Sorenante JoJo? Part One : Ordinary World

番外編:2「1939-2007」

第三幕 開

「い…いや…すまねぇ…何しろよぉー…ついこないだまで
 「スタンド使いを見たら敵と思え」って状況だったモンでよぉ…」

ミスタ自身、そんな「同類=敵」みたいなのも短絡的だと言うことは
頭では承知しているのだろうが、何しろ余程の経験をしたらしい
身に染みついて警戒が離れないようだった。

「貴方は知ってる?「スタンド使いは引かれ合う」という経験則」

「…あ、いや…予感はしてたが…なんだ…そんなのが経験則になるくらい
 スタンド使いってのは良く出会う物なのか?」

「何て言うのかしら…「それには何か意味がある」と言うことよ
 その意味が争いなのか何なのかは、判らないけれどね」

美味しそうに焼けたピザがテーブルに置かれると
ミスタのスタンドたちは一目散に飛びついた

「ああッ!くそ!恥ずかしい奴らだな!」

未だ警戒を100%解けないミスタにお構いなく彼らは
特にサラミがお気に入りのようで何枚も手にとってはがっつき始めた。
ジョーンはそれを微笑ましく見つめていた。

「わたしのスタンドはオーディナリー・ワールド」

「…俺のスタンドは…セックスピストルズ…」

ジョーンが1(ウーヌス),2(ドゥーオ)とラテン語でスタンドの数を数える

「なるほど、セクス(6つ)ピストルズなのね」

「お…名前に釣られて下ネタ振られるのも歓迎だが、数に言及
 してくれたのは嬉しいぜ」

とはいえ、警戒を解く気もないらしく

「能力までは言わないぜ、こいつらの食い意地が張ってるおかげで
 姿と数はばらしちまうけどよぉー」

ジョーンは微笑みながら

「構わないわ、ではわたしも秘密」

ピストルズがサラミを取り上げまくってすっかり素のマルゲリータになった部分を
ジョーンは自然に手に取り食べ出した。
余りにも「そうして当然」って風でその行動をとったことにミスタは彼女を
ちょっと尊敬した。
こんなにも孤独そうな雰囲気を纏ってる女なのに、まるで小さな弟か妹が居たような
もし、極限状態の中で一欠片のビスケットしかないような時なら、迷わずそれを
相手にあげて、にもかかわらず相手に文句を言われてもそれを後悔しないような、
そんな女だと思った。

スタンド使いがそんな甘っちょろくてよく今の今まで生きてこられたモンだ、
とも思ったが、なにか妙な生命力の高さもミスタは感じた。

「…スタンド使いが探してるって事はそいつもスタンド使いなのか?」

「…まぁ、この場合は「偶然そう」という事ね、国籍はフランスだし」

「フランス…?」

ジョーンがあまりに当たり前に食事をとっているので釣られてミスタも
普通にそのサラミのトッピングされたピザを手にとって食べ出した。
そのピザにのっかっているサラミもピストルズは奪おうとしだし
「てめーら!まだテーブルに何切れも残ってるだろーが!」という
やりとりが、またジョーンの表情を緩ませた。

「そう、フランス、名はジャン=ピエール…」

そのファーストネーム、ミドルネームと口にするたびにミスタの表情が
固まってゆくのが判かり、ジョーンはちょっと続きを言うのに間が開いてしまった

「ポル…ナレフ…か?」

「ええ、そう、J=P=ポルナレフ、ご存じ?」

「…ああーいや…知ってるっつーかその…」

明らかに知っているが、明らかに知っていると答えるのははばかられる
と言った感じでミスタは困惑した。

「…んで、そのポルナレフさんにあんたが何の用だ?」

「行方を捜しているだけ、依頼人は別よ」

「依頼…人…?」

「日本人よ、スタンド使いなら名前は知らないかしら、空条承太郎…
 まぁ、国籍が日本だけれど彼はイギリスとイタリアの血が
 入ったアメリカ人と日本人のハーフだけれど」

「ややこしいな…いや、俺…スタンド使いになったのはそんなに
 前の話じゃねーんだ、「業界事情」みたいな物は疎いんだ…
 あーでも…なんかちらっと聞いたよーな…
 しかし、そーか…ポルナレフさんね…」

彼は思案を重ねたが

「いや、ダメだ。俺の一存じゃあ何も言えねーぜ、やっぱり。
 おいジョーン、あんた今日はここに泊まりな、俺が指定する
 ホテルに泊まっててくれ、返事はなるべく早い時期に伝える
 電話持ってるか? 携帯電話」

