Sorenante JoJo? PartOne "Ordinary World"

Episode:Ten

第五幕、開幕


夜、主にジタンの身の上や過去の話、ウインストンも含めた
帰省の際のエピソードなどを聞いたりしてそれなりに和んでいた。

「ジタンやレジェールには何か目には見えない力があるようなのだけど、
 貴方たちもなのかしら?」

談笑中に何気に出たジタンヌの言葉に全員がびっくりした。

「わたくしは…小さいという意味でなく目に見えない物には基本懐疑的なんですけれどね
 ただ、といって目の前に起きている現象を見過ごすほどには目も頭も曇ってないつもりですのよ
 …ホラ…10年前くらいにウインストン、貴方が近所の子供の揚げた凧が木に引っかかったのを
 どういうわけか手も使わず「上手い具合に風を起こして」取ってあげたり…
 レジェールやジタンの子供の時とか…
 あの子(ジタンの母)は細かいことを気にしなかったけれど、どうしても気になってしまって
 ひょっとして…物を探したり、直したりというのもそういうことなのかしらねぇ…と」

レジェールまでもがびっくりしていると言う事は、25年くらいは疑問に思っていたというのだろう

「科学的追試の出来ない物には…何の意味もありませんよ」

ジョーンがそう言った、もの凄くその台詞を言い慣れてるって感じで。

「そう、それもよくジョアンヌ先生が言っていたわ。
 どれほど素晴らしい推論を立てても、観測が伴い追試が出来なければ意味がないと
 …でも彼女はこうも言っていたのよ、ジョーンさん、いつでも研究の…疑問を解く種は
 幾つか持っておきなさい、とも」

「そうでした」

ジョーンがにっこり笑った。
奇妙な感じだ、先生と生徒が入れ替わったみたいだ。
周りのK.U.D.O+ジタンがそう思った。

「お婆ちゃんは…なんて言うか鋭いな…子供の頃からそうさ、
 俺がこの力でヤケ起こしそうになってたのを何とか抑えられたのも…
 お婆ちゃんのそう言う冷静な目があったからだぜ」

ジタンが肯定した。

「それはその…判る人が見て判るものなの?」

「ああ、そうだよ。 俺がウインストンと連むようになったのもそれが縁だ」

ウインストンは頷いて見せた。

「どう言う理屈なのかしら…そこが幾ら考えても判らなくて
 折角そう言う人達が集まったのだから、この際聞いてみたい物だわ」

「そうだな…条件は二つ…生まれつきか、後天的にそれを引き起こす
 ウイルスに打ち勝つかどうか…」

「一種の病なの?」

「それは切っ掛けなんだ、それを越えたら…そう言う力を持ちうる…
 ただ…効果も何も人それぞれなんだ、唯一言えるのは
 「力を持った奴にしかその力は見えない」ということだ。
 「スタンド」という現象なんだよ」

いつか言おうとでも思っていたのだろうか、ジタンは特に繕うでもなく
淡々と真実を述べた。

「へぇ…そのウイルスって…大丈夫なの? …その…毒性とか」

「猛毒だよ、ただそのウイルスは嫌気性で特定の物にしか
 宿っていないんだ、だから実社会でお目に掛かることはまずないと思うよ
 石で出来た「矢」なんだ。
 大昔の隕石から作られたらしい、それにだけ潜んでいる物のようなんだ」

「生命外来説を裏付けるような内容ね…」

「判りませんよ、ひょっとしたら、その隕石の組成とそのウイルスが
 たまたま近い所にあって、潜むのに丁度よい環境だったからなのかも」

ジョーンが加わった。

「ああ…なんだか興味を引くわ…ただ猛毒のウイルスと言うことは…
 貴方たちの何人がその「試練」を?」

ポール・ケント・アイリー、そしてルナが手を上げる。

「しかも私共の場合、人為的に矢を射込まれましてな
 「僅かに生き残った」存在とも言えます」

ポールが言う。

「…恐ろしい物のようね、ごめんなさいね興味だなんて軽く言ってしまって」

「…いえ、ひょっとしたら…科学の目であれらをきちんと研究できれば…
 何か…医学的に進展はあるのかも…ただし」

ルナの言葉にジタンヌが

「ただし?」

「科学には真っ向勝負と言うことになりますけどね、理屈抜きで
 発動する力も多いですから」

ルナがバターなどを塗るためのナイフを丁寧に拭いたかと思ったら、それを
いきなり自らの手首目掛けて一閃した、当然、場所が場所だけに出血が…!
…しかし、血を見たと思った瞬間、何事もなく傷は治っていた。

