Sorenante JoJo? PartOne:OrdinaryWorld

Episode3:Stay close to me

第三幕 開き

パール嬢とトレジャラーは「現場」の公園に向かっていた。
トレジャラーの怪我は酷く、一向に治る様子も見せない。
むしろ悪化している、ゆっくりとだが、かつて自分が
そうなったように、だんだんと傷口がグズグズになって行く。

「折角…気のいい娘さんが体をくれたのにな…
 しかし、お前の命がそれまでというなら、これも運命なんじゃろう。」

「彼女と犬」の前に三人の男女が立つ。
一人は見覚えがないが、後の男女は判る。
魂が体に入って、あの事務所のそばの交通事故現場から立ち去るときに
巻き添えを食わせて魂を入れ替えてしまったのを目撃したからだ。

「パール=ハーモニー…それがその女性の名だ、チェスター=フィールド。」

見覚えのないほうの男が口を開いた。

「…そういえば彼女は名乗りもしなかったし、わしに名を聞くこともなかったよ。
 ただ「犬を探しているわし」を探していた。」

うら若い女性の声が老人口調。
間違いない、余程の酔狂でもない限り。
パール嬢の体をしたチェスター氏は続けた。

「わしにも訳が判らん、じゃが…トレジャラーが必死でやったことじゃ…
 あんたら(ジョーンとウインストン)には迷惑をかけたが…」

目をやると、トレジャラーは犬らしい献身的な目、愛を湛えた視線で
パール嬢の体と声をしたチェスター氏を見つめる…が

「やはり…矢によってスタンドは使えるようになったけれど
 体のほうは持たないみたいね…」

ウインストンの体と声をしたジョーンがつぶやいた。
犬の首に巻きつけたハンカチは既に血で染まっている。

「スタンド…そういうものなのか」

パール嬢の体と声をしたチェスター氏とトレジャラーは見詰め合う。
そこへ、その後ろから駆けつけたのはルナとアイリー、
横の方角からはケントとポールが。

もう一つの方角は川だ、逃げ道はない。

「やっと見つけたぜぇ〜、チェスターさんよぉ〜」

ケントの姿と声をしたケント…っておい!?

「貴方達元に戻ったの!? どうやって!? 「彼女と犬」の力!?」

アイリーの姿と声をしたルナが真っ先に驚く。

「おい!それならまず俺達を戻せ!」

ジョーンの姿と声をしたウインストンが「彼女と犬」に言うと、

「…トレジャラーは何も知らんといっておるぞ?」

といった矢先、ケントの姿と声をしたそいつは言った

「…いや、ケントのまねをして見ただけだよ、
 それでケントには黙って偉そうに直立しててもらって
 私が聞き込みをしてたのだ、どうかね? 似てたかね?」

ケントの姿と声をしたポールは言った。
ルナとウインストンの怒りは相当なものだった

「あなたねーッ!! ケントの姿と声をしてて口調だけ真似れば
 似てて当たり前じゃあないのッ! この大事なときにまで
 そんな紛らわしい真似しないで頂戴よッッ!!」

「まったくだぜーッッ!! ちょっとでも期待した俺に謝れッ!
 地殻を突き破ってマントルに突き刺さるくらい頭下げやがれーッッ!」

すごい例えだな…
その様子を見ててパール嬢の姿と声をしたチェスター氏は
ちょっとおかしくなったらしい。
ふふ、と笑った。

「…まぁ…迷惑をかけたな…もうすぐ「終わる」から、それまで
 わしらの好きにさせてくれんかね?」

至極自然に微笑んでそういったが、犬は健気に振舞いつつ、
結構ふらふらのようだ。

「トレジャラーが死ねば…こんな騒ぎも収まるだろう?
 医者には連れて行ってないが…わしが死んだときの状態を
 考えたら…医者が診てどうなるとも思えんしな…」

チェスター氏はそういった。
ルナの姿と声をしたアイリーが

「…あたしクラブで40人くらい居る中で何人も貫いた矢の最後に当たった。
 …あたしは生き残ったけれど、他に矢で生き残った人たちも
 …殆どが病院で苦しみながら死んだよ…
 …ああ、ルナの体ならせめてルナのスタンドが使えたらなぁ…
 治せないにしても…もう少し楽にしてあげられるのに…」

