Sorenante JoJo? PartOne:OrdinaryWorld

Episode2

第五幕 開き

「ああ、ルナぁ、よかった、もう後15分くらいで出発だって」

アイリーだよ
とりあえず列車の発車時刻が決まったことを告げて15分
帰ってきた4…あれ…?
三人…

「ジョーン君はどうしたんだね?
 まだ解決していないとか?」

ポールが皆に聞く。
スティングレイが騒ぎ出した。

「だーかーらーッ! やべーって言ってるだろーがよーッ!」

機嫌の悪そうなルナが一言

「うるさいわ」

「今、ジョーンが一人残って「対処」している。
 俺たちはまた発射時刻を遅らせるために戻ってきたんだ。」

状況説明はルナの範疇なんだけど、なんかルナ妙に口数少ないのよね
だから空気を察したウインストンが説明してくれた。

「でも、どーするよぉ、…もう線路に置いて邪魔できそうな
 「手ごろな」岩はないぜぇー」

うん、さっき駅員さんたちが片付けちゃってた…

「思案する時間の間に、誰か応えてくれないかね?
 一体何が起こっているのかね?」

ウインストンはルナに説明させたかったようだけど、
ルナがさっきからずっと深く深く考え込んでるから
しかたねーって雰囲気バリバリで教えてくれた。

絶対零度で全てを止めるスタンド?
うっわ、凄そうだけどあたしよくわかんない。
ウインストンもどう説明したもんだかよく判ってないみたい。

「…まだ本体の生体反応が完全に消えたわけじゃないのよ…
 多分だけれど…それでスタンドはその僅かな「命の残り火」を
 守ろうとして絶対零度で時間をも止めようとしてるって訳よ…」

ルナが口を開いた。
なるほど、…なんだか悲しいスタンドだね。

「スティングレイ、あなたちょっと手伝いなさい。」

「なッッ! 何言ってんだテメーッ!
 オレはたまたま通りがかってたまたま見ちまっただけの
 ただの通りすがりで何の関係もねーッ!!」

「あなた一人が無事ならそれでいいって言うのね」

「たりめーだろー!」

「じゃあ、逃げてもいいわよ、その代わり、発車時刻までの間は
 協力して頂戴、貴方の能力が必要だわ。」

ルナは少しお金をちらつかせた。

「15分の拘束で50ポンド、悪くはないと思うけれど?」

「…ほんとーに発車時刻までだな?」

「約束するわ。」

「…で、オレはどーすればいーわけよ?」

「…判ったぜ、内部配線の一部とか…探すのには手間が掛かるが
 直すのには手間が掛からない「故障」を作れって事だな?」

ウインストンだ、こーいうことには頭切れるんだよね、彼って。

「そういうことよ、報酬は一箇所ごとに払ってゆくわ。
 アイリー、ポール、彼を放して。」

そうはいっても…内部配線を切ってしまうのは
それはそれで不味い気がする。
配線の先がプラグになっているようならそれを抜く、
ヒューズがあるなら外す、もしくはショートさせる。
(これが一番自然かもしれない)
センサーの類を誤作動させる、
他…他は何か

「ワイパーの誤作動とか…ちいせーことだがやるならやるぜ?」

「なんだよ、オメー、結構やる気あるじゃん?」

自分から提案をした彼をケントがからかう。

「へへっ、正直スタンド能力で「いたずらをしていい」ってのは
 ちょっとやってみたかったんだw」

「だめだよ、今回は特別なんだからね」

あたしが釘を指すと

「判ってるさ、そんなこたー。
 だが正直こんな能力持ってたって悪用しか思いつかねーからなー」

ウインストンとケントとポール監視でスティングレイは透過能力を使って
乗務員室に忍び込んだりして細工を始めた、その様子を見届けると
ルナがあたしに

「…ジョーンを探知して、状況をモニターしてね。」

「ん、オッケー」

「あと…携帯電話借りるわね」

「うん、あ、でもメールとか見ないでね」

「…見ないわよ。」

ルナはジョーンに電話をかけた。
すっごい寒いんでしょ?
繋がるのかな?
エジンバラに来るときにジョーンがあたしにしたように
自分を暖かくしてるんだろうから、大丈夫かな?