いきなりの行動に全員がびっくりしたし、スタンドを今概念だけ知った
ジタンヌは勿論、完全に発動はしてないレジェールも仰天した。

「…これを科学で解明しようとしたら、また専門分野が幾つも出来るでしょうね、
 しかも命がけで挑まなければならない」

レジェールには妖精のようなスタンドが見えたし、その「効果」だと言う事は判った。
息をのんだジタンヌだが、次の瞬間には冷静に

「今の貴女…もの凄い覚悟と気力を感じたわ…そう言う類の物なのね」

「そうですね、覚悟と気力に比例する力と言ってもいいのかもしれません」

「確かに内容は科学とは真っ向勝負だわ…それにしても…ああ、びっくりした」

「申し訳ありません、理屈じゃないという理屈をどう表現したら
 判りやすいだろうと思いまして…」

ルナはまた何事もなかったかのようにコーヒーを一口飲んだ。

「それに…完全に発動してしまうと…「スタンド使い」同士を
 引き合わせちまうんだ、だから…レジェールは今の見えたろうけど
 修行とかはしなくていいんだぜ、下手したら…利害の対立する
 殺し合いになるかも知れないからな、脅すみたいだが、実際そうだから」

ウインストンが言う。
来客組全員が頷いた、真実のようだ。

「そんな物騒な…」

とジタンヌが言う。

「でも…悪いことばかりじゃあないんですよぉ、
 あたしの能力は物探しですしぃ、それで今探偵業に一役買えると思えば」

アイリーの言葉に

「それじゃあ、これを見つけてくれたのも?」

「あ、ペンダントはもうジタンとかルナとかジョーンとか実際に掘り出したウインストンとか
 みんなの力の総合ですよぉ、あたしはただ「そこにそれっぽいのがある」というのが
 判るだけなんですー」

「でも、我が社の収入の八割は彼女の力が要ですな、そんな風に、我々は
 血なまぐさい方向ではなく…この力でささやかに社会に貢献したいのです」

ポールがしみじみ言う。
ジタンヌがとても納得したようだ。

「こう言う物は…悪用を考えれば幾らでも悪事に応用も出来ます
 でも…彼らはそうしませんでした、わたしは彼らを尊敬しています」

ジョーンが言った。
K.U.D.Oの全員がそれには少し照れた、しかし、だからこそジョーンが
ここに居るのだと言うことも、またよく判る一言だった。
確かに…彼女の人生を考えてみたら、出会ってきたスタンド使いとは
皆死闘を演じてきた、それと彼女の性格や人生を思えばそうなのだろうと理解できる。

…と、その時リビングの電灯がチカチカと点滅し、消えてしまった。
寿命のようである。

「あらあら、換えの蛍光灯…あったかしら」

とレジェールが立ち上がった時。

「大丈夫ですよ、少々お待ちください」

ジョーンが立ち上がり、その蛍光灯を外した。

「出来る限り元に戻します、少しお時間をください」

その暗い室内に

「…ああ、そうだわ、レジェール、物置にランプあったでしょ持ってきて、2,3個」

ジタンヌが懐かしそうに言った。
レジェールが廊下の電気を付けて地下に降りて行く。

「わたくしの…古い記憶よ、聞いてくださる?」

…これは「あの夜」の記憶か…全員ちょっと「どうしよう」と思ったが
ただ、彼女の思いを遮ってしまうのも悪いと思い、何も言えなかった。



1940年6月12日…

最後の私塾の授業の後…もう後は脱出あるのみ…と家に戻ろうとしたが
塾生の子一人が急いで帰ろうとする余り転んでしまったのを、その子の家まで
付き添ったがために少しばかり遅れてしまった…その時に民間の抵抗に対する
「鎮圧」が始まってしまい、自分も足を撃たれてしまった。

…遠のく意識で彼女が見たのは…ジョアンヌ先生によく似た「誰か」だった

「そう、貴女のような」

ジタンヌが言うとジョーンを含め全員が緊張する

ただ、その後のことは朦朧としていたし…ただ一つ、ドイツ軍に対して目だたないように、だろう
基本暗いリビングの床にランプが幾つかあり、自分のように大けがをした者が何人か居て
どうもそれらを治療して回ったり、ドイツ軍に対して警戒をしているような様子を感じた。

