Sorenante JoJo? PartOne "Ordinary World"

Episode:Seven

第七幕 開き

どこへ隠れようと、無駄な話だった。

わたし自身がステージを語っていいのか判らないけれど…ジョーンよ。

当時名無しのオーディナリーワールドは
何があれ、わたしを守る…。

「…あっ…ジョセッタが…」

アイリーが呟く。
物陰に隠れ、呼吸を整えようとするジョセッタに
アヌビス神が襲い掛かる。
それでもジョセッタは…というか、これは
波紋使いとしての宿命なのだけれど、
乱れた呼吸を整えなくてはならない。

攻撃をするためだけではなく、体調を整え
テンションを保つためでもある。

…二年砂漠を彷徨って…助けられたとはいえ、
生きているのがギリギリの状態での戦闘は…

とても長期戦に耐えるものではない。

オーディナリーワールドがジョセッタを守る。

アヌビス神の刀身を受け止める。

「…覚えたぞッ…!」

力いっぱい払いのける

「…それも…覚えたぞッ!」

…もうわたしに打つ手はない。

わたしの…オーディナリーワールドの最高速度を超えた
攻撃など、避けられる手段はない。

当時は科学なんて分野もない。
分子や原子といった概念も19世紀になってやっと出た考え。
元素といえばこの時代、四大エレメントのみで、
オーディナリーワールド的に出来ることは殆どなかった。

それでも波紋を併用することでギリギリ切断などは免れていたけれど…

それすら彼は言うのだ…

「覚えたぞッ!!」

…ジョセッタの心の中にはもう恐怖しかない。

幸い…ケント君やウインストンの風などでかなり郊外にまで来ている。

…とはいえ…
郊外に誘導する目的もあったわけだけど…
もうここまできたらただただ逃げ出したかったのが本音…

そう、わたしは何のために自殺を繰り返したのだろう?

あれほど、死にたいと思っていたはずなのに、

逃げようと振り返るジョセッタにアヌビス神の刀が。
右腕が再び切断される。

先ほどは飛んだ腕が自分の足元に落ちたから拾えたものの、
今度は飛んだ右腕はアヌビス神の後ろに飛んでいった。

「…斬っても復元しちまうみてーだからな…さぁ…どーするね?」

彼はジョセッタの視線からだと月光を背負っていて
ぎらぎらと光る刀身と、シルエットの彼。

…死にたいはずなのに、逃げ出したい恐怖がわたしを支配する。

右手を拾うには、アヌビス神の後ろに回るしかない。

…けれど、あらゆる手段を「覚えられた」わたしにはもう術はない。

右手を失ったまま、ジョセッタは逃げ出した。
最後の義侠心というか…せめて住民が逃げ出す時間稼ぎにと
遺跡の方に向かって…

「…そっちはオメー…逃げ場なしだぜ?
 住民を逃がそうってか…?
 まぁそれもいいだろう…追って殺せる奴は殺し…
 どこかの地で俺のことを伝え俺の討伐に来るというのなら…
 …それはそれでいい余興さ…クックック…」

アヌビス神が瞬間鋭い眼光でジョセッタの右足も切断する。
斬った足を後ろに飛ばすことも忘れない…

郊外からわたしたち七人は砂丘を回りこむ最中、それを見た。

「…あれではもう歩けない…」

ルナが首を横に振りながらつぶやく。
ステージNGになると皆も思ったのか、絶望感のようなものを感じたようよ。

「…大丈夫…と言っていいのかしらね…」

わたしが言う。

アヌビス神の次の攻撃にジョセッタは残った左腕と、
オーディナリーワールドの左腕で…反撃ではないけど
彼の勢いをそのまま利用して神殿の方まで吹き飛ばされるよう
受身…というかな…ともかく、距離を置くように
「あえて」吹き飛ばされた…

「…テメー…逃げるためにあえて手を出したか…
 しかしそれも…覚えたぞッ!」

勢いを利用し、遠く離れる「技」もとりあえず封じられた…
アヌビス神が十メートルほど吹き飛んだジョセッタに迫り、
更に左足も切断する。

もうそれをオーディナリーワールドでとめることも出来ない。
波紋ももうこの乱れた呼吸と、手足を失った出血、
波紋を共鳴させる末端がなくなった影響で
ごく弱いものしか練ることが出来ない…

