L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:THIRTEEN - SideA & B -

第五幕

Side A

弥生の携帯が鳴る、あっと思った御園だったが、緊急の用事だと…と思い思い
「携帯見ちゃいますけど、スミマセン」と小さく呟きながら携帯を開く。
それはあやめからの着信だった。
ん…何か祓いに関する事かな…と思いつつ、御園は携帯に出た。

『あ、弥生さん、そちらはどうですか?』

というあやめの声、御園はちょっと困ったかなと思いつつ、

「ええと、スミマセン、代理で私が…はい、蒲田御園です、お久しぶりです
 十条さんはですね…、今ちょっと手術中で…あ、と言っても
 治しきれなかった足の傷を縫うとかそう言う感じですから気にしないでください!」

『こちらの仕事は終わりました、…仕事はどうなったんですか?』

「勿論、弥生さんの勝利ですよ、祓うべき敵を目の前に戦略的以外に撤退はないと
 言っていた通りに相手を上手く誘導して…あ、これには朝霞さんも一役買いましたが…
 私と現地担当の特備二人、そして出雲の払いの衆六人で取り巻きを倒しつつ、
 弥生さんはその手伝いをしながら八岐大蛇を釣って挑発して…
 相手が何故その攻撃を選ぶのか、相手の狙いは何で、自分がどれほど
 舐められていてそれを利用できるか…十条祓いの真骨頂を見た気分です」

『そうですか…じゃあかなり無茶しちゃったんでしょうねぇ容易に想像付きますよ』

「何でも左足を大腿から下を完全に凍らされた時に大蛇を挑発し
 氷結攻めだったトドメに火焔を使わせ、自らの足を砕いてまで
 蒸気で満ちたその空間に強烈な雷を落とし、その上で斬り倒しました…
 その砕けて回収不可能だった左足の分を今手術で…」

『うわ…そこまで派手なの私も見たことないけど…スゴイ弥生さんらしい…
 じゃあ、命に別状はないんですね?』

「軽く凍傷に掛かったりとか、凍った皮膚を動かしたひび割れなどによる
 体各部の損傷もあるみたいなんですけど、こっちは祓いと刀の力で何とかなるとか」

『火消しはどんな感じです?』

「火消しが必要だった範囲は最後の決戦となった舞台の溜め池近くの山道を走ってた
 車のドライバーくらいですかね…? 今出雲の払い衆の何人かとこちらの担当の
 千駄ヶ谷さんで処理してます、私はとにかく十条さんの側に居ろと」

『裕子ちゃんと一緒に仕事のあと、弥生さんはどうでした?』

「正直最初はグラッと来ちゃいました…でも、あの人の出雲神社への参拝の所作や
 戦い振りを見ていると…とても住む所の違う人というか、私はまだ、あの人の
 補佐になれるほど強くないと痛感しましたね、もっと、人として強くならないと
 ダメだと思いました」

『立派ですねぇ…裕子ちゃんの話を聞く所によるとかなりハードにあちらこちら
 回っている様子なのに』

「そういう部分ではもう慣れました(苦笑) ただ、上には上が居るというか
 その上の物の考え方や行動までの速さ、選択から決断と誘導の見事な駆け引き
 やっぱり十条さんは格が違うなと…これは出雲の祓いの頭領さんも言ってましたね
 今まで鳥取県は出雲市付近のみ三家要らずで割と閉じた祓いの世界だったらしいんですが
 これを機に、東京の公安特備とも連携を組んで、三家とも交流を持とうと
 決められたようです」

『あの人って影響力強いですよね、本人は「いつも通り」なんでしょうけど…』

「そうですね…それも今回痛感しました。 何て目立つ…そして
 そう言う好奇の目を意にも介さず我が道を行き、そしてそれを見守る人に
 影響を与える…凄い人が居たものです…あ、手術終わったようなので、一旦切りますね」

◇ Side B

「何、弥生は病院だってか」

「はい、八岐大蛇を結果的に一人で倒したそうですよ」

「もはやバケモンだな、アイツも」

その間に買い出しの二人が帰ってきて、余計な事言うと二人が心配するのであやめは

「弥生さんの方も仕事終わって今後始末中だって」

裕子や葵の弥生を信頼しきった目が輝く、そして十条宅ではちょっと遅いお昼を始めた。

◆ Side A

弥生は気絶しても病院に担がれ手術を受けようと、そして今ベッドに寝かされていようと
イツノメを手放さなかった。

御園はその様子を物凄く真剣且つ「命を預ける武器だもん、大切だよね」と思って居た。
勿論それは間違いでは無いのだが、今野太刀イツノメの中ではもう燃え上がっていた(性的に)

