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「ジオン軍へのMS配備について、貴女を拘束致します」

沢山の画面に囲まれ仕事をしていたルナの元へ連邦軍の軍人が数名やって来た。
まったく、ニューイヤーを迎えたばかりなのに、とルナは一つ溜息をついて

「ま、設計や部品の調達には関わった…なんてのはモール大隊への提供で
 崩れているわね、最後まで生き残ってくれたようで何よりだわ」

ルナはあの後ご丁寧にキチンと紙の文書で届いた物を一行に見せて

「あたしの裁判は日本で頼むわ、そしてこちらもジオン視点で幾らか
 提訴出来そうな戦争犯罪も記録してある、公正な扱いと裁きを願うわね」

日本国政府から直々の書状、流石にこれは無視出来ない。
連邦軍の高官が書状を改めながら少し怯み気味に

「負けた側が何を…」

ルナの眉間に一気に不機嫌のしわがより

「勝てば官軍なんて時代は前世紀の大戦だけにしてくれる?
 今は幾らでも映像証拠を宇宙含めた全世界に配信出来るのよ、
 あたしの様子もモニタリングされている、一応は企業の社長なんですからね
 モール大隊の生き残りへの扱いなんかも追えるだけ追ってあるのよ」

幾ら戦争に勝った連邦軍とは言え、中立都市まで完全に操ることは出来ない。
連邦軍の一行は苦々しくは思ったが、確かに旧世紀も末頃には
そう言う世界であったし、結果として勝てば官軍的な面はあったとしても
「世界大戦」と呼ばれた物も第二次までのようなノリではもう行けない。

「敗戦国リンチなんて、時代後れも甚だしいのよ
 それに、真に裁かれるべきザビ家も今指揮が出来る者は居ないわ
 ただの周辺に「平和への罪」なんて戯れ言は許されない」

この女は、敗戦も見越して出来る限りの記録をかき集め
連邦の非は連邦の非として告発する人脈も持っているだろう、余りにも喰えない女だ。

「…どのみちだな」

ルナは長々と向こうが話すことを許さないというように遮り気味に

「判っているわ、あたしが無事に日本に連行されたことが確認された時点で
 社長の座も軍事以外の仕事も次に引き継ぐようになっている。
 戦時関連は…少しだけ時間を頂戴、データをまとめてここには残さず提出するから」

そんな時に個人的な通信が入り、ルナは音声を流しながら繋ぐ。
繋がった途端に物凄く焦った声で

『ルナ、俺だ! ウィンストンだ!
 移送中にグラナダでアイリーが「ジオン残党」に攫われた!』

「何ですって? それで…」

『俺達に行動の自由はない、
 咄嗟に連邦の奴の銃を奪ってアイリーを気絶させて逃げた奴の大腿を撃ち抜いたんで
 そう長いこと元気には動き回れねーとは思うんだが、俺達はこれから
 どこでどんな扱いになるのかも判らんし連邦もまだ決め倦ねているようでな…!』

「言いたいことは判る、でも今あたしもこれから連行という場面でね…
 そうだ、貴方達も日本で裁きを受けましょうよ、どのみちあたしへの罪状は
 貴方達へのMS供与なんだから丁度いいわ」

『いや…そんなこと言ったってアイリーは…』

「アイリーは死んでは居ないし、大きく移動もしていないわ、どうせしばらく
 残党狩りでグラナダもそれなりに今危険な状態でしょう、いつまでも
 武装解除させられた元ジオン兵が留まれる場所じゃないわ、
 連邦も貴方のその勢いなら捜索をせざるを得ないでしょう」

『えらく冷静だな…アイリーの生命探知か何かが出来るのか!?』

「ゴメンナサイね、直接大きな関わりがあったわけじゃないからこれは直感よ」

『直感だと!?』

「直感よ、あたしの感覚が彼女は生きていると言うことだけは告げているわ
 彼女との縁は切れていない、それだけは確信出来る」

『いや…その、だな』

「言いたいことは判る、あたしらしくない、全く論理的じゃないのは判ってる
 でも、あの子の生命力は負けていない、何故かこれが揺るがなくて」

『ニュータイプとの関わりがそう感じさせたのか…?』

「判んないわ、あたしはそんな御大層な者じゃないからね、
 どのみちあたしはこれから地球、日本で裁判、貴方達も行く宛が決まっていないのなら
 あたしとの関わりで来るといいわ、あとは今は連邦に任せるしかないでしょう」

