Sorenante JoJo? PartOne "Ordinary World"

Episode:Nine

第三幕、開幕


イヤホンのそれぞれLRをフューとスモールが自分の片耳部分に押し当てている
彼女たちが大口を開け、ルナがボリューム最大にすると、ブラスの音でそのイントロが始まる!

ア・フュー・スモール・リペアーズの特技…それは音の振動を三人が横連結して
自らの口をそのままスピーカーとして外に流すというものだった!
そしてその曲とは!

『ス…スリラーだとッ! お前幾つだ!生まれる前の曲だろうがッ!』

そのスリラーのリズムにルナが集中しながら

「名曲に…新しいも古いも…ないでしょ…増してこの曲は…
 キングオブポップ…マイケル=ジャクソンなのよッ!
 世界中で…殆どの人が一度は聞いた事があるレベルの…名曲中の…名曲よッ!」

そして本来流れるはずのマイケルのボーカルのないそのバージョンに
ルナがもう渾身の力を込め、かつ力みすぎず「人生最初で最後の大舞台」とばかりに
熱いボーカルを歌い始めた。

普段のルナなら少し無理のある喉使いの声質かも知れない、マイケルのボーカルは。

しかし今!肺の辺りを締め付けられて捕えられているルナの少ししゃがれた声でのボーカルは…
正にマイケルのそれをコピーしていた!
性別も違えば声質も違うわけだから「完全にそのもの」という物まねではないが…
それは確かにマイケルのボーカルの特徴を捉えていたし、ましてや
今鳴り続けるダンシング・クイーンというもう一つの名曲に対して打ち勝つべく
何とも魂のこもったボーカル!
サビの部分のシャウトとも取れない喉と腹を絞ったようなボーカルもばっちりだ!

しかし、踊りとしてはダンシング・クイーンを強要されているウインストンもアイリーも
そしてミュリエルも呆気にとられるままだった

「い…いや…確かにスリラーは名曲中の名曲だけどよ…」

「けっこー…音がごちゃごちゃしてるなぁ…これ…振り付けがぶれたりしないんだろうか…」

と、アイリーが呟いて「ハッ」と気がついた。

「そう…振り付けがぶれるかも知れない…そこだわ…」

ジョーンは目を閉じ、聞こえ続けるダンシング・クイーンに混じる、ルナ渾身のボーカルによる
スリラーの方へリズムを意識して寄せていった、

「そして…この一秒!」

ジョーンが目を見開き、一瞬の隙を突いて「スリラー」におけるマイケルの振り付けで踊り出す。
スタンド効果として「無理矢理踊らされる」という一点は崩せないが、この名曲中の名曲を
正体不明の男が知らぬはずはない、むしろ…賭けではあるが名曲「ダンシング・クイーン」を
リアルタイムで知るのであらば、「スリラー」を知らぬはずはない! ならば、ルナのリズムに合わせ
向こうの頭を「スリラー」で浸食してしまえばいい、精神的ダメージとして塗り替えてしまえばいい!

二つの音楽が入り乱れる中、ジョーンの耳というか頭の中にはもう「スリラー」しか流れていなかった。
意識的に「ダンシング・クイーン」は無視した。

スリラーのリズムのノリと、ルナのボーカル、そしてそのルナに合わせ、どうせ強制的に踊るのなら、と
ルナの「スリラー」に合わせたジョーン、そのマイケルの振り付け、完璧というか
ジョーンなのだから体力的にも体術的にも格好良くないはずはなかった。
間奏に入った頃だった、ポールもだいぶ体力が回復した時に

「ケント…踊れそうかね…」

「ああー、一曲くらいなら行けるぜ…んでよぉーこいつはループしようはねぇよな…」

「よし…!リズムはルナに合わせるのだぞ!」

「わかってらぁー!スリラーの方がまだ俺の好みだぜェー!」

立ち上がった二人はマイケルの振り付けに対するゾンビダンサーの振り付けで再参加する!

「お…おい!」

ウインストンが思わず声を掛ける

「さぁ、君らもどうだい? けっこう…楽しいものだよ、この振り付けも!」

ポールがノリノリでゾンビの振り付けで踊るのも奇妙というか…
しかし、一瞬動ける利点を使うとしたら…ここなのかも知れないと
ウインストンもアイリーも、ミュリエルも思った。

プレーヤーで再生している音楽なのだから少なくとも編集して切れ目のない
無限ループにはならない!

二度目のサビに入る頃、残る三人も一斉にスリラーに踊りを切り替えた。

ルナが相変わらず渾身の歌を披露しつつ、勝利の笑みを浮かべる!

