L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Seventeen

第四幕


「申し訳ありません…私としたことが…!」

皐月が全方位で距離を絞った強力な治癒の詞を唱える物の…平塚が叫ぶ

「…おい…、見えねーぞ、なんだこりゃ!」

鳴り響く鐘の音、それに呼応するようにダメージも来るのだが、流石にそこは皐月が受け止める!

「皐月の守りを越えてくる…何だこりゃ…、くそ…見えねぇ!!」

そんな時に、今度は十二神将の残りがぶつかり浄化するところを総大将が割り込んでくる!

『冥界破!』

総大将は厳密に御奈加や弥生を狙いその六つの手に持つ剣や槍、諸々の武器で攻撃をしてくる!
弥生の四肢が両断され、御奈加は直前で気配を読み両断こそ免れた物の深いダメージを負う!
更に言えば皐月も堅い守りを施すために範囲を絞っていて、そこから漏れた長く美しい髪が斬られた!

『入り込んでしまえばこちらの物…その詞の女も後ろを守らねばなるまい?
 そして攻撃しようにも見えまい?
 弓使いは今その力を奪った、仕込み刀の女も見えなければ直前での守りに徹さざるを得まい!』

声のする方向にしかし御園が銃弾を撃ち込む!

『小賢しい…しかし無視も出来ない…』

「この…目の見えない状況…! 何とかなりませんか!」

御園の叫びに皐月が

「跳ね返そうとはしているのです…ですが…!」

そこへ弥生が

「大僧正…ひらがなで「だいそうじょう」と言った方がいいのかな…この攻撃はソイツだわ…
 戦ったことはないけれど…魔界報告書によると…その持ったモノからしてもほぼ確実…
 明確な弱点を持たない、呪殺や破魔と言った属性は跳ね返し魔力や精神は吸収する…!」

そこへ背後のだいそうじょうと思われる悪魔が

『音は空気の震えその物…聞こえると言うだけで作用する…
 流石に弱められてしまうが見えぬ上に音までは聞こえぬようには出来ぬじゃろう…?
 汝らに死を与えん…』

「…なるほどね…あと総大将さん…名前教えてくださる?」

『儂はアタバク! 冥土の土産にその魂に刻めい!』

全員にそれぞれの武器が襲いかかる!

御奈加は今度はより守りの精度を高め、皐月にはダメージが入らず、
平塚はこんな街で生き抜いてきた勘のような物だろう、上手い具合に攻撃を躱し、
そして御園に突き立てられたその槍の先!

「ふふふ…はは…あーっはっはっは!」

弥生だった、四肢を切断されたはずの弥生が御園への槍による突撃攻撃に割って入り…
その攻撃をどうやってなのか受け止めていたようだ!

『お前…! 何故だ! 何故正確な位置が判る! もはやこの混沌とした中
 気を読むと言うだけでは追いつかぬはず!』

「視覚が潰された…? だから何よ!?
 ああ…ドッペルゲンガーの刺客は私を受け止めきれずヘンな野心出したばっかりに自滅したしねぇ
 御奈加、皐月、貴女達は聞いていたはず、フィミカ様が授けた弓への詞!」

『だいそうじょう! 更に食らわせ!』

と言いつつアタバクもまた攻めに転じる!

…しかしそれは全て皐月の詞による呪文効果の守り、物理攻撃は御奈加や弥生が全ていなした!

「分担を分ければ例え聞こえるだけで効果を及ぼすとて、最小限にしてみましょう…」

皐月が言うと、御園や平塚の視界が戻ってくる、そして見たものは…!

御奈加は全く目を伏せたまま見えているのと変わらない動きをしている、そして弥生…
その目に光はないが真っ直ぐにアタバクを見据え、そしてその四肢は…

「祓いの四肢! そして祓いの目…!」

御園には判った、七百年培った物を受け取るばかり、そう言っていた弥生は確かに
歴代の何もかもを受け継いでいた!

「こんな事で勝ったと思い込むようじゃあ、あんたもそれまでね…、元は鬼神、
 改心して仏法の守護神ねぇ…」

弥生が相手を焚きつける間に御奈加が斬り込んで行き、腕の幾つかで応戦するも決定打を与えられない!