そこへ拘束に来た連邦の高官が我に返って

「いや…投降兵が何故私用で連絡など取っているのだ!?」

『ぁあ? 「罪状一個足しとけ」で「借りた」んだよ!
 既に連邦の兵から銃奪ってアイリーを攫った残党に一発撃ってるんだ、今更だぜ』

呆れたという表情を崩せない高官にルナは

「ここに戦場に居た者は? 彼はポール・モール大隊のMS部隊隊長の
 ウィンストン・ウィンフィールド大尉よ、部隊損耗率を抑え、相手の損害も抑え
 人命をなるべく奪わない形で戦争を乗り切った戦士よ、
 上層部の欲しい戦果じゃないから勲章とかは無いけどね」

そこへ連邦兵の一人が

「あ…、モール大隊には覚えが…ルゥムの時…そうか…俺は幸運じゃなくて
 向こうの意志で生かされたのか」

「恐らくバルカンやミサイル発射口部分だけを潰され推進部も半分だけ
 と言う形にされたんでしょ、そう、それは彼らのモットー
 仲間への思いも強く、上と下が完全に支えあってた珍しい部隊だわ。
 自分たちが投降した身と言うことも彼は良く判っている、でも、
 仲間のピンチにだけは我慢がならなかった、それだけのことだわ」

何とも調子の狂う連中に、しかも日本への裁判の招待までされているとあっては
何を調子が狂おうともどうしようもない。
今これから再復興の動きに日本の力は更に世界として必須なだけに、何も言えない。



裁判が密室で行われることを防ぐために、自分やモール大隊の連中以外にもあらかじめ
ルナの布石がしてあり、地球の国々よりも中立コロニーなどの方への訴えとして
既に幾らか問題提起をしてあった。

何より、ザビ家が実質崩壊していることと、大量破壊兵器の応酬という形で
連邦にとっても大手を振って大勝利とは喜べない面もあった。

それには連邦の派閥争いのような物も絡んでおり、勿論コロニー落としなど
到底許されないような行為はあったとしても力には力をで返し、
派閥の内紛も同じ連邦…「元」が付き今は傭兵と成り下がった者達の
リークなども手伝い、長々とした裁判より、復興に力を
と言う世論も大きかった、これは直接大損害を被ったオーストラリアですら
その動きも大きかった。

日本の裁判は出来うる限り公平に行われ、ルナの提出した数々の証拠や、
技術的なジオンの設計の内訳などから、密かに各国ジオンの抱えた
設計会社を確保する動き…これは結果的に更なる混乱を招くのだが
連邦としても今後これからの戦争のあり方という物に対し、
未だジオンの残党も地球にそれなり残る中、必須である事から
「司法取引」のような形で結果おとがめ無しになる事例も出てきていた。

ウィンストンは特に学徒兵の復学を求めていたし、徴用に対して
当時のジオンで逆らえる物ではなかった事から学生達は割と早く
共和国体制となったジオンへ戻ることになる。
僅かな遅れが将来取り返しのつかない知の取り逃しになる危惧をルナも表明した。

季節は春から夏になろうとしていた。

法廷が開く前に、集まった被告の中に彼が現れた。

「よぉーよぉー、久し振りじゃん、元気そうで何よりだぜぇー」

ルナとウィンストンが驚く、それはケントであったのだが、その四肢は半ば程から
義手と義足になっていて、なんとか自力で歩いて指も動かせるほどに
リハビリをしたという角で裁判に赴いたのだった。

「おい、テメー、大怪我してるとは投降前に判っちゃ居たが、
 そんなになるまで何で何時間も粘りやがった!?」

ウィンストンが怒った、ルナも流石に痛ましそうに見つめていたが
当のケントはけろっと

「いやールナがよぉー、俺のザクサイコミュで動かせるようにしたってのを
 空母の爆発から逃げてコクピットがひしゃげて両手両足咬まれたときに
 「おおー、そうか! ルナが言ってたのはこれかー!」って感動しちまって
 そっからテンション上がりまくりで結局意識無くなるまで引き摺っちまったーw」

