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ザンジバル艦内では緊張が走っていた。
幾らか減った元々のモール大体の皆はリックドム、あるいはゲルググでの
配備を終えて、後ろに下がらせている学徒兵に対して最後の授業をしていた。

「いいか、オレ達が死んでも、隣の奴が死んでもお前が死ぬとは限らない、
 落ち着け、冷静に相手から武装を剥ぎ取れ、
 帰るように仕向けるんだ、隊長も熟知している、
 サラミスやマゼランを沈めはしない、砲塔部分のみの破壊に留めさせ
 時間を稼ぐんだ、勿論命に関わるような場合はこの限りじゃねぇがな」

そしてそこへケントが

「この部隊では武装は最低限だ、強く何か欲しいモノを思い浮かべてくれ
 オレがそれを読み取って直ぐさま届けに上がるぜェー」

そこへ旗艦ザンジバルより、ウィンストンの通信が入る。

『向こうもそろそろ作戦に向けて初期陣形を始めて居る、恐らく
 最初のやりとりは艦船やミサイル艇などからの雨あられの応酬だろう
 相手はミサイルだ、落ち着いてヤバそうな奴は打ち落とせ、
 特にゲルググにはその辺り補助的プログラムが入って居るはずだ、
 使いこなせればエースとまで言わないが、いい活躍も出来るはずだぞ』

間もなくしてその通り長距離での打ち合いが始まる。
艦船の打ち合いもここで先ずダイナミックに行われ、その間に両陣営の
艦載機やモビルスーツが更に距離を詰めてゆく。

「ザンジバルもムサイも単独で狙える砲塔だけを撃てよ!
 相手の帰る場所を無くすんじゃねぇぞ!
 細かいところはMS隊に任せるんだ!
 左舷、サラミスが射撃体勢に入ったぞ、相手に対して真正面になれ!」

決戦の場なのだ、ウィンストンやモール大隊の指針は温情ではない、
「相手の自棄を増長しない・帰る場所は残っていると油断させる」ためのもの、
極めて冷静に砲弾・ミサイル・ビームの中をかいくぐり中々操艦の
タイミングも良く、ダメージを最小限に抑え味方の帰る場所を
失わせないようにウィンストンは必死だった。

MS部隊も交戦距離に入るのだが、MS同士の打ち合いよりまず相手の艦船の
細かい機銃や砲塔を潰しに回った。
下手に長い格闘に持ち込まず、なるべく複雑な操作にならないよう、
且つ周囲に気を張り一撃離脱の形をメインに、1カートリッジを使い切り
もう一回同じ事をしようと思えばケントはバズーカなりのカートリッジ補給に
はせ参じるし、格闘も視野だと思えば相手の牽制をしつつ
ビーム長刀やサーベルの補充をして行く。
MS同士の格闘でも相手を完全に破壊するのではなく、
腕のみ破壊であるとか、一旦退却をさせるように動くのだ。

一見そのフィールドのそこだけは両軍損耗も低かった。
「そういう風にして居た」からだ。



とはいえ、いつ終わるとも知れない決戦の場、艦船にもダメージは重なって行くし
ケントも何度目かの「補充品の補充」をしていた。

「空母を守れ! 隊の何人かを当たらせろ!
 オラオラ、向こうのマゼランとサラミスがこっちに寄せてくるぞ!
 斜めに回れ、あくまで狙いはそこから打ち抜ける砲塔だけだぞ!
 奴の両舷の主砲は斜めに避けつつ片方のみ、仰角を抜けろ!」

ウィンストンの「車体感覚」はどうしてもザクの大きさなのでかなりギリギリ且つ
掛かる慣性重力も結構なモノなのだが、そうでもなければあっという間に
撃沈される、そういう砲撃の雨あられの中に居て、テンパりつつ
ウィンストンのMS乗りとしての感覚はやはりバカに出来ないモノであった。
乗組員も全員、航海士も砲術士も機関士も一丸となって「帰る場所」としての
使命を果たそうとした。