『ああ…やめろ…! やめろォォォオオ!
 俺だって知ってる…!それも名曲中の名曲ってやつだが…やめろォォオ!』

最後の語りの部分に差し掛かる頃には、もう完全なルナのペースだった。

「あなた…スリラーの…この曲の最後がまたキモだって言うのは…判ってる…わよね?」

『ああああ…!いかん…!ダンシング・クイーン!
 いかんぞ!乗っては行かん!!』

最後の演奏が終わった時、ルナを捕まえていたスタンドが腕を「W」のポーズにして
この曲最後の「笑い」を体現した。
当然、ルナは解放される、倒れ込みそうになりながらも、ルナの目は鋭かった

「ウィズ・ア・ヴェンジェェェエエエエエーーーーーーーンスッ!!」

今まで散々押さえられていたリペアーが渾身のラッシュをダンシング・クイーンにお見舞いする!

本体である謎の男はこちらに背を向けていたらしく、リペアーのラッシュに吹き飛ばされる
スタンドとは逆方向…つまり、こちら側にすっ飛んできた!
ミュリエルの底支えもあり、怪我を差し引いてもCからBくらいの…かなりの威力のラッシュだった!

「その男」はジョーンたち踊り手の方の足下に転がる。

ジョーンは真っ先にルナに駆け寄り、治療を開始しだす。
もう大丈夫だな、と思ったウインストンを筆頭に全員が冷たい視線をそいつに落としながら

「…おい、名前は何て言うんだ」

「あ…アール=ワン…」

観念した男は…それでも本名なのか偽名なのかわからない名前を言うが
…そこにアイリーが…まさに占い師を思わせる神秘的な中にも何の感情も見せないような
底知れない迫力を纏わせ、こう言った。

「偽名でも構わないよ…貴方の顔… 覚 え た か ら 」

だめ押しに携帯で写メまで撮って、ベイビー・イッツ・ユーをちらつかせる。

「もう…数百キロ圏内何処に逃げても無駄だからね…」

この一言…本当なら一緒になって「そうだぜ!」と頷くところなのだろうが
この時アール=ワンと共にK.U.D.Oの面々がアイリーに「怖い」という印象を持った。

「本来なら…君を然るべき場所に突き出すべきなのかも知れないが…
 残念ながらルナを治療すると言う事は証拠をなくす事も意味する…
 君を…許すわけにも行かないし、さて、どうすべきだろうかね」

ポールがちょっとアイリーの迫力に押されつつも、そう言った。

そんな時に裏道に慌てた勢いで駆け込んでくるひと組の男女

「父上!母上!」

ミュリエルが仰天した

「はぁー…はぁー!近所から通報があったんだよ!
 私の家に直接…!ダンシング・クイーンとスリラーが戦ってるなんて
 訳のわからない通報が…!」

モア刑事は私服だった、恐らく早めに帰れたのであろう、細君のほうもそのようだ

「嫌な予感がして…だってミュリエル、貴女も帰ってくる時間じゃあないの!
 スピーカーで流す音にしてはダンシング・クイーンのほうもヘンだったし…」

モア夫人も息を切らせながら必死になってここに来たのが判る

「最近…大したレベルでもないのだが…騒音と…体力尽きるまで
 踊らされるという奇怪な事件もあって…もしやと思ったら…やはりか…!」

警察には通報があった…というか「SCD(専門刑事部)」としての通報で
管区というかK.U.D.Oの面々のベースとしている地区とは離れていたので
特に彼らの耳にも入らなかったと言うのが実際のようであった。
そんな矢先に、この通報で彼はピンと来たのだった。

「踊り疲れるまで踊らされるなんて…これは傷害になり得るのかどうか…
 今ひとつやる気も湧かなかったが…」

ルナの様子を見ると、結構な吐血量だったようなのが判るし、
ジョーンの治療を受けつつ、ちょっとでも動こうものなら上腕や
肋が痛む事もあって結構な苦痛の表情を見せていた。

「君を緊急逮捕するよ…とはいえ、私ももう今は明日いっぱいまで
 非番なのでね…鍵だけ掛けて、引き渡させて貰うよ」

「ああ…待って…」

ルナが声を掛ける

「証拠があたしへの傷害なのだとしても…あたし骨折放置したまま
 証言台になんて立ちたくないのよ…」

「放免にすると?君を襲い…娘を含めた全員を恐らく強制的に踊らせた犯人をだぞ?」

「まぁ…今後似たよーな手口で何かやらかしたんだとしたら…
 あたし彼の居場所中継しながら教えてあげるよ」

アイリーが言い放った、もう、絶対に逃げられないのだというのが伝わる。

「君らがそう言うのなら…」

ケントがずっと考えていて

「あのよォー、アール=ワンのおっさんよォ−
 オメェーこれプログラム化してよォー、エクササイズ教室でも
 やったほうが世の中のためにもなるしオメェーも食い扶持が出来るし
 いいんじゃぁねーの?ループをコースに応じて切り替えりゃいいんだしよぉー」