余りの底抜けさにさすがのルナも何とも情けない表情になり

「貴方が怪我をしたってモニタリングだけは出来てた、自動で切り替えになるから
 そのモニタリングね…、それにしたってそんなになるまで引っ張るための
 機能でもなかったのに…、大した精神力だわ!」

ウィンストンもそのルナの言葉に

「そういやそんなこと言ってたな、そうか、やけに動きが良かったのは
 サイコミュでの全操作に切り替わったからだったのか…オメーもなんちゅーか
 とことん前向きなやっちゃなぁ…」

「まぁー、義手や義足は感触や力加減が殆ど判らねぇってのはあるけどよぉー、
 いや、ルナ、オメーすげーわ、オレあの時完全に自分が何に目覚めたのか
 判ってマジ感動したんだからよぉー」

ルナは「コイツには敵わない」と言う表情になりつつ

「…そのお礼は死んだシムス技術中尉に言って、彼女の手探りからの
 ブラウ・ブロのデータに触れなければニュータイプでもその研究者でもない
 あたしが出来る芸当ではなかったわ」

「あー、そうか、でもブラウ・ブロって確かソロモン辺りで白いヤツに
 やられてるんだよなぁー、どっかに墓標でもあれば墓参りするんだがよぉー」

ウィンストンも「コイツには敵わんな」という表情で

「まぁ今のところないだろうな、これからも、余程全ての技術者の
 全業績を掘り返す運動がない限りは、埋もれて行くんだろうぜ、
 技術的な引き継ぎはまた別だが」

「引き継ぎって意味ならオレはルナに感謝すりゃーいいからそこはまぁ」

「あたしに感謝をするの? ある意味貴方の四肢を奪ったとも言えるのに」

「あの時の感覚は…ちょっと忘れられねぇなー、人馬一体ったっけ
 あの屋台ザクがオレの感覚で動くようになって、いや、オレマジで感動しちまって
 今まで以上に仲間の支援に回れると思ったら止まんなくて、
 そっから何時間も舞い上がったのはオレの不養生って奴だろ?」

「…貴方も妙に人間の出来た人ねぇ」

「俺だって誰かを憎いとかコイツぶっ殺すとか思ったことはあるよぉー?
 でも、ウィンストンもルナもオレのためを思って言ったりやったり
 したことだからなぁー、恨むってのはお門違いだぜ?」

「お前が仏様に見えるな」

ウィンストンのその一言にルナが

「あら、貴方日本に造詣が?」

「ああ、ま、過去の話だが、日系人と関わったことがあってな」

「なるほどね」

「なるほどなぁー、で、ホトケサマって誰よ?」

ウィンストンとルナが顔を見合わせ、ルナが

「聖人よりもう少し上、神の御許まで行くことが許された精霊のようだって事」

ケントは大笑いして

「やめろよぉー、オレただの田舎モンの中卒だしよーw」

そこへ法廷内のスピーカーから「被告人は静粛に」と言う声で
一気にばつが悪くなり座り直す三人。



第何回かになる法廷が始まった物の、先ほどの三人の会話は諫められはしたが
その内容は渡された記録からも明らかであり、「戦争」という狂気の中で
驚くほど冷静さを失わなかった人間性を証明するばかりであり、
傍聴人も、弁護側も、裁判官も心情的には彼らに対し好意すら抱いた。

今までは主に検察側の追求に対する弁論という形であったため
自発的な会話からの当時の事情は連邦側は初めて垣間見た。

「あたしはケントの能力…いち早く仲間の窮地に武器弾薬の補充に回る、
 と言う点からこれは伸ばすべきと判断した。
 とはいえ、それも戦争の中だから、彼だって結果的に
 相手を殺すことだって充分あり得ることは承知でサイコミュ搭載
 高機動型ザク試作第〇号の残骸から通称「屋台」を作り上げたわ、紛れもない事実。
 大仰では無いとは言え武装も施したのだからその点あたしは
 確かに裁かれる側に立つわ」

被告自身の弁論の場になり、ルナはしっかりと語り出した。

「そしてモール大隊は無闇矢鱈なヒット数を讃えるのではなく、
 相手の神経を逆なでせず、総合的に判定勝ちを狙う部隊だと知ったのも大きい、
 これに関しては、MS部隊隊長であったウィンストンにモール中佐の
 指針などを詳しく聞くといいと思う、あたしの父の後輩でもあったらしい」

