L'hallucination ~アルシナシオン~

CASE:TwentyTwo

第十幕


「『宵はどこへ行きおった!』」

フィミカ様の声が響き渡る。
二宮はお倫を見た、が、お倫も首を横に振りながら

「判らない…お宵…どこで何をしようと…!?」

と、言う間にもまだまだ遠くから押し寄せようとする禍に攻撃もしなくてはならない
訳の判らなさの中でも、お倫と二宮はそれぞれ銃で中遠距離攻撃による
「近寄らせない」戦法で心を燃やした。

少なくとも、お越の死体を穢されるわけには行かない、ここから一歩も退くことは
許されないのだ!
特にお倫の心が燃えていつもより強い祓いの籠もった弾が、一発当たって
勢いが余れば花火のように散ってたを巻き込むという祓いに一段上がっていた!

二宮もお倫との息は合っていて、お互いのリロードの隙を埋めあって攻撃をした。

しかし矢張り、素早い敵に近接に持ち込まれると二宮には打刀もあるとはいえ
隙がどうしても出来てしまう!

そこへ…!

目前に迫った禍を黄金の祓いを纏った錫杖が散らす!

「お宵殿のお陰でしぶとそうなのは一気に行けました、
 小坊どもが残りの禍を郊外で迎え撃ちましょう、しかし、
 霊道にされたここはそうも言っていられない、さぁ、お二人とも
 気兼ねなく、間合いの遠いのを頼みますぞ!」

三崎口がやって来てその錫杖を構えた。

お倫や二宮の目に強い力がこもる、
お越の遺体を見て心を新たに押し寄せる禍に三位一体の攻撃を加える!

そして同じく真從から玄磨の境で祓いをして居るフィミカ様が一つ思い当たったか

「おい! お主らじゃな! 宵をどうする気じゃ!」

フィミカ様の叫びには怒りが満ちていたが、その時、どこからか宵の声聞こえる

『私が進言したことです、余り二人を責めないでください、
 私がここへ来た本当の意味を遂げる時が来たのです、フィミカ様
 今そちらに禍は居ても悪魔は居ませんよね?』

はとほるの強烈な炎の攻撃にも自らの攻撃にも確かに禍は居ても悪魔が居ない。

「言われてみれば…一体宵、お主は何をしようとして居る!?」



そこは魔界と、その前に空間的にその先を遮断する意味合いの門があった。
そして宵の回りには多くの日本の神々が居た。
その後ろに古今東西あらゆる悪魔が居る。

「フィミカ、聞こえるかい」

『…父上?』

「そう、僕です、僕らは今この変わりゆく世界で大きく分類すれば「悪魔」になります
 それは判るだろうね?」

『洋の東西は違えど、肌の色や文化は違えど人は人、それと同じと言うことじゃな』

「判りの良い娘で本当に助かりますよ、詰まりですね、禍の領域だけ頑なに門を閉ざされても
 困るんですよ、門を開けることだけは出来ます、出来ますが中へ突き進むとなるとね」

『…! それで宵か!』

そこへ檜上さんが

「勿論僕たちも諸手を挙げて歓迎したわけではありません、
 他に手はないか、何とか禍から門を解き放つよう出来ないか、出来ることはしました」

鶴谷さんも困ったように

「でも、俺らはやっぱりもう日本の神であるとはいえ「悪魔」です、彼らの
 心は常に生きる神と逆でした、だからもうどうしようもなくて」

そして宵が

「そんな時に私が居ます、私なら「どっちでもない」、動きに限りはありましょうが
 私なら門の先に進める、禍の領域をなるべく悪魔側に引き渡す、その代わり、
 また世界に激動の波が幾つか来るまでは大人しく明け渡されるだろう領域を
 管理開発することで今回の騒動には参加しないよう「契約」しました!」

