Sorenante JoJo? Part One : Ordinary World

Episode 2:Retake 第三幕 開幕


線路を進行方向に向かって俺達は走っていた。
ああ、俺…あー、ウィンストンな。

歩きで一キロちょっと、帰りは走ったとして
線路もカーブしてたりするし直線なら見えていてもおかしかねーが、現場は見えねぇ。

「っく…ハァ…ハァ…ちょっと皆…」

ルナが息を切らした。
そういやこいつ、運動まるでダメだった。
どうして着いてきたんだか今思うとよくわかんねェが…まぁ色々冷静な判断下すしな…

「ルナ、ほら…わたしの背中に」

ジョーンが自分におぶされ、と背中を。
そういうのは普通男の役目なんだが…だが、一瞬立ち止まった俺たちでは俺もやっぱり息は弾むし、
ケントも割りとひ弱だからな、ルナの次に音を上げそうだ。

ジョーンは…まったく息を切らしていない。
これは波紋の効果だ。
スタンド使いには歯が立たなかった俺の知り合いだが相手を走りまわせることで
多少は互角に戦いを持って行ってた、俺はそれを知ってるからこの場は妥当だと思ったんだが。

「…ちょっと、なんであたしが貴女の背中に…」

「…それが今ここで「最良の選択」だからよ」

「よく見ろ、俺たちの中でジョーンだけまったく息を切らしてないだろ?
 これも波紋の力なんだよ」

俺だってしゃくに感じないわけじゃあないが、意地張っていられる状況じゃあねえことは皆わかってる。

「ハァ…ハァ…いーなぁ、オレもおぶってくんねぇ?」

オメーはプライド無さ過ぎだ…

「…流石に二人はわたしがきついわ…、こらえて」

ルナの心の中は今、大葛藤だろうな。
あいつが人に触れられるのを嫌がる理由は俺も知っているし、無理もないと思う。
だが、受け入れるしかねぇんだぜ。

ルナは決心し、ジョーンに負ぶさる。
以前ならそんな選択有り得なかったんだろうが、前にアイリーがちょっとだけ
ルナの心の氷が溶けたかも知れないと言っていたし、こーなるだろうと思っては居た。

そして走り出して何分か経った頃だ。
ケントが後で追いつくと言って三人だけの状態だが、目の前に霧のボールがある。

そして近づくと矢鱈暑い、今春だが真夏でもありえねーって熱量が数メートル続いてる。

「なんだここは…」

俺が思わず呟きながら濃い霧の部分に差し掛かった時だった、今度は急に寒くなった!?
霧の向こうに…うっすらと直径二メートルほどの真っ暗な領域がある、しかし寒くてこれ以上近付けねー!
この騒ぎの当事者らしいスタンドの姿もうっすら見えるがなんか見え方がおかしい。

「あの真っ暗部分が中心のよーだが…うっすらと暗い球体の外側に中の光景らしい物が張り付いているな」

俺が言うと

「これと同じようなことが出来そうだわ…」

ジョーンが呟いた。
そしてジョーンの次の言葉と、ルナの推理がほぼ重なった。

「「熱を奪うスタンド…中心は恐らく絶対零度」」

「周りのクソ暑い領域は詰まりここの熱が「押し出された」って理解でいいか?」

これにもほぼシンクロして

「「恐らく間違いないわ」」

シンクロしたと気づいてたからルナは怪訝そうにジョーンを見た。

「あ…ッ、ジョ…ジョーン、もういいわよ、ちょっと…降ろしなさいよ」

「ああ…そうだったわね、ごめんなさい」

ジョーンがルナを降ろした。
俺はなんとなく、っつーかかなり思ったので口にした。

「…なんだかんだいいコンビだよな、お前ら」

その言葉にジョーンは満足そうに微笑んだが、ルナは顔を真っ赤にして怒った。

「な…ッ、何言ってんのよ! どうやってあれを止めるか、それが先でしょッ!?」

へぇへぇ、正論だ。

「…だがそもそも奴は何のために絶対零度領域なんて作る必要がある?」

俺が言ってると後ろから息を切らしたケントが駆けつけた。

「うを、何だよココ、暑ちぃー! うわッ…と思ったら寒みーッ!!」

「賑やかだわね…気をつけなさいよ、あの…中心まではうかつに近寄っちゃダメよ」

ルナがケントに注意する。

「なんだよ、どーなるってんだよ?」

「…恐らく絶対零度領域にすることで全てを止めようとしているんだわ。
 「時間を止める」能力はスタンド使いにとって最上級の能力、ストレートにそれができないから
 「彼」は本体を守るためにすべての運動を止めているのよ、恐らく…
 5メートルまで近づいたら全身凍るでしょうね」

「…まだ生体反応が完全に消えてない本体を守るため…ってとこね」

ジョーンの推測にルナが補足する。

「凍るって…寒みーだけじゃあねぇーのかよぉー?」

その言葉にルナは足元の石を拾って「中心」に投げつけた。
石は「中心」より5メートルほどから急激に速度を落とし2メートルほどのところで氷や液体の地面に落ちる。
…が、音が鳴らない。