「あ…ジョーン? 大丈夫なの? 今どの位置?」

繋がったみたい、あたしの探知もモニターを開始した。
およそ二メートルと出てるけれど。

「二メートルね? 絶対零度領域だわね…」

ルナがあたしにジョーンが嘘を言ってないか
(あたしたちを安心させるため、とか)
目配せをした、あたしは大きく縦に頷いた。
大丈夫だよ。

「…え? もう少し進む? なんでよ?
 …スタンドに意思らしきものがあるかどうか
 二メートルじゃ判別できない?
 …声は元気そうだけれど…2メートルから先は
 科学の及ばない世界なのよ…」

「え、絶対零度ってよく聞くけど?」

あたしがつい口を挟む。
あたしのベイビー・イッツユーでも温度はモニターできて
確かに中心より半径二メートルは絶対零度とある。

「…氷点下273.15度、絶対零度は厳密には人類は作りえないわ。
 ケルビンで0.000000001度とか…「限りなく」近づけはしてもね」

「…そんな温度の揺らぎは無いよ、ベイビー・イッツユーは
 紛れも無くその領域が絶対零度だっていってる
 …あ…ジョーンが入っていった…」

「…ジョーン…2メートル以内に近づかないと本当にどうにもならないの?」

あ、ルナが凄い心配そうな声になってる。
そんな心細そうなルナの声は初めて聞いた。

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「大丈夫よ、本来電磁波だって飛べないような中なのに
 ちゃんとこうして話しているじゃない?」

わたしは努めて普通で居ること、携帯電話とその電波の道筋だけは
確保するようにオーディナリーワールドの力をフルに使っている。

…でも正直…もう全身に殆ど感覚は無い。
本来液体ヘリウム以外の元素は量子的揺らぎしか許されない領域。

常温なら20メートルほど空気を操れるけれど…
今この領域の中…しかもわたしのように
「そんなこともできる」のではなく、絶対零度を専用に
作り出す能力の前では…

「1メートルまで近づきたいわ…ええ、それならスタンドそのものに
 触れられそうだし…ええ……あっ…」

いけない…思わず声を…
わたしの右足首から先が地面にとうとう張り付き、ひびが入って
脛から先が折れてしまった…ば…バランスが…

「ちょっと、ジョーン!! どうしたのよ!!?」

叱咤にも似たルナの声。

「いえ…ちょっとバランスを崩して…いえ、ただのドジよ…」

また一歩歩くと左足も同じ運命に。
脛の部分もひび割れて大腿の真ん中辺りまでどんどん割れて行く。
そういう部分はもう諦めて絶対零度の中に置いてゆくしかないから
音は伝わらない…バレては居ないと思う…
でも…もう立って居られない。

「ごめんなさい、ルナ…ちょっと切るわ…あ…」

僅かな大腿と地面との接地点が張り付いてバランスが…
腕も凍ってる、わたしはそのまま前のめりに崩れ落ちた。
右手が割れて離れてしまう。

携帯電話の動作は続けられるようにしてあるけれど…
わたし本体から離れてしまうともう音は伝わらない…。

「仕方ないわ…」

腰から頭まではオーディナリーワールドが死守している領域だから
腕とかの末端以外はほぼ凍ることは無い…
とはいえ…

何とか動く左腕の力だけで進むには…かなりきついかな…正直。
…ふふ…でもなんだか思い出しちゃった。

「ねぇ…オーディナリーワールド…状況はかなり違うけれど…
 いつかかなり昔にもこんな風に手も足も失いながら
 必死に逃げ回ったことがあったわね…」

「…アノ時ハ…「替エノ肉体」ガ…タマタマアリマシタ…デモジョーン…」

「…ええ、今回はそれは望めそうにないわね…
 …でも、ほら…あの時は「逃げて」いたわけだから…
 肉体を再生するにも追っ手のはるか後方…だったけれど
 今回は違うわ…わたしは「追う側」なのよ…
 ほんの数十センチで体の部品も散らばってる」

「シカシ…コノ数十センチガ…永遠ニモ通ジル道程…」

「スタンドに触れようと…したならね…」

わたしの凍った左腕がスタンドの足元に散らばる鉄塊の
一つに手を伸ばした。
それは「本体の頭」

「…ふふ…、やっと…捕まえたわ。
 名も知らないスタンド使いさん…わたしはジョーン。
 …ああ…勿論貴方を殺した人間じゃあないわよ…
 聞こえるかしら…凍ってしまった貴方の魂に…」