「父はニュータイプの可能性を説くジオン・ズム・ダイクンに傾倒していたし
 それは単なる「戦争の道具ではない」人類の「次の段階」だと
 それしか聞いていなかったけれど、ケントの記録を見て戴けると判ると思う、
 彼の能力は仲間と共に生き延びるための能力、
 殺気を前面にだすのではなく、彼の実に素直で大らかな心の体現としての
 ニュータイプ能力、その第一歩に携われたことに後悔はない、
 願わくば、もう会社を背負うことは許されないとしても
 何か、社会貢献のために折角積んだ知識や技術は活かしたい」



「隊の全員の弁論なんてそんな時間もないだろうから、俺の口調は
 気にしないで戴けると有り難い、オレも田舎バンチの学力的には
 大したことない田舎モンだしな。
 前世紀において兵器戦はどうしたって命の取り合いだ、
 今も基本は変わらないとは言え、当時より比べものにならないほど
 パイロットへの配慮も厚くなっている、それなら、
 無闇に殺すこともない、相手の帰る場所を失わせず、その戦力だけを
 削って行けばいいのだ、理想めいた考えだが、オレはその中佐の言葉に感銘した」

ウィンストンもモール大隊最終責任者として余りしゃべるのが得意そうではないが
折角の機会に口を開いた。

「まぁ中にはなまじ生き残ったことが屈辱だと投降後殴られもしたが、
 何を恥じることがある、俺に対し怒りを発露出来るのは生きているからだ
 先ずは生きてこそ次の目標も出来るというのが中佐の考えでな、
 そして俺達は生きて次に向かいたいからこそ投降もしたんだ、
 結果が死刑だというなら、それもその為の道だったんだと、
 まぁ、中佐は言うだろうな、ソーラーシステムで焼かれちまったが」

「その時ばかりは連邦を恨んださ、だが、そもそもそれはギレン・ザビの
 ブリティッシュ作戦の応酬でもあるだろう、そして元帥殿は
 ア・バオア・クーの直前に更に大量破壊兵器での応酬を行った。
 直接関わったザビ家の全員が身内なり、何かの策謀なり、
 軍人らしく死ねたのなんてドズル中将くらいだろうが、
 まぁその最終的な咎を俺達にも被ってもらうと言うなら
 俺が頭だ、被ろうじゃないか、その覚悟があるから俺は投降したんだ」

「だが…もう一人のニュータイプ、グラナダで残党どもに攫われた
 アイリーだけはなんとか救ってやってくれ、あれはケントと同じタイプ、
 人の窮地を感知し、それを救うためのニュータイプだ、
 記録にもあると思う、ジオング二号機での記録も残せるだけ残しておいた」



申し開きのあと、判決までに少し時間があり、今度は大騒ぎにならないように
被告席の全員が集まり僅かの間の会話に興じた。

「大尉どの、格好付けすぎだぜ」

ウィンストンは少しばつの悪そうに

「しょうがねーだろ、中佐殿なら必ずそうやっていた、おれは次の階級上位者として
 それを引き継いだまでだよ」

「貴方達も何だかんだロマンと騎士道というか武士道というか、そう言う人達ね」

ルナが割って入ると、ケントもそこへ

「でも俺達がそう言う部隊だからこそ関わったってオメー言ってたじゃん」

ルナもばつが悪そうに

「まぁね…まぁあたしはもう登記的にも会社を手放しているし部下達は
 ここへ全ての資料を出すことと言う条件で守れたし、どうやらその条件は
 今のところちゃんと汲んでいるようだから、あたしも結果がどうであれ
 割となんでも言えるかな」

