Sorenante JoJo? PartOne "Ordinary World"

Episode:Seven

第二幕 開き

「ゲームってなどー言うことだよッ! おい! ジョーン!?」

ウインストンが荒れ始めたわね、ああ、ルナよ。
あたしにもどういうことかは見えてきたわ…

「ゲームと言う言葉を「声の主」は使ってたわ。
 それにそって色々考えた結果判ったことを言うわね。」

今度ばかりはジョーンは心を半分閉じた。
…でもこればかりは仕方がないとあたしは思う。
…ジョーンは淡々と続けた

「まず…これはわたしの本物の人生を追体験している。
 その中で、その時代その時代の「わたし」にとって
 「歴史がそうであると示すように」
 フォローをしたりしなくてはならない。」

「ちょっと待って…ここだけじゃあないの?」

アイリーが言う。

「これはまぁ…ファーストステージってとこね…
 恐らく…わたしにとっていろんな意味で最悪な
 事件を…そうね…多分5ステージくらい
 用意してるんじゃあないかしら。
 …とはいえ…「声の主」も
 さすがにここまで時間を遡るなんて予想外でしょうけど。」

「そーか…お前普通なら五回は死んでいたと
 俺に言ってたな…それを…」

あら、ウインストンとはそんな話をしてたわけだ。

「多分ね、
 いい?
 このステージは恐らく二段階ある。
 最初のステップは
 「フレデリコ司祭に追い詰められた
  ジョセッタ=ジョットの前に立ちふさがり
  ジョセッタを村から出す」
 次のステップは…
 「ジョセッタに見つからないように
  彼女の逃げ道を確保する」
 よ…」

「オレに似た奴がいたってよぉー…
 それはつまりオレだったのかよぉー」

ケントが信じられない、と言う顔をしている。
まぁ…そうよね。

「このステージでやってはいけない「タブー」は何?」

あたしが冷静にジョーンに聞く。

「そうね…最大なのは「フレデリコ司祭を殺してはならない」」

…何て事…ジョーンが心から憎んだそいつを…
ジョーンが心を閉じるはずよね…
たしかに…今でもBCのプレジデントとして生きているのだから
どんなに憎くても殺してはならないわね…
恐らくこの時代の彼は今ほどには強大ではないでしょうから
殺すことも出来るのでしょうけど…

「ね…ねぇねぇ…「もし」だよ…?
 どこかでルール違反…記憶や歴史にそぐわないことを
 してしまったら…どーなるの?」

もっともな質問だわ、アイリー

「まぁ…「ステージをはじめからやり直し」でしょうね。
 2007年から数えて1,2年前とかなら
 そのままステージ続行もあり得るかもしれないけれど…
 どんな小さなゆがみもこの時代では許されないわ。」

「歴史のバタフライ効果ね…まぁ…
 ここにあたし達がいるって言うのはそれだけで例外だから
 それこそ殺しては…死なせてはならない人間を死なせる
 とか、そういうのはタブーとして…
 この時代で食事を取る、とかこの時代の人間と話すとか
 そういうのはありだと思う、ただ、2007年の知識や
 たとえばケータイとか…そういうのを披露したり
 教えたりするのはNGでしょうね
 ある程度許容範囲はあると思うけれど…」

ジョーンの言葉にあたしが付け加えた。

「私達のうちの誰かが…ああ、いや、これは
 例えだよ、だがもし死んでしまったとしたなら?」

ポールだ、これもいい所に気づいたと言うべきでしょうね。

「ステージ続行よ、このステージで言うなら…
 そうね、ジョセッタの目の前に現れる「前」に
 死んだとしましょうか、するとこうなるのよ、
 「わたしの目の前に五人の男女が現れて…」と言う記憶にね。」

2007年からやってきた現代人はそれは死のうとかまわない
そういうことよ…これは…間違いなく「攻撃」

「…恐らく「声の主」もこの時代のどこかに潜んでいる。
 ただし、探せないと思うけれど。
 能力を使った本人だけが潜める空間があるのでしょう。
 だけど直接手は下さないでしょうね。
 それをやるとしたら…最後のステージになるわね。」

「最後のステージは…いつだよ?」

「1945年4月、ドイツよ。
 多分ここはステージが二分割で第一幕が1940年のパリ
 第二幕が1945年ドイツ…と言う構成でしょうね、
 これは繋がってるから。」

「…貴女…パリ侵攻のときパリにいたのね…」

あたしが思わず言うと

「当時の拠点だったんだもの…」

戦争のステージもある、それは皆を慄かせた。

「…まぁ…他のステージに関してはその時改めて言うわ。
 今はこのステージに専念して頂戴。
 おこがましいけど、利用されて…というか運命だったと言うのなら
 わたし達は「わたし」を救ったりするために働かなくてはならない。」

「いや…それは当然だよ…うん」

「まぁ…例え嫌でも強制的にやってもらわないと
 仕方ないのだけど…ああ…一つ言っておくわ。」

ジョーンは何か注釈がある?