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「ジョーン! ジョーーーンッッ!!!」

ルナが凄い叫んでる…

「ルナ…気休めかもしれないけれど…
 ジョーンの体温はそのままだよ、大丈夫、生きてる。」

「ジョーン君がどうかしたかね?」

ポールたちが戻ってきた。
やれることは全部やったみたいだけど…流石にこれ以上やると
テロの可能性を疑われちゃう…
去年ロンドンで爆破テロがあったわけだし…
暮れには元ロシアの諜報員暗殺で放射性物質だっけ…

イギリス中がピリピリしてるから…

「…電話は通じてるけど…ジョーン本人から遠ざかったみたいよ…
 「拾えない」事情って何かしらね…」

「…腕や…足が砕けたか…」

ルナの問いにウインストンが答える。

「で…でも確かに体温は感じるし…さっきまで動いてたし…今…
 ジョーン本体がスタンドの手前一メートル…」

「…うごかねーのが…「到着したから」…であってほしーなぁ…」

「…信じるしかないのよ…もうあたしたちにはそれしか出来ない…ッ」

怒ってるとも深く悲しんでるともとれるルナの表情。
何も知らない乗客を何十分も足止めしてる、もうこっちは限界だよ…

「信じらんねーっ! クレイジーだよ、お前らッ!
 確かに放っておいたらやべーだろーが、何でここまで必死になってんだよ!」

スティングレイが思わず叫んだ。

「…俺は野良スタンド使いだった。
 能力を磨くために野良試合やら殆ど殺し合いのようなこともやった
 …十年前まで不定期にロンドンでやってたトーナメント試合なんかも
 一匹狼気取って結構いいとこまで進んだもんだな、
 今のお前のよーな感じだったろうぜ。」

ウインストンがいきなりそんなことを話し出した。
あたしも皆も「?」って感じ。

「…俺に人としての礼節って言うか…「人としてのプライド」を
 教えてくれたスタンド使いが居た。
 「相手を殺す」以外なんでもありな試合の中でもそいつは
 相手に礼を尽くし、常にお互いが全力でぶつかれるよう
 心がけてた。
 そうだな…ちょっと印象がジョーンに似てるかも知れねー。」

「女だったのかよォー?」

「…ああ、日本人でな…、フェアプレー精神に関して奴らの
 上を行く民族はそうそう居ないと感じた。
 …まぁそいつ…その「人としてのプライド」のせいで
 反則スレスレの対戦相手に殺されちまったんだが。」

「しんじまっちゃーよー、何にもならねーだろーがよー?」

スティングレイが口を挟んだ。
あたしもややそう思うんだけど、でも、違うよ。

「人を羨ましく思うのはいい、だが妬むな、恨むな、
 やるだけのことをやってダメだったのなら、それがどうあれ自分の実力だと
 そいつは言って死んだんだ。
 …自分さえ良ければ…自分が強ければそれでいいと思ってた俺に
 そいつは死を持って「人として守るべき人としてのプライドがある」
 ってことを教えてくれたんだ。」

「それがこの通りすがりの事件に何の関係があるってーんだよーッ?」

「いきさつはどうあれ…無残に殺されたスタンド使いが居る
 スタンドに独立した意思があるかはわかんねえが…
 守ろうとしている」

「「放っておけない」…そういうことよッ!
 あたしたちは…スタンド使いの人間として…ッ!」

「スタンドは普通の人には見えないからね…
 こんな戦いがあって死んでもスタンドは本体を守ろうとしてるんだよっ…て
 説明なんて普通に人には出来ないからね…」

「…我々が後始末をしなくて誰がするというのだね…?」

「列車が走り出したとしてもよォー…ジョーンが動けねーようなら
 俺はそのときは列車を半壊させてでも止めるぜぇー
 …勿論誰も傷つけねーでだッ!」

スティングレイはあたしたちがまくし立てたせいでちょっと泣きそうな
表情になりながら

「…やっぱクレイジーだぜー、おめーらよーッ!」

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「………聞こえるかしら…?
 携帯電話の…向こうの声が…」

オーディナリーワールドの力で何とか「糸電話のように」音を
鉄になった本体の頭部に伝える。

「…貴方の「死」は痛ましいことだわ…野良試合だったというなら
 尚更許される対戦相手ではないけれど…
 どうあれあなたは敗れてしまった…
 …貴方の命の残り火を必死で守ろうとしている貴方のスタンドは…
 このままではエジンバラとロンドンの線路を寸断してしまう…」

