L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Fourteen

第六幕



茸の封の一カ所が破られようとしている、やはり一点集中でまずは突破を試みるか!
摂津がその部分の補強に…と思った頃、弓は「そこへ向け」その弓とそれに合わせて作った
四尺以上もある矢(矢は通常三尺ほど)を目一杯引いてそこへ轟々と青白い光が鏃に集中している

「弓様! それではあなた様にも被る恐れが…!」

作戦は判る、でも少々無茶だと摂津は思わず声を上げた。

「あの時は…不意で御座いました、あの時とは違うッ!」

守でさえ聞いた事のない弓の張った声、二度同じ事は繰り返さない、その強い意志だった。

摂津はそれに突き動かされそれならば、と逆に飛び詞で…封を更に縮めた!

「そう…それで良いのです、今カラビト達は窮屈に思いつつ出られるかも知れない事
 出てしまえばこっちのモノだと浮かれている事でしょう、しかし!」

弓の矢が放たれる、矢にあるまじき早さ、鋭さ、威力! 一瞬封を突き抜け
僅かな隙間からどんどんしみ出そうとするそれを巻き込む巨大な祓いの波動!
そしてそれは茸の中心にまで及び封の中で更にその茸を押しつぶし一点になったところを
その反動も手伝い破裂させ…

…る前に弓は既に次の矢を放っていた、そしてその次の矢に合わせて摂津も封を更に重ねる!

強烈な光が山腹のある一点で光ったのを、この山が見える位置に居る人なら誰もが見た事だろう。
実際それは直上の雲すら照らしたのでその雲が見える範囲の払い人は皆それを見ただろう、
フィミカ様にも匹敵しそうな…しかし光自体は白っぽいとは言え青なのでそれは十条…
弓の最高の一撃なのだ、と。

それは勿論都の稚日女と芹生にも見えたし子供達も見た、
交流を持つ払い人の間だけで通じるという心の声が、聞こえてきて稚日女も久しぶりの祓いで
子供を守りつつ、芹生がカラビトだけでは無い、それに乗じて悪行を働く霊も合わせ昇華・浄化し、
ブランクある母の為に子供達、特に上の子は母を守るため、戦っていた時にそれを見たのだ。

弓の本気、祓いの心の真骨頂、あれを育てたのだ、稚日女と芹生がそう胸に刻み、
そしてまたお互いを見て頷き、自分たちの為すべき事を果たして行く。
特に稚日女の勘の戻りが鋭くなった、全盛期に及ぶほどの動きとキレを見せ始めた。
あれに報いなければ、師として申し訳も立たぬ、あれを育てたのは我らだと胸を張れるように。

現場に戻り弓はそれに慢心する事無くどんどんと封を重ね、破裂でどんどん浄化され消えて行く封を
補って行き、這々の体で逃げだそうカラビトがあれば力はその小さな一つに至るまで容赦せんと
全力でそれを素早く祓い、そして摂津が

「ええい、洒落臭い(しゃらくさい)!」

弓の封を堅牢にカラビトを最後の一つに至るまで浄化させんが為に破裂による物凄い
浄化で消えゆく封を重ねたり、穴が空きそうな部分に補充しつつ、
振り向き口早に左手へ詞を込めるとそれを背後の空へ投げ、それは投網のように
大きく広がり絞り、一気に大量のカラビトを諸共浄化した、摂津も燃えている。
詞の同時掛けなど上級でも更に上の技である、摂津もそこへ上り詰めた。

力の赤い光も轟々と、触れようとするだけで浄化されるほどの勢いとなっていた。

そして弓は…

「浄化はします…ですが貴方達は力を弱めるばかりで消えない事でしょう…だから…」

再び矢を射んとする弓の轟々と青白い光を滾らせた矢。
しかし弓はそれと同時に飛び上がり、浄化され行くカラビト茸の真上に来た時

「お帰りください、何もかもを燃す大地の中へ」

空中で矢を射る、その勢いの相殺で弓は跳んだより上に持ち上げられるが、
祓いの矢は矢張り矢とは思えない一直線でカラビト茸まで来た時それを封の玉で包み地中深く押し込んだ!