「何かしら?」
「何だよぉー?」
「なぁに?」
「何だよ?」
「何かね?」

あたしらがそれぞれ口にすると

「このステージや…他のステージでも
 たぶん基本的には陰でわたしをフォローする形になると思う。
 ただ、…あのステージだけは…
 恐らく一切の手出しは無用。
 「ただただそこに展開されているわたしの人生を見ているだけ」
 と言うステージもあるわ。」

あたしらは息を呑んだ。
もしそこで…当時のジョーンがどんな目にあってようと
手出しが無用ってことなのだ…そんな酷い仕打ちがあるのか
恐らくそれは…ジョーンの中でもトップクラスに
嫌な記憶のはずなのだから…

そう思うと、あたし…涙が出てきた。

「ルナ…どうしたの? 大丈夫?」

ジョーンがあたしに近寄り涙を拭く。

「あなたの代わりに…泣いてやってるのよ…」

あたしがそれを言うと、ジョーンの心も揺れたのが判る。
皆はいまいちピンと来てないみたいだけど…

「…サイテーだわ…このスタンド攻撃…!」

溢れる涙、こんな酷い攻撃があるのかと思うと止まらない。
ジョーンの心が揺れている
今は別にあなたを泣かそうっていうんじゃあないけど
貴女はファーストステージなんかで泣いてられないでしょ
…だから代わりにあたしがその分も泣いてやるわ…!

「…ルナ…ああ、皆も…今から色んな時代と場所を
 渡り歩くと思うから…ちょっとオーディナリーワールドを
 使って皆の言語機能に追加をさせてもらうわね…」

「…え?」

アイリーが思わず言った。

「今ここで目の前に展開されるのは15世紀の
 イタリアの片田舎なのよ?
 …言葉が通じると思う?
 大丈夫、「一時的な脳の形成」に留めて、
 数日後には忘れてるようにするわ。」

「…忘れるのかよぉー、それはそれで勿体ねー気がするんだがなぁー」

「…ルナはともかく…貴方たちが600年も前の
 イタリアの方言や500年前のエジプトの言葉や
 400年前の東欧の言葉、200年前の英語を
 知ったところで…何の利益も無いわ…
 それに貴方たちの「その後積み重なってゆく記憶」に
 影響が出るかもしれない、だから一時的なものにするわ。」

そう…よね…

「脳を書き換えるんじゃあないわ、
 わたしの脳の言語担当部分を参考に
 貴方達の脳の使われてない部分を似た形にするだけよ…大丈夫。
 オーディナリーワールド!」

頭に変な感覚が…皆も恐らくそうだろう、
ジョーンを中心に小さく円を囲うように集まって
射程の短いオーディナリーワールドにやりやすいようにする。

10分もじっとしてたろうか。

ジョーンがいきなり英語以外の言葉で喋った。

「でも、この言葉は判るでしょう?」

と

「…ああ、判る…これはこの時代のここの言葉だね、
 選択的にそう話そうと思えば話せるね…」

ポールが試しにその言葉を使って喋ってみた。
そうよね、ジョセッタに「逃げろ」とか何とか
色々声を掛けなくちゃいけないのだから。

「すっごーい…思いつく限り色んな言葉が頭に浮かぶ…」

アイリーが例えば今のジョーンの台詞を
古いドイツ語やロシア語、トルコ語なんかに翻訳している。

595年の重み…なんてマルチリンガルかしら…
ジョーンは「うまくいったみたいね」と微笑んだ。

「…さて、みんな…一応ここの空気は
 こちら側から向こうには音が伝わらないように
 加工はしてあるけれど、なるべく姿勢を低くしてね。
 オーディナリーワールドの光学迷彩だと
 ちょっとゆがんで見えるから…」

