L'hallucination ~アルシナシオン~

CASE:TwentyTwo

第六幕


それからまた一年、元号は安永のまま。

「俺にも連発式の銃くれねぇ?」

心を入れ替えたまでは言わないが、確かに仕事としてその剣技などを活かせ
時には農家の方々に感謝されたりもすると言うのに「悪くないな」と思ってしまった
二宮は半年の間に傷を治しリハビリも済ませてすっかり祓い側の人間である。

祓いの力はない分、魔ではなく霊を祓う時に少々難があったため、
投擲用の武器などに宵が詞を仕込んでおいて使うという形式なのだが

「なに、二宮、今のじゃ何か不満?」

工場で宵やお倫がそれぞれ作業をしているまた真夏の暑い日であった。

「いやぁ、どうしたって投げる動作とか隙があるだろ」

「お倫の銃が連射出来るのはお倫が祓いで火薬に火を付けたり、銃身を
 冷やせたりするからであって、貴方が使いいいような連発銃はちょっと難しいなぁ」

「だがよぉ、手裏剣にしても投石にしてもいちいちアンタが詞とやら刻まなきゃならんし、
 石はともかくわざわざ武器作って消耗品ってのぁ勿体なくねぇかい?
 魔は普通の武器でも戦えるが霊となるとこれ使わねぇとならんオマケに
 当たれば成仏に使われちまって消えるんだからよ」

「二宮がこっちに引き取りで祓い手伝って貰うようになった初めの頃は
 確かに作って出来もそこそこで…でも誰も使わない武器だらけだったから
 余ってたけど…確かにねぇ…」

そこへお倫が

「後ろ詰めじゃあダメかい?」

二宮が応え

「もうちょっと素早く数発とかさぁ」

「贅沢な奴だな、そうなると回転式になるんだろうが、手で回すとなるとむつかしい」

宵が本格的に悩み始め

「うーん…効率や精密、精度、全部揃えるとなると…
 出来るっちゃ出来るけど、何処まで部品を減らして作りを単純にするか…」

「なんでだよ?」

「部品が増える事はそのまま予期しない不具合に直結するわ、耐久も悪くなる」

「まぁ、そうか…思いがけなく無理難題吹っ掛けちまったようだ、
 ひとまず今のままで行くが、作るのが追いつかなくなっちゃ元の木阿弥だぜ?」

「…うん、でも言われてみれば尤もなんだわ、地下資源だって無限じゃあないし…
 全部考え直さなくっちゃならないかも…火薬もその組成から調合まで、
 出来れば回転式の機構と火薬を破裂させ弾を撃ち出す物は連動していた方がいいし…」

「…そこまでかよ…あんたも凝り性だな、ちゃちゃっとそれっぽいのでもいいのに」

「ある意味命を預ける物なのよ、武器って言うのは。
 安全性、確実性、安定性、この三つを並び立たせないと…あー、頭の中が…
 これ幾つ試作重ねればいいのやら…」

そこへまたお茶を持ってきたお越が涼しい表情(かお)で

「思った物全部作ってみればいいんですよ、事故があったって貴女の事です
 死にはしないでしょ、私も治しますからやってみれば良いんですよ、何を今更です」

思い切りの良すぎるお越の言動、もう一緒に暮らして結構経つけれど、
お倫はたまにこの人がちょっと怖いと思う瞬間があった。
二宮もまた然りで、あの日宵に斬られた腕を顔色一つ変えず淡々と継いだ事を思い出す。

だが、その理由は分かる、冷静なようで突飛な宵と付き合い、命を賭けた
祓いを一緒に続けていれば成る程こうなるだろうと言う事も。
そう言う意味で二人は恋仲とまでは行かないがこの上ない阿吽だった。

宵はウンと頷き

「よーし、先ず設計からだわ、それが終わったら部品作るの手伝ってねお倫」

「おう、承知した」

一気にやる気になった宵に二宮は少し呆れて

「お宵は時々判らねぇ、何者なんだか」

そこへお茶を勧めながらお越

「何者にもならず、何者でもありたいと願うような、そんな人ですよ」

益々混乱した二宮であったが、宵はそんなお越に微笑んだ。




「あらびやの方の数字やらなんやら判らぬ符号を使って、何をして居る」

宵の土産のお越が焼いたスコーンと宵が熟成具合を監修した紅茶を楽しみながら
天照院でフィミカ様が宵の計算を手伝っていた。
フィミカ様の計算方法は和洋に拘らず直感的だが計算が速いので手伝っていたのだ。
因みに山桜に住んでいた猫の内数匹が付いてきていて地味に猫好きである
フィミカ様はそれを膝に優しく撫で、はとほるはススキなどのイネ科の植物を
猫じゃらしにして楽しそうに動き回っていた。
こんな緩い雰囲気の中でも宵は微笑みつつ真面目に