犬の様子にいたたまれない様子だ。
ウインストンの体と声をしたジョーンもつぶやいた。

「オーディナリーワールドはかなり独立して動くことは出来るけれど…
 体の中に「わたしの魂がない」状態では…それも出来ない
 やっぱりわたしあっての彼女だから…
 せめて「矢のウイルス」が一匹残ってる状態に戻せれば…」

「…悔しいわ…スタンドが使えないって言うのは…ッ」

アイリーの姿と声をしたルナが心底悔しそうに言った。
パール嬢の姿と声をしたチェスター氏はそんな彼らの様子に少し驚いたようで

「…お前さんたちは…こんな目にあってトレジャラーを治したいというのかね?
 なんというお人好しなんじゃろうな…」

俺は思わず言った

「…俺もそう思うよ…うちの連中だったら…済まないがもう犬の命は絶たれてたろうな
 …ああ、俺は彼らとは別の会社の人間でね。」

早く戻りたいと心底思っていたウインストンだったが、状況が状況だ

「…どこか行きたいところか、やり残した事はないのか?」

「…思い出の地は…そりゃあ無理じゃな、ジブラルタルに行くには、余りに。」

ジブラルタルはイベリア半島(スペイン&ポルトガル)の先にある。
確かに犬がこんな状態じゃあ無理だな。

「…そうじゃな、普通でよいよ…普通に散歩にでも。」

それを聞くと、ウインストンの体と声をしたジョーンは

「ウインストン、これ、とるわね」

ジョーンの頭に巻いてあるターバンのような黒い布を取って、
犬の首の白いハンカチだった真っ赤な布を外し巻き付けなおした。

「…酷い状態だわ…せめて止血だけでも…
 この布なら血も目立たない…」

犬はやや苦しそうではあるが、ジョーンは治療をしてくれようと
しているのだということは伝わったようで、そんなジョーンにも尻尾を振った。

よたつきながらもトレジャラーはジョーンの愛情からまた力をもらったというように
パール嬢の体と声をしたチェスター氏に向き直って彼…いや、もはや彼に体はない
生まれ変わった彼女に尻尾を振って彼女の赴く先、どこへでも行くという風を見せた。

「無茶をさせずに休んでいたらどうかね…?」

ケントの体と声をしたポールが言うと

「…それも優しさじゃが…こいつはわしと共にどこでも行くといっておる。
 犬とはそういう生き物じゃあないかね。
 わしが思うままに散歩を楽しむのも、トレジャラーにとっては幸せのはず」

こういうのに反発しそうなのはルナなんだが…アイリーの姿をしたルナは黙っていた。
ルナは犬派なのだ。
(猫は嫌いというわけじゃあないようだが)
犬にとっての幸せとは人のそばに居て人の役に立ち、愛されること。

野犬や狼じゃあないのなら、人と共に最後まであることこそが犬にとっての
幸いなのだということを、ルナは知っている。

「…ついてきても良いが…?」

チェスター氏はそういって歩き出した。
体にまだ余りなれてないのか、それで先ほど自宅に戻って
愛用だった杖を取りに行ってたようなのだ。
(たまに一歩を踏み間違える瞬間がある)

俺達は顔を見合わせた。

「今更…犬があの状態で逃げ出すとは私は思えんのだが、皆はどうだね?」

「…同感だが、こうしよう…着かず離れず。」

ケントのポールにジョーンのウインストンが答えた。

結局、少し離れた位置から一人と一匹を追うことに。

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チェスター氏と愛犬トレジャラーは公園付近を歩き、
ウインドウショッピングや、散歩を楽しんでいた。

女の体になったのだ、それにかつて妻も居た、
だから女物の服なんかも見て、自分の体に合わせ
鏡に映しそれが似合うか見たりもしてる。
自分自身の姿とはいえ、…あるいはアメリカに孫娘が居るのかも知れない。
そういや、80近い年だ、孫娘が居たとしたら、ちょうどこの年頃だろうか。
その目は、自分に酔うとかそういうのではなく、慈愛に満ちていた。
服を買ったらしく、すこしく着替えて店を出た。