『しかしお主…そのままでは身が持たんぞ!』

檜上さんが

「僕らが出来る限りの十条さんへの負担を減らします、どうか…ご容赦戴きたいのです」

『お主ら…それでは宵は体(てい)の良い…』

とまでフィミカ様が言いかけた時、宵が遮って

「フィミカ様、変わりゆく世に、それは必要な事だったのです。
 ある意味では定め、しかしある意味では成り行きなんですよ
 フィミカ様、どうか私がやり遂げられるよう、お祈りください」

『……』

「フィミカ、諦めてお呉れ、じゃ檜上君、解錠と、そして鶴谷君、扉を開けるのは頼むよ」

未だ揺れるフィミカ様の心に解錠の詞と、重い扉が怪力によって開かれるのが聞こえる。

『宵、何でも良い、生きて帰れ!』

「判っています、ただ死にに行こうなんて思っては居ませんよ、では…」

悪魔の領域から禍の領域に入った宵からは祓いが揮発していた物の、
宵はそれらを殆ど一般人と変わらないように抑えつつ扉の奥の領域へ入っていった。



禍の領域に入りつつもしばらくは呆気なく進めた。
そりゃ、そうだ、今彼らは玄蒼を乗っ取ろうと動いているのだから。
とはいえその領域は広い、かなり広い、大部分は霞みがかっていて
所々に禍の郷があるのだろうという具合にしか見えない。

「さて…ここなら他の人に聞かれる恐れもないだろう…」

宵は少し集中して「祓いの緊急通知」を使う。

「時が来たよ、どうか後を…とりあえず稜威雌の本家返納になるのかな」

ややもして返信が来る。

『ああ…それにしましても、お宵様…こんなに早く…』

「仕方ないのよ、巡り合わせだけはね」

『…判りました、今陸奥国は各藩共大変な事態で農業支援も兼ねて
 祓い人や蓬莱殿もちょくちょく入っていて、私も私の後釜になるだろう数名、
 育てておりました、向かいましょう、貴女様の元へ』

「宜しくね、まぁ今といって「本当にたった今」と言うわけでもないから」

『せめて、生きて引き継ぎをしとう御座います…』

「頑張るw」

通信を切り、禍の領域に人という異物が入ったことを感知したことで
宵の方へも向かってくる禍もチラホラ出て来た頃

「…そりゃそうだ、殆ど日本そのまんま彼らの領域のままなんだもんね…
 まぁ、気持ちは分からないでもないけどお互い様だし、日本は変わりゆく」

宵は稜威雌をいつでも抜けるようにしつつ愛おしそうに撫で

「狙うは禍の都…稜威雌、もうすぐお別れだけれど、力を貸して」

『はい、私は稜威雌…その持ち手を守るため…力を奮わせて戴きます…!
 お沙智様からの便りがあったあの時から、心の整理は付けました…!
 どうあってもそれが貴女様の行く道だというならば、お供致します』

「有り難う、やっぱり私には勿体ない、いい刀だ、いい子だ」

宵が瞬間的に祓いを展開し禍の空を蹴り空を飛び禍をおびき寄せつつ、
その「都」を探す。
余計な力を使うわけには行かない、絞りに絞った祓いを調整し、
飛び込んでくる禍に対しては宵は銃を使い祓いその物は極力使わないようにする。

お越さん特製の携帯食を幾つもその思いと共に噛みしめ頬張りながら、
それは勘に近いモノであったが、一点を目指し進んだ。

『宵様…大丈夫ですか、気配を深く探るでもなく飛んで…』

「私の考えが正しいなら…それはきっと、そこにある…!」

そして宵の飛ぶ先の空に禍が大勢見えてきた、その下の霞の切れ目に…
宵はニヤリとして空に止まり、稜威雌を抜く物のそれを弓にして轟々と祓いを滾らせた!

