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「なぁ、これあり得るのかよ、特別って程ではないにせよ、
 装甲貫くように出来てる弾丸のキャップ部分を上から何百キロとある弾部分を
 落ちるより先に切り抜けるとかよぉ…!」

前作戦が年末年始に当たり、年が明けて少し行動の制限が緩んだので
ウィンストンや他の部下達がケント含めてルナの家に押し寄せた。
ビル一棟借り切りとは言え、設備その他、ビル自体もそう立派な物ではないので
結構ぎゅうぎゅう詰めだが、彼らはそんなことは気にしていられない様子だった。

ルナはその勢いに気圧されつつも受け取った記録を再生し

「無重力下で余程の業物と腕前なら…と言いたいけど…あの女やっちまったわね…」

それに対しウルマが

「「余計なことは考えない」そうだ、狙った箇所を切り抜くことだけに集中し
 「もし」などという不安は一切消し去る…」

「…科学に基づいた統計的に人類にとってどうこうは言えても、
 人間の底知れない限界を科学は端的に表せているのか、と言われると
 全容解明とは言い難いしね…
 そんな彼女をしてニュータイプは全く未知の存在のようだけど」

ウィンストンが余程考え込んだのか

「俺には判らねぇ、結構鍛えてる積もりだったのに、少佐殿…いや…
 ウルップ島攻略と俺達を抱え込んで上手くやってることと不発弾処理の事で
 少佐殿は今頃大佐殿になっているんだが…
 まだニュータイプの方が接していただけに分かり易いぞ…」

「あれから…あの女の言ってた事からどこかにデータは残っていないかと
 探ったんだけど…唯一残っていたのが北海道大学…あの女も通ってたそうだけど
 前世紀の段階のデータである事と、今は流石に色んなデバイスでのやりとりも
 そのOSも記録形式も変わってしまったことから上手く読み込めない
 ただ、それを見る限りは、脳波がどうのではないのよね…
 詰まりサイコミュがどうとかはあの女から離れたところにある…」

ケントが興奮気味に

「おお、俺のことは凄い能力だって言ってくれるし素直に俺の言っている感覚とか
 理解してくれようとはしてるんでフツーの人に喋るのと変わんねぇー
 俺もよっぽどこっちのが判らねぇよ」

ルナも

「…正直あたしもアイリーやケントとの方が先で、シムス中尉のお陰で
 「確かにそれはある」という状態で接したから余程ニュータイプの方が分かり易いわ
 …出会いの順番なのかしらね…こういうギャップは」

ウィンストンがそれに

「いや…順番とか程度で判るかなぁ? 小学校くらいから同級生だった
 とかなら判る気もしないでもないんだが…」

「…どうやらほぼ裏の事のようなのよね、軍内部ですらちゃんと知って居る人が居ない、
 「公安特備」そこまで行かないと理解を得られない日本でもそう多くは無い
 認知度だと思う、ああ…国選処刑人だとも言ってたな…ウルップ島の時に
 ジオン残兵に紛れた相手に対して…」

そこでウルマ少尉が

「なるほど…国の治安に直結した部署の…それなら判る気がする…」

「単騎で変えられるほどの戦況はない、ただ、その能力によっては出来る幅は広がる
 というのはこないだ言った言葉なんだけど、あの女は生身で決戦を行うような事を
 仕事にしている…国選処刑人というのだから、公には出来なくとも
 殺人許可が下りているのでしょうし」

ルナの返答に更にウルマが

「あれは…魂を惹かれた…刀もかなりの業物のようだし、何より少佐…大佐の
 あの目つきと動き…、見事な抜刀と次の瞬間には鞘に収め
 ずり落ちようよする弾部分を片手で支える…出来るからやった
 あの人にとってはそれだけのことなのだろう、しかしその奥に沢山の…
 精々軍人で一年生き残ったなんて言うのがそよ風に感じるほどの嵐の中を
 あの人は生きて来た…証が見られて、正直心酔してしまいそうだ…」