ジョーンは首を横に振った

「そっか…じゃあ、部屋から出てどこかに行く時は
 フロントの…こいつ(写真を撮りだして)に取り次いで
 出かけてくれ、軟禁はしないよ、ただ、ちょっとデリケートな
 問題なんでな」

何やら、直ぐ解決を見そうだと思った途端何やら面倒な話しに
なりかけてるのを感じたが、ジョーンはその提案を受け入れた。

ミスタが案内し、指定したホテルは超高級…ではないが指定するだけの
意味を持っているのだろう…というホテルのスィートであり、
そして日数にかかわらずホテル代は全てミスタが持った。
ジョーンは「そんな事は行けない」というのだが、ミスタは押し切った。
そしてフロント係もボーイもミスタが指定した人物だけに接触、取り次ぎを
するようにと何度も念を押し、去っていった。
(ちなみにカフェでの飲食代もミスタがさっさと払ってしまった)

「どう言う事なのかしら」

自分の身の丈に合わない豪華な部屋を宛がわれたことで居心地が悪そうに
ジョーンは部屋をうろうろしながらボーイに語りかけたが

「さぁ…私の口からは何とも…と…言いたいところですが…
 ポルナレフさんの名を軽々しく外で出されても困りますので…
 一つだけ、申し上げておきます」

本格的に何かまずいことに首を突っ込んだ?
ジョーンは少しだけ後悔を抱き始めた。

「ボーイの私…ブディーニ…そしてフロント係のドリーヴァは
 ホテルでの仕事は「表の仕事」です、私どもは「組織」の人間なのです
 これはもし取り次ぎがSi(是)でもNo(否)でもその事は告げられるでしょうから
 そこだけは告げておきます、組織名は「パッショーネ」全ては、この町を
 含めたイタリアの影からの支えのためです」

そればかり聞くと、ジョーンはまだ不明な点が山ほどあることを一端頭の片隅に
放置し、判った部分だけでも殆ど全てを承知した。

「判ったわ、貴方たちの邪魔や足手まといになることは避ける…でも…
 正直、こんな豪勢な部屋は苦手なのよね…出かけてくるわ
 ドリーヴァさんにも何処へ行くか告げておけばいいわね」

「私もドリーヴァもスタンド使いではありません、なので…
 あまり出歩かれるのも…」

「大丈夫よ、わたしならね。
 直ぐ近くの食堂よ、直ぐ戻るわ、食事は何てことのない物の方が喉の通りがいいのよ
 外食するなら賑やかな場所の方がいいわ」

普通こう言うところに通されてホテル内で食事もサービスも含め好きにしていいとなったら
贅沢の限りを尽くすか、萎縮して何も出来ないかの二通りだと思ったのに、
ずいぶん肝の据わった、そして外見の割りに地味な趣向を持つこのジョーンという女性に
面食らったブディーニであったが

「もう一つ言います、パッショネーはつい去年の春にボスが入れ替わりまして…
 今も完全にその入れ替わりの影響が納まってないのです、加えて他の組織との絡みもありますので…」

「…もう、何だってJ=P=ポルナレフはそんな面倒に巻き込まれたのかしら…
 では従業員用休憩室で貴方たちの普段食べてるものでいいわ、一緒に食べましょう」

何だ何だ…この女…しかし、そんな風にそれならそれでと警護しやすくしてくれるなら問題はない

「なぜ、ポルナレフ氏が…という質問には私は答えられません、
 食事の件は…(少し呆れながら)承知しました、貴方がそれでいいのなら」

そうして数日をナポリで過ごすことになったジョーンだった。



数日も経った頃にはすっかり気の許せる範囲でブディーニもドリーヴァも接するようになった。
本人はその気はないのだが、ジョーンがそのように誘導してくるのに乗せられてしまうのである。
不思議に人を引っ張る能力をジョーンは持っている、その事を二人が喫煙室で話し合っていた

「どう言う事なんだ?ブディーニ」

「不思議なんスよ…ドリーヴァさん、ジョットさん毎日バスタブで風呂には入ってるよう
 なんだが…バスローブやタオルはいつでも乾いているし、と言って床などが濡れている
 様子もないし、なによりまったく汚れてないんだ…あともう一つ…
 トイレ…まったく使用してないみたいなんスよね」

「ルームのトイレで用を足してないだけで従業員用を使ってるとか…」

「ありえないっしょ…」

「だよなぁ…」

「スタンド使いってのも色々居るらしいから…なんか「そういう能力だ」とでも
 思っとけばいーんスかねぇー」

「本人がマイペースすぎて最大こちらへの譲歩してるのになんで俺たちがこんなに
 疲れるのだか」

「なんかまるで手に負えないねーちゃんが居るみたいな感じっスよ」

「あーそれ、ちょっと分かるわ、うちのねーちゃんのこう…なんつーか押しの強さっつーか」

と言ったばかりに喫煙室のドアが開き、ジョーンが入ってきた
今の会話聞かれた?とちょっとおののく二人をよそに何を普通って感じで
ジョーンは自分のタバコに火をつけてふかしだした。