初代と変わらないくらいにイツノメは弥生を愛してしまったのだった。
弥生もそれに応えた、とはいえ、弥生には弥生の愛人達も居る、初代には
そんな者は居なかった、あるいは野太刀の作成者の女性刀工くらいだったのだろう
そしてそれはイツノメが宿った頃には既に亡き人…

弥生は享楽的で色んな愛人も居るというのに、イツノメはそれを許せた。
それでもいいと思えた。
それも、弥生の魅力なのであろう。



もう流石に一年で最も日が長い時期でも夕陽の差す中、弥生の目が覚めた。

「あ、十条さん、目覚められましたか」

「ああ…蒲田さん…最後の最後で気絶とは私もまだまだだなぁ」

あれだけのことをやってのけたのにまだまだというのかこの人は…!
御園は愕然としつつ、あやめの仕事の方も午後二時頃には終わったこと
そしてここは出雲の「訳アリ病院」であることを告げた。

「じゃあ、今すぐ退院して帰る選択もありか」

「いえいえいえ、骨もまだ完全にはくっついていませんし、何しろ左足です
 まだまだ結構痛むはずだとお医者さんも言ってましたよ?」

弥生は試しに色々動かしてちょっと渋い表情(かお)をしつつ

「うーん、確かに…新橋は何て言ってる?」

「とりあえず羽田から十条さんが千歳に向かう便に搭乗するまでが今回の私の任務
 ということで…半分は弥生さん次第なんですが、お医者さんもせめて一日
 様子を見た方がいいと…」

「そっか…まぁ…っつ…確かにこの脚はもう少し詞を使わないとダメだわね…
 とはいえ、お腹が空いたわ…朝ご飯六時だしお昼も抜いてるし…
 食べないと詞もヘッタクレもないなあ」

「あーあの…近くに八雲蕎麦って言うお店があるらしいです、病院の方はもう
 晩ご飯の時間は過ぎていまして…杖でも貸して貰って外出します?
 そのくらいなら認められるかと…」

弥生の目がキラリンと光った、蕎麦…蕎麦と言えば天ぷら…そこだ、そこしかない!

「…白衣までは脱がせられなかったようだけれど…袴はどうしたの?」

「あ…だいぶんボロボロですよ…ここにあります」

弥生が半身を起こしながら、

「どれ…あ〜あ、白衣の方も襦袢も結構な痛みだなぁ、これは…」

「いつものスーツの方に着替えられます?」

「…いえ…ちょっと袴いい?」

御園が袴を渡すと、弥生の両の手に詞が載せられる。

そしてその両手を袴に触れてゆくと、それが新品の如くになってゆく。
まるで仕上げたてそのままって感じの…御園が驚く。

「服ってのは素材が何か判ってるとより修復が簡単なのよ、
 少なくとも代謝とか元素や分子構造の絡む人の体よりはよっぽどね」

「なるほど…でもそんな力使って大丈夫ですか?」

「確かに今気力も体力も尽き果てかけている…でも…蕎麦が…天丼が
 私を待っているのだと思うとチカラが湧くわ…!」

白衣なども順次「そんなダメージなどなかった」かのようにキレイになってゆく。

御園は微笑んだ、食べること、好きなんだなと。
そして地名としての八雲を冠されたそば屋なら間違いないという期待もあるのだろう
嬉々として服の修復を急いで居た、御園はそれならそれで

「じゃあ…外出許可はとってきますね」

「ええ、お願い」



弥生はいつものスーツに着替えることなく、巫女姿のまま…野太刀は背負い刀にして
流石に左足のダメージと、肋骨のダメージはまだかなり痛むので杖をついて
病院近くのそば屋に入店し(当然客も店主もそんな目立つ客にびっくりだが)
天丼大盛り、温蕎麦は具はシンプルめなもの、としてざるそばをそれぞれ頼み
至福の表情で平らげていた。

食べ方は決して汚くないのに気付くとかなり食が進んでいて、早い段階で
天丼のお代わりまでしていた。
御園は微笑ましくそれを見つつ自分のペースを守って天ぷらセットを頼んでいた。

