L'hallucination 〜アルシナシオン〜

CASE:Twenty

第六幕



そのまま二日ばかり経ったが、特に向こうからやって来ることもなく、
ただ日中を方々巡り、夜は待ちの構えで野営をする。

「的外れとまでは言わないけどさ、何かやり方が違う気がする」

食事が終わってひと息つく頃に大丸がぽつりと呟いた。
その言葉に嵯峨丸が

「じゃあ…手分けでもして付近に聞き込みに回ろうか」

そこへ八重が紙の小片に包んだ物を二人に渡しつつ

「そうしよう、城の主に聞いたって細かいことなんか伝わりっこないからな、
 相手が血の逸(はや)る奴である事を願って動いたが、確かに触りも良くない」

紙に包まれた物はそれぞれ金や銀を少しずつ入れてあった。

「ただ取ってたわけじゃあなかったのか…」

「確かに交換するような物なんて僕ら持ってないからね…」

「使えそうな物は何でも使うのさ、ただ、相手に最初からそれ見せるんじゃないよ
 …人ってのは結構欲深いからね」

金や銀ならば物々交換にしても貨幣にするにしてもやりやすい。
まこと八重は出来る隙には何でもやっておいて抜かりはないように準備しておく。
二人はまた圧倒された。

「私ぁ、あんたらの頃には一人だったし、ガタイはこれでも女だからね
 そうでもなきゃ進めないことも守れないモンもあったって事さ」

それとなく重いことをさらっと言う。

「そういや、嵯峨丸なんかはそー言う目で見られたりもしたよな、
 またこいつの所作がどうにも男っぽくなくて」

「直近の師匠が母だったから…でも武器の修行は関係なくやって来たんだけど」

「四條院ってのは男でも線の細いのが多いけど、あんたはまた別格だね
 「男としているけれど、本当は女の子なんじゃないのか」と思われながら
 天野の武術担当も相手してたのかも知れない、そして四條院にしては
 珍しく武器での牽制からの直接に近い祓いという風も
 何か型にはまらない、ハマらないからどう育てていいのか判らない
 そういうのもあったんだろうね」

「少ないけれど、そういう事もあると聞いていたのですが…」

そこへ大丸が少し面白くなさそうにふて腐れながら

「…俺達はどこか持てあまされてた、オレも悪いんだけど」

八重は静かにそんな若い二人へ

「私があんたら…特に大丸のことを最初に聞いた時はそりゃビックリしたね
 何か他にそういう例はあるのか探して回ったさ、そして何も出なかった。
 たった一つ言えることがあるとしたら、
 大筋とは違っていても、それも祓いの一つの形だって事だ
 「祓いとはこう言う物だ」という考えそのものが形無しなのかもしれない。
 …全ては、何か今、大丸が嵯峨丸と出会うと言うことが約束されていたから
 そして婆さんという繋がりで私が関わることが、何かの巡り合わせなんだろう」

「巡り合わせ…そういえば…大丸はこの大地から声を聞くことがあるって…」

「嵯峨丸は月からだろ、まぁ確かに…何か縁があるんだろうとは思う」

「その取り合わせだとどこかに日が居そうな物だが…聞かないかい?」

二人は八重のその推測に驚いた。

「…やっぱり何かあんたら二人には…いや…「三人には」意味があるんだな
 私は日なんて偉い物から何か詞を賜ることなどない、
 …どこかで、あんたら二人と巡り会うことを待つ…同世代の子がいるのかも
 …大事なのはそこじゃなくて…いや、それも大事か、
 「それで何を為すのか」そこが一番大事だ、何か聞いていないか?」

二人ともそれに首を横に振った。

「先ずは力を付けることだと…」

嵯峨丸が果てなさ気に言う。

「ここは日ノ本だ、だから神も日ノ本のが強い、強いが
 広く世界には似てるがちょっと違う神々も居る、特に嵯峨丸
 アンタの血の半分は遙か遠くの国の人の物だ、
 遠い遠い国では月の神は女神とされることも多いと聞く
 アンタが四條院にしても女っぽいのはそういう引きもあるんだろうね」

