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「おかえりルナ、また銀座の蓄音機屋からSP盤漁ってたの?
 あなたもまぁまた渋い趣味の持ち主ねぇ」

夏も盛りから秋の入り口の頃、神田から秋葉原に掛けての古いビル一つを
丸々住居兼設計室・ファイルサーバー・シミュレーション・工場として
与えられ住んでいたルナが帰ってくると、室内にはだらしのない服装で
既にくつろぎきっている八代が居た。

ルナの眉間にしわがより

「首輪して鈴付けるのはいいとしてさ…なんで貴女が我が家同然に
 ここ使ってるのよ?」

「いいじゃん、宿舎とか色々うるさいし、ここに入り浸る分には
 任務も兼ねられるんだから…はい、コーヒー」

仕事をしているときとはまるで違う「ダメ人間」の様相を呈している八代

「貴女に来られても、あたしも貴女も料理出来ないんじゃどうしようもないわ」

「コーヒーだけは好みに淹れられてるでしょ?」

「…コーヒーだけはね」

そんなことよりも、一口飲んで風味を確かめつつルナは

「元モール隊に掃除任せて主任である貴女がゴロゴロしてるってのはどうなのよ」

「そこまでの一年半くらい掃除三昧で他の任務もこなしてたんだから
 いーじゃない、久し振りの休みなのよ…それに、
 一二回集め方や地球への投棄の仕方教えたら、彼ら飲み込みよくて
 しかもめっちゃやる気に溢れてるんですもの、隊長殿もあのザク乗りたがったし
 こちらはモール隊を外側からボールやザクの操作を介入することも出来る、
 有給も貯まってたんだし緊急出動には応じる形で、まーいーじゃないの」

「…「散らかしたら片付ける」その言葉に感銘受けてたようだわ、
 貴女中々自然に諭すの上手いわね」

ルナはそう言ってSP盤を掛ける。

「少しはそう言うの覚えないと、世界はさ…と、そういえば貴女の端末に
 出自不明なメールが届いてたんだけど、タイトルしか見てないから見てみて」

「出自不明?」

「多分ここへは元貴女の事務所宛でそこからこちらに転送、なんでしょうけど」

「ふぅん…」

メールには解凍しなければならなかったが図面が一通り揃っており

「これは…少将からか…なるほど送信元は隠さないとね」

「少将? ジオンの?」

「そう、恐らくアクシズか木星圏か…残党が居る所なんでしょうけど」

「穏やかじゃないわね、中身は何?」

「見たければどうぞ、あたしが何気に気になってたMSについて聞いたときに
 あたしになら設計図だけで大丈夫と思ったのでしょう」

「MSM-10…、ゾック…またなんでこれを?」

「これの元々の用途よ、戦闘向けでは有り得ない分けだし」

「せめて操縦室は上か下にずらしとけって奴よね、確かに真面目に1から作るには
 余りに見た目の割りに脆弱なMSだわ、で、何か判った?」

八代の問いにルナは図面を舐めるように、レイヤーごとにも一つ一つ確認しながら

「…矢張りというか、これは海底資源採掘向けの用途から転用だわ、
 ほら、コイツだけモノアイ色違う…詰まり仕込まれた細工も違うのよ、
 3Dでのあらゆるモノの配置と、簡単な電磁波で判る範囲の成分分析とか
 濃度分析とか、そう言った物向けなのよ」

「そういやモノアイの色が貴女の作業用バケツと似てるわね」

「丸い形状から粒子砲まで、ある程度高圧下で海底の山や岩場を切り崩しながらも
 探査するための、元々はそういう用途だわ」

「…うん、そう考えた方がしっくりくるわね、なるほど、そう考えると…」

「欲しくなったでしょ、特に日本だとこのMSの用途に適う使い方が出来る」

「丸々コピーははばかれるけど、何かこの系統で採掘の糸口まで掴めるようなの
 欲しいわね、世界中の鉱山も結構盗られ放題だったし、
 上がった値段と天秤に掛けてずっと放置してた海底資源効率よく
 何とかならないかって話は出ていたのよ」