「…空気が凍ってるのよ…2〜5メートル範囲の地面の氷は空気、水滴の方は…僅かなヘリウムかしらね…」

「つまり本体の周り2メートルほどになったらそこはもう真空。
 音も伝わらないし、…勿論呼吸なんて出来ない」

ルナの解説に今度はジョーンが補足だ、やっぱりオメーらいいコンビだよ。

「…で…ででで…これどーやって止めんだよぉー?」

寒そうだな、ケント、いや、俺もルナも凍えてるんだが。

「…あのスタンドが意思を持ってるならな、物理的なことは抜きに「会話」も可能かも知れんが…」

俺の仮定だが、現状ではそれも判断不可能だ、もともとの奴の射程は何メートルだ?
恐らくそれは奴のコミュニケーションの取れる範囲と重なってると見ていいだろうが…

「オレの壁を地面から何度も突き出させることで攻撃とか…」

「やめなさい…恐らく壁が地面より数ミリでもせり出せばあなたは凍る」

ジョーンの言葉にケントは気温以上に肝を冷やしたようだ。
ルナが携帯を取りだし、アイリーに電話を掛ける。

「…ああアイリー、あたしよ。 スティングレイいる?
 そういや、あたしの名を名乗ってなかったわね、ルナ=リリーというのよ、
 ええ…それでこれは重要な事よ、倒された方のスタンドの射程距離判る?」

ルナがスティングレイとのやりとりの間、ケントが会話の邪魔にならない範囲で

「そういやァー、殺った「ガタイのいい方」っての気配がねェーなぁー」

「試合は痛み分けかも知らんが、勝負には勝ったんだ、興味を無くしたんだろうさ
 かなり危険な奴だ」

「そうね…」

ジョーンが俺に同調した。

「…殴る範囲は普通に2メートル…多分生きてる時の効果範囲は5メートル…
 そう、…え、なんですって…列車が後30分で発車する?」

空気が変わった、ヤバイ、そりゃまごまごやってられる状況じゃあないが
本格的にカウントダウンが始まった。
ジョーンがつぶやいた。

「…やるしかないわ、わたしが行く」

「…確かに…対抗できそうなのはあなた一人だけれど…大丈夫なの?」

俺とケント、アイリーやポールも未だによくジョーンの能力を掴んでない。
ジョーンに対してつっけんどんに接することの多い、誰よりジョーンを警戒してた
ルナが一番ジョーンの能力に理解を示してる。

「道は色々あったろうけど…時間制限がかかってはどうしようもないわ…
 ウインストン、エジンバラへ向かうほうの路線も止めておかなければならないけれど
 この状況を見せるわけには行かないわ、少し戻って…
 …そうね…岩かなにか…置いてきてくれないかしら?」

「おう、わかった、その後は…俺たちは列車に戻るんだよな?」

「ええ、列車の発車を何とかもう少し遅らせて頂戴ルナもそっちに知恵を貸してあげて」

「ちょっと待ってよ、誰もあなたのフォローもサポートも出来なくなるのよ?」

ルナの問いにジョーンは静かに、でも確信でもあるかのように微笑んで言った。

「…わたしは大丈夫よ…死なない」

俺やケントはジョーンのその言葉にまぁなんやら知らんが
大丈夫というなら大丈夫なのだろう、という信頼…っていうか、
まぁそういうのがあるんだが…とりあえず時間がねェ、
下り列車の方も一応判りやすい妨害として木を同じように線路に倒しておこう、
現場そのものさえ見られなければ何とかなる、俺はそうしてケントとルナを引き連れ
戻ろうとするんだが…



「死なないってどう言う事? 自惚れてるの!? それともやっぱり絶対の自信があるの?
 あなたの能力に「絶対」はないとあたしは知ってしまってるわ!
 何かあったらどうするつもりなのよ!?」

ルナよ。
あたしもなんでこんなにジョーンに噛み付いてるか自分でもわからない。
折角近くにやってきたこの女は距離をあやふやにしたまま、またどこか遠くに行こうとしてる?
だったらなぜあたしたちのそばに来たわけよ?

いきなり荒れたあたしにジョーンは少しびっくりしたようだった。
予想外のことを言われた、そんな顔だ。

「……そう、ごめんなさいね、言い方を少し変えるわ」

そう切り出したジョーンの表情に…あたしはちょっと絶望に似たものを感じた。

「…わたしは「死ねない」のよ…だから「最悪の事態」にだけは「絶対」ならない、と断言できるわ…」

言われた…聞きたくないと思っていた台詞だ…心に杭を打ち込まれたような気分だわ…

「…「仲間」なんてわたしも初めて持ったのよ…わたしだって…
 例え死ねないにしても…ちゃんと元気であなたたちのところに戻りたいわ…その気持ちは…真実よ…」

「…信じていいのね…」

「…信じて頂戴」

あたしはジョーンにあたしの携帯を押しつけてきびすを返し、もうジョーンを見る事も出来ず走り出した。
少しして下りを細工していたウインストンとケントがやってくる。

「ジョーンは…?」

あたしはつい聞いた。

「中心から4メートルほどに迫ってた、空気を操って熱を作りながら歩く、
 とかそんな感じだろ? 歩みは遅かったが結構余裕そうに歩いてたぜ?」

ウインストンはそういったけれど…彼女は絶対に死の恐怖をあたしたちに見せたりしないわよ…
…そうか、あたし…今朝そういう表情を見たんだわ…「ありえない」とか思ってた彼女のそういう表情を…
だから急に不安になった…?

