L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:10.5&11.5 「その時の弥生と少しその後」

第四幕


弥生は霊会話でその敷地内に声を掛けた。

『渋谷さん! 居るでしょ、ちょっとこっち来て!』

敷地内でぼーっと座っていたものがこちらに気付きやって来る。

『やあやあアネさん、どうしました? なんだか大勢若い子が居るけど』

年の頃はもう老人と言っていい男性だが背筋は伸びているし、霊なのに生気ある表情。

『紹介するわ、私の霊専門情報提供者の渋谷 猿楽(しぶたに・えんらく)さんよ
 もう死んでどのくらいになるんでしたっけ』

『さぁー昭和だった気も平成だった気も、どっちでもいいけどね』

なんと元気な霊であろう、動きやすく且つ年の割に軽妙な服装でハンチング帽。

『彼には思い残しも何もない、でも、変わりゆくものを何となく見ていたいんですって
 そして時折「ヤバく育ちそうな悪霊の種」を教えてくれるのよ』

『散歩が趣味なんだよね、心残りがあるって言えばそのくらい、でも今それが
 天気や時間や体力に関係なく出来るからね、まだまだ逝くには当たらないねぇ』

『霊のまま神社参拝も出来たりする、多分この人はある意味選ばれた霊なのよ
 死んでからも楽しみや信仰を体現しても本人が決めるまで成仏しなくていいっていう』

裕子が「こう言う霊」の存在を知らなかったらしく驚きの表情で

『そのような霊…いらっしゃるのですね…、驚きました…京都で見た
 「無念さん」とは全く逆の…物凄く前向きな波動…』

『ああ、古都にはそういうの居るらしいねぇ、もっと身の丈を見て
 楽にすればいいのにってアネさんから話し聞くたびに思うよ、勿体無いって』

そこへ弥生が

『さぁ…と言って質問したい事なんて急には浮かばないだろうけれど、
 三人とも、渋谷さんになんても聞きなさい、見てきた霊も豊富だからね』

三人が顔を見合わせ相談して色々質問を始めた。
渋谷さんはその意図を汲み、判りやすく質問に応えていった、時々冗談も挟み
ちょっと江戸っ子的べらんめぇも滲ませつつ、話に花が咲いている。

裕子が弥生と葵へ

「どう言う切っ掛けでお知り合いになったんですか?」

あやめも頷く中、葵が裕子へ

「弥生さんとこっちに引っ越してきてちょっとした頃、夜まで掛かった仕事があって
 それで近場だったから歩いて出向いたし、帰りも歩こうって歩いてたら
 敷地内にあの人が居て、見つめてたらこっち向いて言うんだよ
 『ほら、良く見てご覧、今日は空気が済んでいて天の川もうっすらと見えるよ!
  綺麗だねぇ、見事なモンだ』って。
 で、確かに見上げたらうっすらと天の川見えるんだよ」

そこに弥生が

「私もつい感心してね、こんな町中で天の川なんて見える所あるんだって
 で、何か色々話し込んだら「逝くときは自分で決められる」特殊な霊だと
 判ったんで、趣味の散歩ついでに何か異常が起きてたり起きそうだったら教えて、
 ついででいいからってそれ以来の付き合いだから…四年くらい?」

「そうだね、そのくらいだね、楽しい人でボク好きだよ」

あ、勿論(以下略)

「世の中にはまだまだ不思議なことがあるものなのですねぇ…」

「凄いなぁ、「死んだからこそ出来る事をやっている」感じですね、
 歩くエネルギーの補給とかはどんな感じなんです?」

というあやめの尤もな質問に弥生が

「彼にとっては四季折々の風景が何よりの活力なんですって、
 ひょっとしたら、祓いの才能あったのかもね、天野的な…あとは…
 時々出張した方々の土産とか供物として渡してるのよね、もう食欲はないけど
 やっぱり食べると美味しいねって喜んでくれるし」