「そういえば、ジョーンの頭に巻いてるの、使っちゃったね、」

ルナの姿と声をしたアイリーがウインストンの体と声をしたジョーンに語りかける。

「…いいのよ、今度買いなおすわ。
 今はね、見届けてあげたいし。」

何かしら刺繍というか模様の入ってる布とはいえ、基本的に黒い布なので
黒い地毛のトレジャラーの怪我の程度は見えないし、
町行く人も気にしては居ない。

見かけないお嬢さんが見慣れた犬を連れているので、
それこそチェスター氏の孫だとでも思ったのだろう。
声をかける人もいる、「おじいさんが大変なことになって」と。

チェスター氏も判ってるもので、こういう場合は
男とも女ともつかない「敬語」でさらりとかわしていた。

「仕方がありません、トレジャラーが生きていてくれただけでも幸いです。」

トレジャラーは近所でも評判のよい犬だったらしく、道行く人も
トレジャラーに「よく帰ったね」と声をかけ、トレジャラーも
その人を見上げて尻尾を振り応える。

トレジャラーは皆に愛されていた。
だからこそ、矢にいられた状態とはいえ皆の愛を受けさせたかったのだろう

アイリーの姿をしたルナは何も言わないが、しかし何とも
切なそうにそれを見守っていた。

そのうちチェスター氏とトレジャラーは公園近くのカフェに。

紅茶を飲みながら、店員はトレジャラーにはサービスで
(なくなった本来のチェスター氏への弔いの意味だろうか)
ミルクを与えた。

俺達も彼女達の視界には入らない席で一服する。

ジョーンはちょっと一本くらいタバコが欲しいと思ったらしいが、
スタンドが使えない、煙分子をルナに寄せてしまう、ということで
ちょっと我慢した。

「そういやぁよぉー… まぁ服のセンスの問題なんだがよぉー」

ポールの姿と声をしたケントがつぶやく。
お前が服のセンスをどうこう言うのかとも思ったが、
ファッションパンクスだってそれなりに意味や意義のある服装だからな。

「帽子はとりかえねぇーのな、今の服にはちょっと微妙な気がするんだがよぉー」

着替える前まで彼女は白いワンピースに白いガウン、そして白いつばの広い
リボンつきの帽子をかぶっていた。

若い娘の体とはいえ、精神が80の老人だとやや肌寒く感じたのだろう。
女物ではあるがコートを腕は通さずその上から羽織っていた。
確かに、帽子とはややミスマッチだが。

「そういえばさぁ? あたしら最初見たとき帽子かぶってた?」

ルナの姿と声をしたアイリーが問いかけてきた。
俺は知らんが、皆は

「さぁね…道路に横たわって…怪我はしてなくとも車にぶつかったわけだしね
 どこか車の向こう側とか下側に入り込んでたんじゃあないかね?」

ケントポールが答えると

「…いや…車を点検したときにそれとなく路面とかも見たんだが…
 それらしきは見かけなかったな」

ジョーンウインストンが答えた。

「まぁーよぉー、昼は暖かかったし、その時は帽子一個買って
 それで良かっただけかも知れねぇーからなぁー」

たしかにそうだ、日も傾いてきてかなり涼しいのは間違いない。
と、そんな時、ジョーンウインストンが何かに気づき、
彼女達の方に向かっていった。

「おい、チェスターさんよ…」

しゃがんで犬を撫でながら、犬がなめているミルクの皿を指差した。
ちょっと離れてる俺達からも判った。
皿に血が滴ってる。
ジョーンの頭の布はそれなりにボリュームのある布だ。
それ越しに血が滴ったとなると、

「…そろそろ…時間切れのようだな…」

犬はますます弱っていたし、しかしそこで血がついてるから
それを振り落とそうとしたのだろう、
体を震わせた。

傷口側に居たジョーンの体に血が結構飛び散った。

ルナの姿をしたアイリーが駆け寄ってきた。

「血が体につくのは危ないよ、どこかでちゃんと洗い落とさないと…」

「矢」に潜むウイルスは嫌気性だが、それだけに血を通して皮膚からは
入り込む、そうやって二次感染したのも見たのだろう、

「…そうか、いかんな…これから現場に戻ろうと思ったのだが、
 (彼女は鍵をウインストンに渡した)
 家のシャワーを使いたまえ、この場でハンカチなりで拭くだけでは
 足りないじゃろう?」