「てめぇ、皐月の髪切り落とした罪は重いぜ…!!」

そしてそんな時に弥生も稜威雌でアタバクに斬りつけ残りの腕も塞がった

「はい…がら空きよ」

稜威雌を左手一本で支え操りつつ、弥生は貸すことはなかった自らの銃をアタバクの頭に付け
問答無用で全弾を防御が難しい複数ある顔の目などに撃ち込んで行く!

『うぉ…ッ! クソ…!』

でたらめに暴れるようにして距離を置きつつどうやら回復の呪文を唱えるようだ!

「させません!」

皐月が守りはそのままに両手で新たな詞を込め正確にアタバクとだいそうじょうに
浄化の詞を一直線に撃ち込む!
そして弥生はアタバクに向けて弓を引いていた!

「よし、じゃあ私はこっちだな」

アタバクに向いていたかと思うと御奈加は大僧正に直線で攻めるようでそのミイラになった目線を
欺くように動き、その鐘を持った腕を切り鋭く赤い祓いを煌々と滾らせ落としつつ、
そののど元へ仕込み刀を突き立てる!

皐月は切り落とされた腕を浄化させ、更に大僧正に向け集中して祓いの詞を鋭い緑のレーザーのように
浴びせかけ、彼を浄化させて行く!

アタバクは愕然としたが自分も先ずは回復だ、とその呪文を唱えるが、弥生がそれを邪魔しない

『おのれ、なんとも舐められた物だ…!』

「舐めているのでは無いわ、敬意を払っているのよ?」

そんな状況の中、御園が弥生にクレープを咥えさせつつ、切り落とされた弥生の四肢を拾い、
祓いの四肢に沿うように置くと、それらはくっついて行く…!

「有り難う、御園…祓いの目や四肢を使いっぱなしだと消費も激しいしね」

「クレープ残り行きますか?」

「お願い、あーんっ♪」

食べたと同時にあのカラビト茸の祓いのように、青白い祓いの光が更に光度を増す!
後ろでは皐月と御奈加の二人が

「御奈加さん!」

「おうよ!」

皐月の両手の祓いが、更にそれぞれの五指の先から、計十本の祓いになる!
御奈加が一時身を引くと皐月はその右手と左手を十字に交差させる、
弱った大僧正が綺麗に細切れになったところへ…下から赤い光が大僧正を円状に貫き、
爆発して弾けるように四散し、全てが浄化して行く!

大僧正が敗れた…!
アタバクは怒りに震え雄叫びを上げると、その頭へ向かい平塚が、そして武器を持つ
それぞれの腕に御園が銃弾を浴びせ掛かる!

『うっ!』

「戴き…♪」

にやりとした弥生がその矢を射ると弓は壊れたが、
それは矢にあるまじき早さで一直線にアタバクへ向かう、なんとか受け止めようとするアタバクの
四つの腕ごとそれは体を貫き体に大穴を開ける!

そこへ皐月が十本の祓いの糸をまた交差させるが流石に総大将、食い込んだだけに止まったところを…

「がら空きだぜ…!」

御奈加が下から上へ突き上げるように両断!
そこへ弥生が稜威雌で

「もう会うことは無いといいわね」

胴体を横に両断し、大きく四つに分かれたそれへ、皐月の緑の飛び詞、
御奈加の赤い祓いを纏った攻撃、弥生の青い祓いを纏った攻撃が重なり
アタバクは白い祓いの色に包まれ爆発するように浄化され消えて行く!

