Sorenante JoJo? Part One : Ordinary World

番外編:2「1939-2007」

第四幕 開


「…あ…朝食がまだでしたら…わたしがお作りしますが…丁度
 レシピ集もありますし…」

誤魔化すつもりなのか何なのか自分でももう判らなくなっていた
ただもう何とも何かを喋らないと押しつぶされそうだったのだ。

老メッシーナはゆっくりジョーンを振り返り

「そりゃぁ有り難い…大した材料もないかも知れないが宜しく頼むよ」

極めて柔和に彼は言った。
そして厨房にこもり調理を開始しながらジョーンはこれからどう繕うか
それを必死に考え始めた。

――夏の日差しの中、波も風も穏やかなテラスにメッシーナは座って
何か書類に目を通しているようだ。
遠視がきついのかそれ用らしい眼鏡を掛けたり外したりしてよくよく眺めている。

ジョーンはパスタもパンもない厨房、魚も何もない、あるのは幾らかの
葉物と調味料だけ…という状況に仕方なく子島へ向かう橋の袂まで向かい
橋の上に跪き、波紋の呼吸を強めに始めた。

「水中のための波紋…」

それを中程度の広い範囲(ただし深さはあまり稼げない)で打ち込んだ。
…電気ショック漁法の要領で魚がちょくちょく浮いてくる。
更にそれを

「生命磁気への波紋疾走」

手元に集めてくる、そして食用の魚を除き、後は海に戻し、再び波紋を流す。
離された魚はショック状態から醒め、慌てて海の底へ潜っていった。

籠にそこそこ集まった魚をちょっとほくほく顔で調理室まで戻り
それらを捌いては調理に取り掛かる。
余りそうな分は寄生虫対策用にもう一度波紋を、今度は強めに行き渡らせてから
オイル漬けなり、塩漬けなりを仕込み始めた。

それは、彼女の修業時代そのものの光景だった。

煮魚に葉物を添えたくらいの粗末と言えば粗末な食事であったが
割りに大ぶりな魚であったので一品でもそれなりだろうと
彼女はそれを老メッシーナに差し出した

「…おぬしの分は? おぬしも腹が減ったろう」

「わたしは本当なら今頃警察に引き渡されていてもおかしくない不法侵入者なんですよ」

「構うもんか…こんな所まで船も使わずやって来られる波紋使いなんてここ何十年来の傑物じゃよ」

老メッシーナは、フォークで魚を大凡に分け

「ほれ、半分食べなさい」

「はぁ…では…頂きます」

ナイフとフォークをもう一揃え持ってきて、少し遠慮がちに彼女も食べ始めた。

「…おぬしの靴を見る限りほぼつま先立ちで数キロの海路を歩け…
 ターコイズブルー・生命磁気…なるほど確かにチベット系の系譜じゃな、とにかくタフネスに
 長けた持久戦や威力の調節で医療にも向いた仙道波紋と言う奴じゃ…」

「師匠は…チベット派と交流が?」

あるならば、最初の嘘で嘘が見抜かれた証拠になる。

「いや…わしがまだ若い頃当時の師匠の育ての親がチベット派の指導者でな…
 …まぁそう言う意味では遥か100年近く前に交流はあったが…
 ストレイツォ…という男だった、老いを気にして石仮面の力に屈してしまった
 哀れな末路を辿ってしまったが…」

割ともぐもぐと口に魚を運びながら

「おぬし…ジョセフ=ジョースターは知っておるか」

「ええ…NYの不動産王…」

「…ふむ、まぁ若きそ奴が吸血鬼と堕したストレイツォを倒し…色々あって
 ここで修行の日々を…ひと月ほどじゃが…やむにやまれぬ事情もあって
 死ぬ気でこなしていった、その時に…奴がたまに嫌気がさした時に
 逃げ込んだ場所…それがおぬしが寝ていた場所じゃよ」

そこで彼は見ていた書類から目を離し、ジョーンを少し見つめ

「…あの場所はいきなり訪れて見つけられるような場所じゃあないんじゃよ」

確かにそうだ、自分も最初にそこの存在に気付くまで数年かかった。
どうしたものだか…もうなんだかアレコレ取り繕っても意味がないというか…
とはいえ、あけすけに「わたしは実は580年前に入門した者です」などと
軽々しく言えるはずもない。
内心ジョーンはほとほと困り果てていた。

「…とはいえじゃよ…無理に聞こうとも思わんよ…お主の判断に任せる」

と、言いつつ、彼はジョーンへ一冊の本の見開きを見せた。
なんと言うことだ、それはかつての自分の肖像、当時の師匠の苦悩の分だけ
分厚くなってしまった修験者名簿…
なぜピンポイントにそんなものを…