「む…まぁスタンド使いに既になってる体なんだから…
 大丈夫とは思うが…ああ、俺の体じゃあないんだし、じゃあ
 そうさせてもらうぜ」

「…ジョーンの体にヘンなことしちゃだめだよ?」

ルナアイリーにそれを言われると、ウインストンは顔を真っ赤にした。

「いや…ッ、大丈夫だ…ってーか、ジョーンの体なんて
 見たって嬉しかねーよ!」

そうは言ったが、シャワーを浴びるということは服も何も全部脱ぐということだ。
見ないよう心がけることは出来ても、体を洗う際に
どうしても体には触れうだろう?
流石に「姉のように」思っていたとしても、いざ他人だし、
複数人の体から馴染んだ肉体とはいえ、やはりそれは見事な均整を持つ
見事な肉体なのだ。
ジョーンウインストンは困ったようにウインストンジョーンを見た。

「構わないわ、それこそいたずらさえしなければね。」

ウインストンジョーンの視線はそれこそ
「姉に女を感じてしまった弟に対する」ような感じだった。
まぁそれがウインストンの体なんで妙な気がするが。

「し…しねーよ! …じゃあ、俺は即効でシャワー浴びて来るぜ」

ジョーンウインストンが先にそこを去ると、彼女達も店を出、
そして現場に向かった。
現場はちょっと喧騒は離れるが家よりは近いので、俺たちが先だろう。

現場に戻ってチェスター氏が芝生に腰を下ろしたときには、
トレジャラーもチェスター氏にすがるようにその細い女の体に
体を寄せて、荒い息を吐いている。

もう終わるのだ、という意識で急に力が抜けた感じだ。

犬は苦しそうではあるが、でも満足そうでもあった。
これが終われば、今度は一緒に逝くことが出来る。

チェスター氏も、「もうすぐだよ」と声をかけ
励ますようでもあり、慈愛に満ちた表情と手で
トレジャラーを撫でている。

俺達はそれを見守るしかないが、
アイリーの姿と声をしたルナが一歩出ていて、その様子を
拳を握り締め見つめている。

「ジョーン、ルナのそばに居てあげてよ、貴女も同じ苦しみだろうし。」

ルナの姿と声をしたアイリーがウインストンの体と声をしたジョーンに言う。

「ええ…」

ウインストンジョーンがアイリールナの隣まで行くと、
アイリールナがウインストンの服を掴んだ。

「…ジョーン…貴女なら判るわね…あたしが…悔しいと同時に…
 羨ましいとも思ってること…」

ウインストンジョーンは急に28cmも低くなってしまったルナに
視線を注ぐと、死に行く彼女達に目をやり

「…ええ…わたしも悔しいし…そして羨ましいわ。
 死ねるのね。」

ジョーンはルナが「死にたいと思ってるのに結局は生き残る」
理由は知らなかったが、自分に理解を示すルナなら
ルナにもそういった面があるのだろうということは判っていた。
ルナはつぶやきだした。

「…あたしはね…そうね…大学生になったときはもう大人になるのだし
 ちょっとはお洒落でもしようかとそれなりに外見にも気を遣ってたのよ
 …そんなある日…二年ほど前よ、事件は起こったわ。」

俺達の前に姿を見せた頃にはもうすっかり今のような感じだったんだが、
彼女が大事にしている父親と一緒に納まった大学に受かったときの
写真は見たことがある、
今のルナからは想像もつかない、ソバカスはあるが、
明るく、聡明で、それこそ化粧の一つもすれば
普通に魅力的な女がそこには写っていたのだ。

「…急にスタンガンか何かで気絶させられたのよ。
 研究で遅くなって、通りには人も殆どなかった。
 家が近くなる近道を選んだあたしの末路よ…」

ルナがうなだれる。そして服を掴んだ手には力がこもる。

「目覚めたときには乱暴された後だったわ。
 確認したいけれど、怖くて…
 でも服の状態や体中の痛みやら…まず間違いなかった。
 だからやっぱり恐る恐る確認しようかとしたその時に…
 細い路地に連れ込まれてたあたしの視線の先に「奴」はいたわ。」

通りの出口に居たということで、逆光で人相までは確認できなかった。
彼女が最初にK.U.D.Oに来た理由は、自分を襲った犯人と、
そして矢を射た犯人の二人を探す依頼からだったのだ。

「…あたしは矢で射られた。
 強烈な痛みに襲われて、あたしは死ぬのかと。
 …気絶して…目覚めたらあたしは病院のベッドに居たわ。
 でも、体には何の怪我も異常もないって言うのよ…
 服の状態から察するとあたしは確実にレイプされていたはずなのに
 …あたしの体は表面から浅いところは真っ更になってた。」