『宵様…そんなに祓いを滾らせては…』

宵は矢張り揮発しつつもある祓いを補うように滾らせた気に汗を滲ませながらも

「この常夜でなら出来ると思う、稜威雌、私に…お越さんの作ったショートブレッドを…」

それは体(てい)はショートブレッドであるが、ありとあらゆる必要な成分が
練り込められていて、稜威雌が宵の邪魔にならないところから手を出し、
そして腰元の携帯食を欲しいと言うだけ宵の口に運んだ。

そして射られた一発目、目の前が光で満ちるほどの青白い閃光!
当然それらは分裂し、余った勢いがあればどんどん禍を巻き込んでゆく!
宵は二本の祓いの矢を操れたが、もう一本は直上に打ち上げていて
今度は宵を中心に全方位へ祓いの矢が空から迫り来る禍を次々と打ち落とし浄化して行く。

宵は迷わずより多くの禍が押し寄せようとしていた空間へ飛び、
携帯食を幾つも咥え食べながら、その霞の切れ目に飛び込んで行く!

「…ハッ、何のかんの影響受けてるんじゃ無いのさ」

その光景はまさに都、中心奥に内裏があり、要所要所に重要施設を散りばめ
半ば碁盤の目にそれは広がる。

禍の大内裏の天井に降り立とうとするが流石にそう甘くもない。
都内部からの飛び技の攻撃も中々激しい、宵はそれらを華麗に躱し、
都の門前に降り立ち既に軍勢と化していた禍の一団に対し、電光石火で
稜威雌を円一周振るい、そして今度は空ほどではないがまた稜威雌を弓に矢を二本、
そして二本、と四方向に放ち生まれた隙でどんどん携帯食を食べて行く。

そんな時、宵の口の周りに半透明の呪符が巻かれような状態になり詞が使えなくなった!

『まさか乗り込んでくるとは思わなかったが、ここは玄蒼の地より我らに有利!
 いつぞやのお礼をたっぷりしてやろうぞ!』

隠形鬼だった。
宵はそれに意外な顔を見せるどころかニヤリと口の端を上げた。

『!?』

隠形鬼の懐へあっという間に飛び込むと、稜威雌を真横、そして真下から上へ
切り裂き、そして刀を納めつつ懐から銃を取り出し四片に一発ずつ、撃ち込んだ!

その四発の弾丸、思った以上に威力が高くまたもあっという間に隠形鬼は消え去る。
口の封の解けた宵が

「何も勉強したのはアンタ達だけじゃあないよ、私だって必死さ」

そんな宵の背後から衝撃が襲いかかる物の、宵は振り向きざまに自らも
手のひらで衝撃を撃ち込んだ、そしてそのまま風鬼に突っ込む!

「アンタもそうだ、二度同じ手は喰らわないよ、波を打ち消すには波さ、
 大きな波じゃなくていい、自分が通れるほどのね!」

そして稜威雌の抜刀にしても思いっきり地面近くから雄々しくそれを抜き両断する!
また素早く装填数四発の弾を込め直し、左右泣き別れた胸から頭部分にお見舞いする!

弾を込め直しつつ、稜威雌の手がまた宵へ携帯食を幾つも運ぶ。
正直、それで回復する祓いは微々たる物であるが自然の中で自然回復するくらいには
即効性も高められる。

そんな時、禍の都外地の底から禍大君(まかのおおきみ)が現れた!

「おや…? あんた…昔一度倒されなかった?」

宵が片眉を上げつつその姿に見覚えがある

『何故我を知る…と思うたがお前の字は十条、そしてその野太刀…
 忘れる物か、とことん追い詰められたこの屈辱…!』

「アンタの傷を治す要の刀が見当たらないようだけど…?」

『お前が過去から学んだというなら儂もそうだ、今度は、今度こそは
 十条の血などに後れは取らん!』

禍大君がその地を震わせる如く力むと、その両腕からそれぞれ
拳の先から肩口に至るまでの一対の刃が現れ出でる。
宵はしっかり食糧補給をしつつ、不敵な笑みで

「へぇ、なるほど、前より前方の間合いは少しだけ短くなった物の
 もし片方止められてももう片方で…そういう事ね?」

『一人で禍の地に乗り込むだけでもお前は馬鹿者だ、現世ほどに力も出せずば
 玄蒼の地よりも祓いの力は失いやすかろう、正直お前の時間切れまで待ってやっても
 よかったのだが、それでは手駒を大量に失い兼ねん』

