Sorenante JoJo? Part One : Ordinary World

Episode 1:Retake 第三幕 開幕


スモーキン=ジョーはハウスキーパーとしての腕も確かだが、
彼には宝石などの古物商になりたいという夢もあった。
日々の地味できつい仕事をこなしながら、宝飾関係の本や
石に関する本や図鑑なども揃えて勉強をしていた。

意識の途切れそうなルナの目に本棚から落ちたそれらの本が写る。

「お前…まだ邪魔をするのかッ!」

スモーキンはジョーンと対峙したいが、その彼の足を掴むルナが
どうしても邪魔に感じて集中できないようだった。

そのうち、ジョーンが目の前…一メートル少しまで詰め寄っていた。
そして何か特殊な呼吸を始めた。

「不審な真似をするんじゃあないッ! お前も心臓を
 抜き取られたいのかァァアアアーーーーッ!」

「やってみるといいわ、でも貴方がその素振りを見せた瞬間が貴方の負けよ…!」

「なんだとぉぉおおお〜〜〜〜〜?」

スモーキンのスタンドが構え

「エブ…」

と言った瞬間!
ジョーン自身の拳がちょっとした光を放ちつつスモーキンの横隔膜の辺りを
めり込むまで打ち込みスタンドの手はスモーキンのスタンドの右手…
ルナの心臓を握る手を開きっぱなしにするように押さえた!
そして確かに、その瞬間周囲の空気が震えるような衝撃が走った!
何だか凄く独特な音がスモーキンの体を伝い、床に伝い、反響や振動は
ジョーンが抑えてあるのでそれらが室内にちょっとこだまする。

「…わたしのスタンドの肉弾射程はとても短い、
 だからどうしても近寄る必要があった、ルナのおかげでチャンスを作れたわ
 …そして…スタンド効果は遅いけれど体術的な事はまた別」

スモーキンのスタンドは本体気絶の為消えてゆき、その効果であった
取り出されたルナの心臓も、そのスタンドの手からこぼれ落ちるように
なった瞬間、消えてどうやらルナの体に戻ったようである。

ルナが大きく息をして狂わされそうになった心臓のペースを
元に戻そうとしていた、我に返ったアイリーがルナに駆け寄る。
しかし、ルナに触れる事はなく、その側で

「ルナ…深くはないけどなんて怪我…!」

「だ…大丈夫、このくらい…なら…!」

ルナのスタンドがその右手の指先を傷口に沿うように触れると
成る程、傷は確かに消えていった。

それよりも心臓のペースがなかなか元に戻らず、そちらの方が苦しそうである。
ジョーンが近寄りルナの攻撃によって敗れた服や、にじんだ血を
どうにかしようと手を伸ばした時だった。

「!!」

ルナが反射的に後ずさり、迫るジョーンお手を拒んだ。

「あ…ジョーン、ルナ…人に触られるのが凄く苦手なんだ」

「でもその心臓の乱れたペースを戻すにも
 敗れた服や血を綺麗にするにも…触れなくてはどうにもならないわ」

ルナは明らかにトラウマに触れたように緊張し怯え、
しかし確かに触れさせないと治療も修復も出来ないと言う事は頭では判るので

「ご…ごめんなさい…貴女に…悪意はないと判ってはいるのだけど…」

その声は震えていた、ジョーンは何となく、ルナを察したが

「…では…ちょっと効果が散ってしまうけれど触れないように
 10cmくらいまでは近づかせて、お願い」

「…わ…判った…」

ジョーンがまた特殊な呼吸をすると彼女の手のひらが光を発した。
ルナもアイリーも目を見開いてそれを見ていた。
それは明らかに「スタンド効果」ではなく、彼女本人が
やっていることだったからだった。

しかし、その手から発する「何か」はルナの体そのものをリラックスさせ
心臓のペースも正常に戻ってゆく。

トラウマに触れる行為とはいえ、精神がリラックスしてゆくと
少しずつ「近づいた手を我慢しているような緊張」も緩む。
アイリーにもそれが見て取れた。

「そのままの格好で外に出るわけにはいかないわ、もう四の五の言わないわね、ルナ」

まだ少し緊張はある物の、ルナは頷くしなかった。
ジョーンのスタンドはその破れた服やそこににじんだ血を綺麗にしてゆく
そう、そこは間違いなくスタンドだった。

「貴女の…その…光る手は何なの?
 スモーキンにもそれを食らわせていた」

「ウィンストンにも聞かれたのだけどどう説明していいか…
 特殊な呼吸法で、生命の波長を増幅、集中させた物が光って見えるのね
 貴女には全身のリズムを整えるように、
 スモーキンにもその効果と共に、スモーキンには横隔膜への一撃で
 一時的な呼吸の調整をして矢の傷の痛みを和らげさせたわ、自然治癒力も上がっているはず」