「とりえずよぉー、上りの線路の方も、だから後は最悪オレ達が
 発進しちまったしてその列車を止めることだけだぜぇー」

「…オメーもなんか急にジョーンに肩入れしちまったようだが、ここは任せておくしかないぜ」

「…肩入れなんて…」

あたしは思いっきり否定しようかと思ったけれど、言葉が続かなかった、どうしてくれるのよ…

言葉が続かない、天の声にこの先は委ねるわ





「ああ、ルナぁ、よかった、もう後15分くらいで出発だって」

戻ってきた面々にアイリーはホッとした様子だったが、

「む、ジョーン君はどうしたのだね?」

「今対処中だ、俺達はこの列車を最悪運行中止にするために戻った」

ルナの口数が極端に少なくなっているのをウィンストンは気付いていたし
彼がルナの代わりに応えた。

「でもどーするよォー、線路に置けそうな石はもうなかったぜぇー」

「ああうん、…作業員の人達がめぼしいのは片付けちゃった」

「とりあえず、何が起こっているのか手短に話してはくれんかね?」

ウィンストンは今度こそルナの出番だ、俺の知識じゃよくわかんねーし
とルナを見たが何かを考え込んでいて(眉間のしわでそれが判る)話し出す雰囲気はない。
「しかたがねー」という雰囲気バリバリでウィンストンが語り出す。

「本体を中心に二メートルほどが絶対零度になるスタンドのようだ」

「よくわかんねーけど」を続けて言いたかったが、ルナに怒られそうなので言えなかった。

「…まだ本体の生体反応が完全に消えたわけじゃないのよ…
 多分だけれど…それでスタンドはその僅かな「命の残り火」を
 守ろうとして絶対零度で時間をも止めようとしてるって訳よ…」

「何だか悲しいスタンドだね」

「なるほど…完全な絶対零度なら光子も進めない、電磁気力も核力も性質を変えてしまうのか」

そこへ考え込んでいたルナが

「スティングレイ、貴方ちょっと手伝いなさい」

不意を突かれたスティングレイ

「なッ何言ってんだテメー!」

「貴方の力が必要だわ、これでどう?」

ルナが残り僅かだった紙幣をちらつかせた。

「これで貴方を臨時で雇うわ、電車の運行を遅らせるために」

「えっ、マジでかよ? バイトだってんなら考えなくもねー」

「そうか、ルナ、オメーの考えが判ったぜ
 運行席の機器類をイタズラして…探すのに手間は掛かるが
 直すのにはそれほど苦労しない故障を「作る」…そういうことだな?」

ウィンストンのひらめきにルナが頷いた。

「出来れば配線を切るとかそう言うのは避けたいわ、
 ヒューズを使っている部分はあるでしょうから、それを外すとか
 …他に…」

ルナも列車の機械とかにまで詳しいわけではないので方法を悩んでいると

「ワイパーの誤作動とか、パンタグラフの天辺に石置くとか
 ちいせー事だけどやるならやるぜ?」

自ら提案をしたスティングレイにケントが

「なんだよ、オメーけっこーノリノリじゃん」

「へへっ、俺も小市民だから今まで控えてきたが、
 探偵さん公認でイタズラしてもいいってんなら願ってもねェ、
 やってみたかったんだよなー」

「普段はダメだよ、これは緊急事態で特別な事なんだからね」

アイリーが釘を刺すと

「判ってるよ、だが正直こんな能力持ってたって悪用しか浮かばねェしな」

ウィンストンやケントも無茶苦茶に壊す以外に(それは最後の手段)何か無いかと
思案を始めた頃

「アイリー、ジョーンをモニターして、それから、貴女の携帯貸して」

「中見ないでね」

「…見ないわよ」

そしてルナはジョーンに電話を掛けた。

「…あ、ジョーン、今どの位置?」

アイリーのスタンドが二メートルを告げていて、アイリーが
それをルナにピースで教えた。

「…二メートルね、絶対零度領域だわ…そこからではまだ何も…?
 そう…」

アイリーのジョーンをモニターさせるのはジョーンが嘘をついているのか
判別するためであったが、ジョーンもルナの性格から今自分が
モニターされていることは重々承知なのだろう、かなり正直に状況を説明しているようだった。

「…もう少し進む? ちょっと待って、危険すぎるわ!
 実験で作り出そうとする極低温世界は崩れやすい物だけれど、相手はスタンド能力なのよ!
 絶対零度なんて未知の世界だわ!」

「絶対零度ってテレビじゃよく聞くけどなぁ」

実際、ベイビー・イッツ・ユーは中心二メートル前後を境に「絶対零度」を示していた。
アイリーの疑問にルナが早口で答えた。

「…氷点下273.15度、絶対零度は厳密には人類は到達できないわ、
 絶対温度0.000000001度とか…「限りなく」近づけはしてもね」

「…そんな温度の揺らぎは無いよ、ベイビー・イッツユーは
 紛れも無くその領域が絶対零度だっていってる
 …あ…ジョーンが入っていった…」

「…ジョーン…2メートル以内に近づかないと本当にどうにもならないの?」

ルナの声がとても心細そうなのをアイリーは感じて少し切なくなった。
ここでもしジョーンに何かがあったら、ルナは今度こそ、ルナの心こそ
絶対零度になってしまうかも知れないと。