「敢えて聞くぞ…『今の名は何という』のじゃな?」

ジョーンはほぼすっかり観念してパスポート共に

「ジョーン=ジョット」

「もう一つ聞きたい、これが一番聞きたかった
 波紋だけの効果ではないな?」

「ええ」

「…近く最近になって「スタンド」とかいう超能力じみたモノが幅を利かせておるが…
 つい去年もこのヴェネツィアで氷だ命だ覚悟だと物騒な戦いをしておったが…
 それもよもや「最近になって急に」現れたモノでもなかろう
 もしかしてそれかのぅ?」

「ええ…」

「なるほど…効果は人によってそれぞれらしいから…これで長年の疑問が
 すっかり取れたぞ、晴れ晴れとした気分じゃ
 じゃが…確かにまだまだ稀な現象であった「スタンド」のことを含め
 自分のことを奴には伝えられなかったようで、おぬしもそこが気がかりだったのではないか?」

「…奴? …あ、」

「心配することはないぞ、これを見つけたのは奴じゃ
 おぬしからの確認が取れなかっただけで、奴もすっかり了解して死地に赴きやがったのじゃから」

してやったり、という表情で老メッシーナは続ける。

「油断したな、ジョアンヌ=ジョット…ファミリーネームだけは偽れない辺り
 おぬしもやはりイタリア人と言うことか…」

「悪意からではないのです」

「そりゃそーじゃ…さぞ辛い人生じゃろうな…わしには想像も付かん
 いやしかし、ストレイツォにバレなくて良かったぞ、
 なんと言っても彼は老いを気にして吸血鬼に堕したわけじゃからな」

すっかり魚が喉を通らなくなってしまったジョーンの分の魚も少し食べつつ

「ワシはもうそれほど長くない、最後の最後に人生最大のミステリーが解けて
 それで満足じゃが…おぬしには…そうじゃな…仲間が必要じゃよ
 お互いの何もかもをすっかり了解しあえるような仲間が」

「…しかし…そんな人が現れるのでしょうか」

「もし何なら、おぬしの運命を見てやろうか?ん?ワシもおぬしくらいの
 実力者の生命の波長なら結構読めると思うぞ、死への運命までは読めそうにないが」

老メッシーナが右手を差し出してきた。
ジョーンは自分の右手を見てちょっと考えた。

「人生に張りがないと感じることはないか? 未来の尻尾だけでも
 掴んでおきなさい、おぬしにはそれが必要じゃ」

確かに、一人だと何十年でも足踏みをしてしまう。
シュトロハイムと出会ったこと、承太郎や露伴と出会い、その勢いで
ミスタやジョルノや…ポルナレフ、フーゴにトリッシュにブディーニやドリーヴァ
彼らに出会って過ごせたことは表面的でも楽しかった、張りを感じた。
…ジョーンは右手を老メッシーナに差し出し、その手を握った。

――波紋の衝撃波のようなものが広がる。

「…古都の裏道にて籠の中の鳥を捕まえしとき
 自らと同じ迷える五つの柱と共に…神殿は築かれ始めよう……
 ……正直……そこから先は詳しく読めん……何か大きな火が見えるが…
 それが何の意味を持つかもワシには判らん…じゃが…築かれた神殿は
 ボロボロになりながらも崩れることなく…やがて柱を増やし
 入れ替えながら……いつか光を生み出し、祈りの時を待つ」

衝撃波も収まり、静けさがまた戻る。
こう言う時に表現が文学的になってしまうのは本当に朧気なビジョンしか
見えてこないからで、それを言葉として並べてゆくとどうしてもそうなってしまうモノなのだ
例えるなら強烈な光をバックにシルエットや断片的な情景のさらにジオラマ的な
一部しか情景も見えてこないからなのだと言うことを、つい2,3日前にジョルノと
握手をしてジョーン自身も体験した。

「古都の裏道…そして籠の鳥を捕えた時…」

ジョーンが最初の節を復唱した。
メッシーナもこう言った予言は詩的になりがちなのをちょっと恥ずかしいと思うのか
苦笑気味に

「そう、遠い未来ではないよ、割と直ぐ感じたからな…ただ…運命というのは
 自ら挑むモノでもある…お主も、のんべんだらりとしていては…
 好機を逃すぞ…そして一旦逃せば、再び巡るのにそれこそより長い時間を
 必要とするじゃろうな」

ジョーンは至って神妙に

「肝に…銘じておきます、有り難う御座いました」

「いやぁ…何度も言うが、人生の最後に突っ掛かって居ったものが取れて
 実に晴れ晴れしておる、正体を知りたかったのもある、しかしそれ以上に
 おぬしに言ってやれることが出来たことが何より嬉しい
 波紋も、まだまだ捨てたモノではないな、そうは思わないか」