ウィンストンがかなり心配そうにウルマを見ながら

「既に手遅れって気がするけどな、お前さんがこんなにいっぺんに喋るのも
 初めて聞いたぜ」

ケントを含め周りもウン、と頷く。

「手遅れか…そうかも知れないな…」

ウルマの態度には急に何かが目覚めた感覚がある、ウィンストンが

「おいおい、少佐改め大佐殿が女たらしとは聞いていたが、マジかもな」

その言葉に一番声を上げたのはルナだった。

「ちょっと待って! なにその情報!? 初耳なんだけど!?」

一同も仲間に向ける心配を余所に呆気にとられて

「そういやルナも女だったな」

「何よそれ!? まぁあんまり男だ女だは自分的には気にしてなかったけど
 いやいやいや、気が向いたらふらっと何日でも居座ってたのよあの女!」

ふとウィンストンが何か妙なことになっているなと思いつつ

「…いやまぁ、俺達だってウルマは仲間っていうのだ第一で
 ルナも大佐殿もどっちかって言うと分野違いの友達くらいの感覚だろうし
 お前にとっても誰が恋愛対象とか友達とかキチンと色分け出来るならさ
 今まで何も無かったならそれでもいいんじゃねぇの?」

「…そうだけどさ…、ああ、じゃあ軍の中でも誤解してるのが居るかもなのか…」

「まぁ、居るだろうな、でもお前さんも誰れにでも物怖じせず
 言いたいことズバズバ言う性格からして大佐殿も「そう言う意味でなく」
 信頼おいていると俺にはそう見えるから今まで言わなかったし
 …っていうかなんで俺はウルマとルナに対して真逆のこと言ってるんだよ
 俺の方が訳分からなくなってきた」

「技術大尉と私は違う、確かに、私は飲み込まれないように気をつけないと
 ならないのかもしれない」

「まぁ、どう足掻いても男女の関係とは違うから俺としては
 仕事に差し支えないならと言う気もするんだが、大佐殿は底知れなさすぎる
 ウルマの言ってた事を借りるなら、嵐の中に雨合羽着ただけの奴
 放り込むわけにはイカンというか」

ルナは幾分落ち着いて紅茶を飲みつつ

「そうね、流石モール隊、かなり冷静だわ、ウィンストンの懸念は正しい
 死の直前まで追い込まれるようなことを「前提に」生きている気がする
 まぁあの女自体そんなところに少尉を連れて行こうとは決して思わないだろうし
 キチンとその旨は伝えるくらいの律儀さはあると思うけど」

そこへケントがぽつりと

「ロキシーに言われたんだけどよぉー、
 帰ってくると信じて送り出すのも結構な覚悟が要るって、
 そうかなーと思ったけど、なるほどあの人を基準にするとそうなのかな
 って以前の島とこないだの刀捌き見ると、ちょっと納得するなぁ」

隊の内の誰かが

「技術大尉はその辺当然生きて戻ってくる事前提で説教を先ずするわけだから
 まぁ大佐殿には気に入られて当然と言えば当然なのか」

「ヘンなこと言わないでよ!
 でもまぁ…なんでかしらね、殺しても死ぬようなタマじゃない、
 ただそれを前提にして人生組み立てるもんじゃないって言うのがあるかな」

「ルナは人を見る目がかなり磨かれている感じだからなぁ、
 ただ、理屈が追いつかないだけで」

ウィンストンの言葉に、ルナは少し複雑に顔を赤らめながらも

「まぁケントを最初にテストしたときとかもニュータイプには余り
 造詣深くないだけにどこまで本当のことやらと思って居たし、
 人間にはまだ未開の領域がかなり残っている気はする、
 そう言った意味では理解できなくとも納得はする、という心積もりはある」