「大丈夫よ、本来電磁波だって飛べないような中なのにちゃんとこうして話しているじゃない?」

ルナが言うとおり、科学的に挑む絶対零度への挑戦はとても不安定でちょっとした事で
そのバランスが崩れ温度の上がってしまう世界、そこはスタンドでも多少「揺れ」があるのか
ジョーンは絶対零度領域の中で何とか生命活動と、電波の道筋だけを確保しながら歩いていた。

しかしとはいえ「そうだからそうなのだ」というスタンド能力だ。
ジョーンの普段の能力であるなら、大気を20メートルの範囲で調整することが出来たとして
この領域の中では喋る分の空気、動く分の空気、電波の道筋のための空気
それを維持するので精一杯であった。

「1メートルまで近づきたいわ…ええ、それならスタンドそのものに
 触れられそうだし…ええ……あっ…」

しまったとジョーンは思った、思わず声が漏れてしまったことをとても後悔した。
案の定ルナは異常を察知し、

『ちょっと、ジョーン!! どうしたのよ!!?』

ジョーンの右足はとうとう地面に張り付き、動こうとした弾みでヒビが入ってしまった。

「いえ…ちょっとバランスを崩して…いえ、ただのドジよ…線路の上なのよ…?」

と言いつつ、左足も次の一歩で同じ運命になり、脛部分が割れ、腰まで一気に割れて
ジョーンが上半身だけ崩れ落ちそうになる。
正直空気の確保は必要なので同時に電波の確保もそれはいいのだが、通話をしながら
というのが結構な集中力を使ってしまう。

「…貴女は取り乱すかも知れない…でも、わたしはここから集中して
 先に進まなければならないわ、だから…」

とまで言った時、下半身はとうとう幾つかに割れ、ジョーンの上半身が地面に落ちる…
と、同時に携帯電話を持っていた右腕も砕けて泣き別れてしまった。
どのみち通話はかなりパワーを使うので、放置した。

「…上半身の幾らかと頭さえ無事であれば…あとはなんとでもなる…わ…」

彼女は残った左腕で這って進む、そしてこんな状況であるのに何故か笑みがこぼれた

「ねぇ…オーディナリーワールド…状況はかなり違うけれど…いつかかなり昔にも
 こんな風に手も足も失いながら必死に逃げ回ったことがあったわね…」

「…アノ時ハ…「替エノ肉体」ガ…「タマタマ」アリマシタ…デモジョーン…」

「…ええ、今回はそれは望めそうにないわ…でも、あの時は「逃げて」いたわけだから…
 肉体を再生するにも追っ手のはるか後方…だったけれど今回は違うわ…わたしは「追う側」なのよ…
 ほんの数十センチで体の部品も散らばってる」

「シカシ…コノ数十センチガ…永遠ニモ通ジル道程…」

「スタンドに触れようと…したならね…」

わたしの凍りかけた左腕がスタンドの足元に散らばる鉄塊の一つに手を伸ばした。
それは「本体の頭」

「…ふふ…、やっと…捕まえたわ。
 名も知らないスタンド使いさん…わたしはジョーン。
 …ああ…勿論貴方を殺した人間じゃあないわよ…聞こえるかしら…凍ってしまった貴方の魂に…」



ジョーンが予言したとおり、ルナは最初取り乱しジョーンの名を呼び続けたが
問いかけても無駄な事も判っていた。
基本的に音が聞こえない世界(空気がないのだから)でほんの僅かジョーン本体を
包む程度の空気の中でも、それが限界に達し、体の末端から崩れ落ちたのだろう、
判っていた、今ジョーンは普通の人間なら生きていられるはずのない状態で
それでも必死に状況を打開しようと奮闘していることが判っていた。

歯を食いしばり「状況」に耐えるルナに

「気休めかも知れないけど、ルナ、ジョーンはまだ生きている。
 確かに…酷い状況っぽいけれど、ジョーンの生命力はまだ負けてない」

そこへポール達が戻ってきた。

「ジョーン君がどうかしたかね」

思いつく限りのことはやって見たけれど、結局列車そのものを破壊する以外に
どうあっても運行は止められないようだった。
最終的にはぶっ壊すつもりだったウィンストンも流石に躊躇した。
それはどう考えてもテロリズムだし、といってスタンドと言う概念から
駅員に話し協力を申し出るにしても、政府に取り次がねばならない、もちろん
登録スタンド使いと言うだけでそんな権限も伝手もないのだ。

「…電話は通じているわ…でもジョーンは通話すらもパワーの要る状態みたい」

ルナが絞るようにやっと一言声を出した。

「うん…でもジョーンは間違いなく今…スタンドそのものではなく…
 鉄の塊…? そちらに触れてるよ」

「…信じるしかできない、あたしらにはそれしかできない…ッ!!」

「信じらんねーっ! クレイジーだよ、お前らッ!
 確かに放っておいたらやべーだろーが、何でここまで必死になってんだよ!」

スティングレイが思わず叫んだ。

「…俺は野良スタンド使いだった。
 能力を磨くために野良試合やら殆ど殺し合いのようなこともやった
 …十年前まで不定期にロンドンでやってたトーナメント試合なんかも
 一匹狼気取って結構いいとこまで進んだもんだな、今のお前のよーな感じだったろうぜ。」