地に降りた二人がそれぞれ武器を鞘に収めつつ振り返り、御奈加がギャラリーに向かい

「残りはあんたらで好きにしな」

「ま、一定以上の平和を望まないなら放っておくのもありだけどさ」

ここ最近悪魔勢に押されっぱなしだった人々は悪魔達に襲いかかって行く。
その流れに逆らうように一行は小学校跡地を後にしながら

「三十枚買っておくんだったかな…」

「でも一万で食費も加えましたら二十枚で精一杯でしたよ?」

「私も多めに換金ったって他にも買い物とかした訳だしね…ちょっと見込み甘かったかなぁ」

祓いの三人がそれぞれ会話しているところで御園が平塚に結構焦りながら、

「国立東京第一病院へ行きます! 速く、案内してください!」

「えっ、お、おお…」



端的に言えば御園は正しかった。
到着した途端祓いの三人が倒れたからだ、矢張り回復が追いつかなかったようである。

わらわらと職員や悪魔達がやって来るが邪気はない、傷つき倒れた者達を保護し、
とあるスペースへ誘った。

「ご安心ください、ここまでたどり着いたからにはもう手出しは出来ません」

人間の職員が御園へ告げると平塚が

「ここだけは弱肉強食も何も無し、癒やしが必要な者へそれを与える、そういう所なのさ」

一行が通された場所は何か不思議な噴水と泉のある大きなフロアで…
その中央奥には一人の女神が。

「ハトホル…」

御園が呟くとハトホルは微笑み

『良くいらっしゃいました、必要な回復は差し上げましょう、見返りなど何も要りません』

そして倒れている三人にも、御園や平塚にも何か呪文や、
人間の職員はアイテムを使い全員にその効果を及ぼす。

一気に…ありとあらゆる…衣服など全てのダメージがなくなって行く。
三人も順次気付いて行き状況を把握して行く。

『何か焚き付けられたか指示があったのでしょう、アタバクは仏法の守護の名目を持ちつつ
 かつての鬼神の面を増長させ舞い降り、ここをも支配に治めようとしました
 わたくしも戦えはしますが彼らには及ばない…この度の皆様には感謝しております』

「仏法に帰依しアタバクに従う者のみ使用を許可することを強要してきたってところかな」

弥生が呟くと皐月が

「いけませんねぇ…宗教の強要は…日本で一番嫌われることですよ」

「なんにしても助かったぜ…跡地でぶっ倒れていたら流石にヤバいと思って踏ん張ったけど」

御奈加が頭を掻きながら言うと平塚も

「あー、ヤバかっただろうな、アウトローの中でも尖ったヤツだと勝者を討ち取れば
 自分がその後釜…を標榜する奴らだしな…まぁあからさまにやったら流石に周りの奴らに
 ボコられただろーがよぉ」

「そー言う殺気、感じてたからここまではなんとか頑張ったぜ…助かった、不可侵領域があってくれて」

そこへ御園がちょっと呆れたように、でも困り笑いで

「皆さん正直に速く回復しに行こうと言えばいいのに」

弥生がそこへ

「亜美にも言われたのよね「貴女の格好付けは治らないわね」ってさ」

「亜美って誰だ? そういえば、祓いでもないようだけど」

御奈加が言うと弥生がちょっと中空を見上げるように

「私の愛人の一人」

「おいおい、葵って子だけじゃ足りないのかよ」

「葵クンより前に…中学生の頃からの付き合いだしねぇ、合わない部分もあって一緒には住めないから
 いまは大親友でセックスフレンドって感じだけど」

御奈加も皐月も顔を赤くしながら

「なんかそういう所もちょっと十条っぽい…と言えばそうなのかな」

平塚はそれっぽいなとは思っていたけど予想以上の弥生の乱れっぷりに御園へ

「…祓いって皆こんなんなのか?」

「それでは世代を繋げませんよ…w
 「そういう人もそういう事もままある」と言う風に受け止めてください、
 そして「そうであるからこそ」強いのかも知れないと言うことも」

「業が深いねぇ、おっと「業」は仏教用語か」

抜け目なく聞いていた弥生が

「いいのよ、気にしないで、神仏習合で千数百年引っ張ってたんだし今だって
 その習慣は抜けていない、日本はそういう国なのよ」

「まーそーか…いや、しかし凄かったぜ、目ぇ潰しても手足落としても
 倒せないなんて、アタバクの方がよっぽど恐ろしかっただろうぜ」

皐月がそこへ

「祓いの根源は遠く縄文時代にまで遡ります、
 それを「法」とまでしてこなかっただけで、その精神は一貫して日本に息づいています
 二千年やそこらで継いできたモノにはそうそう負けはしませんよ」