「…モノアイ内部のカメラやレンズ、計測機器の内訳も詳しく指定されている
 …うん、索敵用にならこんなに機器は要らない、矢張りこれは本来戦闘には
 使わない予定のモノだったはずだわ…あたしのバケツのが機能は上だけど…
 流石現場の設計は配置が神がかっているわね…なるほど、こうすればいいのか…」

「ジャブローでも先ずは周囲の地形把握からドックの位置特定のための
 先行出撃だったようだから、なるほど、元々水中調査用だって言うのは当たってそうね
 …そう言えばバケツどうしたの?
 流石に大荷物だから持ってこなかったって言うのは判るけど」

「あれねぇ…社の方で引き継いで作業用にでも…と譲渡したつもりだけど
 しばらく軍事向けもないだろうと持て余されてるみたいなのよね」

「それも引き取りましょう、この際ホントに使えるモノは何でも使わないと損だわ」

「そうね、整備の暇は無いみたいだし、1G環境での使用が少ないから
 ちょっと手直し必要だと思うけれど…」

「なに、鹵獲05JP改の簡易バージョンも一つ欲しいと思ってた所でね、
 一機しかないからとスペシャルに改造したんじゃない、省ける部分を
 どこまで省くことが出来るかって限度見本としても、欲しいなぁ」

「社の方に連絡してみて、今の所有はあたしじゃないンだから」

「そーね、海底資源採掘用MSにもう一機デブリ専用機できるのか、充実してきたわぁ」

「そういや鹵獲前は?」

「モビルポッドや実験用ステルス艦船からの投網に近いやり方ね、
 体感覚で使えないのと船は小回りが利きにくいから投網失敗なんてのも
 けっこーあったんだわ、たまたま日本へのジオン侵攻時私がほぼ無傷で
 05鹵獲出来たから、私に宙空の方までお声が掛かってザクも私のになっちゃった」

「日本まで来る頃には補給も伸びきってただろうとは言え、
 生身でMSをほぼ無傷で鹵獲ってまたどうやったの」

そこで八代は立て掛けていた刀を手に取り

「元々白兵戦ドンとこいだったしねぇ」

「…飾りじゃなかったんだ」

「流石に裁判所には持ち込み出来なかったけど、私の魂よ
 900年くらいの歴史を紡いだ一族の宝」

「…普通そんなの取り上げられて国宝行きだと思うけれど…」

「実際に継承者が受け継いで使ってこそのこの刀だからね、室町の作り直しも
 江戸の頃の帯刀する刀の長さの指定も抜けてきた歴史が有る」

「…貴女が何者なんだかどんどん判らなくなってくるわ」

「まぁまぁ、「こっち方面」には巻き込まないつもりだから気にしないで。
 これでモノアイと他のカメラだけ潰して回ったのよね、後は出てくるのを待つだけ」

「なるほどね…って…そのザク寝てたの?」

「ま、色々あって20mくらいなら、ね」

「…深入りしない」

「そうして」

何となく間が開いてそれぞれの時間を過ごしつつ、両方が同時に声を掛け合った。
妙な間に八代が先ず

「私のはつまんないことだから、貴女の方からどうぞ」

「え…ええ、いえ、そう言えば丁度コクピットからの操縦系見本が出来そうでさ、
 機体は専用端末でのシミュレーションになるけど、
 操縦桿の重さや反応とか試してみて欲しいのよ、どっかで組み上げるスペースとか
 確保して貰わないとならないけど」