「これからの時代、職人がその技だけを以て同じ物だと言うだけではダメです。
 キチンと目方の上でもおんなじ物を何千何万と作れるようにならなければ行けません。
 それが消耗品であればあるほど大事な事です、それで…火薬の威力を定量化して、
 調合をやり直し、更に火薬を詰める物も金属で同じ物を幾つも作り、同じ威力、
 同じ精度の弾丸を作ろうと思いましてね…フィミカ様の計算が速くて助かります」

フィミカ様は頷き

「その考え方は正しい、人が多くなり、多くなった分同じ物が必要となり
 同じ品質が求められる時はきっと来る、そしてそれは
 匠の技なんという物ではなく、作る装置さえあって動かせれば
 同じように誰でも作れる事、部品の一個になればなるほど必要じゃな」

「流石話が分かりやすい、それで…尺寸だと分厘まで行ってしまえばそこより下がない、
 千分の一尺じゃなくて、せめて千分の一寸…一厘の十分の一まで行かないと…
 そうなるとアラビア数字が使いいいんですよね、約分するにも先ずは
 数字の羅列で出せる」

「ふむふむ、割り切れぬ物は詰まり百分の一厘辺りで繰り上げか繰り下げか」

「結果はそうですね」

「銃も造り替えと言う事になるか、うむ、この街で生きるには必要じゃな、
 最近お主の配下になった平塚とか言う浪人も、大八はもう年じゃが
 自警団にも魔と戦う事が今よりより易く出来るようになればよいじゃろう、
 じゃが、いつかそうした考えの基で作られた武器は人同士の殺し合いにも
 使われる事じゃろうな、なんとも因果な物じゃ」

フィミカ様はだがそれを否定はしなかった。
人が安定して増えるようになると減る時もごっそり相対的に減るようになる
如何にその数字を抑えるかを考え実行する事は出来るが、災害の規模が
こと大地震やその津波、火山の噴火やその降灰、日照の不良による不作、
人の手に余る災害になればなるほど防ぎようがない、足掻く事だけは許されるので
足掻く力がいつか争う事に転じる事もフィミカ様は受け入れて居た。
矢張りこの人は器なのだ。

「フィミカ様も大変だったでしょう、遙かな昔に割りきりと効率の壁を伝えるのは」

「うむり、八百万や森羅万象と一言で称されるとは言え、それぞれに因果も異なる、
 全てが何者かの意志による物ではなく、多くは「あるがままの理」なのじゃが
 通じなかったのう、矢張り神の御詞とか言いながら吉凶に結びつけなければ
 上手く回せなかった物じゃ、歯がゆかったのぅ」

「…今世の中はより細かい事にキッチリとそれぞれの理を見出して誰もが共有し、
 そしてそれを利用しようとしています、ただそれが、理想郷を作り上げるのか
 そればかりは判りませんね」

「なってみなければ対処も出来ぬ、愚かでも、そうした物じゃ」

忙しく埋まって行く紙に書かれた計算式やらちょっとした論文を見ながら
フィミカ様は「それでも為るように時代は進む」事を受け入れしっかりとした
目線をそこに呉れていて、時々宵の計算のミスを指摘したりした。
そう言う時の宵はフィミカ様を見ているのだが、どうも見る位置がちょっと高かった。
はとほるにはそれが不思議だった。



秋は基本何処も忙しい。
フィミカ様の気候に纏わる長期予報は大きく外れる事はなく、今年は豊作と言えた。
またそこは宵が上手い具合に税として修める分と米問屋として流す分を皆と調整し、
この街ではどうにも手に入らないような新しい作物や書物を輸入したり
時々新たな入植者もやってくる。

天照院裏手の広大な畑で収穫に山桜の宵以外の二人、港湾の百膳で働くお隅とお志摩も
毎年恒例で、今年は二宮も加わって、たかが農作業と甘く見ていた二宮も汗だらけで
収穫に勤しんでいると、町の巡回をしていた宵がやって来て

「フィミカ様、客人なんですけどね、ちょいと話して直ぐ帰るって勢いでもなさそうで
 どうしましょう、他に応援募ります?」

土まみれになって作業中のフィミカ様は額の汗を拭いながら

「どういう事じゃ?」

「なんでも古事記をキチンと読み解きたいとかで、渋い人もいるモンだと」

「そんなもんわらわ以上に詳しいモノが沢山居るじゃろうに、何故わらわじゃ」

「ひょっとしての話ですけど、由緒ある所や所縁の人や歌人とか色々回って行くウチに
 四條院本家に行ったんじゃないですかね、伊勢の人らしいですから大和も近いですし」

「当時の事を知るのにここの事を話してしまった、と言うことかや
 それは確かにしつこそうじゃなぁ…
 四條院は万葉仮名が生まれた辺りからずーっと記録を続けて居るのじゃぞ?」