それでも…ジョセッタは逃げた。

痛みなど感じてられない、残った左腕一本と、
断面も生々しい大腿の半分ほどになってしまった足で、
這って逃げる。

遺跡に先に到着したわたしたち…

「…血の海じゃねーか…」

ウインストンが少し高い位置からジョセッタの逃げた
足取りを見る。

町のはずれから、遺跡までは不完全ながら石畳も残っていた。

石畳と砂地に…普通ならもう出血多量で死んでるであろう、
大量の血。

点々、というレベルじゃあない、東洋の書道のように
血が線となり、血だまりとなり、ジョセッタは今、遺跡に入る前まで這っていた。

「…どーするんだ…あんな奴…俺達にどう止められるっていうんだ」

「心配ない…といってウインストン、お前の風が必要だな。」

ウインストンはもうアヌビス神というだけで
多少萎縮しているようね、下手に情報を持ち、
今ここで実際にそれを見てしまっているから、仕方ないのだけど。

でもジタンは言って、そして、神殿の柱の上を指差した。

そうね、それを利用しない手はないわ。

「…柱の上部分…まだ天井の石の残ってる
 不安定な部分もあるわね、なるほど、
 それを落とすしか…ないわね。」

ルナもつぶやく、

「だがよぉー…タイミングと立ち位置が…微妙だなぁー…。」

ケント君の意見。

「…そうね…こうしようかしら…」

わたしが波紋などで柱の上まで登る。
…当然、二人からは見えないように。

空気の振動を操作し、彼らだけに聞こえやすいように
話しかける。

「ケント君は「壁」で落下位置への誘導、
 ジタンとポールで劣化ともろくなった柱を
 任意の場所に崩し、誘導か、あわよくば
 操られている人間の始末を…
 最後の手段はウインストンの風とケント君の壁
 そしてわたしの力で落下位置にこの天井の成れの果てを落とす…」

言っていてわたしは…この男が…操られる前の男が
シーシャを含めたくさんの人を己の欲だけで殺したことを思い出した。

…いけない…殺意が沸くわ…抑えなければ…

「…ジョーン…作戦立てた貴女がそれをふいにしちゃダメよ…」

ルナがわたしの心のゆれに気付く…
やっぱりルナね…見透かされてる…
辛いのだけど何とかこらえるしかない…苦笑の面持ちで
わたしはルナに向かって首を横に振って見せた。
(首を横に振るっていうのは否定の意味じゃあないわ、
 西洋人なら無意識にやってしまう動作ってとこね)

「判ってるならいいわ…ここぞという時に…
 そう、貴女の出番だというなら、そのときに殺意は出しなさい…」

ルナ、タイミングが合うなら、とわたしを下手に止めもしなかった。
…心を見透かされる…なぜかしらね、悪い気がしないわ。

ジョセッタが遺跡に入る。

皆が慄いた。

だってもう、ウエストの半ば辺りまで両断され、
内臓すらも切られて血もほとんど出ないほどになってるから。

「おいおい…まだ生きてるのかよ…呆れた生命力だね…
 どこで「死ぬ」か興味わいちまうじゃねーか! ギャハハーッ!!」

アヌビス神がそういう…だけど、皆も密かに思ったことだろう、
どうあっても死なないわたし、というのが真実だということを
どうしたらわたしは生命活動停止にまで持ってゆけるのだろうと。

アヌビス神が強烈な切込みをする。

ジョセッタにはもう動きは見えないけど、軌道は読める。
オーディナリーワールドの最後の反撃として、
スタンドパワーをこめて(当時はそんな「パワー」とかいった
 エネルギーをこめる、という意識はなかったけれど)
攻撃を、ダメージ覚悟で跳ね返した。

左手にも深い切れ込みが入るけれど、ジョセッタは
吹き飛ばされた。
崩れた神殿の一角で、すぐ角を曲がれば…寝台がある。
…そこにシーシャが居るわ。
その寝台を横に見る壁址にジョセッタは叩きつけられた。