「お父さんの血…妹は確かにその血の濃い…金色の緩やかな髪にですけど…」

「そういや、体弱かったな、最近具合どうだい?」

「天野で同世代の子が最近色々探してくれているようで弱い体も
 少しずつ良くなっているようです…」

そこへ大丸が

「八重さんは結構嵯峨丸んところの家のこと知っているようだけど
 その割には嵯峨丸とは余り会った事ナイみたいだよな」

「殆ど覚えてないと思うよ、私も小さかったし、じいさん婆さん…
 ああ、私の師匠の二人な…その娘が嵯峨丸の母親だからたまに顔出して…
 んで海で死にかけてた嵯峨丸の父さんを都へ仲介したのがじいさん婆さんなんだ。
 紅毛碧眼の白い肌の巨人なんて魔のように言われてて呼ばれたんだよな、
 言葉も分からないが何とか話を合わせるとずっと果てなく陸を旅して
 宋の国からこっちに渡る途中で船が沈んだらしい
 …で、その異人さんと婆様の娘の四條院との間の子が嵯峨丸と妹の沙緒理」

「僕はうっすらと覚えていますよ、八重様の事は、ただこちらも祓いの力が
 見えてくるようになったら修行は別になったからね」

嵯峨丸が大丸へそう言うと、大丸は何かこう、微妙な表情で

「変身なんて祓いを持っちまったオレのことばかりオレは考えてたけど
 嵯峨丸は嵯峨丸で色々大変なんだな」

八重がそこで薪をくべつつそれを背にして横になりながら

「背負ってる物や大きさはそれぞれ違うモンだ、目に見えるところでは
 大丸は大変なんだなと思うけど、今こうやって「そう言えば」と思い返せば
 嵯峨丸も嵯峨丸でひょっとしたら土着でないものを背負ってるかもなんだよな
 いいよ、まだ今しばらく時間もあるだろう、
 私があんたら二人が先に進むための橋渡しになれればそれでいい
 今は言われたとおり力を付けるんだね」

そんな八重の言葉に二人は八重は何を背負っているのだろうと思いつつ、
その夜は辺りを警戒しつつも寝た。



次の日には二手に分かれ、麓の村落、或いは外れで生きている者などから
どれほど細かくても小さな事でも良いからと情報を集めた。

快く知っていることを教えてくれる人も居れば、八重の用意した金銀で
口を開く者もある、南中を境に一度集まって情報を整理すると、
山のとある一点、しかもそこでどうも金銀を探し求めている者に
襲いかかるという魔らしいと言うことが判った。

「と言うわけで、それらによるとこの辺りの沢のようなんだな」

山の近く、川の源流に当たる沢に一行はやって来て、八重は早速
沢の縁や、その沢の下を掬ってまた金銀を見ているようだ。

そして、八重は徐(おもむろ)にそれらを二つに分けて嵯峨丸と大丸の手に載せた。

「詞を教える、大丸は唱えなくてもいいけど心に刻んでおくといい」

それは八重が自力で会得した「物を限りなく細かく「見る」」詞だった。
見える物を分けるコツや、良く見つかって除外すべき物なども惜しみなく教えた。

「なんだこれ…物って細かくして行けばいつかこんなんなっちまう物なのか」

大丸が愕然とした、八重はその様子に成る程大丸のチカラは野性的だが
向ける方向を指示すればキチンと高い水準で発揮されることを測った。

「八重様の言うとおりに分類して…昨晩受け取った金銀と比べると…
 確かにここの沢には金が眠っている…金の粒って大きくて重い物なんですね」

「元々金と言えば重たい物だが、それがなぜなのかも「見える」だろう?」

「はい…見えます…そして…金というのは奇跡的な物なのですね…
 「数が揃っている」…なぜその数なのかとかは判りませんが…」

嵯峨丸も矢張り可成り高い水準のチカラの持ち主だ。
今で言う「粒子数まで見えた」ということ、金には安定同位体が一つしかない。
安定同位体が一つに限られる元素は結構あるのだが、人間が活動し必要とする範囲では
フッ素、ナトリウム、アルミニウム、リン、マンガンなどで割合に偏りはあれど
安定同位体を二つ以上持つ元素も多い。