なんてったかしらね…ああ、そうホラ…
「プレデター」って映画あったじゃあない?
あんな感じに見えるらしいのよ。

皆がとりあえず姿勢を低くする。
そこはまぁ、茂みの中と言うかなんだけど。

「いま…あの20メートルほど離れた一本の木の枝から
 女の子が一人降りてくるわ、お昼寝が終わってね」

ジョーンが解説をする…それって…

「それって…ジョーンかよぉ?」

「正確にはジョセッタ=ジョットが降りてくる、
 そう言いたいでしょ、ジョーン」

「ええ、「ジョーン」はあくまで今ここにいる「わたし」のことよ。」

…とか言ってると、なるほど、青々と葉の茂る木の下の方の枝から
女の子が一人、足でぶら下がってさかさまになって現れた。

民族衣装なんだろう、それなりにきれいな色彩の
当時らしいヨーロッパの衣装の子だ…

「普段はもっと質素な格好なのだけどね…
 今は収穫があってブドウを足で踏み潰してワインにする
 祭りって言うか、儀式って言うか、そういうのの最中だから…」

「そういや…なるほど、このかすかないい匂いは…葡萄か…」

ウインストンが言う。

「ええ、あっちの方向に…(と言って指差すジョーン)
 葡萄やオリーブの畑があるのよ。」

とか言ってる間に少女が木から勢いよく降りてきて、草原の中を
駆け抜けたりしてる。

「こういっちゃ何だけど…ジョーン…違った、ジョセッタって…
 ちょっとおてんばな子みたいかな…w」

アイリーがそういう、皆ちょっと和む。

「そうね…野山を駆け巡ったり…そういうのが大好きだったわ」

そのうちジョセッタは立ち止まり、
ふっと空に目をやった。
雲が一つだけ、さっきよりはっきりと雲を形成し浮かんでいる。

さっきはちょっと遠くで、逆さまだったり走り回ったりだったから
よく見えなかったけれど、今こうして少し近くで
改めてその子を皆が見る。

…なるほど確かに顔の形や骨格とか微妙に違う部分がある
…でも…

「…目がまんまジョーンだな…育ったらそれこそまんま
 今のこの感じだ…」

ウインストンが言う。

「ジョーンが唯一残してる顔のパーツだって言ってたからね」

あたしが言うと、なるほど、と皆が言う。
確かにそこにいるのは12歳のジョーン…というか
ジョセッタ=ジョット。

ジョセッタはその雲を見ながら草原に寝転んだ。

「…しばらくすると…ああ、人影は見えたわね、
 1分後くらいにふもとから一人の女性がやってきてこう言うわ。
 「そろそろ夕飯よ、ジョセッタ。」」

言われると、なるほど、まもなく本当に一人の女性が
やってきて、同じ台詞を言うわけだ…

「そろそろ夕飯よ、ジョセッタ。」

ジョーン…よほど忘れられないんだろう、
言い方からイントネーション、間の取り方とかまでそのまんま言った。

「あれってよぉーつまりよぉー…」

ケントが言う、
そう、その女性…ジョセッタにとても似ている。
というか、微妙にパーツの形が違うとはいえ、
受ける印象はそのまま「ジョーン」だ…
年齢は30歳ほど…?
そして何より…声も似ている…

「きれいな人だね…ジョーンのお母さん」

アイリーがこぼした。
うん、確かに。
あの優しそうなジョーンそっくりの目で、
娘に対し愛情を確実に一杯抱いている、そういう
内面からも溢れる美しさがある。

「…ええ…そうね…母は美しい人だった。」

多分、外見もあるかもしれないけど、
「母らしくあった」という部分でジョーンは言ったのだろう。
優しいだけではなく、厳しくもあったのだろう。
ジョーンはそんな母親を尊敬していたに違いない。
明らかに母親の顔を見るのが辛そうだった。

「…ジョセッタはいったんここで断るわ」

と、ジョーンが言うと

「もうちょっとあの雲を見てるわ、どうしていつもあの場所に
 ぽつんとひとつだけ浮かぶのかしら?」

ああ、12歳のジョーンの声だ…

「仕方のない子ね…日が落ちきる前に戻っていらっしゃい。
 明日も畑の手伝いたくさんあるのだから。」

「判ってるわ、もう少しだけ!」

…「仕方のない子ね」ってジョーンがよく言っている…
「〜んだから」ではなく「〜のだから」という言い方とか…
「まったくあなたは手のかかる子だわ」も多分そうだろう。
やっぱり確実に母親の影響を受けているわね…