「ここじゃ狭い?」

「ちょっとね…っていうかそんなモン密かに作られても困るでしょうよ」

「ま、そうか、判った、何種類か意見欲しいから私の部下と共に
 モール隊の方々にも手伝って貰いましょうか」

「そうね、ケントの方はどうかしらね、機体シミュレーションだけは渡したけど」

「ああ、いい感じよ、基本概念整ったら貴女にそれも設計頼むわね」

「そっちは前例あるからバケツよりは時間掛からないと思う、まぁ任せて
 で、貴女の方は?」

「弁当でも買ってくるか外で食べるかしない?」

「…いいけど、同伴無しじゃ行けないような貴女の知ってる所にでもお願い
 この辺のであたしでも行けそうなのは大体行き尽くしたから」

「オーケイ、勿論割り勘ね、行きましょう」

凄いだらしない服装なのにやけに立派な太刀だけはキチンと携える八代に
ルナは合点がいったような、行かぬような、複雑な気分になった。



「うーん…ルナよぉ、もう少し直感的に出来ないかな」

軍用の倉庫を間借りして組み立てられたコクピットシステムプロトタイプに
ウィンストンが乗り込んで呟いた。

「体の動きをトレースするようなのはコクピットを無駄に広くしないとならないから
 そこは我慢してくれる?」

「まぁそうか…通常の操縦の他に指まで一本一本マニュアル操作となると…
 これは結構慣れが必要になるな…三段階+センサーがついていて
 握るモノの強度によってある程度調整が入るのはいい感じだが、あと少し重いかな」

「貴方でも重く感じる?」

「若干な、しかし俺でも重く感じると言うことは、大丈夫かよ、少佐殿とか」

女を貶めるための言葉ではなく、ウィンストンは190cm近い長身である事と
トレーニング趣味もあってかなりのマッチョ体型な事がそう言わせたのだ。
試しにとモール隊の面々が操ってみても、矢張り少し重いという。

「うーん…八代には何も言われなかったからなぁ…というのもね、
 今のシミュレーションはモスク・ハン博士のマグネット・コーティングを
 施さない場合…詰まり通常状態で、コーティングのシミュレーション入れると…」

ルナが操作してそのシミュレーションに切り替えた途端、隊の一人が

「うおっ! 反応良すぎる! なるほど、この状態だとこのくらい重くないと逆に怖いぜ」

どれどれとウィンストンも操縦してみて、流石に隊長格、シミュレート画面を見ても
よく動けては居るが…

「…こりゃアカン、何かクッション的な物も入れて「動きすぎ」を制御しないと
 地上で歩くのもおっかなびっくりなるな…」

「うーん、コーティングの抵抗まで入れるとなると、そもそも入れなくても…
 と言う話にもなるのよねぇ…因みに、この処理はあのガンダムにソロモンの後
 施されたそうよ、最も、研究段階のモノをいきなり実装したわけで
 今こうやって幾らか調整されたモノですらないデリケートなモノだったらしいけど」

それを聞いたモール隊は口々に

「そりゃあの動きにもなるわけだ!」

「これよりデリケートなモン操ってたのかよ…」

「やっぱり化け物だ…」

という尤もな反応、ルナは

「どうする? コーティング無視である程度の関節や伝送関係調節で
 もう少し操縦桿を軽くするのと、現状ベースでコーティング入れるのと」

「少佐殿はなんて言ってる?」

「それがさ…ニュータイプでは無いと言うモノの、少しあらゆる箇所動かしてみたら
 次の瞬間にはそれなりにシミュレーション戦闘クリアしちゃうもんだから
 貴女じゃ参考にならん、と貴方達をメインにすることにしたんだわ」

「…ニュータイプではないのか…まぁ確かにこう言うのは訓練と才能がかみ合えば
 どこまでもどんな高みでもクリアしちまうようなのは居るからなぁ」

ウィンストンが言う、それがこの世界の俗に言う「エースパイロット」という物だ。

「ああ、でも、八代が言うにはシミュレーション戦闘で65%たたき出せれば
 コーティングからの訓練の価値はあるかも、とは言ってた、やってみる?」

そういう風なパイロット魂をくすぐられるようなことを言われると「よーし!」
となるのがモール隊でもある、微笑ましく「ヤレヤレ」と思いつつ
ルナは一人一人慎重に計測を開始した。