金という物質はその美しさと希少性、加工のしやすさ、そして化学的性質全てにおいて
なにか「そうあるために生まれたかのような」元素なのだ。

大自然に潜む神秘に触れた二人は余りの衝撃にしばらく夢中でそれを見ていた。
そして、知られていない詞を使い、世界の深淵を覗いていた八重にまた二人は
底知れない物を感じた。

「じゃ、掘るよ」

「「えっ」」

二人が声を上げると

「ついでだ、路銀の足しにしてオマケに魔も呼び込めるんだからやらない手はない」

なるほど、三人は岩場をじっくり祓いで眺めつつ「ここだ」という場所を
砕き、掘り始めて採掘に掛かった。
答えを知って居つつ…それをある程度探知出来つつ掘るわけだから
これが量は別にして面白いように出てくるし、八重は石の割り方も教えた。
「ほぼ全ての物に割る一点がある」事も惜しみなく伝えた。

野宿がメインで大した物など食べても買っても居なかった二人は割と夢中になった。
更に言えば嵯峨丸は普通の太刀を使うのだが、そればかりは詞の修復では
いつか足りなくなるので大きな収入源になりそうなこの採掘に真剣だった。

四條院の宿命とも言うべきか、武器に詞を載せて攻撃することには余り長けておらず
少しほつれた着物などはまだしも、戦いの度に欠けたりして行く刀ばかりは
割と消耗品に近い、大丸は路銀に関しては「美味いもん食いたい」くらいなので
半ば嵯峨丸のために採掘をした。

夕刻には沢に砕いた石・砂を流し、またいつか誰かが見つけるといい
という感じで自然に再発見を待つ形にすると言う八重、
そして今夜はもう全て決着を着けるつもりでこの沢に陣取る、温泉はないので
八重は一応二人に声は掛けつつ特に確認するでもなく着物を脱ぎ
椀に少しずつではあるが頭から水を被り汗を流す。

女にしては逞しい、だがやはり女性らしい曲線に象られた八重。
美しい、怪我の痕などそういう物もあるが、美しい人なのに、つい大丸が

「あんた…付き合ってる人とかは居ないのか?」

「…居ないね」

「勿体ないって言うか、いいのか?」

「いいよ、私はもういい」

そこで大丸が素で「もうってどういう事だ」と言いかけたのを嵯峨丸が慌てて
手で塞ぎ、「それは聞いちゃ行けない」という表情で大丸に向けて首を横に振る。
嵯峨丸にはなんとなく…直感に近いが「それこそが八重の抱えた物なのだ」と判った。

後ろ姿の八重に例えようもない絶望が滲んで見えたのだ。

「…僕らも汗を落とそう」

「あ…ああ」

なかなか機微を読むのが上手い嵯峨丸に八重は微笑みつつ、濡れた体を拭き、乾かす。



そしてここからが本番だというのに、食事後八重は早々に寝るという。

「オレ達に全部任すのにも限度があるぞ?」

「大丈夫、任せるんじゃない、その時まで英気を養うのさ」

「でも寝るんだろ?」

「寝るよ? あんたらも寝るといい」

「あの…それは八重様にはどう言う形であれ近づけば判ると言うことでいいんですか」

「程度に依るなぁ、婆さんくらいの人が忍び寄ったらマズいかもな」

それでも寝るというのだ、なんというか神経の太い。
どのみち二人は緊張で眠れなさそうだ、うとうとするくらいを交代制に
二人で結局見張ることにした。

そんな真夜中、山の頂上付近に禍々しい気配と共に重々しい音が響く。
起きていた大丸が反応し、嵯峨丸もうたた寝状態だったが直ぐさま目を覚ました。

「来たか…!」

「でもまだ遠い…充分備えられそうだ」

嵯峨丸が身体強化を取り敢えず大丸に掛けて、範囲で守りを入れようとした
その時だった!