なんてごく普通の牧歌的な風景なんだろう。

これからここがジョーンの人生の転落の始まりになるなんて
夢にも思っていないだろう。
二度と故郷に戻れなくなることとか…

辛い…心が痛む…

「この当事は雲がどうして出来るとか何で出来ているとか
 そんな知識ありはしないから…
 世界の殆どの人になかったと思う。
 実際は…村のはずれに…水源があったのよ。
 微妙に温泉で…
 規模は大きくはないけど滝もあるし、それで
 この上空にはああいった雲が出来やすいのだけどね。」

当事からジョーンらしい好奇心も持ち合わせてた。
でも元々教育なんて下地はこの時代にはない。

「…この時代の識字率は数%…貴族にも文盲が居たほどの時代。
 この時代の教育はほぼイコール神学で、つまり
 神の道に進むものくらいしかまともな教育なんて
 受けられなかったのよ。」

あたしの解説に、皆がちょっと複雑な顔をした。
現代なら教育を受けるのは「当たり前だ」という考えがあるし
いまだ分離できてるとはいえないにしても
神と共に教育があるというほどでもなくなっている。

「なるほどな…Middle Age…中世の別名はDark Ageってわけだな。」

ウインストンが言うと。

「でも、ジョセッタや…ああ、ジョーン、お母様の名は何ていうの?」

あたしの突然の振りにやや意表を突かれたか

「…え…アレッサンドーラ…よ…
 村の皆やお父さんは「アレサ」と呼んでたわ。」

あたしは「ありがと」と言い

「ジョセッタやアレサの服はどう?
 まぁ季節限定の行事用の衣装とはいえ、顔のつやとか
 健康状態とか、決して悪いものじゃあないわ。
 確かに色々大きな問題があった中世の時代だけど、
 決して彼女たちはあたし達が表面で思うほど
 不幸で惨めな生活はしてなかったわ。」

あたしの解説に

「ええ…幸せだったわ…
 この頃のわたし…当事名無しのオーディナリーワールドは
 まだ全身は出せなかったけれど、腕を出し
 時間がかかったけれど怪我の治療や、病気の治療、
 壊れたものの修復なんかをやっていた。
 近隣の村からも人が来たわね。」

「今の世ならたぶん諸手を挙げて「聖女」だったでしょうね
 …実際近隣の人々にしてみればそういう感じだったでしょうけど。」

「自覚はなかったわ、どうして皆は出来ないのだろう?
 どうして自分には出来るのだろう? くらいね。」

そう、ジョーンが生まれて576年間、
「スタンド」なんて概念はなかったわけだ…
…その能力のせいでどれほど苦しみもしたろう…

「人気者だったんじゃない?」

アイリーが言うと。

「大人はおっかなびっくりではあるけど
 まぁ普通に接してくれてたわね、
 同じ年頃の子は怖がったり、親から
 いざという時以外関わるなと言われてたりもしてたようよ。」

「…未知なものへの畏怖の念が強かったわけよね…」

「普通に何も変わりなく接してくれたのは家族だけだった。
 …ああでもアイリー…仲間はずれにされていたわけではないのよ。
 一緒に遊ぶこともあったし、よその畑を手伝ったりとか
 普通ではあったわ、ただ、やっぱり明らかに空気が違ったってこと。」

「あ、ん…そか…うん…でもそれ例え現代でも
 そうだろうからなぁ…。」

「だから貴女が気に病むことはないのよ」

ジョーンが優しい笑顔でアイリーを諭した。

…改めてジョーンの母親を見た後で…
ジョーンがいかに普段の態度を母親から学んでるか
ということが判る。
…立ち振る舞いや言葉の端端まで…印象がそのまんまだもの。

そのうち本格的に日が暮れてきた。
もう一度ふもとからアレサがやってきた。

「ジョセッタ…もうそろそろ帰ってきて頂戴、
 ジョバンニやジョコンダがお腹を空かせているわ。」

「…はーい。」

もうちょっと、星がたくさん出るまで見て居たかった
多分そういう気持ちだったんだろう、
…子供らしいわがままだけど、ジョーンへの
親のしつけはそれなりに愛情は溢れども
厳しかったのだろう、二度目はおとなしく従った。