ウインストンがいきなりそんなことを話し出した。

「…俺に人としての礼節って言うか…「人としてのプライド」を教えてくれたスタンド使いが居た。
 「相手を殺す」以外なんでもありな試合の中でもそいつは相手に礼を尽くし、
 常にお互いが全力でぶつかれるよう心がけてた。
 そうだな…ちょっと印象がジョーンに似てるかも知れねー。」

「女だったのかよォー?」

ケントの茶々にも似た言葉だがウィンストンは

「…ああ、日本人でな…まぁそいつ…その「人としてのプライド」のせいで
 反則ヤローに殺されちまったんだが。」

「しんじまっちゃーよー、何にもならねーだろーがよー?」

スティングレイが口を挟んだ。

「人を羨ましく思うのはいい、だが妬むな、恨むな、
 やるだけのことをやってダメだったのなら、それがどうあれ自分の実力だと
 そいつは言って死んだんだ。
 …自分さえ良ければ…自分が強ければそれでいいと思ってた俺に
 そいつは死を持って「人として守るべき人としてのプライドがある」
 ってことを教えてくれたんだ。」

「それがこの通りすがりの事件に何の関係があるってーんだよーッ?」

「いきさつはどうあれ…無残に殺されたスタンド使いが居る
 スタンドに独立した意思があるかはわかんねえが…本体を守ろうとしている」

そこまで来てルナが叫ぶように

「「放っておけない」…そういうことよッ!
 あたしたちは…スタンド使いの人間として…ッ!」

「スタンドは普通の人には見えないからね…
 こんな戦いがあって死んでもスタンドは本体を守ろうとしてるんだよっ…て
 説明なんて普通に人には出来ないからね…」

アイリーが「スタンド使いとしての立場の難しさ」を改めて思う。
そしてポールが

「…我々が後始末をしなくて誰がするというのだね…?」

「列車が走り出したとしてもよォー…ジョーンが動けねーようなら
 俺はそのときは列車を半壊させてでも止めるぜぇー…勿論誰も傷つけねーでだッ!」

スティングレイはK.U.D.Oの面々がまくし立てたせいでちょっと泣きそうな表情になりながら

「…やっぱクレイジーだぜー、おめーらよーッ!」



「………聞こえるかしら…? 携帯電話の…向こうの声が…」

オーディナリーワールドの力で何とか「糸電話のように」音を鉄になった本体の頭部に伝える。

「…貴方の「死」は痛ましいことだわ…野良試合なんて尚更許される対戦相手ではないけれど…
 どうあれあなたは敗れてしまった…貴方の命の残り火を必死で守ろうとしている貴方のスタンドは…
 このままではエジンバラとロンドンの線路を寸断してしまう…」

「ジョーン…一瞬シカ開放デキマセンガ…」

「ええ…やって頂戴…
 目覚めて頂戴…名も知らないスタンド使いさん…
 貴方を放っておけない…その声を貴方に届けるために…
 ………オーディナリーワールドッ!!」

オーディナリーワールドがその能力を最大限に奮う!
と同時に辺りが一気に濃霧に包まれる!
彼女は一瞬だけ辺りを常温に戻した、凍っていた時間を溶かした。

「届いて頂戴…ッ! 貴方が安らかに眠れるように…わたしたちの気持ちを…ッ!!」



「!」

ルナの持っていた携帯にルナが反応した。

「今…ジョーンの声と、環境音が聞こえたわ…!
 聞こえるはずのない環境音が!」

ルナが報告した時に列車が動き出してしまった!

「あ、ああ…どこから何を言おう…絶対零度領域が少しの間だけど常温になったの…ああ…列車が…」

アイリーが報告すると、ポールが

「オーディナリーワールドだね、何をするためかは判らないが…」

「オーディナリーワールドは確かに強いスタンドよ、
 ジョーンもかなり歴戦のスタンド使いだわ、でも…あたしは知っているッ…!
 彼女の能力に「絶対」はないと言う事をッ!」

「でも…」

「彼女は「死ねない」といったわ、スタンド効果なのか…
 彼女はそれを逆手にとって死んでもおかしくない状況にあえて身をおいてるのよッ…
 止めたかったけれど…だけどあたしたちにだからといって何が出来たわけでもない…ッ」

考えてみれば他に誰が絶対零度なんて制覇出来たろう?
何が手伝えただろう?
…何も出来そうにない…それはそれぞれのスタンドの
属性によるものだと言ってしまえばそれまでなのだが…