「それは知りませんでした、古くから記録を残しているとしか私は聞きませんでしたよ」

「わらわが目覚めた時に先ず「仮名」をたたき込まれた。
 国字が出来るまで、その必要に迫られるまで迂闊なモノは採用するなと
 言ったのじゃがどうもわらわが眠って暫くしてどうにもならなくなったか
 漢字を流用するようになって、わらわはじゃからどの字がどの音になるのかとか
 教わらねばならんかった、面倒な思い出じゃ、借り物で大和言葉などと…
 とも思うたが、まぁ平仮名片仮名を合わせ使う事で使いよくなった面もあるでな」

「ははぁ、それで判りましたよ、今のそういうお話を聞きたいんでしょうね
 描かれていない当時の事情や当時の表現が細かく何を意味するのかとか」

フィミカ様はウンザリして

「無条件に跪かれるのも困りものじゃが、詮索好きはもっと困りものじゃなぁ…
 嘘や適当で話を合わせて送り返すのも心が痛むし」

「まぁ当時の事までは私も判りませんが、古事記なら読めますから仲介はしますよ
 四條院からの又聞きになってしまいますがね」

「頼めるかや、うーんでは…」

畑を見回すも進みがおぼつかない

「…今時期は何処も忙しいからのぅ…、悪いが今日のところは進めるところまでで良いぞ、
 数日皆の力を借りるが、スマンの」



「姓は平、名を栄貞、この度はお忙しいところを押しかけまして…」

と、挨拶はするモノのこの平氏、流石に土にまみれた半ば少女のフィミカ様に
面食らったのが判る、四條院本家辺りで言われただろうに、まさかその通りとはと言う感じ。

「そう大したことは言えんぞよ、わらわはもう表の事には興味もないでな」

そう言って大昔の暦に関する質問や、当時の貿易、輸出入に社会や文化などなど
フィミカ様は正直に証言するのだが矢張り確たる証拠のある話でもない、
確かに「それが本当であるなら」大変な事なのだが…
宵はフィミカ様から話を幾つか聞いていたので席を外し、
縄文土器や弥生土器と今に言われるモノ、その後の古墳時代以降の出土物、
フィミカ様の記録と公式記録に残る事象の記録の写しなどと合わせ会見の場に持ち込み

「いいですか、この街からも見えます見事な富士の山、あれは古くからの名所ですから、
 ええと…この書物…まぁ当時は木簡でしたがそういう所からの写しになりますので
 どこかで間違いは入るモノとしてもです清寧天皇時代、天応元年から延暦、
 貞観…ここの噴火で富士五湖が今の形になったと言われているとか、
 承平、長保、長元、永保、永享、永正…そして元禄の噴火ですよ、
 この辺りの土地はもろに灰被りますから、
 逆算して行けば大体どの深さで何年くらいと遡れるわけです
 で、これが今からおおよそ千五百年ほど昔で…」

「そうそう、当時は国の勢いを広めるのに都を移してばかりでなぁ、
 東域に見事な山がある事は聞いて居ったが、わらわは動けんで
 巫女達に見に行かせたんじゃよ、絵心のある者には絵も描かせてのぅ
 いやぁ、終の棲家と決めたここから富士が見られる事は喜ばしい」

そこへ平氏が

「都を移してばかりとは…」

「やまとは縦より先ず横に繋いだ国じゃったから、域が広がって行くたびに
 その真ん中その真ん中じゃった、で、現役の当時は今の上毛やら房総の辺りまで
 繋げるので精一杯で、魔と戦いつつ人の間を取り持つとなると至難じゃった」

「大和…あのやはりでは…」

「お主の杞憂は判る、当時の北魏や呉、それ以前は後漢などに屈して居ったのか
 と言うのが一つ、もう一つは男系男子でない事であろうか。
 そしてあちらの歴史書から大真面目にやまとまでの道のりを記そうモノならとんでもない
 場所に行く事、であろう? 簡単な話なんじゃがなぁ」