葵が更に

「あんまり町中よりはちょっと郊外を歩くのが好きなんだって、でももうここ
 二十何年の間にも結構ドコも街らしくなっちゃってって言ってた」

「長い旅みたいのは好きじゃないみたいなのよ、精々足かけ二日で「歩いて」
 行ける範囲だけみたいなのね、だから…精々札幌近郊までって行動範囲みたい」

「それでも広いですわね…、将来「精」に昇華しそうなお方ですわ」

「私も今の感じならそうなると思う、札幌を愛しているというか
 変わりゆきつつ変わらない部分を持つ風景が好きでいつまでもそれを
 見守っていたいって言う暖かさの有る人だからね、だから彼だけは
 二十年くらい彷徨っている訳だけど例外中の例外、好きにさせてるわ」

葵がそこへ

「たまーに散歩付き合うくらいだからねw 色んな事良ーく知ってるよ、
 これは何の木だ、何の花だ、鳥の名前とか、色んな事、勉強になるんだ」

「わたくしもご挨拶しておいた方がいいですわね」

「ま、今は若い子達と盛り上がってるから去り際にでもね」

「ええ」

「私も挨拶くらいしておこうかなぁ…とはいえ、私は普段から見える訳じゃあないから
 どうしようもないんですけどね」

「でも仕事中とかに話は出来るかも、だからあやめも軽く自己紹介くらいしておくといいわ」

そうして、午後の授業は重めに始まり、やや救われる方向で幕を閉じる。

三人娘は、祓いの厳しさと共に霊その物に救われる感じというものも味わい
これを修め例え初級止まりでも続けて精進しようと心に決めたようだ。
弥生の家に戻りシャワーで軽く汗を流した後、それを弥生に告げ弥生は満足そうに頷いた。
夕食はそれぞれ自宅でと言う事で先に三人は帰り(葵と裕子が学園都市線八軒駅まで
 送りつつ、帰りにダイニによって夕飯の買い出しをする)
丘野は裕子と共にここで夕飯を済ませてから共に寮に戻るつもりだと言う事だ。

そして夕食の時間には今度は竹之丸は裕子への宿題を大急ぎで作っていた。
片付けは弥生が担当し、キッチンでは葵と裕子と丘野とあやめの四人が
それぞれのお互いの一日を語り合っていた。

動物霊に関する悲喜交々は丘野も神妙に聞いた。
それに対する「何とかしてあげたいけれど際限もないしどうして上げる事も出来ない」
という強い心…でもこれは竹之丸の言っていた時代が違えば死生観も違う
と言うことにも通じる、丘野も納得して調理をしていた。

美味しい夕食後に、竹之丸も今夜から帰るという。
止めていた元栓やら何やら開けたりするのとかここの居心地が良すぎると
弥生と一緒に葵を犯したくなるとかドコまで冗談なのかって事を言いつつ

「裕子の折りたたみキャリー一つ貸して、それに観音様積むわ、
 明日持ってくのも自分でやる」

弥生がそれに

「いいの? まぁ確かにそんなに重い物もでないけれど」

「いい、全部をアタシでやりたくなった」

「持って来たキャリーは活動記録のためですし、活動記録は叔母様に譲渡しますので
 確かに二つは要りませんし、もし何でしたら差し上げますけれど、
 大した値段でもないですし」