ややも地鳴りのような音と揺れ、摂津がはっとして

「封鎖に使った石に祓いを込めて穴に落として行きますよ! 全員です!」

茸番の払い人から摂津も力も、茸から五尺ほど離したところに石を積み重ね人が通らないように
して居た訳だが、それを更に出てこられないようにするための蓋とすべく祓いを込めて落として行く。

守は石の一つに自分の名を刻んだ。
いつもの簡略ではない、自分の名を刻み、そして石の最後の一個となったそれを重くても自ら運んで
その穴に落とした。

「出てくるんじゃないよ」

守がそう一言。
そして上から弓が落ちてきた、力が気付き受け止める。

弓は気を失っていたが、その表情はやり切ったという満足げな物であった。

「まさか深く深く地に押し込めるだなんて、何て言うかこの細い体に見合わず豪快な人だなぁ」

摂津が「この人には敵わない」という感じに頭を掻きながら言うと。
力と守は笑ったが、周りで参加していた払い人にとってはとてつもなく高い天井を見させられた体験だった。
そんな時、守には聞き慣れない年の頃十三程の女子の声で

「ほうほう、なるほど荒れ狂う地脈まであやつらを押し込んだか、まぁ流石のあやつらも
 この大地その物には逆らえまいよ、よくぞやったな、皆の衆」

いつの間にかそこに居た巫女姿のその少女、それを見た瞬間摂津と力が固まった
そしてすっ飛ぶ勢いでひれ伏す

「ぇえい、やめい、言って居ろう、わらわが欲しいのは今お主らがやったような仕事であって
 わらわに頭を下げる事では無い」

「いえ…そうは仰いましてもですねぇ」

摂津の言葉に力も同調し

「これはもう身に染みついております…ご勘弁くだされ」

「わらわが頂点などと言う物であったのは遙かな昔じゃ、今更担がれとうないと言うに…」

「お言葉ですが過去形であったにせよ、現段階貴女様は確かに誰よりも強い、
 祓いの頂点とはそう言う意味もあります」

守がその摂津の釈明に驚いて

「えっ、強いの?」

「そこそこじゃよ」

「どっちなの」

摂津が守に向かい

「いいかい、今私達は四人…番も含めたら六人ほどでカラビト茸を始末したよね、
 このお方なら、ただ一人でそれを成し遂げてしまっただろうね」

守が「ぇえーーー」と驚きの声を上げるとその少女は

「この山が吹き飛んでも良いならのぅ、それにこの祓いはわらわがやる訳には行かぬモノじゃ
 わらわがやってしまっては意味が無い、お主ら全員で知恵と力を合わせ成し遂げて、
 そしてそれを後世に伝えてこそ意味がある、実際弓がここを見つけてからわらわは
 時々立ち寄っては注視しておったに留めた」

弓を知っている?

「あの…失礼だけどどちら様で? あ…、あたしは守、それ以外の名は無い、
 近くの古い偉い人の墓守の家系っぽい、で…、弓と暮らしてる」

その少女も「これはこれは」と軽く頭を下げ、そして言った

「わらわはフィミカ、お主と同じくそれ以外の名は無い」

一瞬間が開くが守が声を上げ、ひれ伏す祓い人達の中に入る

「おいおい、おぬしまで」

「いえ、これは守としてじゃない、弓に眼を有り難うございます!」

フィミカ様はにんまり口の端を上げ

「よい子を見つけたな、弓、気を失っておるようじゃがよくやった。
 後はもうお主の好きに生きるが良い、わらわの二番煎じなどする必要も無い
 摂津と力も良くやった、おぬしらももう下積みである必要は無い、好きに生き後進も育てよ」