ジタンヌはロッキングチェアから降りて、床に寝そべった

「そう、わたくしがこの辺り…誰か…そう…丁度貴女のように傷を治す力を持った人が
 そこの窓縁に座っていて月を見ていたのよ、もう一人は疲れたって感じで
 そこの床に座ってソファの肘掛け部分を背もたれにして座っていたわ」

何てことだろう、この老婆、なんて記憶力だ。

「そして…貴女に…先生に似た人が…ピアノを弾いていたのよ、
 あなたピアノ弾ける?」

不意を突かれたジョーンが思わず

「え…はい」

「じゃあ…弾いてくださる…?
 そう…こんな感じの…(と少し主旋律を歌う)」

まずい、しかも朧気とは言え大体旋律も覚えているようだ。

「え…ええと…調律は…」

ランプを持ってきたレジェールがそれを点灯しつつ

「大丈夫よ、ちゃんと定期的にやっているわ」

逃げられない…
ジョーンは蛍光灯をソファの上に置いて、ピアノの席に着き、カバーを外し
蓋を開け、そしてそれを弾き出した。

「…ああ、そうそう、その曲よ、懐かしいわ…凄く映画音楽に似た曲よね…
 あれはオーケストラ演奏の曲だけれど…」

ジタンもあの場に居た身としてこれはもうヤバいと思い

「ああ、お婆ちゃん、続き聞かせてくれないか?
 戦時中の思い出なんて俺もあんまり聞いたこと無いというか
 話してくれなかったしな」

「うん…そうね…ああ、ジョーンさん、その曲が終わったらサティをお願いね」

半分観念したようなジョーンはただ

「はい、判りました」

「とは言ってもよ…わたくしも大けが負っていたし…だいぶ出血も酷かったから
 良くは覚えてないわ…ただ…こんな感じで夜中まで居たと思う
 気を失っている間にこの家からも脱出してたわ、あの人達がどうなったかは…
 誰も知らない誰だったのかも判らない」

ジタンヌはそれから…近所の人達と共に臨時政府のある南フランスに渡ったが…
そこにはもう既に避難していた人々が沢山居たし、正直とても居場所のない空間だった。

何とかそれでも過ごしていると…

一緒に避難していた…そして共に私塾の生徒だった一家の親戚がイギリス人で
しかもジブラルタルに常駐していて、住む場所などの多少の工面も出来るので
来ないかという誘いがあり、天涯孤独の身であったジタンヌにも有り難いことに声をかけてくれた。

恐縮はしたが、だがこのままでも生活を含めどうにもなりそうもない、彼女は厚意に甘え
ジブラルタルに行くことにしたのだった。

戦後、もう一度財産の整理が出来たら改めてお礼はすると言っては見た物の…
それが「いつになるのか」などと言った保証は何処にもない、その家族は温かく迎え入れて
一部屋まで貸してくれたが、心苦しさで一杯であった。

ただ、戦局で言えば連合軍が反撃に転じようとして居た時期ではあるし、
希望だけはあった物の、生活も不安定であったし、若い彼女にはきつい日々であった。

1942年頃、The Rockに登り、郷愁…というか悲しいこともあったが楽しかった日々を思い
そして…先生はどうしたのだろう、何をしているのだろうとペンダントを
握りしめた時に、猿に襲われそれを失い悲しみに暮れた。

…しかしそれはどこか遠くに居る先生の檄なのだと彼女は一念発起した。
「不安ばかり覚えて居ては彼女に叱られる」
ジブラルタルには高等教育を施す場所もなかったので、何とか教材を取り寄せ
彼女はただひたすら独学で高等教育に当たる物を勉強していた。

…そして1944年8月26日…パリが解放された…という話が舞い込んできた。
停戦協定が25日だったのであるが、しかし26日時点ではまだ降伏に応じないドイツ兵との
小規模な戦いもあり、彼女たちはその旨を聞き、少し様子を見ることにした。

1944年暮れにもなるとパリは安全になったと言うので引き上げることにした。
疎開を開始してから4年と少し、19才になっていたジタンヌはやっと先に進めると希望をたぎらせた。

故郷の地区は結構な半壊状態であった。
実家も二階部分が少し吹き飛んでいたが…ドイツ語での警告文と共に家が封印されていた事が幸いし
直ぐにでも…二階の修理は必要だが…という状態で住めそうであった。