「ま、有り難いけど二千円くらい…少し足りなくてもゴメンね、で、
 これが次回までの宿題ね、たっぷり本来の学業の邪魔にならない程度に
 考えてやって頂戴」

「あ…はい、そう言えば月謝などは…」

「正確にはアタシは家庭教師という訳でもないからね、ただ先行した身として
 やってやれることをってだけだから、気にしないで、丘野もね」

「え…、あ、はい」

そこへ葵が竹之丸に

「これ…明日の朝ご飯、で、こっちは冷凍しておいて、お昼にレンジでも使って
 解凍して食べてね」

と言う感じで三人共同で作ったご飯と弁当を受け取る。

「…こっちがお金払いたい位なのよ、この手厚さ」

弥生はフッと笑って

「じゃあ、貴女を三十二条の家まで送るのだけはやるわね」

「ああ、それはお願い」

と言う訳で、解散時間になり、裕子は丘野と、弥生達三人は車で竹之丸を送り
あやめはあやめで自分の車で自分のアパートに帰る。
それぞれの一日の幕が下りる…

八軒駅→札幌→地下鉄乗り換え札幌駅→幌平橋駅と言う道のりの最中

「なかなか竹之丸さんとイイ感じになってましたね?w」

裕子の問いかけに丘野がちょっとビックリして顔を赤らめた。

「…うん…何だかんだこの人いい人だなって…
 スペアキーまで貸して貰って…いつでも本を読みにきていいって」

「あらあら…ここからの距離の取り方が色々難しいですわよ、
 弟子なのか押しかけ女房になるのか…はたまた良い恋人になるのか…」

「こ…恋人なんてまだそんな…でも…確かにそうだね、遠慮しすぎても
 推しを強くしすぎても良くないよね…心の距離感かぁ…」

「決まった相手のないわたくしが言うのもなんですけれどね…(苦笑)」

「とりあえず、寮の給湯室辺りでも出来る手頃な料理をもっと教えてくれないかな?」

「いいですわよ、見た感じやや脂ものに抵抗がある以外余り好き嫌いもないようですし」

「…そんなトコロまで観察してたんだ、流石だなぁ」

「相手が喜びつつ、且つ相手の傾向を見て、それでいて栄養的に不備のないものを、
 まぁこう言う事を考えるのが昔から好きでしたのでw」

「同性結婚が可能なら裕子ちゃんいいお嫁さんになるよ、ホント」

「さぁ…そこは法律とご縁の世界ですからねぇ…」

二人はそれぞれの休日を満喫し、寮に戻った



竹之丸を家に送り、止めておいた元栓他ブレーカー、その他ちょっとした
片付けなどを三人で(弥生と葵がいいと言うのにやるのだ)やってから
帰り間際、竹之丸は弥生に挨拶をしてから、葵の目線で少し屈んで

「ホントに…キミのお陰で色々救われたんだ、有り難う、
 弥生と二人でキミを抱きたいってのも半分は本音さ、でも、我慢しとくよ」

といって頭を撫でて二人を送り出す、葵は耳まで真っ赤になっていた。
帰りの車の中で弥生まで

「マルとなら3pもいいかなぁ…とか私もちょっと思っちゃったわw
 彼女人の神経や痛覚なんかも勿論詳しいし、私との付き合いで
 ドコどうすれば燃えるかなんてのももう判ってるだろうしねw」

葵は赤くなった顔が収まらず

「…いやぁ…うん…、それならそれもいいかなぁとか…ちょっと思っちゃったけど
 でもマルさんには丘野さんが急接近してるし悪いかなぁって思いもするんだ」

「うん…(ちょっと考えて)まぁそーね、あの丘野って子のキモチと今後次第では
 私とマルで葵クン攻めまくるのもいいかなぁ」

「ボク多分気絶するか足腰立たなくなるね…w」

弥生はニッコリ微笑んで

「ま、全てはご縁だわ、さぁ…今夜はギリギリまで可愛がってあげるからね」

「…ん」

家に到着する頃には気分も出来上がっていて葵が睡眠時間として確保できるギリギリまで
思いっきり愛し合ったことは言うまでも無い。
特に、葵は観音像に対する弥生の恐ろしくも鮮やかな収奪劇と、里穂達に対する
厳しくも優しさの籠もった指導に改めて弥生に対する全幅の信頼と愛情を再確認
したのだから、燃え上がらないはずもない。



火曜の朝、やや寝過ごし気味でシャワー→ラジオ体操→シャワーという慌ただしさと
朝食や弥生の昼食、そして自らの弁当作りに勤しむ葵は早速弥生に対して
「数字で指定して」ちょっと調理も手伝わせたりした。
確かにそれなら量も判るし、時間も規定の範囲内でなんとかできる、手際最悪だけどw
それで何とか朝ご飯を食べて、葵は忙しく登校していった。

葵を送り出した後、洗い物や洗濯などをしつつ留守電を見ると一件入っている。
それなりに多機能な電話で、それが何時に掛かってきたものかも示していた。
それは丁度、もう我慢できないという感じで二人で燃え上がり始めた頃だった。