「ジョーン…一瞬シカ開放デキマセンガ…」

「ええ…やって頂戴…
 目覚めて頂戴…名も知らないスタンド使いさん…
 貴方を放っておけない…その声を貴方に届けるために…
 ………オーディナリーワールドッ!!」

彼女の力を一瞬開放する、連続で出来ないのはわたしの命をキープするため…
ほんの一瞬…あたりの温度を「常温」にまで戻す。
凍っていた時間を…一瞬元に戻す…
スタンドはそれに反応して自動的にまた絶対零度領域を作り出すけれど…

「届いて頂戴…ッ! 貴方が安らかに眠れるように…ッ
 わたしたちの気持ちを…ッ!!」

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「…!」

ルナが携帯電話に反応した。
ジョーン?

「…一瞬…ジョーンの叫びが聞こえた気がするのよ…」

「叫び…? おい…」

ウインストンが心配そうに聞いた。

「いいえ、断末魔とかそういうのじゃあないわ、誰かに何か…伝えるような…。」

ルナが大事なことを言ってるその時に、ガクン、と列車が動き出しちゃった…!

「あ、ああ…どこから何を言おう…絶対零度領域がほんの一瞬だけど
 常温になったの…ああ…列車が…」

「オーディナリーワールドだね、何をするためかは判らないが…」

「ジョーン! ジョーンッ! 生きて無事ならちゃんと返事をしなさいよッ!
 不幸にも亡くなったスタンド使いの残り火のために…
 貴女まで死んだとあってはその人だって…浮かばれないでしょうッ!?」

ジョーンが…死ぬ?

「おいよぉー、ジョーンが死ぬってどーいうことだよぉー?」

「オーディナリーワールドは確かに強いスタンドよ、
 ジョーンもかなり歴戦のスタンド使いだわ、でも…
 あたしは知っているッ…!
 彼女の能力に「絶対」はないと言う事をッ!」

「でも…」

「彼女は「死ねない」といったわ、スタンド効果なのか…
 彼女はそれを逆手にとって死んでもおかしくない状況に
 あえて身をおいてるのよッ…
 止めたかったけれど…だけどあたしたちにだからといって
 何が出来たわけでもない…ッ」

考えてみれば他に誰が絶対零度なんて制覇出来たろう?
何が手伝えただろう?
…なんにもできそうにない…それはそれぞれのスタンドの
属性によるものだって言ってしまえばそれまでなのだけど…

皆一瞬黙ったんだけど…ケントが気づいちゃったのね

「おいよぉ…徐行運転だけど…もうすぐ「現場」だぜェーッ!」

「ケントッ! なんでもいい、スティングレイ! おめーもだッ!
 知恵を貸せッッ!! 列車をなんとしても止めなくてはならねえッ!!」

あたしもう、どうしたらいいのよーッ

「ジョーンッッ! 生きて無事な体で帰ってきなさいよッッ!
 …でないとあたし…あんたを一生軽蔑してやるわッッ!
 お願いだからジョーーーーーンッッッッ!!!」

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一瞬動いた「世界」一瞬動いた「時間」

彼らの叫びは届いたのかしら…?
いけない、さすがに意識が遠くなる。

虚ろになってゆく意識の中で…鉄の頭部から煙のような…
立ち上ったそれは…ああ、そう、彼の…魂。

「…スタンド使いなんて便利な言葉は最近知ったが…
 こんな力を持っている以上はいつかこんな日が来るだろうとは思っていたよ…」

「…目覚めたのね…」

「わたしのスタンドが…とんでもない事態を引き起こしてしまったようだね…
 君の体も砕けさせてしまったようだ…」

「…いいのよ…これはまだどうにでもなるから…それより…
 残念だけれど…まだ炭素と酸素の塊…たんぱく質の塊の状態だったなら…
 あるいはどうにか出来たかもしれないのだけど…
 ごめんなさいね…鉄の状態からでは…間に合わない…」

「…仕方ない…さっきも言ったろう?
 いつかこんな日が来ると…
 なぁ…君…私もこのまま行くべきところに行こうと思うのだが…
 一つ頼まれてくれないか…?」

「…ええ、その為に…わたしはここまで来たのよ…w
 わたしはジョーン、ジョーン=ジョット。」

「私はダン=ヒル…ほんの…この線路から木々を抜けて…
 ほんの500mくらいのところに雑貨屋がある…
 妻に一言だけ伝えて欲しい…月並みだが…ふふ…
 こうとしか言えん…」

