Sorenante JoJo? Part One : Ordinary World

番外編:2「1939-2007」

エピローグ 開


2007年6月下旬
ロンドンにしてはもの凄くすっきりした晴天のある日だった。

それは、ジョーンの過去を利用した攻撃という
老メッシーナが予言した(正確には「老婆心」と表現した)
今まで味わってきたあらゆる苦痛を人前に晒されるという
あらゆる意味で苦しい戦いのあと…

ルナもすっかり立派な社会人の出で立ちとなり、副所長として
バリバリと仕事もこなすようになって20日ほど過ぎた頃だ。

初夏の日差しの中、少し仕事に「間」が出来た時だった。
久しぶりの緩い空気に、ちょっと外で食べましょうか、という話になって
全員で外に出て何処に食べに行くか、などと話しになって
男性組と女性組で意見が分かれてしまい、じゃあ別に
どっちがどっちに付き合わねばならないと言う理屈もないから
一時間ほどお互いゆっくりしてこよう、という流れになって
二派に別れるところでその訪問者があった。

男性組三人の視界の向こうから、一人の旅行者らしき若い
眼鏡の男性がやってきて辺りをしきりにきょろきょろしていた。
重そうなリュックを背負い、しかもそれを「重そう」には担がずに
細身ながらかなり鍛えられた風でもあった。

ちょっとおせっかい焼きの面もあるウインストンが
「困ってるよーなら声の一つも掛けるかな」という素振りを見せた瞬間

「あ、この辺りの方でしょうか、ちょっと済みません」

声を掛けようという一瞬をカウンターしてきて手がちょっと泳いだウインストン

「旅行者の方ですかな? どうなさいました?」

ポールが声を掛ける。
第一声まで捕られていよいよウインストンは態度も踊った。

「あー…この辺りに探偵社があるはずなんですが…何処でしょう」

三人はそれぞれに顔を見合わせる、この辺には一件しかない。

「そのK.U.D.Oの者ですが、ご依頼ですかな?」

「あ、いえ…違うんです、ええと、こちらにジョーン=ジョットさん…いらっしゃいますよね?」

そればかり聞くとウインストンが振り返り、結構な大声で

「おーい、ジョーン! お前に客人だぜ−!」

ジョーンが振り返ると、もっと小さい声でも聞こえるでしょうに…という顔でルナも
苦笑の面持ちでアイリーも振り返った。

「知り合い?」

ルナが聞く、ジョーンは孤独だと知るルナが。

「いえ…初めて見る顔だわ…」

「何の用だろ?」

その旅行者らしき「彼」がこちらに向かってきて、男組三人はそのまま
もう一度「またな」って感じで反対側を歩いて行った。

眼鏡の彼は、ジョーンの顔を身近で見て酷く驚いたようだった。

「?」

三人ともいぶかしげな表情をした。

「あ…いえ…スミマセン、いえ、ジョーン=ジョットさんですよね?」

今ここに三人居て、真っ直ぐジョーンに向かってそう聞いた。

「ええ、そうだけれど…何かご用?」

男性が口を開き掛けた時、ルナが口を挟んだ

「ああ、ちょっと待って、貴方、お昼外食する余裕ある?」

「はい? あ、はい」

彼は時計を見て「今が昼時」と言うことの意味を理解した。

彼女たちが寄ったのは街頭カフェでガレット(そば粉クレープ・甘くない)など
軽食を出す所だった。

「その気になればこっちでだってそれなりにお腹はふくれるのに、ガレットって
 一言で「腹に貯まりそうにない」って彼らもちょっと損をしてるわね」

「彼」にもメニューを見せながら三人それぞれが注文をしているが
彼は英語が苦手なようでちょっと苦戦していた。

「ねぇねぇ、どこからの旅行なの?」

アイリーが聞くと

「旅行…と言いますか、用事がありまして…あ、イタリアです」

そればかりを聞くと一応ジョーンが語りかける。
ちょっとラテン訛りの入ったジョーンのイタリア語、
そしてジョーンはメニューを訳して伝えた。

思い思いにコーヒーや紅茶を飲みながら、食事も一息ついた頃である。
確かにちょっとイタリア訛りを感じる英語で彼は言った。

「ジョーンさんに伝えなければならないことがありまして」

「なあに?」

「メッシーナ師が亡くなりました、100を越えた歳だったんですから
 大往生ですけれど、縁の方だというので」

「あ…そうなの、そう…」

ジョーンが少し悲しそうな顔をしたのを勿論他の二人は見逃さなかった。
何だかんだいってジョーンは「全くの孤独でもなかったのだな」と言うことを知った。
ただ、積極的に連もうと言うほどの間柄の人は居なかったと言うだけで。