フィミカ様は東夷伝まとめ写しを広げながら

「どのみち、当時こちらで歴史書は作らなかった、そこに至っても居ないと判断したでな、
 何処までが真で、どこからが偽であるかなど、お主の胸一つじゃ、」

フィミカ様は宵が持ってきたお茶をすすりながら

「じゃが、答えをある程度言おう、明らかに国力に差のある事は大昔から知っていた。
 土器で言えば…そうじゃなぁ…この辺り」

と言ってフィミカ様が示したのは今で言う縄文後期の頃のモノであった。

「平地の量も水の量も段違いじゃからな、この日ノ本の列島は山だらけで
 水を上手く使わねばならん、国力を上げるのにも直ぐというわけには行かなかった。
 あと、列島に対して人も少なかった、今も昔も利害が被らねば平和な民族じゃから、
 ついぞこの時代には武器や戦いは発展しなかったのじゃ」

「なぜ、それが判るのですか」

「ここでもう一つ、大和は古いんじゃよ、今皇紀とか言うモノになぞらえると
 何年か知らんが、時間や出来事を記録するという必要に迫られておらなんだでな
 ただ、王家は古くからあって細々と今で言う九州にあった、
 何故九州かというと、あすこは一度生き物が皆大きな噴火でやられてのぅ、
 気候も変わってしもうて北の者達もいつまでもそこというわけにも行かぬ、
 恐る恐る南下して行くが無念の魂や魔も沢山ある、
 そういう中、祓いの家系とそれをまとめいち早く比較的温暖な場所で
 大陸の方と繋がりを持ち細々とやって来たのが…」

と言ってフィミカ様が出してきた土器は縄文後期から晩期、宵もおおよその年月を
地層から分析される年代から伝える

「そのうち大陸にこちらで言うムラの頑丈版みたいなモノが出てくる。
 国と言っても、当時は国境(くにざかい)を地図で引いてどうこうという時代ではない、
 ただ、大きな統率力には従うか抗うかじゃな?」

フィミカ様はまぁこの時代なんとかそこそこ正確かなと言う地図を見ながら

「そのとばっちりをこの列島は受けて居ったのじゃよ、人の数は限られる、
 受け入れはするがここでは大陸のやり方は通用しにくい、
 実際天災の多い国じゃからな、元よりの住人の力が必要、元よりの住人の知恵や
 考え方が必須で、とても戦争での難民が「支配」出来るような所でもなかった。
 しかし、水田や作物の流入で人も確実に増えて行く、水田という「領域」が必要…
 この平地の限られる日ノ本の列島でな、そして同じ頃、大陸の方も戦国時代に入る、
 益々難民に溢れる、そこで明確に上と下が必要になる、ムラ程度ではなく国としての力が」

そこへ宵が地図を示しながら、

「潮の流れがあります、東志那の海からですと大体九州辺りがまぁ主で…
 ただ古くから、越後の翡翠なんかもどうやら行き来があったようですし
 黒曜石も日本は輸出していました。
 恐らくこう言う時に色々な産業や生き物も入ってきているんですよね。
 日本で絹が作られるようになったのもこの頃ですよ」

「出来はイマイチであったがなぁ、そう、色々取り入れて行くと
 争いの絶えない国ながら…いや、それだけに国力や国の価値を上げるために
 色々な事が進んで居るのじゃと思うと悔しいが先ずは頭を下げて教えを請わねばならぬ、
 意地だけで国が安寧であるはずもない、
 ホンの小さなクニが気付けば大陸を大きく覆うような領域に為って居る、
 行かん、いつかは追いつき追い抜こう、しかし今この瞬間だけは従っておこう
 前王からもくれぐれも早まった事は考えるなと言われたのじゃ」

「それで…」

「まずはこの日ノ本で必要なのは、それぞれの土地にそれぞれの事情と神がある、
 それを無碍にしてはいけない、その土地ならではであっても、先ずは受け入れ
 その土地を支配するのではなく連携しお互いがお互いを守り抜くように
 そういう事から…これは後漢の頃であったか、そこから始めて…
 わらわの頃には後漢はなく魏・呉・蜀の時代じゃ、
 王家の血筋からわらわの後に大した力がなかった事は判って居ったが、何とか
 そこを頼み込んでその頃生まれたばかりであった子に直ぐ託せるようにしたのじゃ」

「あの…王家の血筋とは」

「あくまで当時のやまとでは、じゃぞ?
 とにかく王家一族があり、その中で年齢的にも知識も力も…祓いも含まれる、
 それらが満たされた者が大君として君臨したのじゃ、確かに血筋ではあるし
 男系だったのかもしれぬ、わらわは所帯を持つでもなく子も産まんかったでな
 そこは判らぬよ、とにかく王家の血筋というくくりで力があれば良かった
 男系男子が云々は後年の大陸文化が強いと思う、大和の「約束事」は
 緩いモノであったからな、直系の子孫の時もあればその子供からすれば
 一時叔父や叔母が、と言う事もあったし、外から血を入れる時には気を使ったらしい」