皆一瞬黙った…しかしケントが気づいた。

「おいよぉ…徐行運転だけど…もうすぐ「現場」だぜェーッ!」

「ケントッ! なんでもいい、スティングレイ! おめーもだッ!
 知恵を貸せッッ!! 列車をなんとしても止めなくてはならねえッ!!」



一瞬動いた「世界」一瞬動いた「時間」

彼らの叫びは届いたのか…?
さすがのジョーンも意識が遠くなる、このままでは生命維持凍結になる。

虚ろになってゆく意識の中で…鉄の頭部から煙のような…
立ち上ったそれは…そう、彼の…魂。

「…スタンド使いなんて便利な言葉は最近知ったが…
 こんな力を持っている以上はいつかこんな日が来るだろうとは思っていたよ…」

「…目覚めたのね…」

「わたしのスタンドが…とんでもない事態を引き起こしてしまったようだ…
 君の体も砕けさせてしまったか…」

「…いいのよ…これはまだどうにでもなるから…それより…
 残念だけれど…まだ「肉体」…たんぱく質の塊の状態だったなら…
 あるいはどうにか出来たかもしれないのだけど…ごめんなさいね…
 鉄とシリコンがメインの状態からでは…救命活動が間に合わない…」

「…仕方ない…さっきも言ったろう?
 いつかこんな日が来ると…
 なぁ…君…私もこのまま行くべきところに行こうと思うのだが…
 一つ頼まれてくれないか…?」

「…ええ、その為に…わたしはここまで来たのよ…
 わたしはジョーン、ジョーン=ジョット。」

「私はダン=ヒル…ほんの…この線路から木々を抜けて…
 ほんの500mくらいのところに雑貨屋がある…
 妻に一言だけ伝えて欲しい…月並みだが…」

50歳ほどのその穏やかそうな男性は「その一言」が言えないらしい。
恥ずかしいようだ。
可愛らしい、そして羨ましいとジョーンは思いながらも

「判っているわ、わたしに向かってその言葉を言わなくても…」

思えばこのダンという男、スタンドという概念を最近知ったと言うくらいだ
登録もしていないどのくらいの数が居るのかも判らない、どのくらい
力や能力にバリエーションもあるのかも判らない。

そんな状態で、自分の真の能力に目覚めた時が死ぬ時だったのだろう。
この上ない無常を、ジョーンは感じた。

ジョーンの死守すべき上半身や頭にもヒビが入る、もう持たない

「承ったわ…必ず伝える…」

「済まないね…君もそんな姿にしてしまって。
 さぁ…思い残すことは無い、行くべきところに行くのだ。
 我がスタンドよ…君に名前をつけることも無かったが…
 今名づけよう…アクロス・ザ・ユニヴァース、行くよ。」

「イエス、サー」

意思もリアクションも何も見せなかったスタンドが初めて言葉を発した。
…一気に回りが常温に戻る。
凍っていた空気が蒸気になって立ち上る。
遥か彼方に昇ってゆく彼とスタンドの姿は…その蒸気で見えない。

「…約束しちゃった…ふふ、さぁ…オーディナリーワールド、
 体を再生しなくては…まずいわ…痛みが戻ってきたの…」

仙道波紋は医療向き…とはいえ本来その人物の持つ自然治癒力を高めたり
その痛みを和らげたりする物だ、砕け散った体などどうすることも出来ない。

「とりあえず…生命磁気への波紋疾走…!」

左手に貯めた波紋で砕けた体を寄せる、スタンド能力でくっつけるしかないが
とてもではないが基底状態では膨大な時間が掛かる。

「骨と…血管…筋肉…直す箇所が…多すぎる…仕方ないわ…列車も迫ってくる…
 ほんの数秒だけ解放…するわ…」

「ソノ場合、代償ハ数日デス、ヤリマスカ」

「ええ…お願い、完全でなくでもいい、動ける程度に…!」



加速し始めた列車の窓からケントが前方を見てた。

「ウインストンッ! 300メートルほど先か? いきなりすげぇ霧だぜ!」

その時アイリーが

「みんなッ! 一瞬じゃあないッ「現場」が常温に戻ったよッ!」

「…どうやら「成功」したようだが…間に合うかね?」

「間に合わせるしかねェッ!……しかしッ
 俺の風で列車を止めるほどの風力は出せねェ…
 出せたとしてそれは先頭車両の転覆を意味する…ッ!」

そんな時スティングレイが

「おい、標識や信号はどうだ!? お前「風使い」だってーんならできるだろー!?」

「それだッ!!」

ケントの隣にウィンストンが割り込み

「風街ろまんッッ!!! 暗闇坂むささび変化だァァアアアーーーッ!!!!」
「テヤンデェェェエエーーーーーッ!!!!!」

最大風速の威力を薄く薄く風のカッターにして信号を切る、そしてそれを線路側に倒すッ!

運転手がビックリしてブレーキをかける!
皆が慣性で前にのめる、体制を崩しながらもアイリーはモニタリングを続けた

「うっわぁぁああっ ダメだよッ!
 このペースじゃ…ちょうど「現場」辺りで止まっちゃうっ!」

ジョーンに注意が行過ぎてた余りに状況についてゆけなくなってたルナ、
彼女が持ってる電話にジョーンが出たらしい。

『ごめんなさい…ルナ…無傷とは…いかなかったわ…』

「なにいってんのよッ! そんな事もうどうでもいいのよッ!
 動けるなら早く動きなさいよッッ!
 列車がギリギリ貴女の上で止まるペースなのよッ!」

そのやり取りにケントが

「ちっくしょぉぉぉおおおおーーーッ!!
 止めてやるッこの俺がよォォォオオオオーーーーッ!!
 フォーーーッッエンクローズドッッウオーーールズゥゥゥウウウーーーーッ!!!」

「おいっ! まさか列車を破壊してでもって言うんじゃあねーだろうなッ!?」

「10メートル…5…3…ああッ!」

アイリーももうモニターするのが辛くなったようだ、列車のブレーキ音が響く!