アール=ワンが目を見開く

「そうか…その手があったか!」

「思いつかなかったのかよ…」

ウインストンが呆れる

「まぁ…野良から能力を持って職業を持ちたいというのなら、まず正式に登録をするんだな
 そうしたら、君の能力に応じて働き場所くらいは斡旋する係を紹介できる」

モア刑事は、冷静だった。
スタンド使いというのは厄介なもので「スタンド使いになりつつある」状態だと
本人もコントロールが効かず暴走する事がある、例え本体が善良であっても、だ。
そう言う場合は彼が「精神鑑定」に似た事をやって責任能力の有無を判断する事もある。
この場合既にスタンド使いの身で、今回のルナが初めての「れっきとした傷害での犠牲者」
でもあるが、彼女は今すぐにでも治療を施し(すっかり治して)明日からの仕事に
邁進したいというのだから、証拠も残せない。
そして、今のやりとりに「全うに生きる気もある」事は判ったので
彼に、イギリス政府が管理する「能力者名簿」への登録を勧めた。

「リリーさん、それでいいんだね?」

未だ骨折は癒えきっていないとはいえ、ルナはにやりと笑って

「そいつは「あたしの」スリラーには勝てないわ、それでいい」

どう言う事だ?と夫妻が「?」マークを飛ばす。

「くそ…あんたのスリラー…あえてボーカル抜きバージョンで
 歌だけを被せるとは…やられたぜ…完全にマイケルを彷彿とさせながらも
 お前さんの渾身のボーカルに…完敗だ…」

「あれ…君が歌っていたのか!?」

モア刑事が素で驚く

「あ…そんなにこの辺に響いてたの?」

「そりゃ…まぁこの辺りあまり住人はない裏通りだが…
 直接私の家に通報があったくらいだし」

モア刑事の言葉にルナが痛みを堪えつつも苦笑で赤面した。

「やれやれって奴だわ…」

あ、それ久しぶりに聞いた、と面々は思った。

「それにしても…ミュリエル…無事だったの!?」

モア夫人はミュリエルより少し下の目線になるよう跪き、
ミュリエルの両袖を掴みながら、心底心配そうに聞いた。

「平気だ…ルナには悪いが…結構楽しかった…
 皆で力を合わせた勝利というのが…これほど良い気分だとは…」

ケントがすかさず

「ミュリエルの力がなかったらよぉー、かなり苦戦していたかも知れねぇー
 だから怒るのは勘弁してやってくれねぇーかなぁー」

「つか、負けていたかも知れねぇ
 もう少し粘れそうな体力、ルナの反撃のスイッチONと
 俺たちも一秒くらい別のアクションがとれるよーになったこと…
 ルナのスリラーの方に合わせる切っ掛けにその一秒を使えた事…
 どっか一個欠けてても、勝てなかったかも知れねぇ」

その言葉にアール=ワンが

「そうか…本当のMVPはお嬢ちゃんだったのか…」

「お前は黙ってろよ」

ウインストンが釘を刺す。

ミュリエルはでも結構危ない事に首を突っ込んだ事を怒られる事も覚悟はしたが
はにかんだように笑って

「…申し訳ない、だが、助けたかった…助けてくれた人達を
 私は最近ずっと悩んでいたが…やっとスタンドに名前をつけられる」

「スタンドに名前をつけられたのか?」

モア刑事も、夫人も、それは待ち望んでいたようだ、しかし
本人の自覚が何より大事だと思っていたのでそれを待っていたのだった。
彼女は、確かに無茶をしたかも知れないが、それで今、確実に成長したのだ。

「ルナ…貴女のCDなのだっけ、ゲーム自体はやった事がないと言うが…
 そのサウンドトラックの中に凄く今の私にしっくり来る物がある」

「…ああ…Nintendoのゲームね…
 ええ、ローカライズ版がアメリカじゃでなくってね
 サウンドトラックだけは何とか手に入れたわ」

「私のスタンド名は「Bein' friends」だ、これ以上の名は思い浮かばない」

ルナは微笑んだ、いや、皆が微笑んだ、「友であると言う事」なるほど
彼女の今の境遇にも、能力にも、これほどぴったりのものはない。

夫人がひとしきりミュリエルを撫でた後。

「そういえば…皆さん全員でミュリエルを送り返しに来たんですか?」

それに対しポールが

「いえ…その後全員で食べに行こうと思ってましてな…
 しかしこんな事態になってしまっては…戻るしかありませんな」

苦笑の面持ちである。

「それなら…家が近いですから…普段余りミュリエルのお世話をしていただいている
 お礼と…リリーさんの傷をある程度癒すにもくつろげる空間があった方がいいでしょう
 家で食べてゆきません?」