それを聴いてアイリーが

「呼吸法…もしかしてジョーンの寝てる時呼吸が少ないのって…」

「あら、やっぱり疑問は持ってしまったみたいね…
 そう、その…修行の成果と言っていいのか…」

「修行って厳しそうだなぁ、でもまたなんでそんな呼吸法を?」

「うーん…そうね、「美容の為」とでも言っておくわ。
 厳しい修行だけれど、若さを保つような働きや、
 消化・排泄等のコントロールもできるの」

嘘だ、その効果はともかく、「美容の為」なんて動機は嘘だとルナは直感した。

「へぇ〜〜、いいなぁ〜〜あたしもやってみたいかなぁ
 でも、厳しいんだよねぇ」

「ええ…とてもじゃあない、お勧めできる物ではないわね」

「でも…助かったわ…ありがと…」

ルナがか細く礼を言った。
ジョーンはそれに満面の笑みで応えた。

「本当に、加勢が遅れてごめんなさいね、でもあんな衝撃を
 近所にまき散らして通報されるわけには行かなかったし」

もう、だいぶ血の跡も、服の破損も目立たなくなっていた。

「…とりあえずこれでいいわね」

ジョーンが優しく語りかけ、ルナが立ち上がるのを促すように手を差し伸べた。
アイリーは「それもNG」と知っていたが、ルナはばつが悪そうにしながらも
少しよろめきながら(やはりそれなりに出血はしたので)、立ち上がるのに
ジョーンの手をとった。

ルナの辛い体験から凍り付いた心が少し溶けた事がアイリーには判った。
もう一年半ほどルナと同室だけれど、自分では叶わなかった事だった。
でも、何故か「自分がダメで至らない」とか「自分も頑張ったのに悔しい」とか
負の感情は沸かなかった、アイリーには判った
「ジョーンは、そう言う人なのだ」と。
「このひとはとてつもない何かを背負った人なのだ」と。

「それで…」

ルナがスモーキンに近寄り

「彼をどうするかだわ」

身内のピンチにすっかり忘れていたが、アイリーが慌てて彼を「検診」した

「…ジョーンが言うとおり、今は凄く穏やかな状態だよ、でも首の傷がやっぱり
 「不安の種」になってるね」

「ルナ、貴女の判断は?」

ジョーンが促すと

「…矢の傷…治してあげるわ」

「ええっ、だってルナ、殺され掛けたんだよ!?」

「精神の混濁と凶暴性の増大は明らかに「中毒」の症状だわ
 治せば、その原因が絶たれる事になる」

ルナはスモーキンの首にくっきり矢のシルエットが残った傷を
スタンドで綺麗に治しつつ

「…憎むべきはこの男ではない、矢を放った奴よッ!」

憎しみを湛えた表情でルナが強く言った。

「で…でもでも…もし目を覚ましてそれでもさっきの感じだったら?」

「何度でも気絶させるわ、「スタンド使い警官」も居るようだから
 引き渡せばいい、もう、彼に先手は取らせないわ」

ジョーンが淡々と言った、そして何の感情も込めずにまるで
ベルトコンベアで運ばれる製品から不良品を弾くようにそれをする、
という迫力を持っていた。
そして、ジョーンがスモーキンに気付けをして目覚めさせた。

「あ…うわ…! この部屋は…君たちは…!?」

ルナは少々あきれ顔で

「…矢張り覚えて居ないのね、何か思い出せる事は?」

「ええと…僕は確か…いつもの通りに仕事に出て…
 そして…そうだ…いつも見かける出入りの人じゃない不審者が…
 バルコニーからこっちを見ていたんだ…」

「丸一日記憶が飛んでるみたいね、とりあえず続けて、何があったの」

「その男は…そう、長髪だけど…シルエットは確かに「スーツの男」で
 逆光で顔とかはよく判らなかった…「新しい取引先の人だろうか」と
 思いつつ軽く会釈をして掃除に戻ろうと顔を上げたら…
 その男は弓を構えていて、ためらうことなく僕に打ち込んだんだ…
 …そこから…」