「義理や人情がどこまで通じたもんだか、全く理解しない奴だってそれなり居るからな
 あとはみんなの判断だよ」

そこへ、ケントに一人の女性が近づき、

「ケント、幾ら動かせるタイプの義手義足でも、一気に無理しちゃ疲れるはずだよ」

「ん、ああーでもこれも大事なオツトメって奴だろーからなぁ」

隊の一人がその女性に

「あんた学徒志願の学生看護師じゃないか、どうしてここまで?」

「あ、私学校やめてケント専属の看護師に」

それにケントが嬉しそうに

「もー、ロキシーのおかげでよー、ここまでリハビリ進んだって感じでよー」

「ケントにはそれだけの魅力があるよ!」

やや置いてけぼりの二人の世界、看護を受けるウチにお互い意識したらしいことは
もう見ていて良く判る。
ルナが勘も鋭く

「ひょっとして、禁固などの刑がない限り、結婚する?」

「禁固でも待ちますよ! 彼とジオン料理のお店開けたらいいねって」

流石に少しどよめく、ウィンストンが

「もうそこまで話進んでるのかよ…、ジオン料理っても色々あるが
 矢張りオメーや俺の出身バンチ辺りのか?」

「あー、あとはロキシーのも、オレ、リハビリで料理もやってみてよ、
 ほら、アレって卵扱ったり色々細かいじゃん?
 どうせ食うなら故郷の味でも、ってやってみたら、悪くねぇみたいで」

やっと頭が追いついたと思えば、ケントやロキシーの言葉にまた置いて行かれる感覚。

「…その分だと没収されない限り金もそこそこある?」

隊の者の質問にケントは

「皆もそうだろ? 例え安月給でも使う暇なんてあったかよぉー」

「カードなんて一々持ち歩いてなかったよ、お前案外ちゃっかりしてるな」

「不用心だぜぇー?」

素で放たれたその言葉に「いや、全くだ」と隊の皆は思うほかは無かった。

「そういやあたしも日本から仕事受けてたのよね、それだけでもやり終えたいわ」

ルナの何気な一言にウィンストンが

「ここの何を設計だよ?」

「それは今ここで言うべき事では無いわね、判決も出ていないんだし、
 まぁ途中までのデータやここの留置場で許される範囲での紙にペンでの
 設計とか、提出はしてあるけど」

ケントが感心して

「留置場でまで仕事かよぉーオメーホントに仕事好きなんだなぁー」

ルナは少し締まらない表情で頷くしかなかったがウィンストンは笑って

「ああ、何か生き残りてぇな、このメンツで出来ることを探したいというか
 どんな身分で仕事にありつけるか判らんが、ケントの店に食いに行って
 ささやかに毎日過ごしたいぜ」

「おう、歓迎するぜー、ロキシーもいい腕前だしよぉー」

「私が先生だよ? ケント飲み込みが早いから今は、だけど」

ひょっとしたらこれからどんなどんでん返しの判決が下されるのかも知れない
この瞬間に、しかし一行はどこか未来の夢を思い描き始めて居た。





判決の前に異例ではあるが日本国からの提言として
一人の黒いスーツを着た、背の高い女が現れ、弁護席の方から口を開いた

「海軍宙空挺部隊少佐、十條八代であります」

ルナの目つきが変わり、睨むように呟いた

「あの女か…!」

180はないくらい、ウインストンよりは問題なく背は低いがそれでも女…
特に日本の女性としては頭一つ近く大きな、そして日本人にあるまじきプロポーションの
長い黒髪の女、切れ長の目は細くもなく、一般的な「東洋女性」よりは矢張り
「日本人だな」という顔ではあるが、どこか人種を超越した感じもある。

ルナは彼女を分野は違えどライバルとしてそれを心に刻みつけた感覚だったのだが、
漏れ聞こえたウィンストン達にはその意図は伝わらず「?」という感じ。

「知っての通り、先の戦争では数十億人という桁外れの人的損害の他
 都市機能の喪失や停滞など、地球全土だけでも大変な復興の力が必要であり…」

原稿は用意してあるようだが、その冷静な声は「心の丈をぶつける」かのように
着実に真っ直ぐ裁判官達の方へ向けられ続いた。

「加えて宇宙域でのコンペイトウ…かつてのソロモン、そしてア・バオア・クー
 に於いては半年経った今でもそのデブリ除去が捗っておりません」

ここに来てウィンストンが気付いた、そしてルナと同じように

「あの女か…!」

と呟いて、その呟きにやや遅れてケントや他の隊員も気付いた。

「掃除屋…!」

女である事は判っていたし、その声をケントは聞いていた、間違いない

「シロナガスやジンベイでの除去も余りに足りず船体に掛かる修理や燃料も
 バカになりません、そして隊に必要な専用MSも現状必須であり、
 ジムなどの転用ではなく専用の設計も被告、ルナ・リリー技術大尉に
 戦争期に設計を依頼しておりました」