ウィンストンは何か深く思い詰め「そうだよなぁ」と呟きつつ辺りを見て

「俺達に紅茶ないのか?」

「突然押しかけてきて何寝言言ってるのよ!
 八代とも協定済み、自分の分は自分で煎れる!
 他の人の分は余力があったら! 以上!」

何かツボに入ったらしくエプソン少尉が笑いながら「じゃあ煎れるわ」と席を立つ。
ウィンストンが今度は決まり悪そうにしながら

「そう言えば土産も何も持たずに来ちまったな、とりあえず見て貰いたかったからよぉ」

「御欠きで良ければ幾つか開けてないのあるから、とりあえず食べなさいよ」

ルナも優しいのだかキビシイのだか判らない口調でしまってある場所を指定し
ケントが取りに回る。

「オカキって何だ?」

ケントの言葉にルナが

「餅米を練ってある程度の大きさにしたものを油で揚げた物よ
 あたし食事も忘れがちだからそれをお茶に入れて食事代わりにしたりするの」

そこにハイライト少尉が

「最低限も最低限、結構な給料貰ってるんだろうに」

「細かいパーツの…モノアイとかセンサー系統の試作品は自腹だし
 …まぁあたしはこれがやりたいことだからそれでもいいのよ」

回ってきた紅茶に御欠きをかじりながらウィンストンが

「そこだよなぁ、結局そいつにとって何が幸福か…
 ルナみたいな仕事にまみれているのが幸福なのも俺としては判るし
 ケントみたいに夫婦で店開くのが夢ってのも大いにアリだし、
 とりあえず、あれだよ、あの大佐殿に関わるなら後悔だけはしないようにだなぁ」

ウルマも紅茶を飲みつつ

「そうだな…」



定期的にルナは八代や他技術者を伴い量産ラインや新規製造などを視察に回った。

「貴女、同性愛者らしいじゃないの」

そこそこうるさい工場内で八代にだけ聞こえるように言うと

「わざわざ宣言することでもないでしょ、貴女も女だからと言って分別を持って
 貴女に対しては敬意と友情しか抱いていないつもりなんだけどな」

「まぁそれは今までの事で認めてあげる、でもウルマ少尉の心鷲掴みにしたみたいよ」

八代は溜息一つついて

「だから見せたくなかったのよね、とは言え仕事の進捗や人の手配も結構ギリギリだから
 仕方なかったとは言え」

「貴女が自動小銃の掃射を刀で必要なだけ弾返して威嚇できるなんての
 言わなくて良かったわ、人間離れにも程があるのよ」

「弾丸の来るタイミングやおおよその角度くらいは見極めないと
 やってけない稼業兼ねてるからなぁ
 因みに刀に手練れると弾丸を指定はともかく跳ね返したり切ったりくらいは
 割と出来るわよ、ウィンストン隊長殿ならやれるんじゃないかな」

「それにしてもよ、国選処刑人か、屹度貴女の世界は凄まじいのでしょうね」

「だから巻き込む気はないわ、モール隊の皆もね」

「それはいいんだけど、どうすんのよ、告白でもされたら」

「視線は感じるなぁと思ってたけど、まぁお株を奪うようなマネを
 刀でやっちゃったわけでねぇ、うーん…「そう言う目でみるなら」
 悪くは無いけどさ、やっぱり私も彼女巻き込んで守り切られるか
 と言われたら流石にちょっと重いなぁ、まぁ軍人として基礎積んでるんだから
 そこら辺の子ナンパするよりは安心なんだけどさ」