「あ、……ジョットさん、今日は散歩はよろしいので?」

既に散歩もなし崩しにされていた。
食事だけは従業員食堂で二人と一緒に食べていたし、自由になりたいのか
束縛も辞さないのか、良く判らない女だとも思ったが。

「ええ、今から行こうかなって、ホテルから真正面に見える範囲のどこか
 カフェにいるわ」

「そろそろ返事もある頃ッスから、短めに、短めに、ヨロシクっすよ」

「ええ、あ、それから…昨日の食事のレシピ教えてくださる?
 近年のイタリアの家庭料理ってよく知らないのよ、美味しかったから」

「いいっスけど、近年のイタリア料理って…どんくらいイタリアに
 ブランクあるんスか」

ジョーンは悪戯っぽく微笑んで

「520年」

三人で声をあげて笑う。

「嘘よ、幼少の頃移動してしまってね、折角の故郷の味なんだから
 覚えてしまいたいのよ、ヨロシクね、では」

ジョーンが3,4分でタバコを一本吸いきって去ってゆくと

「あれっスもん、なんか変な冗談言うねーちゃんスよねェー」

「いやぁ…ははは…でもなんか…冗談だと受け取られるように
 マジで言ってる気もするんだよなぁ」

「まさかッスよ」

「そうだよなー、しかし食事のたびにレシピを料理人に聞くんじゃ
 いつかアイツか切れかねないから、アイツにこれぞって本でも教えて貰うか」



520年のブランク、本当のことなのだ、でも、そう、普通信じられるわけがない。
だから表面的に付き合うことは出来ても、彼女は誰かに心を開くことが
出来ないのだ、そんなちょっとした孤独を感じつつ、でもやっぱり
表面的にでも誰かと付き合う心地良さみたいな物の余韻を感じつつ
彼女はまた普通にカフェの中で本を読みながらレモネードを飲んでいた。

そのうち…1時間ほど後だろうか…写真を片手に辺りを見回していた一人の少年…
なんか穴だらけのスーツを着た前衛的な扮装の少年(と言う割りには大人びても居るが)が
ジョーンの元にやってきて

「ええと、貴女がジョーン=ジョットさんですか?」

「ええ、そうよ」

「ホテルに戻って貰えますか、まったくミスタの奴、先に会ったなら
 自分でやればいいのに僕に押しつけて自分は自分で昼飯だなんて
 いい加減な奴だとは思いませんか?」

ミスタは相変わらずそうで、ジョーンはちょっと苦笑の面持ちで

「お手数掛けるわ、改めまして、わたしはジョーン=ジョット」

「僕は、パンナコッタ=フーゴです、宜しく」

彼はかなり紳士的で、ちゃんと握手を求めてきた。
握手に応じつつ、

「では、何らかの許可が?」

「そうですね、予断を許さない状況なんですが…まぁ…詳しいことは直接…」

「直接?」

ホテルまで戻り、自室に入ろうという時だった。
いつもは気軽に世間話などするブディーニも入り口に直接面と向かうこともなく
ドアの横に直立不動で立っているし、ここまで案内してきたフーゴも同様に
ブディーニの対角の位置でやはり同じようにして立っているがドアを開ける役目は
フーゴが、そして

「どうぞ、ちょっと気圧される雰囲気があるかも知れませんが、大丈夫ですよ」

ここまで雰囲気を盛り上げられて気圧されるも何も…と思いながらジョーンが入室する
…日差しの都合でもあり、窓からの光で彼らが逆光で眩しかった。

「お、ジョーン、まぁあんまり心配はしてなかったが遅くなって済まねーな
 拠点がローマなもんでこっちに連れてくるのにもけっこー大変でよぉー」

ミスタだろう、もしかして「何が何でもローマには行きたくない」という自分の
意地みたいな物をここまで重く見て「対象」をナポリまで連れてきた?
ジョーンは少し…いや、かなり面食らった。

「やれやれですよ…ミスタ…こんな事はこれっきりにしてくださいね
 僕はジョルノ=ジョバァーナです」

彼が普通に「握手」を求めてきたのでそれに答えた。
手に触れた瞬間、もの凄い生命の波動を彼女は感じた。

「これ…は…」

彼女は普段から波紋の呼吸をしており、その生命の波動は普段なら…相手が
通常の人間、あるいはスタンド使いでも本体が素の者であらば、何も起らないが、
このジョルノという少年の場合、その能力の…恐らくスタンド能力が「生命」に
関わる物なのだろう、ちょっと握手した手が光を放った。
そして朧気に、この少年の生命と精神に満ちあふれた輝ける未来を垣間見た。