「ああ、そうして欲しい、最近の事も含め何かお礼がしたかったんだ、今夜これからは
 私も妻も「火曜まで何が何でも出勤しない」と明言してあるし
 君たちは明日から仕事だよね? 今しかない、まともに礼が言えるのは」

夫妻が強く推すので、確かにルナの骨折の傷を癒すのには少しくつろげる空間が
あったほうがいい、事務所よりはミュリエルの家に近いのも確かなので
探偵社の面々はその厚意に甘える事にした。



モア家で夕食会となる、ただご馳走になるのでは悪いからと、途中の
ちょっとした店でも材料を買い、キッチンに入る事の許可を得て、ジョーンも調理に参加する。

ソファで体に負担を掛けないようにゆったりめにくつろいでいるルナにケントが質問をした。

「なんだよォルナよォー、オメーゲーム好きなんかよォー?」

ルナは静かに

「…子供の頃の話よ…日本版オリジナルが1989年…なんかちょっとした話題になってたから
 ローカライズを待ってたんだけど…数年後続編は出たけど、結局最初のはやれず仕舞いだった。
 でも…小学校のクラスメートに日本人の子が居てさ…その子が持ってたけど
 日本語なんてわかるわけがないし…そしたらその子がある日CD持ってきてね…
 「逆にこっちがよく判らないから」とそのサントラ貸してくれたのよ。
 くすぐったくなるくらいいい歌でさ…何とかしてあたしもそのサントラだけは手に入れたのよ」

「なるほどなァー…んでオメーゲーム好きなんかよォー?」

ルナはちょっと観念したように

「ええ、子供の頃ですもの、冒険だってしたいし、そう言う気分になれるゲームだって
 やりたかったわ」

それを聞くとアイリーが

「ルナも結構お転婆だったんだね」

「母が開放的な人だったからね…」

ルナが苦笑いでアイリーに向かって微笑みかける。
ミュリエルが心配そうに、食器のセッティングなどを手伝いながら

「本当に大丈夫なのか…?」

「まぁ…人間の体はフォークほど単純ではないけれど…
 ジョーンは「ちょっと痛みが残る」程度にまで治してくれるわ、大丈夫よ
 …ただ、多くのスタンドが「そうだからそうなのだ」的な問答無用さが
 あるのに対して、彼女は目に見える効果としては「そうだからそうなのだ」
 的に振る舞えないだけなの、時間は少し掛かるけれど、
 明日には一人で動けるくらいにはなってるわ」

ルナは心配そうに見つめるミュリエルに微笑みかけ

「あたしが人前で歌うなんて滅多にない…というか恥ずかしくてね…
 その気にさせてくれて、勝利に導いてくれた事を、感謝するわ」

「それは…それそのものは私の力じゃあない、みんなの力だ」

「そうね…」

それなりの歳までまるで何もかもが勝手の違う国で生きて
しかも「保護」という形でここまで連れてこられ…養父と養母は
とても優しいし、厳しくもあるが…それ以前に何をどうしていいか根本から
判らなかったミュリエルにとって、この出会いは彼女の一生を左右する
重要な出会いであった。

それなりに調理が進み、ジョーンが戻ってきてルナの治療を再開する。
ブラウスを問題ない程度はだけさせ

「…また内出血を起こししているわ…まぁ…肺に刺さるほど骨が折れてた訳だし…」

「Bein' friends!」

名付けられたミュリエルのスタンドが現れ

「一緒に食べたい、だから、早く治そう」

子供らしい願いでもあり、「そう言う能力」でもあるだけに
ジョーンは治癒能力を極限まで高め、さらに波紋を併用し、
本当は多少痛みは残す事になるけれど、早々に治ったと言うようにして
ルナは多少の痛みくらいはおくびにも出さずに、そして、ホームパーティーでもあり
親睦会のようなものでもあり、何より、スタンドが「正式に」生まれたこの瞬間を祝う日として
全員でミュリエルとそのスタンド「Bein' friends」を祝福した。



全くの余談であるが…
アール=ワンはその後ロンドンの一角で「強制的に踊らせる」事を逆手に
エクササイズを進めるという教室を開き、それなりに繁盛したらしい。
ダンシング・クイーンを始め70年代の往年のディスコソングから、
80年代のMTV全盛のころのものまで幅広く、名曲を使用していた事で…
正直、若い受講生よりは中年が多かったのは彼にとって少し残念な事で
あったかもしれない。


第三幕 閉

Episode9 End

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