ジョセッタは勢いよく立ち上がり、アレサの元まで駆け寄る。

二人はふもとに降りていった。

「ジョバンニとジョコンダって?」

アイリーが問う。
あたしもずっと家族構成とか知りたいと思ってた。
…でもいざこの場面に置かれてみると…
…残酷な質問だと思う。
心を閉じたジョーンは普通に

「弟と妹よ。
 弟は四つ下、妹は七つ下ね。」

「お前と弟妹は「ジョ」で始まる名前なのな。」

ウインストンだ。

「お父さんもそうよ、母は嫁入りしてきたから
 ジョで始まらないだけ。
 ああ、父の名は弟と同じよ。」

これは現代でも…昔よりは例も少なくなったけど
親と同じ名前を第一子なり長男が受け継ぐ、っていう
習慣はまだあるわね。

「…ああ、この日の夜はこんな星空だったんだ…
 ある意味見れてよかったかも…」

ジョーンが天を見る、満天の星空になりつつある。
空気もきれいだった当時だからこそだろう…
アイリーもポールもケントも感動しているようだ。

数分眺めていると

「…さて、そろそろわたし達も村に潜入するわよ…」

ジョーンが言った。

「あ、そーかぁ…なんか色々ありすぎて頭がおいつかねぇーや」

ケントが言う。

「もたもたしてられないわ、村を挟んで向こうの山の向こうを見て。」

村をはさんですぐ小山が連なってるのだけど、二つ目か
三つ目くらい向こうの山に大量の松明の明かりの行列が見える。

…運命の時が迫ってる…

◆

ジョーンの案内であたしらは村に入る。
さすが地元だけあって、人に遭遇しないような
抜け道ゾーンとかうまく縫いながら
ジョット家の納屋に潜んだ。

…っていうか…いくら地元でも583年経った今でも
忘れてないのだから…よほどの心残りだったんだろう…

一家は外で食事を摂るようだった
…というか、他の家族もそうしている。
まぁ、夏だしね。
収穫時期だし、ちょっとしたお祝いムードなんだろう。

…確かに道行く人々もちょっとジョセッタにだけは
おっかなびっくりだけど、一家に普通に挨拶をしている、
一家も基本的に礼儀正しい。

配膳を手伝うジョセッタ、そして弟や妹の面倒を見ている。

弟も妹もやんちゃ盛りだものね、しっかりとした姉でなくてはならなくて
そのためには母から学ぶものが多かったのだろう。
幾らか距離は開いてるけれど食べこぼす妹に

「まったく、貴女は手のかかる子ね」

聞こえてくるわ、ああ…ホラ…ジョセッタは
確実に今のジョーンに繋がっている…
間違いなくジョーンは595歳で、体は入れ替えても
記憶や魂はそのまま受け継いで生きているのだと理解できる。

◆

今から起きる事を知るあたしらにとって胸の痛む
牧歌的な風景を10分ほど眺めた頃だろうか、
村はずれの方から騒然とした波が押し寄せる。

とうとう、来てしまった。

数十人の兵士たち、そしてその中ほどに責任者と思われる
…そう、つまりはフレデリコ=F=フェルナンド司祭。

兵士たちも装備の端々にそれがローマからの使者であることを
裏付ける紋章がある。

この時代、斜陽に差し掛かる頃とはいえ、プロテスタントなどの
勢力がまだないか、極端に小さかった頃だ。

勿論地方それぞれ民族や文化等の違いから「国」は存在した
だけど今ほどにそれぞれが強く「個」を意識してなかった時代。

すべては神と共にあらんことを、そしてその「神」は
ローマを拠点に代弁している、そんな時代。

つまりはローマは絶対の存在であるべきものなのだ。

「…ジョセッタ=ジョット…お前を人心惑わす異端として
 身柄を拘束する!」

ジョット家の十メートルほど前まで迫った一団の隊長格くらいの
男がそう、宣言をした。

「ちょ…っ…待ってくれ…!
 この子には確かに説明のつかない不思議な力がある!
 だがそれで人々を神から遠ざけるなんて、そんな
 大それたことはしていない!」

真っ先に父親が叫んだ。
…悲しいことに無駄なのだ。
歴史の結果として知っている、というのもあるのだけど
…理由なんてどうでもよくて要するに
司祭がジョセッタを「食って能力をものにしたい」
って言うだけのことなのだから…!