一緒に戻ってきた一家の住居はもう少し酷い状態であったがため、生活費の一切と、
家の修繕に幾らかを負担し、その間ゴロワーズ家に住んで貰うことにした。

それからは…彼女は社会が少しずつ立ち直って行く様を見計らい、1945年に大学に
進むことが出来、そして彼女は街にも以前より増えた孤児のために生きる決意をした。

50年代に入る前教師の資格を得た彼女は公立の学校ではなく孤児院などを周り
教師をしていたが、何処も人が溢れそうである…そんな時、ヴォーグ家のモントが渡仏してきた。
10年ぶりの再会を喜び合うが、ヴォーグ家もかなり深刻な状態であり、その処分などで
こちらに来たと言うのだ。

ジタンヌはジタンヌで現在の状況を語り、教育も生活もあぶれがちな孤児に対しての
フォローをしたいという希望を伝えた。
モントは幾らか実家とのやりとりをしたようであるが、ジタンヌに共に孤児院を開かないかと
伝えてきた、ちなみに彼もアメリカのではあるが教員免許を取得していた。
ゴロワーズ家の隣の土地(これも戦争により無人、更地となっていた)を借り、
ヴォーグ家を処分したお金やヴォーグ家、そしてジタンヌの親が残してくれた財産を使い
ジタンヌとモントが主体で孤児院を開いた。

既に他の孤児院を回っていた時にジタンヌが教師としてジョアンヌを何より手本にして
優しく、判りやすく、しかし毅然と学ぶ楽しさを伝えて接していたこともあり
特に向学心が旺盛な子達がそこに集った。
ただ、孤児院と言うからには金銭的な運営もしなくてはならない、職員も雇って…となると
余り規模も大きくは出来ないし、毎日が手探りで大変であった。
しかし、近所からも苦しい中ながらも色々な形で支援があり、その「教育」という面で
かつてのジョアンヌをかなり意識し彷彿とさせるジタンヌの姿は当時を知る近所の人には
例え人的ではないにせよ、理解という支援はいつでも貰っていた。

50年代の半ばには彼女は特にこのままでは独り立ちが難しそうな(小さすぎると言った
 年齢的な物、戦傷で体の不自由などの)子は養子にしていった。
モントはモントで、アメリカ国籍になっていたこともあり、孤児院の中でもさらに
学業で上を目指す気のある者についてはいずれアメリカに戻ると言うことを
条件にフランスに留まっていたこともあり、アメリカに渡る気のある子を養子にしていった。

その若い二人の四苦八苦…しかもジタンヌも同じく天涯孤独であるという境遇は
院生たちには矢張り判りやすく同情も出来るし、また親がない事への不満や
それによって非行に走ろうと思えどもそれも一歩思いとどまらせた。
就業年齢に近い者であればあるほど「早く独り立ちをしなくては、逆に
 まだまだ若い院生を今度は自分が支えなくては」という正の連鎖が出来上がっていた。

適齢期だったはずの二人だし、実のところ少しだけ意識し合う事も無かったわけではないが
目の前に広がる山積みの問題の数々に結局は「戦友」のような意識が強くなり
それぞれの子供達のよりよい幸せのために、モントは60年代に入り養子を引き連れ
アメリカに帰っていった。

この頃になると孤児院も落ち着きは取り戻していたし、50年代の終盤に戦争とは何の関係もなく
孤児院の前に捨てられていた赤ん坊を最後の養子に迎え、院生達もあらかた独立し、それぞれに
立派な人生を歩んでいたこともあり、彼女は最後の養子が一定の年齢になるのを待ち
孤児院を閉め、正規の教員としての人生を歩み始めた。

時が流れ、彼女も教員として20年ほど過ごした時にはゴロワーズ家には最後の養子の娘だけが残った。
やり遂げた気がした、その娘も70年代にはファッション業界のアシスタント業務で働き出して
独自に恋をし、子を産んだりしていたので80年代には教師を退職し、義理とは言え
気の多い娘や孫達と過ごしたのである。

その、最後の養子の末子がジタンであった。

自分が少女であった頃、短時間で怪我を治したり、家を守り通したりする
不思議な力をここで再び疑問に思うようになったのであった。
あの時は朦朧としていたから気のせいかも知れないと思っていた疑問を
ジタンと、レジェール、そしてそのもう一つ上の姉(年齢はレジェールの2才上)に
理屈ではない力の存在を感じていたのである。

しかしそれはそれ、これはこれである、人として全うに生きること、知識が現代で
生きる上では大事であること、教師だったジタンヌはそこだけは譲れなかったので
優しくも毅然とその子らの世話も教育の手伝いも施していったのである。