しかし、相手はソーラレイでの先制を食らい、本気でここを落とそうとする
殺気立った連中で、幾ら減らしたとは言え多勢に無勢の面もあった。

「艦長! 三点から攻撃がある可能性が!」

「マズい…、どう足掻いてもかなりの砲撃を浴びる…!」

MS隊も混戦になっては艦船を集中的に狙うことも難しくなり、
そしてお互いの損耗も出始めていた。

そんな時、背後のア・バオア・クーのハッチから追加のMS部隊が出る。
そしてその中に、それは居た。

「それ」は脚部のない大型の推進力であっという間に戦闘宙域に入ったと思えば
腕を飛ばしてそれぞれの指先から粒子砲を撃ち、あっという間にサラミスや
その周りのジムやボールも片付けてしまう。

ウィンストン臨時中佐も流石に息をのんで一瞬指示が遅れるが、
それは相手も同じ事、我に返り

「今のウチだ、牽制しつつ残った相手に対して真正面になれ!」

ブリッジ要員が慣性重力の掛かる艦内で、それでも味方でありつつ
圧倒的なその火力に戦き

「な…なんでありましょう、あれは…」

「オレも詳しい話は聞いてねぇが、開いたハッチの向こうに大佐殿の
 ダメージが直せないゲルググが見えた、シャア大佐に手向けられた
 最後の新型だろうさ、助かったぜ…」

通信員がそこへ

「識別、MSN-02、ジオングだそうです」

「MSN-01が高機動ザクだから…そうか、ああなる予定だったんだな…
 しかし、お国の名前頂戴とは、ますます最終戦だな…グラナダや本国に
 どれだけのモノが残っているやら…」

ウィンストンの呟きはとても重いモノだった。
ここを凌いだとしても、次も次も、また次も損耗する防衛戦で
いつまでやって行けるのだろう?

「連邦の白いヤツの砲撃が!」

そんな中でも反応出来た索敵員が叫ぶ、

「後方のムサイに当たります!」

ウィンストンは反射的に叫んだ

「ムサイ! 転倒体勢に持ち込みつつ左エンジン切り離せ!」

恐らくジオングとの交戦での「流れ弾」だろうそれは、減衰こそして居たが
ムサイの左エンジンに直撃し、切り離しと全力での転倒位置への転進によって
なんとか全体の爆発は免れた!

「油断ならねぇぜ! チクショウ、あいつマジでバケモンになりやがったな!」

その索敵員はずっとガンダムを追跡していたらしく

「これだけの混戦にかかわらず連邦の味方には一つもフレンドリーファイアを
 浴びせてません…なんという冷静さでしょう…これがニュータイプ…」

「…動きもソロモンの時とは段違いだ、何か根本的な改造をしたんだろうな…
 大佐殿がサシに持って行ってくれたお陰で…もうこっちには影響なさそうなくらい
 離れてくれたな…恐ろしいよ、オレは…」

「全くです…通常索敵に戻ります」

「お前さんも良くやってくれるよ、助かったぜ」

「いえ…正直…悪魔のハズのあの白いのに引き込まれてしまいまして…」

「気持ちはわかるぜ、今更職務半分放棄だのの話でもねぇ」

そこへ通信が

「艦長、ア・バオア・クーより一人引き取って欲しい者が居ると」

「どういうこっちゃ?」

「詳しいことは…」

「しょーがねぇ…もう連邦の奴らもア・バオア・クーに取り付きだしたし
 かなり油断ならねぇが…部隊に下がらせてとにかく残りの母艦を守れと指示だ!」



MSドックの側の艦艇ドックにザンジバルが急ぎ気味に入った。
こんな時に悠長に向こうから出向くはずもないので、急ぎノーマルスーツ
着用の上、ウィンストンがア・バオア・クーのまだ無事な昇降口から内部へ。