ここでも食べ歩き人には、勢いよく啜っているようで汁が一滴も白衣には
飛んでいないことを驚く人も居た。

あんまりにも美味しそうに、且つ下品にならない程度に食べるものだから
何となく店内がほんわかムードになった事は特に記しておこう。

どう言う人なのか店の主人が聞いても「仕事で北海道からね」としか言わないので
何かドラマか映画の撮影なのかなと言う感じで背負い刀も小道具として
認識され妙な緊張感を生むことはなかった。

そば湯でざるそばの残りつけ汁を幸せそうに飲み干して、弥生はホントに満足そうに

「ふわ〜〜〜〜生き返った…やっぱりいいわねぇ、蕎麦と天ぷらは偉大な
 古人の改良品だわ…昼抜きって言うのもあったけど凄く美味しかった、
 蒲田さんも食べ終わってたみたいね、御免なさいね付き合わせちゃって。
 大将、お勘定ヨロシク、千駄ヶ谷さんにもいい店教えてくれた礼をしないと」

とても気分が良かった弥生はいいと言うのに御園の分まで勘定を払い、
そして来た時より元気な感じで店を後にした。

「そう言えば怪我をしているし、常連の千駄ヶ谷さんは公務員と言いつつ警察だって
 判ってるし…北海道から仕事って何なんだろう」

その時になって初めて店内がクエスチョンに包まれた。



「さて…今夜は大人しく寝るとして…明日のどこかでは札幌に帰りたいな」

病院までの道すがら、まだ杖は必要だがさっきよりはシャンと歩く弥生を見つつ

「ホントに明日の昼くらいには退院できそうな雰囲気ですね…、凄いなぁ
 とりあえず、明日朝辺りにもう一度経過をお医者さんに見て貰ってください
 私は今夜は出雲署の方で色々後片付けの件とか報告書に関する仕事もありますので
 そちらに詰めます、ええと…」

御園は弥生の携帯に赤外線通信機能があるか聞いて、自分の番号を送り

「そちらのタイミングで私に連絡をください」

「そっか、貴女はここから本番か、悪いわね、一人寝込んで」

「何言ってるんですか、大きな仕事の後にはこういう七面倒くさい仕事がある
 それをやるのが火消し係ですよ」

弥生はフッと笑って

「貴女も短期間に強くなったわね、きっといい特備になれるわ」

「はい、それを目指しています!」

病院の前で笑顔で二人は分かれつつ、弥生はとりあえず一日入院、
御園は出雲署で千駄ヶ谷と共に多少の事務仕事に追われてそれぞれの一日が終わる。
ちなみに朝霞は鳥かごと共に御園が預かることになった。
落ちないように工夫されて胸にぶら下がるペンダントは三つの勾玉、
大人しいので署内でもちょっとした人気者になって居た事をついでに記しておく。



次の日、朝九時半というところ、弥生が持っていった荷物のノートPCから
祓い人視点(と言うのも今回は単独で最後は戦ったため)での報告書を製作していて
(弥生の報告は相手のスペックや能力、攻撃の威力や損害の具合など結構客観的)
公安特備に送ってから、まず弥生は葵や裕子にはメールで、本郷には19時過ぎに戻る旨を
伝えてから、電話を御園に掛けた。
やや暫くコールが続く「ああ、寝てるんだな…」と思いつつそれでもコールを続けた。

『あ! はい、スミマセン、十条さん! 遅れまして…!』

「昨日は何時まで働いてたの?」

『午前四時頃だと思うんですが…』

「貴女は良く働いているわ、出張に次ぐ出張の上だからね、いえ、これから出雲署には
 行くのだけれど、千駄ヶ谷さんを貸して欲しくてね、折角出雲に来たんだし
 何かお土産買っていかないと…だから貴女は私が呼びに行くまでもう一眠りしていて
 そろそろ疲れも限界でしょう」