上空から「それ」は八重の寝ている場所めがけて跳んできたのだ!
先ほどの音は「跳んだ」音!

土煙の舞うその足下に一瞬にして八重が潰された!?

「八重さん!」

「八重様!」

二人が思わず声を上げるも、金色のそれは大変に重いらしく地面にもめり込んでいて
土煙もあって安否も判らない!
いや、普通であれば寝込みをいきなり上から襲われて無事で居られるはずは無いのだが…

『おのれ盗人め…吾が宝は渡さぬ…掘った分と己らの命…戴く…』

一丈半と聞いたが二丈(六メートルほど)ありそうな身の丈…!
やや国籍不明歴史不明な部分はある物の、概ね平安時代以降の大鎧を元にした外観!

…と、金色のそれが大きく蹌踉(よろ)めいた…!

「金ってのは重いんだが柔らかいんだよな、お前の体…詰まり金色の部分は
 本物の金を使って居るからこそのこの重さな訳だ」

金色の武者の足の下…正確には足を前と後ろ二つに切り裂き、その間から
八重は野太刀を収めながら出てきた。

全てを予見していたのか、自らを囮に、真っ先に狙われるように
敢えてそうしていたというのか…!
そしてその金色の体が現実の金を使った物なのか、霊体なのかを見極めていた!

金色の武者は刀を抜き、その身の丈に合うほどなのだから
八重の野太刀よりも長く大きな太刀を、人間離れした速度で八重に向かって振るうが
八重は抜刀術と肘を使い、その刀を斬って切れた切っ先を肘で弾き飛ばした!

「銀もそうさ、重くて曲げ伸ばしや加工には向いているが硬くはない
 金銀に目が眩むのはいいんだが、全身これ財宝になっちまうと、
 重いだけが取り柄になっちまうよ」

『おのれ、その為の吾が恨み辛み…存分と味わうが良い!』

金色の武士が更なる禍々しさに包まれると、斬られた足も太刀も吸い込まれるように
元に戻って行く、現実の物を使って居るだけに、即浄化とも行かない、
そう言う意味ではこれは中々手こずる相手かも知れない。

大丸が物凄い勢いで殴りかかり、金色の武者の頭を変形させるも、
それも元通りに戻って行く!

「成る程ね、己の呪いの念を芯にして祓いの届きにくいようにしているって訳だ。
 なぜそこまでこの世の財にしがみつく?」

八重はいつでも抜けるという手つきでは居る物の、余り全身に緊張は見られない
風体で、口調も至って穏やかに金色の武者に語りかけ、続けた。

「アンタは何を抱えているんだ」

『汝も祓いの手合いなれば武士を打ちのめし朝廷の手に政を戻す事を願わぬ物か』

嵯峨丸がその魔の核になっている霊の正体に気付いた。
それは本来であれば仕える側の人物…!
嵯峨丸がひるんでしまったその瞬間に金色の武士の刀が嵯峨丸を襲う…!
それは寸前に大丸が庇いに入り二人諸共間合いから外れた!

「嵯峨丸! 何やってんだよ!」

「でもあのお方は…!」

「なんだよ! 元がどんなに偉い人だろうと今お前がそれに付き合って
 死ぬコタねぇだろう!」

その大丸の言葉に八重が二人と金色の間に立ち

「その通りだ、この世に仇為す思いを残し、死してなおこの世の栄華を欲するなど
 例え元が誰であったとて関係ない、どれほど不遇がゆえの、世を呪いつつ
 死した魂であったとしても、死ねば全てが終わる、そうでなければならない
 後に続く者がいたならそれに継ぐことは出来たとしても、そうは成らなかった訳だ」

金色がおぞましい声を上げつつ八重に巨大な太刀を突きに来る!
八重はそれに立ち向かうように物凄く低い体勢で金色の懐に飛び込むと
青く光る祓いを纏った一女の思いのこもった野太刀を早く綺麗な円状の太刀筋で
その両手を切りつつ、また肘で、今度は両肘でそれぞれの泣き別れさせた
両手の方に祓いで浄化をする!