作戦室のような所で立っている上官に対し敬礼をしつつ

「引き取るとは何のことでしょうか」

「来たか…いや、粘ったのだが彼女にはどうしてもパイロットとしての素養がない…
 ニュータイプとしての素養は高いのでそこばかりに囚われたのだが
 ここに来ていざパイロットとしてはどうかという所で…
 最終的な訓練はしたモノの、ここももういつまで持つか判らない
 「彼女」を引き渡したい、砲撃手にでも…」

それは…

「アイリー! アイリーじゃねぇか!」

やや落ち込み気味に俯いていた彼女が顔を上げ、そこにウィンストンを認めると
その目が見開かれた、上官は少し驚いて

「知り合いか?」

「グラナダで一度」

「そうか、それなら話が早い、このまま死なせるには惜しい、
 とはいえ、ここに居てもMSに乗せて放り投げてもエルメスのようなMAも
 もう無いと来ては…他のニュータイプ用MSもパイロット能力が要るし…」

ウィンストンはその言葉に

「お待ちください、パイロットさえいれば動かせる機体はあると言うことでしょうか」

「君も見ただろう、ジオングの二号機と三号機がそれぞれ半分ほどの完成度
 ではあるが一応出撃は出来る、細かい事は技術者に詰めて貰わんとならないが」

ウィンストンはアイリーを見つめた、アイリーもウィンストンを見つめ
そして強い表情で強く頷いて見せた。
ウィンストンはそこでしっかりと

「今すぐ急いで出来る限りニコイチで上げられるところを上げてください、
 俺が操ります、それなら彼女は攻撃に専念出来る」

「いや、しかしそれではザンジバルは…」

「彼らには今指揮権がないだけです、俺も臨時です、俺より早く敵を察知したり、
 訓練も実践もよく積んでいます、この際は少しでも物事を有利に運ぶ意味でも」

上官は俯き

「もはやここまでだな、君たちは生き残ってくれ」

アイリーを立たせ、ウィンストンの元に、そして内戦でMSドックの技術士官へ
ジオング二号機三号機のニコイチでの出来る限りの整備を告げる。

「行け、ここもいつまで持つか判らん」

ウィンストンはアイリーを迎えつつ

「離れるわけには行きませんか」

「キシリア様のご命令がなくてはな」

「キシリア閣下?」

「知らなかったか、ギレン総帥は戦死されたそうだ」

ウィンストンの眉間に深くしわがよる。

「戦死…?」

「深くは知らんよ、お家騒動だのそんなことはね…」

「…それでも動けませんか」

「動くには上役の命令が要る、そうだろう?」

「…もし…もし動ける時間が出来ましたら俺の預かったザンジバルへ
 お越しください、指揮権をお譲りします」

「そうだな」



再会を喜び合う暇も無く、ウィンストンは以後出来る限り元のクルー達での
ザンジバル運用を告げ、技師官から操縦に関する講習を短く受ける。

「完成度60%、流石に完全運用が出来るとは言いかねます」

「ニコイチでもそんなモンか…腰の粒子砲と胸部の推進はとりあえず閉じていい、
 スカートのバーニアと手や首だけは完全動作出来るな?」

「それならなんとか…しかし大丈夫ですか?」

「俺は戦争前からザク1で三年、ソロモンまで粘ったんだぜ、
 操縦に専念なら充分さ、アイリー、それでも全力は余り出せねぇ
 指先一・二門でのピンポイントな相手の砲塔やMSの腕部だけ狙撃、
 できるよな?」