「「愛している」…ね…?」

50代だろうか、初老にも差し掛かろうという物静かな男は
照れたようだった。
かわいらしい、そして、羨ましい。

ピシッとわたしのボディーや顔にもひびが入りだす。
もう持たない…

「判ったわ…必ず伝える…」

「済まないね…君もそんな姿にしてしまって。
 さぁ…思い残すことは無い、行くべきところに行くのだ。
 我がスタンドよ…君に名前をつけることも無かったが…
 今名づけよう…アクロス・ザ・ユニヴァース、行くよ。」

「イエス、サー」

意思もリアクションも何も見せなかったスタンドが初めて言葉を発した。
…一気に回りが常温に戻る。
凍っていた空気が蒸気になって立ち上る。
遥か彼方に昇ってゆく彼とスタンドの姿は…その蒸気で見えない。

「…約束しちゃった…ふふ、さぁ…オーディナリーワールド、
 体を再生しなくては…まずいわ…痛みが戻ってきたの…」

波紋法で痛みがコントロールできるのは軽傷のみ。
先日指が飛んだけど…本当は結構痛かったのだから…
全身ひび割れて手足が砕けてるこの状態…
すっごく痛い…苦しい…泣き叫びたいくらいよ…

「ジョーン…ダメージガ余リニ酷イデス…」

「ほ…骨と…筋肉からまず…血管を次に…
 そうしたら…少しは…自分で痛みもコントロール…でき…」

余りの苦痛に気を失いそう…折角解決したのに…
このままじゃあルナに一生軽蔑されちゃうわ…
…ああ…列車の近づく音が聞こえる…

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俺だッ! もう誰だっていいだろ?

加速し始めた列車の窓からケントの奴が前方を見てた。

「ウインストンッ! 300メートルほど先か?
 いきなりすげぇ霧だぜ!」

その時アイリーが

「みんなッ! 一瞬じゃあないッ「現場」が常温に戻ったわッ!」

「…どうやら「成功」したようだが…間に合うかね?」

「間に合わせるしかねェッ!……しかしッ」

俺の風で列車を止めるほどの風力は出せねェ…
出せたとしてそれは先頭車両の転覆を意味する…ッ!

そんな時スティングレイが

「おい、標識や信号はどうだ!? お前「風使い」だってーんならできるだろー!?」

「それだッ!!」

ケントの隣に俺が割り込む

「風街ろまんッッ!!! 暗闇坂むささび変化だァァアアアーーーッッ!!!!」

「アイヨォォォーーーーーッッッ!!!!!」

最大風速の威力を薄く薄く風のカッターにして信号を切る、そしてそれを
線路側に倒すッ!

運転手がビックリしてブレーキをかける!
皆が慣性で前にのめる、体制を崩しながらもアイリーはモニタリングを続けた

「うっわぁぁああっ ダメよッ!
 このペースじゃ…ちょうど「現場」辺りで止まっちゃうわっっ!」

ジョーンに注意が行過ぎてた余りに状況についてゆけなくなってたルナ、
彼女が持ってる電話にジョーンが出たらしい。

『ごめんなさい…無傷とは…いかなかったわ…』

「なにいってんのよッ! そんな事もうどうでもいいのよッ!
 動けるなら早く動きなさいよッッ!
 列車がギリギリ貴女の上で止まるペースなのよッッ!」

そのやり取りにケントが

「ちっくしょぉぉぉおおおおーーーッ!!
 止めてやるッこの俺がよォォォオオオオーーーーッッッ!!
 フォーーーッッエンクローズドッッウオーーールズゥゥゥウウウーーーーッッッ!!!」

おいっ! まさか列車を破壊してでもって言うんじゃあねーだろうなッッ!?

「10メートル…5…3…ああッ!」
アイリーももうモニターするのが辛くなったようだ、
列車のブレーキ音が響く

凄いブレーキ音の後に不意に列車が止まった、でもなんだか…なんていうかな
壊れた風でもなく、弾力ある柔らかいものにぶち当たったような。

先頭車両の先はまだ絶対零度から復帰して間もない、凍ってた空気の蒸気で
気温もまた低いところとまぜこぜになって水蒸気も酷い、

「ジョーーーーンッッッッ!!」

アイリーが叫びながらモニターしてたスタンドの糸を解き、
先頭車両の乗降口から線路の先へ糸を投げた。

皆も乗降口付近に殺到する、客室と乗降口を隔てる扉の間に
6人…って狭めぇー…ッ! タラップまでもゆけねーッッ!