御園が

「…十七条憲法第一条は完全に神道の精神ですよね、和をもって貴し…」

「とはいえ、そんなこと社会生物「人間」として最低限の事とも言えるわ、増してこの
 自然災害オンパレードな日本ではね」

弥生が言いつつ立ち上がる。

「凄いわ、痛みも精神的な疲弊も何も無い、ボロボロになった白衣(はくえ)も新品同様だわ」

ハトホルが微笑みかけ

『それがここの役割です』

御奈加も立ち上がり、皐月に手を差し伸べ立たせながら

「大したもんだ、こっちの方がよっぽど統治するに値するよ」

「赤十字的なモノなのでしょうけれどね、あってくれると助かります…他とその形が君臨であれ」

『君臨すれども統治せず、十六世紀のポーランドの方の言葉ですね』

「ヤン・ザモイスキーか、この日本もいつの頃からかそうなっていたのよね、
 時間を掛けて権威の象徴に成れたことは幸いだったわ」

弥生がハトホルに最敬礼をしつつ言った。
御園がそこへ

「信長もそれを崩せず…その後明治に至るまで守られましたからね、今でも…」

「必要なのよ、そういうのはね、効率云々じゃない、いえ、一見遠回りなようで確実な効率」

「だから今でも皇室を道具のように使うことやみだりに侮辱することは日本人最大の引き金なんだよな」

御奈加が呟くと皐月が

「私達は直接は皇室に仕えている訳ではありませんけれどね」

弥生が悪戯っぽく

「でも、全く関係のない訳でも無い、だから私達は結果日本のために戦っているのよ」

祓いの三人が深く頷く、どう言うことだか判らない平塚に御園が

「祓いの頂点の方がその筋の太い方だと思ってください」

「なんだそれ」

「記録としてきちんと残っている訳ではないのですが、でもその道に進んだ人なら判る人なんです」

「良く判らんけど、まぁこれ以上は触れないでおくぜ、ヘンな足かせハマっちまいそうで」

弥生が悪戯っぽく

「いい勘してるわ、ヒロ君」

「だからその呼び方やめろっての!」



魔界都市新宿庁(表では都庁)に戻ると大層なお出迎えを受けた一行。

「かつてないほど静かで平和な日になりそうですよ」

ヴァイオレット氏が四人+一人に握手を求める。

「門自体をどうこうした訳ではないし、また魔界からちょくちょく悪魔も沸き出でることでしょうけど」

弥生が握手に答えつつ氏にそう言うと

「それには恐らく祓いの人でもきちんと魔界について魔術も勉強し
 本来の新宿に戻すべき方法を編み出した上で恐らく今日よりも激しい戦いをしなければ
 ならないのだと思います、それは流石に性急すぎますし、何より表の世界からの救援はそこそこ
 矢張り本来はバスターと魔界との共同作業になると思いますよ」

「まぁそうだろうなぁ、ここまでこじれちまったらほぐすのもいい方法か判ったモンじゃない」

御奈加が言う。

「三十年という年月も時と場合によっては取り返しのつかない時間の流れですからね」

皐月が呟くと御園が〆に

「「今回」は無事終了しました、これから帰還したいと思います」

「報酬などに関しましては後ほど玄蒼市とも掛け合って連絡致しますよ」

ヴァイオレット氏の言葉に弥生が

「ああ…この平塚はここでの協力者、まぁ何か希望叶えてやってくださる?
 けっこーいい働きしてくれたわ」

「ったー言え、俺はお堅い職業にも向いてないし、正規のバスターになる気も無いし
 平々凡々に生きたい訳でも無いからなぁ、任せるよ、無しなら無しでもいい、銃は買って貰ったし」

そこへ四人がそれぞれ残った魔ッ貨を御園に集め

「正直普通に働いた方が報酬も多いと思いますが…w」

「お…いいのか? ったってまーそうだよな、小銭過ぎて換金するの何だしな
 有り難く貰っておくぜ、今日の飯は美味いだろうなぁ」

四人の頬も緩む。

「平塚さんの方も考えておきましょう、それでは、今回はお疲れ様でした。
 お引き留めしたいところですがまたそれなりの悪魔がやって来て…となると流石に
 お互いにも良くない、速くお戻りになるといいでしょう
 あ、ちなみにここで写真を撮ってもその記録は持っては戻れません」

「えー、そうなのか? 結構撮ったんだけどな」

御奈加が残念そうに言う。

「どうもどうあれ魔の領域と外とでは「翻訳」が必要らしいのよね」

弥生が言うと御奈加がシケたツラで自分のスマホを眺める

「ホントにこんがらがった世界だな」

「それもまた、世界の一面なんですよ」

ヴァイオレット氏が言うと奈良組の二人が「それもまた真理か」と苦笑を浮かべた。



裏京玉プラザホテルの開かずの間まで来た時に全員のスマホに着信がある。
全員が一斉に出るとそれは檜上からであった。

「四人いっぺんに掛けられるとか、便利というか」

弥生が言うとあの上品な笑いで渋めの声

『この戦いばかりはモニタリングさせて戴きました、部下の鶴谷君が一人で街を監視は大変でしょうが
 とても有意義な記録になりましたよ、フィミカ様もさぞ鼻が高いことでしょう…
 僕はかつて…大昔ですがね、彼女に仕えていたこともありまして見たいと言われて居りましたので…』