アイリーは強く

「まかせて!」

二人が技術士に案内されつつジオングの元へ

「マジで足がねぇな」

「大佐にも言いましたが、あんなモノは飾りですよ、ただ、操縦系統を
 スカート内部のバーニアだけで制御となると難しいとしか言えません」

「多少直線的だろうとあちこちに推進力ばらまいて出力下げるよりいい、何とかする」

「大丈夫! 上手く動けない分はあたしが援護射撃するよ!」

技術士も腰から上が完備であるなら強いことも言えたが、流石に本体推進力も
幾らか犠牲になるとあっては余り強いことも言えずに

「上手く行くことを祈りますよ」

二人はそれに応えながらそれぞれウィンストンは胸部、アイリーは頭部の座席に着き

「お前さんもどっかで脱出のタイミング計っとけ、もう何がどう転ぶか判らんぞ」

「勝手なことを仰有いますね」

「最後は自分の判断さ、じゃ」

こうしてジオングとザンジバルはそれぞれまた戦場に戻る。



二機目のジオングに連邦も少し怯んだが、片手の指の粒子砲一門のみで
細々戦う様子を見て「向こうも必死なのだ」と思うに至った。
全面からの砲撃が油断ならないのはどちらも一緒である、
宙域少し離れたところに目立つ艦があり、アイリーが

「ん、あれ、「木馬」って奴?」

「ああ、だが片方エンジンをやられているし、このまま不時着からの白兵戦だろう
 こうなっちゃ名をとどろかせた強襲揚陸艦も本来の役目を果たして終わりだな」

「要塞内部の助けに入らなくていいの?」

「まだ内部にはそれなりに内部用の兵力もある、俺達はとにかく
 火力を活かした敵残存艦船の砲塔打ち抜きと出来るならジムやボールの火力削ぎだが」

インジケーターを色々眺めながらアイリーが

「んー…難しいね、そんなに全部をいっぺんには出力上げられない」

以上の会話のうちにも数隻の連峰艦船の砲を狙撃沈黙させていた。

『おー、ウィンストンとアイリーかよォー! 助かるぜぇー!』

「ケント、空母に戻って補給とお前自身が少し休め、俺らがお前の家業一時継ぐよ」

「マジ? 助かるぜぇー!」

背中の荷物の掛けられたユニットを取り外し、ジオングの左手がそれを持つ

『三十分ほどヨロシクうー!』

「おう!」

「任せてね!」

スマートな旧式機を愛していた隊長がえらいごつい新型に好みもヘッタクレもなく
乗って、しかもアイリーと組んでの参戦、部下達の士気も上がる。

「残りの隊員番号偶数組! 母艦に戻って30分休め!」

奇数組のそれぞれに武器を供給しつつ、ジオングの右手や首は独自に
相手への牽制や、砲部狙撃などで着実に隙を作っていたし、
弱点になり得る非可動部分は仮止めで塞いでいたので動きはややぎこちないモノの
多少の被弾はモノともせず全員の前に立ち塞がった。

ジオングの腕はウィンストンが大まかに宙域指定しつつ、指などの角度を
アイリーが調節し「ここ」という瞬間のトリガーは能力で引く、
出力を弱めに絞ってあったのでシャア大佐の駆る一号機には
破壊力では及ばないモノの、牽制には充分であった。



サンジバルはやっと「小破」くらいであったが、ムサイも改造空母も
もはや「爆発していないだけ」の中破であり、隊の者でも腕に自信のある数名が
「何としても」と守り切っていた。

「助けられそーなのは拾ってきたけど、流石に今ここじゃ大したことも
 出来ねーわけだし、ザンジバルに移送してって感じだなぁー」

ケントが急いで食事を取りつつ、休憩室に学徒や元々の仲間と共に
ひと息ついていた。
被害は矢張り学徒側にやや傾いていた。
元々の大隊の仲間が

「緊急回避プログラムが生きてるからな、学生さんのは。
 俺達は選んで使って居るから散るときゃそれまでだが、学生さんは
 勉強して国を作る方になって行って欲しいもんだぜ」

ここで学徒の一人が勇気を振り絞り、口を開いた

「…その事なんですが…どう考えてもこれ末期です、こちらに勝てる要素が
 あるとは思えません…あとで軍法会議にでも掛けてくださればと思いますが
 戦後処理のことを考えた方がいいのかも知れません」

一瞬固まる空気だが、モール大隊は豪快に笑って

「流石だな、そういう風に少し外れたところから景色を眺められるとは!
 やっぱり生き残って貰わにゃならん」

「おうよォー、俺達は今ここで精一杯だからなぁー、あと頼むぜぇー
 勝つにしろ負けるにしろよぉ、生き残らないと考えられねぇもんなー
 んで、考えるったって俺マジで中卒だしよー、
 ちゃんと勉強したヒトが考えてアレをこうしてくれとか指示貰って
 半分くらい進んで「おお、これがやりたかったのかー」とか感動してぇ」