ルナは呆れたという目で

「そんな事もしてるの?」

「滅多にないわよ、特に公安特備から繋がり持ったままとは言え
 海軍に移ってからはさ、色々うるさいんだし」

「ま、それもそうか、それに貴女自身も目立つしね」

「目立つのはもう生まれ育ちそうなった結果だからそれはいいんだけどねぇ」

「そう思えるのは羨ましいわ、あたしが貴女のように生まれてこられたら
 もう少し人生違ってたろうな」

「貴女すげぇオーラ…あ、見える見えないじゃなくて、してるのよ、気付かない?」

「結果が違いすぎるでしょ、誰もが遠巻きだわ」

「その結果で言うなら私もそう変わらないのよ、だから貴女に親近感も抱いた」

「…そんなものかしらね」

「ウルマ少尉があんなに喋るのも初めて見たって隊長殿にも慎重にって
 釘さされたけどさ、私も結構そう言う扱いだったからね、貴女と知り合うまでは」

「…誰にも物怖じしないで言いたいことズバズバ言う…か、
 あたしも結果なった事だからなぁ」

「「コイツとならガンガン言い合える」と思ったのよ、正解だったし
 貴女が来てからというもの軍の中も結構風通し良くなったのよ」

「そうなんだ…そう言う風はあたしの方向には吹いてこないからなぁ」

「吹いてるわよー、国産に拘るこの国が外国人の貴女に設計や生産の主任をさせる
 とか、ちょっと珍しいんだから」

「そういう物かしらね、まぁ日本だしなぁ」

そこへ技術官が二人の間に

「あのう、何か問題がありましたか?」

ルナは驚いて

「いえ、ちょっとモール隊の扱いのことでね」

「ああ、なるほど…といいますか、ちゃんと視察はしてくださいね」

「してるわ、問題と言うほどの物はないし、順調に進んでることの確認だから」

「貴女みたいにプレゼンばかりに力を入れず必要だから、削れないからと
 すっぱりきっぱりやってくれる方のお陰で結構予算も増えているんです
 その分は働いて戴かないと」

「八代にも言われたけど、そんなに開発とか量産に風通し悪かったの?」

八代も技術者も苦笑気味に、技術者の彼が

「とにかくプレゼンプレゼン、失敗したときのフォローまで全部確約しないと
 動けない物だったんですよ、我が国でMS国産ですと大変なことですしね
 貴女のように、必要な物をキチンと並べて、削るべきはとにかく作ってから
 という姿勢を遠い昔においてきてしまったんですよね、特に戦闘の絡む物は」

「その辺はまぁ、特にWWIからIIに至る時には各国紆余曲折あったし」

「妙な平和主義からやっと脱却しつつあるんですよ、そんな時に
 強気に物申してくれる人が来てくれて助かってます
 そう言う意味では、ジオンの侵攻すら…犠牲が出たことなので
 手放しには勿論喜べませんが、国防の観点では喜ばしい状況です」

「まだあんな押しつけ憲法からの脱却不完全だったの?」

「「そう言う国」になってしまっていたんですよ、ジオン侵攻という
 全く別角度の事変があったお陰で是正されつつあります」

「…世の中は複雑だわ」

そこに八代が

「全くだわ、お陰で私は公安から海軍の方に注力できるようになってきたし」

「そうか…国内のゴタゴタで精一杯の状態から脱却したというのは大きいわね」

そこに技術者が

「勿論戦争は回避すべき物です、しかしなってしまったことに対して
 何も進まないでは済みませんからね、市井の事情は矢張りこまめな報告がないと
 上の方は把握しきれませんから」

「そこへあたしが与えられた予算の大半で試作機という流れで大穴開けたと…
 (苦笑しながら)どうなのかしらね、それも」

「何度でも言います、間に立つ私ども技術職はやる気に溢れていますよ
 慎重に失敗のないように、予算も少ない額に甘んじてではなく失敗を鑑みて
 世界標準以上を狙う物を作るのだという気概は、必要なんですよ」

ルナは日本の歴史を思い

「前世紀の戦争後の空白に加えて
 YS-11の後に国産旅客機がだいぶ停滞してしまった歴史も有るし、大変よね」

八代が思わず

「渋いの知ってるわねぇ」

「設計絡みでもある事だからね、ブランクは本来あってはならないものだし、
 第一次産業と第二次産業の火は決して消しては行けない物だわ、
 とはいえ、日本は第二次産業においては痛い目に合ってばかりだったからね
 仕方ない面もあったのか、図らずもあたしがペリー提督になってしまったか」