ルナが制作に入ったMSを工場見学したいという角で八代や部下数名、
幾らかお偉いさんも引き連れての最終仕様の説明になった。
MS開発に関しては八代の権限が強かったのでモール隊の最終調整が
入れば後は任せるとの事でルナは秋に生産に踏み切った。

「今までのMSの作り方では、何かエポックメイキングがあるたびに
 全てを作り直さなければならなかったところに旧来のジオンの弱点があった、
 連邦はそれを参考にガンダムとそのバリエーションからそれぞれの枝進化
 と言う形で、効率化が出来ていた…まぁこれも水陸や水中用となると
 また話も変わってくるわけだけれど…そこで…」

幾らか工程を見てその先、一同が軽く驚愕する。
ルナが手持ちの端末でCADの図面も見せつつ

「ムーバルフレーム、内骨格で臓器も抱え込むような…そう、生物に近い
 基礎に対して装甲…と言う形にした方が後からの部分的な改修と調整も
 やりやすい…この状態でのマグネット・コーティングなら装甲面での
 調節もし易い、一々全部設計試作するコストも削れるわ。
 …そしてこれは多分、アナハイムやツィマッド…他の新規参入でも
 始めて居ることだと思う、エースの素養はそれは別として
 それを外側からも装甲等で調整出来るようにする…世界の潮流になるわ、確実に」

そこへ八代が

「寿命での交換は?」

「勿論バラバラ、用途や頻度でも変わるでしょう、そこも考えられる
 頻発箇所にはそれなりにアクセスしやすいようにした、
 一応組み上がったフレームの段階を今見て貰っているわけだけれど、
 マグネットコーティングの実装と仕様を色々いじって摩擦をほぼゼロに、
 着脱も詰まりコーティングをいじれば簡単に外れるようにしたわ
 運用の難しさをまぁ逆手に取ってみた」

「つまり、次世代パーツでテセウスの船を作る…、改良と一緒に組み替えて行く」

研究者の一人が言うと、ルナは頷いて

「そういう事ね、最小限で世代交代を成し遂げる雛形と言うことになる」

どよめきが起こるが、ルナは冷静に

「さっきも言ったわ、恐らく一部流用以外大手は既に取り掛かっていると思われる、
 特に研究費開発費の限られる日本ではこういう細工は必要でしょう、
 要になるパーツだけは妥協のない良い物を使わせて貰うけれどね」

八代がそれに対し

「まぁ当然よね、実際運用する側にして見れば、当然の要求
 それにしてもコクピットの操縦テスト僅か半月くらいで設計やり直したわけ?」

「そこはね、既存のそれぞれのパーツを「繋げる前提」に置き換えて調整する
 …だけといえばだけの話だから、繋ぐシステムさえ出来てしまえば
 あとは各関節に適用して調整するまでだし」

そして、次の工場では、外装甲や外装甲着脱のためのパーツが集められた工場

「各素材会社や研究所の色んな素材を集めさせ、対ビーム、耐衝撃、耐熱、強度重視
 それぞれの基本部分、つなぎ目はどうしても甘くなりがちなのだけれど
 そこを更に外装のマグネットコーティングとでも言うのかな、
 Off時は簡単な設備で開けたり出来て、起動時にちょっとやそっとの衝撃では
 バラバラになったり開かないようになっていたり…
 コクピット部分だけはある程度復元性も視野に更に頑丈にしてある」

技術者がそこへ

「てんこ盛りにしてそれぞれの厚さや強度はどの程度確保されますか」

「これもねぇ…どうしても今は先の戦争を基準に考えるしかないので
 これから先また色々どの厚さをどの程度にと言った調整はでてくるでしょう、
 ザクマシンガンとビームライフルは同列には扱えない」