「なるほど…」

「気に入るまい? やまとの歴史だけなら数千年、しかしいわゆる卑弥呼というのは
 恐らく時期的にもわらわの事じゃ、じゃがわらわは都から動けなんだ、
 なんぞなんとか皇后とかで西隣のあの穢れた地を…などとそんな事は弟に任せたしな、
 その弟をして「あそこだけはやめておけ」と言わせ居った、どれほどなんじゃ
 それが判ったのは…今から三百数十年ほど前、何処の民族かの特定は出来ぬが
 「カラビト」と呼ばれた穢れた魂と対峙した祓いの者達と携わって
 こんなのが住む土地なのかとウンザリした覚えがある」

「あの…地図がとんでもない場所になるのは何故でしょう」

「簡単じゃよ、「まだまだ大した国ではない」という自覚もある
 部下からの進言もあり、前の都当たりに瀬戸内の潮の流れを利用して
 ぐるぐる回させ陸も山道をぐるぐる回させ「やっと付いたように」見せかけた。
 当然その前の都にわらわは居らん、ただ、嘘をつくためには
 真実も混ぜ込まなくてはならない、替え玉に当時の政のあり方をやや大げさに、
 弟などが居って政事を分担して居る事、文化程度などは
 多少の誤解を招くよう南方のモノを呼び寄せ、しかし場所以外は
 正直に色々答えさせた」

判ってしまえば何と言う事もない事で在った、
しかし昔から堂々とした大日本などと言えるようなモノでもないと告白された。

「どうせ、物証に乏しい時代じゃ、お主が好きに解釈すれば良いよ、
 わらわから言わせるとじゃな、古事記も日本書紀もただの物語じゃがな」

「それは困ります!」

「とはいえ、当時からそんな名があったわけではないとか、そんな役職はなかったとか
 あるいは一人の業績を複数に分けたり、またあちこちで苦労した者達を
 一人の英雄として描いたり…そういうことじゃよ、全くのでたらめではない
 そのまま記したのでは余りに淡々としすぎるが故、後から文字記録のない時代は
 相当膨らましたのじゃろうと思うわけじゃ、そこは仕方あるまいよ」

「なるほど…知ると衝撃を受けるかも知れないとは言われて居りましたが…」

フィミカ様は平氏に真剣に語りかけ

「日本書紀じゃろうが古事記じゃろうが、真面目に分析しても良いのじゃぞ、
 そしてその中にお主の考えや主張を入れるのだって悪くない、よいか
 口語にしても文字記録にしても、誰かが継ぐ以上「そういう物」なのじゃよ
 大陸の国の影響の大きなこの国で日本はもっと独立した独自の国であった
 と主張するところから始めてみい、いきなり全部は言えんじゃろ、それでいい」

平氏は少々落ち込んで

「いつか…全てが白日の下に晒されると思いますか?」

「無理じゃろ」

余りにあっけらかんとフィミカ様は言った。

「な…なぜ」

「地震や津波による災害、川の氾濫などによる災害、これらを何度も繰り返し
 そしてそれでも人は生きて行かねばならん、新たに街を作るのに、
 ほれ、こう言った遺物も出てくるじゃろう、じゃが、これに価値を見いだせるモノは
 今この日ノ本で何人居よう、これらをただ掘り返しただけでなく
 いつ頃のどんな物であるかなど考える者が居ようか、
 そしてこの日ノ本の土地は木や生き物の痕跡を奪いやすい、
 恐らく何かが出てきても、余程立派なモノであったと言う事でもない限り
 「見なかった事にして」開発の方が先に来るじゃろう、それも仕方のない事なのじゃよ」

「永遠に答えの出ない問いかけになるかも…と言う事でしょうか」

「じゃろうな、当時の風景と今ではだいぶ変わったところも多い、
 もはやわらわが直接ゆかりの地と思える場所に行っても、そこに今でも
 何かが残っているかとなると、難しいじゃろうな」

「…今までのお話、大変な事です…しかし…この私どうしても一つ
 この目で確かめたい事がありまして、それで四條院の方々には無理を言いました」

宵がピンときた

「魔祓いが見たいと言う事ですね、確かにここなら一晩過ごすだけでお見せは出来ます」

「わらわは夜は苦手じゃ」

「判ってますよw 私の方で彼には大事ないように「裏の歴史」…見て貰いましょう」

「うむ…その上で、何処まで突っ込めるか茶を濁すか、出土物も良い物が絶対でない
 というモノでもないじゃろうから、そういう宿題を残しておくのは良いかもしれんな」

「判りました…あの…そちらは」

「乙亥水生木、姓は十条、名は宵、お宵とでも読んで戴ければ♪
 私はこれでもこの方の部下ですよ、そういう言い方はフィミカ様は嫌いますが
 私は主にこの刀に詞を込めて魔を祓います」