「外圧でしか変われない、なんて揶揄も、半ばその通りだからね」

技術者も加わり

「とはいえ、その力を持って日本が戦争を…と言うのも有り得ません
 その信用を得るための、ここ数百年だったと思っていますよ、やっとです」

八代も心底ヤレヤレというように

「旧世紀最後の方の主に経済の方面での戦争も色んな物を引っ繰り返すには
 日本には少し足りなかったからねぇ」

ルナは組み上がりつつある共通フレームから試作に切り替える段階の
二機のフレームを見つつ

「日本を変えるのはあくまで日本人の貴方達よ、でも、その手助けになるなら
 あたしは裁判の時も言ったけれど、この身を捧げるわ」

そして、その言葉は生涯を通して偽りはなかった。



各地の補修、不発弾込みでの戦争の爪痕の補修に回るモール隊は僅かな期間で
それぞれ一階級上がった、が、そこは前例主義的な何かが邪魔をするのか
ウィンストンとルナはそれぞれ「准佐」という特異なポストとなる。

出来上がったばかりのバケツ量産機が入ってきて久し振りに宇宙での掃除の再開だった。

宇宙という物は質量のある物や僅かにでも運動を持つ物が引き寄せ合ったりして
掃除したと思ってもしばらくするとまたどこからか漂流物も流れ着いた。

まこと、宇宙漂流物は厄介なのである。

「てしお」の艦上でいつもの仕事に入る前のブリーフィング。
ここで思わぬ出来事だったのは、いつもは地上で計測ばかりしていたケントと、
そしてルナも参加し、さらにもう一人、
他の部隊からと言うことで一人参加人数が増えていた。

「四條院 沙羅(さら)少佐です、少しの間お邪魔させて戴きます」



身長はルナと同じくらいなので日本人女性にしては背が高く、
そしてノーマルスーツからでも判る筋肉のある八代と違い、女性らしい体つきに
豊満なボディを持つ、涼しげな美女であった。

ルナが八代と沙羅の隣で少々困った風でぼやきに近く

「あたし四條院少佐とも初顔合わせでなんでいきなり実践含む試作機のテストなのよ…」

そのこぼしにモール隊も毎度毎度の事ながら「またいきなりか…」と汗した。
少佐が申し訳なさそうに

「申し訳在りません技術准佐、こちらも交代勤務との相談でなかなか
 スケジュールがかみ合いません物で…」

「あたしはともかく、モール隊は八代直属なんだからモール隊くらいには
 話通してくれる?」

ケントがそこへ

「オレは四條院サンのことは聞いていたんだけど、ルナのことは知らなかったぜェー」

「普通そこは気が付かない?」

妙な空気が流れるが、八代が

「まぁ…ともかく割と突然なのは悪く思うわ、技術組が大張り切りで
 予定より早くうちへの量産機とテスト用二種二機組み上がったので
 とりあえず彼らのモチベーションが高い内に問題等フィードバックしておきたくて」

「日本人は勤勉というよりは走り出したら止まらない性分ね…」

「まぁまぁ、そう言うのも居るって事で」

「モロにこっちに影響来るんだけど…まぁいいわ、大事なことでもあるからね」

八代が笑顔で「まぁまぁ」ともう一度諭し、全員に書類等配りながら

「とりあえず通常のモール隊への量産機にはそれぞれのデータや希望に基づく
 微調整入ってるから、機体番号間違わないでね、そしてケント・ロスマンズ中尉には
 仮称NT用「い」号、沙羅には「ろ」号のそれぞれテストパイロットになって貰う」

ケントが「い号」というものにモロに引っかかる表情をする。

「厳密な名称もないから、ABCとしていくような物よ、ケント君」

「おー、なるほど日本のアルファベットか」

と、全員で艦内を歩きつつ、ルナが

「ん? 前より広くなってない?」

「ええ、この「いしかり」型特別支援艦は後から色々追加したりして
 艦種を飛び越えられるように設計してあって…それもこないだやっと拡張できたの、
 他の部隊はまだMS特性調査も決定出てないところもあって、
 大体一部隊二人から四人なのだけど、「てしお」だけは総勢六名で
 その他に多用途任務も含んでるから「いしかり型」としては割と後期の船なのだけど
 一番先に拡張も進んだのよね、まだ第一段階だけど」