スタンド能力のためグレかけていたジタンも、その祖母の基礎教育があり、賑やかすぎる実家ではなく
4才上の姉に連れられイギリスに渡りウインストンと会うことで本格的に
ひねくれることもなく真面目に学校にも通い、イギリスで学士までは取得(最短21才であるが
 勿論ジタンはその時21才)したのであった。

大学時代から探偵として働き始めたと聞いた時には一瞬理解も不能であったが、その疑問に思った事を
調べ抜く姿勢などは勉学という方向ではないにせよ、なるほどこれも教育の成果かなと
思っていた…そしてこの日…その謎を同じような境遇のウインストンやその同僚達が
訪ねてきたことで一気に長年の疑問を解決させたのであった。

82の歳にしては何もかもしっかりしているこの老婆、なるほど、芯の通った女性であった。

「1940年6月12日あの日だけは忘れられないわね…」

ジタンヌは体を起こしまたロッキングチェアに座って

「そう言えば先生の最後の宿題…伝えようにも伝えられないのね」

ジタンヌはジョーンを見て

「…先生は亡くなったとのことだけれど…貴女は聞いては居ないかしらね、それを」

「…世代もずれていますから…」

ジョーンにはとぼけるしかなかった。

「そうねぇ…まぁ…胸に刻んでおきなさいと言うだけだから、それでもいいのだけど
 膝を抱えて落ち込むくらいなら立ち向かえという…あの答えが判った時に…
 わたくしの生き方が決定しましたのよ」

「なんて出題だったの?お婆ちゃん」

ジョアンヌ先生のことは聞いては居たが、最後の宿題については初めて聞いた
レジェールがジタンヌにそれを聞いた。

「"Ne cede malis, sed contra audentior ito"」

「え、今の何?」

「後で綴りは教えてあげる、わたくし達もヒント無しだったのですから
 知りたかったら、あなたもお調べなさい」

ジタンヌはまこと教育者であった。
そのやりとりにジョーンが…少し考えてこう言った。

「…今のを聞いて…又聞きなんですが思い出しました…
 彼女にその言葉を捧げたのは軍人さんだそうです…ドイツの…」

ドイツの軍人にその言葉を捧げられた。
その意味はフランス人である彼女にはちょっとした衝撃であった。

「いつの世も…人と人の争いは正義のぶつかり合いです、その意味や定義が違うだけで…」

ピアノを弾くジョーンの目はどこか遠くを見ていた。
戦争も経験してないようなイギリス国籍の若い女性のはずの彼女のその言葉には
何か妙な説得力があった。
ジタンヌはその時に一つ気付いたことがあった。

「…貴女のそのグノシェンヌ#1…先生の弾き方にそっくりだわ」

楽譜通りではない独自のアレンジだったのだ。

「…そう伝わって弾いているだけですよ…」

「あなたの一族ってどういう…」

ジタンヌはそこまで言って聞くべきか否かを少し悩んだ。

「ちょっと…複雑な家系だとでも思ってください…」

その一曲を弾き終えたら、ジョーンは蛍光灯を手に取り、再び照明具にセットした。
光が復活する。
確かに買った時期からしても球切れであったそれは再び光を放った。

一瞬のまぶしさに全員が目を手で覆う。

しかしその暗闇に慣れた目の眩しい光に向かうジョーンの姿は何処かしら
神々しくさえ感じた。
僅かに微笑みを湛えたかのようなその表情が更にそれを感じさせたのかも知れない。

「貴重な話を、有り難う御座いました」

ジョーンが最敬礼でジタンヌに礼をした。
K.U.D.Oの面々も次々にそれに倣ったが、ジョーンにとってそのジタンヌの独白が一種の救いと
自分のかつてしたことが間違いではなかった、他人の運命を左右してしまったが、
間違いではなかったのだとジョーンが受け止めた事をルナは感じた。

その日はもうそこでいい時間だったこともあり、休むこととなった。



女性三人に宛がわれた部屋で既に消灯していたが微妙に寝付けない空気が漂っていた。

「いやー…どうなることかと思っちゃった」

アイリーの呟きが切っ掛けだった。

「どうかな…あの女性のことだもの…「ひょっとして」とは思ったかもね
 理屈はどうあれ「そうだからそうなのだ」という世界の一端を見たのだから
 …ジョーンの正体や、あたしらの正体も…「ひょっとして」で留めて
 飲み込んでくれたのかもね」