ルナが心の奥底で願ったことは、汚された自分の体で
絶望に襲われ死にたいということより、何事もなかったかのように
真っ更に戻って生き延びたいということだったらしい、
…判るな? それが彼女のスタンド
「フュー・スモール・リペアー」の生まれた瞬間だ。

「…あたしの絶望だけならまだいい…「矢」を射た奴は…
 あたしにはどうやらスタンド使いとしての資質はあるようだから、と
 あたしの学生証から…家まで行って父さんにまで矢を射たのよ…」

ルナは声を震わせた。
彼女にとって父親は唯一の肉親であり、尊敬する人物であり、
そしてよき理解者であった。
今までの話、俺達は余り詳しくはルナから聞けなかったんだ。

俺の補足は殆どがルナの依頼で「調べ上げた」ものの報告に過ぎない。

…だからルナがこんなに自分のことを話すのは初めてだ。
…それは傍にジョーンがいるからだ。
何度も殺されかけ、その度に死にたいと思ってるはずなのに
生き延びる方を向いているジョーンだから話せると思ったのだろう。

「…父さんは死んだわ。 あたしに何を言い残すことも出来ず、
 それは酷い状態だった…、余りに酷い状態だったから
 触れる事も許されずそのまま火で処理された…」

ジョーンの手がルナの肩を抱き寄せ、服を掴んでない方の
手を…ルナの胸の前で震わせている手を上から握ってやった。

その姿はウインストンとアイリーなんだが…おかしなモンだな。
ジョーンとルナに見える。
他の奴らもそうだろう。
体じゃあなく、魂が見えるよ。

「あたしだけなら死にたいとまだ思えてた…だけど父までもが
 殺されたとなると…あたしはもう我慢できなくって…
 折角身につけたスタンドよ…この手で…あたしを襲った奴と…
 父とあたしを弓で射た「奴」だけは…殺してやるって誓ったのよ…!」

ルナのスタンドは残念ながら戦うことには向いていない。
だがそれでもその殺意と心の奥にある優しさだけで
ルナは今ここまでやってきたのだ。

犯人探しの方は暗礁に乗り上げ、ルナが在学中から必死に
探偵免許を取得し、K.U.D.Oにやってきた。
…最初のうちはアイリーですら触れることを許さなかったらしい。

そんな風に、今死に行こうとしている「彼女達」を見ながら
ルナは涙声を振り絞ってジョーンに伝えた。
ジョーンは何も言わなかったが、固く肩を抱きしめた
その右手と、ルナの胸の前のルナの右手を抑える
左手が、ジョーンの気持ちの全てだった。

「こういうことって…やっぱりホントに判る人がやってあげないとね。」

アイリーがつぶやいた。
アイリーだってルナを慰めたいし、ルナだってそれは判ってる。
でもやっぱり、同じような傷や痛みがわかってる人間同士じゃないと
分かり合えないものがある。

「傷の舐め合いなんて、本来倦厭されるようなものなんだが…
 しかしやはり、舐め合って癒える傷だってあるからこそ…
 …いつも甘えあうのではなく…そこだけはどうしてもという部分だからこそ
 許されると私は思うのだよ…ルナはやっとそういう人に巡り会ったようだね」

ポールもつぶやいた。
そう、こればっかりは過ぎれば傷を化膿させるが、
しかし放っておけばそれでいいってモンでもない。
相手に対する真の理解があってこそ、その絶妙なバランスはとられる

…俺は正直…この事件に関わって本格的にこいつらが羨ましくなった。
別に馴れ合いたいとか言うんじゃあないが…
能力はあるが誰も信用ならないような殺伐とした雰囲気の中で生きてるとな…