「ジョーーーーンッ!!」

アイリーが叫びながらモニターしてたスタンドの糸を解き、先頭車両の乗降口まで出て
線路の先へ糸を投げた。

凄いブレーキ音の後に不意に列車が止まった、しかし…なんと表現したらいいのか
壊れた風でもなく、弾力ある柔らかいものにぶち当たって包まれたような。

先頭車両の先はまだ絶対零度から復帰して間もない、凍ってた空気の蒸気で
気温もまた低いところとまぜこぜになって水蒸気も酷い、

皆も乗降口付近に殺到したいのだが、一気に押し寄せたために客室通路から乗降口まですら
出られなかった。

止まった拍子で開いた扉からは濃い霧が入り込んでいる…。
その向こうから…重そうな足取りで線路に敷き詰められた石の上を歩く音。

足を上げることも出来ず、背筋を伸ばして歩くことも出来ないゾンビのようなシルエットだが…
乗降口まで来た所で、タラップを上がる事も出来ずにジョーンは気を失いそうになった。
そこへ乗降口から一番近い窓を飛び降り、ジョーンに掴みかかるようにして
飛びついたのは、ルナだった。

辺りの霧も少しずつ晴れてきて、ジョーンの惨状がよく判った。
全身「砕け散ったのをやっと解凍して何とか繋ぎ合わせた」という程度で全身も血だらけだ。
比較的損傷の少ない左腕にルナの携帯電話と、アイリーの「糸」が握られていた。
「やっと繋ぎ合わせた」右手で抱えた物は証言から推理すると「本体のなれの果て」のようだった。

「貴女しか…貴女しか出来ないことだったからって…貴女…何やってんのよ……ッ!!」

ルナは泣いていた。

「ごめんなさい…戻るまでに無傷になればって…そう思ったのだけれど…」

「…はったおしてやりたい…往復ビンタでも足りないくらい…!
 でもこの体中の傷がもっと酷いことになったら…あたし治したくて…うずうずするのよッ!」

スタンド名の名乗りも上げてないのにフュー・スモールリペアーが現れた
そしてジョーンに触れると彼女の傷は一瞬に消えた。

「…彼女の能力は確かに瞬間で効いたが…傷口をなぞりながらだった気がするのだが?」

ポールが口を開いた。
こないだ全身治療を受けたばかりのケントが

「…あとよォ−…腕なら腕、足なら足…って感じだった気がするんだけどなぁー」

「そういやケント、オメーの壁も「ただの実体化」を越えてたようだぜ?
 …アイリーも無意識だが糸の状態でジョーンに命綱渡したよな…」

「皆…テンションが高まった…そういう事だね、では、私の出番だな。」

そのやり取りを聞いてたジョーン、自分の胸で泣くルナを慰めるようにしながら

「…ポール、運行に支障はなくても…一時間だけ停車するように常務員さんを説得して」

「…うむ、その右手に抱えた…「彼」の遺族に会うのだね?」

「…ええ、約束したのよ…月並みだけれど…精一杯の気持ちっていうのを伝えなければ…」





さて、〆は私、ポールが再び担当しよう。
電車内での「一時間の停車」を実況できなくて済まないが、それは済ませてしまった。
安全点検やら線路の保守やらの正論から、イギリスでは去年…2006年にテロがあり
その暮れにはロシアのスパイによる放射性元素を使った毒殺など物騒なこともあり
「念のためにもう一度」ということで通したのだ。

ジョーン君の証言通りに進むとそこに雑貨屋があり、そして我々は
「ダン」と名乗った被害者の妻に対面する。

「…やはりこんな事になってしまったんですね、昼ごろ、家に…ここに突然やってきた人が
 「俺と戦え」って家を破壊する勢いでね…でも、私も…妖精の加護…というのか…
 「スタンド」というらしい力を持っていて…家は守れたのです…
 「オ・バナティ」というのですが」

「ゲール語で「家の女」というかそう言う意味よ、自分の領域を無条件で守るスタンドなのでしょう」

ジョーン君の解説に皆納得する…うん?
我々に違和感を覚えたルナが

「あなた、関わり合いになりたくないとか言ってたのに」

「…結局列車が動いて止まるまで関わったわけだしよー…オレ唯一の目撃者だろー、」

おお、スティングレイ君か、成る程、しおらしい。
夫人は状況を聞いた後

「…主人の能力は普段であればそんな絶対零度とか…そんなのじゃないのよ、
 ごくごく涼しく、冷たくあるものを保冷する、くらいの…ささやかな能力。
 オ・バナティの力で家は守られそうだけれど、このまま引き下がるとも思えない勢いだったのね、
 「仕方が無い、相手をしてくるよ」そういい残して行ったの」

ジョーン君が「ダン=ヒル」の鉄になったなれの果てを彼女に差し出しながら。
(ルナはダンの遺体が鉄だけではなく何やら色々混じっていることを気に掛けたが
 割合としては8割鉄だった)
鉄塊になったとは言え、彼の面影は残っているし(1/2スケールほどの彫像のようにも思える)
それはまさしく「夫の死体」なのであった。