「そうですね…、あれ以上のモノが出てこられますと…」

「ビームよけはこれもある程度各社対応してくると思う。
 要は回避運動の間だけでも持ちこたえてくれれば良いわけだからね
 だから衝撃受けや貫通力…硬度の方を今はある程度強くして第一号機でのテスト、
 そして、これもポンプの調整で精製水をフレームの冷却循環を兼ねて
 各パーツごと、各装甲ごとに通したり、止まったりを自動調節できて…」

ルナの言葉に八代が

「機能てんこ盛りだわ、制御システムはそれに耐える物なの?」

「そこなのよね、それもあってフレームにしたのだけど、つまり
 この最初の段階のフレーム+装甲だけは高くつくことを覚悟して、
 まぁ予算は通してあるわけだから先ずは一機組み上げる、その出来如何で
 少し初期投資をアップしてくれると幸いだわ」

「宇宙線や衝撃や熱にはある程度耐えてくれてそれなりに高い演算性能であると
 解釈して良い?」

「勿論よ、宇宙でも地上でも、低重力環境下でも一応それなりに
 「そのまま動く」ようにしてある、オプションは勿論それぞれにあると思って」

そこでお偉いさんも参加して

「それで…全体予算は君も把握していると思うが、この一機に掛かった費用は…」

ルナは黙って端末で内訳を出して示した。
お偉いさんや研究者、八代以外の大半の人物が固まった

「こ…これでは二機も作れないではないか…!?」

ルナはぴしゃりと

「これから年度別に計上される予算が同額と見込んで量産体制に入らせ、
 保守部品や装甲など入れ替えなどの面を考慮すれば来年度に三機、
 その次には四機、そういう風に考えてあるし、既に量産ラインは造らせている、
 最初の一機はほぼ全身を入れ替えられるくらいのパーツも確保しているわ
 そう、パーツの規格の共通化、これも話しておかないとね
 一度に一個という部品は特化した機能の箇所だけにしてあるわ、モノアイとかね」

技術者が引っかかったか

「真ん中に柱があるからてっきり両眼かと…モノアイですか?
 いえ、確かに全体で見れば「モノ」でも中には色々機構があることは判っていますが」

「モノアイ内部のカメラの調節で景色としては頭頂と足下以外全部起動時に解析、
 3Dマップとして反映されるようになっている、材質やその強度もある程度ね
 これは普通のMSと言うよりは例えばデブリと言ったモノをキチンと空間上、
 その素材も含め把握することを念頭に、自衛用手段としても
 オートで攻撃順を判定するのにも役立つわ」

「サブカメラの性能や解像度は…」

「良い質問だわ、勿論各所に仕込んでは居る、性能もメインで普通に捉えるモノと一緒」

ルナが自分で試作したサブカメラユニットをバッグから取り出し

「テストもした、初速が幾ら早くても弾丸くらいであれば瞬時に判別出来る。

サブカメラにも複数のレンズがあり、後は転送力の高いケーブルで繋げば良いように
組み上がっていた。

「メインカメラの方には更にビーム兵器に対しても瞬時に角度くらいは判別して
 自動で僅かに姿勢制御される機構もある」

八代もそれには少し感嘆し

「ほぼ光の速さにも対応出来るのね」

「その気になれば前世紀ですら光の進むリアルタイム…まぁ水中のだけど…を
 捉えることも出来たんですからね、バケツ用モノアイとカメラ網のシステムを
 甘く見ないで、反応して動くメカニズムは取り入れてないけど
 その基礎はあたしが使ってた「試作バケツ」で既に試した、割と近傍銀河の
 超新星爆発を捉えて一からそのエネルギーと共にログ録ったし、大きな天文台なら
 提供したデータ残ってるはずよ」

うーむとお偉いさんが考え込みつつ

「しかし…もう少し削るところはないかね」

そこへ八代が

「私がテストパイロットを兼ねて実践と共にではルナにログは全部撮って貰って
 最適化もしましょう、外装甲や一つ一つのパーツについては必要なモノですから
 これは何を今更でしょう」