『そう言ってくれると…正直助かります、後は十条さん次第と言う事になっていますので…』

「まぁ昼過ぎまでは寝ていて頂戴、こっちから迎えに行くから」

『はい…、千駄ヶ谷さんは普通に業務中の筈です』

「ええ、それではお休み」

『スミマセン、ホントに』

「気にしないの」



出雲署に着き、千駄ヶ谷を呼び出し、お土産巡り(多少日持ちしない物も込み)を
敢行する弥生であった。
杖は一応ついている物の、それほど辛そうには見えなかった。

「しかしまた何で今日も巫女衣装でえにょばして…ああ、化粧までして…」

「化粧は仮面、決して裏を悟られないためのね」

「まだ結構痛みますか」

弥生はそれに応えず笑顔で

「では…貴方オススメの…どんな地味な物でもいいわ…気に入った物を教えて
 昼過ぎくらいまで回りましょう」

「まぁ、ご要望とあれば…」

弥生は方々を回り、「若草」「吉田青唐辛子・にんにく」「出雲だんだん蕎麦(大量に)」
酒を何種か結構大量に、日持ちが難しいようなスィーツ系統も買って
何か詞を施しているようだ、多分悪くならないようにする為の物だろう。

方々歩く弥生の目立つのなんのは今更言うまでも無いが、決めて買うまでの
速度が尋常でなく早かった、千駄ヶ谷さんのオススメもそれはそれで押さえつつ
お土産にどのくらい使うんだろうと言うくらい。

「こんなの持って、大丈夫ですか、物凄い重量ですよ」

千駄ヶ谷さんも呆れつつトランクにしまうのだが

「ま、移動や飛行機の中でまた少し多少調子も戻るでしょうし、
 いざとなれば詞で多少の無理はね、ああ、昨日の蕎麦、良かったわ。
 あんな美味しい店知ってるんだからと思って付き合わせたのだけど、御免なさいね」

「いえいえ…w、普段はあっちへこっちへ陳情伺いしてますんでね、どうしても
 食べ歩きの目利きは磨かれますよ、はっはっは」

そこで弥生はこれは室蘭での西谷さんにも同様だが「結構忙しいので
 高い頻度の連絡は控えて」と言いつつ名刺を渡し、交換する。

「十条さんも結構食べ歩きする方なんですねぇ」

「ええ、私料理全くダメなものでね」

「ありゃ、そうなんですか」

「殆どの才能を祓いに向けちゃったのよね」

「なるほど、そりゃお強いわけだ」

お昼は食べずに、御園を迎えに行き、署内でやっと弥生も巫女姿からいつものスーツに戻り、
野太刀も何もまたケースに収まりその間に御園にはシャワーでも浴びて貰って
スッキリしてから、最後に出雲空港までの道のりでオススメの店で三人で少し遅めの
昼食をとり、そしてJAL283便14時30分発羽田15時55分着で弥生と御園は先ず羽田へ。
羽田からは16時15分の便では忙しすぎるし、せめてコーヒーの一杯でも、と
17時の便に乗ることにして、空港のラウンジでちょっと二人でコーヒーと
ジュースでマッタリしていた時だった。

「突然の出張に応じて戴き有り難うございました、お陰で被害も何も最小限…
 札幌の方も無事、終結ですよ…お疲れ様でした」

その席にやって来て自分もコーヒーを頼んだのは新橋だった。
弥生がちょっと笑って

「なに? わざわざ見送り?」

「…と言いますかね…貴女の報告書、蒲田君の報告書両方鑑みてどうしても
 見えてこない部分がありまして」

御園が「え?」と思った、そうか、最後は一人で祓ったのだから弥生は弥生で
病院で報告書も作成していたのだ、この人は、本当に優しい人なんだなと思った。
弥生はうつむき目を伏せフッと笑って

「「個人的に八岐大蛇と戦ってどうでしたか」と言った所かしらね」

「ええ、流石に判ってますね、客観的分析は役に立ちます、ですが貴女個人の感想が
 聞きたくて出雲署の担当に何時の便でこちらに向かったか聞きましたよ」

「正直言うわね、一人だと相打ち覚悟だったかも知れない、或いは生き残っても
 何ヶ月も再起できない状態が続くか…だから今回は特備を始めとした
 出雲の払い衆…頭領だけは上級と言えるかな、三家方式だと。
 それと、この子…(八咫烏の朝霞)のお陰かな、罠まで導いてくれたからね」

「なるほど…やはり、貴女と言えど一人でアレはかなりの困難が予想されるという
 事ですね…参考になります」

「あとこれは…多分あの百合原瑠奈も指摘してると思うけど、悪魔の種類は同じでも
 ちょっと違った能力や強さで現れることもあると思うの、だから私見としては
 今回の奴に限った話ね、あれ以上の強さのが来られたら、もう一人では対処不能だわ」