波紋も師匠クラスならそういう能力を持つ者も居るが、自分にそんな
「ビジョンのような物」を感じることなどないと思っていたのに。

しかしそんな経験はジョルノも初めてだったようでびっくりした

「な…何ですか…貴女のその力は…スタンドじゃあなかった」

ミスタも呆気にとられている。

「いえ…貴方のスタンド能力は…生命に関わる物ね…
 奪うとかそう言う方向とは真逆の…生命を与え、生み出す能力…」

「すげぇ…握手一つで見破ったぜ…ジョーン…おめー何もんだ…?」

ミスタが思わず口走った。
ジョーンはコーヒーの入ったカップを親指と人差し指の二本で持ち上げ
それを逆さにした……しかし、コーヒーはこぼれない、そう、それは

「これは…ベネツィアで今でも細々と伝わっているはずよ…「波紋」という…
 生命の波を増幅し、医療や…ちょっとした武術にも使える技術…
 生命に関わる力を感知したんだわ…こんな事はわたしも初めてよ…」

そんな時、自分含め三人しか居ないはずのその部屋で大仰な拍手と共に四人目の声がした。

「ブラーヴァ!波紋か、懐かしい響きだ」

ジョーンはその声の主を捜したが見当たらない、何処?

「ああ、そんなにぐるっと見回したって私はそこには居ないよ、そこじゃあない
 ここだ、ここだよ」

その声の方向に焦点を絞り目を向けてゆくと…
ジョーンは驚愕した!
亀!亀の甲羅に何某か鍵のようなアクセサリがはめ込まれており、その宝石部分から
上半身を出している小人のようなのは…

「ここだ、私がジャン=ピエール=ポルナレフ、会えて光栄に思うよ
 マドモアゼル…でいいのかな?」

「え…ええ…独身よ…わたしは…でも…」

今度はジョーンが混乱したどう言う事?
このビジュアルは何?

「あ、そっか、俺たちゃ当たり前だけど亀のスタンドなんて普通はぶっ飛んでるかなぁ」

「さぁ…どうなんでしょう、まぁ…確かに僕らも最初は驚いたかな」

ジョルノもミスタもスタンド歴はそれほど長くないし、出会ってきた敵も
バリエーションに富んでいたことから一度驚けば後は特におかしな事とも思えなかったが
驚いて混乱しているジョーンの様子に自分たちがどれほど奇妙な運命を
辿ってきたのかという自覚も出てきた。

「ふむ、ジョーン、承太郎に頼まれたんだって?私たちのことは名前以外の事は?」

「ああ…ええ…あの、エジプトでの出来事までは…そうね、犬のスタンド使い
 鳥のスタンド使い…確かに…そうね、亀がスタンド使いでも…」

ポルナレフは少し嬉しそうに

「そーか、あの頃の俺をある程度は知っているんだな、イギーのことも。
 嬉しいぞ、こいつらこわっぱどもにはあの頃の私の武勇伝語ったって
 「はぁ、そうですか」程度のことだからな!」

「いえポルナレフさん…そういう「大したことない」という意味ではなくてですね」

ジョルノという少年がフォローに入る

「判っているよ、ジョルノ、君の切り開いた未来はとてつもない苦難の道だった
 私がかつて経験したあのエジプトへの旅に匹敵するか…或いはそれを越えるほどのね」

ジョーンはそのやりとりを聞いていたのか聞いていなかったのか

「つまり…その亀のスタンドはその鍵が出入り口になって…中に何かしら空間が出来る?」

ポルナレフはまた大仰に拍手をしながら

「おお、ブラーヴァ! 理解が早い、助かるね」

ジョルノがそれに続き

「会談はこの中で行って頂きます、まだまだパッショーネもイタリアも…
 完全に安定はしていない物ですから」

と言って「こうやって入るのだ」という手本のように亀の中に入っていった。

「あんたは「他言無用だ」と言えばちゃんと余計なことは口走らないで
 居てくれると信じた俺が推したおかげだぜ、ナンバー2って位置の俺に
 感謝してくれよ?」

伊達男っぽい雰囲気でミスタも亀の中に入っていった。

部屋の外から(ドアは開いてまま)フーゴが

「安心してください、中は結構快適ですよ、外の警戒は僕たちがしますから」

「組織」という割りには…ずいぶんトップに若い少年達が居る物だと
思いつつ、ジョーンも亀の中に入ってみた、変な感覚だった。

後に例えのためにちょっぴりだけこの時の体験を語ったジョーンだったが、
その時には5年経っているし、時効だろう…とちょっと心の隅で
このミスタに謝りながらK.U.D.Oのみんなに語ったのはジョーンの心の中
だけの秘密である。