ルナが続いた、そしてそれは確かに「そうかも知れない」と
アイリーもジョーンも思ったのであった。

「…どのみち…深追いしてはいけない世界だと認識してくれたのなら
 それでいいわ…そうでないと…」

ジョーンの呟き、

「流石にここにはもう争いは持ち込みたくはないわよね、規模が何であれ」

「そうだねえ、折角戦後にここまで頑張ったのにねぇ
 …そう言えばジョーン、最後の宿題ってあの「不幸に屈するな」って
 シュトロハイムさんに言われたって奴?」

ルナに続きアイリーがジョーンに質問をすると

「ええ、そうよ…」

「あー…世の中何が正しいんだか分かんなくなっちゃう」

アイリーの率直な感想だった。

「人生のレールって奴は時には分岐があっても操作不可能で
 一方にしか進めなかったりする物だわ、でもルートを選べる時も
 必ずある、自分の信じたルートを突き進むしかないのよ。
 例え間違っていたと思っても、修正するチャンスは必ず来るわ」

ルナが言う。

「まぁねぇ、膝抱えて悩むのはいつでも出来るからねぇ」

アイリーが言った頃、ジョーンの微かな寝息が聞こえてきた。
珍しくジョーンが先に寝付いてしまったようでリアクションもなにも無くなってしまった。

「ジョーンも今日は気疲れが激しかっただろうねぇ」

「でも、満足ではあったはずよ、あたしらも寝ましょう、明日はまた強行軍だわ」

「そうだねぇ、あー、残り三日、ゆっくり出来るといいなぁ」

「何が何でも謳歌しましょう、もう、今回のことは終わったわ」

そして二人も眠りに落ちた。



休暇四日目夕方である。
ジブラルタルのメインストリートで観光をしていたミュリエル。
彼女はリードで繋いだリベラを抱きかかえ、その側には小粋もいた。

港の辺りを散策していた時である、半島の付け根にある(そして国境でもある)
空港から一人の男がやってきて

「おう、ミュリエルじゃあねーか、元気してるかよ?」

その声と口調、ミュリエルが振り返ると軽めの服装に少なめの荷物を背負ったそれは

「ダビドフ…」

「なんだよ、ジタンもこっちだって言ってたが全員集合か?
 それにしちゃ奴に電話も繋がらないが」

ミュリエルは少し警戒したが、野生動物の小粋も、敵意に敏感だと聞いていた
リベラも特に敵対的な反応は取らなかった。
(少しだけ、リベラには緊張の動作もミュリエルの腕を通して伝わっては来たが)

「…いや…色々あって彼らはフランスのパリに行っている、仕事も絡んでいて」

「ハッ、リゾートにやってきても仕事か、ジタンも一緒って事は
 あいつの里帰りも兼ねてるって事かねぇ」

「そんなところだ…貴方もここへ?」

「あー、いや、俺はここからシーバスに乗って…モロッコ行きさ。
 砂漠に行きたくてね、まぁ…丁度ここが接続地点になるし
 ジタンの奴や…あわよくばK.U.D.Oの奴らと会えればな、とは思ったが
 …熟々…縁には見放されてるよーだなぁ」

「待っていればよいのに、先ほど連絡があったが…夜には全員戻るようだぞ」

「…んー…まぁ、俺は今回の全便予約しちまってさぁ
 もう…ほれ、そこに停泊してるのに乗んなくちゃなんねぇのよ」

ダビドフはミュリエルを見据え、跪き

「俺も嬉しいぜ、お前がウチのプレジデントでなく、K.U.D.Oの奴らと
 先に出会ったことがな、俺的にはお前さんには色んな意味で強くなって欲しいが…
 まぁ、それは任せるわ」