「「愛している」と貴女に」

ジョーン君が肉体の状態にも戻せると言ったが、
彼女は「これが亡骸だというなら、それでいい」と言った。
この夫婦の愛情に我々も少し感傷に浸ったが、言わねばならない。

「奥さん、相手の男の能力は非常に恐ろしい、しかもかなり場当たり的というか、
 かなり…コホン、若者風に言うと「キレた」男のようですな…
 家を守るスタンドを持っておられると言っても…絶対の能力ではないでしょうし…
 少しの間だけでも避難されてはいかがですかな…?」

しかし彼女はしっかり言った。

「オ・バナティが破られて私も襲われ鉄になるというのなら、それもいいでしょう。
 この人の隣で鉄になれれば…」

もう、何も言えない。
愛の形にはそれぞれある、これも愛の形なのだ。

我々は改めてお悔やみを申し上げ立ち去ることしかできなかった。



帰りのちょっとした草原で、あとこの小山を超えれば割と直ぐ列車、という場所だ。
珍しい事に気持ちよく晴れていて、空にぽつんと一つだけ雲が浮いていた。

ジョーン君がそれを見上げて微笑み、

「…この空…この雲…」

斜面に仰向けに寝転がった。
ジョーンのいきなりの行動に一番反応したのはルナだった。
まぁ、今回彼女はかなりひやひやさせられたからね。

「どうしたの?」

純粋に心配しているようでもあり、何か深く探るようでもあり、ルナは複雑な心境のようだった。

「…あの日もこんな空だった…青空に小さな雲が一つぽつんと浮かんでた…
 そしてそんな空を…幼かったわたしはこんな風に見上げてたのよ。」

それを聞くと、全員が…なぜだかスティングレイ君までも空を見た。

「あの日って…?」

ジョーンの横に腰をかけ、同じように空を見上げてルナが言った。
ちょっと怖いことを聞きそうだ、という恐れも感じるね。
でも、ジョーンが語りたいのなら、受け止めよう、そういうルナらしい優しさも感じる。

「…わたしが…一人きりの放浪の人生を送るきっかけになったあの日
 何歳だったのかな…もう覚えてないけれど…夏だった、ふふ…そこはここと違うわね、
 イタリアの片田舎で…当時はイタリアなんて国は無かったけれど…」

さり気無く…また皆が凍りつきそうな台詞だね…

「夕暮れにこんな空を見上げて…お母さんの夕食に呼ぶ声に帰ろうとしたのよ…
 そうしたらバチカンの方から司祭が兵士を沢山連れて押し寄せてきたのよ、わたしが魔女だ、と」

「…スタンド能力者なんて…1980年代も暮れになってやっと生まれた概念だものね…」

「悪いことばかりじゃあない、その時ただただ怖くてその場で震えてたわたしの前に…
 司祭の前に立ちはだかって守ってくれた人たちが居るのよ」

「…そいつらもスタンド使いだったのか?」

ウインストンも会話に加わった。

「…よく覚えてないの、必死だったから。口々にわたしを励ましてくれて「逃げろ」って。
 …六人居たのよ、男女混合で…そうね…よく覚えてないけれどケント君に似た人がいたような…」

「お、オレかよぉー?」

「でも、まさかよ…w だってそうでしょ? そんな昔にw
 暗がりに兵士たちの持つたいまつの明かりで殆どシルエットだったし、本当によく覚えてないの、
 真ん中に居た女の人は振り返りもせずわたしに行ったわ、「ベネツィアに行きなさい」と。」

「…何でまたいきなり」

アイリーがそう言うと

「…わたしも判らなかったけれど、とにかく向かったわ、でも「追われる身」で逃げ込む場所として
 ちょうど良い場所がそこにはあったのよ、それが「波紋の修練場」
 …波紋の修練はとても厳しく激しいから…死ぬものも出る。
 でもだからこそ、治外法権的なものがあったのね」

「…なるほど、道楽で身に付けたわけじゃあなかったんだな」

「…増して「美容のため」でもね」

ウインストンが言うとルナも言った。
どうやらアイリーにかつてそんな風に波紋習得の理由を語ったらしいね。

「あの日に似てる…」

「いいえ、違うわ」

ジョーンのつぶやきにルナが言った。
ジョーンがルナを見る、きっぱり「違う」といったルナに意識が行ったみたいだ

「その日はジョーンが一人きりになった日かもしれないけれど、
 今日のこの空は…一人オマケつきの七人で見ているのよ」

「オマケ…オレかよ」

ちょっと寂しそうにスティングレイの小さなつぶやき、わたしは思わず同情して彼の肩を叩いてやったよ、うん。

ジョーンはルナを見て、今まで見慣れた静かな微笑ではなくかなり実感のこもった嬉しそうな微笑になって

「…帰りましょう、ロンドンに。」

ジョーンは起き上がった、と同時に列車が警笛を鳴らした。

まずい、寄り道が過ぎたようだね、急がねば置いてゆかれるよ?

六人と一人は草原を走りぬけた。


第三幕 閉幕

Episode2(Retake)終り。

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