全員がひれ伏すと

「一人くらい頭上げんか、いや…うーむ、ではわらわは行く」

ヤレヤレという感じに一言と思うとその気配が消える。
全員が顔を上げると、そこにはもう誰もその気配も無かった。

「気紛れな方なんだ」

摂津が守にそう言うと

「でも何かちょっと寂しそうだったかな…」

力が立ち上がりつつ

「担がれたくないと仰っても我らにはもう染みついて離れぬ、あの方こそは何がどうなろうと
 我らが従うべきキミメ様なのだ」

「山一つ吹き飛ばすって言うのも本当だよ、実家の裏手にあったらしい山、
 かつて吹き飛ばしたらしいからね、記録にある」

ひょえーと守が思いつつ

「あの人って幾つなの?」

力がそれに

「誰もその詳しい暦は知らぬ、当のフィミカ様でさえも」

「ただ…そうだね…ええと(指折り)三百年ほどは生きているんじゃ無いかな」

「はぁーーー?」

「いやいや、これには祓いの家系とに纏わる色んな話があってねぇ…」

ともかく、大仕事は終わった、摂津や力と共に家に戻る守と弓、
フィミカ様の事も聞いたけれどいまいちピンとこない、でもそんなに長くあの姿で生きていると言う事は
やっぱり寂しい人生だろうな、と守は思った。



幸運な事に、弓はそのまま住む事が許された。

それを記してか弓はどこからか桜の苗木を持ってきて家の近くに植えた。

後追いをする事はない、とフィミカ様に声を掛けられた事は守や大和組から聞いたが
方々で足りないと言われた祓いの手助けにはそれでも回った。
そして、村にも貢献した。
陰気の失せた村には再び寺が置かれ、今度はまともな坊さんが来たようだ。
弓が言っていた水源も掘り当てられ、土地は更に開拓された。

大和組二人も一つ上の立場になり、しかしそうなると動く事もままならないと
愚痴のような手紙も来て弓や守の頬を緩ませた。
しかし機を見て今度は墓を検める事を望んでいると摂津が書いている。

弓も二人への返礼に村の変化、自分たちの事、墓を検める件はそちらに任せる事を書いて送った。
名は守と弓の連名になっていた。

何もかもが順調に動いていた。

ただし、弓の体には変調が来し始めて居た。

先ずは愛し合っていた時に弓の胸にしこりがあると守が気付いた事から始まる。

肝臓の時は先ずそれがどんな状態であるのかをつぶさにするために腹を割ったが、
それが腫瘍である事が判っていたので今度は守の陣と、弓の詞と稜威雌の力で押さえた。

それでもそれが済めばまたしばらくは何事も無く過ごせるのだ、
だからついつい、徹底的に全身を検めると言う事は伸ばし伸ばしになってしまった。

武士霊団との戦いも再開された。

ただ、弓の最高の一撃を目の当たりにした者も居る、自ずと悪霊の中でも魔に近い
強力なモノが勝負をしかけてくる。

そのたびに弓は誰にも累の及ばぬ場所で返り討ちにするのであったが

組織としてはNo2に当たるというモノが来た時である。
いつものように先ずは弓矢で戦うと言う段に武士魔は弓の右腕を落とす。

「やれやれ…何故貴方達はこうも右腕を落とす事が好きなのでしょうか」

呆れ返りつつ、弓は旅立ちの日にそうであったようにそれを拾おうとする、
しかしそれこそが武士魔の作戦…!

素早い動きに振りかぶられる太刀!
屈んだ弓を袈裟懸けにしようとしている!
遠くで見守る守も手を握る…

…しかし、武士魔の一撃は弓まで届かず、屈んだ弓の左手から肩に担がれた稜威雌が
いつの間にか刃をむき出しており、それが先に武士魔の腕を落とす

「これも隙だと判っておりますよ、そしてそれも利用するのです」

旅立ちの日にそうしたように、祓いの力で鞘の刃側を透過させ抜く事無く鞘だけが地面に落ちるその時、
左腕一本で振るわれた稜威雌に武士霊は斬られ、そして浄化されていった。

守はほっとする、また勝ったのだ。

そして、落とされた右腕を見つめる弓が何かを思っていた。
どうしたのだろう、いつもなら直ぐくっつけるのに。

家に戻った弓は守へ

「守、守りと癒やしの陣をお願いします」

「え、何かあったの?」

「また知らぬ間に腫瘍が出来ていたようです、丁度良い、全身検めると致します」

「判った、ちゃんと治そうね」

弓は微笑んで

「はい、ちゃんと治します」

陣が展開され、弓は寝床に右手をくっつけながら横たわり、そして稜威雌を抱えて眠りに入る。

守がそれを少し心配そうに見つめながらも夕飯の支度を、と戸を開けた時である。

『我が名は三河島 千住(みかわしま せんじゅ)、その命穢したくなければ我には触れぬ事だ』

守が愕然とする

「なんで…! いつも襲いかかってから間が開くのに!」

『副将が言う事も聞かすに出て行きそして呆気なくやられたとあっては団の危機…
 カラビトの巣も無い今誓約も何も無い、このままどちらかが生き残るかを賭けた戦いを所望する』