ルナは基本聞き手に回っていたが、彼がちょっと言葉に詰まったようだったので

「言いにくい事でも言って頂戴、大事な事なの」

スモーキンは首筋を押さえながら

「体を貫きはしなかったけど壁際にへばりついた僕の首筋には
 掠ったその矢がくっついていた…凄く体が急に燃え上がる感じがして
 …僕がカサブランカ邸の掃除で好きな事の一つは彼の宝飾品の
 コレクションを見る事だった…いつか鑑定人になりたいと思って
 勉強していたからね」

「ええ、確かにそのようだわ、机の上には原石のサンプルもある」

「…その中でも、カサブランカ氏が特に大切にしていたネックレス
 いつも金庫の中にあるそれを…手に取ってみたかった…
 そう思った先は…申し訳ない、良く覚えてない…でも…
 君たちの顔…ついさっき見たような…」

スモーキンは混乱していたが、確かに調べたとおり勤勉で真面目な男であった。

「と言う事は…もうそこから先は理性より矢の効果に抗う苦しみと
 欲望の戦いだったわけね、ネックレスがどこにあるかは覚えて居なさそう」

ルナが言うと、アイリーがスタンドを呼び出す

「「ベイビー・イッツ・ユー」
 (サンプル写真を見ながら)うん、今ジョーンが居る辺りの床の下
 地面の上に置かれているね」

「え…僕の家の床の下にあのネックレスが…?」

「覚えて居ないのも無理はないわ、でも貴方は確かに
 「金庫を開けもせず」ネックレスを奪ったのよ」

「そ…そんな」

「大丈夫、警察に引き渡したりはしない…とはいえ、床の下ですって?
 床下収納って訳でもなく、普通の床よ?
 …まぁ、あのスタンド能力からしたら距離や障害物無視出来るだろうけれど」

「ちょっと待ってくれ…そのスタンド…って一体なんだい」

ルナはその言葉に自らのスタンドを出現させた。

「…あ…」

「見えるはずよ、この子の手の中の光る線も」

「それは一体…」

「うーん…強い信念などがパワーあるビジョンとして
 「見える人には見える」ように凝縮された物、と思って
 姿・形・能力…人それぞれに」

「一種の超能力のような…?」

「そう、そう理解するのがいいわね、スタンドはスタンド使いにしか見えないわ」

ルナとスモーキンのやりとりに、ジョーンが片膝を付き、床に手をつけつつ

「調べれば行政にそう言う能力を申告、登録できる部署への連絡先も
 見つけられる…登録しておいた方がいいわ、貴方の性格からしたら
 この先盗難事件があるたびに照会される事になるけれど、
 真っ当に生きている事だけが証明されるようであれば、
 悪い事にはならないはず、まずは自分の能力をきちんと把握する事ね」

そしてジョーンが床に正拳突きを放った。
びっくりした他の三人を余所に、ジョーンは床下を探る前に

「オーディナリー・ワールド」

と自らのスタンドを呼び出す、その姿はほぼジョーンと重なっているが
先程スモーキンを気絶させる際に彼のスタンドの手がルナの心臓を
握りつぶさないように動いた時に何となく全身が判った。
白銀の鎧を纏った女性型のスタンドであった。

「でも僕は盗みを…」

「貴方のせいじゃあないわ、その…矢を放った男…それが実質的な
 犯人みたいな物よ…後天的なスタンド使いの間では…
 少なくともこのイギリスのロンドンでは知られた存在だわ」

ルナが憎々しげに言う、そして続けた。

「まるで矢を受けた人間がどうなろうと構わないみたいに、
 そいつは神出鬼没で貴方にしたみたいな事を、あたしやアイリー…あ、この子ね
 にしたのよ、アイリーに至っては40名ほどひしめいていたクラブで無差別に
 矢を放たれた一人だったのよ」

アイリーもちょっと辛そうな表情をした。
床の下のネックレスと手探りしながらジョーンも付け足した。

「矢に選ばれなかった人間の末路は悲惨なんて物じゃあないわ
 致死量の放射性廃棄物を全身に浴びるよりもっと酷い
 個人差もあるけれど、大体意識もないのに苦しみながら死に至る事になる」