禍大君は自身の背後に今まさに玄蒼で戦っているそれぞれの祓いや僧、そして
役所のお侍から自警団から必死に戦っている姿を映した。

今後数年は続くことは確定だろう不作、人心の不安や恐れ怒り、負の感情の大波が
禍の力となりこんな事は今まで一度もなかっただろう大乱として映された。
押され気味でありつつも押し返しては何とか補給や弾の取り替え、
怪我をしようと、仲間が死のうと、そんなことで動揺していられないその有様
しかしそれぞれの顔色には「粘られると不味い」という焦りもあった。

宵は顔色一つ変えず頷き

「よし、皆よく頑張ってる、それぞれの身の程で出来ることをしている」

むしろ満足そうに少し口の端を上げ目に力がこもる。

『お前が一番の身の程知らずというわけだ』

「まー、そーね、それより早く金鬼と戦わせてよ、それとも一対一じゃ
 アンタも「また後れをとるかも」と警戒している?」

禍大君は少しだけ不愉快そうな表情をし

『判って居ろうが玄蒼の地ではなく禍の都側で金鬼と戦う事は
 「祓いを薄く乗せる」などという程度では済まんぞ』

宵は手ぶらで指だけをいつでも動かせるように、準備運動のようにしてから

「そんなことは承知よ」

と、宵の頭上に迫る影!
瞬間宵は飛び退るが、銃を右手に「それ」へ六発、撃ち込む!

『ただの弾なら跳ね返すが流石に喰らう…!
 しかしそんな頼りのない飛び道具では俺は倒せんぞッ!』

固いだろう金鬼の口がニヤリと歪むが、宙で翻る宵もニヤリとしつつ

「判ってるって、そんなことはさ!」

宙で左脇に抱えられた箱、ただの弾入れ、もしくは携帯食でも…と思ったが
箱の蓋が着地と共に外れその口が金鬼に向けられていて宵の右手に祓いが籠もり
そして箱の裏側を祓いの衝撃で思いっきり叩く!

『!!!!』

箱も粉々に砕けるが、その衝撃も何もかも数十発諸友で放たれる弾丸と共に
金鬼の頭を次の瞬間には穴だらけにしていて、しかもその時にはもう一つ
箱を抱えていてまた衝撃の祓いが銃弾と共に金鬼に襲いかかっていた!

宵は立ち上がりながら

「さ、禍大君、猶予を上げるわ、少しでも負け戦に転じたくなくば駆けつけつつある
 下っ端を取り込むなりしてもっとチカラを滾らせなさいよ」

どこまでも不敵、条件は遙かに宵に不利なはずなのにくじけないその心、

『おのれ…! 玄蒼への手を緩めさせようという魂胆か?』

「それもある」

『その手は食わん!』

禍大君の腕が振るわれる!
しかし宵は刃こそ避けるが敢えてその拳の到達点に背を向け立つ!
ここへ来た時より半分ほどに減った荷物から見えるその両脇には先ほどの箱!
それでも自分に向けられていたなら自分にはほぼ効かないと言えただろう、だがその向きは逆!

『しまった!』

両の拳が宵の脇へ誘導され箱の底に当たった瞬間、硝煙で一瞬視界が悪くなる!
集まり掛けた軍勢に向け自らが引き金を引く形で弾丸は祓いも乗って
禍に当たっては残る勢いで四散し…を繰り返す、何とか形を保っていた金鬼も
それらで完全に吹き飛ばされた!

見事に釣られてしまった、宵は既に上空であと数個だろう箱の一つを抱えていて
そして禍大君に向かって直上から祓いの衝撃と共に銃弾の群れが飛び込んでくる!

