケルベロスは狙いを本郷に乗り換えるが、
アイリーを信じて、向かってくるケルベロスの前足片方だけに七発、確かにお見舞いした!

ケルベロスの攻撃はアイリーが受け止めつつ、
葵がここぞと本郷の撃ったケルベロスの前足を殴り抜け、それは一気に氷結し砕け散る!

「四本足が三本足になったくらいじゃまだ結構動けると思うけど、
 本郷さん、伊達に三十三歳じゃないよね!」

「年はよけーだっつの! んでこないだ三十四になった!」

裕子が氷結の範囲言葉をお見舞いしながら

「言ってくださればパーティーくらい開きましたのに」

「三十四にもなってそんな恥ずかしい事出来るかー!」

瑠奈が可笑しそうに笑いを堪えつつ、最上級氷結範囲呪文、最上級単体氷結呪文、
そして紫の万能波動中級単体(万能魔法に初級はないらしい)、万能範囲中級などを
相手にぶつけ、どこか一カ所を狙うと言うよりは全体的に弱らせて行っていた。

そして裕子は、フッとクレープを食べながら思いついたか、
氷結の詞を相手の懐近くまで迫ってから地面に思いっきりそれを使った。
相手の使う範囲火焔を逆手に範囲氷結を地面ごと行い、ケルベロスの動きを
一時的に封じ込めようという感じだ。
そこへまた葵がスライディングのように飛び込んできて、ケルベロスが動こうと
炎の範囲スキルを使う事を覚悟しつつ勢いに任せ、炎に一瞬巻かれつつも
後ろ足の一つを砕いた!

これでもう、まともには動けないはず! …ところが相手もしぶとい
尾と首の一つを足代わりにしてまだまだやる気の構えだ。

「もうやめましょうよ、諦めなさいよ、ペースは完全にこっちの物だわ」

瑠奈はそう言いつつ、アイリーの電撃攻撃の直ぐ後に着弾するよう
最上級の万能範囲魔法を食らわせた。

ケルベロスはまだ生きているが、ふらふらだ。

「あー、富士も何かこんな感じだったって言ってたなぁ、美味しいとこゴメンな」

本郷の最後の一発が三つ首の真ん中の首の開いた口から脳天を貫く感じで撃ち抜いた。

ケルベロスを倒した…!
出口がその階層の真ん中に光として差す。

「思った以上にみんな良くやってくれたわ、有り難う、頼りになる人達ね」

瑠奈が微笑んだ、そう言う表情は安心感を与え、ちょっと魅力的にすら見えてしまう。
不思議な物で、美人かブスかならブス寄りの筈の彼女がとても輝いて見える。
顔自体は整っているからこそなのだろうが…
アイリーの広域回復呪文の後、

「さて…こちらに到着してから一時間と三十五分…みんな使わなかったアイテムごと
 COMP返して」

あ、そうかと全員その装備を外し、瑠奈に渡して、

「さ、帰りましょう、札幌へね」

そしてまた、クリアして元の世界に戻る時、あの魔界商売人の声が
「クリアおめでとう御座居ます、またの機会をお待ちしております…」
と響くのだった。

「やなこった…」

それを呟いたのは本郷だった。
元の動物センターに戻り、あやめからもCOMPを回収した。
瑠奈は驚いたというか半分呆れて

「何あなた脱走しそうな奴捕まえては交渉を先ずしたの?」

「いやぁ…一応そう言う機能があるからには使わないと損かなぁって
 あ、でも決裂した相手は撃ちましたよ」

「初期状態で六体契約できるんだけど未熟なケットシーと
 未熟なカーシーで満杯じゃないの…w
 ここの特備課って面白い人達ね、もし、玄蒼市外翻訳バスタースキルが
 幾らか整ったら絶対貴女達には講習受けてもらうわ」

本郷が

「ま、そーした方がこっちも弥生達と対等になりやすいだろうし、
 受けて立つぜ…ま、色々手助けがあったお陰もあっていい経験できたよ
 出来ればもう行きたくねーけどな」

瑠奈はフッと笑ってからしけたツラで

「さて…あと二十分でドコまでお土産が買えるか…」

特備と祓いの四人が声を上げて

「お土産?」

「ウチの家族から社員からフィミカ様から…檜上さんの上司の魔界の長官とか
 色んな人からあれ買ってこいこれ買ってこい言われててさ…」

葵と裕子が一歩前へ出て、裕子が代表して

「そのお買い物、手伝いますわ、品目を分けて海産物なら海産物というように
 お願いしますわ、分担すれば不可能では無いと思いますの」

「じゃあ…」

と、瑠奈は一人二万円ずつほど渡して

「裕子には魚介類、葵には野菜類山ほど、特備の二人は何かこう…北海道ならでは…
 とか札幌ならでは的な…ヨロシク、もうね…
 こう言う時にここぞと押しつけられるのよ、こう言う事…」