ポルナレフの近況を語るには「前ボスの野望」と「それを嗅ぎ付けたポルナレフ」が
追い詰められ戦闘不能に追い込まれ、その後ジョルノたちがボスと対立する立場に
なって行き、ポルナレフと合流する、という絡みに絡み合った運命が関わるので
組織に関する穴や弱点といった物も晒す可能性があることから
この亀の中での会談が選ばれたのだ。

彼らは語った、ナポリ(ネアポリス)を基点にたった一週間の間に起った
怒濤の攻勢のことを、そしてその「目覚める」という崇高な目的のため
どれほど大切な人を失ってきたかも。

そして、ポルナレフは既にローマで死んでおり、今は只その魂がこの亀のスタンドに
しがみついて存在しているだけの…つまり幽霊だと言うこと。

「私が外に出て、承太郎に会いに行けない理由、判ってくれたかな?」

あまりに凄絶な彼らの黄金の体験にジョーンは冷や汗と緊張を抱きながらも頷いた。

「でも…ドクター空条をイタリアに入国させない理由にはならないわ」

「それも私の提言だ、彼を入国させるには、まだもう少しイタリア全土を
 平定させねばならない…というかドクターってどう言う事だ?」

そうか、ポルナレフは知らないのだなと…と思うと何気なく持ってきていた
彼女のちょっとした荷物の中に…それなりに高名な科学雑誌があった。

「わたしの能力は物理法則に基づいてないと正しく発動できないの…
 だからこういった雑誌はちょくちょく買っているのだけど…その中に
 たまたま…日本の「杜王町」という所の海での固有種のヒトデに関する論文…」

そう、つまり杜王町の騒ぎの中で承太郎がつい観察し論文にしたためてしまった
というその論文がそれだった。
ポルナレフは驚いた

「ブラボー、アイツ、海洋関係の何かをやりたいとは言ってたが…博士かよ!」

ポルナレフがその論文を読みふけり始めたので

「…そう言ったわけでして…ポルナレフさんに依れば…その承太郎って人も
 かなり強烈な運命を持っている人のようですから…今この「平定に向かいつつある」
 情勢では、そのような人を自由にさせるわけにも…行かないんですよ」

「ナポリで数日過ごした感じでは特に不穏な感じもなかったけれど…」

「ここは俺たちの地元だからな、流石に滅多な事は起こさせやしねぇさ」

ミスタが言うと、なるほど、とジョーンも納得した。

「だが…首都はあくまでローマですし…パッショーネもそれほど規模が大きくないながら
 全国に展開してますので…指揮系統の関係でもあまりローマから離れられません」

そればかり聞くとジョーンがかなり畏まった

「悪かったわ…わたし…ローマがどうしても苦手で…」

普通ならそこを「なぜ、どうして」と来るのだろうけれど、ミスタは気にするでもなく

「おれもよ−、4って数字は苦手なんだ、まぁ今ここに「四人」居るのは仕方ネェかな
 とは思うけどよ、ホラ、生きてる人間が三人、幽霊が一人って思えばいいのさ、
 例えばお菓子がたまたま四個とか、たまたま見た時計の数字が
 四時四十四分だったとかさ、そういうのウゲッと思うんだよ、にたよーなもんだろ、ははっ」

ジョーンはそう言うゲン担ぎとは少し違うのだけれど…と苦笑しながらも

「有り難いわ…じゃあ…ムッシュ・ポルナレフ」

彼女がポーチより少し大きい程度のバッグをごそごそと漁りだす

「Oui?」

論文を読んでいたポルナレフは顔を上げ、ジョーンを見た。

「その雑誌、差し上げるわ、そしてこれ…」

承太郎から貰った名刺だった。

「電話でも、メールでも、手紙でも…彼はそう言ってたわ」

彼はそれをちょっとだけ恐る恐る受け取った。
積もる物があまりに多すぎて、そう言う意味の恐ろしさがあったのかも知れない。

「…ああ…有り難う、たったこれだけのことのために済まなかった
 君も…ジョルノやミスタも」

「いえ、僕らは確かにボスを…ディアボロを倒した…だが流石に僕らはまだまだ
 社会経験から何から乏しいですから…強力なスタンド使いでもあった
 貴方がアドバイザーとしてここに留まってくれていることに感謝します」