「なんと今の時代に使われている野太刀があるなどとは」

「そこはまぁ私もデカいので合うようにとなるとこうなってしまうんですよ」

そこへフィミカ様も

「うむ、今まで直接は二人、間接的に一人十条祓いは知って居るがどいつもこいつも
 でかい女でだれもが野太刀を持って居ったな、しかし舐めない方が良いぞよ、
 こんな長大で冗長な刀など戦で使えるのかと思うじゃろうが、見事なモノじゃゾ」

「ま、取り敢えず、富士の噴火の資料やそれに纏わる地面の層の論文など
 置いておきます、フィミカ様や私が認めた採掘場の見取り図なんかもありますから
 先ず日暮れに近くなるまで読んでいてください、私達は収穫に戻らなければ」

「あ、少々お待ちください!」

平氏の言葉に二人が固まると

「その…自ら畑仕事をなさる事の意味は…」

フィミカ様はきょとんと

「今はこの街のご意見番くらいであるが、人の命を背負っていてわらわは太陽や空から
 一年の半分ほどはその予想も出来る、不作が見込まれる年に、わざわざ
 美味いだけの米を植えさせるほど愚かな事はない、味はどうであれ、
 先ずはしっかりと育つ、その上で実りや病害に強い種を作り上げねばならん、
 そしてそれを、いざという時に使わせなければならん、
 農業に関する事は妹か弟か判らん月係の役目であったが、あれは肌が大変に弱くて
 日光の元に出られるような体質ではなかった、じゃから、わらわがやっている
 やり続けているのじゃ、神事ではない、実用じゃ、あくまで」

確かに今この大きくなった日本には合わないかも知れない、でもかつて
こんな人の元でなら頑張ろうと思えた人々も居ただろう、
身も心も農業試験に捧げて不作の時にも耐えうるモノを…平氏は少しだけ溜飲が下がった、
この見た目少女で土まみれの巫女は、確かに「器」だと思ったのだった。



「逢魔が時…元に大禍時、現世常世の全てが様相を変え常夜、人にとって有り難くないモノ
 それらの目覚め時…祓いにとってはどっちでも良いので気にしちゃいませんがね」

夕闇も濃くなって地平線のみ僅かに赤みを残した時間、
宵やお越、お倫、お隅とお志摩、二宮は収穫後帰る足そのまま…
とは言え二宮は港近くに狭いながらも居を構えていたので単純に方向としては
山桜神社の方もついでという意味であるが…
宵が平氏を祓いや二宮で囲むようにして移動しながら声を掛けた。

平氏が

「常夜と常世は表裏一体、人ならざる領域と言う事…、「禍(まが)」と言う言葉と
 漢語の「魔」は近いが少々趣を異にする言葉…、これが混濁してしまったのも
 矢張り大陸の影響なのでしょうか」

「少なくとも、この国は徳川幕府によって外国の往来を制限はしていますが
 完全に断つ事は出来ません、そこのお倫だって色々な巡り合わせで
 ここに住む事になりました、ましてや律令時代やそれより昔になれば
 もっともっと流れ着いた者がそのまま居着いたりしたでしょう。
 完全無比純粋な民族国家など先ずあり得ませんよ、それに知見は広がります
 時と共にあらゆる事が選別されて行き、使いいいモノが選ばれ
 原義や原語は置き去りにされる、そういう物でしょう、
 今この世に律令時代の大和言葉を復元したところでそれは古典でしかありません」

「…そうですなぁ…いやはや、私は少々舞い上がりすぎていたかも知れない」

宵はにっこりとして平氏に微笑みかけ

「そんな事はありませんよ、あれこれ混じっていいようにされてきた現状で
 何が元々あった物事で、何が輸入された物事かを切り分け、
 かつてはこんな姿であった、と出来る限り詳らかにする事は意義ある事です」

「うむ…その上で何もかもが移ろいで行く…私はただ…日本書紀とは様相の違う
 古事記という歴史書を…当時の唐の国に阿る事なく作成されたそれを
 本来の史書とすべきだと、そう思いましてな」

「昼間の話でも出てきましたが、それらももう今となっては確たる何かが出てこないと
 結局は推測の域を出ない事ばかりです、ただ、その知見を広げるために
 わざわざこんな所までやって来るなんて、フィミカ様もこれは本気で
 答えないと後々のためにならないと覚悟なさってましたよw」