ほぼ一世紀、聚落に向かう波紋に身を捧げてきたこの老人の一言は結構重かった

「でもわたしには…正直貴方が羨ましい、わたしもいつか…そんな充実を
 味わう日が来ることを、そのための日々を送ります」

「そうしてくれ、シュトロハイムもそれを願っている…と
 すっかり魚も冷めてしまったな…」

ジョーンはその魚の上に手をかざし

「大丈夫です」

オーディナリーワールドを使った、また、作りたての湯気を発し始める煮魚。

「便利なもんじゃな、スタンドというモノも」

「胸がいっぱいなので、やはり貴方が残りも食べてくださいますか」

「はは…済まんな…センチメンタルを押しつける気もなかったんじゃが…
 じゃが、どこかでおぬしはそれに向き合わないと先に進めなくなるぞ」

「はい」

「死ぬほど胸を締め付けられる日が来るじゃろう、かつて味わった屈辱を
 それ以上の苦しみをもってもう一度味あわないとならぬ時が来るじゃろう
 ……しかし、その後こそが……お主の人生の本番じゃ」

「それも…生命の波長で…?」

「これか…?まぁ、読んだ部分もあるが
 ワシの人生経験から来る「老婆心」という奴じゃよ」

そこでやっとジョーンは少し微笑みを取り戻した。
そんなはずはない、きっと彼には見えていたはずなのだから
あけすけに見えたものを伝えるのではなく、段階をふんでアドバイスであるかのように
振る舞っているのだとジョーンは理解した。

結構激しい足音が響く、ヒール付きの靴の音だから、シャノンという女性だろう。
彼女がテラスに血相を変えてやってきて

「今の…ッ! 何ですかッ!? どうしたんですかッ!?」

老メッシーナはにこやかに

「何でもないよ、シャノンさん、少なくとも地震とか建物の倒壊はない、安心しなさい」

シャノンは彼が「何の」師匠なのだか良く理解はしていなかったが、でも彼が引き起こした
「何か」であり、本人が何でもないというのなら、そうなのだろうと微妙に納得がいかないまま
一礼して去っていった。

そんなジョーン自らのルーツを辿る…人捜しをかねたちょっとした旅も終わった。
片方のルーツには触れる事も叶わなかったが、
もう片方では未来への鍵を…その形状の手がかりを得た事に充実した気分になった。





2004年春

老メッシーナに励まされはしたものの、やはり一人に戻ってしまうと途端に
全てがスローペースになってしまった。
…一つ言い訳を言うなら、スタンド使いにまつわる経験則が全てを引き合わせるはずだと
彼女はそうも確信していた。

そろそろ生活費を工面しなければならない時期にもなっていたこともあり、
彼女はロンドン近郊のある場所に向かった。

資産を隠している場所も、近場だとここが最後だな、と思いながら
のどかな風景の郊外に足を運んだ。

…と、道すがらにひと組の老夫婦が小さな…ひ孫くらいの少女を連れて辺りをきょろきょろとしていた。

ここは所々に家や施設などはあるし、一応古代ローマ時代の遺跡も…小規模ながら
ないでもない場所だが…

このままだとどのみちすれ違うことになる、彼女は自ら声を掛けることにした
…と思ったら、声を掛けようとした瞬間、お爺さんの方がこちらを向き

「…ああ、そこのお嬢さん、申し訳ないんだが…歩いてると言うことは
 この辺りの地理に詳しいのかのぉ?」

「…遺跡ですか? それなら判りますが…」

なにしろ、そこの建造物跡の「中に」資産を隠しているのだから。

「ああ、いやいや…確かこの辺じゃったと思うのじゃが…何しろ田舎とは言え
 この辺りも少し変わってしまったし…ワシが生まれた時には既に屋敷も
 なかったから…どの辺じゃったかなぁ…と思うてなぁ」

この辺りに屋敷…?
あったとしたらもうかなり世紀をまたいで昔のはず…
そしてその邸宅とは…

「…もしかして、旧ジョースター邸でしょうか」

ジョーンが言うと

「おーお!ビンゴじゃッ!そうじゃよ、ジョースター邸跡」

1888年暮れにそこは失われていたはずだ。
それは少なくともシュトロハイムに聞いた。
自分がここにジョースター家邸宅があったことを知るのは18世紀後半から19世紀
初頭までのことで、その数十年の間に当主が陰謀でもないのに早死にでどんどん入れ替わる
奇妙な家系だと言うことは知っていた。