ジョーンが目当ての物に行き当たったようである。
そして姿勢を戻しながら続けた。

「何にせよ、生きて矢に選ばれた事は幸運だわ
 折角の力を、出来る事なら社会に役立てて、
 そう言う人は必要だわ」

手に取ったネックレスを見定めながら

「…多少新しい傷も入ってるかな、二十二金のようだから柔らかいし」

「え…その傷もひょっとして…僕が」

ルナがそれに対して

「しょうがないわ、理性も何も吹っ飛び加減だったのだし」

ああ…と、スモーキンは頭を抱えた。
いつか鑑定を生業にしようと愛したそれを傷つけた自らの行為を後悔した。
ジョーンが平然と

「まぁ、問題なく目立たない程度にする事は出来るわ、任せて
 ルナ、見つけはしたけれど引き渡しは明日と言う事でポールに連絡を…
 と、携帯電話は…ちょっと流石にこの壊れ方は直すのに一苦労だわ…」

「…これも僕が…?」

なんかもう見ていて可哀想なくらいスモーキンは悲嘆に暮れていた。
「いい人」なんだろうなぁ、というのが滲み出ていた。
アイリーがその様子に

「事故だよ、事故、じゃあ、この家の電話借りるね」

「あ、アイリー、ポールにもう一つ
 「廷内からテラスが見える監視カメラの映像」があるなら
 カサブランカ氏に用意させておくようにもお願い」

ルナの指示に「おっけー」と応え、アイリーは事務所に電話を掛けた。
ジョーンがネックレスの傷とおぼしきをスタンドでなぞりつつ

「意識混濁状態だったとは言え、やってしまった事を悔いる心がけは立派だわ
 でも、ネックレスは目方もほぼ変えず傷を目立たなく「直す」事は出来る
 いつまでも気に病まないで、自戒して次は気を付ければいいのよ
 「成長」とはそう言う物だわ」

「まぁ、傷を直す事が出来る能力があっての「気にしないで」だけれどね」

ジョーンの励ましにルナが「これは幸運なチャンスなのだ」と釘を刺す
スモーキンは、やや落ち込みながらも部屋の片付けを始めていた。

「…あれ…さっき…君床に穴を開けていなかったっけ」

ジョーンがネックレスを取り出した辺りの床はまるで何事もなかった
かのように、元の形に戻っていた。

「表側は完璧よ…時間があまり無いから裏面に少し粗を残すように
 「床を壊したけれど、穴が開く程じゃあない」というように状態を変えたわ…」

余りにさらっとそれを言うジョーン、しかしそのうち、ジョーンが妙な事に気付いた。

「二十二金ベースで宝石の台座部分がプラチナ…そこまではいいけれど
 …これダイヤの中にダイヤではない物が混じっているわ…
 これにはジルコニウム…こっちには珪素…」

「何だって!?」とスモーキンが血相を変えてネックレスの元に馳せ参じる。
手持ちの鑑定道具などでそれらを確認する。

「金やプラチナはまだしもジルコニウムとか珪素とかまた随分ピンポイントな
 元素を特定するわね」

ルナが思わずジョーンに聞くと

「うん…まぁ判るのよ、見えるというか」

「何ですって?」

軽く衝撃を受けているルナの横であらかた宝石鑑定をしたスモーキンが

「…本当だ…、半分ほどはダイヤだけれど…キュービックジルコニアや…
 これはただのガラス玉じゃあないか…!」

それを聞いてルナは

「貴金属宝石類を愛する貴方が幾ら混乱状態だからといって
 宝石の入れ替えなんて、そんな事をするとは思えないわね」

アイリーが電話を終えた事を確認し

「アイリー、ちょっと探して欲しい物があるの」

「ほいほい! 全国どこでも真心込めて!」

元気に応えるアイリーにジョーンは頬を緩めて

「素晴らしい」





翌日、カサブランカ邸である。
他に仕事がなかった事もあり、大事な仕事と言う事もあって全員で
確認と報告に上がった形であった。

件の監視カメラの件であるが、不審人物が写っているカメラは一台だけ
それもスモーキンを射る為だけに現れたかのようにふらっと現れ、
去った後もどこのカメラにも写っておらず、カサブランカ氏も困惑していた。