みんなでダイニに繰り出し、レジ待ち時間十分、袋詰め五分と逆算的に
時間を計算し慌ただしく買い物をする中、そういえば瑠奈はアイリーを
呼び出したまま肩に載せていた。

「大丈夫よ、よくできたお人形肩に載せたヘンなねーちゃんくらいにしか
 思われないでしょ」

と、至って冷静に、彼女は彼女で目に付いた物をアイリーと相談しながら買っていた。
どうも、アイリーが個人的に食べたいものを買うことに集中するようだ。

うーんこの人のピクシー愛…確かに本物かも…と全員思った。 



慌ただしく買い物も済ませ、それをことごとくデジタルデータとして
メガネ型COMPにしまい込み、おつりは受け取っておいて、と瑠奈は言い

「ま、ホラ、クリーニング代とか服を買い直すお金だと思って」

と言う感じで再びマンションの「渦巻く穴」の部分に立ち、

「ちなみにあたしの写真撮っても無駄よ、法則の違う街…世界からやってきた者の
 姿は記録されない、これは逆も一緒なの、だからあたしと会ってあたしと戦った事は
 ただの記憶、幻覚のような者だと思って…じゃあ、でも思ったより貴女達強くて
 助かったわ…これからも何か魔階や悪魔、魔法陣に関する質問があったら
 受けて立つわ、もうほぼ担当にされちゃったしね」

そう言って、壁の穴の中に入ろうとする瑠奈を本郷が呼び止め、
振り向いた瑠奈には四人が頭を下げていた。

「大変手厚く死なないように扱ってくれて助かった、あんた一人の方が
 早かったんじゃないの? って部分も多かったしな」

「まったくですわ、わたくし達に判りやすく、まるで問題と解き方、宿題を
 用意するように、わたくし達を導いてくれました、大変勉強になりました」

「悪魔と交渉するの、結構面白かったです…w でも、それすら命がけなんですよね
 改めて悪魔との共生について考えさせられました、あ、あとやっぱり
 魔階が開くことと魔の出現は連動しているようです、檜上さんって人にお伝えください」

「百合原さん! ボクの通ってる学校が「百合が原桜木中高等学校」っていうんだよ!
 多分そんなちょっとした縁だったんだろうけど、百合原さん、どことなく
 弥生さんに似てる、姿形じゃない、なにかこう…生き方とかが
 だからボク、けっこう百合原さんのこと好きかも!」

瑠奈は苦笑したように笑って

「じゃあ、その弥生の写真見せて、あたしの方もその写真を記録することは出来ない
 だけど目には焼き付けておくわ…」

葵がスマホを見せると、瑠奈は苦笑して

「こんな美人だったら、あたしもちょっとは人生変わってたのかもね…じゃ…
 またねとは言わない、二度と会わない方がお互いの為…とはいえ、魔階と
 魔の出現が連動している可能性濃厚となると残念ながらまた会うかもね…ま、
 問い合わせはいつでも待ってるから…」

と言って、彼女が壁の穴の中に入ると、その渦は消えてゆき、穴もなくなった。

彼女は帰還した、感慨に浸ろうとしたその時、全員のお腹が鳴る。

「腹減ったな」

「この辺ってコンビニかファストフードしかないんですよね…」

「夕方ならお魚食べる店開くけど」

「では…もう一度ダイニで買い出ししまして何か作りましょう」

「弥生の家か…ううむ…まぁ弥生本人が居ないから蜘蛛の巣感はやや薄いかな、うん」

「本郷さんもそんな事いつまでも気にしなくていいのに…w
 別に弥生さんの家だって依頼人その他で男性が出入りすることもあるんですから」

「ま、まぁ今日ので慣れておこう」

本郷以外の三人が微笑みつつ、葵と裕子が買い出しに出て、あやめが部屋の鍵を受け取り
咲きに部屋で待って居ようとエレベーターに乗った時だった。

「そういえば…弥生さんの方どうなったのかな」

と、部屋に着いてから確認しようと本郷を連れ、弥生の家に入った。


第四幕  閉


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