守は今深く休養に入った弓を見て

「ダメ! そんな事はあたしが許さない! 今弓は…あんたらなんて相手している暇は無いんだ!」

『病魔に冒されておるのだろう?』

「…! 何で知ってるの」

『カラビトを浴びた時から、それはいつか早まる事と決まっておった。
 我らにだけ毒な訳が無かろう、祓いであれば更に猛毒として既に体を狂わせ始めておったはず』

「弓はじゃあ…知ってて」

『いや、肝の臓を最初に患ったようだと聞く、あれは分かり難い、気付いた時には手遅れである事も多い
 それをここまでやって来たのだ、天晴れなモノでは無いか』

「気付いた時には手遅れって…そんな恐ろしい」

『良いか娘、生まれてきたからにはいつか死ぬ、それを超越しようとすれば強烈な歪みを生む
 それに抗う事が出来るモノは基本的に居らぬ、死をも覆すほどの力が欲される、
 しかしそれはフィミカでさえ持っては居ない、あれが若いままで居るのは
 外からそういう効力を足されたからだ、あれは「死ねない」のだ』

彼女がなんとなく寂しそうなのが判った、守は複雑そうな表情をするが

「でも…今はダメ! せめて今の治しが終わるまでは…!」

『五年が十年になるくらいの事だぞ、それに放っておけばそれはどんどん体を蝕む、
 今なら「最高に近い状態で」戦えるのだ、娘、そこをどけ』

守は三河島の前に立ちはだかり、石を取り出し枝を構え、目に涙をためつつ

「五年が十年でもいい、その間を…弓と生きていたい!」

『長く生きる分、余計に弓は苦しむぞ、それでも良いのか』

そう言われると、守の心に迷いが生じる



「わたくしの体は矢張りもう死への坂を転げ始めて居ましたか…もう少し…早くに
 その覚悟さえ出来て判断さえ適切ならその十年を二十年に出来たかも知れないのに」

稜威雌の中の寝殿だが、外の会話は聞こえていた。
稜威雌も幾分辛そうに言う。

『肝臓の病などそうそう気付かなくても仕方ありません…』

「あの時帰るのをもう少し延ばしてでも全身検めていれば、と思うと悔いもあります」

『しかしそうなると、貴女は無防備で悪霊の襲撃を受けていたかも知れない
 …残酷ですが…ある意味必然だったのか…』

「守を助けなければ」

『今起きてしまいますと十年が五年に、五年が二年になりますよ…』

「守の無い人生など…わたくしには死んだも同然…あの子もわたくしの病を知ってしまった。
 もう何を今更ですよ…残された時間を…悔いの無いように…それだけです」

『私はまた残されるのですね』

「生まれたモノはいつか死ぬ…わたくしが貴女に纏わる神にでもなれば話は別でしょうが…
 そうでないならそれが何年先であろうと…必ず訪れるモノです…
 もう、恐怖は無い、見えぬ先に恐れもしますまい、死ぬために生きる、それもまた道…」



「弓なら…例え苦しんでもあたしと生きる事を選ぶはず! 絶対に通さない!」

『ええい、お主らの間柄など知った事では無い、どかぬと言うなら、斬る!』

抜かれた刀の物凄い早さ、守は死を覚悟した、
自分とした事が、死に急いでしまった、弓、ごめんなさいとそればかりが心を駆け巡った。

…刀は守の手前で弾かれ、刀が浄化される。

守が振り向くと、そこには着流しの弓が矢を射たところであった。

「そう…例え苦しんでも共に生きる事を願います、例え十年が五年に縮もうとも、
 今この時戦わねばと言うなら戦いましょう、そして貴方を…浄化致します
 三河島様、わたくし十条弓…いざ…」

