L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Nineteen

第三幕


十二階で学生組が合流し、話を続ける。

「蓬の力で底上げがあったって言うことはさ、成長の余地があるって事だろ?
 今は弥生さんが主な師匠らしいから青が基準だけどさ、
 そのまま青系統で行けそうなのが優ったっけか、あんたで…
 里穂と南澄の二人は四條院系列で緑かな、子に力の使い方教えて貰うといいよ」

合流した子が驚きつつ

「え、でも私飛び詞が苦手で」

「そうじゃない、得手不得手なんて誰にでもあるさ、そうじゃなくてさ
 詞を唱えてどこからどんな感じでその効果を持ってくるかって言う、感覚的なところ
 十条と四條院じゃそこが決定的に違うからな」

「なるほど…それなら…」

中里君と駒込君が「俺達は?」と来ると

「そこが難しいんだよな、俺と同じ天野系か、或いは…出雲系のカンジもある
 出雲って俺には良く判らなくてさ…咲耶どうだ?」

「んー…、十条と四條院ん違いん他に詞組と体術組ん違いもありそやから…
 全員ん系統から合った力ん使い方を探すとええんやないかな」

常建が続けて

「それに、男子二人はどっちかって言うと祓いって言うよりは体術を重きに置いてるようだし
 あまり祓いのことは気にしないで先ずは武術に打ち込んでもいいと思うよ」

裕子はそれを満足げに聞いていた、この二人はいい指導者になる、きっと、京都は安泰だろう
その願いを托した御奈加の思いも噛みしめて、裕子は満足だった。

「裕子は何かあるか?」

虚を突かれた裕子だが

「え、ああ…申し訳御座いません、もう出尽くしているかと」

「ほうかなぁ、裕子はんなら何や言えそなことありそやけど」

「わたくしの師匠は叔母様…見える範囲もやはり十条領分が多めですからねぇ」

八千代の癖の移った裕子が言うと

「今お前何か思ってただろ、何だよ?」

癖が移るというのも善し悪しだ、相手に自分を見透かされる隙でもあるな、と裕子は思いつつ

「いえいえ、常建さんが光月さんの力を見た時も思ったのですが、指導者向きだなと」

それが御奈加の願いだという根底は隠して半分だけ言った。
まだ、偉大な姉の期待を一身に背負っているのだというのは重圧だろうと思ったからだ。

「そうか? 裕子も結構向いてると思うんだけどな」

「そや、実際わいら指導されたとも言えるし」

「でもわたくしには誰にどんな武器や戦い方が向いているかは中々見えませんよ
 お二人の場合はお二人の力量や戦い方から判りましたけれど」

「ほうか、それもほうかなぁ」

「まぁいいさ、どこかの名を受け継いでいるのなら俺も一応看板の一翼を担うわけで
 容赦なくああしろこうしろ言うけど、子だって傍系って言うだけで
 もはや四條院じゃない訳だから、俺や咲耶が如何しろこうしろとまでは言わないよ
 弥生さんが子の弟に敢えて好きにさせるというなら、俺もがっつかないと決めた」

「中級以上になってくれたらうれしーってゆーんはある、やて、
 例え初級やて弥生はんが今日やっとったことと逆に、
 昇華出来はる方を昇華に導くやけやて、弥生はんにしいやみたら随分楽になると思うよ」