「彼が、犯人です。
 奪った方法は判りませんが、確かにネックレスは奪われており
 罪をなすりつける為かスモーキン=ジョー氏の家の床の下にありました」

「おお…彼が犯人というわけでは無いのですな?」

「彼は矢を射られた事でショックを受け、傷が化膿したか何かしたのでしょう
 昨日まで寝込んでいたようです」

カサブランカ氏はそれなりに審美眼を持ち、仕事の出来るスモーキンを
信頼していたので、彼が犯人ではない、と言う事に胸をなで下ろした。

「警察の方にも…この動画を提出してください、
 「モア刑事」を指名していただければいいでしょう」

モア刑事についても後に詳しく触れるとしよう。

「判りました、ところで…」

カサブランカ氏がソワソワしている。

「判っております、これが、ご依頼の品ですな」

丁重に包まれた包みをほどくと、そこに当該盗難品のネックレスはあった。
カサブランカ氏は以前より輝きを増したかのようなそれにちょっと面食らったようにした。
『当然よ、ジョーンが一晩掛けてこれ以上できないってくらい粗を埋めたんだから』
ルナはそのリアクションに思った。

「そして…誠に言いにくいのですが…このネックレスにはちょっと問題があるようですな」

ポールが口火を切ると、ルナが書面を取り出し

「貴方の前の所有者に確認を取ったわ、二十二金・プラチナ・そしてダイヤで
 構成されているはずのこのネックレスのダイヤが…」

カサブランカ氏の顔色が悪くなって行くのが判る、だめ押し的にルナが続いて

「キュービックジルコニアやガラス玉が…ダイヤ群に紛れるように
 入れ替えられているわ、素人が一見しただけでは分かり難いでしょうけれど」

その時、カサブランカ氏は激高した。

「おッ…お前達ダイヤをすり替えたなァアアーーーッ!
 なんて事をするんだッ! 訴える! 訴えてやるぞォォオオーーッ!!」

余り修羅場をくぐったとは言えない、零細探偵社とはいえ、この態度には
全員が冷淡に、白けた雰囲気になる。

「ダイヤはぁ、この屋敷のぉ〜、「特別な場所」にあるようでぇ〜す」

アイリーが大口ではっきりとそれが伝わるように強調して言った。
それは詰まり、彼がこの資産を誤魔化してあわよくば横流しなどで
稼ごうとでも思っていたのだろう、今の彼の激高がそれを裏付けた。

バレるはずのない、と思っていた事を口にされ、カサブランカはひるんだ。
カサブランカ氏からは見えないが、ポールの背後に彼のスタンドが沸き立つ
そのスタンドは90年代初期のポリゴンゲームのような…テクスチャ処理のない
純粋に三角の面で構成された顔と手だけのスタンドであった。
そしてポールは負けじと語気を強め、言った。

「いいですかな?
 我々は貴方の企みが何であろうと興味はないのです、
 依頼のあった物を完璧な形で見つけて差し上げた、
 それだけなのです、ただし我々も予防線は張らなければならない
 その為の指摘であって我々はどうこう言うつもりはありません」

そしてポールは、ルナが交わした契約書を机にバン! と置きながら

「さぁ、この契約書の通りに規定の十倍で払っていただけますな!?
 "Yes, is the answer"!」

カサブランカ氏はまだ食い下がろうと言う雰囲気をしているのだが
彼の口がその意思に反して動いた

「イ…イエス」

これこそがポールの特殊能力、会話の誘導から、強制的に「Yes」と言わせる
「マインド・ゲームス」だった。

ちなみにこれは悪事を悪事と思わないような人間にはあまり効果はない
それなりに悪事を後ろ暗い物と思い、それなりに契約を重んじる人間であればこそ
使える能力でもあった。

そう言う意味では、カサブランカ氏などはまだ「小悪人」と言っていいだろう。





帰り道の事である。
いつもは金のやりとりや報告書など、契約内容などにもよるが日をまたぐ事も
ままあるのだが、この件では既に即金、報告書も添えて完全に仕事を終えた。

「いいのかよ、あの小悪党放置して」

いつもより厚い報酬の入った紙袋をほくほくしつつ懐に納めるポールに
ウィンストンが言った。

「そうだぜェー、あれ放置したって碌な事にならねェーぜ」

ケントも割って入る。

「まぁ、蛇の道は蛇とも言うしね、そこはおいおいと…」

ポールは本当に興味がなさそうに言ってのけた。

それにしても…と前置き、ルナが語り出す。

「カサブランカは多分スモーキンの審美眼を利用しても居たのだわ
 彼の手元にくるまでの間に不正があればスモーキンは見破るのだろうし
 そして、自分の行った不正は見破られないように金庫にしまっていた…
 正規の鑑定家に依頼する手間も省けるしスモーキンの審美眼は磨かれるし
 そう言う意味ではWinWinだけれど」