その瞬間、ジョセッタはシーシャの死体をチラッと確認した。

なぜこんなところに女性が…?
しかも生命反応を感じない…

確か、わたしはそんなことをこの時思った。

「くっそ…最後まで味なことを…とはいえ、
 ぜんぜん俺を追い詰めるどころかテメーがボロボロだけどな!」

アヌビス神がジョセッタに歩み寄るところを、退路を断つために
ジタンとポールが組んで柱をひとつ倒した。

「…お?
 今吹っ飛ばされた影響かよ?
 なんだぜ?
 なるほど…テメーじゃあかなわねーから
 神殿を崩して俺を殺そうってか?」

ジョセッタに問うけど、ジョセッタにはもう
答えられる力はない。
実際はわたしにも訳がわからなかった、っていうところ。
そうよね、現代のわたしたちが密かにフォローしてるなんて
思いも寄らないわ。

「…だが…もう二度はねぇーな…だってよ…
 次はどこに吹っ飛ばされるってよ?
 …たしかに「この男」は普通の人間だから…
 柱がぶつかるなんざ無事じゃいられねーがな!」

落下予定位置の真上…アヌビス神は油断で高笑いをしている。
わたしはケント君とウインストンに合図をした。

「暗闇坂むささび変化ッ!」

「フォー・エンクローズド・ウオールズ!」

風が柱の上部に大きな切れ目を入れる。
そして、ケント君の壁がまず柱からひとつ、
そしてもうひとつがせり出すことで上部をアヌビス神に向けて落とす。
そしてわたしも波紋とオーディナリーワールドで
その軌道を微調整する。

最初に斬った柱のかけらにアヌビス神が気付き、上を向く。

「何…ッ!」

かけらといっても、
柱が倒れるように切れ込みを入れたかけらなのだから
それは相当な大きさ。
彼はすばやく、それを切り刻み、方向性もつけ
方々に散らせた…けれど、それは誘導。

切れたかけらが散った後には、大きな柱が落ちてくるところ。
飛び退ろうと、後ろには飛べず、やや前よりに落ちてくる軌道から
前…ジョセッタ側にも飛べない。
あわてた彼はとりあえず柱を一回だけ斬った。

「うお…俺は生まれたばかりなのによぉぉぉぉーーーーッッ!
 アヌビス神は…こんなことじゃあー亡びねーッッ!」

アヌビス神が自らを切った柱の隙間を縫って上空に放り投げる、

我に返った男が見たものは、
もう避けられない石の塊が自分に向け落下する場面。

重い石の落ちた音と衝撃。

そして…アヌビス神は…柱の成れの果ての中に突き刺さった。

…どうあれ…アヌビス神は止まった。

「こんなことが…仇になるかわからないけれど…
 でも、運命って枠組みの中で…復讐は果たしたわ…」

柱の上部、ジョセッタには見えない位置にわたしはぶら下がり、
その状況を見守った。

「…あ…うぅ…」

ジョセッタは最後の力で台座に向かって這い出した。
…アヌビス神からは元からあった神殿の石の山で
シーシャの死体が見えなかったのが救いだったわね。
…まぁ、誘導した時点でおおよそわかってた結果だけれど…
「意外」っていう事態は、いつでもどこでも存在するから…

「…なぜ…わたしは…生きようとしているの…
 あんなに死にたかったのに…あんなに死ぬ努力をしたのに…」

ジョセッタの弱々しい嘆き。
見ている皆も空気が重くなる。

『…ソレハ…貴女ガ「死ニ方」ヲ選ンデイルカラデス…
 ドウアレ死ヌトイウノナラ…ワタシトテ止メラレハシマセン…
 …デスガ貴女ハ死ニ方ヲ選ンデ…コンナ死ニ方ハイヤダト
 逃ゲテイマス…ソレハ…マダ生キル意思ガアルトイウコトデス…』