母親は…アレサはどうあれジョセッタを筆頭に
三人のわが子を怯えながらも守ろうとしている。
ジョセッタは…突然のことに訳もわからないが
悪いことは何もしていないし、毎日神に
祈っていたはずなのに、という絶望の表情をしている…

村民は「ああ。やっぱりこんな時が来たのか」
という表情も浮かべている。
怪我や病気を癒す「奇跡」であると共に
ローマからそれが認められるかられないかで
すべての天秤が一気に片方に傾く。

「教会の決定である! 逆らえば一家もろとも拘束する!」

…ジャンヌ=ダルクは当時の領地紛争の利害の関係もあり
ローマではないにせよ、フランスでは「聖女」と受け止められた。
(個の薄い時代といったけど、フランスやイギリスは
 この辺ちょっと先行っていた。)
ジョセッタは…受け入れられなかった。
この時代の「世界」から拒絶されたのだ。

「…行くわよ」

ジョーンがいう。

「おい、スタンド能力は使っていいのか?」

ウインストンがいう、尤もだわね。

「フレデリコ司祭にはっきりと見せない形でなら
 いいと思うわ。
 まぁ最初に彼が二人の部下を伴いジョセッタが
 逃げた後を追うわけだから、その後は…皆の裁量に任せる。」

「顔は見られるわけだけど、まぁ600年も経てば
 記憶はあやふやでしょう、行くわよ、ジョセッタを救うのよ!」

あたしの一声でウインストンの風街ろまんが大きな風を起こす。

地面の埃やら、何やらが舞い、村民や兵士たちの目の
一瞬くらんだその時、あたしらは一家と兵士たちの間、
やや一家寄りの場所に立ちふさがった。

…ふっとジョーンを見ると、祭り用と思われる仮面を
手にとってかぶっていた。
…そうか…「貴女だけは」顔を見られるわけに行かないわよね。

風がおさまり、15世紀の人々が「今の風は一体なんだったんだ」
と目を覆った手をよけた時に、あたしらはそこに居た。

「な…何者だ!?」

「…天使を救いに神の使いが参上したのよ…!」

代表の言葉にあたしが迷わず言う。
ジョーンの動揺が伝わるようだわ。

「この逮捕劇は司祭の仕組んだ茶番さ…ジョセッタに罪はねーんでな!」

ウインストンが次を言う。

「とにかくよぉー…ジョセッタったっけかよぉー、
 オメーは何も悪くねーんだが…この場は逃げてくれよぉー」

「…残念ながら、君の生きる場所はここではなくなってしまったのだ、
 逃げてくれたまえ…、生き延びてくれたまえ…
 どうあれ君は、例えどんな環境であろうと生き延びなければならないのだ」

「…ごめんね、こうなる前に何とかしてあげたかったけれど…!」

すべては「決まっていること」なのだ、判っているからと言って
「変更する」など有り得ない。

あたしらは半分ジョセッタに向かって振り返りながら後はもう
「君は悪くないがこの場はとりあえず逃げろ」という感じに口々に言った。

一家、とりわけジョセッタの動揺が伝わる。
そんなときだ。
ジョーンは仮面を利用し、オーディナリーワールドの能力で
後ろの方角にだけ明確に声が伝わるように空気を操り

「……ベネツィアに向かいなさい…」

ジョセッタ…今のジョーンにそもそもそこへ向かえと言ったのは
他ならないジョーン自身…

「エア・サプレーナ島にある施設…そこにしか貴女の生きる道はないわ…」

波紋の道を開くのも…ジョーン自身の導きだったことになる…。

兵士たちが戸惑っていると

「…ええい…何をやっているか…ッ!
 そのような異端のものどもは排除し、ジョセッタを拘留するのだ!」

司祭が叫んだ。
あんたが…あんたが全ての始まりなのよね…
あんたさえ居なければという思いが強く湧き上がる。
…ジョーンなんてこの葛藤と戦うので精一杯だろう、

「…貴方に…彼女は絶対に渡さない…ッ!」

アイリーが力強く言う…え…ちょっと待ってよ…
英語でそれを言ってたなら別にあたしも何も思わなかったろう
…600年も前の古いイタリアの方言で言われたその台詞…
フィリップにジョーンが言った台詞そのままじゃあない…!?