ジョルノという少年、あまりに少年らしくない落ち着きと風格があって
ジョーンも少し畏まってしまうような感じだった

「まーあんたのレクイエムのおかげでとんでもねー目にも合わされたし
 今回のことも、また一つ貸しが増えたな!」

ミスタの言葉にポルナレフも苦笑した。
ポルナレフを困らせてしまいそうなのでジョーンが話題を切り替えた。

「一応…わたしの方からもドクター空条にコンタクトはとるわ、でも、言いたいことや
 積もる話があるのなら、それは、貴方が直接彼にお願いね」

「ああ…」

「じゃあ、ミスタ、本当にここのお代は負担しなくていいのね?」

「おう、任せておけよ」

「ジョットさん、あなた…ヴェネツィアに向かうんでしたよね?
 東側経由で…車で送らせますか?」

「そんな…悪いわ」

「気になさらないでください、と言ってもノンストップですから
 居心地は最悪かも知れませんが…」

「一体何があるの?」

そこでミスタが

「俺と…外に居るフーゴの奴とでちょっとベローナの方まで用事があってよー
 パドバまでなら乗せていってやるぜ」

ついでがあるのなら…

「そう…では…お願いするわ、実はあまり予算に余裕もないから…」

「強がってる癖に、結構困ってるんだよな、あんたは
 なんかそーいうとこ、俺はけっこー気に入ってるんだが、まぁ行こうぜ」

やれやれ、生活のアリバイを作って多少の人との関わりを持つようにしても
どこか何気なく、見透かされる物だ、ジョーンは肩を小さくすくめて

ジョルノとポルナレフに別れを告げた。



ホテルを出る時にドリーヴァから餞別にイタリア家庭料理のレシピ本まで
貰ってしまった、何とも有り難いというか、結構貰いっぱなしで悪いなと
思って、「旅行者として」彼らにチップを渡し、ナポリを後にする。

その車にはフーゴ・ミスタ・自分…の他に何故かもう一人…少女が乗っていた

「トリッシュ…あなたは無理に組織に加わることはないんですよ…
 まったく、貴女もスタンド使いですから多少のことではもう大丈夫
 と言う安心感はありますが…」

トリッシュと呼ばれたその少女は「なに、構わないわ」という面持ちで
ミネラルウォーターを飲んでいた。

「それによぉー、食事休憩以外ノンストップだぜ? いいのか?」

そればかりは

「えー? そうなの? でも、しょうがないわね、ベローナの
 敵勢力を視察と必要なら排除…でしょ、そーいうの、結構慣れたわ」

「なんと言うか…お転婆な人ですね…無理にこんな事に首を突っ込まなくてもいいのに」

「しょうがないじゃない、運命を自分で切り開くんだってあの地獄の一週間
 乗り越えたらスタンドまで発動してしまったんだもの、この力
 あたしの自由のために命まで捨ててくれたブチャラティに報いたいって
 フツーそー思わない?」

ミスタは苦渋そうに

「いやー、おめーの気持ちもわかるし、そんな事のために君を救ったのではないと
 ブチャラティはいいそうだし…困ったモンだなぁ」

トリッシュはジョーンを見て

「この人は?この人もスタンド使い?」

ミスタがそれに答え

「スタンド使いだが、行きずりだし、俺たちの戦いに巻き込むわけにも行かないぜ
 パドバまでだぜ、な?」

正直、こっちに振らないで欲しいとジョーンは思った
色々便宜も図ってくれたし、一肌脱ぐのもありかなと思いかけていたからだ。

「スタンド使いはホントーに引かれ合うモノなのね、奇妙も奇妙
 奇妙すぎて麻痺しちゃったわ」

トリッシュが連れて行くも行かぬもどうでもいいと言った面持ちで
ただ、その出会いの頻度に対して多分これは心からの感想を言った。

「ここにいる貴方たちは…まだとっても若いのに…どれほどの苦しみや哀しみを
 越えたのか…話では幾らか聞いたけれど…なんというか…でもわたしは言えるわ」

ジョーンが突然神妙なことを語り出したのでちょっとしーんとした雰囲気になり
フーゴは意識的にラジオの音量を下げた。(運転はフーゴ)

「彼…ジョルノを支えてゆけば…きっと未来があるわ…目覚めた先の未来が」

ジョーンは握手した時の感覚を少し思い出し、自分の右手を見つめながら

「そして…貴方たちにとっては耳にタコのできるような余計なおせっかいでしょうけれど
 わたしがかつて出会った人類のために戦った軍人さんから貰った言葉を貴方たちにも捧げる
 『不幸に屈する事なかれ、否、むしろ大胆に、積極果敢に、不幸に挑み掛かるべし』
 古代ローマの詩人、ヴェルギリウスの言葉よ…」