止まった拍子で開いた扉からは濃い霧が入り込んでいる…。
その向こうから…
重そうな足取りで線路に敷き詰められた石の上を歩く音。

ザシュ、ザシュ、ザッ…ザッ…

カタン、カタン…

タラップを上がる足音。
そして霧の向こうからやってきた…ジョーンだッ!
左手にポールの携帯電話とアイリーの投げた糸を握っている、
そして右手で抱えているのは…「被害者」の…成れの果てか…?

ジョーン、ひでえ状態だ…全身「やっと繋ぎ合わせた」って感じの
砕け散ったんであろうひび割れの痕、血が全身から流れている。

「有難う…信号と…そしてケント君…壁…「硬いけど柔らかく、
 勢いを受け止める壁」…助かったわ…」

弱々しい…ここまで弱ったジョーンは初めてだ……いやまあ…
こいつと会ってまだものの二週間弱だ…当たり前っちゃあ当たり前だが…

誰もが一番先に声をかけようとしたろう、その空気が全員に伝わるから
一瞬間が空いたそのときだ、

客室との出入り口で6人詰まってたそこから抜け出したのは…ルナだった。

「貴女しか…貴女しか出来ないことだったからって…貴女…何やってんのよ……ッ!!」

…泣いてる?
目に一杯涙をためてやっと漏らした声でジョーンに駆け寄って…
すがるように一瞬なって

「ごめんなさい…戻るまでに無傷になればって…そう思ったのだけれど…」

「…はったおしてやりたい…往復ビンタでも足りないくらい…!
 でもこの体中の傷がもっと酷いことになったら…
 あたし治したくて…うずうずするのよッッ!」

スタンド名の名乗りも上げてないのにフュー・スモールリペアーが現れた
そしてジョーンに触れると彼女の傷は一瞬に消えた。

「…彼女の能力は確かに瞬間で効いたが…全身は一瞬だったかね?」

そこで初めて二人以外のポールが口を開いた。
こないだ全身治療を受けたばかりのケントが

「…いやぁ…腕なら腕、足なら足…って感じだった気がするんだけどなぁー」

「そういやケント、オメーの壁も「ただの実体化」を越えてたようだぜ?
 …アイリーも無意識だが糸の状態でジョーンに命綱渡したよな…」

「皆…テンションが高まった…そういう事だね、では、私の出番だな。」

そのやり取りを聞いてたジョーン、自分の胸で泣くルナを慰めるようにしながら

「…ポール、運行に支障はなくても…
 一時間だけ停車するように常務員さんを説得して」

「…うむ、その右手に抱えた…「彼」の遺族に会うのだね?」

「…ええ、約束したのよ…月並みだけれど…精一杯の気持ちっていうのを伝えなければ…」

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アイリーだよ。

ポールはスタンド「マインド・ゲームス」を使って交渉を有利に進めたのね。
どういうスタンドかって言うと、

ポールの背後にスタンドの顔面、ポールの視界に収まる範囲の左右に
手があって、ポールの視線でその左右の手の間に
選択肢つきの台詞が浮かぶんですって。
選択肢は二つか三つ、
アドベンチャーゲームって言うか、そういうのみたいに
会話が有利に進む選択肢が必ずあって、ポール自身も
どれがそれかは確信できないらしいのね、
「だがね、そこは勘と経験が物を言うのさ」
ポールはこんな風に言っている。

ちょっとカッコイイよね。

とにかく、予想つかない非常事態の連続に乗務員さんも
乗客の皆も混乱してるんだけど、ポールがなんでだか
その場を仕切っちゃうわけ。

「テロリストの仕業というなら、こんな小さな事はしないでしょう
 何故かは判らないが、色んな偶然が重なってしまった、
 小さな不幸かもしれないが、結局時間以外は何事もなく済んだわけです、
 ただ、こんな偶然がまた続くといけない、少しの間、乗務員さんたちには
 苦労をかけるが、点検などを一時間ばかりしてもらいましょう、
 乗客の皆さんの中で技術者の方がいらっしゃれば幸いだ、」

そして、

「乗務員さん、停車ついでに申し訳ないのだが…
 どうせ止まるのなら出発前に行くに行けなかった場所が
 すぐこのそばなのだが…乗車券はこのとおり、
 少し…点検の一時間ほど…席を外して構わないかね?」