聞いた発音の一言一句そのままだ…
ジョーン…!
これから大変な戦いが始まると言うときにあたしは
…たぶん耳まで真っ赤になったろう
…でもそれは嫉妬だけで言ったのではないと直感もした。

フィリップの隠し事をジョーンは知っていて
彼に対するペナルティとしてそれを言った…?

…ああ、その事について考えたいのに
兵士たちが恐る恐るではあるけどあたしたちに武器をふりかざし
迫ってくる、まだどうしていいか判らない、そして恐怖で動けない
ジョセッタにジョーンは叫んだ

「…早く…お行きなさい…ッ!!」

その母親に似たその叱咤の声にジョセッタは訳も判らないまま
走り出した!

アレサが彼女の名を呼ぶけど、

「…貴女は追ってはいけない! 司祭に殺される事になるわ!」

…これは歴史がそうだったというのではなく「もしそうなら」
という奴だろう、自分を守るために母親が死んだなど
そんな話も雰囲気も、そこまでのトラウマもジョーンにはないと
あたしは感じていた。
だからこれは「変更」には当たらない。

むしろ、家族がジョセッタを追うことも禁じる、
ジョセッタを一人きりで逃がさなくてはならないという「縛り」なのだ

ウインストンが「風」で兵士たちを後ろに押し戻す。
訳のわからない力による攻撃にすっかり兵士たちは怯えているようだ。
本当に神の使いがやって来たのではないのだろうか、
そんな畏れも感じる。

「…司祭が…ホラ…お供の兵士二人…赤いしるしと青いしるしの
 兵士を伴って逃げるわよ。」

ジョーンがその場で冷静に状況をあたしらに教えてくれる。
確かに、民家の隙間を縫って脇に逃れるのが見えた…!

「ここはわたしが受け持つわ。
 皆はジョセッタをちゃんとベネツィアの方角に
 向かわせて頂戴。」

「え…で、でもあたしたちも地理はチンプンカンプンだよ…」

アイリーの戸惑う声にジョーンは仮面をつけたまま振り返り

「今この道をまっすぐ行くと村のはずれに小さな家がある、
 そこから右は道のようで畑に直行だから左ね、
 そうしたら山に入るわ、山だから、
 傾斜に沿って蛇行するように道があるわけだけれど、
 その脇に…ほら、最初に居たあの草原…あそこから
 あの山の道の脇を直線で登ることが出来る
 半分獣道みたいな道があるわ、そこから
 茂みなどを利用してジョセッタをうまくフォローして頂戴。」

詳しい、余りに詳細だ。
母親はそのジョーンの様子に何か「勘」でも働いたのだろう
衝撃を受けたような顔になった。

「アイリー、今の説明で多少ベイビー・イッツ・ユーも
 このあたりで使えるようになったでしょう。」

ジョーンが続けて言うと、

「…んホントだ…これがジョセッタで…これが司祭…」

「司祭は民家の裏を通って先の「小さな家」辺りで道に合流すると思う。」

「うん…そんな風に動いてる…」

「…早く…行って頂戴、この場はわたしが引き受けるから皆…
 ジョセッタの未来が…この場にかかってる…」

決してベストといえない決定をそうと知りつつ
ベストな結果に出来ない縛りがあたしたちを締め付ける。

…でもそうしないと、ステージのやり直しになると言うか
続行だったとしたらジョーンはあたしらの前に現れないことになる
あたしらの記憶からジョーンが消える。

「…くそ…じゃあ、とりあえず任せるぜッ
 お前の記憶でもこれから先は「どういうことかよくわからない」
 と言っていたよな!」

ウインストンは最後にもう一度大きな風を…
多少民家を破壊することになっても兵士たちが推し戻される形で
吹かせた後、兵士たちに向かって言った。

「…いいか、兵士ども!
 この村に二度と近づくんじゃあねーぞ!
 どうあれここは普通の平和なごく平凡な村なんだからな!」

あたしもハッタリで

「…もしもう一度ここを侵攻するというのであれば…
 神の使いが貴方達を許さない…」

兵士たちはすっかり縮み上がった。
それでも戦おうとするものがちらほら居るけれど、

ウインストンはポールやケント、アイリーを伴って
「側道」の方に向かって走っていった。

「おい、ルナ!? オメーは?」

走りながらも

「何めちゃくちゃやらかしておいて…
 怪我人の治療があるわ、あなたたち先に行って、
 …後からあたしも行くわ」

「…判った…!」


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