里穂がそれに

「それ、弥生さんも言っていたな…」

裕子がそこへ

「今日叔母様は海に範囲で力を使う時には大体二度…昇華から浄化という二段構えでした、
 昇華を受け持って戴けるようになるだけで、叔母様の手順が一つ省けます」

優が目から鱗のように

「そうか…、そうだね! 自分が立派になることも大事だけど、身の程の範囲でってそういう
 支え方も出来るんだね」

「そうだよ、だから、上を見ることは大事だけど、無理に背伸びすることもない」

常建の言葉に深く納得が行く空気に纏まった。



学生組が弥生の家に入ると、丁度弥生や葵で飲み物を提供し、少し纏まった話になるだろうからと
今のうちに済ませられる用事を済ませるように、と言う流れになっていた。

コーヒー豆を大量に挽いている弥生が一行に気付き

「ほれ、少年少女達も済ませられることは済ませなさい、映画みたいにちょっと席を立つなんて
 勿体なくて出来ないわよ!」

一緒に台所で飲み物や軽く食べる物を用意している葵が

「弥生さん、そろそろ奈良の方に連絡しないとじゃない? 場所は居間でいいの?」

「むぅ、海でのハプニングで多少押し気味だわね、今回都合付くなら本家にも連絡入れたいし」

バタバタし始める中、裕子がさり気なく準備の手伝いに入りつつ、

「常建さんと咲耶さんは京都のそれぞれの方には?」

「ん、それもそーだな…でも手伝いが必要ならそっち優先するけど」

「大丈夫ですよ、里穂さん達にお願いしますw」

あ、そうか、と中学生組が動き出す。

常建と咲耶がそれぞれの家に都合を付ける間に居間のスペース調整に蓬と光月が、
丘野が弥生からコーヒー係を受け継ぎつつ、弥生が奈良と、十条本家へ。

「そう言えば今回は警視正殿はどんなもんかねぇ」

その様子に本郷も携帯を手に取り連絡するも、留守電になっており、本郷は要件のみ
短く伝えて携帯を閉じる。

「居ませんでしたか?」

あやめもスペース作りを手伝いつつ本郷に聞くと

「出やがりませんなぁ、なんぞ会議中かねぇ」

「まぁ公安特備のトップですからねぇ」

「いやホント、過剰な出世は命を縮めそうだぜ…」

と言った時、あやめのスマホの方に着信が、

「およよ…? 凜ちゃんから? 電話変えたって連絡以来何も無かったのに」

その言葉に弥生が反応した

「凜? 今凜って言った? ああ、取り敢えず出てくださる?」

「え? あ、ハイ…もしもし? どうしたの凜ちゃん」

と、やりとりするあやめがハテナマークを飛ばしながらそれをスピーカーホンに変える。

『動画見ましたよ! やっぱりカッコイイですねぇ、爆乳スーツかっこかめいさん!』

「やはり、瑠奈から担当が変わった事とその名前は聞いていたけど、あやめの従姉妹って子か」

「えっ、ちょっと待ってください、私には何のことだかさっぱり…」

『いやー、私、製作会社辞めて国土交通省の特殊地域課になったんだよねぇ』

あやめの物凄い驚きの声が部屋に響き渡る。
110デシベルは超えていただろう、120に達していたかも。

「だって、あんなになりたかった映像の現場を…なんで? どうして?」

『うーん、巡り合わせだねぇ…私、玄蒼市に迷い込む事件に遭遇してさぁ
 向こうの事情だけでもお腹いっぱいなのに祓いって言うのも知って
 そしたら札幌の祓いが「十条」って言って…あやめちゃんも何か濁してたし
 ああ、これかなぁと…で、朱に交わって朱くなるのもいいかなぁって』

弥生がそこに

「やっぱり鋭い、侮れない子だわ…、朱に交わってくれて良かった」



『まぁそういう訳でさぁ、こっちで今昔ながらの何キロバイトみたいなやりとりではなくて
 それなりの容量抱えたデータのやりとりもちゃんとそこそこ出来るようにって会議をね、
 公安の偉い人とかも来ている訳、で、私の苗字からひょっとしてと思ったんだろうね、
 あやめちゃんに連絡してみてくれって』

本郷が

「なるほど、そー言う会議か、警視正殿も相変わらず侮れないなぁ」

そこにあやめが混乱しつつ

「で、でも別にそれ凜ちゃんじゃなくても…」

『ダメさ、知ってしまった以上ナイナイされて何事もなく生き続ける事は選べなかったw
 まぁ今後やりとりするデータには映像も含まれているし、私もデスクだけでなく
 現地で映像も撮ってみる試みなんかも…これは弥生さんから警視正伝手で
 こっちに話来て丁度私がそういう畑だからって事でねw』

「そう言う意味じゃ、なんか…うわぁ、こう言う事ってあるのかなぁ」

『だってなったんだもの、これででももうあやめちゃん一人で抱えなくていい悩みになったね』

「四月中程に事件に遭って、七月には省入りしてたらしいじゃないの、
 試用期間過ぎて連絡とか中々義理堅いというか」

弥生の言葉に

『いやぁ、やっぱり弥生さんも鋭い人で…w』

弥生はあやめに苦笑交じりに微笑みかけ

「いい従姉妹じゃあないの」

「は…はぁ…でも凜ちゃんその事件って…」

『お盆の頃にでもまたそっち行くよw その時にでもね』

「恐らく百合原 瑠奈と関わったんだわ、あの女が絡んでややこしい事件にならぬはずもなし、
 結構な修羅場経験したんでしょうねぇ」

『そうなんですよ…もう一度あの事件に遭遇したいかと言われればNoなんですけど、
 そういう世界と普通の世界を繋ぐ役目にはなりたいなって思ったモノですから、心から』