「これ以上拡張するの? 戦艦…いえ、空母に近い規模だわ」

「MSとか他のも他の倍以上積むんだからまぁ大型強襲揚陸艦的な物ね」

「大したモンだわ」

そして格納庫に着くとモール隊は沸き上がる、ウィンストンのザクも
マグネットコーティングからジムJP-Nのような半ば共通フレーム仕立てにしてあり
カメラも強化され、これからは探査も並行して行える。
そしてジムJP-Nは他の部隊へのお下がりとして、ケントを除くモール隊のそれぞれに
量産タイプのバケツが支給された、皆目がキラキラである。

それぞれが自分の機体に挨拶に回る中、残る四人が更に奥へ

「うぉ…なんだこれ…MAかよぉー」

ケントが思わず声を上げる。
「仮称NT用イ号」はバケツの上半身を元に装甲と推進器、そして大きな大きな
シールドのような、装甲のような物を幾つも幾重に重ねた物だった。

「明確な下半身はないわ、そしてコクピットは厳重にしてある、
 少し太ったけど、二度と貴方をあんな目には遭わせませんからね」

ルナの強い言葉、ケントの義手がヘルメット上から頭を掻こうとして失敗する。
コクピットに乗り込んだケントが準起動状態にしつつ

「使い方はシミュレーションって奴でまぁ掴んでると思うんだが、
 オレの意志である程度装甲単位の変形が可能なんだよなぁー?」

「本当は外殻内側にはファンネル・ビット積みたいんだけど、貴方は
 そう言うのよりやっぱり屋台やった方がイイでしょ?
 極少ない数だけファンネルも積んだから、例え五個でも操ってみて」

「ファンネル・ビットだけはちょっと感覚掴めねーけど…やってみらぁ」

「漂流するMSの泣き別れた五体だとか大きめな物を先ず砕くのとかに使ってみて、
 一応標準装備…ビーム太刀もあるけど、思った通りというか
 ウィンストン以外まだまだ訓練必要だからさ」

「おう」



『おっほ! デブリのヤロー共がよく見えるぜ、これで命中度も上げられるな』

「てしお」上の甲板に出たモール隊が声を上げた。

『かなり立体的に見える、操縦桿側のモニタリング3Dも異常を示していない』

ウルマ中尉も慎重に、手元とモニタを見比べた。
ウィンストンのザクは珍しくはっちゃけて少し宙空を飛んでから

『もう少し先のもデータ化してみた、共有どうだ?』

ルナが半ば呆れつつも

「子供みたいにはしゃいじゃって…と思ったらやる事はやってるのね、
 流石だわ、OK、こっちではまだ詳細の出ないデブリも座標に出来た」

と言ったときに偉いスピードで飛び去って行きつつ

『うっは! はえー! はえーよこれ!』

乗務員の一人が

「大佐、こちらで止めますか?」

「いえ、彼の「まま」に任せて」

「ケント、「屋台」の感覚でそのまま乗っちゃダメだって!」

『お…おうよぉー! お…結構飛んじまったがここからちょいと高いところに
 …これなんだ?』

「旧世紀のロケットの残骸だわ、まだ結構な大きさがあるわね…
 丁度いい、ビット一・二個でこっち側に砕きつつ寄越してくれる?」

『お…よし、…ん? おっと、これか…』

かなり手子摺った様子だが確かにここより上空の先で二条のビームが見え、
キラキラと光りながら飛んでくる破片がある、それぞれのモノアイが
共通データからそれぞれの機体の受け持ちを自動判断、そしてMS隊が
「いつもの掃除用弓矢」を射ると多少腕前による誤差はある物の大きな問題なく
それらを含めた元々あったデブリを巻き込んで「ゴミ袋」とし、