『いざ…』

三河島は全身鎧を纏っているし、顔も面で隠れている、しかしその面越しでも判る、
その邪悪に墜ちた魂は喜びに満ちている…!
刀の一本は祓われたがもう一本ある…、短刀でも無く、この武士の霊は常に二つの太刀を持っていた。

守は戦いの前に弓へ駆け寄りその胸元へ飛び込む、
泣いていた、もう終幕が近いなどと知りたくは無かった、でも知ってしまった。
そしてその近い終幕を更に縮める戦いなのだと知るともうどうしようもなかった。

「守…貴女さえ良ければ…日に日に弱るであろうわたくしと共に最後まであってください」

守の手から石がぽろぽろとこぼれ落ちる、
そして涙に濡れた守には頷くしか無かった、拒否したところで、命の終幕ばかりは
誰にも訪れる平等な出来事…

『娘をどけろ』

「諸共斬ろうとしないで先ずは言う辺り…貴方も矢張り人の魂ですね安心します」

弓は守を離し、家に入れ陣で自分の身を守るようにと告げそして三河島と対面する。
そして三河島が物凄い早さで視界から消えたと思うと…弓を構える弓の背後を取り背中に袈裟懸けを…!

「!!」

しかし、後ろに飛び退(すさ)ったのは三河島だった。
顔を覆っている、面が割れて浄化されて行く、弓は後ろ向きのまま後ろに矢を射たのだ!

「矢は必ず前に飛ぶモノ…などと油断はされませぬよう」

そしてそのまま弓は幾つもの矢を矢継ぎ早に射る、それらは前向きに飛ばされたが宙で
向きを変え、その全てが回避行動をする三河島に向けられる!
強い…、いや、カラビトのあの穢れを祓ったのだ、強いのは当たり前…
病に冒されようと、まだ元気な内にと戦いをしかけたのは三河島、しかし迂闊に近づけない、
そうこうしているうちに鎧がはぎ取られて行く。

『くそ…! 我をおちょくるか!』

「わたくしは常に真ん中を狙っておりますよ、避けようとするからそうなるだけです」

挑発だと言う事は知っている、だが我慢もならない、三河島が突っ込む!
弓は冷静に振り返り真正面から真正面へ射る!
それをかわし、弓へ今一撃を…!
と、背後から祓いの気…!

回避する三河島の兜にそれは当たり浄化される、今の矢は一度は躱される事を予期していた!

そして回避のため屈む形になった三河島の足下から白刃の光!

何とかそれをのけぞり回避するが、鎧は全てはぎ取られ、弓の右手には稜威雌が…!

『…そうでなくては…そしてそれを倒すので無ければ!』

残ったのは己と刀一振り、弓ももう矢が尽きていたので同じ状態だ。

突っ込んで刀を交える気の三河島に応えるように突っ込みつつ、弓はその勢いを逆手に取り三河島を
投げ飛ばすのだが、三河島も転んでただでは起きない人物のようだ、

『先ずは貰ったぞ…左足!』

弓は体勢を崩しかけるが鞘を杖代わりに立ち続ける。

『立ち尽くしたところで…! ハハハ! 貰うぞ、もっと貰うぞ!』

物凄い早さと鋭い太刀筋に左腕以外の手足が切り刻まれる!

「弓!」

守の声が響く!

「守…わたくしはまだ負けた訳ではありませんよ?」

左手で上体を起こしつつ、稜威雌の刃を食んで(咥えて)弓が静かに言った。

『だがもう風前の灯火! ろくに動けまい! ハハハハ!』

そして弓に迫り三河島の袈裟懸け!

『「!!!!!」』

守はもはやこれまでなのかと、そして三河島がそんな馬鹿な…という愕然を顔に表した

三河島の刃は弓の胸の間で止まっていた…いや、正確には…
胸に挟まっていた…守の石…!
そして咥えられた稜威雌の刃は三河島ののど元を真一文字に食い込んでいた。

「勝ったと思いましたね、わたくしはありとあらゆるモノを利用します
 守の思いのこもったこの石が…貴方の切っ先を止めるだろう事も…全て…そして…さらばです」

弓が首をひねると三河島の頭は切り離され、そして稜威雌を左手に持ち下から上へ思いっきり
祓いを込めて振り上げられた!