「彼に伝えたかったわ、今、幸福だと言うことを」

彼はそれを聞いていたのか聞いていなかったのか

「チベット派の方でしたよね? ヴェネツィアのあの島まで
 一切の乗り物を使わず歩いて渡ったなど正直貴女の話を聞いた時には
 にわかには信じられませんでしたよ…あ、(他の二人に)申し訳ありません
 何の話か判りませんね」

「いえ、今ので判ったわ」

別にって感じでルナがコーヒーをあおる。

「波紋だよね」

アイリーもにっこりと答えた。

「縮小傾向と聞いていたけれど、今どのくらい修験者がいるの?」

ルナが逆に質問をしてきた。

「…あ、ある程度は話されているんですね、ええ、
 ジョットさんがお見えになった時には全部で5人居たんです、師である
 メッシーナ含めです…その後…二人減って…一人減って…
 で、つい先日師も天に召されましたので、今は僕一人なんです」

「いよいよ崖っぷちね」

「まぁ、師も師として独り立ちした時はお一人だったようですから、
 そんなものなのかなと…ああ、それで…その師からジョットさん、貴女にお渡しする物が…」

と、彼は大きな荷物をごそごそと探り出した。
そう言えば結構大きくて重そうな荷物なのに、彼はそれをまったく感じさせない
軽い足取りで、むしろ三人(と言うか一番ゆっくり歩くアイリーに合わせて)
歩幅から何から調整して歩いていたほどだ。

顔だけ見たら眼鏡も掛けているし、インテリそうな雰囲気なのに、なるほど
スリム系統な体ながら、骨格はしっかりしているし、体脂肪率も結構低そうで
筋肉が結構凄い。

ウインストンくらいこれ見よがしな「鍛えた体」っていうのでもない限りあんまり
気にしてなかったけれど、なるほど、鍛えてあるのだと言う事が判った。

「貴女に会ってからですねぇ…師が突然方針を少し変更しまして…
 原点回帰と言うんでしょうか、チベット派の流れを取り入れたんですよ
 それでまぁ…武道として習いに来ていた二人が脱落し…
 武道からの転換と言う事で軽く見ていたら案外きつくて脱落したのが一人で…
 ……あれ、何処に行ったかなぁ」

「じゃあ、食事の前にはそれまでの素潜りで一撃の波紋を大ぶりな魚に食らわせて
 捕る漁法ではなく、水面から網目の波紋で捕るようになった訳ね」

ジョーンが穏やかに聞くと

「ええ、これが難しいですよね、銛突きで漁をしていた次の日に
 投網に切り替えるわけですから…波紋の貯め方や流し方にも
 コツが要りますし…師匠も一緒になってやってましたよ、
 何しろあの方も基本ローマ派の武道波紋でしたから

 …まぁ、それが刺激になったんですかねぇ、当時もかなり弱られていたのに
 結構持ち直してしまって、昨日までの大往生です」

「あらあら、ジョーンってば人知れず、貢献したみたいね
 ちょっぴり罪作りな離脱も出したようだけれど」

「…そうね」

ちょっとばつの悪そうにジョーンが答えた。

「でも、考えてみれば回帰も当然なんです、もう、柱の一族は居ないんですから
 対柱の一族用に格闘特化にした武道波紋より、基本医療で工夫によって
 対吸血鬼くらいなら問題なくこなせる仙道波紋のほうが、いいだろうと」

彼は荷物を探しながら、目当ての物に行き着いたようである。

「あ、お待たせしました、これです、ジョットさん。
 師から貴女へ、形見分けと言いますか」

それは

「修験者名簿…!」

「あ、オリジナルですけど問題ありません、師が「必要な部分だけ」
 写本して新たな15世紀の名簿として棚に戻しましたから…
 どう言う意味が…と思いましたが、貴女に会って納得です
 今年に入ってイギリスから来た方も名簿を見て仰天なさってましたが
 それも納得です」

「ジタンだわね」

「ジタンだねぇ」

「これからもそんな感じで貴女の経歴に疑問を持つ人が現れては行けないと
 自分が死んだら、と、師はそれを貴女に託すことにしました。
 受け取ってくれますね」

ジョーンはそれを手に取り

「…ええ」

そしてページをパラパラとめくると、そこにあった、
当時の芸術家の卵が描いたジョセッタのペン画の肖像…
他のルネサンスの画家とは違って彼はあまりに地味に写実的だったので
(ドラマティックな演出が苦手だった)結局芸術家にはなれなかったようだったが
その後どうしたのだろうか、とか思いながらそれを見つめた。
そして当時の自分の師のジョセッタを思っての苦悩も。