『おのれ、そんな物、それこそ束で来ようとこの儂にはほぼ無力!』

禍大君も流石に素早く強い気を纏い、大半を祓いの打ち消しと銃弾を辺りに散らす強い動きで
一度に百発ほどというその大半を方々へ薙ぎ払った!

「鎧の隙間を縫うにはと思ったけど、流石にやるね」

宵の声がしたかと思えばそれは足下で寝転がるような姿勢での下からの銃弾攻撃!

『ぬぅうぅうううう! 小癪な! しかしそんな手はほぼ通じぬ!
 喰らったところで治せぬほどでもない! あと何度その手が使える!?』

禍大君は隙を伺う宵を追い、あちこち動き回ってはまた一つ、また一つと銃弾の箱を消費し、
ほぼ荷物がなくなる。

「ちぃっとは効いたかな?」

僅か僅かなダメージとはいえ、何度か繰り返されたそれは確かに無視は出来ない
浄化の煙となり禍大君の体あちこちからゆるりと舞っていた。
そして宵は大きな攻撃手段もほぼ腰の物二振り、となりつつあると言うのに
残りも少なくなってきただろう携帯食を頬張りながらも稜威雌を弓にして祓いの矢を
出来る限り祓いを込め射る!

迎え撃ってやろうと構える禍大君の眼前でそれらは四散し、周りの禍の軍勢を
薙ぎ払い、そして二発目も直ぐ目の前に迫っている!

『おのれぇぇえええええええええ!』

多少のダメージ覚悟でそれを薙ぎ払うと左上の前に突き出した部分の刃が浄化され
しかも禍の軍勢を取り込み補給をしようと思っても近くの者達は既に浄化済み!
宵の顔色にも疲れが滲んでいるが、それでも残りの一斉撃ちでない弾を込め直しつつ
携帯食を頬張り禍大君へ狙いを付け撃ってくる!

『無駄だぁぁあああああああ!』

流石にほぼ本気のその身のこなしで祓いを打ち消され銃弾は散らされて行く。
それでも宵は最大限祓いの目で禍大君の動きから間一髪攻撃を躱して
一発、また一発と弾丸を撃ち込む、それらは確かに鎧の隙間を狙っていたし
無視するわけにも行かず鎧で受け止めるか力のこもった拳や刃で打ち落とす!

その隙に宵は残り僅かになってきた携帯食を咥えつつ弾を込め直し、
そしてまた禍大君の動きを翻弄しながら、大きく動きながら銃弾を撃ちつつ、
今度は小袋に祓いの炎で煙幕まで使ってきつつ、僅かな補給と共に
また稜威雌を弓にして近寄ろうとする禍の軍勢を一気に減らす!

しかし流石の宵も脂汗を滲ませもう最初のような勢いで鬼を斬るような動きも出来まい。

禍大君は戦いつつ都を一周してきたところで

『…よし…お前の望むように一対一で戦おう、お前を特別に大内裏の屋根の上での
 戦いを許そう』

「有り難いけど、多分それにもタネがあるんでしょ」

既に大内裏までの道が架けられ、宵もそこへ向かいつつ言うと、禍大君も

『儂が滅びん理由は儂の命の一部をここに残しておいているからだ
 幸いなことに南北朝・応仁の乱からの戦国時代…お陰でこの通りだ』

「そうか、命を盾に取るという使い方もあるかと思えば自分の命の保証にもなる…
 さすが禍大君を名乗るだけはある」

『そして…これが今の玄蒼の状況だ』

またしても戦況が各所映される、一つ一つは然程強くは無いとは言え、
もう既に弾も尽き格闘に入っているお倫、僅かな弾を渡されたのだろう二宮、
蓬莱殿でも強い方とはいえ中上級、しかも五十路を過ぎた三崎口、三人ももう
多少の傷などは治すような余裕もなく戦い続けている。