「まだその魔階と他の地方での魔の出現に関連性が完全に認められた訳ではないようですが…
 なるほど…魔の出る土地柄や出来る魔階の強さなど色々な要素が絡む恐れもある、
 と言う見解で宜しいでしょうか」

「ええ…そんなデータ取れるほど起って欲しくないけれど、相手も札幌を
 狙ってくる以上、考えられない事では無いと思うの、後は…東京も
 かなり翻訳魔術関連の事件もあるのでしょう?
 そう言う意味では東京も結構不味いのかもね」

「まぁ…都市としては新しいですがね、明治神宮を始めとして…首塚とか例えそれが
 祟り神であろうとも、迂闊に東京全域を魔界化は出来ないでしょう、流石にそれは
 魔界側の過激派も理解していると思います、後は靖国も強い場所ですから」

「ふむ…都市丸々が危ないとなると矢張り札幌か…」

「特備と貴女で主催する祓いの芽を見つける活動や、科学的な違いがあるのかという
 山手医師の研究の方にもそれとなく協力はさせていただきます、
 それでも押されて押し返す事件は何度か起ることでしょう、
 どうか、札幌を…北海道を宜しくお願いします」

新橋が頭を下げると御園も慌てて頭を下げた。
そしてびっくりした、新橋警視正が頭を下げるなんて。

「大丈夫よ、私は一人じゃない、その意思も一つだけじゃあないのよ」

弥生は微笑んだ、裕子や葵と言った身内も、特備も、そして彼女なりの人脈も
その全てが彼女の力や意思を汲むだろう、そう言う弥生の信頼だった。
この人は…その全てを背負っているから強くもあるし、無茶だってするのだ…
御園はちょっと弥生という人物が見えてきた、自分も、次の弥生の出張では
指揮担当が出来るくらいまでには強くなりたいと願った。

飛行機の搭乗時間になり、それぞれが会計を済ませ、弥生は怪我をしていると言うのに
詞を使って無茶してでもそれを運んでいった。

「本当はあちこち痛むはずですよ、あの時もそうだった、彼女が上級になった時
 平気そうな顔をしながら何カ所も骨折や内臓破裂まで起こしていて
 それを何とか動ける程度にまで回復させつつそれでも平気な顔をして
 によしのでいつものメニューを食べて…変わりませんよ、彼女は」

新橋は御園にそう呟き、続けて

「でも心配そうな顔をしてはいけないんです、それは彼女の心を逆に弱くしてしまう。
 信じること、これが祓い人に対する特備である我々に最も必要なことです
 彼女がもし苦しみや、泣きたい時があれば、それはちゃんとそう言う人が居るでしょう
 我々の役目では無いのです」

「それがあの阿美さんって人なのかな…」

御園の何となくの呟きに新橋はちょっと優しげに微笑んで

「会った事がありますか? そうでしょうね、多分彼女こそが十条さんの
 弱い部分をストレートに見せられる唯一の人でしょうね
 それ以外の…特に仕事が絡むような人々には、彼女は絶対に弱みなど見せない
 信頼の向きもそれぞれあります、十条さんは、基本強い人でなければ
 ならないのですよ、屋台骨の役割ですからね」

「詰まり私は、信じて彼女が欲しているサポートを言われずとも見つけ
 手を回しておく…そういう強さが必要になるんですね」

「君なら成れます、私の人選には間違いはないと確信しています、信頼していますよ」

その新橋の言葉に、御園はお辞儀で応えた。

「必ず、なって見せます!」



千歳行きの便の中でも、着いて車に戻った時も、弥生は詞で身体の調子を整えたが
矢張りそんな急には全快にまでは至らない。
やれやれ…ま、左足はクラッチくらいだし…と思いつつ、軽く身体強化して一路札幌へ。

札幌インターチェンジから米里を通り市道を回って南七条米里通にでて、道道89号から
国道275→国道12号が続いているのでそれに乗ると札幌中央署前まで来るが、
駐車のために二つ前の三丁目で右折し、一条北を署に向かい、左折左折で駐車場に入る。