ケントの一言はまさに労働者の一言だった。
形が見えてきてやっと意図が見えてくる、そう言うタイプの労働者だった。
ケントは誰に対しても中立だった、偉ぶることも、へりくだることもなかった。
そして、それは救いだった。

この戦争がどっちに転ぶにせよ、先ずは生き残らねばならない。

その思いは今この休憩組に大きな活力をもたらした。



休憩組がひと息ついて再び発進、ケントは補充の補充の為少し残る
(屋台ユニット部分は換えがあったため新たに残り武装と共に配備されていた)
残り隊員番号奇数の休憩組がポツポツと戻り始めて居たときである。

「奴ら、残ってるここが生きていることを察知して潰そうとしている!」

誰ともなく半分残骸になりつつある空母が連邦の攻撃目標になった事を告げ、
迎撃態勢に入るのだが、もうそろそろ対処が追いつかなくなってきていた。
休憩上がりの偶数組が

「この空母は臨時改修でとてもじゃない、耐えられないぞ、
 抑えておくうちにザンジバルに移れ!」

ウィンストンのジオングも辺りを牽制しながら戻りつつある、のだが、
予想以上に相手方の数が多いというか、この宙域に集まってきた。

『おい、みんないいか! ここからは死に物狂いだぞ! 制限解除だ!』

ウィンストンの号令で各個撃破の指示が出た、正念場だ。

「ダメだ! ザンジバルに行く前によぉー! 持てる補給物資と
 生き残りはみんな持ってってくれー!」

MSN-01であれば通常ジオングのような有線による腕部の脱着から
指の粒子砲も撃てたが、これはその前段階である「試作の試作」
ザク1の改造頭部にちぐはぐな強度計算による四散から
ルナがなんとか一つにまとめ直した機体、粒子砲は切り離せない腕部内側に
片手一門ずつという有様で、しかも機動力重視にエネルギーを回しており
そう大きな威力がない、ケントも制限解除で生き残るために
ピンポイントでジムやボールを撃破はしたがとてもではないが追いつかない

「く、崩れる!」

とうとう、なんとか今まで持ちこたえた空母もその最後の時が来た。
可燃物に引火しとうとう大規模ではないがモール大隊母艦の一つが墜ちた。
奇数部隊はザンジバルに急いで物資や人員を運んでいて一瞬ケントへの
フォローが薄くなったときだった。

『おい、ケント!』

『ケント!』

ジオングの二人が叫ぶ、部隊の皆も息をのんだ。
しかし、その爆発の勢いに乗って、ケントの高機動機が背中を守るように
飛んできた、そのガードされた背中にはありったけの補充と、
多少の生き残りも含まれていたが、高機動機の前面は爆発の勢いで
だいぶひしゃげていた。

雑音混じりの通信で

『オレはまだ…なんとかなるぜぇー…! 荷物は無事かよぉー』

仲間達が寄って余剰分と生き残りを改修しつつ

「お前、こんな時にも荷物優先かよ! コクピット部も装甲
 やられてるぞ、マジで大丈夫なのか!?」

荷物の受け渡しが終わると高機動機は凄い勢いで飛び回りつつ

「オレはまだやれるぜぇー! っていうかこっからじゃねーの?」

確かに心配になるようなダメージが見受けられるモノの、
その動きのキレは全く衰えていない、ウィンストンは意を決し、
ジオングの左手ごと持った「屋台骨」を仲間達に送り

「よし…確かに今ここでひるんで引いてられねぇ、
 残りの武装やカートリッジを早くくくりつけろ!
 俺とケントの二人体制でフォローに入る!
 ただ休む必要があると思った奴は休め! いいな、命令だ!」

もはやア・バオア・クーの防戦も、あちこちの内部爆発で行く末は見えた。
しかし、足掻けるだけ足掻かないとこちらの気も済まない!