そして、今現在そこは…

「今そこは…あの丘の上に…近世建築を模した施設がありますが…(指を指しながら)
 あれですよ、スピードワゴン財団・基礎科学研究所に今はなっています」

「なんじゃとー!あれで良かったのか!じじいめ、近くの土地を買ったとは言っていたが」

貴方もお爺さんですよ、と心の中で突っ込みつつ

「ああ…半世紀ちょっと前までは確かに更地だったのです、碑はあったのですが
 その後50年ほど前にあの建物が…」

「スピードワゴンのじいさんも案外腹の中で色々考えてしまい込んでいる奴
 じゃったからなぁ…邸宅跡地をそのまま研究所にするなんてきいとらんかったわ…」

その春にしては耐寒装備に身を固めたような身なりのお爺さん、ちょっと派手目だけれど
人は良さそうなお婆さん、そして奇妙にも目が見えないわけでもなさそうなのに
サングラスをした女の子を促すようにして

「…いや、お嬢さん、手間を掛けた、しかしあそこか、ちょいと歩くのぉ〜」

「貴方が「この辺のはずじゃ」なんて見栄張って「後で来てくれ」なんて
 言って車を降りなければ良かったのに、もう…」

助けてあげたいけれど、流石に三人というのは出来ないでもないが、
ちょっと色んな意味で厳しい物もある。

「…その…ジョースター邸跡に何か縁でも…?」

とりあえずジョーンは慎重に聞いた。

「ああ、ワシに縁の土地なんじゃよ、といってワシは直接はここに住んでいたわけ
 じゃあないんじゃがなぁ」

あ…もしや

「ジョセフ=ジョースター…そして貴女はミセス・スージー=Q=ジョースター」

恭しくジョーンがお辞儀をした。

「おやおやお嬢さん、知っておるのか」

「普通に社会人をしていれば知らない人もそうそう居ないと思いますが…」

「それだけじゃあないな、ワシの妻のミドルネームまで知ってるなんてそうはおらんぞ
 伝記書は厳しくチェックしておるし、自叙伝にもファーストネームまでしか書いておらんからの」

ゴゴゴゴという雰囲気を一瞬感じたかと思ったら

「なんじゃ、お嬢さん、相当な追っかけのようじゃなあ、まだまだ捨てたもんじゃあないぞ」

スージーQがジョセフをひと睨みすると、ジョセフはあたふたして何やら言い訳を始めた。

「…ああ、いえ…そういうファン的な者ではないのです…その、わたしちょっとだけ
 波紋を学んでいまして…」

波紋、知人友人でもなくその名を他人から聞くのは久しぶりだという面持ちで
ジョセフもスージーQも少し驚いた後

「ではメッシーナに師事を? アイツもずいぶん衰えおったが…」

ジョセフ=ジョースターとメッシーナ…ときてローマ派の関わりを示唆するのは
まずいとジョーンは瞬間的に思い、かつ真実をひとつまみ加えた。

「いえ…チベット派で…ですが一度観光でヴェネツィアの施設にお邪魔したことがあります
 メッシーナ師、ご存命なのですね、何よりです」

「ほー…しかしあそこも流石に共産党政府も私設軍も手を出せんとは言え…相当に勢力は
 衰えてしまっているはずじゃが、お嬢さん平気じゃったのかね?」

「はい、インド側からネパールを経て普通なら人など通るはずもないような
 道を辿りまして、帰りも同様に…」

ジョセフはちょっと悪戯っぽい表情で

「じゃあ、「お嬢さん」は失礼かの? 半世紀前の事も見てきたかのように語っておったし」

「あらそうなの?貴女も義母のようにもう結構なお歳なのかしら!」

ジョーンはこの悪戯っぽく、でも知っている者からしたらユーモアと
純粋な驚きを見せる老夫婦に好印象を持ちながら

「はぁ…まぁ、でも…いいんです、まだまだ若輩者と言えますから」

実際、長く生きていればそれだけ単純に成長できるとは限らない。
自分の成長度合いは限りなくバランスが悪いと言うことは自覚していた。

「そうか、ではお嬢さん、ここでちょいと修行なぞ、いかがかの?」

「は?」

「ネグロイド系コーカソイドの血で逞しく見えるのかと思うたが…どうやらかなり
 鍛えてあるようじゃし、どうかの?」

悪戯っぽく微笑むジョセフ、言わんとするところは直ぐ判った。

「あらあら、あなた、「波紋」って美容や健康の物じゃあないの?」

スージーQは当時使用人であったとまでしか聞いてなかった、
後はジョセフと結婚したとまで、この老婦人は今にしてもまだ
波紋とはなんぞという根本を知らないまま生きてきたのだ。
それも多分、波紋の呼吸をしているならまだまだそれなりに
若く見えるはずのジョセフがすっかり老いている事で承知が行く。