「あちゃー、気付かなかったわ…防音もほどほどかなぁ…」

とにかく内容を聞くと、それは先の「訳アリ美術品修復芸術家」鶴ヶ峰からの物であった。

葵の登校は7時台…折り返すにもちょっと時間が早いかなぁ…といって
芸術家・職人の一日のペースってどんな物なのか判らず悶々としていた。
うーんでも、探偵仕事や払いの仕事が入ると面倒だし、うーん…とそれでも
何気にエスプレッソコーヒーをなみなみとカップに入れてごくごく飲んで
午前八時頃、折り返し電話を入れてみた。

工房には電話を置かず、携帯も切ることがあるほどの人なので暫く待っていると
鶴ヶ峰が出た。

『ああ…済まんな、昨日は忙しかったかい』

エッチに集中してたなんて言えるはずもなく

「ええ…まぁ…いえ、それでも気付くのが遅れて御免なさいね、何かあった?」

『いや…「まだ」何かがあった訳じゃあないんだが…』

「引っ掛かる言い方ね、不安の種がある?」

『俺の弟子…判るかな、湘南台 円行(しょうなんだい・えんぎょう)』

「ええ…似たような才能があるって目を掛けてたわよね、でも
 仏像とかとか違う方向の才能のようだから…私は貴方としかほぼ会話なかったけど」

『アイツは主に動物の彫金や彫り物専門でね…それでアイツ…
 ここ最近妙に入れ込んじまってたようで…無断で工房出る事も多くなっててな…』

「何か「悪い人」とでも出会ってたのかしらね」

『それは判らん…だがアイツ…気付くと修復じゃなくて
 自分で何か…神話上の何かなのかな…普通のケモノじゃねぇものを
 沢山作り出してよ…大きさも大したことはないんだが…
 出来はいいんで俺がそれについて聞いたらクチを濁しやがる』

弥生の表情が曇ってくる。

「ふーん…それで?」

『そんな工房抜けたり、戻って来たら創作に打ち込む日々が続いてさ…
 まぁコイツも一人前に近いし、そろそろ自分一人の活動も
 持った方がいいのかな…なんて思ってたら昨日の事さ…』

一息ついて鶴ヶ峰が更に語る

『俺がちょいと席外して用事足している間に、そいつその自分の彫像を
 全部軽トラに積み込んで…手紙一つ残して消えやがった、手紙には…
 「やるべき事がある、やらねばならないことがあり、そのために
  最近留守がちだったことや仕事を手伝えなかったことをお詫びします」
 的な感じでな…夜になってイヤな予感がしたモンで…アンタに連絡したんだ』

「…ホントに御免なさいね、それは確かに昨夜聞いておくべきだったかもだわ…」

『なぁ…奴は何をするつもりなんだ? 精を今にも宿しそうな程の
 その想像上の生き物たちの彫像を使って何をする気なんだ? お前さんなら判るか?』

「…写真とか撮ってた?」

『あるが…済まねぇ、パソコン逝かれちまっててな…送れねぇんだ』

「判った、今から私が行く」

『重ねて済まねぇな、仕事になるかどうかも判らんことなのに』

「なに、観音像を格安で引き受けてくれた追加料金だと思えば安いものよ」

『あれは素晴らしい像だった、俺も気持ちを込めた甲斐があった
 それはその後どうしたい?』

「依頼したとき一緒に居た彼女…北大の医者なんだけど、彼女の担当する
 病棟の霊安室に行く事になってるわ…もう着いたかもね、
 役目を果たせると観音像も喜んでいるわ、有り難う、いい仕事してくれて」

『いや…全てはあの観音像の威光だ…それは兎も角…じゃあ今から来るんだな?』

「ええ…ただ、ちょっと担当の警察も連れて行きたいから少し時間が掛かる」

『火消しが必要な程の事になるかも…ってことか』

弥生は慎重ながら、鋭い目つきと間を開けて

「…かも、しれない」

電話を終えた後、特備に連絡を入れてあやめでも本郷でもどちらでもいいから
迎えに行く旨と、何処へ行くのかという場所だけを告げて弥生は電話を切った。

「昨日の今日で…」

弥生が呟いたが、それが何を意味するのかまでは弥生も半信半疑であった。
ただ、何かが迫りつつある、その驚異だけはうっすらと感じた。


「その時の弥生と少しその後」 第四幕  閉


Case:10.5 & 11.5 登場人物その1

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