そう長い時間は経っていない気がする。
まだまだ戦闘は続く物の、脱出艇や、漂流している艦の残骸で凌ぐ物も
多くなってきた、そんな時に、ア・バオア・クーのあちこちで爆発が。
そして、一部のジオン艦艇がMSを引き上げさせ、宙域から脱出を始めていた。

ザンジバルからの共有連絡が入る

『キシリア閣下の乗ったザンジバル敵にやられました、
 ア・バオア・クー指揮者喪失、あとは…各自の判断で…と』

「降伏って事か? それにしちゃまだまだ物々しいぜ!」

ジオング二号機の周りには「どれほど出力をぼっていようとこの機体は脅威」
とばかりに多数のジムやボールが取り囲んでいて、ウィンストンは
慣れない大型MSながらそれでもザンジバルの指揮よりは楽だと
神がかりな操縦と、大きなスカート部とバーニアで相手を突き飛ばし、焼くなど
移動のみで出来る攻撃も行っていたが、仲間の援護も届かずにもうかなり
ダメージも重なっていた。

「やっべ、あの上官殿が気になってきた…まだ生きているといいんだが」

ウィンストンの呟きにアイリーが

「ウィンストン、補充武器も殆ど無い、左手を解放して全部を砲に回して!
 そして、ちょっと狭いけど上に来て!
 あの人の名前はエヘト・オリエント少佐!
 あたしの能力を、「生き残るための力」と言ってくれた人!」

「よーし、行くか!」

「うん!」

バーニアの出力が突如途切れ、慣性運動のみになって漂うジオングに
「天命尽きた」と誰もが思っただろう、次の瞬間には周りの連邦軍がほぼ一斉に
ジオングに向け全方位で攻撃を加え出す、モール大隊の誰もが「もはやこれまで」
と思うが刹那、ジオングの頭部が独立して動き出すと共に爆発寸前のジオングの
両腕が動き、指がありったけの方向に向け、最初で最後のジオングらしい
十方向の粒子砲と共にジオング胴体が爆発四散する、

そしてジオング頭部は回避運動をしつつ、ウィンストンの通信が響く

『俺もアイリーも無事だ! ア・バオア・クーでやり残したことがあるんで
 ちょっと失礼するぜ! もうそろそろ停戦命令も入るだろうが、
 相手はソーラレイで殺気立った奴らだって事忘れて迂闊に武装解除するなよ!
 あと今からの全ては上書きせず記録しておけ!』

「おお、ウィンストン! 流石抜け目ないぜぇー! こうなったらオレも
 ジムの武器強奪とか体当たりとかやれることは徹底的だー!」

『おう! 使える物は何でも使え!
 早期に降伏に応じる者もそれは各自判断に任せる!』

ジオングの十本の指の粒子砲はギリギリまでタイミングを計っていて
貫通からその後ろの連邦MSへと波及していて二十以上の数を減らしていた、
早期降伏は、今ここを凌いでからでいい、と隊の全ての気持ちが一致した。



内部は既に半ば廃墟だが、まだ生きている部分もある、声を外へスピーカーを通し
アイリーが自軍への要塞脱出呼びかけと、少しの間宇宙を泳ぐ為の
救助用の縄をジオングのモノアイと外装を繋ぐ支柱へくくることを進言、
進行先に連邦軍が居れば容赦なく、要塞にダメージのないようにごく短い
粒子砲を撃ち込み沈黙させる。

『後誰か、どっかに籠もってるだろうオリエント少佐に縄駆けてでも
 生きているなら連れてこい! 彼にはザンジバルを率いて貰わないと困るんでな!』

ウィンストンが周りに響くように言うとアイリーも

『技術者のヒトも他の部署のヒトも、もうここは危ないよ!
 後二分も持たないと思う! 早く脱出して!』

ニュータイプとして連れてこられたのは技術者のモノは判る、
アイリーがそう言うのだからもう本当にダメなのだろうという事は良く伝わった。

『要塞と運命を共にする覚悟があるなら、その覚悟を何としても生き延びる方向へ
 向けやがれ! ザビ家と心中したいならそうすればいい!
 だがそれでもジオンだったところや物や人々は残るんだ!』