「酷い話だねぇ〜、あんな真面目な人そんないないよ〜」

ルナとアイリーのスモーキンへの肩入れっぷりにウィンストンは呆れながら

「殺され掛けたってのに、そんなすっぱり許せるもんかね、わかんねぇなぁ」

「"生まれつき"の貴方には分かり難いでしょうよ」

そう言われるとウィンストンも立つ瀬がない。
目の前で暴走状態にある中毒患者を見た事もほぼなかったので
(とはいえ、直ぐに死んでしまうような最悪のは見た事もある)
それ以上何も言えなかった。

ただ、それはそれで生まれつきには生まれつきの苦しみや悲しみもある
ルナはジョーンの背負ってきた物の計り知れなさを思い出し、

「言い過ぎたわ、ゴメン。
 でもまぁ、悪夢から覚めた彼の様子を見てて何か同情したのよ」

ルナが「言い過ぎた」などと謝る事はこれまで無かったのでウィンストンはびっくりして

「お、おう」

としか言えなかった。

「そういやァーよォー、そのスモーキンは?」

「カサブランカ邸での謎の侵入者からの暴行、その後石矢の「何らかの
 病原体による疾病からの意識混濁」この流れは出来てるからね
 彼に何の責任もないわ、もう今日は出勤してるんじゃ?」

ルナの報告、そしてポールが続いて

「うーむ…矢を放った人物は矢張りほぼシルエットだった…
 科学捜査が入ったとて、人相の特定などは難しいだろうね…解像度も低かったし」

「えーでも、テレビではなんかもうすんごい拡大にもぼやけた像をはっきりさせたりもしてたよ?」

アイリーの疑問に、ルナはちょっと呆れたように、でも、その純粋な物言いを慈しむかのように

「CSIじゃあないのよ、そんなのはテレビの中だけ」

「えー、そうなんだぁ、何かちょっとがっかり」

「まぁでも…あたしも科学捜査の全てを知っているわけではないし…何か掴めるといいわね」

CSIとは、アメリカの科学捜査班をメインにしたテレビドラマシリーズである。
日本でもドラマ内では画像の粗い(解像度の低い)動画からターゲットを拡大し、画像を精細にする
場面はあるが、現実には早々簡単に行くことではないのだ。

ジョーンはただ静かに微笑みを湛え、五人の後ろを歩いていたが

「そう言えば、猫ちゃんをケージにしまってきた?」

全員が顔を見合わせた。
ということは…

「わっすれてたぜェー! あれでもポールかルナやっとくとかいってなかったっけェ−?」

話を振られたポールとルナが

「いや、どうだったかな、スマナイ、カサブランカ氏との対決の事ばかり考えて居たモノで」

「あたしもだわ、元々犬派だし、ケント好きならやるでしょとばかり思ってた」

「あーなんか二人生返事っぽかったのはそういうことかぁ〜」

アイリーの一言にほんの少し呆れた様子を見せつつ微笑みは忘れないジョーンが

「まぁ…跳んだり跳ねたりというほど成長していないからまだ大丈夫でしょうけれど
 以後気を付けないとね」

「そういや猫よね、一ヶ月後くらいには運動会やり始めるのかしら
 3Dで動き回られるのは厄介だわ」

「まぁーまぁーまぁーよォー、誰がとかじゃなく気付いた奴がやろうぜェー」

「…だとしたら、事務所権男性従業員側と女性従業員側の壁の一部加工して
 行き来できるようにもしておかないとね、猫の毛やフケにアレルギーを
 持っている依頼者も居るかもだし」

ジョーンの言葉に

「そういえばそうだね…全員そう言う気配がないから油断していたが…
 その扉はどうするんだね?」

「どうとでもなるわ」

ジョーンはまた事も無げに言った、権利者の断り無しにやってしまう積もり満々だ
しかも無かった事にも出来るおまけ付き、どこまでも「でんと構えた謎の女性」だ。

全員が「この人は一体何なのだろう」と思ったが、
でもなんだかこう言う人の登場を待っていた…とまでは言わないが
何か運命じみたものをちょっぴりだけ感じた。

特にルナは歴史を学ぶ中で宗教やその民族にまつわる血にまみれた
歴史なども学んできた為に神や宗教に懐疑的であったが、もっと古い
純粋な生と死と人の営みを恐れ賛美するアニミズム的な意味合いで
ジョーンを神に使わされた天使のようなものかも知れないと思った。

全員が、何かが変わっていく予感を少し感じた。
それはジョーンでさえ、例外ではなかった。


第三幕 閉幕

Episode1(Retake)終り。

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