…犬が本格的に苦しみだした。
もう、時間の問題だ。
チェスター氏はこちらを見て言った。

「わしとトレジャラーの最後のわがままを聞いてくれて有難う…
 ここに死体は残ってしまうが…済まんがどうかよろしく頼む…」

犬は最後の力で吠えた。
遠吠えのような。
あたりにそれがこだますると、その場にいる5人の魂が体から出たのを
俺は確認した。

恐らく、一瞬気を失うだろう。

俺は元々関係がないから「元に戻る」というフェーズを体験することもなく
意識もそのままだ。

女の体から出たチェスター氏は、その愛犬トレジャラーと共に
天に昇っていった。

「…心配するな、ちゃんと俺がどうにかしてやるよ。」

俺がそういうと、彼は軽く頭を下げ、そして見えなくなっていった。

「…あ…俺…あれ?」

ウインストンの体と声でその声を上げたのはやはりウインストンだ。
戻ったのだ。

「戻ったのか…、俺は…」

「ジョーンの体はどうだったぁ? きれいだったぁ?」

次に起きたのはアイリーのようだった。

「…ばッ…見てねぇよ! しょうがねーから服を脱ごうとした瞬間に
 戻ってきたんだッ!」

「あー、残念だったねぇ〜」

アイリーらしい軽さでウインストンをからかいつつも

「で、いつまで肩抱いて手を握ってるのぉ?」

どうやらさっきのジョーンとルナの行動のままだった。
ウインストンは顔を真っ赤にして離れながら

「し、しらねえッ!! この体に入ってたのはジョーンだろッ!?
 お前の体に入ってたのはルナだッ!」

「…うん。 ルナ、ジョーンに色々ぶっちゃけてたよ、
 あたし達に直接話してなかったことも全部。」

「…そうか…(ルナをチラッと見て)やっとルナもぶっちゃける相手を見つけたか」

「うん。」

そんな時だ

「マインド・ゲームス!」
「フォー・エンクローズド・ウオールズ!」

目覚めて一発、ポールとケントがスタンドをいきなり出した。
ビックリしたウインストンが反射的に「風街ろまん」を出して

「な…なんだッ!? 敵かッ!?」

「ああ、いや、済まない、自分の体に戻ったらまず確かめようと思ってね。」

「俺もだ。」

ポールとケントがそういう。
そういや、ウインストンもスタンドが出せてるな。

「…驚かすなよ…ルナはまだ起きてないが…大丈夫だろう、
 さて…このパールの体とトレジャラーの体をどうするかだな」

そこには当然再び抜け殻となったパール嬢の体とトレジャラーの死体がある。
…と…彼女のかぶっていた帽子がない。
なるほど…犬のスタンドは実体化し、女に似合うように「帽子の形」してたってことだ…

「心配するな…パール嬢もどうやら身内がないようだしな…
 このままこの地区で「チェスター氏の孫がやってきたが犬を連れて
 アメリカに渡った」というように見せかけるさ。
 レット・イット・ビー!」

俺のスタンドが出て、彼女達の死体を風化させる。
腐らせる方ではなく、かさかさに乾燥させ砂にした。

「風街ろまん、「風をあつめて」だ」
「オ譲チャン、ソシテ犬ヨ、達者デナッ」

灰がウインストンの風に乗せられ公園横の川に散ってゆく。

全員がそれぞれの祈りの形で見送った。
余り俺達は信心深くはないんだが、こういう時は魂に対し
敬意は払うってモンだろ?

「…終わったのね」

目を覚ましたルナがその様子を見ててつぶやいた。

「ルナ、起きたね。」

そう語りかけるアイリーの顔を見てルナが

「…あ、アイリー…ゴメンあたし…悔しくて唇噛んじゃってて…」

アイリーの唇に歯の跡がついてる。
ルナはスタンドでそれを治そうとするが

「あ、いいよ、ルナ、あたしにもルナの悔しさ、少し味合わせて。」

アイリーがそれを言うと、ルナはまたちょっと泣きそうな顔になった。

「ゴメン…ありがと…」

アイリーだって、ルナとせっかく同室で一年以上過ごしたんだし、
仲良くなれるところまで仲良くはなりたいって、そういう奴だからな。
ルナの精神はややディープだから、全部は理解できないが、
少しでも理解したいと思っているんだって言う、アイリーの思いだ。

そこへジョーンが走ってやってきた。

「…皆戻ったようね。」

「…あ、済まん…レットイットビーでお前のターバンごと
 風化させちまった…」

俺は思い出したんでつい懺悔した。

「…いいのよ…w 元々彼らに手向けるつもりでトレジャラーに巻いたんだし」

「全員揃ったね、戻ろうか。 行きで金を使いすぎたから、地下鉄で。」

ポールの締まらない締めで俺達はその場を後にした。

これは後日談だが、チェスター氏の家は思い出の品と思えるものだけを
家族は引き取り、家などは売りに出された。
それらは全てアメリカから行われたので、家族はこちらに姿を見せることもなかった。
あのまま、パール嬢はここの地区の人たちの中だけで彼の孫として
記憶に残ることだろう。