面倒だが、それが交通法規という物だ。

署に戻ると、特備係の他に葵と裕子もいた。
そうしてと言った訳では無いのだけれど、お土産の関係上先ずこっちに寄るだろう、
という本郷の読みが当たった訳だ。

「アナタにゃぁ適わないわ、読まれてしまう物ね、じゃあはい、一本のつもりだった
 けれど、二本上げるわ、お酒」

「おっいいねぇ、今日はつまみで一杯やるかな」

本郷がうっきうきになった所で、裕子が

「叔母様は矢張り、だいぶ無茶をなさったようですわね、見えますわよ、
 あちこちの痛みが…」

裕子は弥生に近寄り荷物を下ろさせ、「なかった事」の詞を染み渡らせる。

「あ、足の傷跡は残して」

「判りました」

裕子の施術が終わった所で葵が抱きつく、もう、流石に余り痛まない。
弥生は葵を撫でながら

「流石裕子の癒しは強いわ…みんなへのお土産…好きなの持っていって、
 あやめもワインくらい飲みなさいよ」

「いやー、私ワインとか優雅な人格してないですからねぇ」

「ワイン飲む国の人なんてワインなんて気取って飲むものじゃないわよ、気にしない
 蕎麦はオススメだわ、大量に買ってきたからみんな幾つかは持っていってね」

本郷はもうすっかり酒飲み気分で

「日本酒と蕎麦、いいねぇ、今日はこれで行くぜ」

「飲みすぎないでくださいね」

あやめの言葉に「判ってるよォ」と言いつつも今夜多分かなり飲むのだろう事は
予想に難くなかった。

そして葵がスケッチブックを弥生に渡す、

「向こうとこっちじゃ法則も違う世界だから写真は残せないって言ってたから」

開くとそれは百合原瑠奈の顔や姿、アイリーというピクシー、葵が目に焼き付けた
姿そのままに再現した物だった。
弥生はニヤリとして

「何コイツ、私より一個下とかそんな感じなのね、でもくぐった修羅が違うわ…
 美人じゃあないけれど…物凄い鋭いいい目をしている」

「一個下とか判る物なの?」

「葵クンのスケッチが物語ってる、生死の境を幾度となく繰り返した顔よ」

そこへ本郷が

「思った以上にハードすぎる世界だったぜ、俺も一回死んじまった」

弥生は苦笑気味に笑って

「死んだ事を特別な才能でも無くなかった事に出来るってだけでも狂った街だわ…」

「アイリーちゃんのは特別な呪文だって言ってましたけど、確かに生き返る手段は
 幾らかあるようでしたからねぇ…凄い世界ですよね」

あやめの言葉に裕子が

「今回は退けられました、また…何らかの形で挑戦・挑発は続くのかも知れません
 でも、わたくし達なら大丈夫、何かそんな気も致しましたわ」

弥生が満足そうに頷いた。

「さて…、裕子の「なかった事」のお陰でかなり良くなったけど、
 そろそろ帰ってマッタリしたいわ、葵クン、帰りましょう」

「うん!」

皆がお土産をそれぞれに解散する、ちなみに時間外の特備直通は本郷かあやめが
転送で受ける事になっているので、電気も消すし、部屋は閉められる。



ちなみに酒の大半は不在だったが竹之丸の所に「出雲土産」と言う札と共に
玄関に置かれ、残りのまだあるお土産は阿美の所まで行って分けて、
そして帰りにロワイヤルホストとかあの辺のファミレスで遅い夕食をして
朝霞を鳥舎に戻して帰宅、少しマッタリした後は葵と少し燃え上がって
その一晩を終えた、出張に関する事は、全て終わった。

◆ Extra Track

敵も「その程度」と言いつつ体制を立て直し、やり方も少し変えてくるだろう。
少しの間インターバルは在るはず…
暫くは弥生も普通の探偵仕事や軽い祓いの仕事を…特に祓いの仕事は
場所とタイミング如何によっては裕子や葵に任せたりして過ごした。

公費による第二弾、第三弾の祓いの芽を探す行事はまたも不発に終わったが、
裕子の友達三人、葵の友達三人+中里君・駒込君辺りは鍛えるに値したので
そちらの課外授業は続けられた。
特に裕子のクラスメートである光月は常建の見立て通り弓で良く才能を発揮し、
ほの赤い祓いの光を持って横に割れるはずの的を縦に割る、
弓の軌道を変えて隣の的に当てる、と言った才能をめきめきと発揮して行っていた。