港の方にも押し寄せていた禍は芸妓の二人とその弟子二人がもうふらふらに、
しかし義を見てせざるは…という海の男たちの力によって何とか戦えている。
芸妓の女将さんは戦う力のない子や女をなんとか戦う勢の真ん中に位置取らせ
一人でも生き延びられるように必死で居た。
お隅やお志摩もそうだ、こちらも海の男たちやたまたま立ち寄っていた外国船の
船員ですら大砲や銃で応戦している。
船の守り神は必死に禍の攻撃に耐えていた。

新しく赴任した坊さん三人も戦線を縮小しながらかばい合い、フィミカ様と合流の運び、
フィミカ様も流石に夜中過ぎまで戦っていたので肩の上がり下がりも激しく
はとほると交代交代で何とか用意した作り置きの飯とお越の携帯食でギリギリの戦い。
姐さんですら仕込み刀で弱い禍と戦っている、無傷な者など誰も居ない、
フィミカ様ですらも。

『お前は忌まわしいヤツだ、ただ話に聞いて知っていると言うだけではない、
 何かその刀の持ち手の色々な物を受け継いでいるようだ』

「ええ、お陰様でね」

『弓も流石にもう使えまい、使ったとしてその時はお前は儂の刃で切り裂かれる!』

「かもね…」

『さて…結果的にお前の誘いに乗ることになるが…』

禍の大内裏の空が渦巻き、沢山の禍が落ちてくる!
宵は残り六発の弾を全てその禍に撃ち込みつつ、目の前に迫った禍大君の刃に
僅かに祓いを載せ投げつけ、飛び退く。

撃ち損じた分が禍大君にバラバラにされ吸収され行く、折角与えたダメージも
その多くを回復されてしまった!

宵の小袋の中の携帯食は後二個、一個をお越の思いと共に噛みしめ、
そして稜威雌に手を掛けた。

稜威雌からも回復が流れてくるが、もう可成りの時間と運動量、
とてもではないが足りない。

宵は大きく息をし、最大出力で襲いかかる魔王の動きをなるべく大きく力を込めた
稜威雌でいなすが、数と威力の暴力!
あっという間に全身何カ所も貫通を伴う傷を負った。

『ふはははは…ここまで引っ張られたのは正直お前達の血に敬意を払うが
 流石にもう立てるかどうかだろう?』

しかし宵の出血は最小限、確かに全身あちこちに怪我は負ったが宵は立ち上がった。

「良く見てみなよ、アンタの刃」

折角回復したはずのそれはまた殆ど無くなりかけるほどに細く弱々しい物になっていた。

『な…なん…だと!』

「私の先代に当たる三代目がね…編み出した技があるのさ…
 祓いを私の体の中だけで外に漏れないようにして潜ませる…そのお陰で
 私の傷の治りも早ければアンタのご自慢の刃も浄化に導ける…!」

禍大君の表情に怨が籠もるが

『しかしそう何度も何度も喰らうわけにも行くまい』

「ま、そーね…でもね…戦いはこれからなのさ」



「禍の軍勢が減った…!」

「よし、ありったけの使っていい材料使ってよぉ! お志摩さんお隅さん!
 炊き出し頼むわ! 後はオレ達で何とかする!」

お志摩もお隅も確かにトウにお越の携帯食は食べきっていたし
とにかくご飯を食べなければ、何でもいい、食べなければ力が出ない!

「有り難う御座います! 皆様半時からいっ時お待ちくださいね!」



「ただ引きこもっててもなんだ、作ったからみんなおはぎでも食いな、
 後休める順番決めて少しずつ休んでお呉れ!」

ここも流石の女将さん、起こった出来事にもただでは終わらせぬ、
お陸とお竹も先ずは弟子の二人を休ませおはぎを海の男たちと頬張った。



「…おい…、生きてるか」

二宮の苦痛混じりの声にお倫が

「あたぼうよ…と言いてぇところだが…手足が上手く動けねぇ、這って何とかかな…」

「俺もだ…くっそ、お前がその有様だと手当も望めそうにねぇな…」

「蓬莱殿の坊さんは…生きているし祓いも残っているが虫の息だぜ…不味いな」

しかしまだ禍が全て居なくなったわけでは無かった!