『おう、ケント、その「ネオ屋台」で…送ったデータの角度や強さで
 このまま地球に押し込んでくれるか』

ウィンストンの通信に

『ちょ…ちょっと待ってくれ、ウィンストン、やっべぇ、久し振りに乗ったら
 何か感覚が混じるんだよぉー』

『しょーがねぇな』

ビサイド中尉がサッカーのように軌道を見極めながら一つを蹴ると
いい感じに燃え尽きるコースで大気圏突入して行く。

『腕上げたな、よし、次はオレだ』

エプソン中尉もゴールを決めた。
余りに楽しそうな仕事ぶりにルナが

「なに、彼らいつもこんな感じなの?」

八代は平然と

「ただふざけているならともかく、仕事になっているからねぇ
 いい腕…というかコントロールしてるわ、強さも、
 幾つか目立つのこの宙域で少し片付けたら今回は政情の安定している
 コロニー周りの新たな掃除もあるから、シロナガスもジンベエも
 今オーバーホールで下手したら廃船の可能性あるからちょっと踏ん張り時よ」

「それも元々コロニー建設の「足場」改造のハズだから、確かに
 未だ可燃物も漂ってて中で爆発もあるわけだし、傷むのも早そうだわね」

沙羅が少し舌を巻いたように

「流石、リリー准佐は色々よくご存知なんですね」

八代がそれに続き

「モール隊含め私が欲しい人材だと言ったのが判るでしょ」

「そうですねぇ、無念の魂の祓いは出来ても現実にある宇宙ゴミは
 物理的手段しかないですから、大変なんですよ」

ルナはそこでまた知らない世界が…と思いつつ

「無念の魂か…それが現実に及ぼす影響はあたしには測りかねるけれど
 確かにそれも必要…、物理的掃除の方は…とはいえ、他国からの
 コロニー再建などの話がないとあんな大型の船は作れないでしょうから
 以後はMS隊とかがチマチマとでもやっていかなくちゃならないのか」

八代がそれに

「コロニー建設もだいぶ作り方もメンテナンスの手法も蓄積できたから
 ジンベエサイズ(標準的コロニーの半分ほどの全長)はともかく
 シロナガスみたいなコロニー全長より大きな物は…ちょっともう無理でしょうね
 文化遺産にするったって置き場所も何も無いし」

「…月に見えるあれがシロナガスにジンベエね、懐かしい、
 時々乗り込んでジャンク漁ってたなんてもう遠い過去のようだわ」

「モール隊の記録、見ましたよ、本当にほぼジャンクからかき集めて
 「屋台」として組み上げた技術、素晴らしいです!」

黙っていれば涼しげな沙羅は興奮し出すと少女のようなキラキラした感動を現すようだ。
ルナは今まで八代ですら割と落ち着いた中にあって、余りお目に掛からない
タイプにちょっと汗しながら

「ま…まぁ、それも用途が違うとは言え高機動型ザクからのジオングの計画が
 あったことと、何度も言うけれどつかみ所のなかったニュータイプに
 シムス技術中尉が足がかりを作ってくれたお陰だわ、
 もしこれからNT応用技術に関する歴史が編纂されるなら、フラナガン機関とかは
 別として彼女がその礎を築いた栄誉を授かるべき、
 あたしはそれを戦闘用ではなくとにかく機動力からの微調節に振ったに過ぎない」

八代が沙羅へ満足そうに

「ホラ、ちょっとやそっとの褒め言葉じゃあ浮かれない」

「冷静ですね、素晴らしい!」

沙羅のキラキラが少し眩しく感じられた。
…が、ルナは気を取り直し

「今回のセッションの一番のミソは恐らくここからでしょう?
 イ号でファンネル・ビットの動作は確かめられたしロ号の実践的出動となると
 でかい事があるって言ってるような物だわ、八代のはバケツでなく
 シートかぶせてあったけどバスター・Gキャノンのようだし」

八代はそれに応えなかったが笑顔でサムズアップをした。


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