「ああ、こりゃぁ確かに決定的証拠になり得るわね」

「うん、写真をトレースしたみたいな絵だね、あの時見たジョセッタそのまんま」

ルナやアイリーものぞき込んで確認した。

「あ、では、お昼休憩中にお騒がせしました、これで失礼します」

彼はお辞儀をして去ろうとした(料金前払い)

「あ、ちょっと待って」

ルナが声を掛ける。

「はい、何でしょう?」

「あたしはルナ=リリー、K.U.D.O探偵社副所長、こちらは
 アイリー=アイランド、我が社の要」

ルナが一通り紹介すると、アイリーも「よろしく〜」と言っている

どう言う事かちょっと一瞬考えて、「あっ」と気付いた

「あ、済みません、僕の自己紹介がまだでしたね!」

彼は背負いかけた荷物を一端置いてぴしっと立って

「僕はジェミニアーノ=A=ツェペリと申します。
 直接じゃあないんですが数代前の祖先の兄が師にお世話になったそうなんです」

そこでまたジョーンは少し感慨を憶えた。
シュトロハイムが語ったジョースター家と石仮面の話に三度登場した「ツェペリ」の
その一族の一人であるらしい彼。

「常に次に大切な物を伝えて行った家系だそうです、流石にかなり昔の事だし
 言ってみれば僕は分家に当たりますし、師も「いい弟子だった」くらいしか言ってくれません
 でしたし、ピンとは来ないんですが、貴女のように、僕の家系も調べてみるのも
 いいのかも知れませんね」

「…そうね」

ジョーンの本心だった。
まだ恐らくは大学生になって間もない辺り…まだまだこれから人生はあるだろう
彼はこれから知ることになるのだろうか、誇り高い、そして悲しいほどに
運命に忠実なその魂の系譜を。

「では、これで」

とジェミニアーノが再び荷物を抱えようとした時、ルナとジョーンがそれぞれ握手を求めた。
ルナの手はまぁ、いいとしてジョーンの手をちらっと見て彼は

「やめておきますよ、師にも言われているんです。
 ジョットさん、貴女との握手は避けます、シャノンさんにも言われたんですよ。
 と言うことでこの場はええと、リリーさん」

彼は手を合わせ、チベット形の挨拶をした。
ジョーンは自然にそれに答えたが、ルナやアイリーはなれない動作でそれに合わせた。

そして彼は、去っていった。

ひょっとして本当にそのためだけにロンドンに寄ったのかも知れない。
修行の一環として、数十キロはありそうな荷物を抱えて。

「ヒュゥ、インテリそうでかつ鍛えてあるってなんかいい感じだね〜」

アイリーが言うと

「あら、またウィンストンが妬きそうな台詞だわ、その台詞は黙っておいてあげる」

ルナがすかさず突っ込んだ。
アイリーはちょっとばつの悪そうに苦笑した。

「…さっきも思ったけれどジョーン、貴女何だかんだ人と関わっているのね」

ジョーンは名簿の表紙を見つめ

「…ええ、5年前かしら、イタリアに行った時…故郷は怖くて
 足を踏み入れられなかったけれど、ヴェネツィアには行けたわ、
 それは、わたしがわたしの師の最期までを見届けられたからかもしれない。
 嫌なこともたっぷりあったけれど、それでも幸福も感じた60年だったからかも

 …そう言えば、あんまり詳しくわたしが関わってきた人のことを
 話したこともなかったわね…、実際に見たシュトロハイム以外。

 この後にでも仕事が暇なら…少し話しましょうか?
 …他言無用って言われてる件もあるけれど」

「口止めされてることを喋ることはないわ…危険でしょ、色んな意味で」

「…もう…時効だと思うのよね、わたしはあれから出会った人達のその後を
 深く調べることもなかったし、これからも調べるつもりはないけれど
 でもきっと、良い未来を過ごせていると信じているわ」

希望に過ぎないわ、やはりならぬモノはならぬで通さないと…とルナは思ったが
正直好奇心の方が勝ってしまい、あえて何も言わなかった。

「あ、まずいよ、55分だ」

「あら、五分で戻れるかしら、じゃあしょうがないけど小走りで戻りましょうか」

ジョーンは微笑んで、ルナとアイリー三人で通りを駆けていった。


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