ここで法廷は少し騒然となる、日本国の「抜け駆け」とも「裏切り」とも取れる内容
ルナは理解不能という表情になる、ウィンストンはそれで全てを察した。
「そら言え無いわな、で、なんでそれを今ここで公表する必要がある?」
続けてウィンストンも理解不能という表情になった。

「誤解しないで戴きたいのは、デブリ回収のためと自衛のためという用途に
 連邦軍の主線機であるガンダムやジムと言った白兵戦向けのMSは完全に
 用途として「余る」という理由と、日本国の国際貢献はこれ見よがしに
 行われる物ではないことを含め、今まで旧式鹵獲機の改造によるステルス塗装で
 行われていました、連邦軍の一員としての日本軍ではなく、
 特殊警備課としての別働隊任務のため、そう言った工夫が必要でありましたが…」

少佐はパネルなどに幾つもの写真や設計図や、その意図、用途などを並べた物を提示し

「イトカワ統合設計…フォン・ブラウン市の会社…創立時から
 あらゆる国…コロニー群も含めて…の一般用機器の設計をしており、
 軍事用途でない物なら個人としても設計を依頼したこともあるのではないでしょうか、
 回収素材から欲しいモノを選ぶ角で当時社長であったルナ・リリー技術大尉と
 接点を得まして、ただの軍事用途ではなく、大量破壊を目的としない
 MSの開発という点で意見の一致を見ましたので、依頼をしました…」

と言ってまだ途中ではあるが作成図を展示する。
手描きによる「バケツ」の名も今この場ではルナにとって赤面物だ。



「オメーの趣味もなんかひねてるよなぁー」

「うるさいわね…」

ケントのツッコミにルナは益々赤くなった。

「これは素晴らしい、わが部隊に必要な運動性と間接の自由度を持ち、
 補助プログラムもありますが、操縦に慣れることで自分の体の延長のように
 操ることの出来るポテンシャルを秘めております、
 デブリとの戦いがメインの我が隊には是非ともこれを少数枠で生産願いたい、
 そして…」

少し間を置いて

「先ほども申しました、大気圏前後や各重要宙域に浮かぶデブリの回収には
 今だ手子摺っております事情、以上を鑑みまして、
 当法廷被告の内、ルナ・リリー技術大尉を回収部隊専任の設計・技術士として
 抱え込みたい考えと、足りない実行部隊への補助として元モール大隊を
 全員雇い入れたい考えであります」

思わず被告であるはずのルナやウィンストンが立ち上がり

「ちょっと待って、日本でそんな司法取引は有効なの!?」

「俺達も刑罰が与えられるのは受け入れるんだが、曲がりなりにも敵だった
 相手に掃除とは言え役目与えるとか正気か!?」

裁判官もすかさず法廷を鎮める役目をしばらく忘れて唖然としていた。
ここで少佐は被告席に振り向き、柔和な笑顔で

「エコだと思わない?」

その物言いは明らかに日本人だ、確かに効率的ではある。

「勿論、全員にバケツ支給とかは出来ない、何しろまだ設計も途中なんだから、
 だからそれをやり遂げて欲しいのと、ボールから武装を取り除いて
 作業用に「先祖返り」させたMP(モビルポッド)も用意させてる、
 勿論その機体に長時間長距離を飛ぶ機能はない、それに、
 貴方達は仕事に誇りを持つタイプだわ、逃げるとも思えなくてね
 先ずは復興ってこの時に、有能な人材や部隊を何で死刑や無期含めた
 懲役なんかで潰す必要があるのよ、使える物は全部使うの、
 「勿体ない」って話なんだわ」