「ええと…わたしの学んだ波紋は体術と言うよりは医療とか自己鍛錬に
 近い物ですが…はい、その…確かに体はそれなりに…」

露出のある服を着ていてその筋肉も見えるのだから四の五の言う事もないだろう

「判りました…では」

ジョーンはしゃがんで両手を広げた、そこに座ってくれ、と言う意思表示だ。

「あらあら…静ちゃんはどうしましょ」

「その様子ですとそれなりに歩いてきたようですし、どちらかが抱えて頂ければ」

ジョセフは静を抱き上げ、そして容赦なくジョーンの左腕に腰を掛けた。

「…む、腕全体でくっつく波紋を微量に流しワシを固定したか…やるのぅ、お前さん」

ジョセフがジョーンの腕に座ってもジョーンの腕は僅かも動くことがなかった
それを見て「ちょっと恥ずかしいかな」と思いながらもスージーQもそうした。

…まぁ…あの頃の修行に比べたら全然マシな方かな…ジョーンは少しだけ波紋の呼吸を強め
立ち上がり、旧ジョースター邸跡・現SPW財団研究所へ向かった。

近寄るにつれジョセフは懐から一枚の写真を取り出し

「じいさんもロマンチックじゃな、当時の館そっくりじゃあないか」

静にも、そして自分にも見える低い位置でそれを見ているので判る
それは大昔の古い写真をデジタル処理などを施し再びプリントした物だということ
そこに写るのはかつての住人…恐らくはジョージ=ジョースター一世を筆頭に
ジョナサン、使用人の面々…そして…ディオ=ブランドーなんだろう。

まだ表面的にジョナサンとディオの立ち位置は近いようになっており
1880年代中頃なのだろうか…幼さを漂わせる雰囲気と、大人に向かう
途上の…少年とも青年とも言い難いような、微妙な年齢の頃の集合写真だった。
ディオがやや斜を向いている所を見ると、彼は写真が嫌いなのだろうと判る。

「ふん…こやつも…妙な野心さえ持たねばそれなりの人物になれたかも知れないものを」

ジョセフが呟く
少々ボケが回り、緩んだ表情が板に付きがちな彼だったが、それを口走った時ばかりは
目や顔に力がこもったのをジョーンは見逃さなかった。
今ここでべらべらと喋るつもりはないが、間接的に自分も知っている。
彼が居たからジョナサンは成長できたが、彼の野望のために結局命を落とさざるを
得なくなったこと、100年の月日を経て、ジョナサンのボディを乗っ取り復活したDIOは
自分の所にも来た…そこでその後彼の動きを警戒するために調べたところ
かつてシュトロハイムから名前は聞いていたジョセフが出てきて、その孫の
空条承太郎の事も知り…そして彼とも出会った。

何だろう、これは。
運命がいつかこのジョセフ=ジョースターとも引き合わせるつもりだったのだろうか。
ぼーっとそんな事を思いながらも、川だろうがちょっとした池だろうがお構いなしに
ジョーンは波紋法歩行で一切を濡らすこともなく邸宅跡まで真っ直ぐ歩いた。

と、門の前で立ち止まり、二人を下ろした。

「ここから先は…少なくともわたしは気軽に入れませんので、ここまでですよ」

「いやいや…スマンね…はは…言ってみるもんじゃ、悪い気分ではなかったぞ」

断られることも一応念頭には入れていたらしい、そういえばそうで、携帯電話くらい
持っているだろうし、その気になればこんな悠長な移動手段でなくとも
直ぐに車は手配できたはずなのだから、上手い具合に乗せられてしまった。

「不思議と「落ちそう」とか感じなかったわ、凄いのね、あなた」

スージーQも割と素直に喜んでいる、こう言う姿を見るのは、悪い気がするわけがない。

「ふむ、汗一つかいておらんし、息も乱れていない、本当は師匠か何かなのでは?」

「とんでもない…わたしなどまだまだ…それでは…わたしはこの辺りで失礼します」

「おっと、待ちなさい、何か用事があってこの地方に来たのでは?
 そこまで送ってゆくが、どうするね?」

「お気持ちだけ有り難く、辞退しておきますよ、歩くのが性に合っていますし」

「その用事は急ぐのかね? ん?」

「いえ…そうでもないですが…」

「じゃあ、いいじゃあないか…どれ」

彼は門番に何やら所属IDのようなモノと共に自分の名と妻と子供(養子らしい
 そう言えばこの子、どうも東洋系…しかも日本人のようだ)の名を告げた。
後は、自分に名を聞き、その名を改めて告げてから「友人じゃ」とも。
(今聞いて、その場で門番に友人と言うとは…ジョーンはちょっと面食らいもした)
門番はジョセフの名前を聞くといぶかしげにしたが(そういう詐欺師もあるのだろう)
所属IDのようなものは厳重な管理の下で発行されている物らしく、ジョセフ本人で
あることを確かめると、すっ飛ぶ勢いで内部の人と連絡を取りだした