両腕だったそれは砂金や小さな欠片になり、銀の刀も同様にその形を崩した。

鮮やかだ、早く力強く且つ美しい、一流の武人、そう言う意味では若いのに
一体どんな修羅場をくぐってきたのか…!

「アナタが何者であれ、アナタは死んだ、もうこの世にしがみついていても
 この世の財に渇きの癒やしを求めても、それを狙いに来る奴の魂を喰らっても
 絶対に潤うことはない、なぜなら本来居なくなって和に戻らなければならないからだ、
 死したと言うことはそういう事だからだ」

『うるさい…! 吾が血族の手足である祓いなんぞに物申される謂われなどないッ!』

金色はまた怨を深めると少し体のサイズは小さく、自らを再構成するようである。

「祓いが手足…? 祓いを手足と言っていいのは本来アナタじゃあないんだ」

『なんだと! 何を言う!』

「大君の血を受け継ぐ…そう言う意味で従いはしている、
 だが祓い人本来が仕えるべきは遠き古にお隠れになったキミメ様ただ一人!
 そしてそのお方は、アナタが死んだ頃にはお目覚めになっているはず、
 判るか、お隠れになったその時から祓いはその復活を望みそうした、
 キミメ様にとってそれが迷惑であったとしても、明確に仕えるべき人が居る今!」

襲いかかろうとする一丈半になった金色の両手を大きく開かせ、
そしてまた見事な抜刀術で下から上へ深々と斬り込み、そして

「大丸! 嵯峨丸!」

やや呆気にとられていたが、その八重の強い言葉に突き動かされるように
大丸は斬られた金色の芯を通る穢れてしまった魂の強い場所を
閉じきらないように祓いを込めた怪力で開きっぱなしにさせ

「もう一度…せめてもう一度、やり直しを考えてください!」

嵯峨丸がそこへ投げ詞での上下の祓いと共に、核心部分へ触れる強烈な
緑の祓いで「浄化」の詞を与える。

そこへ大丸の赤い光を纏った拳、八重の青い光を纏った切っ先も合流し、
白い光になった強烈な祓いでその自身のケガレ、そして取り込んできた欲望にまみれた
山師の魂も、何もかもを浄化して金色は体がみるみる崩れて行き、
祓いの光に包まれてホンの小さな魂だけを残して浄化してしまった。

「嵯峨丸は優しいな、アナタが何者であろうと私も大丸も消し去るつもりだったのに
 アナタにもう一度和の中に戻る事を願っている。
 浮世は変わりゆく、仏教で言えば諸行無常と言う奴だ。
 変わりゆく現世(うつしよ)に合わせ、何もかもが流転して行く、
 だが、根っこは変わらない筈なんだ、和を以て貴し、これは
 この国が日ノ本である限り、永久に変わることはない筈なんだ」

そこへ嵯峨丸が

「俗世は俗世の者に任せてください、和の巡りの中に、どうかお戻りください」

トドメに八重が

「死ぬ時は身一つ、それ以外は持って行けない、これも変わらない…」

大丸はやや納得が行かないようであったが、そんな嵯峨丸の甘さに苦笑しつつも
微笑んでその様子を見守った。

悲嘆に暮れた魂はそれでも身一つで還らなければならないのだ、
その魂は諦めたかのように昇華して消えて行く。

「祓い、終(しま)いました」

悲しい顔で嵯峨丸が呟いた。
八重も苦笑の面持ちで嵯峨丸を撫でつつ、大丸に向けて

「もうちょっと激情と思ったが、結構冷静だな、いいことだ」

「そりゃ、怒りにまかせて狼になってばかり居たら、どこにも居られなくなる」

「嵯峨丸の側にも?」

八重が悪戯っぽく言うと大丸の顔が赤らんだ、嵯峨丸の顔も赤らんでいたが
大丸からも八重からも見えない位置だったので幸いした。
思いを見透かされて思いっきり悔しそうな表情を隠さず、でも大丸は