「貴方を倒せるほどに? だが私の能力では無理だ」

「…一人じゃあ無理だろうさ、俺だってそこまで手加減してやるつもりはない
 だが、お前には仲間が居るだろ、友達がいる、それでいいじゃねぇか」

「ジタンは貴方にとって友人ではないのか?」

「…うん、そーだな、奴は俺には同情的ではある、間違いねぇ
 でも…あいつは間違いなく心情的にお前の味方さ」

「…そう寂しいことを言うな、お前も友達になればいい、
 ジョーンはああ見えて結構お転婆だし、楽しい人だぞ、他のみんなも」

「…そうか、あの女、お転婆なのな、いや、俺それが聞けただけでも十分だよ
 んじゃまぁ…出航時間まで30分…そろそろ俺は行くぜ」

「あ、ちょっと待ってくれ…砂漠に…何をしに行くんだ?」

「…さぁ…静かに月でも見ていてぇかなぁ、言葉も習慣も環境も違う場所で
 ちょっと揉まれたくなったのさ」

「…結構貴方もロマンチックな人なんだな」

そう言うとダビドフは笑って

「柄でもねーよなぁw
 じゃ、まぁまた会う事があったらな」

以前よりは柔らかくなったダビドフは、以前よりは社交的になったミュリエルの
頭を一つ撫でて、手で挨拶をして乗船していった。

近くで買い物でもしていたのだろう、刑事とその細君がやってきて

「今のは…BCの」

「ダビドフだ、私を最初に保護した」

「…あなたの話によると…割と油断なら無い人って話だけど…」

「ああ…」

「…私も初めて会った時はそう思った、殺されるかも知れないとも…
 でも…今のあの人は…とても寂しそうだった」

「…そうか」

「K.U.D.Oの皆もジタンも夜には戻ると連絡があったのに
 船の予約から何から全部やったからと行ってしまった
 …なんだか勿体ない気がする」

「…巡り合わせが悪い時は…しかたのないものさ、ミュリエル、
 ホテルに戻って夕食でもとろう」

「はい」



モア一家は夕食後ロビーで団らんしていた。

そこへ午後8時頃だろうか、彼らが帰ってきたのだ。
ミュリエルが飛び出していって、再チェックINをして居るメンツに「おかえり」と挨拶をしている
かなり疲れ切った様子で、口々に「ただいま」を言いつつウインストンが代表で
ミュリエルの頭を撫でていた。

モア夫妻もこちらにやってくる。
位置的にジタンが刑事の握手に応じた。

「娘がどうしても君たちに挨拶する、というものでね、疲れてるところを済まないね」

「いえ…ちょっとした和みですよ、いいものです」

「そういえば」

ミュリエルがジタンに言った

「そういえば、ここに一瞬ダビドフが来ていたぞ」

「あいつが? 一瞬ってどう言う事なんだ?」

ジタンが応えると、チェックイン作業をして居る者以外がミュリエルの方を見た。

「モロッコの方に行くとかで…来た早々シーバスに乗っていった」

そればかり聞くと、ジタンは携帯電話を持ってホテルの外へ出た。
少しばかり長く呼び出しをかけていると

『よーぉ、ジタン、用事は終わったのか?』

「ああ…ちょっと通話のはばかられる機会が多かったんだ、
 祖母の疎開先だったというのは知っていたが…まさかその当時無くしたものを
 捜索する展開になるとは…夢にも思わなかったよ…
 ところでお前は何をしにモロッコへ?」