ルナが

「実践?」

「北方領土…千島列島のとある島にね、ジオンが居るのよ」

それを今洩らすのかと周りは焦ったが、ルナは冷静に

「おかしいわね、何故ロシアが出てこないの?」

八代はニヤリとして

「そう思うでしょ? だから実践で使ってみるのよ、武器や装備は?」

「いきなり使うの? いえ、あたしもMS開発に携わった経験者として
 いきなり不具合と言うことはないと確信しているけれど、流石に全体のバランスは
 ムーバルフレームの導入と共に見てみないと」

「試し運転くらいは流石にするわよw」

ルナは心底ホッとしたように

「よかった、貴女のことだものいきなり持ち出して作戦だって言いかねないんだから」

それに関しては八代の同僚やお偉方でも八代の上司だろう人物が同意した表情。

「武装ね、勿論現在の技術レベルに合わせて、折角のマグネットコーティングも
 最大活用して粒子加速に使う事で形は同じだけど威力は
 ガンダムのビームサーベルより全方向に広げず方向を絞ることで
 横からの攻撃にはやや弱いけど刃同志でぶつかればビームサーベルだって
 叩っ切るわよ、最大出力ならね」

「鍔の部分は改良してくれた?」

「熱源探知で短時間相手のサーベルの粒子に対して撹拌…つまり無効化する流れを」

「100点満点♡ さっすがだわ」

「MS用短銃に関してはとりあえずあのままで良いと判断したわ、
 元々装甲突き破って炸裂弾を…と言う物でもない訳だから」

「そうね、それ以外は、設計図によると手の甲側に一門ずつの粒子砲と
 後はオプションで頭部バルカンね、105mmならまぁ、ああ、ここは
 世界標準の機構と口径に直しましょうよ安くなるんじゃ?」

「利点があるとしたら弾丸の貸し借りくらいかなぁ、ライセンスガッチガチだと思うわよ」

「ライセンスか! 知の共有なんて遠い果てね」

「ま、しょうがないわね、そうでもないと喜んでパクリ、パクっただけでなく
 自分で特許とって売りさばき出すようなのが居るからね」

そこまで言うとこれはお偉いさんも含んで皆大きく頷いた、が、

「いや、そこは十條少佐の言うとおり出来る規格化は世界標準にしよう、
 そこは「国際貢献」の名に恥じないように」

「前世紀のように貸したら恨まれたなんて事のないようにね」

ルナは歴史に詳しいのか、日本国にとって苦い経験をすらすら出してくる。

「…仕方あるまい、殆どの国はキチンと貸し借りが出来ている以上は」

「わかった、では標準化出来そうな武装とかはヤシマ重工とか
 連邦…まぁこれからはジオンの技術もごっちゃに混ざると思うから
 標準化に関しては連邦と共に各国に連絡して、決まったら教えて、
 バルカンくらいは今でもある程度傾向があるからそのくらいはやっておく」

そこで八代が少し呆れたように

「しかし貴女もホントに敬語使えない人ね」

「敬意は抱いているつもり、でももうこれ癖なのよ、学生時代から
 私はジオンで学んだとは言え、月の出身なんですから、
 差別までは言わずとも半端物扱いはされた物だわ、いつでもどこでも
 出来る主張はする、と言うことを貫いた結果だから」

通常なら修士くらいで終わるはずのモノを幾つかの設計技術分野で博士号まで
22歳で取ったらしいその経歴、その影に隠れた血の滲む努力は確かにルナの
目つきの悪さや目線、モノの考えや発言のタイミングなどから推察出来る。
思わずお偉いさんが

「君も苦労したのだろうね」

「言っておくけれど、この世に差別は根本的にはなくならない、
 どこに線を引くかの差だけで、時と状況によって幾らでも対象は増えもするでしょう、
 これは確実なんだけど、対ジオンと言うよりスペースノイドに対して
 今後は差別が厳しくなるでしょうね、確実に」