「ああ、オレが安心して側に居られるのは…嵯峨丸の側だから…だから
 オレは自分の中の獣を完全に操りきらないと、そうならないとダメなんだ!」

八重はそれをからかうでもなく、割と真剣な表情で、静かに

「いいことだ、怒りに任せることは命を縮める、ただ善し悪しもあって
 余計な分別を付けると大切なモノまで失いかねない、お前だけの
 何か大切な決め事を持って、時に振り返り、そして精一杯生きるといい」

「余計な分別…ってなんだよ…」

「うん? 例えば人間相手には狼には絶対にならないとかさ…」

割と意外な言葉だった、嵯峨丸もだが大丸は更にビックリして

「ええ!? そこ一番大事じゃネェかよ」

八重は寂しそうな微笑みで戦の後始末を始めながら

「そうでもないんだな、余計な縛りを入れたばかりに無くす物だってあるんだよ」

それだ、それこそが八重の背負うモノなのだ、正義とか悪とか、
この世の理とかそう言ったモノを自分で縛り付けるとそれはそれで弱みなのだと
八重はそう言っているのだ。

「八重様の心に大きな穴が見えます…」

「ああ、決して埋まりきることもない、大きな穴さ」

八重は否定せず、そして袋に多少の金銀の欠片を詰め込むと

「残りで必要と思う分だけ各自持って行きな、嵯峨丸は太刀があるから
 少し多めでもいいかもしれない、私の馴染みの刀工が居る
 そこに渡しておけばしばらく刀には困ることもないだろう」

「それでもメチャクチャ余るぜ、どうするんだ」

大丸が慎重に言うと、八重は詞を込め、それらを溶かして行き岩の間などに染みさせて

「地面に返す、いつか見つかるべき時に見つかるのが一番いいのさ
 ただ、戦いに勝った身として少し分け前は戴くけれどね」

「うん、当然だ」

大丸も拾えるだけ拾った。
嵯峨丸は呆気にとられていた、「正しいこと」とは一体何なのか
でもその時分に自分で積み上げた「正しさ」に縛られることは命にせよ何にせよ
失いかねない枷にもなり得るのだと、八重は身を以て示していた。

そんな嵯峨丸の様子を見透かしたかのように、八重が呟く

「魂はどこから来てどこへ行くのだろうね、和とはこの世の全ての巡り合わせだけれど」

正否よりもっと根深いところにこそ、祓い人の精神はあるのだとそう言っていた。
嵯峨丸は己の若さゆえの甘さなどを噛みしめながらも、矢張り採れる物は採った。



「いやぁ…、これがその「なれの果て」に御座在りますか、
 この島には矢張り金が大量に眠っていると」

八重は自分の採掘したモノについてはその幾らかを本間氏に仕事の顛末と共に差し出した。
まだ完全な精製はされていない不純物入りの金鉱石などとは言え、
一貫(3.75kg)は下らない、現代の感覚で言えば億を超える資産だ。
目の前の金の鉱石や砂金に矢張り心を多少なり奪われる様子も見える。

「音に気付いて後は山で祓いの光を見た者もあるだろう、確かに祓ったよ。
 金の量については測りかねますね、今時分無理に人を割き
 山に分け入るのもまだ尚早というモノでしょう」

嘘は言ってない、総量など判るはずもないのだから、でも一財産を
積み上げるほどにはあった事は八重は口を割らなかった。

「判り申した…、この度は誠にご苦労、それで、都より伝聞があり
 次は下野(しもつけの)国までご足労賜りたいそうで、既に大佛様にも
 土地の領主にも話はついて御座在りましょう、お疲れの所誠に
 申し訳在りませぬが、既に船の手配は済んでおります、どうかお気を付けて」

ウンザリする大丸と嵯峨丸の横で八重だけが綺麗に礼をした。



「下野(しもつけ)ってどこだよぉ…」

「うう…来る時とはまた違う揺れ方が…」

また船の上で倒れている二人に眼を細めながら八重が

「もう少しだ、踏ん張りな。
 越後は結構栄えているし古くから物の流れも盛んだ、美味い飯も食えるぞ」

船に揺られ港の一つに着くと、八重は同行していた船に指示して網を引かせた。
大量とは言わないがそこそこ網に掛かる魚、八重はニヤリとして
海面に上がって来て暴れる魚に海から祓いで衝撃を与え気絶させ引き上げ、
そこで多分後金なのだろう金の粒を漁師に渡していた。
何のことはない、佐渡から越後に渡るついでに漁船をチャーターし
捕れた魚を出来高込みで「買っていた」訳である。