オーディナリーワールドがジョセッタの体から完全に姿を出す。

皆が驚く。

姿が違うのよ…、今のオーディナリーワールドとも違う、
アイリーが「超本気モード」と呼ぶ
オーディナリーワールド・レクイエムとも違う…

まだまだ途上の…オーディナリーワールド。

今のような鎧に包まれたイメージではあるけれど、
やや装甲が少なく、生身っぽい部分が多く見えているのね…

「…額の矢のイメージがないわ…」

ルナが気付いた。
いいところに気付くわね…

わたしは柱から降りて

「…ないわ、あれも理由がわかるわ、この…多分次の…
 更に次のステージでね…」

単にわたしの過去を利用した攻撃というだけではない。
わたしを深くリサーチする、そういう目的もあるのだろう。

ルナは…とても嫌な予感がしたのだろう、
眉間のしわを深く寄せ、歯を食いしばった。

わたしはそんなルナを引き寄せ、

「ジョセッタが寝台にたどり着いたわ…」

皆が寝台に注目する。

月明かりの下…ジョセッタとオーディナリーワールドの左腕だけで
寝台まで上り、這ってシーシャの顔の近くまで向かった。

「…ごめんなさい…ごめんなさい…
 わたしはまだ…死ねない…死にたくない…
 …貴女の体を…もらう…ぜったい…大事にするから…」

そんな時、ジョセッタはシーシャの胸の上に置かれた
葡萄一房に気付いた…そう、わたしが置いておいた…

『体ヲ…入レ替エマス…』

「…待って…最後に…一粒だけ…これを食べたい…」

その葡萄には故郷の匂いがあった。
血は流しきってもまだ涙は出た。
ジョセッタはその一房から一粒だけ葡萄を口に含み

「…なんでかしら…故郷の…味がするの…」

その様子に

「…葡萄って…ジョーンが置いたんだよね?」

アイリーだ、その状況にもらい泣きを…彼女は
感受性が豊かだから普通に泣いてるのかな…
とにかく言った。

「…ええ、ファーストステージで…父と母から貰った葡萄よ…」

そればかり言うと、ルナもケント君もポールも…
皆涙を浮かべた。

「…名前も知らない…何てきれいな人なのかしら…
 貴女の体に…わたしが入り込むなんて…
 許されないと思うけれど…貴女のせっかくの…
 その顔も…少し変えてしまうけれど…ごめんなさい…」

ジョセッタがシーシャの死体の上にかぶさる。
顔をくっ付けるというか、一瞬見た目に
キスをするかのように見えるその状況。

ただね、ジョセッタの髪の毛で…そしてそれが
月光で煌く様子で詳しく見えないけれどね。

実際はキスなんてしてないわ、顔の頂点のひとつである
鼻と鼻で位置合わせをしただけよ…

オーディナリーワールドがその効果を使う。

「オーディナリーワールドの射程が短いのは…
 その性格のせいもある…
 …ただね、理論的に判っていること以外は
 極端に距離の短い射程にどうしてもなってしまうのよ。
 …魂を移管するなんて最たるものだわね…
 もし魂を科学で定義出来たなら…
 恐らく他人の魂を入れ替える技も持てると思うけれど…」

わたしが言う。

…ジョセッタの上半身だけの体が力を失い、崩れ落ちる。

…顔面が半分削り取られるようになくなっている。

「わたしがわたしであるという象徴のためにも、
 顔の一部は移動先でも残さないとならなかったの…
 自分の顔に愛着があったからではないのよ…」

ジョセッタは顔面から喉に掛けて切り裂かれたようになっている。

そして…シーシャの体がゆっくり起き上がる…

ウインストンがつぶやいた

「…ジョーンだ…」

そう、そこにいるのはもう殆ど今のわたしそのもの…
ほんの僅かな相違点はこれから先の怪我などで
微妙に体を入れ替えた結果ね…

今でも…大半はシーシャの体なのよ…

「…顔は消えたけれど…死体はこのまましばらく
 腐らないようにしてね…
 誰かが今日の事態でローマに話が及ぶこともあるかもしれない…
 …「ジョセッタ=ジョット」はここで死んだと…
 ローマにそういえる重要な証拠なのだから…」