蓬や丘野は普段の裕子のレッスンの範囲内で着実にまだ初級とは言えないが
少しずつ経験を積んでいってゆきつつ、丘野は竹之丸の家にも通い出していた。

里穂達三人+二は弥生の指導の下、そろそろ初級かなという位置まで来ていた。
ただし、その指導は厳しいので男子二人も鼻を伸ばすどころでなかった事は
特に付け加えておこうw もう、彼らにとって弥生は天上の師匠のような存在だった。

竹之丸の祓い人と一般人は何が違うかの科学的検査も弥生は協力し、
今あらゆる角度で、そしてなるべく簡単にそれが判るような「傾向」がないかを
研究中であった、全てが、順調に動いていた。



ある日、裕子の合気道やら祓いのレッスンやらでクタクタになっていた蓬は
迎えに来た市ヶ谷と共に余り大きく賑やかな大通りでは無く静かな道を走っていた。

その道すがら、経応寺というお寺の側を通る時であった。

「ん…」

蓬が反応し、後続車が居ない事を確認し、市ヶ谷は速度を緩め

「どうかしましたか、蓬さん(お嬢さん呼びはやめた)」

「あの…ちょっと降ろしてください」

「…? はい、夜間とは言え車や無灯火の自転車にはお気を付けください」

降りた蓬は墓地の方へ向かい、詞を発動させた。
ほんのり、裕子よりもっとほんのりとした薄青いほのかな光がその指先に灯り
市ヶ谷はびっくりしたが、なるほど、墓地で何かが起っているのだな、とは判った。
そして眉間にしわが寄る、彼女には危険だという直感のような匂いだ。

その墓地に居たのはどこからか流れて来た霊で、とりあえず成仏前に
一休みしていた霊達に対し、キリスト教風ではあるがおよそそれとはかけ離れた
口だけはいい事を言いながら自らを讃え崇めよ、と言う感じの説教をしていた。

『そんな物に騙されてはいけません! 彼の言っている事はムシの良い「救い」に
 見せかけた己の欲求を充たし、上の立場になって威張りたいだけの悪意です!』

蓬は霊会話でそれに割って入った。(霊会話なので市ヶ谷には判らない)

『「救い」など人それぞれに他なりません、いつそれが何時どんな形で
 訪れようと、人が向かうべきは神の元ではありません、もっと大きな…
 大自然の枠の中に戻る事です、そうしてまた生まれ変わる物です!
 神や仏はその道筋に過ぎません、神や仏は絶対であってはなら無い物です!
 自分の心を見失ってはいけません! 貴方達はもっと大きな物の一部なんです!』

霊園の霊達は概ね蓬の言葉を理解したが、神父の男の霊は逆上して
訳のわからない日本語では無い言葉で急に襲いかかってきた。
「あ…防御の言葉が…!」
蓬がしまったと思った時、そこへサイレンサーを付けた発砲と共に
強制浄化されるソイツ、その様子は特別な目がなくても見える。
振り向くと、それは矢張り市ヶ谷だった。

「蓬さん、やっぱりまだちょっと祓いは早いようですよ」

「市ヶ谷さん…貴方…見えるんですか?」

「いいえ、わたしには見えません、でも蓬さんの動きと、
 そしてこりゃ褒められた事じゃないですがね…二十何年それなりこう言う世界で
 調停役のような事やってると判る物なんですよ」

市ヶ谷は車を降り、薬莢を拾いつつ

「突然火が点いたように荒れ狂うゲスの臭いって奴がね
 それにしても…姐さんの弾ホントに効くなぁ…」

蓬は市ヶ谷に駆け寄り抱きつきながら

「有り難うございます! 私、関内に生まれて…後~会の人達に囲まれて幸せです」

余り市ヶ谷は女性の扱いその物には慣れていない+それは組長の娘と言う事で
ちょっと手が泳ぐが、肩に手を振れ、引き離しながら。

「そりゃ、嬉しいんですが、まぁでもあんまり感心できた事でもないんで
 こう言うモン(銃)扱うようなところにだけは余り首突っ込まないでくださいよ、
 蓬さんには蓬さんの立ち位置がある筈ですから」

「はい!」

そうして、二人を乗せた車は走り去ってゆく、
祓われた霊のくすぶる破片から、何かが生まれようとしていた事までは
まだ蓬には判らない事だった。


第五幕  閉


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