具合悪さの抜けない二人だが呆気にとられて

「抜け目の無いヒトだな、何処までも」

「うん、ちょっと見習いたいね」

港の街を巡り八重は物々交換なり金(きん)で払うなりでどんどん買い出しもして行く。

「なぁ、ここから船は乗るのか?」

大丸の問いかけに八重は

「あんたら空は蹴られるか?」

「まだ無理です…」

すかさず嵯峨丸が言う。

「うーん、じゃあ嵯峨丸、飛ぶ方は?」

「はい、それであるなら…」

そこへ大丸が

「最初から飛べばこんな具合悪くならないで済んだんじゃねぇのか?」

「空を飛ぶには風が読めないとならない、場合によっては何度か止まり木が
 必要になる、海にそんな物ないだろう、初めての大海原で飛ぶのは危険すぎる」

「それもそうか…」

「では、ここからは跳んで…その下野国に行くのですか?」

「そうしたいが、飛ぶのは飛ぶので偉い祓いの力使うからな…」

「それで買い出ししてたのか、本当に抜かりない人なんだな、
 聞くまでもなく嵯峨丸が飛ぶ詞を知っている物と判断してたって事だろ」

「通常中級なら知っていて当然だからな…とはいえ、嵯峨丸も少し特別だし
 いざとなったら私が二人とも面倒見るつもりだった」

「とするとやや急ぐという事でもあります、何か理由が在りましょうか」

「うん…こっちの仕事の終わりを見計らって直ぐ次の仕事入れてくる
 って事は早く済ませられるならそれに越したことはないかな、くらいの物だけど」

「そういえば…誰がそれを見計らっていたのでしょう、八重様、
 祓いの通達をなさっていたのですか?」

「いや…それは緊急だろ? 流石にそこまでは…誰かしらない
 とても目や耳の利く人が居るんだろうね、それが誰かまでは私は知らないよ」

そこへ大丸が

「う…、もしやキミメ様」

八重は飄々と買い出しを続けながらも

「かもしれないな、ひょっとしたら私が都から東・北を駆け巡るという
 少し変わった配置なのもその意志があったのかも知れない、
 お目にかかったことはないが、なにかこう…「そっちは任せた」という
 感じを受ける事があるんだ、疑問には思わず従うことにしてる」

祓い人であるのに特定の地域を持たないと言うことは基本珍しい。

「あ、そう言えば…僕たちも何処を継ぐとか聞かされてないな…」

嵯峨丸が思い出したように呟く、その仕草の一つ一つが全く男らしくないというか
少女のようなかわいらしさだ。

八重はそれについては思うところがあったのだが、余りに今の二人には
重すぎるだろうと敢えて核心は飲み込み

「婆さんはかつて祓いの編み目を崩す目的で神職とは決別した仏教系の蓬莱殿を狙った、
 ひょっとしたら、そういう「編み目」の補修に回ることになるのかもね」

「敵の狙いとしては判るんだ、でもなんでばーちゃんはそれに従っているんだろう」

大丸は梅の能力を高く買っていて、魔とは言え均衡の精神を持つ彼女が
魔の策謀にそのまま乗っていることを不思議に思った。

「あの婆さんほどの人でも敵わない何かに従うしかないのかもね」

もう一つ、それをも利用してひょっとしたら祓いの底上げを図っているのではないか
と言う考えは取り敢えず飲み込んでみた八重、

「まぁ、とりあえず飯でも食おう、ここからまたしばらく野宿になる」

大量の物資を買い込んで怪力ぶりを発揮する八重、
飯屋とその客にも魂消られたことは付け加えておこう。


第六幕  閉


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