「あやめの肉親というか近親なら素質あると思うわ、まぁ、瑠奈に宜しく」

『「あの女、あの女」ってちょくちょく聞きましたよw
 と言う訳でね、あやめちゃん、要件は何かな?』

放心状態に近いあやめだが、要件と言われてそうだ、と思い出し

「ああ…話は聞いていたかな…「朗読」について」

『あ〜、判んないな…新橋さんは流石に今は抜け出せそうにないけど、他誰か知ってそうな人は?』

「そういう大事な要件なら…きっと蒲田巡査部長も来ているはず、彼女は抜け出せそうかな?」

『はいはい、あちらも結構な爆乳スーツの人ですねぇ〜ちょっと待って』

待つ間にあやめがなんか「いいのかな」という表情をしている。
弥生がそれを読み取り、コーヒーを飲みながら

「…彼女には彼女の人生があって、彼女の巡り合わせと思いでこうなったんだから、
 あやめが気にすることじゃあないわ」

「そうなんですけど…凄いなぁ…直接こっちじゃなくて一番遠そうな所から縁が来るなんて」

「向こうは向こうで綱引きが大変みたいだからね、どう言う思惑かは判らないけれど、
 それに貴女の従姉妹が巻き込まれついでに飛び込んだと…成る程貴女の評した通りど根性って感じだわ」

「ええ、それはもう折り紙付きで…」

『富士警部補? 蒲田です』

「あ、どうも蒲田巡査部長、要件は「初代稜威雌所有者十条八重の朗読」なんですけど
 会議中では無理でしょうかねぇ」

『ちょ…ちょっと待ってください!』

御園が凜にスマホを返しつつ慌てて会議室に戻る音が聞こえる

『それってどういうこと?』

凜が質問してくると弥生が

「動画って新宿のよね、それなら話は早いわ、私が持っていた刀の名よ、稜威雌は
 この刀、七百数十年の来歴があってね、その間に所有者が六人、私で六代目、
 そしてちょっと特殊な祓いの力を持つ子が居てね、彼女がその資料の原本から
 朗読されたモノは書かれて居ない当時の状況やら何やらが全部記憶として
 浮き彫りにされるのよ、そのお陰で完遂出来た仕事もあってね、
 それに祓いには重要な情報源であると共に関係者には「祓いがなんであるか」というのを
 一人称で追体験出来る…、そういう「朗読」なのよね」

『凄いですね』

「ええ、凄いわ、私や奈良の二人ですら凄いと思うんだからこれはもうホントに凄いわ」

そこへ丘野が恥ずかしそうに

「いえ、でもあの、祓いとしては…!」

弥生が苦笑しつつ

「貴女なりの貢献という意味で最大の貢献よ、誰もが異論ないと思うわ」

朗読を聞いたことのある全員が強く頷く。
丘野は嬉しいような、でもやっぱりそれはプレッシャーというような。
そして御園が電話に戻り

『あの、私と富士さんは別室で聞いていいと言うことです…それでですね
 その朗読、録音して公安に送ってみて欲しいという警視正からの指示なんですが』

そこへ本郷が

「成る程なぁ、リアルタイムでなくてもそれは効果あるのか…例えないのだとしても
 話としては伝わるわけだから、損は無いわな、二度読むよりいい」

弥生もウンと頷き

「わかった、音響は私が担当するわ」

「なんだかどんどん大事に…」

丘野が緊張MAXでこわばると、竹之丸が丘野の肩を抱えながら

「まーまー、いつも通り読めばいいのよ、観客はカボチャだと思えばいいのよ」

「いやそんな…」

そこへ弥生の携帯から

『私達のことは気にしないでくれ、漏れ聞こえるのを勝手に聞くだけなんだから』

御奈加だ、常建が

「ねーちゃんか、動画見たよ、やっぱすげぇよ、ねーちゃんはさ」

『お前も祓いの目は習得したって聞いたぞ? 大したモンじゃないか』

「俺はあの座頭市みたいな刀捌きだけじゃあんな魔神の攻撃受けらんねぇよ」

『はははw でもまぁあんたにはあんたのやり方があるのさ、そうだろ?』

「まぁ、そーだが」

『咲耶、常建のこと宜しく頼むわ』

「おい、ねーちゃん!」

自分たちの前では結構な先輩格だった常建も姉の前では形無し、
少し頬も緩むが、動画を見た限り弥生を始めとして奈良組の二人も確かに天上の人。

そこへ弥生が纏めに入り

「さて、本家は流石に当主が寝るって言うならどうしようもないし、
 録音が効くならそっちを送るとしましょうか、では、各所準備宜し?」

『奈良OK』

「京都天野良し」

「京都四條院もよろしおす」

『公安特備と国土交通省特殊地域課玄蒼市担当いいですよー!』

弥生は頷きながら椅子の一つに片足を掛けて座り、稜威雌を抱え込んだ。

「よし、じゃあ丘野、自分の呼吸でいいわ、好きなタイミングで宜しくね」

弥生の言葉に丘野はガチガチになって

「引き延ばせば引き延ばすほど動けなくなりますよ…では読みますね」

そして語り始められる「そもそも」の始まり。
それは鎌倉時代のお話。


第三幕  閉


戻る   第一幕へ   第二幕へ   Case:Twentyへ進む