「元」ジョセッタがそう言うと

『…判リマシタ…』

彼女は立ち上がり、葡萄を一粒口に含む。

「これが命の葡萄だわ…多分ここの人だろうから…
 わたしはもうここには居られない…」

ジョセッタだった彼女は遺跡から更に砂漠のほうへ歩き出した。

歩きもおぼつかない、体を入れ替えたばかりなのだから、当然よね。

「…ステージクリア…だな…」

ジタンがつぶやき、更に続ける。

「この後、ジョセッタが言うとおり…
 ローマに話は伝わり、「魔女」ジョセッタは死んだと
 記録されることになる…
 一応…ローマからの縛りはなくなるわけだな…」

ルナが続いた。

「…ジョセッタは差別意識が少なかったからか…
 シーシャを「美しい」と素直に形容した…
 でもこれから…欧州は白豪主義に突入する…
 ジョーンの生きる場所は…最底辺にしかないわ…」

「大丈夫よ…生き抜く方法はそれなりにあるわ…
 わたしはこの後…来た道を途中までたどり、戻った。
 トルコで数年、ギリシャで数年過ごして…
 東欧に入ってゆく…次はそんなステージになるわね…」

わたしは砂漠をよろめきながら歩くジョセッタを見送り、
天を仰ぎながら呟いた。

「結構幸福かもしれないわ…彼女が「クレオパトラ」という愛称の
 「シーシャ」という女性で…彼女には決して恨まれていないと
 …520年も経ってからだけど…判ったのだから…」

わたしはずっとこの事に後悔というか…
そういう気持ちを持っていたのだとルナははっきり知る。
いつかわたしに「あなたフランケンシュタインでもあったのね」
といったルナだけに、わたしの服を掴み、謝りたい衝動に
駆られたのだろうと思う。

わたしはルナのその手を握り返し、微笑んだ。

ア・デイ・インザ・ライフというスタンドの例の「音」が
わたしたちに聞こえる。

「声の主」もやや苛立ちがあるだろうけど、
わたしに関するリサーチという点では大満足でしょう。

さぁ…次のステージはここから百数十年後になるわね…

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「…ぅわっ…! 寒ーーーーーーッッッッ!!!」

「なんだよ、次は…雪原かよぉぉぉーーーーッッ!!」

こういう時、真っ先に感想が出るのは決まってアイリーと
ケントの二人だな…賑やかなもんだが…正直俺も寒いぜッ!
…ああ? …ああ、俺だ、ウインストンだッ!

「オーディナリーワールド…!
 あまり叫ばないで…ここら辺りは声も響くし。」

夜の雪原の端に俺達は居た。

どこかの街の郊外らしい、済んだ星空に黙ってると凍りつきそうな気温。
風は吹いてない、吹いてないから大丈夫かと思いきや、何だよこの寒さ…

「…今気温を上げるわ…
 音もまたこちらから向こうへは伝わりにくくしなければ…
 …ここは東欧の中でもかなり北のほう。
 今で言う…ロシアのモスクワとかそういうのが近い土地ね…
 気温は氷点下20度を下回ってると思うから…」

氷点下二十度以下だと…?
くっそ、寒みーじゃあねーかっ

「…時代はいつ?」

寒さに震えながらルナが聞いた。

「…わたしよりジタンが詳しいかもしれないわね…」

「…よせよ…俺に年代特定が出来るのは
 はっきり資料が残ってるものだけだ…
 そうだな…恐らく…17世紀中ごろじゃあないかな…」

「…ええ、そんなものだわね…ふふ…
 わたしもこの時期は良く覚えてないのよ。
 ジプシーたちを点々と渡り歩いて…
 東欧を行ったりきたりしてたの。」

「…なぜまた東欧なの?」

アイリーの素朴な疑問だが、俺も聞きてぇ。
何こんな寒い地方に居るんだよッ

「16世紀の中ごろ…とても重要な主張がなされたのよ。」

ジョーンが言うと

「…コペルニクスね…地動説…」

ルナだ。
さすがに、反応早いな、こいつ。

「そう…生まれてからわたしはずっと考えてたことがある。
 星はどの距離にどのくらいの大きさで浮かんでいるものなのか。
 星を浮かせる力は何なのか
 そしてなぜ、地球…当時は「大地」としか言えなかったけれど…
 大地は冬が短く夏が長いのか…ってね」

えっ?