ややもして奥から責任者らしき人とその一団が大挙して押し寄せてきた。

「お初にお目に掛かりますが…ジョースターさん、お出でになる際は
 あらかじめご連絡いただけませんか…」

それはそうだろう、もし自分がこの責任者の立場なら自分だって困る。

「そういうのはスピードワゴンのじいさんに文句を言ってくれ…
 よもや邸宅跡をそのまま復元し、施設にしてるなど流石にそんな事までは
 予想もしてなかったわい、まったく最後まで心の中で幾つか隠し事を
 もっておった狸じじいじゃよ、あの戦いの後も多分残っていたんだろう
 後始末をさも「もう全てが終わった」って風にメッシーナもとぼけておって
 未だに話してくれん」

あ…やはり結構気付いている物なのだな…その「後始末」…わたしも
一度だけ参加したんですよ…とは勿論口が裂けても言えない。

ジョセフの言葉を受けて責任者が言った。

「イタリアにお寄りになり、イギリスにいらしたことは承知してましたが…
 確かに縁の土地ですね…どうぞ…と、そちらの方は」

軽くジョーンが中に入ることは断ろうとした。
これもごく当たり前、自分がその立場なら見知らぬ人物をいくら「友人だ」と
言われようと気軽に中に入れるわけにはいかない、少なくともここは
基礎研究所、将来の人類の大躍進に繋がるかも知れない研究をしている
重要施設なのだ、断って当然だ。

「あら、この方はいい人よ、私共をここまで連れてきてくれたんですもの
 「波紋」の使い手なんですって!」

ここでちょっとどよめき、そして次のジョセフがとどめを刺した

「さらにスタンド使いじゃぞ、こんな特定のしやすい人物が他にいようか!
 その気になれば全世界何処にいようとあっという間に居所の特定も出来るわい!」

ジョセフは愉快そうに笑っていっているが、やはりジョセフ=ジョースター並みの
修羅場をくぐってきた者には判るのだろう、スタンド使いであると言う事も。

「ダメです」

キッパリ言った、この責任者も天晴れである。
ジョーンはその場を去ろうとした。
あくまで笑顔を崩さず、このちょっとした出会いを光栄だったと加えて。

…と、その手を静が引っ張った。

このちょっとした縁をもう少し紡いでいたいとこの少女は願ったのだろう。

「ほれほれ…静もこう申しておるし」

「お茶するくらい、いいじゃない」

夫妻が食い下がる。

「この研究所は、大変に重要な施設なのです、ジョースターさん
 貴方とその家族だから施設内を巡回することも許可しましょう
 「ジョースター」の姓か…あるいはその血統を示す印がない者は
 ここで働く者以外出入りは認められません…が…」

おっ、と言う感じで夫妻は期待する。

「邸宅ロビー、及び庭でのお茶くらいなら…仕方がありませんね、許可しましょう
 ただしそれもこの一度限りです、この女性に関わる一切の記録も残しませんし
 追跡もしませんよ、今回は、ジョースターさん、あなたの取引先の重役という名目で
 許可します、SPW財団はその人の出入りなども全て管理していますので
 こう言ったイレギュラーは二度と許しませんからね!」

やれやれ、何とも堅苦しい、と夫妻は思ったが、何しろスタンドが
物理現象を操るだけに、基礎研究の重要性や機密性をそれなりに理解している
積もりのジョーンからしたら例え一回でも「許可」が出たことが驚きだった。
自分だったら「ならぬモノはならぬ」で通すだろうから。



ロビーに通され、まずは近くのソファに通された。

ジョセフは中をぐるっと見回した、当然、彼にとっては知らない光景のはずである。
だがそこで彼はぽつりと言った

「これも、「なんでそこまで詳しく知ってる」ってくらい再現してあるんじゃろうな
 あのじいさん、凝り性じゃったから」

「素敵なロビー、派手でもないけれど確かに高級で品がよろしいわ」

スージーQも恐らくそれが「完全再現」であることは承知したことだろう
彼女もスピードワゴンとはある程度見知った関係であるようだから。

ジョーンにとってはジョースター家邸宅は遠目にしか見たこともなかったので
(スパイ家業をやっていたあの頃、この家系にはまったくそんな嫌疑の「け」の字も
 掛けられることがなかったためであった、愚かなほどに正直で真っ直ぐで
 人を騙すなど微塵も考えつかぬような実直な家系である事は知っていた)
普通にビクトリア様式を少し質素に近代風にしたものだな、くらいにしか思わなかったが

それは「再現」しただけの邸宅のはずだったが一瞬ジョーンの脳裏に
炎に包まれる邸宅が見えた、そして吹き抜けの上から組み合いながら落ちてくる
若者二人の幻覚を見た…感じがした。
その若者二人が炎に飲まれる直前、一人が壁を蹴った…