そこへお越が

「…来ますよ、「外の人」が居るからでしょうか、いつもより色めきだっております」

宵は平氏に向けていた笑みを闇の向こうへ滾る闘志と共に向き直りつつ

「とりあえず、お越さんが貴方を守りますから、動かないでください」

宵は二つ折れの鉄の筒に肩掛けにした特殊な帯から金属製の何かを後ろから込めて
一つの棒状にし、更にその後ろ部分を引っ張った。
仕組みとしてはそう複雑なモノでは無いのが判る、そこへ二宮が

「おいおい、お客さんの居るところで試し撃ちかよ?」

宵がそれに多少緊張の面持ちを見せつつそれでも不敵に微笑んで

「失敗出来ない場面だからこそ…」

お倫が銃口前入れで、だが紙薬莢を五つほど込めながらも呆れて

「作った物が上手く行くかどうかなんてお客がいるからって
 変わるモンでもないだろうに」

お越の守りの詞と灯りの詞が緑に光って見える。
それだけでも平氏は驚いたのだが、お倫は赤、そして宵は青の光を纏い
そして宵が引っ張った棒から手を離すと、なるほどそれは中にバネが仕込んであり
宵の持った筒からちょっとした火と煙とそして青い光を纏った弾が飛んで行く。
可成り真っ直ぐ飛んでいった。

そしてそれが視界の遮られる闇の向こうで何かに当たり、青い光で人型に浮かび上がると
それが消えて行くのが判る。

「力加減をもう少し弱くしても行けるかどうか…二発目…」

そしてお倫も銃を撃ち、赤い弾が飛んで行く、お隅とお志摩も仄緑の飛び詞で戦う、
二宮は祓いではないが霊に対しては投げ武器に詞が刻んであると言う事は
知らされていてそれをあちこちに投げて確かに当たったモノを消して行っている。

そして闇から現れるそれ、昇華成仏として消えゆくそれらの姿、
時代も所属もバラバラ、まだ武士という身分はなかった頃の兵士や役人までいる。
ここは穢れた土地、古くから恨み辛みを専門に捨ててきて穢れに満ちた場所だと聞いていた。
そして確かにそれは、生きた彼ら彼女ら、そして自分に対してその矛先を向けてくるのだ。

動かないどころか平氏はそこから動けなかった。
隠密であるとか忍びであるとか、そういう影ではない、本当の陰、
多くの「祓いを持たない人」にとってはあり得ない世界、そしてその戦い。

そしてそこへどこからか高らかな笑い声が。

周囲に響き渡りどこから発せられるのか判らず、お越もお倫も二宮も少し戸惑った。
宵が筒の弾を込め直しつつ、

「名乗りな、奇襲しようなんて無駄な話しさ」

平氏の足下に向けられた銃口が火を噴くと、ビクッと反応してしまう平氏だが、
その足下の陰から何かが後ろに飛び退った。

『流石だ、ただこちらも数年見させて貰った…』

闇の奥の木々が風で渦を巻き、その太い幹の上に鬼が…

「察すると風鬼…、仲間がやられて頭に血を上らせなかったところは流石というか」

『「仲間」と言うほどでもないからな…フフフ』

お倫が風鬼に向かって五連続で銃弾を撃ち込む…のだが風鬼は一瞬早く
風を圧縮して方向を定め放出するという技なのだろう、それを放つ!

「!」

敢えて魔の込められたその風の魔成分は弾丸に乗った祓いに散らされるが、
弾丸がそのまま帰ってくる!
特に狙って返したわけではなさそうだが、その中でもこれは不味い、という
弾道を読んで既に宵は動いていて三発ほど、自らを盾に被弾させた。

「お宵!」

しまった、と言う声でお倫が叫ぶ、血しぶきが上がるほどの当たりはしていない、
宵は少し痛みを堪える力の入った声だがまだ冷静に

「これはちょいとばかり厄介だわ、飛び詞も魔を含んだ風で無効にされる…
 流石何年か付け狙っただけはあるわ、四條院系三人はとにかく防御…
 平さんを何より先ず先に守って、風の勢いばかりは…上手く流してとしか言えないな」

『ただの風ばかりと思うと痛い目を見るぞ』

風鬼はそう言ってニヤリとして構えた。
瞬間、宵はもう余り間がない、と一種覚悟を決めつつ、肩掛けの帯をやや慌てて外し
それをなるべく誰にも…敵以外に影響がない最前面に右手でかざした時だった。
一同を物凄い衝撃が襲い、お越が全力でその衝撃から全員を守るのだが、
宵は最前線なので守りから外れる、そしてその衝撃で宵の右手が掴んでいた帯の中身が
連続して破裂して行き、さすがの宵も思わず声を上げるほどの爆発となって
その右腕の半分ほどが吹き飛んでしまった!