「やべぇ! まだ来るのかよ! しつっけーな!」

二宮が声を上げると、その禍に山桜に居着いた猫の内二匹だけ凄い勢いで
やって来て、ほんのり光る体で禍に体当たりし、それを祓った!

「…おいおい…これぁおでれーたな…山桜で過ごすうちに祓いを得たのか?」

「思いも至らねぇ…だが…」

猫は必死に周りを警戒しながらどうも天照院に誘導したいようだ。
お倫がお越を抱え、二宮が三崎口を抱えほぼ這いながらも避難に向かう



三人の坊さんも死にそうになりながらも減った軍勢、そしてお越の携帯食のお陰で
ハトホルは何とか一発分だけ強烈な炎を禍にお見舞いし、その殆どを撃退した。

「あにゃー…」

「お疲れじゃ…じゃがまだこれからじゃぞ…」

フィミカ様も疲労が濃いが、何とか歩ける坊さんが倒れた坊さん、
フィミカ様とはとほるがもう一人の倒れた坊さんを背負い、天照院に戻る
そしてお倫へ

『お主ら、生きておるか』

『お越さんが…』

『…宵の怒りはそれか…お主もさぞ辛かろう…しかし何か…力復活の材料はないか』

そこへお倫がピンときた

『流石にもう冷めてて…下手したら痛んでるかも知れませんが
 お越さんが最後に炊いていた飯があるかも…!』

『よし、判った、お主ら何とか天照院まで来い、よいな?』

『判りやした…!』



既に息も上がり掛けた宵、幾度かの禍大君とのやりとりも相手が部品の多い全身鎧で
しかもそれぞれに刃も付いていて動きも大きな体に見合わぬ敏捷と正確さ、
宵も負傷覚悟で「鎧の隙間を突く」という戦法で向こうの刃が体を貫く「瞬間だけ」
祓いの身も纏う、と言うやり方、既に着物はボロボロで直りきらない傷も多い。

『儂相手に、しかも禍の領域「常夜」でよくぞそこまでやった…
 だがもう満身創痍、儂はまだまだかすり傷程度…次は如何する、十条の血よ』

「…何言ってるのさ…私にはまだ大きな手段が残っているんだよ」

宵は敢えて稜威雌を仕舞い、もう片方の野太刀に手を掛ける。

『何のつもりだ、精の宿るその刀では何か不味いのか』

宵は最後の携帯食を食べつつニヤリとして

「そうじゃあない、この刀は今、稜威雌以上の「切り札」になるのさ…!」

『切り札…?』

「そう、これが上手く行けば私の勝ちなんだ…」

禍大君が眉をひそめ

『儂が負けるというのか、今この状態から、どうやって!?』

「さー…「これからが」泥仕合だよ」

宵の動きが明らかに変わった、表にしみ出す祓いはなく、禍の気から守る事に集中し
もう片方の野太刀で着実に攻め入りつつ、体術からだけではない独特の動きで
華麗に禍大君の攻撃も最大限にかわす!
応えるかのように禍大君の動きもキレが増して行きつつ

『お前の体もトウに限界だろうと言うのになかなか良く動く、その刀も確かに
 精の宿ったもう一振りと比べても劣るところはない…だが、銃弾とやらの
 雨あられの方が余程良く効いたぞ…ははは…まぁあのかさばりようでは無理な話だが』

「人の思いってヤツはね…重いモンなのよ、
 「こけの一念岩をも通す」…ただの雨水が岩だって砕く
 川や海の流れも石を丸くする、判る?
 小さい力を侮るようでは、貴方もまだまだそれまでなのよ」