気付いた時に目に止まったのはジョースター家の守護神と言われる
「慈愛の女神像」であった。

同じ幻覚をジョセフもスージーも、静も見たらしい。

一瞬冷や汗が滲むが、お互いを見て幻覚であることを確認し
ジョセフがジョーンに

「あんたの能力か…と言いたいところじゃが…その様子じゃとあんたも
 見てブッたまげたらしいな…」

「…思い出なんだ、このおうちの…」

静が口を開いた。
子供の子供らしい感想のようで、そうとしか言えない、壮絶なその土地の記憶だった。

この分だと土地の記憶がまだまだやってきそうな気がして、早々に四人は
庭に出て紅茶を飲むことにした。

「「家の記憶」か…ジョーン君…きみ「屋敷幽霊」というモノを知っておるか?」

ちょっと「怖がらせてやろう」的な悪戯っぽい表情をしている、
スージーQなどは「また貴方そんな事言い出して」的な呆れた表情をしている。
きっと若い頃からこんな感じでジョセフがオカルトっぽい話を持ち出しては
スージーQを怖がらせて居たりしたのだろう、と容易に想像が付いた。

「屋敷幽霊」ここまでの流れならジョーンは「知らない」と言うだろうと
我々は思うのであろうか

「知っていますよ…イギリスにもわたしが知る限り一つだけですが…」

予想外の答えにジョセフが面食らった、スージーQが「まさか」という顔をした。

「あらあら貴女、この人の冗談を受け取ることないのよ、もう…」

「いえ…今も味わいましたよね…「家の記憶」…それが幻覚レベルで
 済まずに実体化してそこに存在する「屋敷幽霊」…知ってるんです
 場所までは言えませんが…」

ジョーンが真面目に答えた、そしてジョーンは嘘は言っていないというのを
ジョセフもスージーQも直感した。

「驚かせる作戦、失敗じゃあ、じゃが「屋敷幽霊」は確かに存在するんじゃぞ
 どうじゃ、ん〜〜? ワシもまんざらホラばかり吹くわけでもなかろ?」

それならそれでと勝ち誇ったようにジョセフはスージーに言った。
何とこう…気の若いというか悪戯っぽいお爺さんなんだろう。

「じゃあ何? その家そのものが幽霊で中で凄惨な殺人事件でも
 繰り返される幻覚が続くの?いやだわ、おお、イヤイヤ」

スージーQは顔をしかめながら尤もな感想を言った。

「世界にあるようなものは…そういう「凄惨な記憶」が刻み込まれた
 場合も多いみたいですが…わたしの知るのは逆なんです
 「居るはずの人がいつまでも居ない」という記憶で幽霊になってしまった家なんです。
 今は元の家はもう壊されてすっかり別の家並みになっていますが…
 それでも、今でも家と家の隙間にその入り口は残っているんです
 場所を言えないのは、どういうルートでも広めないためです、
 わたしがそこを知ったのも偶然でしたし」

「あんたも結構な秘密持ちらしいのぅ」

「まだまだ若造でもありますけれど…それなりには生きてきましたから」

「やはり、お嬢さんはいかんかったかの」

「いえ、未熟者なのには間違いがありません」

「でもなんだか、随分と沢山の経験をなさってそうだわ」

「「それなり」ですよ」

ジョーンは柔和に微笑んだ。
そう、確かに「死にかけた回数だけ」なら負けないかも知れないけれど
ここまで黄金の精神に満ちあふれた誇りある血統で困難に立ち向かった
と言うほどの事もない…

「それにしても、光栄に思います、よもやジョセフ=ジョースター…
 貴方に会えるとは」

「…まぁワシももうだいぶ歳じゃから、こんな風にイギリスやイタリアや
 日本に足を運ぶなんてことは…もうないかも知らん
 そんな時に波紋使いでもスタンド使いでもあるなんてあんたに出会ったのは
 何かの引き合わせなのかもなぁ」

1920年生まれのはずなので、今現在84歳、確かに、お亡くなりになっても
「早い」とはもう流石に言われないだろう。
結構元気なようで何よりなのだけれど。

「わたしがスタンド使いだと言う事をいつ気付いたのですか?」

「…ん、ああ…「何となく」なんじゃけどな…、あんたが「今」肯定してくれた
 おかげでワシの勘もまだまだそれほど衰えてはおらんな、ははは」

「「スタンド使いは引かれ合う」なんてどんな言い訳と思ったけれど
 どうやらそれもこの人(ジョセフ)は本当の事言ってたみたいよね
 大変だったのよ、何しろ私、てんでそんな才能ないものですから
 でも、それを自分の意思でコントロールして抑えたりすることが
 どれほど大変かって言うのは、判りましてよ」