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「それで、報酬の件なんだがな。」

珍しく…というかパブにK.U.D.Oの全員がやってきた。
というか、俺を雇ったことに対する報酬について
俺とジョーンだけでよかったんだが全員気になったのか
ついて来たようだぜ。
俺が切り出すと、ジョーン以外の全員が固唾を呑んで見守ってる様子だった。

「貴方前回トラクエアのレアーズリカーを飲んでたわ、
 だからこれが今回の報酬よ。」

そういって彼女が出したのは、トラクエアだがハウスエールという
最高級品二本と、ジャコバイト・エール(これも高級品だ)だった。

俺はにやりと

「…いいだろう。」

ジョーン以外のK.U.D.Oの奴らはこけそうになった。

「な…なんだよぉー、BCならもっと吹っかけると思ったのによぉ。」

ケントがちょっとがっかりしたように言った。
俺は早速トラクエアのハウスエールをあけながら

「…これは俺のフリーの時間を使って俺が勝手にやったことだ、
 それとも何か…?
 事務所を正式に通して欲しいって言うのかい?」

それを言うとポールが「やめてくれ給え…そんな恐ろしいことをッ」
と言わんばかりに首を横に振った。

「…心配するなっていったろ…? それにジョーンなら
 洒落がわかる奴と思ってたからな、こう来ると思ってたんだ。
 楽しみにしてたぜ、乾杯だ。」

一仕事終えたってのもあるが、こういう形で報酬を受けるっていう
気持ちよさが…エールを更に美味く感じさせる。
ジョーンはグラスに自分の分をついで俺の乾杯を受ける。

「…くっそ、何気に大人な取引しやがって、びっくりさせんじゃあねーよ…」

ちょっとこういうのに憧れてるウインストンがちょっとすねた面持ちで
自分のエールを注ぐ。
皆それぞれ、たまにはエールもいいかと言う感じでちょっと胸をなでおろすと言うか
拍子抜けした感じでそれぞれに酒をあおり始めた。

…そのうち一番若いケントが酔ったかいきなり言い出した。

「…俺よぉー、最後の方はもう腹たって腹たってよぉー。
 そもそもが矢で射られることもなければよぉ
 あのじじいだって犬だって無事でいられたのによぉ。」

確かにそうだ。

「俺もよぉ、一年前かなぁー、夜中に道歩いてて
 いきなり射られたんだ、ちょっと腕をかすった感じで
 殆ど血も出なかったんで、俺がびっくりして動けないでいる間によぉー
 そいつ矢を拾ってもう一度射ようとしたんだぜぇー?
 おれ、必死でよぉー、それで出てきたのがフォー・エンクロースド・ウオールズだよ
 それ見て奴何て言ったか判るかぁー?
 「下らん能力だな」だってよぉー!
 っっざけんなってのー!」

確かに、たまったもんじゃないな、殺されると思って
ギリギリで発現した能力にそんな風に言われちゃあな。

「…ま、飲めや、お前は俺達の中で一番の成長株なのも間違いねーンだ」

ウインストンが兄貴感覚でケントにエールを注ぐ。

「池でわたしは貴方の能力に言ったわ、「素晴らしい」ってね」

注がれたケントのグラスにジョーンが乾杯をして飲み干す。

それでケントも機嫌は直したようだが、エールを一気飲みして

「…俺もゆるさねぇ、「矢」の使い手だけは、オレもぜってーゆるさねー」

この事件、そのきっかけさえなければ体が入れ替わるなんてギャグも
なかったろうし、その後で犬が死に行くのを見届けるしかないという
絶望感に取り付かれることもなかったろう。

確かにあってはならない事件だった。

…だが、こうも考えられるんだ。

孤独に生きた女と老人が死ぬことによって出会って、
そして天に召されたとき、チェスター氏はパール嬢を探すだろう、
「自分の孫と思われた、いい気分だったよ」と伝えたなら
女も満足だろう。

そして、ルナは心を開くことの出来る相手を見つけたんだ。

悪いことばかりでもなかったさ。

事件の多少の後味の悪さは、最高級のエールで流し込んじまおう。

恐らく皆、そういうつもりでここにきてるんだと思う。


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