「夏が長いってどーいうことだよぉ?」

偉いぞ、ケント、俺達全員を代表してお前かアイリーがまず
素朴な疑問ぶつけてくれるからな。

「…これは簡単な疑問よ。
 カレンダーを春分の日から秋分の日まで…
 つまり夏の期間を数える。
 次に秋分の日から春分の日を数える…
 一日二日なんてものじゃあないわ、十数日冬が短いのよ。」

「…どーいうこと?」

「その答えは…ふふ…ルナにお願いしようかしら。」

「…何であたしが…17世紀はじめ…ケプラーが
 地動説に基づき、火星の運動を計算してて発表した
 三つの法則があるわ。
 そのうちのひとつ…まぁ説明は後。
 とにかく、地球の動きの関係上、北半球ではつまり
 冬の期間太陽を早く通り過ぎる軌道になってるのよ。」

へぇ…

「わたしの場合…カレンダーではなくて
 いつも夜空を見てて思ってたのだけどね…。
 ケプラーの法則を知って、激しく納得したわね。」

「ジョーン君らしい…うむ…すごい好奇心だね…」

ポールも感心する。

「この時代当然地動説なんて異端だから…彼らは大変だったけれど。
 ほら…ガリレオなんかも17世紀初頭に裁判に掛けられているわ。」

「…「それでも地球は回っている」ってあれか…」

俺も口にする。

「…実際はそんなこと言ってないって話だけど…
 まぁわたしはトラウマがあるからイタリアには戻ってなかったし
 ガリレオの方は良く判らないのよ。
 ただ…東欧…ポーランドが特に先を進んでいた。
 この次にはドイツやフランス、北欧なんかも元気が出てくるわね。」

「物事を数学…数式で表せるのではないか、
 この世界は何かしら単純な「法則」で成り立っているのではないか。
 そんな機運がようやっと生まれた時期よ。
 ジョーンにとっては確かに…転機だわね。」

「…ただ…わたしの外見もある、表立って勉強は出来ない。
 女であることもマイナス要因だったわね。
 一人前の人間と認識されてなかったから。
 わたしはジプシーを渡り歩きながら…
 その土地の領主なんかに密使として仕えたりもしていた。」

ジョーンが雪原の向こうを指差す。
誰かが歩いてくる?

黒ずくめの長いマントとかフードをかぶってて何やら判らんが…
ジョーンがまた例の「空気レンズ」を作って俺達に見せた。

時折マントから覘く足…フードから見える顔…
間違いねぇ…ジョーンだ…

「あの…向こうの城というか…屋敷に向かうところよ。
 この日、ジプシーとして働いた後…
 領主の使いが観客にまぎれてわたしに来るよう指示を出した。」

「…ジョーンが生きる道ってつまり…
 表向き芸能を身につけ…裏で波紋とスタンドを活かし
 スパイとして暗躍すること…だったわけね…」

ルナも言う。

「当時は本も高かったわ…女が勉強をするのもはばかられたし…
 とはいえね…おおっぴらに自分がスパイだなんて言えないから…
 当時のジプシーの同僚たちは…わたしが身を売っている
 売女だと思ってたでしょうね…」

密かに、俺は「あ、ジョーンってそういう経験ないんだ」と思った。
…いや、多分全員思ったぜ。

…あ、いや…一人例外が居た。

「「どうあれオーディナリーワールドはジョーンを守る」
 生活のためにとか勉強のためにとか
 仕方なくそういう行為をしようとしても、
 オーディナリーワールドがそれを拒むって事だわね。」

ルナだ。
気持ちわりーくらいにジョーンを理解してるな…

「…ええ…死ねない体、年を取れない体というのもあり
 普通の恋愛すら出来なかったわね。
 …まぁそれをしたとしてそれすら
 オーディナリーワールドは拒むのでしょうけど…」