乗務員さんも忙しくて乗客のケア一つ一つには手をかけてられないから、
あたしたちの名前と人数だけ確認して、列車を離れることを許されたのね。

反対路線の方もウインストンとケントが密かに妨害工作してたわけだから
上下線あわせて混乱中。
「運行を取りやめる」という決定を下さなかったのは、ポールの
「言葉の選択」でそういう流れにしたらしいね。



線路を横に、木々を抜け、少し歩くと確かにそこに雑貨屋があったのね。
あたしたちが行くと、奥さんと思われるおばさんが出てきた。
ジョーンが大事そうに抱える鉄になった旦那さんの遺体を見て、
深く悲しんだようだけれど、泣きはしなかった。

「…やはりこんな事になってしまったんですね、
 昼ごろ、家に…ここに突然やってきた人が
 「俺と戦え」って家を破壊する勢いでね…
 でも、私も…妖精の加護…とうか…「スタンド」というらしい
 力を持っていてね…」

奥さんもスタンド使い!

「「オ・ベナティ」っていうのね、私の居る領域を結界として守るスタンドなのよ」

「え、どういう名前なんだろう」

あたしが思わず言うとジョーンが

「「家の女」という意味のゲール語ね、ケルト民族の特定の女性に伝わる
 スタンド能力なのだと思う。」

へぇ…皆いっせいに声を上げた…って

「…あんた係わり合いになりたくないって言ってたのに…」

ルナが思わず突っ込んだ。
なんでかスティングレイがいるのよw

「…結局列車が動いて止まるまで関わったわけだしよー…
 オレ唯一の目撃者だろー、」

ちょっとしおらしいねw
…うん、でも、いい心がけだと思うよ。
奥さんは、でも、戦いの成り行きに関してはどうでもいい、というか
知っても悲しくなるというか、あまり聞こうとはしなかった。

「…主人の能力は普段であればそんな絶対零度とか…
 そんなのじゃないのよ、ごくごく涼しく、冷たくあるものを
 保冷する、くらいの…ささやかな能力。
 オ・ベナティの力で家は守られそうだけれど、
 このまま引き下がるとも思えない勢いだったのね、
 「仕方が無い、相手をしてくるよ」
 そういい残して行ったの。」

ジョーンが抱える旦那さんは「鉄の死体」だけれど、ちゃんと目は瞑られ
手も組んである。
オーディナリーワールドの力でそうしたらしい。

「肉体の状態にも戻せますが…」

ジョーンはそう言った。
なんでも、細胞や細かい部分に至る組織までそっくり鉄になってるから
その構造に沿ってもとのたんぱく質などの状態には戻せるって…
相変わらずよくわかんないけど、奥さんは首を横に振った。

「いいのよ、これが主人の亡骸だと言うなら、それで…」

「「愛している」と…貴女に…」

「ふふ…」

ドラマや映画なんかでは死に行く伴侶にそう伝える場面はよくある。
奥さんは、そんなちょっぴり歯がゆい言葉に、少し笑って、
でもそこで初めてちょっと涙を見せた。

感傷に浸るまもなく、ポールが

「奥さん、相手の男の能力は非常に恐ろしい、
 しかもかなり場当たり的というか、かなり
 …コホン、若者風に言うと「キレた」男のようですな…
 家を守るスタンドを持っておられると言っても…
 絶対の能力ではないでしょうし…少しの間だけでも
 避難されてはいかがですかな…?」

また来るかもしれない、そう踏んでのポールの言葉にも
奥さんは少し寂しそうに微笑んで、でもしっかり言った。

「オ・ベナティが破られて私も襲われ鉄になるというのなら、
 それもいいでしょう。
 この人の隣で鉄になれれば…」

深い愛だ…いいな、ちょっと羨ましい…
ジョーンも凄く羨ましそうにそれを聞いていた。
何年も何十年もずっと一人きりだったジョーンだもん、そうだよね…

何が何でも生き残るべきだと普段のあたしたちなら主張したかもしれない。
でも、この夫婦の愛の深さには…あたしたちの年輪じゃ太刀打ちできそうに無いや。

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帰りのちょっとした草原の真ん中、昼過ぎにロンドンに帰ろうとしたのに
もう日が傾き始めてるよ、ああ、私だ、ポールだよ。