「…初めてちょっぴりだけ会ったジョルノにやっぱり何かを感じたの?貴女も」

「彼は強く前向きな精神を持っていて、絶対に服従を強いられるような運命には
 屈しない強い人だわ…そして…多分今までにわたしが出会った中でも
 トップクラスに強力なスタンド使い…
 彼が裏から社会を支えるというのも何か理由があるのでしょうけれど、
 丁度それに呼応するかのように貴方たちが彼を支えて居るわ、
 まだ若いのに、でも若いからこそ強烈な黄金の精神を感じる、
 わたし…お世話になったしベローナでの活動に参加してもいいかなと思っていたけれど…」

ミスタが聞いていたが

「ああ、あんたはやめておいた方がいい、ここで立ち向かうべきは俺たちなんだ」

ラジオのボリュームを戻しながらフーゴも言った

「そうですよ、それに貴女にもしもの事があったら、それこそ僕らジョルノに顔向けできませんからね」

トリッシュがでも少しだけ残念そうに

「でも、どんなスタンドかだけ見てみたいわ、別に、それでどーしようって訳でもないけど
 貴女イタリア生まれのようだけどイギリス人みたいだから、土俵が違えば
 多少見せてくれてもいいでしょ?」

「そうね…じゃあ、どこか休憩ポイントでも…」

日本の諺に「袖振り合うも多生の縁」という運命を大切にせよというものがあるが…
この激しい人生を送る少年少女達もいずれ穏やかな日々を手に入れられることをジョーンは祈った。



パドバで三人と別れ(その間にはペスカーラ近くのモンテジルヴァーノ、サンマリノ手前の
 ペーザロ、そしてボローニャと言ったところで時々休憩を挟み、それなりに
 車中泊や極めて不便で窮屈とも言える旅をそれなりに楽しんだ
 タイヤがパンクしても、それを「ほぼなかったことに出来る」能力や
 バッテリー上がりなどもオーディナリー・ワールドで対処できる(時間は多少掛かるが)
 と言うこともあり、結構重宝がられてしまったのも事実だ
 飲み物なども生水を不必要な成分と必要な成分とで「見えるように」分けてくれるし
 多少の不便で不衛生な環境でも水だけは拘りたいというトリッシュは何より
 そこに喜んでくれたようだった、最初の出会いは距離も空き気味で微妙な空気
 ではあったが、最後には冗談で笑い合うくらいには打ち解けられた)
そこからは、ヴェネツィアまでは歩いた。

と、夜中で波も穏やかだし…彼女はちょっと今までの出会いなどで
気が大きくなったというか緩んだというか…彼女生来の「お転婆」加減が
発揮されてしまったのだった。

なんと、彼女は海を「波紋で歩いて」真っ直ぐエア・サプレーナ島まで行ってしまったのである。

彼女の波紋は決して師匠クラスとまでは言わないが、「一点集中」や「二種の波紋を個別に操る」
といった「上級の基礎」くらいは出来たし、基礎部分である鍛錬も他の修練者より
長く長くこなしたこともあって、例えば数十キロメートルを息を切らさず走り抜ける
くらいのことは出来たのだった。

彼女に足りなかったのは、「いかなる手段を講じて相手に波紋を通すか」
つまり技とか応用とかそういう部分でどうしても及ばなかったのである。

彼女はそのため、当時の師匠から特別にローマ派にはない
洋々な波紋を教えて貰ったのだった。
(この時の師匠はチベットとの行き来をしていた)
水中のためのターコイズブルー、
鋼を伝わるメタルシルバー
炎の波紋スカーレット
生命磁気へのオーバードライブ
そして、サンライトイエローオーバードライブ。

技として自分で応用を生み出せないのならと言うことで
彼女はローマ派でありながらチベット派の技を身につけていたのは
そういう事だったのだ。

波紋の修行の日々はとても厳しかったが、家族を捨てて生きざるを得なかった
少女にとってはその厳しくも大らかで優しい師匠が第二の親のようで
心から尊敬していたし、その生涯を見届けられた…そのおかげか故郷で感じたような
激しい切なさもここではまだ「懐かしさ」の方が勝った。

師匠が亡くなって疑惑の渦中に立たされた当時のジョセッタは結局
この波紋の修練場に居られなくなって今で言うスロベニアなどからギリシア、トルコを
経て(この時ギリシャやトルコ派の波紋も知った)エジプトに死にに行くのであった。
(その企みが失敗したことは、エピソード7で語ったとおりである)

エア・サプレーナ島に上陸…とはいえ、ひと気の無いような、一晩仮眠を取れるような
隠れられる場所も当時そのままに残っており、そして未だに誰も知らないような
場所であったが為、彼女はそこで夜が明けるまで仮眠をとった。