「え、フィミカ様にあれを見せるのかよ」

それならもうちょっとこう…と御奈加がシケたツラを見せる。
皐月も、自らの失点も記録されている訳でちょっとシケたツラをしている。

「私なんて「相変わらず無茶をしよる」とか言われるんだわ、これも十条の宿命かもね」

弥生もシケたツラ。
檜上さんが珍しく本当におかしいと言う笑い声で手を一発たたく。

『大丈夫ですよ、結果的にはきっちり仕事をなさった訳ですし
 お三方を誇りに思うことでしょう、同じ時代に三家からそれぞれ同世代で力ある祓いが揃ったことにも』

「まーねぇ、巡り合わせってホント凄いわ」

弥生が締まらない感じで言えば

「更に言えば、弥生様の指導で丘野さんという素晴らしい読み手から十条だけでなく
 四條院や天野の生々しい歴史まで体験出来ました、そして今この現代に…昔より担当の縛りも
 キツくなったこの現代に二組も三人揃うなんて、夢のようです!」

皐月がキラキラしている。

「皐月のワガママから参加した訳だが、実はあったなぁ」

「押し通して良かったでしょう?」

「ああ」

弥生は少し苦笑の面持ちで

「ま、これに慢心せずまだまだ受け取れる記憶は最低二人、五代も改めて読んで貰えたら
 もっと生々しい記憶も知れることでしょう、私ももっと色々細かい精進重ねないとなぁ」