『みんな生き残って!』

アイリーの声はその時付近の誰にも心に響く声となった。
そして、ア・バオア・クーの無事な者達が続々と集まった、
ありったけの救助用のロープをジオング中央部のモノアイ支柱に
ウィンストンが外に出てくくりつけて行っている、

ある者は怪我人を抱え、ある者は持てる限りの資料やら何やらを抱えて、
そして、部下に促されてやって来たオリエント少佐も。

無線でジオングを通してウィンストンは

『あと十数える! ギリギリでも「ひょっとしたら」と思った奴は来い!』

カウントはアイリーに任せ、ウィンストンは少佐の側に

「生きることは恥ではありません、ザンジバルを委譲します」

少佐は敬礼でそれに応え、ウィンストンがジオング頭部に戻る。

アイリーのカウントが2から1になる頃

『おらテメェら! 怯むんじゃねぇ! 命に勝る物はねぇんだ!』

ウィンストンの叫びはカウント0に少し余ってしまい、ドックが大爆発を起こす!



ア・バオア・クーには金属構造物による支柱が太く全体中心を貫いていたが
それが方々で一瞬歪むほどの爆発!
外で待機していた隊の残りは手に汗を握る、

「う…ウィンストンよぉー…」

ケントもこの時ばかりは注意力が全く削がれてしまったが、
連邦も「終わった」という感触があったのだろう、しばらく戦闘が止んだ。

そして、爆煙の中から勢いをほぼ同じくしてジオングの頭部が飛んできた。

もう頭部両側のエンジンも限界でエンストが来た、このままでは止まれない。
隊の者達が学徒兵を含め脱出者の救助とジオングの頭を多少乱暴でも止める。

間もなく、ハッチが開きウィンストンがアイリーをエスコートしながら出て
救助組に合流する。

『ザンジバルはここでオリエント少佐に委譲する、撤退組に加わって負傷兵を
 運んで貰う、俺はギリで残っているムサイに残る、
 多分所々で柄の悪い連中が撤退組にちょっかい掛けるんだろう、
 俺はそれを守るぞ、最後まで守る、そのあとは投降でも何でもするさ
 MS隊で撤退を選ぶ奴はザンジバルの護衛、そうでない者達は全体の援護だ』

ウィンストンの言葉に少佐が

「済まない、しかし生きて汚名を雪(そそ)ぐ事もあるだろう皆の道を開くのは
 今ここに私しか居ないのだな」

「そうですよ、俺は本来艦の指揮権まではないんですから、頼みますぜ」

もう一度、少佐は敬礼し、ウィンストンも返礼した。
そこへ隊の者が通信で

『隊長! 左腕吹き飛んでるが乗り捨てられたコイツ拾っておいたぜ!』

それはこの総動員戦に狩り出された旧機、ザク1

『おっ! これこれ! チューニングはしてないB型っぽいから
 ちょいとモサいだろーがやっぱ俺にはこれよ!』

ウィンストンが嬉々として乗り込むとアイリーも乗り込んでくる

「えっ、おい、もうサイコミュ機器は何もないし、コクピットはヤバいぞ」

「ヤバくならないように危険を伝えて守ってあげる!」

強面隊長の春か? ケントを含め周りが囃す

『うるせぇうるせぇ! ともかく、ザンジバルの撤退完了と
 キチンと条約に基づいた決着つくまでは俺達はもう少し粘るぞ!』

元々の隊の者は勿論、学徒兵までもが「おう!」といい返事を返してきた。
護衛組と残留組の選考に少し手間取ったが、その間にザンジバルは動けるように
再調整し、撤退組と残留支援組に別れた。

数時間後、正式に終戦が告げられることになるその時には
抜け殻のように燃え尽きた隊が一斉に投降をする。


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