「そうだね、ギレン・ザビはジオン公国という名の他に
 スペースノイドという言い方をしていた、ジオンは既に共和制になったのだから
 脅威を煽るのならそこになるのだろう」

「ジオンも風当たりは当然、当分強いでしょうけれどね、まだまだ世界中にも
 残党が潜んでゲリラ戦も行っているようだし…
 ザビ家は焦りすぎたわね、ブリティッシュ抜きにルゥムを先にして
 速、講話に持ち込んで、そこから数世紀を宇宙と地球の住み分けにしておけば
 ある程度の権威くらいは稼げたでしょうに」

八代が熟々ヤレヤレと言う感じに

「まぁ、連邦も半ば腐ってるからねぇ、正直、前世紀の国連なんぞより
 それぞれの国でなく「連邦」として規格化が進んだ弊害が現れそうでねぇ」

周りがまたそういう重要情報を…!
となりつつも、日本としては全くうんざりな状況には違いないのでつい
八代を止めることもなく空気で同意してしまった。

「すでに次の戦争の種は蒔かれているし、もう芽吹いているかも知れない、
 付き合いきれないとは言え、対抗するだけのモノは持たなければならない」

ルナの言葉に八代が

「その通りだわ、矢張り私の見込みに間違いはなかった」

「あたしホントは歴史学者になりたくてね、地球史は勉強したわ、
 日本の大陸や欧米に振り回された歴史も、学士は取らなかったけれど」

なるほど、一同が納得した。

「さぁ、後で省くモノは省いたり更に国際規格に合わせる用意があると言っても
 最初の一機だけはもう覚悟して貰うわ、簡単な起動テストをしてから、では
 10日後くらいには試乗を兼ねて調整に入りましょう」



「久し振りの重力下…と思ったら模擬戦か、しかしやっと出来たんだな、バケツ」

九月半ば、広く、周りが見通せる分こちらからの監視も容易な場所を選び、
量産向け試作バケツ一号機と、鹵獲05JP改をそれぞれ並べ整備して
距離を取り向かい合う、ザクに比べると少し大きく見た目は少しゴツそうにも見える、
しかしそれは幾重の装甲の奥に芯があるとウィンストンには判る、



スピーカーで周囲2kmくらいには響くだろう(試験場の範囲はもっと広い)音声で

『おし、今の時点で見える弱点は軽重量だな』

『流石隊長さんだわ、そう、これザクよりも軽いのよね』

お互いの武装はビーム「太刀」と、MS用ハンドガンのみの条件。

『どこへも細かく動けますって体だな、どう攻めたもんだか』

『埒あかないからカウント3でお互い行きましょう』

『実戦じゃそんなの有り得ないが、そうだな』

そしてルナの端末から試験場に響くカウント、
0のカウントは無し、お互いの0の感覚でそれぞれが太刀を抜く!
ごく僅かにウィンストンが早かったが、その出遅れをカバーして有り余る性能、

『ちょ…お前…!』

ウィンストン側が全力でバーニアを噴かし、態勢を変えつつバケツに突っ込んだ!
物理的に両手を塞がれ、お互い振り抜けられなかった感じだが、
ウィンストンは焦りながら叫ぶように

『お前、マジで振り抜くつもりだったろ!』

『判った? いえ、勿論コクピットくらいは外すつもりだったのよ?』

『お前、折角一年以上使った鹵獲機をスクラップにすることもヨシとしてたのか!?』

『結果は結果としてね、でも貴方が直ぐ気付いたからそうはならなかったでしょ?
 うん、やっぱり押し合う形になると推力はあってもやや不利ね』

『ザク1のショルダーアタックはこれでも結構な衝撃食らわせられるんだぜ』

『そうね、無駄なトゲなどのギミックがない分ダイレクトだわ』

お互い距離を取って太刀は収め合った。
そしてMSハンドガンにお互いが手を掛け、撃ち合いつつ、回避、相手を読みつつ
また打つ、と言う攻防を始めた。
鹵獲ザク1、05JP改が地上戦をしたことはなかったのだが、流石に大半を
改造したと言うだけはあり、旧式ながらも動きも良く、また
ウィンストンの腕前も大変技術的に高いと言うことも伺い知れた。