ウィンストンが慎重に

「それが「償い」になるのか?」

「償うも何も、散らかしたら片付けるのよ、当たり前の話じゃない」

何ともスケールのでかい女だ。
ルナが矢張りライバル認定顔で

「あたし以上に喰えない女だわ」

「褒め言葉ね、ただ、貴方達の所在だけは確保しなくちゃいけないから
 住む場所や生活範囲は限らせて貰うわ、そこはまぁ「けじめ」と言えるのかな」

そこへケントが恐る恐ると

「あ、オレ食堂開きてーんだけど」

流石の少佐もケントにだけは調子を崩されたような表情になり

「それはもう少し月日が経ってからにして戴ける?
 貴方はニュータイプなのよ、こちらでもその能力ややれる範囲、そして
 将来現れるかも知れない後続にその能力を伸ばして使いこなせるような
 MSなりMAを与えたいので、少しの間協力して戴くわ」

「あー、そっかぁ、まぁそう言うのも必要だよなぁー、あん時は既に戦争中だったし」

なんて調子の狂う子だろう、少佐の表情はそう言っていて、
ルナはそこでニヤリとし、

「確かに、やりかけたこの仕事だけでもやり通したいとは思っていた、
 技術の進歩は戦争や準戦争状態を維持することで磨かれることの多い物とは言え
 それを決して戦うためではない用途で活かすことに大きな意味がある、
 いいでしょう、あたしの一生を捧げましょう」

少佐もニヤリと返しつつ

「でも私のこれはあくまで日本国政府としての進言であって
 まだ判決じゃ無いって事は理解してね」

そうだった、裁判官はここで「静粛に」と言いつつもまたしばらく休廷となる。



審議の間流石に場は騒然となり、少佐にマスコミが群がった。
質問内容からして、先ずは少佐が本当に戦闘外特殊部隊の主任なのかという
部分から始まっているのと、少佐は写真を拒否して周りの刑事達も
マスコミからカメラは取り上げて順次画像を決して回っているのを見る。

「…オメーもとんでもないのとパイプ繋がってたんだな」

ウィンストンの呟き、裁判を生き残ってささやかにでも生きたいとは言ったが
まさか「今すぐ」なんて話だとも思っていなかったので度肝を抜かれながらも
ルナに問うた。

「…あそこまでの珍獣だとは思っていなかったわ…大体特殊部隊って言っても
 そこまで隠密じゃないと思ってたけど、考えて見たらそうよね
 これ見よがしにして戦闘を避けるったってそんなおめでたい話もないから
 ホントに表に出てこないような部隊…まぁ各国にも居るんでしょうけど
 隠密部隊って奴よね、喰えない女だけど、面白い」

ケントがすかさず

「面白いで済ませるオメーも面白い奴だなァー、バケツも面白いし」

「正式名称なんて浮かばなかっただけよ…どうせ情報を持ってない側からしたら
 ホワイトベースは木馬、ガンダムは「白いヤツ」、ドムは「スカート付き」なんだし」

ウィンストンがそこへ

「俺はああ言うの好きだぜ、乗りたいとも思った」

隊員達が苦笑気味に

「流石隊長殿だ、ごついのはどこまでも趣味じゃないらしい」

「操縦体系もザクの進化形に近い感じがしたしザクよりも
 生身に近い動きが出来そうでな、機械的な間接の動きは特に肩や胸の構造が
 どーしても馴染みにくくてよ、少佐殿は誤魔化していたが、あれ地味に
 ガンダムやジムより格闘重視だぜ」

「それに関してはあの女の鹵獲ザク1見ててこう言うのかなという推測だったんだけど
 まさか貴方まで釣れるとは」

「弓って武器もいいと思ってな、宇宙空間なら尚更だ、基本的に減衰しないし
 カメラだけ潰すとかも余りゴミ散らかさずに出来る訳だし」

「貴方用の装備も設計しておくべきだったかしらね」

「頼んどきゃ良かったな」

そこで少し間が開いて隊員の一人が

「しかし…あの少佐どの正気かね…まぁ今更逃げるったってどこにって話だが」

インタビュー様子を見ながらウィンストンも

「まさに「今更どこへ逃げる?」という部分も含めて説明中のようだな」

「流石に色々と制限されるでしょうしね、首輪されるのは当たり前の話だし」

ルナも立場は違えど囲いのお抱えと言うことはそう言うことである。
ウィンストンはしかし少し考え込み

「散らかしたら片付ける、か…確かにその通りだ、そう言われると片付けなくちゃな、
 とも思える」

「俺達自身の尻拭いからか、悪くないねぇ」

隊の者が呟いた。
恐らく判決もそう違いないモノになりそうな、そんな予感がした。


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