流石にそればかりはルナも眉をひそめた。

「…何あなた、600歳の処女?」

すっげぇ台詞だ…orz
なんかすっげぇ聞きたくねぇ台詞だった…

流石にジョーンも少し困った顔をした。

「…まぁ…理由があるわ…世界から拒絶され
 下手をしたら死ぬ波紋の修練場で青春を過ごしたこと。
 その後も疑惑の中に生きたこと。
 世界から逃げて生きていた…
 そして…砂漠を彷徨った時期からだったけれど…
 スパイをするようになってから完全に
 体調管理をするようになってたからね…」

「なるほど、人間を信じる土台もないし
 生理も止められるし、そうなりゃ性欲なんて
 かけらも残らないわね…」

ぶっちゃけありえねー会話なんだが…
だが、その意味は深遠すぎる。

生きるために、スタンド能力があるがゆえに、
女であることを捨てて、人間であることも半分捨てて
そうやって必死に生きていたわけだな…

「今ならよ…その…女としての機能とか取り戻せねーのか?」

聞きづらいが俺が聞く。
皆も…これはルナも知りたい…いや、ルナは除外する。
ルナ以外の全員が知りたいだろうからな。

「真っ平御免だわ…」

いつもの微笑でジョーンはでもきっぱり言いやがった。

「…無理なのよ…ジョーンは…」

ルナにはやっぱわかってんだなぁ…なんだよオメーら…
最初に「いいコンビだな」って言ったの俺だけどよ…
そしたらアイリーが。

「…今のジョーンはあたしたちとベターに付き合うことすら
 手探りなんだよ、理解してあげて。
 あれだけの人生歩んで…それでもあたし達の傍で
 少しづつ感情が見え始めただけで、充分奇跡的なんだから…」

何だよアイリー…やっぱ同じ部屋で過ごしてるってのは
でかいよな…こいつはルナとはまた別の方向で
ジョーンを理解しているって事か…

ポールやジタンは深く納得したようで頷いてる。

「俺だったら…こんな人生耐えられないだろうな…」

「あたしもよ…ジョーンのいい感じの無関心さがとても助けになってる」

ジタンが呟くとルナが続いた。
「いい感じの無関心」って言う言葉にジョーンは苦笑した。

「…ともかくよ…このステージでは何があるんだ?」

俺がいいから先進もうって感じで切り出すと、
ジョーンも自分の話題で困ってたんだろう、
「助かったわ」って顔を俺に向けて。

「領主の依頼で郊外に住む一人の怪盗…宝石専門のね
 彼に盗まれた宝石を更に盗んでくるって言う依頼を…
 わたし達がフォローするのよ…」

「盗みの手助けかね…?」

「…手助けは盗みそのものではないけれどね…
 彼はスタンド使いだった…そして
 初めてわたしが出会った能力依存系の…
 厄介な敵だったわ…」

パワーバトルじゃねぇ…能力対決を補佐しろってか?

…おいおい…骨が折れそうだな…

「指示は後で出すけれど…そう難しいものではないわ。
 このステージのミソは…そうね…
 「折角手に入れた体を大事に使っていたわたしの嘆き」
 ってところかしらね…」

俺を含め、ルナ以外は「?」って顔だったんだが…
やっぱりルナは判るんだなぁ…

「…多分大怪我をして体をまた少し入れ替えることになるんだわ…」

なるほど…ちゃんと説明入れられると俺達にも重い雰囲気が伝わる。
シーシャの体を手に入れるとき、ずいぶん申し訳なさそうに
「大事に使うから」と宣言してたもんな。

それにしちゃ今でもずいぶん怪我の多い奴だが…

「ウインストン、今のジョーンは体の入れ替えなんてしなくても
 状態を変えられるって、あたし以前言わなかったかしら?」

何も言ってねぇのに…

「…まぁまぁ…わたしが館に向かってゆくわ、
 後を追って…別ルートからまず依頼を聞きに行きましょう。」

「そこから見ねーとダメなのか?」

「…そういうわけじゃあないけれど…
 そうね…人によっては面白い内容かもしれないわ。」

ジョーンの言葉には謎が多すぎるな…
とりあえず俺達はジョーンの案内で領主邸に向かった訳だ。


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