「大したモンだわ、お互いに最初の一発だけは牽制で後はお互い確実に当てている、
 …ただ…」

ルナのモニタリングからの呟きにお互いの最後の一発の段階で八代のバケツが
その軽やかさを活かして距離を詰めるべく動く、しかし
その動きは端から判る、細かくスラスターから微妙なランダムのブレを起こして
クリティカルな当たりはしないように撹乱していた。

ウィンストンのJP改も返すように動こうとはするが、流石にそこは重量差と
推力の差、そして機体その物の滑らかさがモノを言った、
次の瞬間には右手に持つと思わせていた銃を左手に持ちJP改の右手甲に
突きつけつつ、体は右に開く形…つまりJP改に対して全く隙を与えない形で
勝負は決まった、右手…銃を持った手を潰されたら慣れない左腕の太刀しかなく、
また当てるための距離も少し離れているし、バケツの右手は既に太刀の柄に
添えられていたし、バケツの左側をザクの右側から寄せていたこの体勢、
どちらが先に大破するかは見えていた。

『くっそ、参りました』

『その機体がここまで動かせるとは使ってた私もビックリだわ』

『俺にとっては基本ザク1ってのは一番慣れた感覚だからな』

『スクラップも辞さないつもりだったけどちょっと考え変えた、
 それ用の改修の予算も組んで貰いましょう、来年度二機くらいに減るでしょうけど』

『俺は嬉しいけどよ…』

JP改の頭とモノアイがルナと見学の一覧に向けられ

『良いのかよ? コイツ(バケツ)かなり気合い入ってるだろ!?』

ルナは冷静に結果を見ながら

「正直勝負にならないかと思ってたんだけど、そのJP改、大した改修だわ
 そして例え改修されて運動性は上がってもザクという雛形には変わりない、
 乗り慣れた貴方というパイロットと合わさることで、
 八代のバケツは「装甲はある程度落とす覚悟」で挑んでいる」

『まぁー俺の方への当たりは…武器如何じゃ中破くらいにはなってたがな』

「そこまで勝負にならないと思っていたのよ、矢張り機体の性能その物って
 完全に決定的なモノにならないのね」

『そらそーだよ、何のためのパイロットだよ』

「そうよね、思い知ったわ、少し敗北感」

『しょげることはないぜ、慣らし運転だし少佐殿は幾つかチャンスを敢えて潰してた』

『あら、判っちゃったか、やはり隊長殿も良いパイロットだわ』

「そうなの?」

『もっと大胆に動こうと思えば出来たわ、データ的にそこに「無理」は有ったかしら
 後でその瞬間数カ所指摘するわ』

「了解…そうか…まだポテンシャルはあるのね」

『JP改はこれで精一杯だよ、マグネットコーティングとかいうの
 導入したとして…戦いの相性って奴は中々覆せないからな、どうなるやら
 っていうか真面目に斬り合ってたら最初の段階で俺が真っ二つ終了だよ』

『抜刀術は負けないわよ、例えこっちとそっち入れ替えたとしてもね』

『おお…、言ってくれるなぁ…いや、だがルナ、そう言うことなんだよ
 結局使う奴の腕前も加味されるんだ、数字上のスペックじゃねぇ
 絶妙の「間」と言うモノを掴んでこそエースパイロットなんだぜ』

「なるほどねぇ…と言うことは今のはほぼ試験にならなかったか…」

『幾らルナが自信あると言っても初めての試みに初期的な不具合ゼロとまでは
 行かないかも知れない、そのテストには充分なったわ、私的には満足よ』

「そう?  でもあとで全力回避分の箇所は教えて」

何とも呆気ない感じになったのだが、この後結局北方領土への調査という
実戦を兼ねた試験投入という流れになってしまったのだった。


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