激しい攻防の中確かに宵の言う「その意気」を感じた禍大君は

『ふむ、肝に銘じておこう、しかし、儂もそろそろ億劫に為ってきた、全力で行くぞ!』

「見せて上げるわ、貴方が奪った物の大きさをね」

禍大君の右手刃が宵に襲いかかる時、宵は回避するように動いたが
いつもはそこで幾つかのポイントを攻撃していたのだがそれを一つに絞った!
宵は狙っていた、ある一点を、着実に、ただしそうとは気付かれぬように…

禍大君の右前方を向いた刃が宵を貫く!
禍大君は「それは血の結界で止められるのだろう」と八重で学んでいたので
左腕の先から肩口まで伸びた刀でトドメを刺しにきた!

『これで終わりだ!』

迫る刃に宵が血を吐きながらも野太刀で真っ向勝負に動く!
金属の衝突音、宵の野太刀は折れるがそして禍大君左手の刃が根元から折れ、
更にその根元の手甲も剥ぎ取られ空に舞う!

『何!?』

そして宵は祓いを使い折れた刃を引き寄せ、折った禍大君の刃と共に僅かに刃の残った柄で
それらを後ろに大きく打ち上げた!

宵に刺さった大君の刃が宵の動きで自身をズタズタにして行くが、
そんな痛みや苦しみなどもうどうでも良かった。

『お前…何を…!』

禍大君の刃が大内裏の屋根を突き破り、そして宵の野太刀がその大穴に落ちて行く。

「…貰ったよ…」

宵が両手の指先を口元に詞を素早く唱え、今まで見せなかった大きな青白い
大波を大内裏屋根中心にその波を広げ椀状に禍の都を包み込んだ!
そして宵が空に向かい叫んだ

「さぁ! 悪魔達! これで「この都以外」は攻め込めるはず! 全力で来なさい!」

禍大君は宵の持つ勝利条件にやっと気付いた!

『お…おのれ…! 儂に勝つことが目的ではなく…そうか…悪魔と契約したのか!』

「少なくとも契約は守ってくれたよ、こっちも守らないとね」

『それでいいのか…! それでいいのか人間は!』

「禍を相手にするのも悪魔を相手にするのもどっちも同じさ…人間にとってはね
 禍その物はこの日本に根付いた物だ、無くなりはしない。
 …でも…「常夜」の範囲は絞らせて貰うよ…」

宵は血の結界を解き、倒れ込む。
呆然としつつ、禍大君は呟く

『しかし何故…刃の一本だけで陣は組めぬはず…』

「…私が大荷物かかえてやって来たことの意味、考えてご覧よ…」

『…! そうか、弾丸、薬莢、その他お前の持ち込んだ全てで浄化に使われなかった物…』

「そう、都の周り走り回ってばらまいて、トドメにあの刃さ…
 抜こうなんて考えない方がいいよ、アンタは相応に弱るし、悪魔はもう
 こちらに攻め込んでいる、全面戦争で勝てるほどの軍政なんてないでしょ…
 …ある意味、私がアンタを守ってあげるのさ、この都だけはね…」

『何と…何と…! うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

「…アンタだって充分影響受けてるじゃ無いのさ…都の作りは
 長安か洛陽か…どのみち向こうの物の考えと作りだ…
 …私はこの先までは関与しないし…もう出来ないよ…全面戦争してでも
 禍の領域を取り戻すか「祓いの境界に守られながら」「次の機会を待つ」か…」

『貴様…貴様だけは許さん!!』

禍大君の渾身の怒りが籠もる一撃が迫る、でももう自分はやり切った。
宵の目に後悔などない。
でも最後にふと死んでしまったお越を含めた街の皆が気になった。
お倫やお陸お竹、女将さん、お隅とお志摩、二宮、大八さん、猫たち
そしてはとほると、フィミカ様…

眼前に迫った刃と拳がその時白い布のひらめきと共に宵を逸れ大内裏の屋根に当たる。

『…お前は…!』


第十幕  閉


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