スージーQが優しい手で静を撫でた。
多分きっと、凄いドラマがあったのだろうとジョーンは思った。

「きっと貴女も何か色々大変な人生を送ってきたんでしょうけれど
 負けないでね、きっと幸せを掴んで頂戴ね」

静を撫でながら、スージーQはジョーンを見た、それは純粋な慈愛の瞳だった。
ジョースター家の守護神は慈愛の女神、なるべくしてなったジョセフの伴侶なのだろう
ジョーンはにこやかに頷いた。

穏やかな時間が流れた後、ジョースター家の三人はそのまま留まり、
ジョーンは本来の用事を足しに、別れることになった。

出て行く時にもそれなりに厳重にチェックを受けてジョーンは門から去ろうとする

「…静ちゃん、ここでお別れよ」

ジョーンの周りには誰も見えないが…
ジョーンは的確にその位置に身をかがめ、的確に彼女の頭を撫でた。
まるで「透明になる」などと言う能力は通用しない、とのごとく。

「ああ、こらこら…静!(ジョセフは慌ててハーミットパープルで
  静の手の辺りに優しくそれを絡めた)
 あんたの能力はよく知らないが、助かったよ…」

バレちゃった、と言う面持ちで悪戯っぽい表情で姿を現わす静
血は繋がってないそうだけれど、何の、ジョセフの「娘」だとジョーンは思った。
(まだ幼い静は「目に見える光」の範囲でだけ透明になれた
 あらゆる波長の電磁波や、僅かな放射線の反射などが感知できる
 ジョーンには見つけることはたやすかった。
 もし、全波長透明なんて能力を身につけた日には結構凄い
 スタンド使いになるかも…とも思った)

「それでは、ミスター&ミセスジョースター、そして静ちゃん」
「次のあんたの台詞は…」
『どうか元気で、また縁があったら会いましょう』
「じゃ、あんたも、元気でな」

台詞を先読みされハモってしまった、なんだか、最初の出会いからここまで
終始乗せられっぱなしだった気もするけれど、悪い気はしなかった。

もし、また運命という物が巡るのなら会う事もあるだろう、
二度とないかも知れないが、それもまた運命という物である。

少なくとも、積極的に触れ合うことはないという予感はあったし
自分もそうするつもりだった。
多分、向こうもそうだろう。

お互い気持ちよく手を振り合って、それでこの出会いは終わった。

…当初の話題からすると完全に余談になってしまったが、
生活費に充当する資産の回収は無事行われた。



2007年1月暮れ…いよいよその時は迫っていたが、ジョーンにはそんな事は知る由もなかった。
また当面の生活費を隠してきた財産で補おうか…と思った時に、何となくだった。
なんとなく、ここで過ごした20年近い年月の総ざらいというか…何となく身辺整理をしたくなった。

20年前も…DIOに遭遇した、という大きな出来事はあったが、その前にも「何となく」
それまで買ったりしたものを近所などに贈呈したりしてきたのだ。
その中にはステレオシステム(形式は古いが)や、ビートルズのレコードも含まれていた。
セカンドアルバムからは常にファーストプレスを買っていたので、ある意味これも
資産だったのだが、売らずに欲しいと言う人にあげてきた。
もう十分に楽しんだから、そう言う理由で。

今度もそうだ。
今まで育ててきた花やらもプレゼントできそうならして、作付けにはまだ早い時期だったから
畑は放置でいい、その他細々買ったもの…まぁある程度はこのままでもいいかな

そして、かつて露伴に描いて貰った原稿も一枚は近所の人にあげたけれど、それ以外に
他に仲間が居るのなら、と全部を引き取って貰った、欲しい人にあげてくれと。

近所の人は「なぜ?」という感じだったが「時々こんな風にしたくなる、あとちょっと長い旅行に出るかも」
という風にして家を出た。
ちなみにジョーンは今でも、この地域の仕事だけは避けるようにしていた。
(前居た地域は20年のブランクで血縁だとも何とでも言えたので構わなかった)

実際、もう近場に資産もなく、後はウェールズの方とかアイルランドとか、エジンバラの方にもあったな…
と言う感じで、ぶらぶらと歩きながら小旅行のつもりでそのうちの一カ所に向かった。

思ったよりダラダラと用事を足してしまい、戻った時には2月に突入していて、しかも
家の更新も忘れており、更にもう別な誰かがその家を借りていたところだった。

ああ、まぁ、仕方ないかな。
ジョーンはこう言う事を「惜しい」とは思わなかったので、そのままふらふらと中心街近くの方へ行き
暫く路地裏でぶらぶらしていたのだった。
そうして、たまたま飛んできたカラフルな鳥が人なつっこくも自分の肩に止まり、
指にとまり、ちょっと和み加減に過ごしていた時に…そこへ駆け込んできたのが
ウインストンとケントであった。

K.U.D.O探偵社の事務所に行くとその他に3人…なるほどこれで「柱が六つ」になれれば
それが私の運命の転機なのだとジョーンは思った。


第四幕 閉

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