夜が明けてから自分の行動に少し後悔した。
エア・サプレーナ島のこの波紋施設はかつては「個人宅」でもあったが、
現在観光資源としてごく一部ではあるが観光客にも開放していた事は知っていた。
勿論それは「修練場」としてではなく、建築様式やその間取りなど「美術的な価値」である
もう波紋はそれ単体では存続が怪しいほどに小さな勢力となっていたのである。

そこを利用してごく普通の観光客の振りをして潜り込むのが一番無難だったのに
パッショーネの若い彼らの気に当てられたか、快適とは言えない車中泊の
ちょっとした旅が存外楽しかったこともあり、気が高ぶって「ついつい」
何キロもの海路を「波紋で歩いてしまった」……

母島に当たる部分に邸宅兼修練場があり、子島が周囲に幾つか存在する内の
一つに大きめの闘技場があったりする環境なのだが…

橋が掛けられている子島への間に古代遺跡や別のもっと小さな小島を
橋脚代わりにしている部分がある。
そこでジョーンは一晩を明かしていた。
さて、観光船の到着と共に船腹にとりついてそこから何気なく観光客の
振りでもしようか…などと考えつつ、とりあえず、橋の上に出ようと
手を掛けたその時だった。

「…そんな…所に…これはまた奇妙な訪問者じゃな…」

まさかこんな時間に橋を通っている人物が居たとは…!
ジョーンは大いに焦った。
それは80歳ほどに見えるお爺さん、もうかなり足も腰も曲がっていて
恐らく実年齢は100歳ほどだろう…、つまりどう考えても
この波紋道場の実力格…師匠なのではないか…!?

「ほっほ…ちょいと昔を思い出しちまった、ワシの相棒の方の弟子が
 ちょっと一休みとそこに逃げ込んでた事があって…あやつもまだ
 生きとるようじゃが…それにしても見ない顔じゃな…
 おぬしは何処の者じゃ?」

自分以外にここを使った人が居たのか…それにしてもやけに肝の据わった人物だ
こんな外界と隔絶された島に「なぜ・どうやって」という疑問を挟まないのだから

「あ…ええと…わたしは…」

なんだか大昔のことを少し思い出して、まるで「自分が師匠に見つかってしまった」
時のようにバツ悪そうにジョーンは橋の上に登り

「チベットの方から…と言っても…大事な用事とかではありません…その…
 観光なんです…ただの」

思わず嘘をついてしまったが、今つける嘘で一番波風が立たないのはこれしかないと思った。

「そうかそうか…ほほ…なかなか問題児のようじゃな…あんたは…
 まぁ…折角来たんじゃ…おいでなさい」

波紋の修練場ももうそれこそ520年ぶり…変わってしまった部分もあって
ジョーンは懐かしさよりも奇妙な虚無感が先に襲ってきた。

老人の速度に合わせて一歩後ろを歩いていると(ジョーンの歩行速度は結構早い)

「ここには…今どのくらいの修行者が居るのでしょうか」

ジョーンがやや慎重に話しかけた

「ふむ…久しぶりに骨のあるのが居るには居るんじゃが…あの血族もなかなかのもんじゃな…
 それ以外はいつまでつづくかの…大昔みたいに「死んでも自己責任」
 などとは口が裂けても言えん世の中になってきておるし…」

「その割りには…気配もありませんが…」

「ああ…全員に休暇を与えておる…何人戻って来るやら…やぁ、シャノンさん、今日も宜しく」

正面玄関の大きな扉が開かれ、一人の中年女性がやってきた。
恐らく、観光用の案内や売店担当など多岐にわたる活動をしている人なのだろう
知的な雰囲気と、人前に出るだけのそれなりの扮装を嫌味でない程度にしっかりと
している人物だ、多分美術系の歴史を学んだ人なんだろう、波紋の呼吸はしていないようだし

「お早う、そちらの方は?」

「ああ…(ジョーンを見ながら)チベットの方の派閥からトルコ経由で来た客人じゃよ」

えっ、ジョーンがもの凄く何かを見透かされたような気分になった。

「はい、では開場の準備をしますから、師匠さんはお戻りくださいね」

「ああ、今日も宜しく頼むよ、シャノンさん」

「はい、宜しく、マエストロ・メッシーナ」

瞬間、ジョーンの記憶が呼び起こされ、電撃が走る感覚に襲われた。
何てことなの…!あの時の波紋の師匠がまだご存命だったなんて!
年老いたメッシーナは、指でジョーンを促し、居住スペースへ誘った。


第三幕 閉

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