すっきりしたような、モヤモヤしたような、もどかしいが、
どこか爽快としたような…イギリスの空のような気分だ。

ふと空に目をやると日の傾いた青空に小さな雲が一つだけぽつんと浮かんでた。

私の視線に気づいてジョーンもその雲に目をやる。

「ああ…この空…」

ジョーンはふとそうつぶやくと、その場に倒れこむように仰向けに寝転がった。
大の字になって、雲を見上げる。

皆ちょっとビックリした、いや私もびっくりした。

「どうしたのよ?」

今回の事件でジョーンにかなり気持ちを揺り動かされたルナが声をかけた。
ちょっと心配してる風でもあり、怪訝そうでもある。

「…あの日もこんな空だった…青空に小さな雲が一つぽつんと浮かんでた…
 そしてそんな空を…幼かったわたしはこんな風に見上げてたのよ。」

それを聞くと、全員が…なぜだかスティングレイ君までも空を見た。

「あの日って…?」

ジョーンの横の草に腰をかけ、同じように空を見上げてルナが言った。
ちょっと怖いことを聞きそうだ、という恐れも感じるね。
でも、ジョーンが語りたいのなら、受け止めよう、そういう
ルナらしい優しさも感じる。

「…わたしが…一人きりの放浪の人生を送るきっかけになったあの日
 何歳だったのかな…もう覚えてないけれど…夏だった、
 ふふ…そこはここと違うわね、イタリアの片田舎で…
 …当時はイタリアなんて国は無かったけれど…」

さり気無く…また皆が凍りつきそうな台詞だね…

「夕暮れにこんな空を見上げて…お母さんの夕食に呼ぶ声に
 帰ろうとしたのよ…そしたらバチカンの方から司祭が一人
 兵士を沢山連れて押し寄せてきたのよ、わたしが魔女だ、と」

「…スタンド能力者なんて…1980年代も暮れになってやっと生まれた
 概念だものね…」

「悪いことばかりじゃあない、その時ただただ怖くてその場で震えてた
 わたしの前に…司祭の前に立ちはだかって守ってくれた人たちが居るのよ」

「…そいつらもスタンド使いだったのか?」

ウインストンも会話に加わった。

「…どうだったんだろう、よく覚えてないの、必死だったから。
 口々にわたしを励ましてくれて「逃げろ」って。
 …六人居たのよ、男女混合で…そうだなぁ…よく覚えてないけれど
 ケント君に似た人がいたような…w」

「お、オレかよぉー?」

「でも、まさかよ…w だってそうでしょ? そんな昔にw
 暗がりに兵士たちの持つたいまつの明かりで殆どシルエットだったし。
 本当によく覚えてないの、真ん中に居た女の人は振り返りもせず
 わたしに行ったわ、「ベネツィアに行きなさい」と。」

「…何でまたいきなり」

アイリーがそう言うと

「…わたしも判らなかったけれど、とにかく向かったわ
 でもそうね、「追われる身」で逃げ込む場所として
 ちょうど良い場所を見つけたのよ、
 それが「波紋の修練場」
 …波紋の修練はとても厳しく激しいから…死ぬものも出る。
 でもだからこそ、治外法権的なものがあったのね」

「…なるほど、道楽で身に付けたわけじゃあなかったんだな」

「…増して「美容のため」でもね」

ウインストンが言うとルナも言った。
どうやらアイリーにかつてそんな風に波紋習得の理由を語ったらしいね。

「あの日に似てる…」

「いいえ、違うわ」

ジョーンのつぶやきにルナが言った。
ジョーンがルナを見る、きっぱり「違う」といったルナに意識が行ったみたいだ

「その日はジョーンが一人きりになった日かもしれないけれど、
 今日のこの空は…一人オマケつきで七人で見ているのよ。」

「オマケ…オレかよ」

ちょっと寂しそうにスティングレイの小さなつぶやき。
わたしは思わず同情して彼の肩を叩いてやったよ、うん。

ジョーンはルナを見て、今まで見慣れた静かな微笑ではなく
かなり実感のこもった嬉しそうな微笑になって。

「…帰りましょう、ロンドンに。」

ジョーンは起き上がった。
列車が警笛を鳴らした。

まずい、寄り道が過ぎたようだね、
急がねば置いてゆかれるよ?

6人+1は草原を走りぬけた。

第五幕 Episode2:閉じ。 戻る 四つ戻る 三つ戻る 二つ戻る 一つ戻る 進む