『いやー…なんとなく、しらねぇ文化圏に行ってみたかったっつーか…
 しかし猫が多いなァ、ここは…』

なるほど、電話の向こうで猫の声が聞こえてくる
ジタンはちょっと微笑んで

「猫に好かれるなんて…お前もだいぶ角が取れたようじゃあないか?」

『ちょいとその辺で軽く食うモンでも…と思ったのが間違いだったなぁ』

と、ジタンの横にルナが居て「電話貸して」というポーズをしている。

「ちょっと電話替わるからな」

ルナがジタンの電話を手にとって

「なんか仕事も大分「す」が出来てるようだけれど、貴方も休暇?」

『おー、ルナ…ああ、アフリカだし色々物騒な部分もあるから仕事だって
 言いてぇ所だがな…何だか疲れが来たっつーか』

「違う文化圏とか言ってたようだけれど、なぜまたモロッコ?」

『行きやすいところだったってーのと…後はあれだな、笑うんじゃあねーぞ
 砂漠で月を見たくなってなぁ』

ルナがちょっと思案するような(企みではなく、この表情はダビドフを心配しているのだと
 ジタンには判った)表情になり

「今後の進路について何か悩んでることがあるなら言いなさいよね」

『はっはァ、ジタンの言うとおり、優しい女だねぇ…
 これだけは言えるよ、当分生き方そのものまでは変えられない
 俺はちょっと色々行き過ぎちまった』

「………」

ルナは考えた、自分の今の言葉ではダメだと。
そして受話器を何も言わずにジョーンに差し出した。
ジョーンは少し驚いたが、その電話を取って

「もしもし? 会話をするのは初めてかしら、ジョーンよ、宜しくね」

咄嗟に何か挨拶めいた言葉になってしまい、ちょっとジョーンも
自分は何をやっているのだろうという表情になりつつ

『よぉー、あんたと話せるとはなぁ』

「ちらっと聞こえたのだけど…砂漠に月を?」

『ああ、ミュリエルに「意外とロマンティック」と言われちまったw』

「気持ちはわかるわ、わたしも160年くらい前そうやって砂漠に行ったから
 …それでね、ダビドフ…わたし何故かその時のことを大分忘れたのだけど…
 砂漠に開く「もう一つの扉」にもし出会ってしまったら…気を付けて」

『はァ? どーいうんだ? 砂漠の真ん中にドア?』

「物理的な扉というのではないの…砂漠の何か…どう言う切っ掛けか
 緑の森が見える場所があるかも知れない…もし…
 そこに入り込むことがあったとして…ちゃんとそこにいる人々の
 言葉に従って行動してね」

『お前さんが覚えてないってのに…一体そこに何があるやら』

「ごめんなさい、本当に良くは覚えて居ないの、でも…そこは…
 生きた人間の住む場所ではないわ、どれほど居心地が良くとも…」

『まぁ…話半分に聞いておくよ、ジタンに替わってくれ』

ジョーンがジタンに携帯を返す

「…何だか妙な具合だな」

『そうだなぁ…ははッ、ンまぁ別にセンチメンタル・ジャーニーとか
 そーいうんじゃあねーから、別に砂漠で力吐き出そうとか
 そういうのでもねーし、静かな場所で静かな時間ってのはどんなもんかな
 ってそれくらいのもんさ、お前はあと三日ほどか?
 せいぜいそこでリフレッシュしとけよ』

「お前もな」

通話が終わった。
ジタンはジョーンに

「160年前のこと…本当に覚えて居ないのか?」

「…ええ、不思議なことに」

「確かにその辺の時代の痕跡って殆ど無いんだよな
 君にしちゃ、なかなか珍しいよ、付ける気もないのに足跡付けちまう君の性質からしたらさ」

ジョーンはちょっと苦笑した。

三人がホテルに戻ると、モア家と他のK.U.D.O組で世間話をしていた。

「やぁ…ダビドフとか言う人物はモロッコだって?」

ポールが声をかけてくる。

「砂漠に月を見に行くなんてよォーちょいと洒落てるよなァー」

ルナはちょっと考えて居たことを頭の奥に仕舞いながら苦笑気味に微笑んで

「…でも、明日はモロッコに行こうなんていうのは流石に勘弁よ、ケント」

「そーだねぇ…来年だね、来年!あるいは年末年始辺りかな!」

アイリーが一つ、行きたいところを今からキープした。
ジタンが微笑ましく思いつつもやや疲れを見せた表情で

「…とりあえず俺は部屋に戻るよ…お休み」

全員でお休みと言いつつルナが

「別に一緒に行動しようって言うのでもないけれど、
 部屋にこもってお酒飲んで過ごすとかそう言うのは控えなさいよ」

ちょっとだけそう言うつもりもあったジタンは本当に苦笑してエレベーターに乗り込んでいった。

「そうだ、部屋にリベラが居る、お返ししなくては」

ジタンの乗り込むエレベーターにミュリエルも乗り込んでいった。
ちなみにミュリエルは既にモア家でリザーブした部屋の方に移っていて、リベラもそこで
保護していた、と言うことである。

「…いやいや…娘がすっかり明るくなったよ、積極性も出てきたし」

刑事が言うと

「言葉遣いがおかしいからなんだとあなたが言ったんですってね」

細君がルナに言う。

「…ああ…あたしホラ…アメリカ訛りだから…でもそんな事気にして
 弱点だなんて思ったら損だから…「いいじゃない、だから?」ってね
 勿論間違って覚えたり英米で意味の微妙に違う物とかは覚え直したけれど」

「最近だとアルミニウムとアルミナムだね〜」

ルナは苦笑して

「そういえば、そんな事もあったわね」

「まぁ…とにかく感謝してるよ、どうしたって親が出来る事と友達が出来る事は違うからね」

「あの子は大丈夫だろ…結構強運の持ち主っぽいし」

ウインストンが言う。

さて、それにしても自分たちはここで待っていればいいのか、それとも
部屋に戻ればそこにいるのか、どっちなのだろうと思った。


第五幕 閉

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