お倫は勘というか背を向けて衝撃を大きく背中で受ける事で誘爆は偶然ながら防がれた。
(祓いで言えば天野系なのでそういう防御も出来る)

風鬼はしてやったり、と言う顔を一瞬する物の次の瞬間には自分に向かって
数十発の弾丸が迫っていた!

『クソ…! 転んでもただでは起きぬと言う訳か!』

ライフリングを通らない弾道の定まらず初速も安定しない弾丸とは言え、
自らの衝撃技が徒となって自らに襲いかかる銃弾に彼は慌てて魔を帯びた強い風を
前面に吹かせ、銃弾をたたき落としそれに込められた祓いを打ち消した!
痛みに耐え俯いていた宵がそのまま

「よしみんな、今、この時だ…!」

さすがに動揺しかけたお越を始めとした祓いの面々だが、その宵の強い言葉に
突き動かされ、先ずお越が集中して数発の祓いを半ば打ち消されつつも放ち、
お隅とお志摩、そして宵を傷つけられたことで心に火が付いたお倫が
宵とお越で開けた「魔の空域の穴」を通過して風鬼に喰らわせて行く。

多少のダメージ覚悟でまた魔を纏う風を起こそうとした時だった
風鬼の背後に人の気配、と共にその両腕に祓いの刻まれ込められた
投擲武器が投げるのではなく直接風鬼の腕に一気に幾つも刺され
さすがにそこそこ大きく浄化して行く!

両手の利きにくくなった風鬼が怨を浮かべ振り返るとそこには二宮が!

「俺を脅威と見做さなかったのは間違いだったな、ちょいと外回りに
 幾つか途中の霊に使っちまったが、俺の武器はお宵の特注なんだ、
 お前が焦って前ばかり狙うその時を待ってたのさ」

そして風鬼に宵が左手で稜威雌を抜き、風鬼の首を左手と右足で既に捕らえていた!

「中々課題の見つかったいい戦いだったわ、ではさようなら」

あっという間に首を落とされ、その上お越やお隅お志摩が投げ詞でどんどん浄化を促す。

「じゅ…十条殿…! その腕…」

取り乱す平氏に戦い終わって気が抜けたか脂汗を滲ませ痛みを堪えながら

「…大丈夫ですよ、当分傷は残るでしょうけどね…」

見るとさすがのお越も心配そうだが残る力で宵の飛散した腕を戻して行っている。
くっつけるまで行ったら細かい調整は宵の祓いで継ぎ目も少しずつ薄くなる。
まこと、今眼前に繰り広げられたモノは人外の領域にして影も影の歴史であった。
お隅やお志摩もお倫も銃そのモノを鈍器として残る霊などを後始末していた。
二宮が戻ってきながら

「偉いとこに来ちまった、と思ったろ、俺は流れ流れてだったからもう本当に
 魂消る思いだったさ、井の中の蛙って状態だった俺にもう一度やり直す
 猶予を呉れたお宵には、俺も武道に覚えはまぁあるから、手を貸してるのさ」

宵が続けて

「判ったと思う、ここで聞いたことは表沙汰にしても到底受け入れられないこと…
 皇室が本当に男系かどうかはもう判らない、ただ、繋ぎとしてではなく
 「王家の血筋として」女が立つこともあった事…ただ…フィミカ様からは
 直系の子孫はないしその次代とその次までは「王家の血筋から」ではあったけれど
 どうしても空白の期間がある事…そしてそれは皇紀とは合わないこと…
 祓いはこの土地ではあるべきモノだけれど、他の土地では裏も裏である事…
 貴方が取材してきた事の…核心に近い部分は…「書いてはいけないこと」…」

平氏は汗を滲ませ頷き

「判り申した…この本居…断腸の思いではありますが、確かに仰るとおりです」

「おやおや…名字を語ってしまってますよ、突き詰めればそれだけ深淵も広がる…
 現世はいつだってそういう底知れなさがあるモノですよ…」

宵の右手は酷い状態ではあるが、手の形を取り戻していた、二宮が平氏に

「ま、港の宿まで送るよ、お隅もお志摩も、もうこの辺で今日は切り上げだ」

「今日は…?」

平氏の疑問にお越が

「風鬼ほどのは滅多に来ませんけれどね、毎夜こうしたことを繰り返し
 人の住める場所を広げて居るのですよ」

「この土地は特別だとは聞いておりましたが…そこまで…」

平氏はもうここでのことは完全に心の中にしまうべきだと強く思い
そして次の日には帰っていったようだった。


第六幕  閉


戻る   第一幕   第二幕   第三幕   第四幕   第五幕   第七幕へ進む