そこへ檜上さんが

『ああ…十条宵さんの資料…今百合原君の所で準備して居るところですよ、
 全てを複製してからのお届けになりますのでもう少々時間をください』

「貴方に言ってもしょうがないけれど、複製した方でなくて原本をお願いよ?」

『確かにそれは…w でも僕の方からも百合原君やフィミカ様には言っておきますよ』

「宜しくね」

『では、蒲田さん、開けますよ』

「はい、宜しくお願いします」

鍵の開いた音、そしてドアを開けると埃っぽい室内、先日入った時の靴跡や、
弥生の放った武器のケースもそのままに。

一行が部屋の中に入り、出入り口で止まった平塚に全員が別れを言う。

「ま、もう会うことはない方がお互いのためなんだけどよ、また来ることがあったら力ンなるよ」

たった一日の触れ合いとは言え、もうなんだか結構な打ち解け合いをした感じがする。

「あ、そーだ、流石にこのナリで表に戻るのはなんだ、クソあっついけど着替えよう」

また弥生がおもむろに着替えだし、平塚が

「おいおい、何このいい時にまた大胆なマネを…お上の皆さん困ってるぜ?」

「思ったらやっちゃいたくなるのよね、まぁ平塚には言ったけれどさ、
 私は見られて何かが減るタイプじゃないから見たければ見るといいのよ」

そうは言われても…出迎え側は視線のやり場に困った。

「…よし、あー暑い、ま、帰るまでの我慢だわ、さて待たせてゴメンね」

「何て言いますか、そのマイペースな弥生さんにでも、少し救われる気もします」

御園の困り笑いに一行はなんとなく同意出来て微笑む。

「それじゃ」

ドアは閉められ、御園がもう一度開くとそこには来た時のように綺麗で清潔な廊下が見える。

「私の人生の中でもヘンテコ度90点の事件だったよ」

夢から覚めたように御奈加が言った。

「神話や民話上の人ならざるモノが本当にあちこちにいるんですものねぇ」

皐月も表の世界に目を覚ましつつ心の底からため息をつくように言った。

「更に言えば、魔界都市新宿なんてモノが本当にあったっていうね、
 これは私にとってもヘンテコ度の高い事件だったわ」

御園がそこへ

「「玄蒼市がどういう所か」という予習のようでもありましたね…、
 今後正規の手続きで玄蒼市内での活動願いなんて言うのも来るかも知れませんよ」

祓いの三人は顔を見合わせて

「「「是非!」」」

「ただ、正規の手順に則るとおよそ一ヶ月…拘束されるんですけどね」

「一ヶ月か…でもフィミカ様にお目通り出来てそれなら説得も簡単そうだなぁ」

「そうですね…やっぱり平伏す勢いで困らせてしまうのでしょうけれど…
 でもそれが継いできた血ですからねぇ…」

御奈加と皐月はそれも良しという感じで勝手に話を進める。

「ま、あの女こき使ってバスター管理局や魔界せっついて檜上って男に無理矢理行き来操作させる
 って言う選択もありだわね、そういう技術はあるようだからさ」

「あの女って弥生に電話してきたあの女か?」

「そう、立場上凄く便利に使えそうでね」

「へぇ、まぁ悪い気はするが悪くは無いなw」

「いーのよ、使える物はなんでも使うべき」

弥生以外の三人が少し苦笑の面持ちで皐月が

「そういう所も、十条の歴代を思わせますねぇ」

そこで御園が思い出したかのように

「そうです、映像記録も出来る限りと言われてカメラ持ってきたんですけど…
 結局そんな余裕もありませんでしたし、もう記念撮影で埋めちゃいます?
 最後の戦いはあちらで記録しているとのことで取り寄せればいい訳ですし」

今度は弥生が苦笑の面持ちになって

「是非お願いしたいところだけど、貴女も札幌の特備みたいな軽さ、いい軽さが出てきたわねぇ」

「SDカード空っぽで帰るよりは記念撮影だらけにして怒られた方がまだマシですよ、
 それに何だかんだ言って飾っちゃいそうですし、新橋警視正は」

「いい感じに図太くなったわw」

「そうでもないと、胃に穴開いちゃいますよ」

言えてる、と一同が笑ったところで御奈加が夕方辺りまで先ずは皐月の髪を整えたいこと、
東京土産や東京見物都心ならではでの美味しい店などを回りたいと言うことで
特に祓いの残り二人が大いに乗り気でちょっと短い数時間の夏休みを満喫した。

当然記念撮影やレジャー写真でカメラのメモリーは埋まって行くのだ。



「なぜこうも、貴女達は自由なんでしょうか」

事の報告がてら公安特備に集った四人の報告を受け、その抱えられたお土産の数々と
御園の撮った写真の数々をPCで眺めながら新橋は半ば呆れて言った。

「責任は果たしている積もりよ?」

弥生が余裕の笑みで言う、矢張り奈良組は一応礼儀や緊張は持つのだが、
弥生の初代担当でありその歩み始めから数年二人三脚であった、そこは強みなのだろう
弥生に至っては全くいつもの通りであった。

「実力も規格外ならやることなすこと規格外ですよ、まぁ今回は突然の依頼で
 情報が錯綜したこともありお手数も掛けましたので、おあいことしましょうか」

「そうして、凄く楽しくて充実したわ」

あの体験を楽しいとまで言うのか、御園はやっぱりスケールの違いを感じつつも、
そんな弥生をとても「らしいな」とも思った。

「んでまぁ…私と皐月はこれから車で奈良に帰る、弥生は?
 もしなんなら奈良に泊まってくか?」

「貴女の弟も来ている訳だし最短で帰る…と言いたいところだったけれど…」

弥生がスーツの内ポケットから出したそれ、皐月がFaxで送ってきた地図だった。

「そうでしたわ、守弓桜…、私も御奈加さんも出来ることなら…と思っていたんですよね
 三人で訪れますか」

「悪いんだけど今日は泊めてくれる? 明日、関空に行きがてら取りに行くスタイルでさ
 あ、勿論足代は出すし」

「構うなよ、四條院本家に行ったら大騒ぎになるぜ、稜威雌持ちの十条が訪れるなんて何百年ぶりだろ」

「今はっきりしているのは三代八千代様までですね、四代様はちょっとこちらで探さなければなりません
 五代様は来たとしても稜威雌様を受け継ぐ前のようですし」

「偉いことになりそーだわ」

「ま、一晩は覚悟してくれよ」

「御園や新橋はどーする?」

「冗談は止してください、蒲田君はともかく私にそんな時間はありませんよ…
 …ま、札幌に伺うことがあれば拝見しに行きますよ」

御園も微笑んで

「私も、そうします、これから色々事務仕事もありますので」

「相も変わらず、ハードねぇ」

そこへ新橋が

「十条さんは構いませんよ、確かに今札幌にも三家が揃っている状態ですから」

「じゃあ、心置きなくそーさせて貰うわ」

「今回のことは色々とイレギュラーな出来事でもあったとは言え、少し休んでください」

弥生はにこやかに微笑んでそれを返事とし、そして今回の出張その物は終えたのであった。


第四幕  閉


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