『そんな…』

「それが判らないから貴方は悪霊の頭領なんかになるのですよ」

三河島が祓われて行く。
毎度毎度酷い姿になって、それでも勝つ弓、稜威雌に寄りかかり、少し安堵の表情を見せた。

家から守が飛び出してきて弓の手足を拾う。

「もう…これで終わりだね…!? 頭領倒したんだから…!」

「武士霊団に関しましては…そうですね…でも…ほぼ終わったと思います」

上体を起こしていた弓が地面に寝転がる。
こんな事に慣れたくは無いのだが、守も手慣れたようにあるべき場所へ弓の四肢を戻しつつ、
回復の陣を敷く!

涙に濡れながらも守は精一杯気丈に笑って言った

「胸で白刃取りをしたのかと思ったよ…弓の胸ならあり得るかもって…w」

「ふふふ…、それも出来るかも知れませんね、でもやはり貴女の石は強かった、鎧以上に体を預けられる」

四肢の仮回復の後、今度こそは家で本気の長期にわたる治療に入った弓であった。



…長期療養から上がった弓はまた書状と共に武士霊団はもはや頭を失った物であるから
今のうちにその全てを叩く事などを進言して、そしてまたしばらくは同じように応援にも巡り
帰ってきて存分に愛し合ったらまた長期療養をして…というサイクルに入って居た。

守以外の書状などによる文面、弓は表向きは元気に振る舞った。
しかし早々にバレてしまった。

「なぜ…もっと早くに仰ってくれなかったのです?」

押しかけたのは摂津であった。
力ももう家庭を持ち、流石に気軽に出歩けなくなっていた。

弓と守は顔を見合わせ、苦笑の面持ちで

「この運命は…変えられないからですよ」

いつものように静かに弓が応えた、しかしその全身、痩せていた、明らかに。
八重桜の咲く頃、弓の植えた苗木はもうそこそこ高く育っていた。
でも、まだ若いその姿、精一杯咲きつつもまだ絢爛とは言えないその姿、妙に弓と重なる。

「やってみなければ判りません、とりあえず診せてください!」

そしていつものように陣と稜威雌と弓自身の祓いの他に…摂津の祓いも加わって
全身の整えが始まった…が、摂津の顔色は芳しいモノでは無かった、守は少しだけ期待していたのだが
矢張りダメか、と思うと努めて明るく

「ところで…何故判ったの? 弓の具合が悪いなんて…」

摂津が二人からの手紙を取り出して言った。

「短い線や払いなどはいいのです…ところが最後の…お二人の名前ですよ
 守の筆には動揺が見えるし、弓様の署名はよろけています、書き慣れた名であるはずなのに」

「判るもんなんだな…摂津も流石だね」

「判りたくはなかった…手も足も出ないなどと…」

そう、だからこそ明るく振る舞っていたのだ。
弓が言った。

「でも今ので残り一年が二年に延びたかも知れません、有り難う御座居ます」

「貴女様はその為に余計に苦しむ事になる…祓いもこうなると無力だ…こんな事思い知りたくなかった…」

摂津が涙に暮れた、流石に守も心を揺り動かされた。

「…でも知らないと先へ進めない事もある…どうか…これから中級以上の祓いには
 定期的に体を検めるように願います、早い段階であれば病魔といえど駆除も監視も容易な筈…」

摂津は涙に暮れながらもそれに同意し

「二度とこんな事を繰り返してはならない…承知します、だがそれで犠牲になるのが貴女様だなんて…」

「…そう言うモノなのですよ…多分…避けられない何か…
 祓いでどうにかなるなら恐らく既にフィミカ様がいらっしゃってるでしょう」

摂津は小さくそれに「確かに…」と呟いた。

「わたくしは…本来であれば死ぬような怪我を何度も負っている
 …それでも今の今まで生き続ける事が出来た、上出来です、ただ一つ…」

何も言わずとも判る、辛いけれど守はこういう

「せめてその時まではいつでも一緒だよ」

弓は頷き、微笑んだ。


第六幕  閉


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